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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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223/336

17:4

お待たせ候。長めになりました。ごめんね。

11/16)一部表現修正。

大陸共通暦1777年:初春。

大陸西方メーヴラント:大クレテア王国:王都ヴェルサージュ。

――――――――――

 執務室の窓辺に立ち、アンリ16世は亡き父の愛した中庭を見ろしながらしみじみと呟く。

「王冠をいただく身のなんと非力なことか」


 先日、妻のマリー・ヨハンナへ愛人のタイレル男爵夫人を含めた三人で閨を共にしたいと言ったところ、マリー・ヨハンナは即座にレッドカードを出し、ペナルティとして夫婦の営み停止を宣言した。


 アンリ16世は下半身の声に正直な男であるが、妻マリー・ヨハンナがその欲求に付き合ってくれるとは限らないのだ。

 

「斯様なことで王権の無力さを噛み締める陛下に、臣は言葉がありませぬ」

 件のことを王妃マリー・ヨハンナから相談された宰相リメイローが、悪態気味に小言を吐く。


 マリューに代わって宰相に就いたリメイローは、厳めしい顔立ちと筋肉質な体つきは武人を思わせる壮年男性だ。


「小言屋のマリューが引退したと思ったら、今度は卿が小言を吐くか」

「マリュー殿から陛下に御諫言を差し上げることが当職の務めと助言をいただきましたので」

 リメイローの返しにアンリ16世は楽しげに喉を鳴らした。

「あの禿げ頭め。職を辞してもなお小言を寄こしよる」


 くつくつと笑う小太りの青年王にリメイローはげんなりと肩落とすも、決して気は抜かない。好色な快楽主義者そのもののアンリ16世は、その実、有能で聡明だ。そして、賢い王に仕えることは決して容易くない。


「ベルネシア王太后の葬儀へ行かせた者達から連絡はあったか?」

「は。警察局が報告してきた通り、聖冠連合は地中海通商の件でベルネシア、イストリアに接触しております」

 リメイローはアンリ16世の様子を注視しながら続けた。

「この件に関し、ウージェニー公爵夫人から情報の注進はありません」


「構わんとも。ウージェニーは気立ての良い娘だ。余も可愛い姪に然様な腹黒い仕事を求めていない。我が妹分は婚家で幸せならば、それで十分だ」

 にやりと口端を歪め、アンリ16世は反応に困っているリメイローへ笑いかけた。

「報告を続けろ、リメイロー。聖冠連合の働きかけに対して両国はどう反応した?」


「は。続けさせていただきます。ベルネシアは中立姿勢を維持、イストリアはゲリュオン半島の件が利いたのか、我々に好意的です」

「予想の範囲内だな」

 アンリ16世はつまらなそうに応じ、執務椅子に尻を据えた。

「この件は卿に任せる。あくまで余の見解だが、必要ならコルヴォラント以東の海域は聖冠連合に優先権を譲っても構わんぞ」


「なんと」と驚くリメイロー。


「譲るにしても、あくまで帝国への“貸し”の体裁だがな。繰り返すが、これは余の見解にすぎん。より良き案があればそちらを採れば良い。海軍、海運業界も独自の意見があろうしな」


「しかと議論を尽くしたうえで、国益に叶う案を御用意させていただきます」

 これは大変なことになった、とリメイローは内心で呻く。よほど気合いを入れた案や策を出さねばなるまい。


 次いで、アンリ16世は昼飯のメニューを尋ねるような気軽さで問う。

「ベルネシアの次世代歩兵装備はどうなった? 我が国から引き抜いた技術者でいろいろやっていただろう?」


「イストリアの金属薬莢式弾薬に倣うか、第二次メーヴラント戦争で登場した樹脂補強式紙薬莢弾薬に倣うか、意見がまとまらぬようです。現在はそれぞれの試作生産品を実地試験中とか」


「我が国は金属薬莢式を採用する予定だったな?」

「ええ。樹脂補強用素材より金属薬莢用原料の方が入手し容易いので。現在、評価演習中です。軍の中間報告では、遅くとも再来年には初期量産に掛かれる見込みです」

「ふむ」

 アンリ16世は少し思案顔を浮かべ、リメイローへ告げた。


「幾度か言ってきたように、余はメーヴラントにおいて領土拡大は企図していない。これからは外洋領土の拡大、新植民地の獲得を主とするつもりだ」

「はい、陛下」

 リメイローは眼前の青年王が何か恐ろしいことを言おうとしていると察し、居住まいを正す。


 小太りの青年王は不埒な与太者染みた薄笑いを浮かべる。

「新装備の先行量産分が配備完了次第、外征を始めようと思う」


「!!」

 宰相リメイローが息を呑み、目を限界まで見開いた。

「……狙いはいずこに」


「大陸南方だ」

 アンリ16世は執務机の引き出しから大陸南方の地図を取り出す。現代地球人からすれば、失笑物の精度や確度だが、諸国の大まかな位置関係や国家形状は整合している。


 地図を執務机に広げ、アンリ16世は二つのピンを刺した。

 いずれも大陸南方北西部と中西部にある大クレテア王国外洋領土だ。そして、アンリ16世はもう一本のピンを加える。地中海を挟んだ対岸。大陸南方北部地中海沿岸地域。それらのピンを起点に、地図上を指でなぞった。


「南方西部沿岸地域から内陸へ北進し、地中海沿岸から南進。この二本の腕が合流したら、能う限り東進する。最終的に大陸南方西部全域を我が国の支配下に置く予定だ」


 途方もない大戦略に宰相リメイローは唖然としていた。

「誇大妄想に過ぎる、と思っているな?」

 くつくつとアンリ16世はたるみ気味の喉を震わせる。

「南方西部諸王国や諸族支配地の主兵装はなんと前装銃のままだ。下手をすれば、魔導術頼りの弓や刀剣類しか持たぬという。彼奴らが次世代兵装で身を固めた我が軍と戦えるか?」


「それは……」リメイローは思案顔で切り口を変え「しかし、陛下の御計画を実現しますと、地中海沿岸地域……海賊海岸でメンテシェ・テュルク帝国と衝突します。彼の国はいささか斜陽気味ですが、エスパーナ以上の強国ですぞ」


「奴らには聖冠連合と事を構えて貰う」

 さらりと告げられた言葉に、リメイローは今度こそ戦慄を覚えた。

「まさか、そのために地中海でコルヴォラント以東を聖冠連合へ譲ると?」


 宰相の反応を楽しげに眺めながら、アンリ16世はゾッとするほど怜悧な顔で告げた。

「地中海利権において、コルヴォラントの小勢共が手を組む相手は、もはやアルグシアかテュルクしか残っていない。だが、コルヴォラント北部はタウリグニアとティロレを押さえた我が国が蓋をしているから、アルグシアとは組めん。奴らはテュルクと組むしかないが……聖王教会の御膝元だ。異教徒と同盟など出来ん」


 リメイローは拗ねた。まあ、厳めしい壮年男性が拗ねても可愛くもなんともないが。

「……陛下も御人が悪い。地中海通商の件は陛下の御見解以外に無いではありませんか」


「そんなことはない。余の案より優れたものがあれば、そちらを採用する。この計画とていくらでも修正可能だ。卿らのより良き案や策をいくらでも歓迎するとも」

 アンリ16世は顎の肉を摘まみながら続ける。

「カルボーンの報告では、産業革命を起こしたイストリアとベルネシアの各種資源需要は激増しているそうだ。協働商業経済圏を通じ、我が国でもじきに産業革命が起きよう。となれば、」


「自ら使うにせよ、他国に売るにせよ、資源はいくらあっても困りませんな」

 リメイローは結論を先に告げ、恭しく一礼した。

「陛下の大業を為し、我が国に一層の繁栄をもたらすべく、臣は全力を尽くします」


「期待する。下がってよい」

 仰々しい口上を苦笑いで受け止めて宰相を退室させると、アンリ16世は椅子の背もたれに体を預けた。沈思黙考に耽る。


 どうやって妻を説得して夜の営み停止を撤回させ、さらに愛人を含めた閨房を実現させるか。

 アンリ16世にとっては、国政を執るより難しい問題だった。


        〇


 しとしとと雨が降り注ぐ。冬の残り香が漂うエンテルハースト宮殿の園庭は冷たい靄が漂っていた。冷雨に打たれる春花や新芽がどこか切ない。


 王太后マリア・ローザの葬儀が終わり、王妃エリザベスは夫カレル3世と相合傘をしながら庭を歩いていく。二人は涙雨が傘を叩く音色を聞きつつ、故人との愛おしい思い出話を交わしていた。


 異国から政略婚で嫁いできた王妃エリザベスと義母の関係は、単純な嫁姑では説明できない。しかし、エリザベスとマリア・ローザの間には、確かな絆と家族の愛情があった。

 平たく言ってしまえば、エリザベスは義母の死を深く悲しみ、悼んでいる。


 王太子エドワードは窓辺から祖母が愛した庭を散策する両親を窺い、次いで室内に目線を移す。

 叔父の王弟大公フランツと叔母の王妹大公ユーフェリアが名状し難い複雑な面持ちで、ホットワインを口にしていた。2人がどんな思いで祖母の死をどう受け止めているのか、エドワードには想像もつかない。


 なんだかんだあったが、自分は幸せな人生を送れている。エドワードは叔父叔母の歩んできた人生と自身の歩みを比してそう思う。同時に、自分の子供達にも幸せな人生を歩ませてやらねば、と決意を強くする。



 さて、ある一定以上の社会的立場を持つ人物の冠婚葬祭の場は、“外交”の場になりがちだった。

 若きソルニオル公カスパーは母クリスティーナの名代として、故人の孫として、聖冠連合帝国の公使として、王太后マリア・ローザの葬儀に出席していた。


 ※   ※   ※

 協働商業経済圏の発足以来、聖冠連合帝国もその巨大な経済機構の影響を受けている。

 ただし、聖冠連合帝国の置かれた状況は、アルグシア連邦やエスパーナ帝国、コルヴォラント諸国ほど厳しいものではなかった。


 理由は聖冠連合帝国が大陸中央域や北方、南方へ独自の商圏を有していたこと。

 そして、これら地域は三列強の影響力が弱い地域で、聖冠連合単独の権益として維持できた。加えて、三列強の協働商業経済圏から襲い掛かる資本を経済特区で一旦受け止め、国内へ軟着陸させることが出来ていた。


 当代女大公クリスティーナの敏腕。帝国宰相サージェスドルフの剛腕。2人の下で働く能吏達。聖冠連合の内政と経済は強固かつ堅牢だった。


 もっとも、帝国の大番頭サージェスドルフも流石に老いた。協働商業経済圏発足による世界情勢の激変へ対応することが辛くなっている。


 よって、サージェスドルフは皇太子レオポルトの皇帝即位を機に引退する気であり、その旨はレオポルドも了承していた。


 国内統治は融和主義派が主要ポストを押さえているし、何より次期皇帝レオポルトの妻がディビアラント人で子供達が混血ともなれば、そうそう差別的な政策など出来ようはずがない。


 外交と軍事に関しても次代がよく育っている。問題が起きても対処可能だろう。懸念の経済絡みも女大公クリスティーナが睨みを利かせている間は大丈夫、のはずだ。


 が、忠心篤い帝国の大番頭は引退の置き土産に不安材料を少しでも削っておくことにした。

 サージェスドルフはベルネシアへ弔問に向かうソルニオル公カスパーと、外交官メッテルハイムに注文を付ける。

「地中海通商の件でクレテアの頭を押さえたい。ベルネシアとイストリアに根回しして来い。地中海通商で連中と上手く共同歩調が採れれば、我が国は三列強と大陸内陸部の中継地として手を組める。上手くやれ。しくじれば、両国はメンテシェ・テュルクと手を組むかもしれん」


「まさか、奴らは異人種でクナーハ教徒ですよ」とカスパー。

「貴公が我が国の模範的価値観を持っていることは大いに喜ばしい」

 サージェスドルフは皮肉を吐きつつ、若いカスパーを諭すように言った。


「だが、貴公の母君なら“そんなこと”は歯牙にもかけん。ベルネシアもイストリアも宗教的事情より国益を優先する。異人種だろうと異教徒だろうと気にせん。今のうちに母君から全てを学べ、ソルニオル公。貴公の血は半分がベルネシア王族で、貴公の妻はクレテア王族だ。将来、貴公が担う役割は決して軽くないぞ」

 ※  ※  ※


 帝国宰相から発破を掛けられたソルニオル公カスパーだったが、為すべき外交仕事は捗っていない。なんせカスパーは過去に“やらかし”ていた。彼の一件以来、どうもレンデルバッハ家の御歴々との間に距離がある。まったくもって自業自得。因果応報だった。


 一方、カスパーの新妻大クレテア王国デルゴーニュ公令嬢ウージェニーは、その令嬢的社交性の高さを発揮し、王太子妃グウェンドリンと円満に交流している。しれっと弔問に同道していた皇女マグダレーナは第二王子アルトゥールとイチャついていた。なお、カスパーの愛妾ユーリアは妊娠のため本国に残留。

 王女ロザリアと王妹大公家嫡女ヴィルミーナは、葬儀に出席した親族衆の相手をしている。結婚で騒動を起こしたクラリーナ王女は、件の夫と共に周囲から距離を取っていた。


 さて、どう切り込んだものか、とカスパーは思案していると、予期せぬ人物から声を掛けられた。

「ソルニオル公閣下。あちらでこいつを楽しみませんか?」

 ヴィルミーナの夫レーヴレヒトが、銀のケースに入った紅い細巻を見せていった。


 正直にいって、カスパーはレーヴレヒトが苦手だ。“やらかし”の晩、レーヴレヒトに得体のしれない怖さや冷たさを感じて以来、苦手意識が強い。


「御相伴に与ります」

 それでも、カスパーは『これも外交。これも務めだ』と内心で気合いを入れた。


 2人は東館にあるサロンの一つへ移る。レーヴレヒトの魔導術で火を点した紅い細巻を吸い、カスパーはむせた。甘い香りとは裏腹にキツい。

「変わった、細巻ですね」


「南小大陸産の珍品です。イストリア大使館から貰いまして」

 レーヴレヒトは滅多に煙草を吸わない。煙草の臭いが浸透潜入に支障をもたらすからだ。ゆえに、彼が煙草を吸う時は出征が無い証拠でもある。


 2人は特に会話らしい会話をせず、甘い香りのする紫煙を燻らせた。

 カスパーは不思議と居心地の悪さを覚えない。むしろ、窓の外から伝わる雨音を聞きながら、細巻を楽しむ静かな時間が快い。


 細巻が3分の1ほど灰になった時、これまで尋ねる機会を持ちながらも、口に出して問わなかったことを、レーヴレヒトへ投げた。

「あいつを、前ソルニオル公を殺したのは、貴方なんですか? レーヴレヒト」


 レーヴレヒトは紫煙を吐き、どこか柔らかい微笑みを返す。

「その質問は軍機に触れるな。何も答えられないし、何も言えないよ」

 砕けた口調は公人としてではなく、従姉婿という“身内”であることを強調していた。


 カスパーは瞑目し、レーヴレヒトの回答の意味を数秒かけて受け入れる。微かに震える手を口元へ運び、甘い煙をゆっくりと吸い、深呼吸と共に紫煙を吐き出す。

「この手で奴を、奴らを殺したかった。幼い頃からずっとそう願ってた」


「君と御家族の苦難を想えば、それは妥当な感情だ」

 そう語るレーヴレヒトの言葉に憐憫や同情はない。ただ事実を追認しているだけ。

「俺の私見だが、死んだドブネズミに気を煩わせる価値はないよ。さっさと忘れて前を向いた方が良い」


 合理的というか、理性的というか、直截に過ぎる忠告にカスパーは自然と苦笑いした。

「もう一つ伺っても?」


「答えられることなら」

 頷くレーヴレヒトへ、カスパーは心の底から不思議に思っていたことを尋ねた。

「あのヴィルミーナ殿をどうやって御しているんです?」


 短くなった細巻を灰皿に押し付けて消火し、レーヴレヒトはどこか透明な笑みと共に答えた。

「大飛竜に手綱を付けられると思うかい?」


      〇


 王太后葬儀から数日後の静かな夜。

“商事”が経営する某飲食店にお忍びで集まった四人の美女が、卓を囲んでいる。店内は貸し切り状態で客はおらず、少なくとも彼女達の視界に従業員は誰もいない。


 新聞紙で覆われた卓上には、ロブスターに似た甲殻類系小型モンスターの蒸し焼きが大皿に十数匹ほど盛られている。


 そして、四人の美女はロブスターモドキの蒸し焼きを、素手やペンチで荒っぽく解体し、手掴みで食していた。卓上に広げられた新聞紙に、ロブスターモドキの殻や身や足なんかが散乱していく。

 淑女としか評しようのない美女達がロブスターモドキを食い荒らしている様子は、なぜか魔女の集いを思わせた。


 ヴィルミーナは陶製ジョッキを煽り、キンキンに冷えたシードルをぐびぐびと呷る。

「うーん。美味しい。旬だけあって身がプリップリね」

 三児の母になっても、その美貌はまったく翳りを見せない。端正な顔立ちと締まるべきところが締まった体。大人の女性の魅力に溢れている。


「こんな食べ方、初めてしたわ」

 指先についたスパイスを舐めとる王太子妃グウェンドリン。宮中では絶対にできない振る舞いを楽しんでいる。

 こちらも二男一女を生んだとは思えぬ秀麗な容姿をしていた。超絶美貌に母性的柔らかさが加わったことで無敵に見える。


「こういうことって背徳的な楽しみがありますよね」

 メルフィナはロブスターの頭胸部に指を突っ込み、身を穿り出しながらにやり。

 一男一女の母となった彼女は妖艶の一語に尽きた。その優艶な肉体と思わせ振りな笑みの組み合わせは、どんな男もたちまち骨抜きにしてしまうだろう。


「やらしい言い方はやめろ、でございます」

 デルフィネがべりべりと腹の皮を剥きながら言った。

 唯一未婚かつ未出産の彼女はぶっちぎりで若々しい。十代の頃のグラビアアイドル的だった顔立ちや体つきは、今や歌劇女優的な美しさと麗しさに昇華されている。


 四人の美女はよく冷えたシードルを呷り、荒々しくロブスターモドキを解体してその身肉を貪りながら、談笑を交わす。女子会というには少々上品さに欠ける光景。

 しかし、貴顕の最上層にいる彼女達にとって、こうした振る舞いが出来る場こそ貴重極まりない。


 それぞれの近況や思い出話を肴に食事を楽しんだ後、話は少々厄介な方向へ進む。

「そういえば、クラリーナ様が国内資本家達へ精力的に投資や進出を呼び掛けてますね。私も声を掛けられました」

 ナプキンで手元を拭いながら、メルフィナが言った。女性向け商品のブランドを確立した彼女は立派な事業家で資本家だ。


「そのクラリーナ殿下だけれど。案の定、面倒なことになってきたわ」

 グウェンドリンが背もたれに体を預け、ふう、と息を吐いた。


「当然ですね。殿下の御結婚はある種の禁忌を破ったのですから」

 デルフィネはロブスターモドキのハサミの肉を爪楊枝で穿り出しながら、ヴィルミーナへ水を向けた。

「ヴィーナ様はクラリーナ殿下に慕われているでしょう? 何か伺ってないのですか?」


「葬儀の後、経営の仕方とか事業のやり方とか、人の扱い方とか色々聞かれたけれど、政治面での相談は一切なし。ただ、本人が情勢を理解したうえで話を避けてるみたい」

 ヴィルミーナはシードルを口にし、心配顔で続ける。

「こちらとしては、深刻な状況になる前に相談してほしいんだけどなぁ」


 第一王女クラリーナは大冥洋群島帯現地人の血が混じった外洋貴族と結婚する際、親族衆を含めた国内諸貴族や王国府と大喧嘩しており、今やその関係は隔絶や軋轢という言葉では収まらない。


 特に激烈なほど猛反対した王妃エリザベスとの関係は、王弟大公夫人ルシアが間に入らなければ、修復不可能になったかもしれない。ヴィルミーナは恋愛婚した手前、結婚話に首を突っ込めなかった。


 そんなクラリーナは現在、大冥洋群島帯の王女総督だ。実務や実権は官吏達が掌握しているとはいえ、その権能や影響力は大きい。その気になれば、大冥洋群島帯の領主の如く振る舞える。


 事実、本国貴族や王国府官僚と完全対立しているため、クラリーナは持てる権力を駆使して大冥洋群島帯の発展へ勤しんでいた。本人は『群島帯を発展させて見返してやる』という考えだったが、見る者が見れば『これは将来、叛乱を起こすかもしれぬ』と危惧しよう。


 これも事実として、ベルネシア情報機関はクラリーナの結婚と総督就任に伴い、大冥洋群島帯に監視体制を構築している。もしもの時は首狩り人も送り込まれるかもしれない。

 この事を知っているのは、国王カレル3世と宰相ペターゼン、情報機関の一部だけだ。ヴィルミーナはおろか、実母エリザベスや長兄エドワードも知らない。


 最悪の事態を迎えたなら愛娘を害することになるカレル3世はその未来に恐怖し、それでも王として”備え”をしないわけにはいかず、王冠を投げ捨てたい衝動に駆られている。


 話を戻そう。

 ヴィルミーナはロブスターモドキの身肉を口にした。

「大冥洋群島帯を発展させることに異議は無いし、私も協力も惜しまない。ただし、リーナには群島帯の地政学的条件と自身の政治的立場を重々理解して欲しいところね」


「その辺りはクラリーナ様も御承知ですよ」

 メルフィナが指摘するように、王女クラリーナは愚かではない。場合によっては、女王になりえる彼女は、英才教育を受けて育った。


「どうでしょうね。理解はしていても、認識しているかどうか。私達と違ってクラリーナ殿下のお立場だと、俗物の接近を拒むことも阻むことも難しいですし」

 このデルフィネの懸念も正しい。


 古今東西、多くの貴顕や富裕者がクズ共の群れに散々利用されて捨てられてきた。ろくでもない連中がクラリーナを神輿に悪さすることは充分にあり得る。

 それに、クラリーナの支持母体である外洋貴族や現地に同化した者達には、少なからず本国からの分離独立を求める勢力があった。クラリーナは最高の旗頭になるだろう。


 本国はそうした動きをクラリーナの手で排除させるはずだ。クラリーナの忠誠心を計る試金石になるし、クラリーナがそうした者達を弾圧したり、粛清したりすれば、外洋諸侯や入植者達の支持を失う。

 もしかしたら、強硬派が三河武士よろしくクラリーナを害すかもしれないが(三河武士は家康の父と祖父を暗殺している)、それはそれで“有益”だ。謀反の旗頭が失われるし、本国が外洋をぶん殴る大義名分になろう。


 クラリーナは非常に難しく危うい。

 彼女のすぐ傍で本国と外洋、両者の様々な思惑が善悪、明暗、光闇、光陰、表裏、その狭間で蠢めいている。


「この件で一番の問題は、ヴィーナを頼ることが難しいことね」とグウェンドリン。

「ですね。邪推するバカ共が必ず出てきます。クラリーナ様と白獅子が組んで独立を企てている。とかね。コーヴレント候辺りが嬉々として言い出しそうです」

 メルフィナが付け合わせのピクルスを齧ってから続ける。


「私が十全に動けない分、王太子妃殿下の手腕に期待したいところね」とヴィルミーナが意地悪そうに口端を歪めた。


「グウェンは将来の王妃陛下ですよ、ヴィーナ様。下々の期待など容易く応えて下さりますとも」

 デルフィネもにやにやと意地悪そうに笑う。釣られてメルフィナもからかう眼差しを向けていた。


 グウェンドリンは苦々しげに親友達を睨み、毒づいた。

「誰か一人くらい、助力を申し出なさいよ」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 外交状況がわかりやすく、また全員悪辣で見ていて楽しい [一言]  女性の扱いは世界一難しいと言われてますからね頑張れアンリ16世ww  カスパー君が成長しそうで嬉しいです。  あと自分はあ…
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