17:3b
大陸共通暦1776年:王国暦259年:晩秋
大陸西方ガルムラント:エスパーナ帝国:北洋。
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二頭の戦争鯨が鈍色の雲の間を仲良く泳いでいた。
先を進むグリルディⅣ改修型は、元々のザトウクジラに似た優美な姿からあまり変わっていない。改修内容の多くは浮揚機関の換装、気嚢や船体表面の難燃処理、船体補強、兵器類の換装で外見を変えるものはなかった。
グリルディⅣ改修型とペアを組む捜索哨戒飛空艇レブルディⅢ型も、やはり改修されていた。特に大型双眼鏡や魔導波捜索探知機、魔導通信器、大型種モンスターの生体器官を魔導生命工学で無理やり機能させた捜索追尾器具など、索敵系や通信系がより高性能なものに換装されている(レブルディⅢ改修型のスペック情報を手に入れたイストリア海軍は『やりすぎだろ』と絶句した)。
斯様に強化されたベルネシア海軍のハンター・キラーが北洋のガルムラント沿岸沖上空を哨戒航行している理由は、エスパーナ人海賊の跋扈がいよいよ座視できない段階に達したためだ。
イストリア連合王国は秋口にガルムラント介入を発表し、ゲリュオン半島上陸制圧を決定していた。
その大義名分は『これは北洋航行権を守るための予防占領であり、領土的野心はない。その証拠にこの軍事行動はエスパーナ帝国の容認を得ている』としており、事実上、イストリア連合王国はエスパーナ帝国に与することを宣言した。
一方で、水面下では旧諸国独立同盟とも連絡を取り、北洋とゲリュオン半島に手を出さないなら、攻撃はしない密約を結んでいた。これぞイストリア式外交である。
そして、ベルネシア王国はイストリア連合王国との同盟関係と北洋貿易協定、協働商業経済圏の安全保障条項に基づき、北洋や大冥洋における“保安活動”を開始した。見返りはイストリアが長期租借したゲリュオン半島港湾の利用権である。
強欲なイストリア人と狡猾なベルネシア人。まさにステレオタイプ通り。
正午を過ぎた頃。
二頭の戦争鯨達はイストリア貨物船が放った救難魔導通信を捕捉した。揃って船首を傾け、降下加速しながら通信の発信方位へ向けて疾駆していく。
乗員達が退屈な哨戒航行から刺激的な海賊狩りに変わったことを喜び、楽しげに戦闘配置についた。
レブルディⅢ改修型の大型双眼鏡観測員が数キロ先の海上に、大きな貨物船とその尻を追い回す小型漁船1隻と短艇2隻を発見した。
狩りの始まりだ。
優美な戦争鯨がイストリア貨物船へ急迫していくと、貨物船を追い回していた海賊の小型船や短艇が急旋回して逃げ始める。
妥当な判断であるが、無駄な足掻きだ。海面を這う短艇や小型漁船では、高速戦闘飛空艇から逃げられない。
レブルディⅢ改修型が高度を上げて上空援護と周辺警戒に付き、グリルディⅣ改修型が海賊の群れへ襲い掛かる。
グリルディⅣ改修型は海賊の群れの頭を押さえようと回り込みながら、攻撃を開始した。
まず舷側の火砲達が吠えた。水面に巨大な水柱が並び立つも命中弾はない。伝声管から『下手くそっ! 税金を無駄遣いするな』と副長の怒声が飛び、『しっかり狙えっ! 日ごろの訓練通りにやるんだっ!』と各砲長が砲兵達を叱咤激励した。
再装填を終えた火砲達が再び吠え、砲弾の群れが海賊達へ向かって飛翔する。
砲弾が直撃した短艇が木っ端微塵に吹き飛ぶ。水柱と共に立ち昇る爆煙の中に、海賊達らしき肉塊が混じっていた。空高く吹き飛ぶ肉塊を見た砲手達や観測員達が残酷な歓声と哄笑を漏らす。
残った小型漁船と短艇が船足を停め、海賊達が小汚い白布を振った。
が、グリルディⅣ改修型は容赦なく砲撃を継続した。至近弾を浴びた短艇がひっくり返って転覆した。海に放り出された海賊達は肉食性海棲モンスターに食われなければ、泳いで岸まで逃げられるかもしれない。成否は神のみぞ知る、だ。
投降が許されないと理解した小型漁船が再び逃走を開始。死に物狂いで逃げる。
小型漁船へ距離を詰めたグリルディⅣ改修型の船内で、搭乗している陸戦要員――海兵隊員が金属薬莢弾薬や樹脂補強式紙薬莢弾薬を用いた試製小銃を手に舷側に立つ。海兵隊員の中には『セヴロ』社が開発した直動式の遊底駆動式後装小銃を持つ者もいた。
海兵隊達はそれぞれの試製小銃を構え、眼下の海賊達を狙う。
小型漁船の海賊達は新聞の戯画で描かれるような悪党共ではなく、ベルネシアの漁民と大差なかった。刀剣や銃を手にしていたが、およそ扱い慣れているようには見えない。
だからといって海兵隊員達に慈悲を与える気は無い。新型小銃を撃つ機会を待ち望んでいた彼らは小銃の射程に到達した直後、嬉々として発砲を始める。
銃声の合唱や輪唱が海上に響き渡った。
『セヴロ』の試製小銃を構えた女性海兵隊員は強化魔導術で視覚を強化し、約400メートル先の小型漁船上で動く中年男性の海賊へ照準を重ね、人差し指で引き金を絞る。
遊底内の激発術理が施された撃針が金属薬莢のケツである魔石管を叩き、金属薬莢内の魔晶炸薬を励起させた。金属薬莢と完全閉鎖薬室による高気密性が装薬のエネルギーを十全に弾頭へ伝える。鉄・鉛二重弾芯の樹脂被帽弾頭は銃身内を線条で回転運動を与えられながら激走。甲高い金属的発砲音と蒼い発砲光を置き去りにし、銃口から400メートル先まで直線に近い弾道を描いた。
が、弾頭は海賊を外し、船体に着弾。9・5ミリは装薬のエネルギーに対して質量過多だった。反動が大きい。8ミリか7ミリ半くらいでちょうど良いかもしれない。
「くそ。外した」
少女といっても通じる若い女性海兵隊員が呟き、槓桿をまっすぐ引いて遊底を下げる。
給弾/排莢口から空薬莢が蒼い残渣粒子を牽きながら勢いよく飛び出した。床に落ちた空薬莢がチンと鳴く。女性海兵隊員は次弾を給弾口へ詰めて遊底を押し込む。他の試製小銃よりも給弾速度が速く、しかも簡単。
再び小銃を構え、女性海兵隊員は海賊を狙う。彼女や他の海兵隊員の顔に人間を撃つ罪悪感や恐怖はない。それどころか、反道徳的行為のスリルと背徳感を楽しんでさえいた。どんな職業であれ、人は仕事に誇りと楽しみを見出す。
時計の針がオヤツ時を示す頃、狩りは終わった。
グリルディⅣ改修型から海兵隊員達と共に技官達が小型漁船に降下する。
技官達は殺害した海賊達や船体の着弾痕を調査し始めた。ナイフやペンチを使って死体や船体から弾丸をほじくり出し、その形状変化などを記録して回収。最後に小型漁船へ火を放って撤収する。
この日の“試験”は上々だった。
〇
大陸共通暦1776年:王国暦259年:初冬。
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。
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石油。次世代弾薬選定。造船技術。協働商業経済圏による市場情勢の変化。東メーヴラント情勢にエスパーナ大乱。
考えることが多い年末の冬。ちらほらと降り注ぐ粉雪が王都を白く彩っていた。
小街区社屋の窓から王都の冬景色を眺めつつ、ヴィルミーナは熱い珈琲を口に運ぶ。横目に卓上の薄い書類を目にし、苦々しく眉根を寄せた。
造船技術の件でイストリア大手造船会社レアーズ・ウィガムの交渉人と接した際、“有難い”情報を寄こしてきた。
イストリアが機帆船を市場へ本格投入するという。
現状の外輪船では渡洋出来るか怪しい。そこで帆船能力を併せ持った機帆船で挑むわけだ。風と海流を捕まえている間は帆で進み、そうでない時は蒸気機関で突っ走る。技術的にも時代に適していた。
ヴィルミーナのタービン式蒸気機関のスクリュー推進船が本格的に稼働する前に、自分達のレシプロ式蒸気機関の外輪推進船で市場シェアを確保してしまおうという腹らしい。
言うまでもなく、帆船だろうと蒸気船だろうと内海用だろうと外洋用だろうと、船は高い。如何に大会社でもそうホイホイと新型船を調達できない。ヴィルミーナの蒸気船が性能的に秀でていようとも、先に外輪船を購入したら元手を取り戻すまで使い倒すしかない。
先行者権益を固めて押し切る気か。強引な手を打ってくるわね。
イストリア人は外輪船で海運会社を囲い込み、“次”に白獅子の技術で新造したスクリュー推進船を売り込む気なのだ。
市場戦略としては間違っていない。
たとえば、客は車を乗り換える時、同じメーカーや同じ販売店から選ぶ率が高い。これは統計的に証明された事実だ。ゆえに大手自動車メーカーの販売店は客のアフターケアが厚い。それが“次”につながると知っているから。
「造船市場を確保するなら、この10年以内が勝負になるわね」
ヴィルミーナは呟きながら、対策を思案する。
順当な手は蒸気タービンを増産し、ベルネシア造船業界や他国へ普及させる。
しかし、そうなると自社割り当て分の鉄だけでは足りない。市場流通分を買い集めるとして、他にも製鉄合資会社を拡大するか、他社割り当て分を買い取るしかない。あるいは、クレテアとイストリア、聖冠連合帝国からも調達するか。
それだけ鉄を調達するとなると、鉄市場が動くな。相場操縦になりかねないが……実業で実際に消費するのだから問題ないか。なんならペーパーカンパニーを通じてコルヴォラント辺りから仕掛けても良い。
思案を中断させるようにドアがノックされる。
内心の苛立ちを堪え、穏やかに『どうぞ』と返すと、ドアが開いて専属秘書の青年が顔を見せた。
「ヴィルミーナ様。間もなく会食の御時間です。御用意下さい」
「ありがとう。正面に馬車を回しておいて」
青年秘書は恭しく一礼し、部屋を出ていった。
ヴィルミーナはカップを卓に置き、小さく鼻息をついて腰を上げた。
やれやれ。今日は昼食を楽しめないわね。
王国府を中心とした官庁街の一角に、お偉いさん方御用達の高級レストランがある。料理や接客等のサービスは当然ながら超一流で、何より『店内での会話が外へ漏れることがない』という絶対条件を備えていた。
ヴィルミーナは見た目麗しい女給に案内され、個室へ足を踏み入れる。
「こんにちは、皆さん」
「今日は足場の悪い中、御出席ありがとうございます。ヴィルミーナ様」
個室内には、ベルネシア王国府高官とベルネシア軍高官、ガルムラント亡命貴族団体の高官、ベルネシア軍需産業を中心とした大資本家達。
魑魅魍魎の面々。
ヴィルミーナが着席し、会食が始まった。
上等な昼食を摂りながら協働商業経済圏絡みの会話がやり取りされた。笑顔で応酬される皮肉と嫌み、その言葉の裏に潜む腹の探り合い。どいつもこいつも箙芸達者ばかり。
周囲を適当にあしらいつつ、ヴィルミーナも一皿銀貨数枚する料理を楽しむ。
そして、食事があらかた進むと、狐と狸と狢の化かし合いが始まった。
参加者達の面子から言って、化かし合いのネタは間違いなくガルムラントのアレだ。
秋口にイストリア連合王国は帝国に与する体裁でエスパーナ大乱へ介入を宣言した。代価はゲリュオン半島の長期租借。裏の密約では旧諸国独立同盟と不戦協定を結んでいる。
しかし、冬に入ってもイストリア軍はガルムラントへ派兵していなかった。
「イストリアの派兵はまだかかるのでしょうか?」
ガルムラント亡命貴族団体の高官が王国府高官に尋ねた。
エスパーナ大乱が始まって約一年半。ガルムラント亡命貴族と現地旧諸国からなる独立同盟の置かれた状況はあまり芳しくない。
エスパーナ帝国は現在、第一皇弟閥、第二皇弟閥、帝国南部貴族を主とする軍閥、旧諸国同盟、日和見で自領の防衛に徹する幾人かの大貴族、そして、この機に国家指導層に成り上がらんとする教会強硬派が争っていた。
帝国植民地も酷い有様で、独立派と皇党派、入植者と現地人、資本家と貧困層が相争っている。
ベルネシアやイストリアに亡命したガルムラント人達が支援する旧諸国独立同盟にしても、一枚岩ではない。旧諸国内での綱引きもあるし、亡命ガルムラント人が皆、旧諸国出身者とは限らないからだ。
加えて、諸勢力の中でも旧諸国同盟の戦力は乏しい(懐具合も寂しい)。イストリアがゲリュオン半島方面を抑え、ゲリュオン半島方面に割いている戦力を別戦線へ移せる状況を切望していた。戦線を一つ解消できるだけでずいぶん楽になる。
なのに、イストリア人は動かない。
王国府高官は控えめに眉を下げ、告げた。
「イストリア政府が言うには、南小大陸の叛徒鎮圧戦争を終えたばかりですので、早々に大きな軍事行動は難しいとのことです」
嘘ではない。が、真実でもない。
独立戦争が終結したイストリアは、南小大陸に派遣していた軍団から約2万8千人をガルムラントへ転戦させる準備を済ませている。この将兵は全員が自主的志願者で、武勲と昇進と戦時給料と特別手当てとオマケの略奪を求めていた。強欲なイストリア人は商人や政治家だけではない。
イストリア人が派兵を遅らせている理由は明快。ギリギリまで出し惜しみして、エスパーナ帝国と旧諸国独立同盟から少しでも多くの利益を引っ張ろうとしている。強欲ぅ。
イストリア人め、足元見やがって。と亡命貴族団体の高官が苦虫を噛み潰した。彼はそのうえで、ベルネシア軍高官――ハイスターカンプ中将へ問う。
「ベルネシアはあくまで不干渉を貫く気なのですか? 義勇軍を派遣されましたよね?」
王太子妃の叔父ハイスターカンプ中将は横目に政府高官を窺いつつ、答弁した。
「まず、非礼ながら訂正させていただきます。我が国は義勇軍を派遣“しておりません”。あくまでエスパーナの戦禍に心痛めた有志の自発的渡航を黙認しているだけです」
建前は大事である。
「我が国はエスパーナ帝国の動乱に対し、不干渉を宣言しております。むろん、海賊の類は協働商業経済圏の安全保障協定に基づいて討伐しておりますが、ガルムラントへ派遣は出来かねます」
ベルネシアはガルムラントの泥沼で足を汚す気は無かった。ぶっちゃけた話、協働商業経済圏の発足で激増した経済問題への対処で忙しい。干渉した南小大陸独立戦争の後始末も残っている。
繰り返す。忙しいのだ。泥遊びなんてしている暇はない。
「今後も、ガルムラントの平和に貢献したいと欲する義士の渡航を妨げることも致しませんが、正規軍の派遣は“国際情勢の変化”がない限り計画されないでしょう」
ハイスターカンプ中将のさらりと告げた答弁に亡命貴族団体の高官が悔しげに唸る。
そして、素知らぬ顔で食事を続けるヴィルミーナへ目線を向けた。
「王妹大公御嫡女様は如何ですかな? 貴女は戦闘飛空艇数隻を有する強力な私兵部隊をお持ちだ。派遣していただけませんか」
「人聞きの悪いことをおっしゃらないで下さいな」
ヴィルミーナは食事の手を止め、ナプキンで口元をさっと拭い、
「我が民間軍事会社は私兵ではありません。安全保障関連業務を専門とした高度なサービスを提供する民間企業です。当社の活動は雇用主の安全確保、派遣地域の安定と平和への貢献であり、社員はその専門家集団。鉄火場で乱取りを企む野良犬共とは違います」
国際平和活動協会(アメリカ民間軍事会社の全国協会)みたいな科白を返す。
ちなみに、地中海派遣されている飛空船部隊は返り討ちにした海賊から逆略奪したり、捕えた海賊をいたぶり殺したり、女海賊を輪姦したりとかなりの悪さをしている。
もっとも、一般人相手に犯罪を働かない限り、この手の問題は現地治安当局も概ね黙認していた。というか、黙認せざるを得なかった。ヴィルミーナは民間軍事会社の諸契約に必ず免責特権や法的責任の回避条項を飲ませることを徹底させており、法的に手出しできない。
代わりに派遣先で一般人を害した場合、厳格な内部粛清を断行させていた。懲罰を含む規律こそ組織を結束させるし、内規も守れないアホなど白獅子に不要だ。
あるアホ共が現地人女性を手籠めにした時、法的処罰は確かに受けなかった。が、会社はこのアホ共を即座に懲戒解雇し、縛り上げてから被害者女性の関係者の前に放り出した。結果? 正義は果たされたとだけ言っておこう。
「それに、我が民間軍事会社はカロルレン北東部と地中海の業務で手いっぱいです。エスパーナに派遣などとてもとても」
ヴィルミーナは笑顔と共に派遣を拒絶する。
「近頃は同業他社も増えているようですし、そちらにお声を掛けては?」
どんな業界にも追従者や新規参入者は現れる。大手猟団や私掠船、元軍人達がヴィルミーナの民間軍事会社を真似し始めていた。
「貴女のデ・ズワルト・アイギスほど優れた組織は無い。御存じでしょうに、お人が悪い」と資本家の一人が苦笑いをこぼす。
後追い参入者達のほとんどは中近世の傭兵団と大差がなく、大口契約も免責条件も獲得できずにいた。
当然と言えば当然だ。ヴィルミーナは白獅子という強力な大組織を持ち、王妹大公令嬢にして大財閥総帥という出自と肩書から政治や軍へぶっといパイプがある。これらを基に優秀で有能な人材を揃え、しっかりした装備や機材を整えられる。これに対抗できる組織を作ろうとするなら、それこそ主要大財閥が本気で取り組むしかない。
それに、民間軍事会社の経営がどれほど綱渡りなことか。莫大な経費が儲けを食い潰す。私掠船稼業と同じだ。周囲が思うほど儲けがない。オマケに政治的脅威として睨まれ易い。
悪し様に言えば、バカと貧乏人に民間軍事会社は営めない。
ヴィルミーナはグラスを手にし、
「私はカロルレン北東部に欲張りし過ぎました。ガルムラントの件は諸先輩方の手腕を外から学ばせていただきますよ」
ニッと微笑んでシードルを口にした。
『魔女め、よぉ言うわ』と言いたげな連中は、カロルレン北東部利権から蹴り出された者達。
『白獅子が手を出さないなら、もう少し静観するか』と考えた連中はヴィルミーナや白獅子を良くも悪くも評価している者達。
『ライバルが一人減ったな』とほくそ笑む奴らもいる。
『こりゃダメだ。白獅子の援助は得られない』と肩を落とす亡命貴族の高官。
悲喜こもごも。
食後のデザートと珈琲や紅茶が並び、会食も終わりを迎える。早々に帰路へ着くもの。小部屋に移って密談をするもの。亡命貴族団体の高官はメゲることなく、他の資本家達へ声を掛けて少しでも援助を引っ張ろうと奔走している。
ヴィルミーナはハイスターカンプ中将と軍需産業の御歴々と共に密談することになった。
話題は次世代弾薬選定だ。
「次世代弾薬の件なんですがね。イストリアが協力を申し出ておりまして苦労しています」
この場合の共通化とはイストリア規格に合わせることを意味し、今後の銃砲、兵器や装備品開発においてイストリアの影響が大きくなる。
「軍も業界も意見が割れていましてね。なかなか。あ、私の立場は明言を控えさせてもらいますよ」
ハイスターカンプ中将は立場の不鮮明を告げた。なんせ軍需産業の御歴々も金属薬莢弾薬か樹脂補強式紙薬莢弾薬で立場が割れている。
前置きしたうえで、ハイスターカンプ中将はヴィルミーナに水を向けた。
「白獅子の次世代弾薬と小銃、現場の評価は良いようですね」
瞬間、軍需産業の御歴々が人食いの猛獣染みた目線を向けてきた。
弾薬開発と製造の利権は巨大だ。戦争における弾薬消費量が激増している以上、弾薬は巨大な利権である。軍需産業の御歴々としても、そこに手を出してくるなら容赦しないだろう。
こっわ。
ヴィルミーナは冷や汗を掻きそうになるも、優雅に微笑んで応じた。
「誤解ですよ、閣下。件の新型弾薬と小銃に私の財閥は関与しておりません。開発製造は『セヴロ』社が全てになっています。白獅子は件の銃砲会社設立の際、少々縁故を持ちましてね。その関係で融資しましたが、その融資も試作製造分だけです。仮に正式採用されたとしても、我が社が生産に直接関与することはありません。それは専門の方達にお任せですよ」
闇深い軍需産業に睨まれても一利なし。それに民間軍事会社の絡みもある。ヴィルミーナが『独自兵站を持つ戦力を保有』なんて思われたら、大惨事だ。コーヴレント侯爵辺りが反ヴィルミーナの連中を糾合して面倒を起こしかねない。
ヴィルミーナは優艶な笑みと共に告げた。
「造船技術の獲得と向上のため飛空船にはこれからも手を出しますが、銃砲その他は今後も皆さんの顧客であり続けますよ」
「それはありがたいですな。デ・ズワルト・アイギスは業界の御得意様ですから」「然り然り」「いやぁ、今後も仲良くしていきたいものです」「ええ。末永くね」
がっはっは。
ヴィルミーナも一緒に愛想笑いしつつ、思う。
こら把握しとった以上に次世代弾薬の件で揉めとるな。セヴロに金出して失敗したかな? いや、でもアレを放置するのは怖すぎる。フルトンみたいにあちこち売り込まれたら大変や。
蒸気船の父フルトンは自身の案を方々に売り込んだ。フランス、イギリス、アメリカ。特にフランスは『当時、戦争していた相手』だった。時代が時代なら国家背信行為で逮捕されかねない行為である。
石油だけでも頭痛いのに、弾薬でも面倒なことになりそうやんなぁ。
ヴィルミーナは密やかに溜息を吐いた。
もっとも、”面倒なこと”は始まってすらいないが。
 




