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協働商業経済圏が発足して以降、ベルネシア・イストリア・クレテアの三列強で最初に死闘が繰り広げられた市場は、繊維業界だった。
産業革命の先駆者イストリアは植民地で生産した絹や綿を基に、大量の繊維や生地、衣料品を製造して各国の市場へ殴り込みをかけたのだ。
今回はまず往時の一例に触れよう。
※ ※ ※
イストリアから大量生産された安価な衣料品や繊維商材が津波の如く流れ込んできた時、ベルネシアの繊維業界と服飾産業は震え上がった。
特にクレーユベーレ市や王都小街区の工場群において、傷痍軍人や戦死者遺族が多く雇用されている業種は紡績関係だったから、彼らの覚えた恐怖は凄まじい。彼らがそう遠くない昔、貧困と屈辱の地獄を味わっていたことも、恐怖をより強くした。
産休と育児でヴィルミーナが第一線を退いている間に起きたこの難事に対し、白獅子は総帥代理のアレックスが陣頭に立って戦った。
イストリア製繊維商材の大津波により収益が落ち込んだ際、経理や財務から経営を最も圧迫する人件費の圧縮――リストラが提案されたが、大金庫番ミシェルから報告と相談を受けたヴィルミーナが断固として許さなかった。
情理からではない。
白獅子財閥はヴィルミーナの主導で幾度か行った組織再編において、容赦なく人員整理――クビ切りと肩叩きを実行している。
ではなぜ、今回はリストラを許さなかったか。
不要な人材を整理することと必要な人材を削り落とすことでは話が全く違う。いつの時代でも専門技能を習熟し、経験を重ねた労働者は高価な人材だ。ましてや、組織再編で篩に残った人材であれば、なおのこと。
それに、白獅子で働く労働者達の子供達は、工場に付随する保育所や私塾で教育を受けている次世代の人材。労働者を切れば、同時に彼らも失う。中長期的な損失が大きすぎる。
『責任は私が負うから人材の流出を防いで。やり方は任せる』
女王の方針と全権委任を受けた総帥代理のアレックスは、動員可能な側近衆を全員駆り出した。
まず、ニーナが中心となって白獅子労働者達の不安の払拭に努めた。
続いて、白獅子の各種工場の作業服など財閥内の内需で対応。取り扱い商材を変更し、産業用繊維商品の開発と量産。中産階級向けに商材の多様化。究極的には飛空船気嚢やマストの帆布製作まで請け負った。
デルフィネがあちこちに赴いて業務提携や契約を増やし、国外輸出も積極的に行い、収益の確保に奔走した。
総司令官となったアレックスは、現場が要求する予算を確保するべく幾度も大金庫番のミシェルや経理、財務と折衝を重ねた。各事業部の理解や協力を求めるために飛び回った。
イストリア繊維業界の大攻勢で斃れた同業者は少なくない中、アレックス達の大車輪の活躍により、白獅子繊維事業は危機をしのぎ切って安定を取り戻したのだ。
この成功はアレックス達の大きな自信となった。”あの”ヴィルミーナがアレックス達を手放しに絶賛激賞し、それどころか『私抜きでこれほどの大仕事をするなんてズルいわ』と嫉妬すらした。これほどの誉れはない。
何より、この一件は白獅子財閥に勤める者達から大きな信頼と信用を勝ち得たことが、側近衆達は誇らしかった。
※ ※ ※
大クレテア王国もイストリア繊維業界の大攻勢を受けたが、クレテアの場合はさほど深刻な影響を受けなかった。
第1に、彼らにはベルネシア戦役に敗れた後、ベルネシア資本の侵攻を受けて食い荒らされた経験があり、既に業界の淘汰が進んでいたため、クレテア繊維業界に立ち向かう体力があった。
第2に……単純な話、クレテア人の嗜好にイストリアで大量生産された衣料品は合わなかった。結果、生地や繊維の輸入と違い、衣料品は早々に撤退する羽目になった。意外な勝利である。
そして、繊維業界の攻防を契機に多方面の死闘が始まる。
大陸西方圏屈指の農業国クレテアは、得意の農産物や食品系嗜好品の輸出でイストリア農業界や嗜好品業界へ襲い掛かった。
産業革命の先駆けたるイストリアの農業は囲い込みによる集約化が進んでおり、農家が一軒倒れるだけでも小作人達とその家族が路頭に迷う。
地球史において、ノーフォーク農業のような近代農業革命は同時期の欧州圏でも発生していた。つまりこの分野で技術的優位に立った地域はない。これは魔導技術文明世界でも同じことが言えた。
となれば、単純に規模の戦いであり、大量のクレテア産農作物の前にイストリア農業は悲鳴を上げた。
なお、クレテア農産物を輸送したのはイストリア海運業界だったりする。皮肉だなぁ。
ベルネシア農業界は元より地産地消規模であり、足りない分を外洋領土から引っ張っていたくらいだ。近場から不足分を輸入できる分には問題ない。困ったのは輸出先をクレテアに奪われた外洋領土農家だったが、多少の保護政策で補える水準だった。
一方のベルネシアは工作機械や資材、素材加工技術でイストリアとクレテアの産業界を泣かせた。特に白獅子が二次精錬でこさえる合金鋼はイストリアですら再現も模倣も出来ず、どうにもならない(モリブデンやクロム、ニッケル等の添加技術は容易くない)。
各国政府は協働商業経済圏による激変を対処すべく国内外に奔走した。自国産業と外国産業からの陳情、要請、懇請、突き上げ、怒号と罵倒と悲鳴とすすり泣き。
ある老外交官がぼやいた。
『世界のルールやマナーが変わってしまった』
そして、世界を変えた一因である女妖は――
「やれやれ、どこもかしこも大変だこと」
新聞を読みながら他人事のように呟いていた。
〇
大陸共通暦1776年:ベルネシア王国暦259年:夏。
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。
――――――――――
可愛い奥様ヴィルミーナちゃん(アラサー)は帰宅すると、真っ先に子供部屋へ行って子供達を抱きしめ、頬や額にキスをする。それから時間が許す限り子供達と一緒に過ごす。日頃の育児を乳母や家人に委ねているだけに、子供と過ごす時間は一分一秒でも大事だった。
これは素敵な旦那様レーヴレヒトも同じで、王妹大公家の若夫婦は揃って子煩悩だ。
他方、ヴィルミーナは家人と過ごすことも好きだった。たとえば、子供達が寝た後、御付き侍女メリーナと一緒に過ごすことも少なくない。
その御付き侍女メリーナは今や王妹大公家家人の中で幹部職員。
アラフォーの足音が迫っているものの、結婚していない。『あと一歩』まで辿り着きつつも『残念でした』というケースを重ねていた。ああメリーナ、なんてことなのメリーナ(歌劇風に)。
そんなメリーナはとある人物の名前を聞き、不機嫌顔を浮かべた。
「ヨングブールト? 宮廷魔導士のヨングブールト女史ですか?」
「あれ? 知っているの? たしか、魔導学院ではメリーナと期が離れているわよね?」
ヴィルミーナはメリーナの変化に戸惑いつつ、反問する。
ヨングブールト女史はメリーナよりそれなりに年上。メリーナが魔導学院に在学中、知己を得たとは思えないが。
「魔導学院には卒業生を招いて在校生に指導させるという、クソみたいな伝統があるんです」
メリーナは苦々しげに語る。
魔導学院では才能ある在校生が調子に乗り出した頃、卒業生の御姉様や御兄様に鼻っ柱を折られるという伝統行事があり、可憐な女子学院生メリーナはヨングブールト女史に散々しごかれたという。
「思い出したら腹立ってきました」
憤懣を露わにするメリーナにヴィルミーナは苦笑を禁じ得ない。
「それにしても、宮廷魔導術士に指導を受けるなんて、メリーナは本当に優秀だったのね」
「まぁ、自画自賛になりますが、実力はありました」
お世辞抜きでメリーナは優秀な生徒だった。ただ、本人が魔導術士としての成功より眼前の稼ぎを選んだ。その目論見通り、今のメリーナは高給取りだ。例外は結婚にしくじったことか。
「じゃあ、優秀な魔導術士メリーナの意見としてヨングブールト女史の提案をどう思う?」
「研究から遠ざかって久しいですので、何とも」
メリーナは正直に答えつつ、ただし、と続ける。
「新しい魔導術理の開発はヴィーナ様が御想像する以上に時間と金を食いますよ」
真摯な眼差しと共に告げられた忠告に、ヴィルミーナは大きく首肯を返した。
「ところで、ヴィーナ様。私の方からもちょっとご相談したいことがあるのですが」
「あら、何かしら」
「実は古い知人に不幸がありまして。弔問のために幾日かお暇を頂きたく」
「そういうことなら是非もないわ。いってらっしゃいな」
ヴィルミーナは深く考えず即答した。いや、メリーナにしても“あんなこと”になるとは思わず、話を出したわけだが。
〇
仲夏の鮮烈な陽光が注ぐ中、白獅子財閥が国内やイストリア、クレテアの造船業界へ通達した内容は、中々に悩ましいものだった。
『スクリュー機構技術は売る。動力機関製造技術は売らない。ただし、現物は売っても良い』
彼らの御返事に触れる前に、白獅子製の船舶用蒸気機関を振り返っておこう。
先述した通り(閑話15参照)、白獅子は研究開発の段階でレシプロ式とタービン式を開発した。前者の方が構造的にシンプルで扱い易いが、タービン式の方が船舶動力に適していたため、こちらを採用している。
タービン式蒸気機関を搭載した試験船ユーフェリア号は、試験運用を始めてから数年間ひたすら問題続きで、実用船製造の目途が立たなかった。それだけに実用化に達した白獅子製タービン式蒸気機関は現行冶金工学と工作技術の粋であり、模倣すら許さない代物だった。やりすぎだよ。
ちなみに研究開発したレシプロ式蒸気機関は工作機械や産業用機械の動力源として開発、実用化している。だって、苦労して実用化したタービン式蒸気機関は構造的に小型化が難しく、町工場には向かないから仕方ない。それに、レシプロ系工作機械を作らないと、イストリア製蒸気機関式工作機械や後続の他社にシェアを奪われてしまう。
そんな白獅子製動力機関に対する各社の『御返事』は概ね、了承するものが多かった。
ラインヴェルメやオーレン、ノルンハイムなど国内大手は、白獅子の狙いが造船市場のシェア獲得ではなくエンジンメーカーという新たな立ち位置を得ること、と見抜いている節すらあった。流石は大手。油断ならない。
クレテア造船業界は『地中海で運用できる物なら買いたい』と条件を付けてきた。これは協働商業経済圏の海運はイストリアがシェアの多くを占めていたが、地中海に限れば、クレテアがかなり踏ん張っていたことに由来する。
一部は『動力機関技術をくれないなら、二度と取引しないぞっ!』と騒ぐところもあったが、そちらはイストリア製船舶用蒸気機関を用いるか、自社開発することになるだろう。
前者は性能的に及ばず、後者は技術的に及ばない。いずれにせよ、脅威たりえない。白獅子の反応は『御自由にどうぞ』。
そして、イストリア総支配人エリンから届いた一報。
曰く――イストリアの最大手造船会社レアーズ・ウィガムが業務提携を申し出ているとのこと。白獅子の持つ蒸気タービンとスクリュー推進の技術を買う代わりに、レアーズ・ウィガムが持つ造船技術を売るという話だった。
だーから動力機関の技術は売らんゆうとるやろうがぃ。
ヴィルミーナは端正な顔を大いに渋め、レアーズ・ウィガム社の提案書とイストリア王国政府とベルネシア王国府の仲介状(俺らの顔を立てて便宜を図ってやってちょ)を卓上に放る。
イストリア人め。回答に先駆けてベルネシア王国府を抱き込んでいる手管が恐ろしいわ。というか、なんで御上が国産技術の流出を手伝っとんねんボケが。ボケナスが。
まぁ、イストリアがそこまでして白獅子製蒸気機関を欲しがる事情に、ヴィルミーナは察しを付けていたが。
白獅子のタービン式蒸気機関搭載のスクリュー推進船舶は、イストリアのレシプロ式蒸気機関搭載の外輪推進船舶より高性能で、海運に適している。しかも、イストリアが自力で模倣できない高度技術の産物。
イストリアは強い危機感を抱いただろう。
今は従来の海上船舶技術と船舶保有数で圧倒しているものの、蒸気船が一般化した頃は海運市場をベルネシアに奪われてしまうかもしれない。なんせ自分達には蒸気タービンもスクリュー推進技術もない。挙句、白獅子の高品質資材もまるで模倣できない。
海洋覇権国家にとって船舶の優位性が喪失する恐怖は計り知れない。
一昔前なら戦争を吹っかけて、蒸気船技術を分捕った可能性すらある(自分達の既得権益保護のためなら、友好国にも戦争を仕掛けるのがイストリア人だ)。
しかし、同盟関係が強化され、協働商業経済圏による結びつきも大きく太くなった今、ベルネシアと戦争しても利より損の方がデカい。
なにより、ヴィルミーナ・デア・レンデルバッハ=クライフ・ディ・エスロナという女は怖すぎる。イストリア諜報機関は『大損害を被る覚悟が無いなら、敵対は避けるべし』という脅威度評価をしていた。補記に『冥界の門を開けるようなバカはするな』。
そんな事情からイストリアはジェントルでスマートな方法で、技術購入を打診してきたわけだ。
これを無視したら、紳士面をやめて得意のクソ野郎ムーブを仕掛けてくるかもしれない。イストリアの海洋権益に対する執着は際限がない。
「――というわけで、皆の意見を聞かせてちょうだい」
ヴィルミーナはとんとんと提案書その他を突きつつ、側近衆達へ問う。
「強気に突っぱねても良いですけれど、政府に貸しを作れることは悪くないですよ」
白獅子の“外交官”デルフィネが政治的観点から考えを述べる。
「レアーズ・ウィガム社が出す技術の内容次第ですね。こちらは秘蔵っ子を差し出すのですから、相応のものでなければ、技研も事業部も納得しません」
技術系総奉行のヘティが動力機関関係者の意見を代表して言った。
「ライセンス生産の契約でも良いと思います。かなりの収益になります」
大金庫番ミシェルが産後療養中のため、代わりにパウラが言った。
「ヴィーナ様。イストリア政府の口利きなら、入植者が独立して起こした国へ干渉する権限を貰ってはどうです?」
隻足の山猫マリサがにやりと怖い笑顔を湛える。
「連中、独立戦争で随分と借金抱えたそうじゃないですか。債権を買い叩く好機ですよ」
マネーゲームか。とヴィルミーナは考え込む。
白獅子の銀行と金融部門は組織内資産管理を主とし、投資その他も堅実路線を取らせ、火遊びをやらせていなかった。
伝説的な仕手戦を繰り広げたとは思えぬほど、ベルネシア戦役後の白獅子は金融市場で大人しい。
実のところ、勝算があったとはいえ、対クレテア大規模仕手戦はヴィルミーナをして身代を懸けた大勝負だった。もしもあの時、ペロー将軍の突進攻勢が成功していたら、今頃はどうなっていたことやら。想像するに恐ろしい。
それに前世において、本業をおろそかにしてマネーゲームに勤しみ、大火傷はおろか倒産したアホ共を山ほど見てきた。ゆえに、ヴィルミーナは財閥各事業の『実業で稼ぐ』という方針を固めている。パッケージング・ビジネスはその答えでもあった。
蛇足ながら、ヴィルミーナは白獅子の非上場路線を堅持するつもりだ。理由はいろいろあるが……株式公開をして株主共に経営を左右される? ざっけんな。白獅子は私のものや。ハゲワシ共の御機嫌取りなんぞ誰がするか。
とはいえ。
ヴィルミーナは新自由主義経済の徒であり、日本人的現世利益主義を愛する俗物だ。マリサの提案が持つ魅力に抗い難い。
新興国を食い荒らして経済植民地に落ちぶらせる。夢や希望に満ちている新興国の民を終わりなき貧困の泥沼に沈める。まさに侵略的資本主義の醍醐味。背徳的な甘美を存分に味わえるだろう。
ヴィルミーナが大資本家らしい邪悪さを滲ませ始めた矢先、白獅子の良心たる“侍従長”アレックスが口を挟む。
「彼の新興国の内情は不透明です。現地の状況や情勢を調べてから判断しても遅くありません。あまり逸られませんように」
正論だった。何もここで鼻息を荒くして南小大陸の新興国を食い荒らす必要はない。それより優先すべきことはたくさんある。不良在庫の石油とか。負債となっている石油とか。
「……たしかにね」
釘を刺されたヴィルミーナは自戒的に苦笑いし、マリサに言った。
「この件はしっかり調査してから決めましょう」
「仕方ないですね」とマリサが演技的に肩を竦める。
それからしばらく細かな条件案が並んだ末、アストリードが皆の意見をまとめていった。
「レアーズ・ウィガムにはスクリュー推進機構の代価に技術提供を受ける。動力機関に関しては技術提供ではなくライセンス契約。そんなところですね」
「大方針はそれでいきましょう」
ヴィルミーナの決定と共に会議がひと段落、小休止を迎えた。
他愛ない雑談が交わされる中、テレサがカップ片手に書類をめくって呟く。
「“青鷲”は拒否の方針なのね」
「これまで散々敵対してきたからね。今更頭は下げられないんじゃない?」とヘティ。
「頭を下げられないというより、手を出す気がないのかも」
茶菓子のタルトを切り分けながらエステルが言った。
「私達を蹴落として獲得したレーヌス大河利権も、アルグシアと揉めて想定より収益が上がってないようだし、得意の海運事業はイストリアの海運業界に押されてる。造船にしても近頃はラインヴェルメやノルンハイムに市場のシェアを奪われてるわ。組織の事業転換を図ってる可能性がある」
海運/造船を主にしていた“青鷲”ローガンスタイン財閥は、協働商業経済圏の悪影響にもがいている。というより、苦境の中で必死に足掻いている。
「その辺り、“大熊”は手早かった。流石だわ」
「R&Pも上手くやってたな」
とパウラとマリサが口にした。
反白獅子の筆頭格ハイラム商会の首魁マルティン・“大熊”・ハイラムは協働商業経済圏の発足に伴う変化に合わせて迅速に動いた。イストリアやクレテアの得意分野と消耗戦を避け、不採算事業を処分。浮いた人材と資金を有望事業へ振り分けて業績と収益を伸ばしている。
“会合”の筆頭格らしい剛腕振りだ。
同じく白獅子と敵対しているルダーティン&プロドーム社は、第一次メーヴラント戦争のソープミュンデ密貿易で構築したカロルレンやアルグシア東部閥とのコネを活かし、協働商業経済圏とは別口で稼いでいた。若き野心家ベン・ルダーティンは名を上げている。
「現状の一端に関与した私が言うのもなんだけれど」
ヴィルミーナは頬杖を突きながら言った。
「今は歴史的な転換期であり、変化期にあるわ。そして、その変化に対応できなければ、生き残れない。如何に強くとも賢くともね」
ダーウィニズムは正しい。最後まで生き残るものは適応できるものだ。強さや賢さは関係ない。しかし、ダーウィニズムを否定する奴は、強いものや賢いものが生き残れない世界の方が間違っていると考える。はてさて、時代の激流に晒された人々はどう考えるのやら。
側近衆達は神妙な面持ちでヴィルミーナの言葉を受け止めていたが、雑談のつもりで言ったヴィルミーナ本人は戯画的にぼやく。
「だから……私がこさえた黒色油の不良在庫を何とかしないとなぁ」
「魔晶魔石公社の方で良案を聞いたのでは?」
アレックスが問うと、ヴィルミーナはがっくりと大袈裟に肩を落とした。
「それがね、技研の魔導技術者に言ったら『とっくに検討済みです』って」
ヨングブールトの提案した黒色油の魔導処理案は、白獅子の技研で既に検討されていたそうな。そのうえで『術理が安定しない』や『費用が掛かり過ぎる』といった問題で詰まっていたらしい。そりゃ技師や学者や研究者が五年掛かりで成功していないことだもの。さらっと解決はしないやね。
なお、回答を聞いたヴィルミーナは「それならそうと報告してよ」と拗ねた。で『書面で報告しましたよ。受領のサインもあります』と返され、しょんぼり。
ヴィルミーナは苦笑いする“姉妹”達を余所に、椅子の背もたれに体を預けて天井を見上げた。
「どこかに良い解決策が落ちてないかしら」




