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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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22/336

3:3

戦闘描写に伴い、流血表現がございます。御留意くださいませ

 この世界の海はモンスターの巣窟だった。


 陸上とは桁外れに大型な海棲モンスターがうようよいる(某狩りゲーの大型古〇クラスだ)。そうした化物の縄張りの間隙を縫い、各国は海洋交易を行い、外洋へ進出していた。


 同時に、陸や海が化物に支配されている関係で、この世界の人類は早くから空を目指した。本気で。全力で。そこに活路があると信じて。


 であるからこそ、地球史で言えば近代初期でしかないにも関わらず、この世界の人類は翼竜にまたがり、飛空艇や飛空船を駆って空を征く。


   〇


大陸共通暦1761年:ベルネシア王国暦244年:冬。

大冥洋:低緯度海域。

―――――

 ヴィルミーナの卒業式から遡った冬の真っ只中頃。

 その日、空賊飛空船『空飛ぶ魔狼号』は獲物を探して大冥洋上を航行していた。


 この時代、列強は“共食い”を避けるべく、いくつかの条約や協定を結んでいたが、外洋やその領土では公然と抗争が繰り広げられた。

 各地の海を軍船や私掠船が航行し、敵対国の商船や外洋領土沿岸部を襲撃して略奪していた。

 海賊黄金時代はとっくに過ぎ去っていた(列強各国は外洋権益を守るために海賊を徹底的に殺戮した)が、それでも列強の目や手をかいくぐって活動する海賊は未だに少なくなかった。

 それに“真っ当な”武装商船も敵対国の船を見つけると海賊に早変わりすることが珍しくなかった。


 そんな中でも、いわゆる空賊――空中海賊の類は稀だった。

 飛空船は価格も維持費も海上船舶より段違いに高い。そのくせ、積載能力は海上船舶に一段劣る。その日暮らしが基本の海賊商売には向かない。


 ぶっちゃけた話、空賊は大概が御上の紐付きで、非公然戦争に従事する契約兵(オペレーター)に近い。空賊『空飛ぶ魔狼号』にしても、ベルネシア王国の私掠免状を持っていて、御上から色々便宜供与を受けている。


 本国では厳寒の冬だったが、大冥洋の低緯度海域は真夏の如く暑い。

そんな蒸し暑い昼下がり、『空飛ぶ魔狼号』はもうもうと屹立する巨雲の群れの中をよたよたと進んでいた。

 高度2800メートルはこの時代の飛空船が到達できる限界高度に近い。乗員達が暑苦しい格好をしているのは、海抜気温より18度も低いからだ。


「頭ぁっ! 海上に獲物でさぁっ!」

「バカ野郎っ! 報告はもっと詳しく言えっ!」


 見張り台の伝声管から届く報告に、『空飛ぶ魔狼号』の船長アイリス・ヴァン・ローが罵声を返す。生意気なおっぱいと小癪なお尻を持つ20代半ばの女船長は、伝声管を握ったまま手振りで周囲に指示を飛ばす。


 伝声管から改めて報告が飛ぶ。

「方位260、距離約1700、クレテアのクリッパーが単独航行中っ!」

「1700っ!? 至近距離じゃないかっ! 何見てやがったんだいっ!」

「船窓の外を見てくだせぇっ! 雲だらけですぜっ!? 見つけたことを誉めてくだせぇよっ!」

 アイリスは仰々しい舌打ちをし、気を取り直して指示を飛ばす。

「総員、狩り支度だっ! 取り舵いっぱいっ! 船足最大っ! 太陽を背にして近づけっ!」


 かくして『空飛ぶ魔狼号』は狩りを始めた。

 米粒のような形状の巨大な気嚢の底に、コバンザメみたく張り付いた細長い楕円形の船体。その腹の下と横っ腹から延びる魚のヒレみたいなマストに気流を受け、圧倒的な快速性を発揮。あっという間に海面を這う中型の快速帆船を捕捉した。


 飛空船に食いつかれたら、海上船舶ではよほどのことがない限り逃げられない。なんせ足が違う。加えて、大概の場合、武装商船程度は対空装備を持たない。せいぜい移乗攻撃支援用の軽砲。もっとも、この手の小口径軽砲では威力も射程も足りなかった。あとは乗員の小銃だが、そんなもんでは……


 あっという間に舷側砲の射程にクリッパーを捉えた『空飛ぶ魔狼号』は、この時代のセオリーに則って、クリッパーの進路上に警告射撃をぶっ放す。

 降伏するならば、白旗を掲げるが――



「敵クリッパーより発砲っ!」

 甲板上に据えられた数門の軽砲が青い発砲光を煌めかせ、遅れて砲声が魔狼号に届く。ただし、砲弾が魔狼号に当たることはなかった。

「よぉし、狩るぞぉっ! 甲板の上を掃除しなっ!」

 アイリスの指示に従い、水兵達が嬉々として“狩り”を始めた。


 打ち下ろし用照準器で狙いを定めた後、螺子式尾栓の後装式舷側砲から砲撃を開始した。徹甲弾や榴弾は一切使わない。ひたすら葡萄玉の雨を降らせる。


 帆船は舷側が分厚く甲板は割合薄い。上方から打ち込むと甲板をぶち抜いて船底まで届きかねない。そうなれば、もちろん獲物は沈んでしまう訳で、略奪が出来ずに弾代だけ損してしまう。その点、葡萄玉ならば索具破壊やマストと甲板上人員の殺傷だけで済む。


 散弾の雨を浴びせられた快速帆船はマストの上部や帆桁がへし折れ、マスト楼が砕け、千切れた索具や裂けた帆がだらりと垂れ下がった。上甲板はまるで耕されたような有様で、砕かれた船員達の骸と血肉で赤々と彩られている。

 残存船員達はすぐさま船内に退避した。大慌てで籠城戦の支度を整えているだろう。


『空飛ぶ魔狼号』は傲然とキャラックの上空に達し、移乗可能な高度まで降りていく。最も危険な瞬間だが、船員達にとっては、最も昂奮する瞬間でもある。


「降下よぉーい、始めっ! 降下降下降下っ!」

 魔狼の横っ腹から真っ黒な魔鉱製全身甲冑を着込んだ重装甲兵達がロープで下ろされていく。


 船員は基本的に軽装備、下手をすると甲冑の類をまとわない。そんなもんを着込んで落水したら、水底まで一直線だから。それに、この海域の場合は暑い。ひたすらに暑い。


 逆に言えば、重装甲兵達は落水や索具に絡む恐怖に耐えられる猛者揃いであり、いの一番に乗りこむ命知らず達だ。


 重装甲兵達がマストに激突したり、索具に絡んだりすることなく無事にクリッパーへ、降下成功。

 背中に担いだ盾を持ち、腰に差した片手戦槌メイスや片手戦斧を抜いた。重装甲兵は基本的に剣など使わない。戦槌や戦斧なら何人殺しても刃こぼれしないし、目いっぱい殴りつけるだけで甲冑越しでも殺傷できる。


 重装甲兵達が船首楼や船尾楼、船倉口を目指して進撃開始。

 同時に、船首楼や船尾楼内に立てこもった船員達が小銃やピストルで迎撃開始。

 身体強化魔導術を付与された装備で身を固めた重装甲兵達は、怯むことなく前進を継続し、船首楼や船尾楼へ突入した。


 一方的な殺戮劇が始まる。


“剥き身”の船員と頑丈な鎧をまとった重装甲兵では勝負にならない。衆寡敵せず、という言葉があるが、この場合には該当しない。

 戦斧が振るわれる度、頭がかち割られ、手足が切り飛ばされ、身体が抉り裂かされる。戦槌が踊る度、頭が叩き潰され、手足が砕かれ、身体が殴り潰される。飛び散る血肉が船内を赤く染める。転がる屍が床を埋めていく。耐えることのない阿鼻叫喚の合唱。


「ははは~っ!」

 返り血で染まった重装甲兵達が野蛮な喚声を上げる。圧倒的防御力と白兵に特化した戦闘力で一方的に敵を蹂躙する。これぞ重装甲兵の本懐。これぞ重装甲兵にのみ与えられた悦楽。


 船首楼と船尾楼で殺戮が繰り広げられている間に、魔狼号から暑苦しい格好の水兵達がロープ降下していく。彼らは硬皮革製の胴巻きに短銃身小銃と白兵戦用武器を持っていた。そして、水兵の三分の一は女性だった。もっとも、彼女達は男達同様に小汚かったが。


 水兵達は船倉口へ殺到し、手榴弾を放り込み、爆発後に船内へ突入する。

 狭い船内で繰り広げられる血みどろの殺し合い。怒声と罵声と悲鳴と絶叫と断末魔。銃声と爆発音と剣戟の金属音。海上で奏でられる戦闘交響楽。


 クリッパー上で激しい戦闘が繰り広げられている間、上空に留まる『空飛ぶ魔狼号』は注意深く操船しつつ、周辺を警戒していた。


 海では何があるか分からない。海棲モンスターが気まぐれに襲ってくるかもしれない。予期せぬ暴風雨がやってくるかもしれない。想定外の敵船が駆けつけてくるかもしれない。


 アイリスは“最大出資者”から贈られた高性能な双眼鏡を手にし、眼下を窺いながら舌打ちする。

「スカタン共め、ドンパチに浮かれてやがる」

「久しぶりの狩りですからな。血気盛んになっとるんでしょう」と白髪の老副長が笑う。

 祖父の代からロー家に尽くしている副長へ、アイリスは双眼鏡を下げて仏頂面を浮かべた。

「アタシだって乗りこみたいのに」

「おや。お嬢もようやく先頭切って乗りこまなくなった、大人になったなあ、と感心しておったのですがな」

「20を半ば過ぎた女を子供扱いするんじゃないよ」


 アイリスが不満そうに唇を尖らせたところへ、クリッパーに降りた水兵が青い信号弾を上げた。

 意味は『制圧完了』

 アイリスは虎のように笑う。

「よぉしっ! 終わったな。アタシも乗りこむぞっ! 爺っ! ここは任せたっ!」



 そして―――



 真っ赤なコートの裾を翻し、赤いクラッシュ帽を被ったアイリスは酸鼻極まる有様のクリッパーに降り立った。汗だくの重装甲兵頭に尋ねる。


「こっちの損害は?」

「水兵の死傷が12名。復帰できるのは半分ですな。装甲兵(俺ら)に被害はありません」

「この船の連中は?」

「捕虜は6名。全員、野郎の下っ端です。他は死んだか、死に掛けてます」

「要らん。処分しな」アイリスは冷厳に告げた。

「船はどうします?」と装甲兵頭が尋ねた。「売れば良い額になりますが」

「それは分かっけど、こっから陸まではかなりあーし、船を扱う人手も足りないさね」

「です、な。分かりました。沈める用意をします」

「任せたよ」


 アイリスは水兵達に怒鳴った。

「野郎共、根こそぎ掻っ攫っちまいなっ!」


 水兵達が喝采を上げて略奪タイムを謳歌する。

 積荷。金目の物。飲食料。船員達の私物まで奪える物は一切合切奪っていく。


 アイリスは幾人か集めて、船尾楼の船長室を調べた。

 水兵達に命じて航海日誌、海図、船長の手帳、果ては防水箱内の郵便物なども一つ残らず回収していく。


 防水袋に郵便物などを詰め込みながら、水兵が尋ねた。

「こんなもん、ホントに要るんですか?」

「ウチのスポンサーは宝石や貴金属より、こういう他国の情報とかを高く買い取るんだよ」

 アイリスは意気な胸を収めるシャツの胸ポケットから、細巻きを取り出す。魔導術で火を点けて紫煙を吐いた。

「他の部屋も調べて、日記やらなんやら掻っ攫って来ぉ。取りこぼしの無いよう気を付けな。高く売れるようなもんがありゃあ、あんたらに小遣いをやるよ」

 ひゃっほーぃ、と水兵達が他の部屋――士官室へ突撃していく。


 水兵達を見送り、アイリスは細巻きをふかしつつ、船長のデスクを調べた。引き出しの一つに半分ほど減ったクレテア産ブランデーの瓶と銀製のグラス。そして、家族を描いた小さな肖像画。

 微笑む細君と三人の子供達。


 アイリスは鼻息をついて呟く。

「恨むんなら、こんなご時世に難儀な商売を選んだ手前を恨みな」

 蓮っ葉な言い草だが、肖像画を引き出しに戻す手つきは、赤ん坊に触れるような丁寧さに満ちていた。


 やがて略奪タイムが終わり、略奪品が魔狼号へ運び込まれ、装甲兵と水兵が船へ戻っていく。

 最後に残ったアイリスは、クリッパーを離れる際に魔狼号の舷側から栓を外したブランデーの瓶を傾け、一口煽ってから甲板に放る。


「あばよ」

 そして、アイリスを収容した『空飛ぶ魔狼号』が高度を上げて充分に距離を取った頃、時限発火装置がクリッパーの積んでいた砲撃用炸薬に引火。クリッパーが爆発炎上した。



 水兵線上に立ち昇る黒煙から目線を切り、アイリスは笑って告げた。

「さぁ、宴会の支度を始めなっ! 今日は騒ぐよっ!」


                    〇


大陸共通暦1761年:ベルネシア王国暦244年:晩冬。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国北部:王都オーステルガム。

―――――

 私掠船は御国へ上がりを納めることになっている。それから、出資者に出資比率に応じた配当を支払う。手元に残る金が収入となるが、人件費と諸々の経費を差っ引くと……思ったより儲からない。それが私掠船商売だ。


 とはいえ、修理整備は軍のドックで行われる(つまり、信用が置ける)し、武器弾薬も軍から割引価格で受け取れる。出資者関係も条件次第でやりようはいくらでもある。


 王都郊外の飛空船停留場(この時代はまだ空港とは呼ばない)はその利用飛空船と客の増加に伴い、立派な街区が出来ていた。


 帰国したアイリスは、『飛空船区』とまんまの呼び方がされる街区にあるホテルのレストランへ向かっていた。傍らには副長と装甲兵頭を伴っている。


 アイリスは貴婦人然とした正装をまとっていて、副長と装甲兵頭も紳士然とした装いをそつなく着こなしていた。彼らを見て空賊の女船長とその手下達と思う者はいない。往来の誰もが名家の淑女とその家人達だと見做していた。


 実際、アイリス・ヴァン・ローは貴族“だった”。ロー家は王国北西部沿岸の船持ち貴族であり、海軍軍人や船乗りを数多く出している。嫡男の兄が家を継いで貴族籍を抜けたが、アイリスもロー家の人間らしく船に乗っていた(ただし、飛空船だが)。


 レストランに入店し、ウェイターに待ち合わせの旨と先方の名前を告げる。もちろん、船上と違い、貴婦人然とした優雅な言葉遣いで、だ。


 アイリス達はウェイターに案内され、指定のテーブルに案内される。


 テーブルに着いていた最大出資者がアイリスを見とめると腰を上げて迎えた。

「お帰りなさい、ロー婦人。無事の帰国とビジネスの成功。心よりお祝い申し上げます」


 薄茶色の髪と紺碧色の瞳を持つ美少女に、

「卑賎な我が身に過分な御気遣い、恐悦至極にございます」

 アイリスは礼儀正しく応えた。


「王妹大公令嬢ヴィルミーナ様」


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