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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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218/336

17:1

書けちゃった。

 共通暦1770年代半ば過ぎ。この時代のエネルギーは主に燃料と魔石/魔晶だった。


 薪、木炭、石炭、獣油や植物油。魔晶、魔石、魔晶油。

 イストリア連合王国などの場合、ここに燃焼性ガス(いわゆる都市ガス)が加わる。


 これまで、ヴィルミーナはエネルギー業界に深く踏み込む気は無かった。

 国家や政府など公権力をまったく信用していないヴィルミーナだ。国家統制を受け易く、国有化の標的になり易いエネルギー産業を避けても無理はない。

 事実、蒸気機関を開発させながらも発電施設に一切着手しなかったし、前世記憶のネタも出さなかった。


 まあ、この辺はヴィルミーナが電気技術や産業機構に対して疎いことも大きかった。学校や社会人生活で知り得た知識だけでは、魔導技術文明近代前期に適した発電施設の作り方なんぞ、想像もつかない。魔導技術文明世界のこの時代、電気研究が進んでいなかったことも、無視できない要因だろう。


 そんな折、ソルニオル事変後に聖冠連合帝国から石油が調達可能になった。

 これでヴィルミーナの考えが改められた。


 なんせ石油の利便性と経済性は高い(もちろん産油コストの問題は無視できないが)。ガソリン、重油、軽油、灯油、いずれも産業や生活の場で石炭より扱い易いし、おそらく魔晶や魔石より安くなる、はず。プラスチックやビニルや合成繊維、洗剤に塗料など化合物も製造できるようになる。

 もちろん、これらを実際に発明、開発、製造するまでには多くの研究期間を要するが、スタートは早ければ早いほど良い。


 ただし、問題が無いわけではない。

 根本的な問題としてベルネシア外洋領土に石油産出地が無い。他の産出地も確認されていない。つまり、聖冠連合帝国に供給を完全掌握されてしまっている。この状態で石油頼りの産業構造を構築はよろしくない。石油を止められたら、大日本帝国やナチス・ドイツの末路を辿ってしまう。


 第一線を退いていた間、ヴィルミーナは出産と育児をしながら考えた。

 

 前述の問題を踏まえても、世界に先駆けて石油関連の先行者利益とノウハウを握ることは計り知れないほど価値が大きい。

 それに、石油の有用性を示すことで世界の方向性を地球に近しいもの――前世の知識や経験をより活かし易くなるのではないか。その結果が列強を帝国主義に駆り立て、二度の大戦というカタストロフを迎え、冷戦時代以降の陰惨な資源獲得戦争が起きるとしても……


 ま、その時はその時の人間が頭を抱えればええ。


 ヴィルミーナは数々の重要問題を解決せず棚上げし、先送りし、子々孫々に負債を押し付け続けた日本社会で生きた人間だった。ブラックエコノミー社会で上層にまで勝ち上がったワルだった。


 というわけで、ヴィルミーナはベルネシア産業界に石油をブッコむことにした。

 後世の経済史で語られる『黒色油(ペトロリアム)抗争』の始まりである。



 ――とまあ、格好良く語り出してはみたものの。



黒色油(ペトロリアム)、ですか」

 小街区社屋の執務室に呼び出された白獅子の研究開発系総奉行ヘンリエッタ・ド・モーランは何とも言えない表情を湛え、しばし脳裏で言葉を編む。


 そして、ヘティはおもむろに告げた。

「結論から申し上げますと、持て余しています」


「えっ!?」

 予期せぬ不穏な回答に驚くヴィルミーナに、ヘティが説明を始めた。

「まずヴィーナ様が御指示された黒色油の蒸留分離精製ですが、これが難航しております。石炭や魔晶油の精製技術を応用して製造した燃料は不純物、特に硫黄分が多く品質に難があります。これらの精製燃料は研究開発中の内燃機関に適しておりません」


 ヘティが提示した資料を受け取り、目を通したヴィルミーナは絶句する。

 ほんまやっ!


 巧みな顔芸を披露するヴィルミーナへ、「続けます」とヘティが言った

「現状で黒色油の商材利用は照明用燃料と潤滑油に限られていますが、これらは魔晶油などの既存商材と競合しており、品質などの理由から結果が芳しくありません」


「ま、待った。私は全然聞いてないわよ。どうなってるの?」

 顔芸に加えて顔色を赤くしたり青くしたりしているヴィルミーナへ、

「……黒色油の件は中間報告として複数回、口頭と書面で私や技研の者がヴィーナ様へ御報告と説明をしております。こちらに確認記録もございます」

 スッとヘティが差し出した報告書の受領記録には、紛れもなくヴィルミーナの自筆サインと印章が記入されていた。


 ほんまやっ!(白目)


 ここで『こんなの知らない、私は何も聞いてない』と言い逃れるような人間ではないヴィルミーナは、素直に自分の落ち度を理解し、痛悔と反省の百面相を繰り返す。

 刹那、脳ミソが恐るべき疑問を提示した。


 ヴィルミーナは恐る恐るその疑問をヘティに投げかける。

「も、持て余していると言ったわね? それじゃこれまで輸入した黒色油は――」


「言葉を濁さずに申し上げます」ヘティは眉を下げつつ「精製した照明用燃料と潤滑油が大型倉庫4棟分、未精製黒色油が約500トン。持て余しています」


 現代地球の石油消費量に照らせば500トンなどマッチ分にもならない。が、石油の利用がほぼ皆無な前近代社会で500トンは充分過ぎる不良在庫。保管費用等々を考えると、赤字は日々増加している。


「ひぇっ」

 思わず悲鳴が漏れ、ヴィルミーナの顔から血の気が引いた。


「報告の時期が妊娠出産、クリスティーナ元王女殿下御家族の招待などと重なっておりますから、失念されたのかもしれません。そう御気持ちを落としませんよう」

 そう語るヘティの目は優しく、ヴィルミーナの心に追加ダメージを与えた。


「なんてことだ……なんてことだ……」

 ヴィルミーナは頭を抱えて唸る。


 総帥の自分が先頭切って負債をこさえていたとは……不覚っ! 恥ずべき不覚っ!! 時期的にいろいろ重なっとったなん、言い訳にならへんっ! 失態っ! なんたる失態っ! 大失態っ!! 


 執務椅子に座りながら地団太を踏むという器用な真似をし、ヴィルミーナはヘティに泣きつく。

「げ、現状で技術的に打開する方法は――」


「難しいです。先ほども申し上げましたが、蒸留分離精製と硫黄除去は技術的解決の目途が立っておりません」

 技術畑の総奉行であるヘティはこの辺りのことで見通しの甘い発言はしない。


 なんせ白獅子の技研は組織内でも指折りの予算食い部門だ。その予算管理と活動成果は常に周囲から睨まれており、下手な評価報告をしようものなら『どんな判断だ。金をどぶに捨てる気か』と怒声を浴びる。ゆえに不都合でも冷厳に事実を報告せねばならない。


 さらに言えば、赤字垂れ流しの石油関係はヴィルミーナの直接案件だから見逃されていただけだ。総帥代理の“侍従長”アレックスや大金庫番ミシェルなどから『そろそろ打ち切りを検討すべき』という意見も出ていた。


 石油商売で勝負するどころか、打ち切られる寸前だったのだ。笑うしかない。


 こうした事情を説明し終えたヘティは、居住まいを正した。

「多額の予算を頂きながらヴィーナ様の御期待にお応えできず、この体たらく。処分は覚悟しております」


 すっかりヘコんでしまったヴィルミーナだったが、処分を覚悟したヘティに向けて頭を振る。

「報告を受けながら五年もの間、見落としていた私の落ち度はもっと酷い。貴女を処分するなんてありえない。もちろん技研の者達もよ」


 ヴィルミーナは気分を変えるべく大袈裟なほど深呼吸し、

「話を聞かせてくれてありがとう。黒色油(ペトロリアム)関係については早急に打開策を探しましょう。私が陣頭に立って行うわ」

 ぐっと握り拳を作って決意表明。

 やけっぱちな空元気にヘティが思わず苦笑いを湛える。


 こうして、ヴィルミーナの石油戦略は大コケした状態からスタートした。いやはや。


        〇


 翌日の王妹大公屋敷。子供部屋の真ん中でヴィルミーナは大の字で寝転がっていた。


 三歳になったウィレム坊やがヴィルミーナのお腹に頭を乗せてお昼寝しており、その傍らでは仔犬のグリとグラ、子狸ポンタも一緒に寝息を立てている。

 一歳の次男ヒューゴ坊やも右の二の腕に頭を乗せてスヤスヤ。

 一歳の長女ジゼルは起きていて、ヴィルミーナの頬を小さなお手々でムニムニと揉んでいる。


 子供達に囲まれながら、ヴィルミーナは必死に脳味噌のページをめくり、石油関連の前世記憶の記述を探しまくっていた。いや、それだけではなく理科や工業や日曜大工の記憶まで検索し、なんぞ良い解決策が無いかと思案し、思索していた。


 思い出せー思い出せーコンビナートの見学や視察に行った時のことを思い出せー


 出入り口から室内を覗き込んだ母ユーフェリアが唇を尖らせる。

「皆を独り占めしてズルい」

 愛犬ガブがユーフェリアの脇をすり抜けて室内に入り、ヴィルミーナの隣に寝そべる。


「ガブの裏切り者……っ」

 ユーフェリアは拗ねて頬を膨らませつつも、子供達を起こさないようそっとその場を離れ、サロンへ去っていった。


 母の可愛らしいジェラシーに気付くことなく、ヴィルミーナは脳裏に石油精製施設のことを思い出し続ける。


 たしか圧力掛けた蒸留装置で分離蒸留するんや。

 石油ガス。ナフサ。灯油。重油。軽油。残油。で、そっからええ具合に脱硫したり精製したりしてガソリンとか作っとった。その“ええ具合”のところが分からん。さっぱり分からん。なんか添加するんやろか? それとも機械的な処理工程?


 分からんっ!

 子供達を起こさないよう静かに煩悶するヴィルミーナ。


 ヴィルミーナは大きな誤解をしていた。

 石油利用の歴史は潤滑油と照明用灯油から始まっており、ヘティが報告した利用法は現状に適していたのだ。

 地球史では、その供給量と安さから従来の鯨油を駆逐、第二次産業革命期にエネルギー利用が始まって文明の主役に躍り出る。


 ところが、魔導技術文明世界では潤滑油としてモンスターや天然素材由来の物が十二分に流通している(そもそも白獅子自身がそうしたモンスター素材資源で稼いでいる)。


 照明用燃料も魔晶/魔石、魔晶油、モンスターや動物由来の獣油と競合商材が多い。

 産業革命による機械化にしても、その動力源は石炭と魔晶油と魔晶/魔石が主役を担っており、石油がここに加わるには、相応の商材価値が必要だった。


 この場合の商材価値は既存商品に勝る供給量(低価格)か、その効用性の高さ――たとえば、石炭などより燃費が良いとか、より高エネルギーを得られるとか、そういうメリットが必要だった。


 しかし、ベルネシアが石油産出地を持たない以上、供給量(低価格)で勝負は難しい。

 では、効用性で勝負するかとなると、これはこれで難しい。


 なにせ石油の産業エネルギー化は地球史19世紀後期の第二次産業革命期に本格化する。つまり、それだけの技術的蓄積が必要なのだ。第一次産業革命期の魔導技術文明世界18世紀後期では厳しかった。


 もっとも、今のヴィルミーナの頭を占めているのは、大量の不良在庫を如何に有効利用して収益が出るようにするか。しかも、その解決方法が『原油をキチンと精製すれば』という方向で固まってしまっていた。

 つまり自縄自縛。自分から有刺鉄線に飛び込んで絡まっている。


 あー……ダメや。ぜんっぜん思い出せへんし、ちーっとも分からん。


 娘のジゼルがヴィルミーナの唇をつまんでむにゅーっと伸ばす。きゃっきゃと笑う可愛い娘に、ヴィルミーナは心の焦燥が霧散していく感覚を抱いた。


 ――まあ、専門知識を持った人間が知恵を寄せ合って築き上げたもんを、門外の私が一人でどうこうできる訳もないか。


 ヴィルミーナは自由な左手を伸ばし、娘のお腹をくすぐる。笑って喜ぶジゼルに釣られ、一緒に笑う。

 と。右腕に頭を乗せて寝ていた次男ヒューゴがオネショした。


「ほぁッ!?」

 慌ててヴィルミーナが身を起こすと、お腹に頭を乗せて寝ていた長男ウィレムがずり落ち、ゴチンと床に頭をぶつけ、大泣きし始めた。オネショで目を覚ましたヒューゴも泣き出し、釣られてジゼルも泣き、驚いた仔犬達と子狸が慌てふためく。


 穏やかな子供部屋が瞬く間に大惨事の現場へ化けた。


「あああああああ」

 ヴィルミーナは大泣きする我が子達を前に慨嘆をこぼす。

 隣で愛犬ガブが暢気に欠伸した。


      〇


 石油戦略のスタートに下手を打ったヴィルミーナだが、その程度でヘコむほど可愛げのある女ではない。


 むしろ、石油輸入のヘマを取り返そうと精力的に活動し始めた。白獅子の技研はもちろん、魔導学院や王立大学などにも足を運び、石油の産業利用の協力やアイデアを求めた。その姿は敵へ向かって突撃する戦車の如しだ。


「技術的な切っ掛けさえあれば、好転すると思うのだけれど」

 小街区社屋の会議室で、ヴィルミーナは天井を見上げながらぼやく。


「御気持ちは分かりますけれど、今はこちらの動力機関船の案件をお願いします」

 麗しき“侍従長”アレックスが微苦笑混じりに忠言を呈し、手元の書類に視線を落とす。


 動力機関搭載試験船ユーフェリア号を運用して数年。機械的な各種データやノウハウ、人員の経験や慣熟など充分に蓄積できた。おかげで、性能が向上した蒸気機関の開発製造が可能になり、慣熟した人員を指導教官として教育組織を設立できるようになった。


 そのため、実用蒸気船の建造計画が上申されていた。

 国内沿岸輸送船。北洋貿易用貨物船。大冥洋群島帯内の内海用輸送船。ベルネシア海軍用訓練船。ユーフェリア号も新型蒸気機関に換装し、技術試験と人員教育に継続運用する。


 この件に関し、ベルネシア造船業界から要請が来ていた。

『お金を払うから、僕らにも蒸気船の作り方を教えてくだちい』


 王国府も造船業界側に付いて仲介工作をしてきている。国家として蒸気機関技術を普及させたいようだ。


 ヴィルミーナの意見としては、船体設計や構造自体は他社に任せても構わない。ただし蒸気機関は白獅子が提供する完成品を搭載するだけ、という体裁は譲れない(どうせリバースエンジニアリングされるだろうが恐るに足らず)。


 この見解に対し、白獅子の技研と造船部門が『スクリュー機構も流出させたくないっスっ!!』と反発中。苦労したからね。仕方ないね。


「私はスクリュー機構まで含めて造船技術を売った方が良いと思う。その方が蒸気機関船の増加を押すだろうし、機関部を提供する私達の利益につながるわ」

「あくまで機関部の製造開発技術は外に出さない方向ですか?」と確認を取るアレックス。


「放っておいても、イストリア製蒸気機関も流入してくるだろうし、後発の他社も参入してくるでしょう。先行者利益と優位性が一番効く動力部は完全に囲った方が良い」


 現代地球でも自動車業界の巨人トヨタは、エンジン開発と生産をヤマハ発動機に委託しているし、プラット&ホイットニーは西側航空機メーカーの大半にエンジンを提供している(旅客機戦争中のボーイングとエアバス双方にエンジンを売っている)。


 協働商業経済圏の影響で今後の船舶需要がどう動くか分からないが、動力部分を押さえている限り、白獅子は優位性を保てる。


「分かりました。では、その方向で組織内の意見を統一しましょう。技研と造船部門の説得に御力添えを頂いても?」

 アレックスの問いかけに、ヴィルミーナはくすりと微笑む。

「私の可愛いアレックス。貴女のお願いを断る言葉は持たないわ」


「ヴィーナ様、私達は30近いんですよ? そんな風にからかわないでください」

 苦笑いしつつも、どこか嬉しそうなアレックスは書類をめくり、突く。

「それで……これはどうします?」

「ヘティの推薦状もあるし、白獅子の方針としても、私個人としても試して構わないとは思う」


 白獅子の技研から上がってきた書類の内容を要約すれば、

『魔導術理式動力機関を作りたい』

 という陳情、いや情熱の訴えだった。


 現状の蒸気機関は地球世界の蒸気機関とさほど変わらない。いろいろ無茶したところを魔導術などで補っているが、根本的には純粋な科学技術の産物だ。


 どうやら技研の魔導技術者達はその点が気に入らないらしい。

『ンな“ポッと出”の技術より、俺らが連綿と研鑽してきた魔導技術の方が凄いっスよ。マジでもっと凄いもん出せるっスよ。任せて下さいっスよっ!』

 と言ったかどうかはともかく、彼らは熱烈に『作らせて』と訴えていた。


 そんな実用化できるかどうか分からんモンより、石油の精製技術を研究してくれへんやろか。


 ヴィルミーナは内心でそう思いつつも、提案自体は前向きに検討した。この手の技術はいくつあっても困らない。それにこの魔導技術文明世界においては、むしろ魔導機関こそ主流足りえるかもしれないのだから。


「やらせても良いとは思う。予算に関しては財務と経理の意見次第ね」

 ヴィルミーナはふぅと溜息を吐く。

黒色油(ペトロリアム)もなんとかしてくれないかしら」


 ぼやくヴィルミーナに、アレックスが苦笑い。

「ヴィーナ様は本当に黒色油を重視してますね」


「将来的に絶対伸びると思ってるからね」

 前世知識(インチキ)由来で、と心の中で追補するヴィルミーナ。

「切りも良いし、ちょっと休憩しましょうか」


 年若い秘書が珈琲と茶菓子を用意し、ヴィルミーナとアレックスは仕事を脇に置いて茶飲み話を始める。話題はヴィルミーナの子供達とアレックスが交際している王族青年。側近衆達の近況や市井で流行しているスポーツ等々。


 話題がエステルの彼氏に触れた際、アレックスが言った。

「そういえば、エステルが次世代弾薬選定の件でウチが関わるかもしれない、と言ってました」


「え?」

 ヴィルミーナは目をぱちくりさせた。

「ウチは銃砲の製造に関与してないでしょう? 弾薬選定に発言権なんてないのでは?」


「ヴィーナ様の御主人は現役の軍人でいらっしゃいますし、ヴィーナ様御本人も財閥も軍と深いつながりを持っています。軍需産業とも工作機械や資材の取引があり、民間軍事会社(デ・ズワルト・アイギス)が軍需企業の大口顧客です。これだけ条件が整えば、次世代弾薬選定にも意見を出せますよ」

 何をズレたことを、と言いたげな顔でアレックスは続けた。

「それにほら、ウチは限定的ながら銃砲メーカーと提携してるでしょう?」


「ああ。セヴロね」

 応じながら、ヴィルミーナは脳内資料を検索した。


 銃器メーカー『セヴロ』。たしか富裕層向けの高級銃器――彫刻や装飾が施された物や、冒険者向けの対モンスター猟銃なんかを製造販売していたはず。ヴィルミーナも贈答用にセヴロから高級銃器を調達した覚えがある。


「あそこは次世代小銃の選定(トライアル)に名乗りを挙げてるんですよ。その縁からも、ウチは次世代弾薬選定にそこそこの発言権があります」

「なるほどね」

 ヴィルミーナは素直に感嘆を漏らし、頷く。

「なら、この件も民間軍事会社を任せてるエステルの担当で良いわよね?」


 アレックスは首肯しつつも、説明を付け加えた。

「概ねは。でも、ヴィーナ様も何度か顔出しを求められますよ。軍も軍需業界もセヴロも、ヴィルミーナ様とのつなぎを重視してますから」


「んー……そうなるかぁ」

 私は弾薬より石油に注力したいんやけど。


 ヴィルミーナはカップを口に運び、珈琲を飲んでから言った。

「それにしても、内も外も競争が激しくなったわね」


 協働商業経済圏の言い出しっぺがどの口で言うのか、と方々から批判や非難を招きそうな発言に、アレックスは控えめな微苦笑を返し、新たな話題を挙げた。

「カモメ通りの喫茶店、覚えてます? 金鎚亭」


 覚えがある。小街区社屋からほど近い通りにある喫茶店だ。たしか――

「店構えは喫茶店だけど、中身が完全に食堂と化してたところ?」

「ええ。あの店、近くに新しい飲食店が出来て以来、ますます食堂化してるそうで、もはやメニュー表から喫茶店らしさが消えたそうですよ」


「あるある」

 ヴィルミーナはくすくすと笑った。

 市場競争はマクロな戦いばかりではない。同じ通りに同業者が二軒建てば、市場競争が発生する。商業が存在する以上、世界が違ってもこの真理は変わらない。


「久々に行きたくなってきたわね。夕食はその店に行こうかな」

「ヴィーナ様が突然訪問したら、きっと大騒ぎになりますよ?」

「それはそれで面白いわ」

 ヴィルミーナは悪戯っぽく笑い、アレックスも同意の笑みを湛えた。

ポイントと感想、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >後世の経済史で語られる『黒色油抗争』の始まりである。    クレテア国債の売買に引き続き又歴史に白獅子の名を残す事件(?)を起こす予感。 [気になる点] この世界で下記の存在は? ダイ…
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