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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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閑話22:世はなべてことも無し。ただしベルネシアに限る。

お待たせしました。

 大陸共通暦1775年を迎えたカロルレン王国は大災禍と東メーヴラント戦争の傷が癒えかけていた。少なくとも、書類上の数字はそう判断できる状態にあった。


 停戦講和協定が結ばれた後、イストリアやベルネシア、聖冠連合帝国保護下ヒルデン独立自治領などとそれぞれ通商条約が締結されると、まずベルネシア人が怒涛の勢いで動いた。


 白獅子を始めとするベルネシア資本の尖兵達がカロルレン王国北東部へやってきて、パイを切り分け、飴玉を奪い合うように現地権益を買い叩いて回った。

 こうしたベルネシア資本による現地権益獲得競争は少なからず表裏両方で死人が出たことも記しておく。


 このカロルレン北東部権益筆頭のマキラ大沼沢地と周辺特別税制領の利権は、白獅子財閥が完全に独占掌握した。これは現地貴族を通じてカロルレン王国中央や各既得権益者とズブズブの癒着が成立していたからだ。現代地球の一般感覚で言えば、真っ黒な手法だった。


 資源地帯を独占した代わりに、白獅子は港湾権益を他社へ譲った。もちろん白獅子と仲良しのところに。


 この契約が成立すると、ベルネシア本国からまず民間軍事会社(デ・ズワルト・アイギス)が乗り込んできて、オルコフ女“子爵”領に現地本部を築き、復興中のマキシュトク市に“前線拠点”を作った。その際、炊き出し所と診療所も併設している。如才ないこった。


 民間軍事会社の社員(オペレーター)達は現地の案内人と技術者を伴い、マキラ大沼沢地と周辺地域を入念に調査して回った。


 本社で用意されていた開発計画案と現地の調査報告書をすり合わせて修正と調整が行われた。次いで、改められた開発計画を携え、白獅子のゼネコン部隊が現地に乗り込んだ。


「山ほど資材や機械を積んだ飛空船がひっきりなしに飛び交っていた」

 北東部住民(52歳・男性・農業)の証言より。


 ゼネコン部隊が半年ほどで交通インフラと用地を仮整備し終えると、次に白獅子が契約したカロルレン人医療関係者や教育関係者が現地へ放り込まれ、学校と診療所が作られた。続いて、各種流通系と商業系事業が乗り込み、現地の小口工房や商会と契約するか、あるいは買い取って現地に事業展開していった。


「ベルネシアの飛空船が来る度、街が大きくなるようでした。子供ながらに思いましたよ。ベルネシアとは凄い国なんだなぁと」

 マキシュトク市民(当時8歳だった男性)の証言。


 この電撃戦的事業展開を可能にしたのは、“総支配人”オラフ・ドランが東メーヴラント戦争前から現地に太く広い人脈と伝手を構築していたことが大きい。また、大災禍の際にベルネシア義援団が血と汗を流したことで現地人が好意的だったことも白獅子の展開を容易にしていた。


 白獅子は現地各事業において率先して現地人を雇用したが、一方で事業要点は白獅子関係者が完全に抑えていた。現地の既得権益者にパイを分け与え、顔も立てた。しかし、パイを切り分ける権限は完全に独占支配した。


 大陸共通暦1775年を迎える頃には、北東部経済はオルコフ女”子爵”家を表看板にした白獅子財閥主導になっていた。北東港湾利権はベルネシア資本に完全征服されていた。


 もちろん、カロルレン王国とて大事な北東部利権や資源を外資に掌握されまいと抵抗したが、大災禍と戦争で衰弱していた彼らは、白獅子を始めとするベルネシア資本の落とす大金と物資を拒めなかった。全ては貧乏が悪いんや。


 気づいた頃には、カロルレン王国貴族界に親ベルネシア派閥が出来ていて、強力なロビイスト団体として活動し始めていた。それに、カロルレン王家はマキラ大沼沢地利権から上納される莫大なリベートにニッコリ。王国中央も特別税制領や北東部港湾から納められる莫大な税収にニッコリ。現地の人々も生活が良くなってニッコリ。


 ニッコリしたのはベルネシア資本の流れ込んだ北東部だけではなかった。


 南東部の鉱物資源地帯もヒルデン独立自治領経由の空運貿易が活性化し、局地的ながら経済再建が早かった。もちろん、鉱山は無限に存在するわけではないから、その辺りはきっちり計画的に経営されたが、それでもこの空運貿易は充分な実りをもたらした。


 貿易のアガリは少なからず王国中央へ徴集され、『東』から輸入される食料の多くは各地へ回されたが、王国南東部現地が食うことに困ることは無くなった。

 なお、この空運貿易の活性化はヒルデンを保護領にした聖冠連合帝国も大いに潤した。


 カロルレン王国南東部も王国中央もニッコリ。聖冠連合帝国もニッコリ。ヒルデン独立自治領もニッコリ。

 こうしてカロルレン王国は復興再建の道を進んでいきましたとさ。めでたしめでたし。


 ――じゃないんだな、これが。


 あくまでニッコリできたのは、北東部と南東部、その利益に与れる人々だけだった。

 戦争で領地を失った南西部諸貴族。故郷を追われた難民達。利益のおこぼれに与れない人々。利権を失った人々。平和になったことで相対的に大きく価値を落としたソープミュンデ密輸利権関係者。

 彼らは妬まずにはいられなかった。嫉まずにいられなかった。不満を抱かずにはいられなかった。怒らずにはいられなかった。恨まずにはいられなかった。


 特に難民達の悪感情は強い。

 自分達が戦禍を被って地獄を味わったのに、後方で安穏としていた奴らだけが富を得て、貧困から脱している。こんな不公平な話があるか。こんな不条理が許されるのか。


 加えて、こうした不満を煽る者達が暗躍していた。


 サンローラン協定カロルレン王国段階的征服案に基づき、聖冠連合はやや消極的に、アルグシア連邦は積極的に工作員を浸透させ、調略や懐柔、離間工作などを展開し、反体制組織をつくり、親アルグシア派勢力を育成し、あれやこれやと謀略を駆使していた。


 まあ、陰険で悪辣なクソ野郎ムーブが得意なイストリア連合王国からすれば、アルグシアの各種謀略は児戯の範囲を出ていなかったが。『我々なら今頃、カロルレンを一揆と叛乱塗れにさせられたよ』。誇ることなんですかね。


 このように、書類の上では、カロルレン王国は復興と再建へ進んでいるように見えても、実態は北東部と南東部の資源地帯とそれ以外の地域で所得格差が確実に広がり、地域間不和が強まり始めていた。

 また、北東部が北方ベースティアラント地域を、南東部がディビアラント地域を含む関係から、カロルレン王国内少数民族が主たる受益者であることも、貧困層や非受益者達の不満を強め、民族対立の芽が生じ始めていた。


 王国中央や貴族界も酷い。

 マキラ大沼沢地が王家直轄領である関係から、権益主導権をオルコフ家から取り上げ、自分が全てを得ようと考える王族や外戚が、オルコフ家の宗家ハーガスコフ家やその門閥や支持者達と熾烈な暗闘を重ねている。官吏達の間では利益の多いポストを巡る競争や抗争が繰り広げられていた。


 カロルレン王国は大きく軋み、歪み、亀裂が走っている。そして、そのヒビは日に日に大きく広がっていた。



 そんな大陸共通暦1775年の春。

 カロルレン王国北東部マキラ大沼沢地唯一の街マキシュトク市で式典が催されていた。

 式典に伴い、街の中央広場で記念銅像がお披露目される。


 銅像の名前は『マキシュトク英雄像』。

 騎士と冒険者と市民が共に並んで武器と盾を構える勇壮な像だ。大災禍において、モンスターの大群と戦った全ての者達を讃え、その犠牲を悼む記念碑である。


 この英雄像の台座には、次の碑文が刻まれていた。

『我らは忘れない。誰が我らを守り、誰が我らを救い、誰が我らを見捨てたのか』


 この碑文は王国中央で問題視され、数日後に削除された。しかし、マキシュトクの、いや、北東部の人々の心から拭い去ることはできなかった。決して。


 この頃から大災禍の中で防衛の総指揮を執っていたタチアナ・ネルコフの名誉回復運動が本格的になった。代官代理として責任を被せられたタチアナ・ネルコフは禁固刑に処された後、戦争と経済破綻による収監環境悪化のため肺炎を患い、獄中で病死していたのだ。


 この事実はマキラの住民や冒険者達、ノエミ・オルコフ女“子爵”に大きな痛悔と、より大きな義憤をもたらし、彼らのタチアナ・ネルコフ名誉復権運動は反体制運動の一面を持った。


 後世、マキシュトク市議会堂には名誉回復したタチアナ・ネルコフのレリーフが飾られている。マキラの人々は削除された碑文通り、決して忘れなかった。誰が自分達を守ったのかを。


 話を戻そう。

 記念式典が終わってから数日後。オルコフ女“子爵”の本領屋敷にて、ノエミは内縁の夫オラフ・ドランと愛を育んでいた。


 大災禍での活躍、戦時中の貢献、北東部辺境地域における事実上の領袖となったノエミは陞爵し、子爵になっていた。もちろん、これは宗家ハーガスコフ=カロルレン家の後押しが大きい。


 なお、オラフ・ドランはカロルレン王国当代名誉騎士に叙されていた。こちらは戦時中と停戦講和会議における予備交渉などでの貢献を評しての御褒美だ。

 こちらもハーガスコフ=カロルレン家の意向が強く働いたが、それ以上に国王ハインリヒ4世の公認愛妾イリーナ・リーザ女男爵を始めとする第二軍救援作戦で家族を救われた貴族達の声が大きかった。無論、そこには謝意や恩義に加え、打算の思惑も含まれるが。


 蛇足を加えておくと、ハーガスコフ=カロルレン家も便乗して伯爵位から侯爵位に位階を上げている。いやはやたくましいことだ。


 二人が出会ってから6年。ドランは30代になったし、ノエミもアラサー入りしている。それでも2人の身分差やドランの出自を考えると、そうそう結婚はしにくい。かといって、私生児も風聞がよろしくないし、子供の人生を考えると是とは言えない。


 しかも、終戦以来、2人は本当に忙しい日々を送っており、月に2、3度肌を重ねられれば恩の字という有様。馬鹿馬鹿しいにも程があった。


 そんなわけで、久しぶりに思う存分に互いへの愛情を貪り合ったノエミとドランは、満足げにピロートークを楽しんでいた。

 仕事は本当に忙しいし、互いの立場の都合で中々時間を採れないけれど、ちょっとした旅行くらいしたいね、とラブラブチュッチュな会話を交わした後、2人は抱き合って眠った。


 2人はまだ知らない。

 しばらくした後、アルグシアとの新国境で武力衝突が起き――歴史で言うところの第二次東メーヴラント戦争が勃発することを。


       〇


 第一次メーヴラント戦争でアルグシアが獲得した地域は、非常に不安定だった。


 難民として多くの住民がカロルレン王国内へ逃れた一方、現地に残った者も少なくない。そうした人々と、新たに入植したアルグシア連邦人は初っ端から対立した。


 戦争が終わりました。これからは仲良くしましょうね、が通じるのは余程頭の悪い物語の中だけだ。旧カロルレン王国人は当然ながらアルグシア人を憎み、恨んでいた。入植したアルグシア人達は先住者達を『敗戦国民』『敗北者』と嘲笑し、侮蔑していた。入植者の中には東メーヴラント戦争で身内を亡くした者も相応にいて、彼らは当然の権利と言わんばかりに旧カロルレン王国人を迫害し、差別した。


 旧カロルレン王国人が犯罪結社やテロ組織を創設したことは自然の流れだろう。


 そして、あるテロを起こした旧カロルレン王国人が新国境線を渡ってカロルレン国内へ逃げた際、アルグシア軍部隊が越境してテロリストを殺害してしまった。

 一発レッドカード物の国際的大問題である。


 カロルレン王国にしてみれば、見捨てざるを得なかった同胞が国内に逃げ込んできて、問答無用で越境してきたアルグシア軍に殺された。絶対に落とし前を取らねばならぬ事態だった。謝罪だっ! 謝罪しろ謝罪しろ謝罪しろっ!!


 アルグシア側は占領地域内の各種テロや犯罪は、カロルレンの手引きと見做していた。それはある一面で事実であったから、テロリスト達がカロルレン国境を越えて逃げたことは、カロルレンのテロ支援の『完璧な状況証拠』だった。謝罪だと? ふざけるな!


 両国のひと季節を費やした外交的解決の努力はなんら成果を挙げなかったものの、一方でコンセンサスは確立した。

 ――今回の武力衝突はあくまで局地的に済ませましょう。


 カロルレンもアルグシアも第一次メーヴラント戦争の傷が癒えていないし、戦費負債を解消しきれていない。『総力戦なんて絶対に嫌っ!』。


 というわけで、第二次東メーヴラント戦争は暗黙の了解の下、大陸西方式の伝統的な局地的短期決戦による決着が図られた。


 この時、イストリアは南小大陸独立戦争が大詰めだったので関与せず、クレテアは協働商業経済圏の効果を満喫していた。ベルネシアは戦火が拡大してカロルレン北東部のアガリが損なわれることを危惧し、いつでも仲裁に入ることを宣言した。


 聖冠連合帝国は西方軍に一応警戒態勢を取らせた。経験上、短期決戦のつもりで始めた戦争がガチンコの総力戦になるケースは多いから。

 もっとも、腰を上げなかった最大の理由は、現皇帝ゲオルギー2世が老齢の体調不良から退位を決め、皇太子レオポルドの皇帝即位が内定したことだ。聖冠連合帝国にドンパチしながら慶事を迎える趣味はない。


 大陸共通暦1775年の晩夏。

 第二次メーヴラント戦争が始まった。


          〇


 話は1775年の晩春にまで遡る。アルグシア軍の越境行為と“テロリスト”殺害が起きて数日後のこと。

 ――戦争勃発に至る可能性高し。


「アホ共はすぐ頭に血を昇らせる」

 中庭のテラスで、方々の情報網から報告に目を通していたヴィルミーナは、頬杖をついてぼやく。

 屋敷からは子供達の泣き声が響いていた。


 長男ウィレム。二卵性双生児の弟妹ヒューゴとジゼル。三人ともわんわん泣いている。

 二歳になるウィレムは転んで泣いており、乳児のヒューゴはお漏らしをして泣いており、乳児のジゼルは2人に釣られて泣いていた。愛犬ガブの仔犬達――グリとグラがウィレムを慰めようと二匹掛かりで顔を舐めている。


「今日も今日とて我が子達は元気でよろしい」

 中庭のテラスまで届く子供達の泣き声に、ヴィルミーナは気分が和らいだ。


 20代後半に突入したヴィルミーナは依然として若々しい。大学生と言っても通じるだろう。三人も子供を産んだのに体形は一切崩れていなかった。まあ、この辺は産後の体力回復トレーニングに勤しんだ結果だろう。


 本人曰く『綺麗なお母さんになりたいのよっ! 絶対に“かあちゃん”にはならないっ!』と大いに励んだ。この愛妻の覚悟に対し、夫のレーヴレヒトは『俺は君が“かあちゃん”になっても構わないけどなあ』と笑っていたが。


 そのレーヴレヒトは現在、任務で東メーヴラント戦争へ隠密潜入偵察している。『可愛い盛りの子供達をほったらかして他人の戦争を見物とか。馬鹿馬鹿しい』と毒づきながら出立した。


 子を産んでみて、ヴィルミーナは改めて考えていた。

 前世覚醒する以前の、“本来のヴィルミーナ”をどう認識すべきなのだろう、と。

彼女は死んで前世覚醒人格たる自分に切り替わったのか。それとも、前世覚醒人格に上書きされたのか。あるいは、二つの人格が統合されたのか。いずれにせよ、母ユーフェリアや家人達は前世覚醒した自分を受け入れてくれた事実は動かない。

 愛すべき人達を心から愛し、彼らを少しでもより幸福にするよう努めるだけだ。


「賑やかで良いわねぇ」

 テラスへやってきたユーフェリアはくすくすと楽しげに笑いながら、ヴィルミーナの向かい側に腰を下ろす。


 ヴィルミーナの母ユーフェリアは40後半に入り、ようやく目尻の皴やほうれい線が目立ち始めた。それでも充分に美魔女の類であるが。


 余談ながら、子供を産んで以来、ヴィルミーナとユーフェリアは髪を結うことが普遍化し、長い髪を垂らすことは減っていた。だって、子供達が髪の毛引っ掴んで涎塗れにしたりするんだもん。


 侍女がてきぱきとヴィルミーナのカップにお代わりを注ぎ、ユーフェリアの分の紅茶を用意し始めた。

「私もアレくらい泣きました?」

「ヴィーナはもっと豪快に泣いたわね。それはもう怪獣みたいに」

 娘の問いに母が悪戯っぽく返す。


 母娘が楽しく談笑し始めたところへ、庭の先から愛犬ガブが姿を見せた。艶やかな黒毛に細かな枝葉が引っ付いているところを見るに、手入れが終わっていない区画を“冒険”してきたのかもしれない。

「ん? 何かくわえてる?」

「また何か捕まえたんでしょう」


 ガブは狩猟犬種(シェーファーワーグ)のため、王妹大公家の屋敷内に侵入する鳥や小動物や小型モンスターを捕えることがあり、狩りの成果を持ち帰ってくる。ハトやイタチや鼠、時には愛らしいリスやウサギまで。

 たまたま紛れ込んだ小型種の鷲頭獅子(秋田犬サイズだ)と取っ組み合いの大喧嘩をしていたこともあり、ヴィルミーナを二重の意味で驚かせた。なお、その鷲頭獅子はベソ掻いて逃げた模様。


 ヴィルミーナとユーフェリアの許へやってきたガブは、体を横たえつつ、くわえていた獲物を下ろす。


「んん?」「うん?」

 その“獲物”を目にした王妹大公家母娘は揃って首を傾げた。


「……仔犬?」とユーフェリアが小首を傾げ、「や。犬じゃないわね。アナグマの子供かしら。それにしては顔が平たいような」


「いえ、これは」

“それ”を前にしたヴィルミーナは前世の子供時分を思い出す。前世ヴィルミーナの実家は富農――つまり農家で、“それ”を何度も目にした。ある時は自身が育てていたスイカを食われた怒りを晴らすべく、落とし穴の罠まで仕掛けたことがある。後日、弟が罠にかかった。


 ヴィルミーナは“それ”の名前を口にする。

「これは狸です、御母様」


「タヌキ?」聞き覚えの無い動物の名前にユーフェリアが目を瞬かせる。

「大陸東方の動物ですよ。たしか東方の島嶼国家にしか生息してなかったはず。なんでこんなところに?」

 困惑顔のヴィルミーナの言葉は正しく、同時に誤っている。


 地球世界における狸は日本以外の極東地域にも生息していて、この世界でも大陸東方圏に広く分布している。ちなみ、現代地球ではユーラシアを横断してドイツ辺りまで生存圏を広げているらしい。狸スゲー……


「誰かが輸入したものが逃げてきたのかしら?」とユーフェリア。

「おそらく。でも、子狸一匹で逃げたしたということも無いでしょうから、多分、野生化してるんでしょうね」


 ヴィルミーナが溜息を吐いた刹那。子狸がびくりと目を覚ます。どうやらガブは命を奪ってはいなかったようだ。


 子狸はプルプル震えながらヴィルミーナとユーフェリアとガブを順に見回し、プルプル震えた末、こてんと寝転がって腹を見せた。完全降伏。


「野生のくせ、諦めが早いなぁ」と苦笑いするヴィルミーナ。

「でもまあ、賢明な判断よね」とクスクスと品良く喉を鳴らすユーフェリア。


 ガブは子狸を口でくわえ、自分の腹元に移してお乳を飲ませ始めた。


「ヴィーナ、この東方からやってきた小さなお客様にはしばらく逗留してもらいましょうか」

「そのまま居つく気がしますけど、ま、構いませんよ」

 ヴィルミーナは母の提案を受け入れながら、ふと思う。


 この世界の狸は妖術とか使ったりして人を化かすんやろか。その場合、狸は動物やなくてモンスターの扱いになるんか?


 ヴィルミーナの疑問の答えはともかく、こうして王妹大公家の住人が一匹増えた。

 ウィレム坊やはこの子狸を大層気に入って可愛がり、ガブの仔犬達――グリとグラがヤキモチを焼いて大騒ぎになったことも、合わせて記しておこう。


 南小大陸独立戦争。エスパーナ帝国大乱。第二次メーヴラント戦争。他にも世界のあちこちで紛争や戦争が行われていた。世界はちっとも平和ではない。


 が、少なくともベルネシア王国は今のところ、平和だった。

 少なくとも今は。

そろそろ第三部の淑女時代に入ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] カロルレンがバルカンみたいになる絵図が!ははは、レインハルト君のナポレオン化無理だ、これ勝ったな!風呂入ってくる!
[一言]  あれ?メリーナさんが居ない?
[一言] むしろCK…いや時代的にはEUか、でもCKの方が向いてる面もあるしなあ…うーん(何を言ってるんでしょうかね
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