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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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214/336

閑話21:共通暦1774年の黄昏。

お待たせしました。

やや説明回気味です。

 魔導技術文明世界の南小大陸とは如何なる土地か。

 最初期発見者のエスパーナ人はこの土地を古語で『パラディスカ』――楽園大陸と名付けた。


 それほどに美しく自然豊かで可能性に満ちた土地だった。

 その楽園に先住する人々は独自の言語を持ち、文字を持ち、文化を持ち、魔導技術を持ち、信仰を持ち、政府組織や行政機構や産業や経済や法律を備えた文明国家群を築いていた。


 そんな南大陸先住民国家群が大陸西方の白人侵略者に大敗し、屈従を強いられるに至った要因や要素はいくつもある。

 ただ最も脅威となった要因の一つは、白人達が持ち込んだ疫病だった。


 具体的には分からない。当の白人達が気にしなかった。この豊かで美しい世界が手に入るなら、天然痘だろうがペストだろうがコレラだろうがインフルエンザだろうが、些末な問題に過ぎないのだから。


 高度に科学文明が発展した現代地球で新型コロナウイルスに右往左往している様を見れば、公衆衛生の徹底と疫病対策がいかに困難か容易に分かろう。大陸西方や北方から持ち込まれた疫病は南小大陸を蹂躙し、諸国家群は背骨をへし折られた。


 そして、南小大陸諸国家群は立ち直る暇を得ることなく侵略され、征服されていった。白人の側に寝返った国や集団も多かったが、彼らも次いで隷従を強いられた。


 特に南小大陸南部はわずか十数年でほぼ完全に征服され――エスパーナ人による想像を絶するほど残酷な支配を受けることになった。大量虐殺、集団強姦、収奪と搾取による貧困化、信仰の剥奪、愚民化政策、伝統文化と土着宗教の徹底的破壊。

 その暴虐は極致に至っており、開明派や異教徒を『根絶すべき邪悪』と罵倒する聖王教会超保守派司祭達が保護のために奔走するほどだった。


 北部地域にしても大陸西方諸国の侵略に晒され、沿岸地域から内陸部まで次々と征服されていった。北部の征服者であるイストリア人やクレテア人、ベルネシア人はエスパーナ人ほど残虐ではなかったが、南小大陸人からすれば充分に非道な支配統治を行った。


 疫病や虐待的支配によって先住民人口が激減し始めると、西方人達は大陸南方や中央域から有色人種の奴隷を輸入し始めた。人間のおぞましさには際限がない(地球史と同じく現地人が敵対民族や貧困層を捕えて白人奴隷商に売りつけることが主だった)。


 大陸西方の白人が南小大陸を発見し、半世紀と経たぬうちに人類がおおよそ可能なあらゆる蛮行と凶行が吹き荒れた。

 楽園は地獄に変わり果てた。神はいつまで経っても楽園を救済しない。


 現在、南小大陸先住民族の国家群が残る地域は南小大陸北西部――突破困難なウリエルス大山脈(エスパーナ人命名)以西だけだ。当然ながら、先住民族諸国はこのウリエルス大山脈という天然の要害を『民族存亡の最終防衛線』と見做して重要塞化している。


 先住民達はウリエルス大山脈から、白人達の戦争をじっと見つめていた。

 闇の底より昏く冷たく酷薄な眼差しで。


           〇


 南小大陸独立戦争はベルネシア戦役の前後から始まったが、第一次東メーヴラント戦争終結後、急速にイストリア連合王国の優勢になっていく。


 これは戦争終結後、カロルレン王国が終戦軍縮に伴う余剰兵力をイストリアへ提供したことが大きい。東メーヴラント戦争の苛烈な戦場を経験したカロルレン兵は精強であり、兵士達もこの派遣による収入に自身や家族の生活が懸かっていたから必死だった。また、祖国での敗北をこの戦いの勝利で拭いたいという者も多かった。


 国際情勢の変化も大きな要因だ。

 クレテアはベルネシア戦役以前、南小大陸植民地を通じてイストリア入植者独立派に物資や資金を援助していたが、ベルネシア戦役に敗北後は一方的に不干渉宣言を出して援助を打ち切った。植民地国境線を封鎖して難民の流入も断固拒絶していた。

 ところが、東メーヴラント戦争後にはイストリア支持を表明。黙認状態だった密貿易や民間の小規模援助を禁止し、取り締まり始めた。挙句は堂々とイストリアに援助を始める始末。


 ベルネシアは同盟国イストリアを全面支援し、入植者王党派を堂々と援助していたが、東メーヴラント戦争後は外洋派遣軍南小大陸方面軍団の正規介入を発表。植民地境界付近で活動していた独立派を徹底的に潰して回った。


 こうなると、独立派の頼みはエスパーナ帝国くらいだが、エスパーナも植民地の独立を許すなどあり得ず、イストリア植民地独立戦争に対して敵対的不干渉の立場を決して崩さなかった。


 一か八か、独立派はウリエルス大山脈以西に援助を求めた。彼らにしてみれば、自分達が撃滅されたら次は彼らだ。数百年の怨讐があろうと『理と利』で手を組めるはずだと考えた。『昨日の敵は今日の友』である。


 ウリエルス大山脈以西の先住民国家群は言った。

 ――我々が求める技術や知識を寄こすなら、食料や物資を能う限り融通しよう。


 後世のある歴史家は独立派の決断をこう評している。

『独立派のおかれた状況を考えれば無理からぬことであろう。

 しかしながら、後に生じた事態を鑑みるに、彼らの決断は想像力に欠いたものだったと断じざるを得ない。

 独立派はもっと自分達と現地先住勢力との関係性を客観視するべきだった。自分達がどれほど憎まれ、恨まれているか、多少なりとも想像できていれば……』


 大陸共通暦1774年。南小大陸・イストリア植民地独立戦争は終わりを迎えつつあった。


        〇


 南小大陸の戦火が消えようとしている頃、大陸西方ガルムラントでは一つの国が黄昏を迎えていた。

 この頃、大陸西方ガルムラントに君臨するエスパーナ帝国は、斜陽とかそういう次元ではなかった。周辺国から『老耄と病で死ぬ寸前の老人』とか『蛆すら湧かぬ腐肉』とか散々な表現をされた状態にあった。


 国内は帝国政府の失政と地方領主の悪政でボロボロ。宗教的保守傾向が凶悪なほど強く、既得権益者が旧弊的制度を悪用して私腹を肥やしており、身分階級における貧富の差が極端だった。当然ながら国家財政は健全からほど遠い。赤字赤字&赤字でメッタメタだった。


 国内産業に至ってはもはや取り返しがつかない。

 南小大陸を始めとした植民地の収奪と搾取に頼りきりだったため、そこれそ一部の伝統産業以外は貧弱で脆弱だった。協働商業経済圏の準備稼働を始めた3列強の強力な市場経済に何一つ太刀打ちできなかった。


 外交関係はさらに悲惨で、クレテアとは婚姻同盟を結んでいたが、これは『互いに内政干渉はやめましょうね』というものであって、協力関係でも互恵関係でもない。コルヴォラントと聖冠連合と貿易しているが、これまた完全な赤字貿易だった。で、イストリアとベルネシアはこの一世紀ほど完全敵対中であり、外洋海運船や植民地を襲われ続けている。


『そろそろ両国と和解したら?』とクレテアが善意で仲裁を持ちかけるも『開明派国にケツを差し出した負け犬は失せやがれっ!』と顔を真っ赤にする始末。ええ……


 現クレテア王アンリ16世の母、現クレテア王太后は現エスパーナ皇帝の妹である。

 そのクレテア王太后曰く――

 現皇帝(長兄)は国政に興味のない放蕩家で重臣達の操り人形。

 義姉に当たる皇妃は奸婦そのもの(事実、国政を握る宰相は皇妃の愛人というだけで引き立てられた)。

 2人の兄弟――皇弟大公達は権力欲ばかり強い無能。

 次代を担う皇太子は軍人だが、叛乱や一揆の鎮圧を『狩り』と楽しむサイコパスで、他の皇子達も大同小異のボンクラ。


 では、重臣達はどうかといえば、皇妃愛人の宰相を筆頭に暗愚揃い。自分と門閥へ利権誘導するくらいしか能がない。官吏は上から下まで汚職が蔓延し、軍は陸軍も海軍も制服を着たヤクザと大差がない始末。


 地方領主貴族は中近世的封建主義と貴族価値観から脱却できず、教会勢力は自らの利権保持とモラトリアムにこもって自己満足に耽っていた。


 旧態的な価値観が圧倒的に強いため貴族にも民間にも啓蒙主義が芽吹く様子もない。貧困と飢餓に追い詰められた困窮者達の一揆は頻発していたものの、これも指導者がいないため革命に発展しない。そこらの田舎では農民が群盗山賊を副業にして食いつなぐ有様だった。



 一地域を征服した大国で、西方国家の外洋進出の先駆けにして、世界最初の海洋覇権国家とは思えぬ凋落振りだった。盛者必衰とはいうけどさぁ……


 他の列強がエスパーナ本国へ手を出さず、その植民地へ征服戦争を仕掛けていないのは、本国はなんだかんだで一地域を征する大国だから下手に突くと危ないし、植民地は積年の収奪と搾取でメタメタ。下手に奪っても再建する手間が増えるだけで旨みがないからだ。


「完全にくたばるまで様子見。様子見」

 大まかに言えば、これが列強や干渉可能な周辺国の統一見解だった。


 で、運命の共通暦1774年である。

 この年の初め、エスパーナ皇帝が死んだ。放蕩の末に罹患した梅毒が原因だったと言われているし、暗殺だった可能性も示唆されている。まあ、死因はさして問題ではない。

 大事なことは皇帝が死に、皇太子が後を継ぐことになったこと。

 反乱や一揆の鎮圧を『狩り』と呼ぶサイコ野郎が、絶対王制封建主義国家の権力の頂点に立ったということだ。


 諸侯や民衆は恐怖した。エスパーナ帝国に征服された旧諸国地域は、その歴史的経緯から何かと帝国中央に反抗的で重税の対象にされていた。これからどんな目に合わされるか……。


 そして、件の皇太子が新帝となって迎えた大陸共通暦1774年の秋頃。

 新帝は一揆鎮圧の『狩り』(本人曰く――即位記念の親征)に赴き、あっさり戦死した。即位して一年経たず。陰謀の臭いがぷんぷんするが……ま、些末な問題だ。


 ここで重要なのは、新帝にはまだ子供がおらず、後継者不在ということ。


 かくしてエスパーナ帝国は1774年の暮れから椅子取りゲーム――帝位後継者を決める内戦が始まった。

 そして、本国の支配が緩んだ植民地では、遅かれ早かれ大規模蜂起が生じるだろう。


 エスパーナ帝国内外全土で地獄の門が開くのだ。


        〇


「迷惑な話だ」

 小太り青年王アンリ16世はぼやいた。

 大クレテア王国王都ヴェルサージュの王宮、王妃のサロンで一服つけていたアンリ16世は、過日エスパーナ帝国から届いた親書を思い出し、辟易した。


 アンリ16世の母はエスパーナ帝国皇女であり、この縁からクレテアとエスパーナは同盟者だ。加えて、アンリ16世個人で言えば、亡き新帝とは従弟であり、やや強引ながらエスパーナ帝位を要求することさえ可能だった。

 ゆえに、アンリ16世の許には、エスパーナ帝国の何某“達”から軍の派遣を含めた援助要請が届いていた。中にはアンリ16世を帝位に付け、クレテア=エスパーナ二重帝国を提案するものさえあった。


 もっとも――

 なんで我が国の国費や将兵をあんな肥溜めに注がねばならんのだ、とアンリ16世は不快を隠さない。


 気を取り直すように部屋の一角で長女テレーズが積み木遊びをする様子を眺めながら、膝に乗せた赤ちゃん――嫡男ルイ8世の顎先をくすぐって笑わせる。愛娘と愛息の健やかさにささくれた心が癒される。


 傍らの乙女王妃マリー・ヨハンナは三人目の子がいるお腹を撫でつつ、夫へ問う。

「何故、陛下はそこまでエスパーナへの介入を疎まれるのです?」


「ヨハンナ。聖冠連合の東征とは違う。クレテアはガルムラントを求めていない」

 アンリ16世は苦笑い顔で愛息を抱え直した。少女らしさが抜け、大人の女らしい美貌をまとう妻へ言った。

「あの国の現状は乞食の襤褸切れより酷い。それに、我が国の干渉を国内結束の出汁にされかねない。国費と将兵を使って肥溜めの再建に利用されるなど御免だ」


「陛下も我が国もエスパーナなんぞに関わるより、協働商業経済圏を利用して内政を楽しみたいのですよ、王妃陛下」

 すだれ頭が完全な禿げ頭になった老宰相マリューが笑い、スッと表情を厳しくした。

「聞けば、ベルネシアに流れ着いた旧諸国貴族や亡命貴族達を通じ、分離独立派がベルネシアに援助を求めているとか」


 アンリ16世は冷徹な顔つきでマリューへ告げた。

「ベルネシアと協議の場を持て。あんな肥溜めのために協働商業経済圏の利を失っては馬鹿馬鹿しい」


「既に先方から打診が来ております。早々に場を設けましょう」

 マリューは首肯しつつ、懸念を上申した。

「ただ、国内の一部がエスパーナ介入に前向きです」


「サレルアンか?」

 主君が挙げた、玉座を狙い続ける忌々しい王家傍流筋大貴族の名に、マリューは首を横に振る。

「難民流入などを危惧する国境付近の諸侯が予防的介入を求めております。それと、軍と官の一部から、援軍に応じてゲリュオン半島を割譲させては、と上申してきました」


 大陸西方ガルムラントは大冥洋へ突き出した大陸西端の大半島地域だ。その形状は名前の通り狼の横顔を思わせる。その狼の鼻先に当たる部分をゲリュオン半島という。

 ここを押さえられれば、大冥洋から北洋へ向かうイストリア、ベルネシアの航路を攻撃し易い。それはつまり、両国のセンシティブな反応を招くことも意味する。


 アンリ16世は一層冷淡な目つきで鼻を鳴らした。

「戯言だ。我が国がゲリュオン半島を押さえれば、イストリアが激発するぞ。北洋権益が危機に晒された時のイストリアを甘く見るな。むしろ、イストリアにゲリュオン半島掌握を容認して貸しを作る、くらいの提案を持ってこさせろ」


「ははっ! 申し訳ありませぬ」

 叱責を受けたマリューが首を竦めつつ、了解した。


「陛下。軍は誇りを取り戻したいのでは?」と横からマリー・ヨハンナ。

「ほう? 続けてみよ」と機嫌を直して面白そうに口端を緩めるアンリ16世。


「ベルネシア戦役で苦杯をなめさせられて以降、軍には目立った活躍の場がありません。再建期間だったと言えばそれまでですが、瑕疵の付いた栄光を磨き直したいのでしょう。それゆえの提案かと」

「一理あるな」とアンリ16世は妻の見解に首肯し「軍なら余の見解に思い至らぬわけがない。見込んだうえでの提案か。ふむ」


「陛下?」

「イストリアとベルネシアに協議を持ち掛けろ。エスパーナへの軍事介入を含めてな」

「よろしいので?」

 不安顔のマリューへ、アンリ16世は微笑んだ。

「ベルネシアに倣おう。エスパーナが貧苦の肥溜めと言っても、貴族や大商人がたらふく貯め込んでいることは変わらんからな」

 

 アンリ16世は愛息の頬を突く。

「子供達の玩具代くらいは稼げるかもしれん」


       〇


「私の意見としては最大でも義勇兵派遣が限度。人員は亡命ガルムラント人主体に食い詰めた貧乏人から募集して、正規軍は一人も出さない。後は私掠船を雇って送り込めば格好も付くでしょう。仮に、亡命貴族共の言う旧諸国の分離独立が成功しても、再建して利益が上がるようになるまで何年かかるか分からないんだから”投資”はここまで。言っておくけど、白獅子は関与させないので悪しからず」


 ヴィルミーナは椅子の背もたれに体を預け、やや大きなお腹を撫でながら言った。


 ウィレムの出産から一年半。ヴィルミーナは再び懐妊していた。ちなみに王太子妃グウェンドリンと、ついに結婚したメルフィナも同じく妊娠している(なお、メルフィナの結婚相手は『胤以外何も求めてない』伯爵家三男坊。件の婿殿は同じ立場の姉婿ととても仲良しになった)。


 リビングの一角では、一歳を過ぎた愛息ウィレムが愛犬ガブの生んだ仔犬達と戯れて御満悦。御付き侍女が心なしハラハラした顔をしている。


 余談ながら、魔狼と狩猟犬の混合種であるシェーファー・ワーグは犬種にしては少産で、一度に生む子の数は最大でも4匹程度で、ガブの産んだ子はたったの2匹だけだ。


「先に進出したカロルレン北東部では投資から短期間で利益を上げ始めていますが……」

“参考意見”を拝聴するため、王妹大公家を訪問した王太子近侍カイ・デア・ロイテールが告げると、ヴィルミーナは首を横に振る。


「前提条件が異なる。カロルレンは大災禍と敗戦で既得権益層まで弱り切っていたからこそ、我々が速やかに入り込めた。それに十分な準備もしていたわ。

 エスパーナは違う。国家としては衰弱死寸前だけど、既得権益層は非常に肥大していて強力。我々の介入にも充分抵抗できる。

 しかも、宗教的価値観から、貴賤を問わず我々開明派国に先天的な反感と嫌悪を持っている。

 そんな国を地均しして利益が出るようにするまで、どれだけ金と時間が必要になるか」


 ヴィルミーナは傍らに侍る愛犬ガブの背中を撫でながら、カイヘ告げた。

「エスパーナに両足を踏み入れるなら、引き際をしっかり決めて、退き時が来たら確実に退く旨を徹底させること。これを絶対条件として弁えないと――」


「泥沼に沈みますか」

「沈むわね。下手すると溺死するわよ」

 ヴィルミーナは断言した。


「我が国だって強固な一枚岩じゃない。リーナの結婚で本国と外洋領土の不一致が表面化している。そんな時に泥沼へハマってみなさい。恐ろしい事態が起きるわよ」


 第一王女クラリーナは先だって大冥洋群島帯の外洋貴族と結婚した。相手は外洋領土に進出した伯爵家嫡男で超美青年だった。現地人と混血の。


 当然、大問題になった。


 これまで繰り返してきたように、魔導技術文明世界の貴族はどこも血統主義である。血の濃度と尊貴を重視する。貴族に倣う平民もやはり純血思想を尊ぶ。

 純血が最上であり、混血にしても同人種が最低条件。聖女アリシアの夫ラルスが混血であるというだけで過酷な幼年期を過ごしたことからも、混血者がどんな扱いを受けているか分かろう。


 なのに、畏れ多くも畏くもベルネシア至尊の血統たる王女が、貴族とはいえ有色人種との混血児と結婚? は? 冗談でしょ?

 繰り返す。大問題になった。


 ヴィルミーナの発言通り、最終的には婚姻が認められたが、この一件はベルネシア王国で燻っていた本国貴族と外洋領土貴族、純血本国人と外洋混血人の間に見過ごせない隔意が存在することを暴露してしまった。


 ベルネシア王国府も『こりゃ不味い』と判断した。今は良い。だが、自分の子供や孫の世代では? 下手したら、外洋領土が独立戦争塗れになるんじゃないの?


 ここでベルネシア人がアメリカやオーストラリアの白ンボみたいな人種至上主義者だったら、ジム・クロウ法や一滴規則みたいな法律をこさえたかもしれない。

 が、そんな悪法をこさえたら、外洋派遣軍が武装蜂起しかねなかった。なんせ外洋派遣軍将兵は既に現地人と所帯を持っている者や混血者が大勢いるのだから。今更彼らを『2等国民』扱いするなど絶対に不可能だ。


 クラリーナは結婚と同時に大冥洋群島帯の王族総督となったが、混血の夫は伯爵位のままで王女配偶者の名乗りを許されなかった。本国貴族の横槍である。

 これに恨みを抱いたクラリーナは強烈な反人種差別主義者となり、本国と大喧嘩を繰り返し、外洋領土最大の代弁者となった。レンデルバッハの女は怖い。


 このように、ベルネシア王国は本国と外洋領土の関係再構築に四苦八苦している真っ最中。ここで下手な泥沼にハマったら? 想像するだけでも恐ろしい。


 ヴィルミーナはどこか気だるげに言った。

「あんな腐りきった土地に濫費するより、本国と外洋領土をしっかり整備して安定させることに金と人を注ぐ方が良い。我らが王太子殿下は国民へ慈悲と仁愛を注ぐ賢君であるから、心配していないけれど」


 迂遠な釘差しをされ、王太子近侍カイ・デア・ロイテールは思わず苦笑いした。



       〇


 大陸共通暦1774年の暮れに始まったエスパーナ帝国継承戦争は2年も経たないうちに、エスパーナ帝国の帝位継承をめぐる戦いと、帝国から独立を目指すガルムラント旧諸国の独立闘争、さらに戦火と重税に限界を迎えた諸侯の武装蜂起と軍閥化により、戦国時代さながらの大乱に化けた。


 この『ガルムラント大乱』により本国の手綱が切れた南小大陸植民地は独断専横に走り、奴隷の大規模叛乱、貧困層の武装蜂起、大規模農園主や現地富豪の軍閥化などが発生し、最後は複数地域の独立戦争に至った。


 ヴィルミーナはこれらの報告をつまらなそうに聞き、

「立て直し不可能なところまで堕ちた失敗国家なんて、こんなものよ。ま、綺麗さっぱり焼けてしまえば、綺麗な新芽が生まれるんじゃないかしら」

 どうでも良さそうに感想を述べた。



 かくして楽園を発見し、楽園を地獄に変えた者達の国の一つが崩壊していく。

 彼らの悪夢は始まったばかりだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 南小大陸ってアメリカだっけ? アフリカ?? 世界地図求む
[良い点] 人種問題はなぁ…… 今の日本でも天皇家が外国人と結婚とかなったら大荒れになるのが目に見えてるくらいだし 価値観のアップデートは難しい [気になる点] 聖女アリシア、御付き侍女メリーナあたり…
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