閑話20:彼女達の1771年。
お待たせしました。
王妹大公家嫡女にして白獅子財閥総帥ヴィルミーナ・デア・レンデルバッハ・ディ・エスロナがレーヴレヒト・デア・クライフとようやっと結婚したことで、ヴィルミーナの側近衆達も次々と婚約したり、結婚したりし始めた。
白獅子の資材管理や技術研究関連の総奉行ヘンリエッタ・ド・モーランは、白獅子の技術開発研究所に勤める学者と婚約した。
白獅子の金庫番ミシェルは長く婚約していた青年官僚と式を挙げた。
デルフィネの右腕リア・ヴァン・ドーセルもホーレンダイム家筋の青年と婚約。また、既婚者だったキーラは71年の年明けに妊娠が発覚。同年内に無事出産した。
事実上のイストリア総支配人エリン・デア・ミューレも赤毛の年下美青年トバイアス・ウォーケルと挙式している。
ここで、“売れ残り”の面々を確認しよう。
“侍従長”アレックス。
“信奉者”ニーナ。
武闘派メガネっ娘のテレサ。
隻脚の山猫マリサ。
バツイチ狂犬アストリード。
苦労人気質のパウラ。
ホーレンダイム侯爵家令嬢デルフィネ。
白獅子軍事部門の女将エステル。
このうち、まったく浮いた話がないのが、ニーナとテレサとアストリードだ。
ニーナは若い頃の手痛い黒歴史から恋愛チキンと化しており、テレサはどうにも良縁に恵まれない。アストリードは逆にガツガツ行き過ぎて男性に逃げられていた。おちつけバツイチ。
この頃、王女クラリーナとその友人達が二十歳を迎えて百合気質が収まったらしく、アレックスも人並みに異性と交際を始めている。御相手は王家親族衆の一つ年下のイケメン。
マリサは障碍者競技で知り合った退役軍人と良い仲で、苦労人パウラはとある会社の男性とプラトニックな交際を重ねている(“親友”アストリードが『パウラの裏切り者』と大騒ぎ)。
エステルはその職務柄、軍需産業の男性と付き合っていた。
で、私達の可愛いデルフィだが……交際していた音楽家とあっさり破局。現在は慈善活動で知り合ったイケメンと逢瀬を重ねており、結婚せず恋に生きる貴婦人の道を歩んでいた(両親は大怒り)。エディット・ピアフみたいな人生にならなければ良いが。
こんなわけで、ヴィルミーナの周りも自分の人生を着々と歩んでいる。
そして、ヴィルミーナは戦役で失った友人達のことを忘れていなかった。
共通暦1771年の年末に、白獅子財閥文化事業部主導でクレーユベーレ市に私学の設立が決定した。
後に中高大一貫の名門校となるこの私学の学内施設には、ヴィルミーナの亡き友人レネとサマンサ、デルフィネの亡き友人イレーナ、ユマ、リディの名前が掲げられ、学内大広場には五人の乙女像が建立されている(後世、大学の学生食堂に白獅子“大番頭”オラフ・ドランの名前が冠された)。これらの完成式典には遺族が招待され、手厚くもてなされている。
そう、ヴィルミーナは亡き五人の遺族にも心を砕いていた。希望と能力が適うなら五人の兄弟姉妹を白獅子で雇用したし、そうでなくとも、彼らが生活に困らないよう手助けしていた。
むろん、ヴィルミーナは底無しの御人好しではないから、ここまでの厚情は側近衆とその家族にしか向けられなかったし、家族への厚情も限度があった。
たとえば、ユマのボンクラ弟がヴィルミーナの援助を誤解し、不品行と浪費に走った時はあっさりと見捨てた。
「ユマには戦友として哀悼と哀切の情がある。彼女を亡くした御遺族とは気持ちを連帯したい。だが、ユマへの想いと遺族への支援は必ずしも一致しない」
デルフィネもとりなしを図らなかった。未来の王妃候補として厳しい教育を受けてきたデルフィネは、特権層特有の冷淡さも持ち合わせている。すがってきたボンクラ弟を一蹴していた。
「たしかに君は私の大事な友人の弟です。その君が私のユマとの大切な思い出を穢していることに、私は強く憤慨しています。簡潔に言えば、今すぐ失せやがれ、でございます」
白獅子財閥の側近衆が“白獅子の貴婦人達”、あるいは“白い雌獅子共”と呼ばれ始めたのは、この頃からだった。
〇
共通暦1771年の秋。東メーヴラント戦争講和会議後。
ヴィルミーナはベッドの上に寝そべり、レーヴレヒトから足をマッサージされながら思案していた。
自身の結婚と妊娠、側近衆達の婚約結婚と妊娠出産、これらを鑑みて数年の間、自分や側近衆達はこれまでのように組織経営と事業にのめり込むことは難しい。
如何に自分が仕事狂いで、側近衆達が仕事熱心とはいえ、家庭や家族を放りだしてまで仕事に打ち込みたくないし、打ち込ませたくない。組織論的にも悪しき前例になりかねない。
ヴィルミーナはまず白獅子財閥における女性の労働環境の再整備を検討した。社則と社内設備を整え直し、福利厚生もきっちり手直しせねばなるまい、と。
同時に、ヴィルミーナはこの機会に『将来』の実験的アプローチを思案する。
前世知識持ちの自分を抜きにして、白獅子という組織がどこまでやれるか。これまでの長期出張の間を任せるのではなく、年単位の経営を任せてみよう。
こちらの停滞に合わせ、コーヴレント侯爵やルダーティン&プロドーム社、青鷲ローガンスタイン辺りが積極的に仕掛けてくるに違いないが、まあ、これも良い経験値稼ぎになるはず。
身贔屓を抜きしても、前世知識持ちのヴィルミーナが自ら教育し、薫陶を与えてきた側近衆は極めて優秀だ。彼女達が未だ20代前半の乙女であることを考慮すれば、恐るべき才媛集団にしか見えない。
事業代表者達もまた、非常に有能だった。彼らは白獅子の拡大に伴う苛烈な組織再編の篩いを生き抜き、事業代表の椅子に座っている猛者揃い。ヴィルミーナの傘下に収まっているが、彼ら一人一人が大商会の会頭を務めていてもおかしくない実力者だ。
ただ、自分や側近衆達の“後”に不安がある。この機会に若手の育成を図るか。若手や幹部候補中心に研修会を開いたり、適当な事業をやらせてみよう。この際、専属秘書達も鍛えてしまおう。
ヴィルミーナは有能や優秀と見做した人間を重用する。信頼と信用が持てると評価したら、それこそ使い倒す。
そうして、挙げられた成果に対して褒美を惜しまない。
仮に成果や結果を出せずとも、過程の努力や能力、人格等の面で評価できるなら、見切りを付けたりしない。配置転換や配属変更で当人の適性に合った”使い道”を探す。
一方で職務や職責をきちんと果たさない人間は処分する。特に信頼と信用を損ねた者は容赦なく降格、左遷、場合によっては懲戒を課す。
勝手に出奔してしまったオラフ・ドランはある意味、異例だった。ソルニオル事変や東メーヴラント戦争のどさくさが無ければ、強制帰還させたうえで厳粛な処分を与えていたはずだ。罰を与えぬ者は王ではないから。
ひとしきり思案思索を済ませたヴィルミーナは、ふと思い出した。右足をマッサージするレーヴレヒトの脇腹を左足の爪先で突く。
「……そういえば、お医者様に妊娠中は性行為を控えろって言われたわ」
「あれ? 俺が聞いた話だと、妊婦の体調と無理のない体位なら構わないって話だったぞ。ヴィーナの“前”の方が医療は発展してたんだろ? その辺のことは?」
「……わかんない」とヴィルミーナは目線をそらして小声で呟く。
「ん?」
訝る素敵な旦那様へ、可愛い奥様は不貞腐れ顔で告げた。
「前世じゃ結婚も出産もしてないから、その辺のことはさっぱり分かんない。どっかで教わった気がするけど、縁が無かったから忘れた」
「君みたいな佳い女を娶らないとはね。君の前世の男共は甲斐性無しだな」
口端を緩めるレーヴレヒト。
嬉しいこと言っちゃってこのぉ。
ヴィルミーナはうっすらと頬を主に染め、テレカクシの憎まれ口を叩く。
「遠回しに自分が甲斐性のある良い男だって自惚れてない?」
「君はどう思う?」
男性的魅力に溢れた微笑で反問するレーヴレヒトに、ヴィルミーナはくいくいと指を振って誘う。
「キスする栄をあげるわ」
レーヴレヒトは愛妻から栄を賜った。
〇
僕らの隻眼美人船長アイリス・ヴァン・ローである。
美熟女街道邁進中の彼女は恋愛方面に関して大雑把で、“溜まった”時に適当なイイ男をベッドに引きずり込むだけ。家族や家庭を持つ気は更々ない。
アイリスは戦役時の武功で一代騎士爵に叙されていたものの、だからといって自らの家を興す気など毛頭ない。
兄貴が家督を継いだし、嫡男を含めた甥姪達も海軍士官の道に進んだ。海軍貴族ロー家は安泰なのだから、別家を起こす必要もない。それに、なんといっても自分の根っこは私掠空賊だと思っている。少なからず非道を働いてきた自分が、今更御貴族様に戻ろうなんてムシの良いことは考えていなかった。
アイリスは白獅子の民間軍事会社で高給取りの教官職をしばらく務めた後、地中海に河岸を変え、聖冠連合帝国の海上護衛業務を請け負っていた。
ソルニオル事変と経済特区のおかげで地中海は良くも悪くも賑やかで、アイリスは久し振りのプライベーティア商売を楽しんでいた。まあ、ベルネシア行きの貨物を積んだクレテア船舶の護衛が主だったことには、ちょっと思うところもあるが(ヴィルド・ロナ条約以前の主な獲物はクレテアとエスパーナの船だった)。
そんな折の年末。アイリスの駆る『空飛ぶ魔狼号』が本国に帰還した。
本国の雰囲気は明るい。
というのも、アイリスが帰国する数日前。ベルネシア王国のあらゆる教会が祝賀の鐘を鳴らし、陸海軍部隊が大いに祝砲を打っていた。
王太子妃グウェンドリンが無事に出産を終え、王子を出産していたのだ。
王国府大広場はお祭り騒ぎとなり、王太子夫妻が住まうエンテルハースト宮にも民衆が押し寄せていた。彼らは胸に純粋な名誉徽章エドワードメダルかグウェンドリンメダルを佩用し、祝いの言葉を叫び、国歌を熱唱した。
祝賀気分が色濃く残った、明るい雰囲気の祖国に帰ってきたアイリスは、まず実家に顔を出して老いた母と現当主の長兄家族に会い、次いで、出資者兼雇用主のヴィルミーナの許へ赴いた。
それから魔狼号を白獅子の管理ドックに預ける手続きを行い、方々に挨拶回りし、ようやく年末休暇を迎えた。
外行き用の礼装をまとったアイリスに、眼帯以外で空賊貴族の要素を見出すことは難しい。礼装の着こなしと立ち振る舞いや佇まいは貞淑な貴婦人のそれであるし、荒事師として引き締まった体に無駄はなく、小癪な胸元を中心とした大人の艶気と色香に溢れている。
もっとも、馬車に乗り込んで煙草をふかし始めた際の横顔は、紛れもなく鉄火場を生業とする女空賊そのものだったが。
「やれやれ。若い頃はもっと面倒が少なかったんだがね」
「功と誉を重ねた結果です。お嬢も立派になられた」と感慨深げな副長。
「30過ぎた女を小娘扱いするんじゃないよ」
アイリスがぶー垂れると副長が好々爺らしい柔らかな笑みを返す。
「本当に降りちまうのかい?」
「ええ。流石にもう体が言うことを聞きません。年貢の納め時ですな」
すっかり年老いた副長は今年いっぱいで現役引退を決めていた。アイリスにとって副長は両親以上の身内だし、空と海のことは全て副長に教わってきた。別れが寂しく哀しい。
「心残りがあるとすれば……お嬢の花嫁姿を目に出来ぬことと御子を抱けないことですなあ」
にやりと小言を吐く副長。
「母上や兄貴みたいなこと言うんじゃないよ」
アイリスは嫌そうに顔をしかめ、この小言を聞けるのもあと幾度あるだろう。と哀切に駆られた。
街の雰囲気は明るい。しかし、アイリスの心模様は街ほど明るくはなかった。
〇
「メルッ! メールッ! メールフィーナッ!!」
ロートヴェルヒ公爵家本領屋敷に当主代行の長女レイアの大声が轟く。
出産を経てもなお華奢で少女のような容姿の姉は相も変わらず、どこから出しているのか不思議なほどの大声を発していた。
メルフィナは呆れ顔を浮かべながら、当主執務室へ足を運ぶ。
「御姉様。そんな大声を出してはアルベルトがまた泣き出しますよ」
乳幼児の甥は度々実母の大喝に驚いて大泣きしている。が、母親であるレイアは妹の小言を気にもかけない。
「私の子よっ! そのうち慣れるわっ!!」
清楚で華奢な外見と違って豪放磊落かつ剛毅な姉の言い草に、メルフィナは溜息も出ない。
「それで、御用はなんですか?」
「ミレーヌの婚姻が決まりそうよっ! メルもいい加減、身を固めなさいっ!!」
美人三姉妹と評判なロートヴェルヒ姉妹の末っ子ミレーヌもいよいよ結婚が近い。婚約者すらいないメルフィナにとっては両親や家人、親戚の目が厳しくなるだろう。
「おめでたい報せと小言を一まとめで言わないでくださいな」
「どうなのっ!? めぼしい男は居ないのっ!?」
「うーん。目星はありますが、結婚は出来ないですねえ」
メルフィナはヴィルミーナの隣に立つ素敵な青年を脳裏に浮かべながら言った。
ヴィーナ様は御妊娠中のレーヴレヒト様の伽を任せてくれないだろうなぁ。御胤を頂くだけで良いのだけれど。そうすれば、私の子はヴィーナ様の御子と同じ胤のきょうだいになれるのに。
「その顔つきは、またぞろろくでもないこと考えてるわねっ? あんまり私と親を不安にさせるんじゃないわよっ!」
レイアの指摘にメルフィナは微苦笑を浮かべる。
たしかに、ヴィーナ様の悋気を被るような真似はよろしくないですね。次善策で手を打ちますか。ま、欲しいのは子供だけですし。
「ふむ……御姉様。私も身を固めることに吝かではありませんけれど、いくつか条件があります」
「条件?」と片眉をあげて訝るレイア。「言ってみなさい」
「まず結婚後も今の事業経営を継続すること」
「その点は私も賛同するわ。メルの事業は今やロートヴェルヒ家に欠かせないもの。他は?」
せっかちなレイアは先を促す。
「次に子育てと子の婚姻は私が主導権を持つこと」
「む。それは夫婦で図るべきだと思うけれど」
メルフィナの第二条件にレイアは難色を示す。とはいえ、レイア自身も当主代行として領地経営が中心の生活をしており、子育ては乳母と夫のヨゼフ任せだが。
「まあいいわ。それだけ?」
「結婚後は王都かクレーユベーレで生活すること」
「? ? ? この領から出ていくと?」
「事業自体は領から移しませんよ。ただ生活の場は王都かクレーユベーレにしたくあります」
メルフィナはにっこりと微笑む。
そうすれば、我が子をヴィルミーナの子と幼馴染に出来る。性別次第では許婚に出来るかもしれない。そうすれば、子を通じてヴィルミーナと家族になれる。実に素晴らしい。
「限りなく邪な企てがあるように感じるわね……」
レイアはじとついた眼で妹を睥睨し、ウームと唸った末に言った。
「明言はできないけれど、王都暮らしならなんとかするわ。でも、クレーユベーレは分からない。父上と母上と相談しなければ無理ねっ!」
「以上の三条件を満たすなら、よほど酷い“物件”以外は婚姻します。そういえば、御父様も御母様も了承されると思います」
メルフィナは交渉の勝利を確信していた。
なんせ、両親は2人とも『はよ結婚し』とうるさかった。かつては王太子妃候補の一人だった自慢の娘が嫁ぎ後れという事実に、思うところがあるのかもしれない。
やれやれ、と背もたれに華奢な体を預け、レイアは言った。
「私も結婚相手には胤くらいしか用がなかったけれど……夫は自分に理解と共感があって、床上手に越したことはないわよ」
「露骨な物言いはやめて下さいな」
姉が義兄のテクに満足している、なんて事情知りたくなかった……。
メルフィナは思わず大きく溜息を吐いた。
〇
国中が王子誕生に沸いている中、宰相令息マルク・デア・ペターゼンは嘆いていた。
「なんでこんなことに」
「……国益のためだ。宰相家に生まれた者として粛々と甘受しろ」
父ペターゼン侯が厳しくも同情を込めて言った。
宰相ペターゼン侯嫡男とメイファーバー女王孫娘の婚約交渉戦は、メイファーバー女王の勝利で終わっていた。
やむを得ないことではある。
カロルレン王国の段階征服が行われる以上、ベルネシアの現地権益を守るうえで、アルグシアとのパイプ作りと関係強化は不可欠だったから。
かといって、国王カレル3世は2人の娘をアルグシアに差し出す気は一切ない。提案すら許さないほどだ。
末息子のアルトゥールには聖冠連合帝国皇女がのめり込んでいて(アルトゥールの王立学園高等部進学に合わせて留学してきたほどだ)、ここでアルグシア連邦王族と婚姻なんぞしようものなら、どんな面倒が生じるか分からない。
こういう時は王家親族衆から適当な若いのを見繕うのだが(そのための王家親族でもある)、メイファーバー女王が『待った』をかけてきた。
メイファーバー女王からすれば、大した業績もない王家親族衆と縁を持つより、長年に渡って王国中枢を担ってきたペターゼン侯と縁を結ぶ方がはるかにお得だ。しかもマルク自身は王太子の親友であり、白獅子と太いコネを持つ。親族衆の子女よりもずっと価値が高い。絶対に逃がさんぞ。
で、マルクはアルグシア連邦きっての女親方の幼女と婚約することになったわけだ。
「年下の若い嫁さんが貰えてよかったじゃないか、兄貴。ま、ちっと若すぎるけど」
弟がしれっとのたまう。マルクが殺意に近い憤慨を込めた目で睨みつけたが、弟はにやりと笑うだけだった。
魔導学院を無事卒業して魔導技師の道に進んだ弟は、魔導学院時代に女子生徒(貴族の三女)と婚約し、卒業後にさっさと結婚していた。
「……出自にいささか難はありますが、血統は文句無し。それに十数歳の年の差など些末な物です。そうですわね、貴方」
ペターゼン侯夫人はぎろりと夫を睨みつける。
冒険者上がりの若い愛人を囲い、隠し子までこさえているペターゼン侯はそっと顔をそむけた。
ち、と銃声みたいな舌打ちをした後、ペターゼン侯夫人は長男を順に睥睨する。
「間違っても父の不徳を真似ぬように。特にマルク。今少し先のこととはいえ、貴方の妻となる女性は異国へ嫁いでくるのです。まかり間違っても恥をかかせ、傷つけるような真似は許しません。誠心を持って接しなさい。良いですね?」
否と答えようものなら、その場で手討ちにされそうな迫力と圧力に晒され、マルクはただ頷くことしかできなかった。
弟が父ペターゼン侯に小声で言った。
「母上がまるで大鷲頭獅子みたいだ。父上が若い冒険者なんかと浮気したせいだぞ」
「……お前の母は結婚前から変わってない」
ペターゼン侯は韜晦気味に嘆息を吐いた。
ちなみに……白獅子側近衆達がアリシアを含めた王立学園卒の友人達と集まり、内輪の小さな宴会を催した時のこと。
彼女達は妊娠発覚で宴の参加を見送ったヴィルミーナから寸志と共に『羽目を外し過ぎないようにね』と忠告を受けていたが……
アルグシア連邦の王族幼女と眼鏡イケメンのマルクが婚約した一件が話題に上がり、『あの野郎、幼女に走りやがってっ!』『若けりゃなんだっていいのかっ!』『二十代の何が悪いっ!』『あたしらは売れ残りじゃねーぞっ!』と独身女共が悪酔いし始め、宴は大いに荒れた。
かくて共通暦1771年は暮れていく。




