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遅くなりました。申し訳ない。
西暦1648年。
徳川家光が亡くなったこの年(何を描いたかより誰が描いたかが重要、という素晴らしい好例を残した偉大な将軍)。同じ頃、欧州では宗教対立を起因として始まったドイツ30年戦争が終結、紆余曲折の末に『神聖ローマ帝国の死亡証明書』ことウェストファリア条約が結ばれる。
ウェストファリア条約が『神聖ローマ帝国の死亡証明書』と呼ばれる所以、それはウェストファリア条約が主権国家群の勢力均衡という秩序体制を組み上げたもので、ドイツ諸邦の主権を認めるものだった。これは神聖ローマ帝国は皇帝の絶対権限と帝国諸邦に対する支配権を失ったことを意味する。つまり、神聖ローマ帝国という国体が完全に形骸化したのだ。
ちなみに欧州が勢力均衡という睨み合いをしている隙に、イギリス人があちこちに植民地をこさえて後年の覇権国家化の前段階に入る。まったく油断も隙もありゃしない。
そして、18世紀末から19世紀初頭に掛け、フランス人が乱痴気騒ぎを起こし、コルシカの人食い鬼が暴れ、ウェストファリア体制が完全崩壊した。
暴虐なるナポレオンが打倒された後、ウェストファリア条約の改定案ともいうべきウィーン体制が作り上げられた。これはウェストファリア体制に近しい、正統主義に基づく従来の王朝国家群による勢力均衡と協調を図ったものだった。
が……ナポレオンが暴れ回るついでにばらまいた市民権や王権制からの解放思想が諸国民の春を招き、これを弾圧したことでより先鋭化。帝国主義時代の到来と相まって急速に形骸化していった。最終的に第一次大戦で崩壊したとされるが、実際にはクリミア戦争の辺りで破綻していたらしい。勢力均衡と協調という理念は強欲と野望の帝国主義に屈したのだ。
ここで視点を地球史から魔導術文明世界に移そう。
大陸共通暦1771年の秋。
大陸西方メーヴラントは旧来のメーヴラント秩序から脱却、あるいは既存秩序の破壊へ一歩を踏み出した。
〇
大陸共通暦1771年:秋
大陸西方メーヴラント:アルグシア連邦:首都ボーヘンヴュッセル
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最初に断っておこう。
東メーヴラント戦争の停戦講和は、約二月の議論の末に実現した。
カロルレン王国は被占領地の割譲を認め、賠償金も認めた。が、その額は当初、アルグシアが要求した額の3分の2まで下がった。
そして、軍備制限と現王の退位は講和条件から取り下げられた。この辺りはカロルレンの交渉力ではなく、聖王教会の口利きやベルネシア、イストリアなどの横やりが大きい。
ただ、国土を失い、国家経済の破綻と莫大な戦費と賠償金の負担を背負ったカロルレンは、どのみち軍縮せざるを得ない。軍拡も一種の経済施策であるから内需の拡大に利用できるが、経済の循環性や国際関係の視点からは、あまり賢い方策と言えない。
加えて、現カロルレン国王ハインリヒ4世は少なくとも5年以内に玉座を王太子に譲位する旨を内々に示している。此度の戦争における心的負担が彼の健康を大きく蝕んでいた。
細かな点での調整や条件闘争が行われたものの、大筋としてはヴィルミーナやサージェスドルフが書き、イストリアとクレテアの演出が加わった脚本通りに進んだといって良い。
カロルレン王国はヒルデン貿易の主導権を聖冠連合帝国に譲らざるを得なかった。それに、西メーヴラント諸国から経済支援や賠償金分の融資を受ける代価に、市場開放と資本参入、関税などの各種特待/免責条項を認めざるを得なかった。
また、イストリアの提案した南小大陸戦争における“義勇兵”も承認した。一部国土の喪失と経済状況から外貨獲得と口減らしが急務だから。
会議の進捗を滞らせたのは、被占領地からのカロルレン王国人の資産を含めた移動の件だった。
アルグシアにしてみれば、占領下の現地人は労働力であり、納税者であり、現地資産は血を流して獲得したお宝だ。手放すなどありえなかった。
最終的には激烈に抵抗するアルグシアに対し、オブザーバー参加のベルネシア代表である宰相ペターゼンとその手下――勅任補佐官ニーナ・ヴァン・ケーヒェルとマリサリス・ヴァン・ネスケンがゴリ押しで話を通した。
気の毒な話ではある。
ヴィルミーナの“信奉者”ニーナは、ヴィルミーナの計画や方針、意図を実現することを最上と考える人間だ。ヴィルミーナが二本足の主力戦車やブルドーザーなら、ニーナは重装甲列車か大型トレーラーといえる。つまり、ヴィルミーナの意に反するような妥協や譲歩は絶対にしない。
イストリア連合王国外務省参事バンカーハイド卿はニーナについて『まるで狂犬のような乙女』と日記に残している。
そのニーナと共に会議へ参じたマリサにしても、元々は山猫の如き凶暴さを持つ武闘派であり、享楽的悪意を弄ぶ性悪女だ(ニーナがジゴロに引っかかった時のことを思い出していただきたい)。マリサはニーナの強引なやり口を諫めたりしない。それどころか、ニーナの背中にロケットブースターを取り付けるような真似しかしない。
大クレテア王国外交官レジナエ卿はマリサについて『猟師を翻弄して笑う山猫のようだ』と記録している。
“引率係”の宰相ペターゼンの苦労が偲ばれよう。
蛇足だが、ペターゼン侯を最も苦労させた人物はメイファーバー王国女王だった。彼女は本気で年幼い孫娘を宰相令息マルクに嫁がせようとしており、会議期間中、ペターゼン侯に婚約を飲ませるべく猛烈なプッシュを掛けていた。おかげで、帰国後にペターゼン侯は休暇が必要な有様になってしまった。
話を戻そう。
このように二月掛かりの議論の末、東メーヴラント戦争は終結を見る。
この講和成立は周辺国がカロルレン王国を時間掛けて弱らせていく方針へ切り替えたに過ぎないし、カロルレン王国も死亡日時が先送りになっただけで危機を脱していないことを承知している。
ゆえに、後世の歴史書において、この東メーヴラント戦争は“第一次”と名付けられた。第〇次まで続くかは、明言を避けさせてもらおう。
それでも……凄惨な総力戦に一区切りがついたことに、誰もが胸を撫でおろした。最前線では停戦講和成立が発表された後、非公式ながら両軍の交流がいくつかあった。殴り合いの大喧嘩に発展したところもあるし、和やかに会食を楽しみ、私物を贈りあったところもある。
ラインハルト・ニーヴァリ中尉は「どうせすぐにまた殺し合う。下手に関わって情を持ちたくない」と交流を避けた。代わりにオラフ・ドランから渡されていた高級酒を部下に全て振る舞った。
カール大公はヴァンデリック侯国に置かれた帝国軍司令部で停戦講和の報せを放りだしていた。なぜなら、愛妻エルフリーデから懐妊を知らせる手紙が届いていたからだ。彼は如何に帰国するかで頭を悩ませていた。
トロッケンフェルト大将は限定攻勢の失敗により予備役入りの内示を受けていたが、表情を変えることなく、いつも通りに小指を立ててカップを持って悠然と御茶を嗜んでいた。彼は自身のキャリアが終わったことより、責任の重圧から解放された気分を味わっている。
仮初の平和であることは、目端が利く者なら誰でも分かることだった。しかし、その時間制限のある平和を受け取らぬ者は一人もいなかった。
〇
そろそろ疑問があるかもしれない。
なぜ講和会議に僕達私達のヴィルミーナがいなかったのか?
夏の半ば頃から、ヴィルミーナは急に体調が不安定になっていた。強烈な頭痛。集中力の途切れ、思考の散漫化、不意に訪れる堪えがたい嘔吐感。
なんぞ変なもん食ぅたか? それとも病気やろか? 前世からこっち健康なんが取り柄なんやけどなぁ……お医者様に診てもらうか……怖いなぁ。変な病気やったらどないしよ。
ヴィルミーナが不安を抱えて医者の検診を受けたところ……
「おめでとうございます。御懐妊ですよ」
医者はにっこりと微笑んで告げた。
? ? ? んんん? ご、か、い、に、ん……? 誰が? 私が? え? は? あ? ?
全く予期も予想もしてない診断結果にヴィルミーナは混乱。圧倒的混乱。混乱のあまり思考が停止してしまい、FXで全財産を溶かした人みたいな有様になってしまった。
一方、同席していた母ユーフェリアは不安顔を一転させて歓喜を爆発。
「まあっ! まあまあまあまあまあっ!! ヴィーナヴィーナヴィーナっ!! おめでとうおめでとうっ!!!!」
きゃあきゃあ言いながら愛娘を抱きしめて大はしゃぎ母を余所に、ヴィルミーナは混乱した頭でぼけらっと他人事のように考える。
そっかー……病気やのぅて悪阻だったんかぁ……ほーん……ふーん……妊娠、妊娠ねえ……当たった時期は……アルグシアに行ってた時かしら? 帰ってから乳繰り合った時かしら? 当たる時は当たるもんやなぁ……そっかー……妊娠したんかぁ……
……あ?
妊娠?
に ん し ん?
私が?
私が、妊娠? 赤ちゃんできた?
赤ちゃん!?
呆けていたヴィルミーナの瞳に正気が戻り、驚愕の衝撃が襲ってきた。ヴィルミーナはその衝撃に揺さぶられるままに、叫ぶ。全力で。腹の底から。魂の芯から。
「なんだとぉおおおおおおおおっ!?」
かくして王妹大公家はもちろん、白獅子も上から下まで大騒ぎである。我らが女王陛下の御懐妊となれば当然であろう。
なお、メルフィナとデルフィネがヴィルミーナにお祝いを告げた帰りのこと。
メル:ヴィーナ様が御出産するまで、レーヴレヒト様の伽を担えないかしら。
デル:……は? 自殺願望でもありやがるのですか?
〈メルフィナ・空鍋を攪拌してそうな顔つきで〉
メル:だって、レーヴレヒト様の御胤を頂ければ、私の子とヴィーナ様の御子は異母兄弟。私とヴィーナ様がレーヴレヒト様を介して家族になるじゃないですか。
デル:――(戦慄顔で絶句)
という薄ら恐ろしいやりとりもあったが……些事である。気にする必要はない。
レーヴレヒトは帰宅して愛妻の妊娠を聞かされた時、ヴィルミーナ同様に目を丸くし、しばらく思考停止に陥っていた。続いて、その事実に酷く狼狽し、動揺し、戦慄していた。
嬉しすぎて幸せすぎて、レーヴレヒトは怖くなってしまい、あわわあわわと室内をうろうろし始めた。面白がったガブがその後に続く。
非常に稀有な有様を晒す夫に、ヴィルミーナは笑うべきか落ち着かせるべきか悩んだ。そして、愛する夫の取り乱し振りに強く冷静になる。
この時期に妊娠かぁ……体調だけでなくホルモンバランスの変化で集中力や思考力も大きく乱れるなぁ……重大案件の判断は慎重にせんとあかんわ。それか、いっそ側近衆や各事業部に割り振ってもええね。若手にチャンスを与えてもええかな。
「ヴィーナ、レヴ君。ちょっと良いかしら」
王妹大公ユーフェリアが神妙な面持ちで2人をサロンへ連れていく。しれっとガブも付いて来ようとしたが、ユーフェリアが怖い顔で追い払う。ショボン顔のガブ。
サロンだけでなく部屋の周りからも人払いをした後、ユーフェリアは落ち着きなく両手を弄りながら、おずおずと愛娘と婿殿へ告げた。
「もしも、ヴィーナの子供が男の子だったら、私に名付けさせて欲しいの」
前世も今生も出産経験の無いヴィルミーナは我が子に名付けたことはない。二度の人生で初めて得る我が子には、自分で名付けたくもあったが……今生の母のどこか思い詰めた様子を見ると、理由如何では是非もない。
それに、この時代に限らず命名権を父母祖父母に委ねたり、縁故関係上から名付け親を迎えたりするケースも多い。
ヴィルミーナが目配せすると、レーヴレヒトは素直に頷いた。
「俺達は構いません。ユーフェリア様の御随意に。ただ……よろしければ、事情をお伺いしても?」
ユーフェリアは瞑目して天を仰ぎ、そろそろと息を吐いて一人娘と良き婿を順に見つめた。
「……私にはかつて添い遂げたかった人が居た」
「伺っております。現クライフ伯様の亡き兄君ですね」
レーヴレヒトの指摘にユーフェリアは首肯を返し、ヴィルミーナを見つめ、言った。
「ヴィーナの子が男子だったら、彼の名前を付けたいの」
ああ……御母様の心の傷は未だ癒えておらんのやな……
ヴィルミーナは密やかに嘆息し、母に問う。
「男子だったなら、ウィレムと名付けるおつもりなのですね?」
ユーフェリアは思い詰めた顔を縦に振る。
そもそもヴィルミーナ(Willemina)の名前自体が、ウィレム(Willem)の女性形の一つだ。母がどんな思いを託して自分に名をつけたか、慮れよう。
私の子供は御母様の喪失感を埋める道具ではありません、と痛烈に非難することも出来ただろう。だが、ヴィルミーナの母ユーフェリアに対する愛慕がそんな非難を許さない。
「良い名前ではないですか」レーヴレヒトが微笑み「我が国でウィレムと名付けられた男子は一廉の男達ばかりです。ヴィーナが男子を産んだなら、ウィレムと名付けましょう」
お為ごかしではない本心の言葉であり、優しさと慈しみの謙譲だった。
「私も否やはありません。いえ、一つだけ条件があります」
「何かしら」
不安顔の母へ、娘はにこりと慈愛と茶目っ気を含んだ柔らかな微笑みを贈る。
「御母様とウィレム様の思い出を教えてください。これまで触りの部分くらいしか教えていただいておりませんから」
ユーフェリアは嬉しそうに涙ぐみながら了承した。
――とまあ、なんか良い話で終わらせたいところだが、ここで締まらないのが、王妹大公母娘である。
「無事に出産するまで御仕事は控えなさい。人に任せられるものは任せて、そうでないことはこの屋敷から差配するように」
ユーフェリアはそう命じた。
ええっ!? とヴィルミーナは目を剥いた。
なんたって東メーヴラント戦争講和会議が控えており、事前交渉に出向いたことを踏まえれば、自分が再登板するのは確実だろう。いや、そうでなくても出席できるよう捻じ込む。カロルレン北東部利権や賠償金関係、イストリアとクレテアとの連携などを考えれば、講和会議は政治的にもビジネス的にも極めて重要なターニングポイントだ。
こんな“面白いこと”を他人に譲るなど、ヴィルミーナの気質としてあり得ない。絶対に。
「り、臨月に入るまではそこまでしなくとも――」
「ダメよ」ユーフェリアはぴしゃりと告げ「もしも、お腹の子にもしものことがあったら、ヴィーナもママもレヴ君も、他の大勢が悲しむわ。それに、貴方の仕事はお腹の子供より大事なことなの?」
「ぅ」
これにはヴィルミーナも反論できない。如何に仕事中毒とはいえ、分別がないわけでは無かった。
「ヴィーナの負けだ。諦めろ」
レーヴレヒトがヴィルミーナの背中を撫でながら言った。
「それに、君の“姉妹達”だって無茶を許さないよ」
「ぅう」
これまたヴィルミーナは反論できない。結婚式の時のことを思えば、仕事を続けると言おうものなら、アレックス達から強烈な御叱りを受けかねない。
「……分かった」
ヴィルミーナは敗北宣言を出した。
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ベルネシア戦役は二年弱で20万余の死傷。東メーヴラント戦争は一年半強で30万に届きそうな死傷者を生んでいる(この数字に民間人は含まれない。統計されていないからだ)。費やされた金と物資の数字は眩暈か頭痛を、あるいは両方を覚えるものだった。
ベルネシア戦役だけならば、特異な一例と見做されたかもしれない。しかし、東メーヴラント戦争も同様の結果を出すに至り、各国指導層や軍関係者はいよいよ認めざるを得なくなった。
これからの時代の戦争がもたらす人命と物資の消費、戦費負担の凄まじさを。
この結果に危機感を抱いたのは、イストリア連合王国と聖冠連合帝国だった。両者共に征服事業を進めていた。イストリアは大陸南方亜大陸を、聖冠連合帝国は大陸西方ディビアラントを。
聖冠連合帝国はディビアラント征服の先にあるメンテシェ・ティルク帝国やロージナ帝国との衝突を見据えていた。アルグシア連邦など比較にもならない大国との決戦。どれほど人命と物資と金を費やすことになるのか。
イストリアは征服事業に加え、現在進行形で南小大陸独立戦争を抱えている。この独立戦争と征服事業の負担はイストリアをじっとりと苛んでいた。しかも、莫大な利益が見込める亜大陸征服と違い、独立戦争はただただ負担だ。鬱陶しいにも程がある。
そんなこんなの事情を抱えた大陸共通暦1771年の年末。
小雪の舞う冬のイストリア連合王国首都ティルナ・ロンデ。王宮傍にあるカーニング街10番地。端的に言えば、首相官邸にて、首相を始めとする閣僚達がアフタヌーン・ティーを嗜みながら、独立戦争の“処理”について議論していた。
魔導ストーブの傍では首相官邸ネズミ捕獲長ティーチ氏が聖務をサボって自慢の毛並みを整えている。
首相はカリカリに焼かれた薄いトーストにクリームチーズを塗りながら言った。
「協働商業経済圏。受け入れるしかないか」
黒々とした濃い紅茶にミルクを垂らしつつ、通商長官が応じる。
「我が国とベルネシア、クレテア。巨大な商圏の成立は決して悪い話ではありません。しかし、確実にいくつかの分野ではベルネシアとクレテアに食い荒らされます。そこから生じる反発や不満、損失をどう対処するかが悩ましい」
第一大蔵卿が口元のジャムを拭いながら口を挟む。
「しかし、引き延ばしももう限界だ。我々を除外してクレテアと二国だけで始めかねない。既にベルネシア国家規格が普及し始めている。我が国ですら、だ。座しては居られない」
懐のスキットルから紅茶へウィスキーを加えた外務大臣が言う。
「時期は悪くありません。魔女は懐妊で御母堂から実務差し止めを受けておりますからな。配下の者共も手練れではありますが、魔女に比べれば与し易い」
「そうか? ウォーケル家の嫁に入った配下はかなりタフと評判だぞ。あの御婦人に半ベソ掻かされた奴は両手の指では足りんとの噂だ」
内務大臣の指摘に外務大臣が苦笑いを返す。
「若い御婦人と侮ったバカ共ですよ。本腰を据えて掛かれば、やりようはあります」
首相はクリームチーズを塗り終えたトーストに齧り付く。思案顔で咀嚼し、紅茶で口内をさっぱりさせて言った。
「よし、議会に挙げよう」
歴史の歯車が噛み合い、その回転を大きく、激しくしていく。
近代は前期から後期へ移り始めた。
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カロルレン北東部への進出開始。協働商業経済圏の本格協議開始。各種事業の大幅な進展。こうした報告や情報が届けられるにつれ、ヴィルミーナは大きくなり始めたお腹を撫でてぼやくことが増えた。
「楽しみが全部パァだわ。まったく生まれる前から親不孝者ね」
とはいえ、腹を撫でる手つきと声色はとても柔らかい。
かくて少女時代は過ぎ、乙女時代が終わりを迎え、若き母親――淑女の時代が始まる。
グダグダになってしまった16章はこれで終わりです。
一時間後に登場人物紹介を挙げます。




