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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代
21/336

3:2

大陸共通暦1761年:ベルネシア王国暦244年:晩冬。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国北部:王都オーステルガム。

―――――

 デビュタントを済ませた数日後のこと。


 王妹大公ユーフェリアは凄まじく不機嫌だった。

 理由は実母の王太后が愛娘ヴィルミーナを単独で王宮に呼び出したことだ。これまでも王太后とヴィルミーナが接する機会はあったが、それは全て公的行事に限られていた。私的な面会は親の権限で全て突っぱねていた。


 しかし、デビュタントを終えた以上、ヴィルミーナは一人の成人として扱われる。

 今や、王太后が孫たるヴィルミーナと会うことにユーフェリアの許可は要らない。そして、ヴィルミーナとしては王太后からの私的な呼び出しを突っぱねることは難しい。


 であるからこそ、王妹大公ユーフェリアは壮絶なほど不機嫌だった。

 ユーフェリアは愛した男性と別れさせられ、学園を中退させられ、宗派違いの遠国へ嫁がされたことを忘れていない。泣いて縋った父に張り飛ばされ、助けを求めた母と兄に冷たく振り払われた時のことを決して忘れていない。


 ユーフェリアは両親と兄、王国府重鎮に対する憎悪と怨恨の深さは凄まじく、こんな噂があるほどだった。

 王妹大公はいつでも謀反を起こす用意がある。と。

 その噂の真偽を確かめる勇気は誰にもない。


                     〇


 王太后マリア・ローザは未だ美しさの衰えない老淑女である。

 彼女は名門オーフェンレーム家から王家へ嫁いだ後、五人の子供を産んでいた。


 長男は現国王となった。母子関係は冷えてはいないが、温もりもない。

 次男は若くして戦死した。戦略的に無意味な戦場で。

 長女は聖冠連合帝国へ嫁いだ以降、一度も便りを寄こさない。こちらから便りを送っても返事を寄こさない。

 次女はコルヴォラントの嫁ぎ先から出戻ってきたが、公式行事以外で顔を合わさず、その場でも一言も口を利かない。その目つきは明らかな怨恨を含んでいた。

 三男は先王に猛反発して一時、出奔していた。先王の死後に帰還して代官として勤めている。王太后や現国王と接する時の彼は一家臣としての態度を崩さない。


 平たく言おう。

 国母たる王太后は崩壊家族の母親だった。


 王太后にとって救いは、孫達――現国王の子供達と次女の娘ヴィルミーナが自分に隔意なく接してくれることだった。長男の嫁であるイストリア連合王国王家から迎えた王妃は、自分に敬意を示し、また孫達と接する機会を惜しまない。


 無論、聡明な王妃が精確に見抜いているという事情もある。王太后が家族愛に飢えていることを。孫達を通じて政治的支援者たるを要求していることを。


 そして、王太后は王妃の要求を拒めない。

 実家親族の甥姪大甥大姪達も可愛いが、やはり自分の子や孫に慕われたい。一個の人間として至極当然の感情だから。


 この日、王太后は上機嫌だった。

 孫の一人、ヴィルミーナが会いに来るからだ。




 王家の住まいエンテルハースト王宮。その東館に参じたヴィルミーナは、疋田絞花籠紋様の友禅をドレスに仕立て直した“和洋折衷ドレス”を着ていた。髪はアップに結いあげ、金蒔絵螺鈿細工の簪を差している。ほっそりとした首元に巻かれたチョーカーも桔梗紋様の生地だった。


 大陸西方メーヴラント様式のドレスとは段違いに色彩艶やかで華やかな紋様のドレスは、電磁石のように衆目を集めている。

 もっとも、今日のヴィルミーナの装いは、稀少魔導素材製全身甲冑並みの金額が掛かっているから、真似したくとも難しかろうが。


 東館の二階。中庭を見下ろすティールーム。青白チェック柄のテーブルクロスを掛けた円卓が据えられ、魔導式ストーブが快い温もりで部屋を満たしている。

 そして、冬期用ドレスにショールを羽織った王太后がいた。


「王太后陛下をお待たせしてしまい、大変申し訳ございません」

 慌てて謝罪するヴィルミーナに、王太后はころころと可愛らしく喉を鳴らした。

「そう畏まらないで、ヴィーナ。今日は王太后ではなく祖母として貴方を迎えたのだから」

「はい、御婆様」

 孫娘の素直な回答に満足し、王太后は傍へ来るよう促した。


「今日は随分と素敵なドレスを着てきたのね」

 王太后の指摘に、ヴィルミーナは王太后の傍らに立ち、くるりと一回りしてドレスを披露した。

「大陸東方の衣装や生地を用いました。この衣装は我が国がはるか世界の裏側まで進出している証拠ですよ」

「まあ、そうなの?」

 王太后は珍しそうにドレスを見つめる。

「大陸東方は蛮族の土地と聞いていたけれど……このような美しい生地を仕立てられる民が蛮族とはとても思えないわ」


「大陸東方は我々大陸西方とは全く違う歴史を歩み、文化と価値観を育んでいますからね。彼らからすれば、我々の方が蛮族に見えるかもしれません」

「物事は相対的、ということね」

 ヴィルミーナの回答にくすりと微笑み、王太后は着席を勧める。

 こくりと首肯し、ヴィルミーナは王太后の傍らに座った。


 同時に、老執事が白磁のカップに紅茶を注ぐ。芳醇な香りがテーブルを中心に広がる。微かに甘い香りは東南方産極上品質の茶葉だ。

「近頃は珈琲も広まっているそうですが、御婆様は嗜まれました?」

「幾度かは。私は御茶の方が好みね」

「私は紅茶も好きですが、珈琲も好きです。あの香りと苦みが癖になりました」


 執事が紅茶を用意したところを狙いすましたように、侍女達がガラス皿にいろいろなスウィーツを乗せて到着。青白チェック柄のテーブルクロスの上に華やかな茶菓子が据えられた。


 祖母と孫娘は気楽な会話を楽しんだ。主な話題は先日のデビュタントについて。

 話は第一王子に婚約者が決まったことにも触れる。となれば、勢いヴィルミーナの婚約者話にも及ぶが―――

「そうですねえ。これまで知己を得た殿方、話に聞く殿方の中には、嫁ぎたいと思う方はいらっしゃいませんでしたね」

 ヴィルミーナは祖母へ薄く微笑んだ。

「幸い、お母様はじっくりと選べと仰って下さいましたから、腰を据えて探しますよ」


 王太后は密やかに吐息をこぼす。ユーフェリアを持ち出してきた以上、王家や王国府の持ちかける婚姻話に従う気はない、ということだろう。異性の紹介は要らぬ軋轢を生むだけか。

「そういえば、ある男爵家の御次男と親しくされていると聞いたけれど、その方とは?」


「ないです」

 ヴィルミーナは即答した。迷うことなく。

「? 親しくしているのよね? 好いてる、のよね?」

「はい。それはもうとても。私にとって彼は大事な存在です」

「でも、結ばれる気はない?」

「ないです」

「? ? ? ? ? ?」

 王太后は混乱している!


 彼女の価値観ではヴィルミーナの言い分をさっぱり理解できなかった。

 ヴィルミーナは祖母の可愛い反応を楽しそうに見つめ、告げる。

「彼とは性別を超えた友情で結ばれているのです、御婆様。彼は我が親友、我が盟友です」

 表情豊かに得意満面な笑みを湛える孫娘を前に、王太后は目をぱちくりさせる。

「うーん。私にはヴィーナの言っていることがさっぱり分からないわ。それで、その男爵家御次男はどんな方なの?」

「とても頼りになる方です。そして、意外性の男ですね」

 ヴィルミーナは楽しそうにレーヴレヒト・ヴァン・ゼーロウについて語る。


 王太后はますます理解に苦しむ。ゼーロウ何某を語るヴィルミーナは恋する乙女そのものに見える。だが、本人はまったくその気が無いという。自覚していないだけなのかしら。それとも……


 まあ、いいか。と王太后は問題を放り出した。

 可愛い孫娘が楽しそうにしているのだから。


 と、そこへ突然の来客が加わる。

「ヴィーナ姉さまっ!」「姉さまっ!」

 第二王女と第二王子がやってきた。


 ヴィルミーナは駆け寄ってきた第二王女と第二王子を順番に抱きしめ、髪を撫で、幼児特有の柔らかな頬を突く。嬉しそうにはしゃぐ幼い2人。


 王太后は目を細めてその素晴らしい光景を堪能する。

 そして、自分にも我が子達とこうした時間があったことを思い出し、我が子達と二度とこうした交流が望めないかもしれないという事実に、深い哀愁と寂寥を覚えた。


 そ、と王太后はドレス内の小さなポケットに手を添える。

 ポケットの中には、亡き次男を描いた小さな肖像画が収められていた。


 先にも語ったように(3:1参照)、先王は男根主義的家父長制信奉者で、家族が自身を敬い、愛するのは“当然”と考えて疑わない男だった。


 次男はそんな愚父の愛情を得ようと、健気にも先王の始めた戦略的無価値な国境紛争に身を投じ、命を落とした。

 先王は戦死した次男を「あのような大したことのない戦で死ぬなど情けない」と吐き捨てた。先王なりの強がりなのかもしれないが、真意が伝わらなければ、暴言そのものである。事実、この発言を期に、王太后は先王に愛想をつかした。


 王太后はこの次男の肖像画を片時も手放さない。


 ヴィルミーナは王太后の感情の機微を察したのか、2人の幼いいとこに告げた。

「御菓子が欲しければ、ちゃんと御婆様にお願いなさい」

 はぁい、と2人のいとこは王太后の元へ駆け寄り、小動物のような目で哀願する。

「御婆様、私もおかし食べたいです」「僕も」

 まあまあ、と王太后は相好を崩し、孫達を見回して言った。

「では、皆で食べましょう」

 完全に満たされてはいないが、王太后は今の生活に充分な幸せを感じている。


                     〇


 ヴィルミーナは帰宅後、すっかり拗ねてしまっていた母ユーフェリアをなだめるのに、えらく苦労することになった。

 そして、稽古事でこの日の茶会に混ざれなかった第一王女も拗ねていて、その機嫌直しのために再び王宮へ行く羽目になった。御土産を持って。


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― 新着の感想 ―
主人公は母親に同情していないのか 他人の"被害"には酷く無慈悲ってやつか
[一言] 毎回のレヴ君押しがちょいうざ。
[一言] 彼とは、命をにぎり、にぎられた仲なんデス。
2022/07/23 14:50 くくるーむ
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