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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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16:9+

お待たせした上に長いです。すいません。

 大陸共通暦1771年の初夏。


 東メーヴラント戦争西部戦線にて、アルグシア連邦軍が限定攻勢を開始した。停戦講和会議にて決定的優位を得るため、少しでも割譲させる占領地を増やすため。悪し様に言えば、一種の強盗殺人みたいなものだった。


 もっとも、アルグシア側の情報はカロルレンに筒抜けだった。


 ヒルデン貿易やソープミュンデ密貿易、聖王教会の民生援助などを通じ、カロルレンにアルグシアの情報が流し込まれていた。聖冠連合帝国に至っては『皇后陛下誕生日祝いの恩賜品』を贈る始末だ。当然、カロルレン軍は資材と時間が許す限り迎撃の準備を進めた。


 むろん、アルグシア軍も情報漏洩やカロルレン軍の備えを承知していた。少なくとも、侵攻軍総司令部は覚悟のうえで作戦を実施した。

 手の内がバレている? 


 上等だ。

 無理やりこじ開け、強引に突破してやる。


        〇


「また降ってきたな」

 鼻先に落ちてきた雨粒を拭い、ラインハルト・ニーヴァリ中尉は頭上を窺う。


 初夏の空は鉛色の雲に覆いつくされていた。

 アルグシア軍が限定攻勢を開始した当日午後から、雨が断続的に降り続いている。この降ったり止んだりする初夏の雨がアルグシア軍の攻勢計画を狂わせ、カロルレン軍の対応を鈍らせていた。


 未整備道路は中隊程度の移動でも踏み荒れて泥濘に化けてしまう。旅団や師団単位となれば、何をいわんや。前年の激しい攻防戦で用いられた道路は、そのほとんどが修繕などされておらず、路面状態の悪化に拍車をかけていた。


 人間の足ですら囚われる泥濘を馬車、砲車がまともに進めるわけもない。特に重たい火砲や補給物資を満載した輜重馬車の動きが阻害された影響は大きい。アルグシア軍もカロルレン軍も火砲の陣地転換や移動に窮し、補給の混乱が全ての行動を滞らせている。攻勢開始から三日目にはあまりの負担の大きさに、両軍の砲兵と補給が疲労困憊になってしまった。


 ラインハルトの部隊も泥濘に足を掴まれた部隊の一つだ。

 カロルレン南部防衛軍の臨編ハーガスコフ師団麾下『ニーヴァリ独立混成機動中隊』は泥濘の中で立ち往生していた。


 臨編ハーガスコフ師団は指揮官アンドレイ・ハーガスコフ=カロルレン大佐の名を冠する部隊だ。ツァージェ会戦の撤退時にラインハルトが助けた大佐である。


 ハーガスコフ大佐は師団を編成する際、当然の如くラインハルトの部隊を麾下に引っこ抜き、命の恩人に対する個人的謝礼としてネームド部隊を与えた(伝統的に大陸西方軍事文化にて自身の名を冠する部隊を率いることは大きな誉れだ。中近世なら○○騎士団とか○○傭兵団とかが良い例)。


 ただし、当のラインハルトは『恩を仇で返しやがって、礼ってンなら安全な南部戦線に留め置きやがれ、ボンクラ大佐め』と内心で激しく罵っていたが。


 ニーヴァリ独立混成機動中隊は拡大編成で、四頭牽き騎兵砲6門の騎乗砲兵50名、支援擲弾兵52名。中隊本部要員。馬輌16台――8台は擲弾兵移送型、4台は車載火器搭載型、4台は中隊物資移送用(弾薬や糧秣、整備用品に医薬品、中隊行李など)。

 ちなみに馬車はベルネシアの白獅子製高性能馬車。ソープミュンデ密貿易で調達されたものを、オルコフ女男爵とルータ嬢が口利きして回したもの。兵の頭数は少ないが、装備は独立部隊らしく拡充編成だ。


 軍馬の不足から騎乗砲兵も馬車も軍馬ではなく烏竜だった。走力や牽引力は馬に劣るものの、今回のような雨天難地形には烏竜の方が強い。

 ただし、烏竜の悪路踏破力が高かろうと、砲車や荷車の車輪が泥にハマることは避けられない。ヴィルミーナが作り出した高走破性馬車とて凶悪な泥濘には勝てない。兵員輸送型と火器搭載型はウォーワゴン化してあるため、車重が増していることも仇になっている。


 おかげで、ラインハルトの部隊は泥に足を取られ、戦場に大遅刻していた。


『たわけーっ!! 間に合わんとは何だっ! 国家存亡を賭した一戦ぞっ! 泥にハマって参加できませんなど通じるかっ!! 一刻も早く主力と合流せぃっ!!』


 司令部からこうした罵倒を浴びていたのは、ラインハルトだけではない。

 カロルレン軍もアルグシア軍も、砲兵と輜重の移動が大幅に遅れており、両軍司令部の作戦計画を大いに狂わせていた。


 一言でいって、全てが思うようにいかない。


 昨夏の熾烈な攻防戦が嘘のように今夏の戦いは動きが鈍かった。突破口とその街道沿い以外では西部戦線全体の変化が乏しい。

 それでも、後に控える停戦講和の優劣を決定づける決戦であるから、両軍共に手を引くことは出来なかった。将帥や参謀達は天候に悩まされながら作戦地図と物資量を交互に睨めっこして知恵を絞り、現場は泥塗れになりながら任務を遂行し続ける。


 大陸共通暦1771年・初夏の限定攻勢は一語で表現できる。

『悪戦苦闘』

       〇


 アルグシア軍が始めた限定攻勢4日目。

 雨天に悩まされる両軍の悪戦苦闘が焦点を作り出す。


 ルビニツァ市。

 カロルレン王国西部穀倉地によくある平野部の小地方都市である。街の姿は古めかしい近世期の建物が並ぶ田舎街そのもの。周辺はだだっ広い平野農地が広がり、小村と小集落とこれらに付随する小さな薪炭林がぽつぽつ点在するだけ。メーヴラント平野部では珍しくない光景である。


 特筆事項は舗装街道が通っており、ルシーラ川支流に掛かる幅広の石橋を持つこと。

 これこそルビニツァが戦いの焦点になってしまった理由でもある。


 ちなみに、周辺村落や集落の住民はとっくに疎開し、国内難民になっている。街の住民も半数以上が避難していた。昨夏の大量破壊魔導兵器の使用と凄惨な攻防戦、略奪と農地の荒廃を目の当たりしては、一所懸命の執着心も折れよう。


 さて、カロルレン軍は先んじてルビニツァ市を押さえた。

 ルビニツァ市防衛に投入されたカロルレン軍の戦力は一個師団――南部防衛軍から引き抜かれた臨編ハーガスコフ師団の約1万3千。聖冠連合帝国から“奪還”した物資で充実した装備と弾薬を有している。


 指揮官アンドレイ・ハーガスコフ=カロルレン大佐は師団司令部を市内に置き、橋を中心に最終防衛線を築き、いざという時に備えて橋を爆破する用意を整えた。

 次いで、師団の半数を近場の無人村落や集落などへ展開した。敵が一直線に市を目指してくるなら散開部隊で両側や後方を突く。逆にこれら諸部隊の各個撃破を試みるならば、市の前面主力で分散した敵を押し潰す。手堅い構えである。


 一方。

 ルビニツァ市攻略に赴いたアルグシア軍の戦力は東部軍主体の約2万4千。中核をなす部隊はブローレン王国ロンバルト公旅団。総指揮官は白髭王の甥ロンバルト公(中将待遇)だ。

 侵攻軍内ではアルグシア軍・ロンバルト公軍団とされている。


 ロンバルト公はカロルレンに先んじられたことを悔やみつつ、昨夏の情報を用いながら周辺地域を偵察させた。

 このまま馬鹿正直にルビニツァ市を攻めても橋の確保は厳しい。こちらが優勢となれば、間違いなく橋は爆砕されてしまう(誰だってそうする)。周辺地域に橋は無いか、あるいは工兵や魔導士による架橋で渡河可能な場所は無いか。調査の結果、ルビニツァの東10キロほどのところに架橋設置可能な場所があったが、雨天増水と補給の停滞で作業に時間が掛かる。


 ロンバルト公は魔導兵と工兵を架橋作業に回し、その後の迂回強襲用に快速部隊6千を残しつつ、約1万8千でルビニツァ市を攻撃した。

 こうして、攻勢開始から4日目に決戦が始まる。


『ルビニツァの戦い』開演。


        〇


 攻勢4日目。『ルビニツァの戦い』初日。

 降ったり止んだりを繰り返す曇天の朝。


 昨夏の大規模攻防戦に比べると、ルビニツァにて対峙する両軍の戦力はショボい。

 アルグシア軍・ロンバルト公軍団は2万4千。ただし工兵部隊と魔導士部隊、快速部隊6000が迂回攻撃用に外されている。

 カロルレン軍・ハーガスコフ師団は1万3千。半数が市の直衛に付き、もう半数が周辺展開。

 加えて、両軍ともに航空戦力無し。


 悪天のため、このルビニツァ会戦は雨中会戦となった。

 この時代の銃砲に使われる魔素炸薬は火薬と違い、雨でシケるということはない。ただ、紙薬莢が濡れてふやけたりして装填不良を起こし易くなる。ただでさえ戦闘中の緊張や興奮で手元は狂いがちだ。濡れた紙薬莢を破いたり、千切ったり、潰したりしてしまう。


 弊害は他にもある。

 先にも述べたが、大勢の人間の移動や砲撃で地表面が荒れているところへ雨が降れば、たちまち泥濘に化けてしまう。人間も馬も馬車も移動力が大きく削がれ、特に重たい火砲の陣地転換や移動が厳しい。加えて言えば、悪天候下は部隊統率が難しい。


 さらに鬱陶しいことに、ルビニツァ市周辺は灌漑により用水路が網目の如く敷かれている(しかも、悪天候で増水している)。これもまた部隊や火砲の移動を妨げていた。


 というわけで雨脚と地理的条件から、ルビニツァ市郊外で対峙した両軍は中央で主力同士が牽制し合い、両翼――無人村集落に展開したハーガスコフ師団諸部隊とロンバルト公軍団助攻部隊の小競り合いが始まった。



 降り注ぐ小雨の下、両軍の砲弾が飛び交う中、両軍散兵線の銃兵達が雨と泥を浴びながら駆け、繁茂する雑草の上を這い、砲撃孔やわずかな起伏を頼りに戦う。降雨がなく水源が絶たれていれば、用水路が塹壕の代わりになっただろうが、如何せん雨で増水した用水路は純粋に厄介な障害物だった。


 砲撃による死傷者が出ているものの、銃兵達の交戦自体は盛り上がらない。

 初弾はともかく次弾以降は雨による不発が急増しており、銃兵の射撃戦がパッとしない。かといって、白兵戦を前提とした戦いを展開しようにも用水路と砲撃が運動を妨げる。


 どうにもならない。

 敵と戦うより雨と難地形に悪戦苦闘を強いられている状態だ。両軍が想像していた以上に、柔弱な休耕農地と用水路の迷路という土地柄は戦争に不向きだった。


そんな締まらない戦況を変えるべく、戦場左翼に二つの部隊が投入された。

一つはハーガスコフ師団麾下第501烏竜騎兵大隊。


 烏竜は騎馬に比べて速力も牽引力も弱いが、悪路や難地形に強い。泥土を軽々と走破し、用水路を容易く飛び越える。まさにルビニツァの戦いに適した騎兵と言えよう。


 かくして、わずか一個大隊ながらカロルレン軍第501烏竜騎兵大隊は泥濘の戦場を縦横無尽に駆け回った。騎槍やサーベルで砲列を側面から襲って蹂躙し、銃兵戦列を騎兵銃や拳銃、手榴弾で襲撃して壊乱させる。


 もう一つは――

 騎乗砲兵達と擲弾兵を乗せた兵員輸送馬車と車載火器を積んだウォーワゴンの群れが、第501烏竜騎兵大隊に追従して最前線を激走していく。


「全車、突撃っ! 足を止めるなっ! 撃ちまくれっ!!」

 煙と靄が煌めく中、ラインハルトは烏竜が牽引する荷馬車の上で怒鳴っていた。馬車がガッタンガッタンと激しく揺れ、大きく跳ね、車軸や車体が悲鳴を上げる。

 擲弾兵達は荷台から放り出されそうになりつつも、第501烏竜騎兵大隊に崩されたアルグシア軍銃兵達へ攻撃を加えている。小銃や擲弾銃を撃ちかけ、手榴弾や焼夷弾を投げつけ、車載用に小型化した擲弾連発銃や多銃身斉射砲を撃ちまくっていた。


「中隊長っ!! この馬車はこういう使い方をするもんじゃないですっ!!」

 御者席で手綱を握る同い年の運転兵が半ベソ顔で叫ぶ。


 妥当な抗議だ。ウォーワゴンとは本来、移動式簡易拠点として扱うもので、横陣や円陣に並べて使う。もちろん、戦闘中は馬を切り離して退避させておく。間違っても装甲兵員輸送車のように扱うものではない(無茶すぎる)。


「うるさいっ! 黙って突っ走れっ!! いや、もっと早く走らせろっ!! 擱座させたり、横転させたり、被弾させたりしたら、減給処分にするからなっ!!」

 ラインハルトは半ベソ顔の運転兵へ怒声を浴びせた。

「酷すぎるぅっ!」

 運転兵が泣き出した。


 と、前方から烏竜騎兵がやってきて、ラインハルトの馬車に並走しながら怒鳴る。

「伝令っ!! ミッテルホフ大隊長代理より連絡ッ! 800先に連隊規模の敵方陣有りっ! 砲撃で突き崩されたしっ!!」

「了解したっ! 300まで前進後、砲撃を開始するっ! 待機されたしっ!」

「承知っ!」と騎兵が原隊へ駆けていく。


 その背中を見送りながら、ラインハルトは魔導通信器の通話器を手にして中隊砲兵の指揮を任せた即席少尉に命令を下す。

「グルーレッ! この500先で砲列展開、敵方陣を砲撃だっ! 俺達は敵の真ん中にいる、手早くやってくれっ!!」

『了解、さっさと壊乱させますっ!』


 ニーヴァリ独立混成機動中隊は500メートルほど前進した後、停止。騎乗砲兵が牽引していた騎兵砲を素早く展開。300メートル先の密集した人間の塊――方陣を組んで第501烏竜騎兵大隊の突撃を牽制している敵銃兵連隊を狙う。

 小口径軽量砲である騎兵砲、それもたった6門の砲撃。


 しかし、軟目標である人間が密集した方陣には十分な殺傷効果をもたらす。水を浴びた角砂糖のように崩れていく連隊方陣を目にし、ラインハルトが嗜虐的な冷笑を浮かべた。


 騎兵砲が砲撃している間、荷馬車に乗った擲弾兵や荷車に車載した擲弾連発銃や多銃身斉射砲が、周辺の敵兵へ牽制射を浴びせる。第501烏竜騎兵大隊と共に前線を強行突破し、左翼敵中にいるのだ。いつまでも足を止めていられない。


 連隊方陣が崩れると、第501烏竜騎兵大隊が連隊方陣の崩れた穴へ突撃し、戦場の切り崩しを再開。

「よし、俺達も続くぞっ! 砲兵、移動準備急げっ!」

 ラインハルトは全隊へ怒鳴り、血走った眼付きで運転兵にがなる。

「被弾したら軍法会議だっ! 上手く走らせろっ!」


「無茶すぎるぅっ!」と運転兵が泣き叫んだ。


 第501烏竜騎兵大隊とニーヴァリ独立混成機動中隊の強襲は、記録的な成功を収めた。

 両部隊指揮官の優秀さや将兵の働きもあったが、天候と地勢の要素も大きかった。


 アルグシア銃兵は小銃の不発率が高く、方陣が効果を発揮できなかった。泥濘で陣地転換や砲の向きの変更が難しい砲兵は、それこそ一方的に殺された。対抗可能な騎兵部隊は迂回攻撃用に後方配置されていたため、何もできなかった。


 最終的に、第501烏竜騎兵大隊とニーヴァリ独立混成機動中隊はアルグシア銃兵を大隊戦列3個全滅、連隊方陣1個を壊乱。直協砲列を4個壊滅させ、複数の火砲を鹵獲した。

 最大の戦果は両部隊が衝角となり、戦場左翼から戦線を大きく押し上げたこと。


 ルビニツァの戦い初日は、ハーガスコフ師団の勝利だった。


 そして、この勝利は大きかった。

 ロンバルト公は迂回強襲を中止し、温存していた快速部隊を主戦場へ投入することを決意した。

この時、ハーガスコフ師団は渡河迂回を警戒しておらず、押し上げた前線を埋めるため市街防衛戦力の半数を左翼へ投じていた。もしも予定通り、快速部隊を渡河迂回させていたなら、快速部隊のルビニツァ市強襲は成功したに違いない。


 しかし、歴史に『もしも』は存在しない。


         〇


 限定攻勢5日目。ルビニツァの戦い2日目。


 前日に無茶をしたラインハルトの中隊は一旦、後方に下がって装備の整備と補給、負傷者の手当て、烏竜の休息を取っていた。ちなみに、ラインハルトの運転兵は目を回して寝込んでいる。


「昨日は敵に大打撃を与えましたね。流石は中尉殿です」

 エーデルガルトが極自然にラインハルトへ歩み寄る。攻勢開始から一度も風呂に入っておらず泥やらなんやらで汚れているのに、エーデルガルトは謎の清潔感を保ち、良い匂いさえする。


「君を含めた皆の戦果だよ」

 そっと一歩分距離をとったラインハルトへ、

「ありがとうございます、中尉殿。お褒めいただけてとても嬉しいです」

 桃色の声音と共に二歩分踏み寄るエーデルガルト。近い近い。


 ラインハルトが困り顔を浮かべた矢先、前線の戦争交響曲に異変が生じた。

 戦争交響曲の変化は、戦場中央から怒涛の如く押し寄せてくるロンバルト公軍団作戦予備――迂回攻撃用に温存されていた快速部隊6千――の大突撃によるものだった。


 左翼から戦線を大きく押し上げていたハーガスコフ師団司令部は、この強引な中央突破策に混乱した。

「意味が分からん、なんでこちらの左翼進出を止めない?」「片翼包囲される危険を無視して中央突破を図るとか正気か?」「中央突破で両翼を分断し各個撃破を図る気だろう」「こっちの中央戦力は搔き集めて4000弱。厳しいな」「動ける負傷兵も主計兵も整備兵も全て投入しろ。この突撃を抑え込めれば左翼から押し潰せる。勝負どころだ」


 当然ながら後方で準備中だったラインハルトの部隊も中央へ回された。部隊の将兵達は「やっぱり中尉殿は貧乏籤を押し付けられるクチだ」と溜息を吐く。


 ロンバルト公軍団の快速部隊は騎兵と軽歩兵が主体の部隊であり、自前の重火力は軽量な小口径騎兵砲や小型臼砲だけだ。

 が、魔導兵の比率が高い。これは難地形を魔導兵の土木作業などで整備し、部隊の前進速度を保つためだ。それに、銃砲主体のこの時代にあっても、戦闘魔導術の危険性は決して低くない。


 平たく言えば、ハーガスコフ師団優位の戦場左翼に対し、戦場中央の戦いはアルグシア軍優位となった。


        〇


 昼過ぎ。ルビニツァ橋近辺の戦いは死闘となっていた。


 ニーヴァリ中隊のウォーワゴンを中核に寄せ集め兵がバリケードの陰からあらゆるもの――銃砲弾や手榴弾、火炎瓶、魔導術、果ては瓦礫の投石までアルグシア兵達に叩きつけていた。


 それでも、アルグシア兵達の攻撃圧力を全く抑え込められない。


 火系魔導術の直撃を食らい、炎上横転したウォーワゴンから擲弾兵達が投げ出される。火達磨の擲弾兵達が、喉奥から絞り出したような甲高い悲鳴を上げながら濡れた大地を転げ回り、やがて動かなくなった。


 別のウォーワゴンは弾幕射撃と魔導術の集中投射を浴び、車軸から上の部分が破壊されつくしており、バラバラに砕かれた擲弾兵の肉片と車体木片などが混じりあっていた。


 車載の多銃身斉射砲と擲弾連発銃は既に失われていた。騎兵砲は集中的に狙われて残り2門、砲兵達の半数が砲と運命を共にしている。指揮車の運転兵も命を落としていた。ラインハルトと同い年の彼は飛び出したハラワタを押さえ、母親を呼びながら死んだ。


 アルグスの畜生共が調子に乗りやがってっ!


 小獅子とたとえられた不屈の少年指揮官が、その真骨頂を見せる。

「目標変更っ! 周辺建物へ残ってる焼夷弾や火炎瓶を全てぶちまけろっ! 目に入るものを全て焼いちまえっ!」


「ち、中尉殿、街を焼くんですかっ!?」

 エーデルガルトが目を丸くし、最先任曹長や他の生き残り達も呆気にとられる。


 ラインハルトは戦鬼猿(オウガ)すら逃げ出しかねない凶相を浮かべた。

「街区単位で大火事を起こせば敵も前進できんっ! どうせここを抜かれたら獲られるっ! 構わないから焼き払っちまえっ!!」


 エーデルガルトが蕩け顔を、最先任曹長達は狂人を見る目を向けてきたが、ラインハルトは無視して怒鳴る。

「さっさと動けっ!」



 こうして、ルビニツァ橋南岸側は炎に包まれた。雨を物ともしない大火と大量に立ち昇る黒煙が『ルビニツァが落ちたのか!?』とハーガスコフ師団とロンバルト公軍団を一時的に混乱させた。


 この一時的混乱と停滞が戦況を決定づける。


 僅かな時間的猶予を活かし、ハーガスコフ師団は司令部要員まで橋の防衛に投入した。というか、ハーガスコフ大佐自ら魔導兵と工兵に混じり、橋に急造とは思えぬ頑健なバリケードをこさえ、ロンバルト公軍団の快速部隊による橋梁確保を防ぎ切った。


 そして、夕刻を迎える頃、ルビニツァの戦いに決着がつく。


 左翼のハーガスコフ師団部隊が片翼包囲に移ると、ロンバルト公軍団は止むを得ず撤退を開始した。兵力不足のハーガスコフ師団はロンバルト公軍団を完全に包囲できず主力の脱出を許し、また追撃も出来なかった。


 脱出に成功したロンバルト公と麾下部隊は脱出の際、泥濘にハマった重装備や輜重を放棄せざるを得ず、ルビニツァへの再攻撃が不可能となった。


 この日を境にアルグシア軍の限定攻勢は下火となり、攻勢開始から7日目に作戦を中止した。


 限定攻勢全体の勝敗を見た時、アルグシア軍は多少戦線を押し上げ、占領地を拡大した。しかし、戦略的要衝や有望都市に優良農地、産業拠点の確保はできず、投じた戦費や物資、費やした犠牲に見合った“事業成果”は上げられなかったといえよう。

 それでも、占領地域の拡大と多数のカロルレン将兵を殺傷したことで、『勝利』を宣言した。


 逆に、カロルレン側もまた、多少の領土を失ったものの、重要な場所は何一つ失わずアルグシア軍に大きな損耗を強いたこと、ルビニツァを守り切ったことなどから『勝利』を発表した。


 ともかく、七日間の『茶番』にケリがついた。聖王教会教皇庁が仲介役となり、両軍は一時休戦を公式発表、停戦講和会議開催の合意宣言を出した。


        〇


 ラインハルトの中隊はまたもや全滅に近い有様だった。

 中隊砲兵は砲二門と7名しか残っていない(うち5人は負傷者)。擲弾兵も負傷者込みで生き残りは12名のみ。中隊本部要員その他も両手の指の数より少ない。

 必要だったとはいえ、橋付近の街区を丸焼きにしたラインハルト自身は、戦功とその問題行為の相殺で表彰も処分もなかった。


 中隊の残余は橋近辺の焼け残った家屋に駐屯し、スライム皮革製の防水布を張って雨を避けている。

 ラインハルトは部屋の一室で報告書“など”を書いていた。時折顔を上げては、焼けた街区が雨に打たれる様をぼんやりと眺めていた。


「どうぞ、中尉殿」

 尊崇と親愛をたらふく含んだ声音と共に、エーデルガルトがラインハルトへ軍用カップを差し出す。

「ありがとう」

 ラインハルトはカップを受け取って口に運ぶ。ハーブの香りと花蜜の甘味、快い熱さが疲れ切った心身に染み入る。


 エーデルガルトはラインハルトの隣に腰を下ろし、窓、というか焼け落ちた開口部から外を見て言った。

「此度の戦い、我が軍も敵も『勝った』と言っているそうです」


「こんなところでの勝敗に意味はないさ」

 ラインハルトはカップを机に置いて、大きく息を吐く。

「どうせ次の“嵐”が来る」


「停戦講和会議が開かれるんでしょう? 戦争は終わるのでは?」

「終わることは終わるだろう。次の戦争を準備するために時間が必要だからな」


 倦んだ顔で告げ、ラインハルトはそれきり黙ってお茶を飲む。エーデルガルトもその沈黙を受け入れた。まだ10代の2人はこの一年半の凄惨な出来事に“答え”を持たない。




 カップが空になり、エーデルガルトは腰を上げて机上の報告書などを一瞥し、

「……あまり根を詰めないでくださいね。中尉殿」

 ラインハルトにいたわりの言葉をかけて退室した。


 お見通しか。二期先輩の名家御令嬢は伊達じゃないな。ラインハルトは報告書の下に隠した書類束を取り出す。


 それは書きかけの手紙の束だ。

 一番上の手紙は、同い年の運転兵の家族に宛てて書いたものだった。


『尊敬するメニショフ氏へ。御子息は国王陛下と王国の勇士として最後の義務を果たしました。御子息は』


 そこから先は記されていない。他の手紙も似たようなものだった。手紙の束を見おろし、

 ――俺がこいつらの何を知ってるっていうんだ。

 ラインハルトは大きく息を吐き、表を見る。


 いつの間にか雨は止み、空を覆う鈍色の雲が幾重にも避け、陽光が差し込んでいた。


        〇


 アルグシア軍の限定攻勢が終わりを迎え、停戦講和会議の開催宣言がされた翌日。

 カロルレン国内はちょっとした虚脱感に満ちていた。


 戦争期間はたった一年と少し。しかしながら前年の大災禍とそれに伴う不況から突入した国家総力戦は、カロルレン王国に想像を絶する疲労と疲弊と困苦と貧苦をもたらしていた。


 国家滅亡は避けられたが、国土は一部を奪われたまま。

 国家経済は破綻し、あらゆる物資が足りない。

 老若男女を問わぬ十数万人の犠牲とその数倍の国内難民と経済破綻者達。

 民の王侯貴顕に対する憤慨と不満と不審。諸侯の王家と王国中央に対する不満と不信。持つ者と持たぬ者の深刻な対立。


 カロルレン国内で多くの不和が芽吹き始めている。

 戦災が止んだカロルレンは、これからその途方もない傷と痛みに苦しむことになるだろう。


 もっとも……この残酷な痛みに苦しむのは、カロルレンだけではない。

 国土を戦場にされたヴァンデリック侯国も、同じく多大な犠牲を払ったアルグシア連邦も、少なくない将兵を失った聖冠連合帝国も、やはり痛みと向き合わなければならなかった。


 これらの苦痛と苦悩をいかに和らげるか、如何に抑え込むか。あるいは、癒す手段や方法を手に入れられるか否か。


 全ては講和会議に掛かっていた。

グダりつつあるので、ちょっと巻いて次で16章を終わらせます。申し訳ない。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  チャリオッツでタンクの真似すると悲惨な目に合う事が良く解った。 何処かがキャタピラーの開発を手掛けるかな? [気になる点]  既に金属薬莢を開発し始めているから機関銃関連が白獅子の独占市…
[一言] ラインハルトのナポレオン化が止まらない
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