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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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206/336

16:7

お待たせ申した。

大陸共通暦1771年:晩春

大陸西方メーヴラント:アルグシア連邦:連邦首都ボーヘンヴュッセル

―――――――――――――

 地球政治史に並ぶ名前の大半は男性である。

 しかし、女性の介在しない政治など存在しない。


 カロルレン王国が密やかに送り込んだ使節団、その代表はコーゼル=カロルレン公爵だ。彼が代表に選ばれたのは、現国王ハインリヒ4世の従兄弟であり、野心その他が無い『安全な』人物だったからにすぎない。能力的には『人畜無害』以外の評価がない人物である。


 であるから、カロルレン王国密使団には真のボスがいる。

 カロルレン国王第一公認愛人イレーナ・リーザ女男爵だ。


 国王夫妻その他の信任厚いイレーナ・リーザ女男爵は表向き密使団の随行女官まとめ役だが、その実は密使団のブレーンだった。

 なお、妖艶なる姥桜イレーナ・リーザを始め、随行女官達は必要ならば、アルグシアや他国外交官と臥所を共にすることを命じられていた。この命令に涙した女官が居なかったわけではないことを、ここに記しておく。


 ともかく、イレーナ・リーザと女官達は方々に接触を図り、情報を集め、外交工作に励んでいた。


 そうして、コーゼル卿がアルグシア諸王達の秘密会議で事実上の軍事行動通告を一方的に宣言された時と同じ頃、イレーナ・リーザは情報を手に入れた。

 特大の爆弾、サンローラン協定の予備案情報を。


 その内容はメーヴラント諸国と北方イストリアがカロルレンを滅ぼし、メーヴラントを再編することで意思統一されていた。時間をかけて段階的にカロルレンを征服、最終的にアルグシアと聖冠連合帝国が国土を二分し、ベルネシアとイストリアとクレテアがそこへ資本投下して利益を貪るという計画に、イレーナ・リーザは震え上がる。


 無理もない。その文書の一字一句にカロルレンの息の根を必ず止めるという意思が宿っている。さらに言えば、此度の戦争は従来の領土争奪戦や権益抗争ではなく、本当の意味で国家存亡を賭したものだと証明されたのだ。

 

 第二軍救援作戦で奔走したイレーナ・リーザは、理解してしまう。

 この予備案が実施されたら、カロルレンには抗う術がないことを。何より、この段階的征服案を前提とした此度の停戦講和を甘受しなければ、困窮極まるカロルレンは自壊してしまうことを。


 祖国の滅亡。

 その光景が脳裏をよぎり、イレーナ・リーザは名状しがたいほどの恐怖と絶望に襲われ、視界が真っ暗になっていく。

 同時に、優れた政治動物であるイレーナ・リーザは、この情報を密使団の面々に明かせないことも理解した。


 なんせ、密使団の面々は軍事行動通告を突き付けられたことで激昂し、

『ここに至ってはたとえ王国臣民全てが死に絶えることになろうとも、卑劣なる侵略者共に徹底抗戦するのだっ!』

 逆上した小鬼猿同然の有様だ。どうしようもない。


 こんな単細胞な連中にサンローラン協定の秘密文書の内容を明かしたら、即時攻勢開始を訴えかねない。もはや拳骨を振り回してどうにかなる次元ではないというのに。


 苦悩と共に熟慮した末、イレーナ・リーザは密使団代表コーゼル卿と随行員オラフ・ドランを部屋に呼ぶ。

 前者はともかく後者を呼んだ理由は、第二軍救援作戦で見せた手腕と此度の密使派遣で法王庁から非軍事的ながら援助と支援を確約させた実績、加えて、ベルネシア特使と個人的所縁があるからだ。

 そして、人払いをしたうえで、サンローラン協定の内容を2人へ明かした。


 コーゼル卿は文書に目を通した後、白目を剥いて卒倒した。


 ドランは深々と嘆息を吐いた。

 ヴィルミーナとの会談で予備案の存在を聞かされていた。諸外国がカロルレンを滅ぼし、メーヴラントを再編することで意思統一していることを知っていた。この停戦講和がそのカロルレン滅亡を武力ではなく、経済侵略と謀略手法に切り替え、中長期的かつ段階的にカロルレンを滅ぼすためと知っていた。

 それでも、いざこうして現物を目にすると、その凶悪な冷酷さに言葉も出ない。


 ドランは自分がその現場担当者として動くことを承諾していた。カロルレンに与しながら、カロルレンを滅ぼすために動く裏切り者になることを。


 ノエミ・オルコフ女男爵やマキラの人々は自分をどう思うだろうか。いや、イレーナ・リーザの反応を見れば、答えは明白だ。彼らを助け、救い、守るためだとしても、決して許してくれないだろう。事や道義の正否ではない。感情が受け入れられないはずだ。


 同時に、強く理解し、納得する。

 段階的征服案とヴィルミーナの予期している革命が発生する可能性。自分が“役割”を果たさねば、恐ろしい事態になることを。


 なんて皮肉なことだろう。愛する人々と大事な場所を守りたいのに、そうあらんとすればするほど、彼らを裏切ることになるなんて。それでも、他に選択肢がない。

 やり遂げるしかない。

 

 この時、イレーナ・リーザは顔を真っ青にしたドランの内心を完全に誤解した。ドランの蒼白振りからサンローラン協定の真実を知らなかったと判断した。

 ゆえに、イレーナ・リーザは問う。ドランが潜在的裏切り者とは知らずに。

「ドラン殿。我が国を救う術はありませんか?」

 どこか縋るような響きがこもっていた。


 ドランは大きく長く深呼吸し、

「あくまで私案で良ければ」

 イレーナ・リーザの首肯と共に、ドランは話を始める。


「現状では女男爵閣下の危惧される段階的征服案に抵抗する術はありません。カロルレンの国家経済は破綻しており、民衆も地方諸侯も窮乏と貧苦から国へ不審を抱いていますから。経済侵略や離間工作を防ぎようがない」


 コンサルタントがクライアントに語るような調子で残酷な現実を指摘され、イレーナ・リーザは大きく項垂れる。妖艶さは失われ、花を散らして萎れた姥桜のように。


「なので、今は現状の解決を図りましょう」

 ドランの続けた言葉にイレーナ・リーザが顔を上げた。

「現状の、解決?」


「はい、閣下。この予備案は長期計画です。長期的計画は常に情勢の変化や時々の事情変化に晒されます。将来的に打開策や解決策が見つかるかもしれません。ですが、アルグシアが企図している軍事行動で、もしもカロルレンが打倒されてしまえば、そこで終わりです。ゆえに、まずはアルグシアの軍事行動を撤回させるか、あるいは、撃退しなければなりません」


 ドランの長広舌を聞き、イレーナ・リーザは顔を横に振る。

「しかし、我が国にはもはや戦う力など」


「手はあります」

 ドランは悄然としているイレーナ・リーザの傍に寄り、営業で商材を売り込むように語る。

「此度の停戦講和事前交渉が催されたのは、諸外国が予備案移行を内定させ、カロルレンを段階的、中長期的に締め上げていくことを前提に話がまとまったということ。つまり、現段階でカロルレンがアルグシアに滅ぼされては、諸国の都合が悪いのです」


「でも、アルグシアは可能なら我が国を武力で打ち倒そうとしているわ」

「アルグシアは関係ありません。大事なのは諸外国です」

 ドランは新米丁稚に説くように告げる。

「カロルレンに生き延びて欲しい国に助力を求めましょう。特に、アルグシアの拡大を快く思わない国に」


 イレーナ・リーザは顔を強張らせた。

「まさか、聖冠連合に? 奴らとて我が国を侵略する敵ですよ?」


「メーヴラントでは昨日の敵を今日の友としてきたではありませんか」

 ドランは微笑を湛える。どこか皮肉な笑みを。


 口元に手を当てて考え込むイレーナ・リーザへ、ドランは一押しを加える。

「おそらく、停戦講和の本会議ではカロルレンに不利な通商条約や貿易協定、市場開放などを要求されるでしょう。これは甘受するしかありません。将来的な危険性があっても、外国から資本を受け入れなければ、カロルレンは経済的に滅亡してしまう。ただし、これは同時に保険にもなりえます」


「保険?」

 訝るイレーナ・リーザへ、ドランは言った。

「我が母国ベルネシアや母国の同盟国イストリアは自国権益を守るためならば、軍事介入を厭わない国です。段階的征服の過程で聖冠連合やアルグシアが両国の現地権益を強奪、没収するような事態になれば、彼らは必ず足並みを乱します。上手く立ち回れば、カロルレンの味方に引き込むことが出来るかもしれません」

 

 ドランの提案した戦略は、イレーナ・リーザにもよく分かる。国王の第一公認愛人として宮中で難しい立ち回りをこなしてきたのだから。まず敵を仲違いさせろ。敵の敵を味方に引き込め。

「話は分かりました。ですが、聖冠連合帝国は我が国の征服を試みている敵。助力を乞えば、どのような無理難題を要求してくるか……」


「女男爵閣下。聖王教会に仲介を頼みましょう。それと、ヒルデンやヴァンデリックにも」

「聖王教会は分かりますが……ヒルデンやヴァンデリック?」

「彼の地は山深い僻地で、モンスターや天然素材が豊富です。カロルレンの練達な冒険者を派遣することで、ヒルデンは中央域との空運交易に加え、魔導素材資源地域になります。また、戦後賠償を要求するヴァンデリックには復興労働者の派遣を打診しましょう。問題が無いとは言いませんが、無視できない提案のはずです」


 ドランは右手を上げ、ぐっと握りこむ。

「跪いて助けを乞うのではなく、交渉で助力をもぎ取るのです」


 オラフ・ドランはカロルレンに埋伏した裏切り者だ。

 ただし、彼は誠実な裏切り者だった。少なくとも“その時”が訪れるまで、彼は愛すべき人達と大事な場所を守るために、至誠を尽くす覚悟を決めていた。

 そして、それはヴィルミーナの要求にも適う。


 地獄への道は美しき善意や良心で舗装されている。もちろん、誠意でも。


          〇


 南の空へ日が昇りつつある午前中の連邦議会堂前操車場。


 馬車から降り立ったヴィルミーナが御供と共に階段を登って連邦議会堂正面玄関に向かうと、聖冠連合帝国外務官メッテルハイムがニヤケ面でヴィルミーナを出迎えた。


「おはようございます、ヴィルミーナ様。本日も実にお麗しい」

 上衣がサックコートの焦茶基調の三つ揃え。襟元には青いベルベットのクラバットが巻かれている。上位の胸元に飾られた美しいブローチが伊達男らしい御洒落ポイント。


 明け透けなお世辞に対し、ヴィルミーナは鼻を鳴らす。

「おはようございます、メッテルハイム卿。そちらこそ今日も見事な伊達男ぶりですこと」


 ささっとジャブを打ち合った後、メッテルハイムはきざったらしく前髪を掻き上げ、演技的にヴィルミーナと共に歩み始めた。

「昨日、カロルレン密使団から優艶な御婦人と若いベルネシア紳士が訪ねてきましてね。てっきり床に額をこすりつけて慈悲を乞うかと思えば、堂々と商談を披露しました。しかも、寝言の類ではなく検討に値するものでしたよ」


 メッテルハイムはそのニヤケ面を引き締め、ヴィルミーナの整った横顔を睨みつける。

「東端ド辺境にも耳聡く知恵ある人々がいるようです」

 意訳:ありゃオメーの差しがねか? こっちに勘定書きを寄こしたんちゃうんかコラ。


「一つお尋ねしたい。カロルレンの提案で我々の絵図に変更が?」

 ヴィルミーナは涼しげな顔で問う。


「その必要はありません。予備案を把握されたようですが、先方はこちらの絵図に乗るようです」

 苦虫を嚙み潰したような顔でメッテルハイムが答える。


 ドラン君が漏らしたとすれば、先立ってのコーゼル卿の反応がおかしい。腹芸が出来るおっさんでも無し、別筋やな。まぁいい。絵図に乗るっちゅうんは、将来的に枯死させられるとしても、目先の危機を乗り越えられにゃあ滅ぶ現実を受け止めたってことや。大いに結構。妄想に逃げなかったなら話が通じる。

 ヴィルミーナは小さく首肯し、言った。

「今日の会議はアルグシアに予備案移行を確約させるだけで良さそうね。本会議開催の細かい条件の擦り合わせは一任しても?」


「まあ、その辺は勘定書きを持つ者として請け負いますが」

 メッテルハイムは期待した回答では無いことに眉を下げつつも了承する。

「しかし、よろしいので? 白髭王(バルバブランツァ)や他のお歴々に“お返し”しなくて」


「あの手の人達は下手に絡んでも喜ばせるだけですから。粛々とやることを片付けてしまった方が良い」

 スン、とした面持ちでヴィルミーナは突き放した見解を告げた。


 おやおや。メッテルハイムは下げていた眉を楽しげに上げ、ニヤケ顔を作る。どうやら思った以上に反感を抱いていらっしゃる。これは聖冠連合(ウチ)に取り込むチャンスかな? いや、ソルニオル事変の件もある。この劇薬染みた御嬢様とは適切な距離感が必要だ。


「そうですな。粛々と為すべきこと為しましょう」

 メッテルハイムはパシンと柏手を打ち、口端をさらに吊り上げた。

「そのうえで、高みの見物と洒落込みましょうか」


 数時間ほど遡らせて頂こう。


 揺れ軋む執務机の鳴き声。肉のぶつかる音と卑猥な水音。侍女の微かな喘ぎと白髭王の唸り声。朝日の差し込むブローレン王家首都屋敷の重厚で豪勢な執務室に、交わいの音色が響く。


 執務机に両手をついている若い侍女が、恥辱と肉悦に顔を赤く染めながらお仕着せの襟を強く噛み、喉奥から溢れる喘ぎを堪えていた。


 ズボンと下着を足首まで落としたブローレン王国白髭王は、剥き出しにした侍女の細い腰を掴んで自身の腰を何度も激しく打ちつけ、強く突き上げる。口元からは野獣のような唸り声がこぼれていた。


 侍女の顔立ちがヴィルミーナに多少似ている辺り、白髭王の業深い獣欲が窺えよう。


 ともかく、老いてなお盛んなブローレン王国白髭王は朝食後の荒々しい小運動を済ませると、野良犬を蹴り出すように若い侍女を執務室から追い払う。執務机の引き出しからグラスと蒸留酒、葉巻を用意して一服を始める。


 白髭王は葉巻をくゆらせ、強い酒精で喉を焼きながら興奮の抜けていく倦怠感を味わい、本日の秘密会議について検討する。


 聖冠連合帝国、カロルレン、ベルネシア、イストリア、クレテア。小賢しく飛び回っている諸国はいずれも予備案移行と停戦講和を求めている。


 実のところ、白髭王もその意見に反対はない。だが、諸国と白髭王のブローレン王国を中核とする東部閥とは目指すべき到達点に決定的な隔たりがある。


 諸国はカロルレンの国富を毟り取り、吸い上げて衰弱死させる気だった。

 白髭王と東部閥は違う。自分達がカロルレンの一切合財を掌握する気だった。


 アルグシアをより良くするために。


 神聖レムス崩壊と9年戦争はアルグスの地を凌辱し、蹂躙し尽くした。筆舌に尽くしがたい惨禍から少しでも早く立ち直るべく、旧神聖レムス諸侯の独立権益を許容して起こしたのが現連邦体制だった。


 先人達の選択は理解できる。

 周辺諸国が『共食い民族』と嘲罵するほど残酷無残な有様だったのだ。多少の不都合に目を瞑ってでも、まず立て直しを優先しても仕方ない。ベルネス人にアルグス西端の地を奪われたことに耐え、神聖レムスを見捨てたシューレスヴェルヒ家とカロルレン家が素知らぬ顔で“自国”を繁栄させる様に憤りながら。


 だが、時代は変わった。


 周辺諸国はいずれも中央集権挙国体制を確立している。聖冠連合帝国もクレテアも諸侯の独自権限が大幅に削られ、君主と国家へ服従している。ベルネシアとイストリアに至っては貴族が完全に王家と国家へ従属していた。此度の戦争を見れば分かるように旧弊的なカロルレン王国でさえ、挙国一致体制で国家存亡の戦争に臨んでいる。


 我々(アルグス)だけが不完全だ。


 白髭王はヴィルミーナやメッテルハイムと接して理解した。イストリアの外交官バンカーハイドと接して確信した。

 聖冠連合帝国は当然として、ベルネシアとイストリアはアルグシアの列強入りを認めない。外洋進出を許さない。外洋進出を志した瞬間、まずベルネシアが経済戦で揺さぶりをかけてくるだろう。次いで、イストリアが物理的に北洋進出を抑えにかかるはずだ。陸戦で打開を試みれば、おそらくクレテアと聖冠連合が敵に回る。


 メーヴラント諸国は東メーヴラントを手近な市場とし、アルグシアを都合のよい家畜にしようとしている。カロルレン征服はアルグシアを肥え太らせるための餌に過ぎない。


 そうはさせん。


 奴らと対峙するためには、アルグシアは数の結束や結集ではなく、堅き一枚岩にならねばならない。有象無象が雁首並べて喚き散らす連邦議会制度など無駄も甚だしい。


 絶対王制。アルグシアは一人の王の下、一つの国家として生まれ変わらねばならない。


 新たなアルグシアの中核足りえる国家は?

 金勘定ばかりに精を出すメイファーバー? 惰弱すぎる。ありえない。領土泥棒のベルネシアに懐柔されたハイデルンは論外。ヴァイクゼンは近視眼的過ぎる。大望がない。


 白髭王は蒸留酒を大きく呷る。

 我がブローレンだけが真にアルグスの未来を憂い、アルグスの未来を見据えておる。


 絶望的混乱の時代、同胞に刃を向けてでもブローレンの拡大を志した父祖は正しかった。惜しむらくはその信念を押し通せなかったことだ。押し通す力が足りなかった。

 余は違う。余のブローレン王国は違うぞ、我が父祖よ。

「アルグスは生まれ変わる。ブローレンによって」


 そのためにもカロルレンを征服し、東部閥領を拡大しなければならない。他地域閥や他国に利権を分けてやっても問題ない。現地を物理的に確保していれば、“いざという時”、開発された地域や現地に投下された資本を“実力で”接収/没収することも出来る。


 諸国よ、好きなように絵図を描くが良い。しかし、完成した絵画を手にするのはアルグスだ。


 白髭王はとっくに腹を括っていた。それも、自身の権勢欲や野心ではなく、民族主義的信念によって。

 白髭王の信念と計画は彼個人のものではない。

 強きアルグス人国家を目指す者達の総意である。

 アルグシアが世界の列強たらんと希求する者達の夢である。

 神聖レムス崩壊や9年戦争の辛酸を二度と味わうものかと決意する者達の覚悟である。

 邪な欲望ではなく、純粋な夢と理想と強い信念が彼らを突き動かしている。


 半分ほどまで短くなった葉巻を灰皿に押し付けて揉み消し、白髭王は腰を上げた。

 いざゆかん。連邦議会堂へ。

 強きアルグス人国家を築くために。


       〇


 外交のテーブルに着くことのないベルネシア特使配偶者レーヴレヒトが何をしているかといえば、別筋の外交をしていた。


 たとえばの話。外交官の旦那が相手方の外交官と交渉やらなんやらをしている間、外交官の妻は何をしているだろうか。観光など遊んでいるだけ? まあ、そういう人も確かにいる(マジで、だ)。

 大抵の外交官の妻は相手方や地元有力者の妻子、在地邦人などと交流して情報を集め、独自の非公式な人脈を作っている。

 政治の世界は男の占有物ではないのだ。


 そんなわけで、特使配偶者レーヴレヒトは茶会やらなんやらへ積極的に参加し、アルグシア貴顕の妻子と交流していた。

 ヴィルミーナが会議に向かったこの日、とある茶会へ向かうレーヴレヒトがぼやく。

「……もう帰りたい。森を散策したい。狩りに行きたい。なんなら戦場にいっても良い」


 優男な外見とは裏腹に性根が野生児のレーヴレヒトは、こういう華やかな社交が性に合わなかった。実際、ソルニオル事変の陰惨な非合法作戦に従事していた時の方が、よほど活き活きとしていた。


「綺麗どころとお茶するだけだろ? 気楽にやれよ」

 護衛を担う特殊猟兵の戦友が苦笑い。


「アルグシア貴婦人の面倒臭さを知らないから、そんなことが言えるんだ」

 レーヴレヒトは溜息をこぼした。


 交流するアルグシア貴婦人から『あら、殿方のレーヴレヒト様が妻役を演じてらっしゃるのね』と耳に痛い指摘を幾度も聞かされている。


 まあ、このくらいならレーヴレヒトも気にしない。言われていることは事実だし、似たようなことはベルネシアでもよく言われている。そもそも戦友達からして『逆玉』や『レヴが奥方だな』とからかう始末。


 一つ言っておこう。

 レーヴレヒトは自身が他人に笑われても怒らずその場から立ち去れる気質だが、愛妻ヴィルミーナや家族、苦楽を共にした戦友達を侮辱された場合、特殊猟兵“特期”の実力を即座に、容赦なく発揮する。


 ゆえに、周囲も節度を弁えていた。からかうことはしても、決して貶めないし、侮辱しない。特殊猟兵の首狩り人を怒らせて良いことなど何もないし、何より恐るべきヴィルミーナの身内を侮辱するバカはベルネシアにいなかった。


 そう、ベルネシアにバカは居ない。

 だが、アルグシアにはバカが居た。


 入国初日の歓迎夜会にて、それは起きた。アルグシアのボンクラ貴族がレーヴレヒトの前でヴィルミーナを侮辱した際、レーヴレヒトはすぐさまそのアホに決闘を申し込み、宮城中庭で両腕をへし折り、鼻を潰し、顎を砕いた。剣も銃も魔導術も使わず素手で。


 その夜のうちに、慌てて謝罪にやってきたカレンハイム侯とアルグシア連邦高官へ、ヴィルミーナは“優しく”微笑んだ。

 ――ちょっとじゃれ合っただけでしょう? そうお気になさらなくて結構。でもまぁ、ああいうじゃれ合いは事故が起こりがちですからね。次も無事に済むとは限りませんし、その辺りは気を付けて欲しいかしら。

 意訳:次はぶっ殺すぞ。


 以来、アルグシア貴族はレーヴレヒトに喧嘩を売らない。

 が、この程度でイモを引くようでは『共食いの蛮族』などと誹られたりしない。アルグシア貴婦人達はチキンランを挑むようにレーヴレヒトをからかい、夫や護衛達を冷や冷やさせている。レーヴレヒトが『おうち帰りたい』とぼやくのも無理からぬことだった。


「今日の茶会にゃあ、例の高等外務官殿の妻子とハイデルン王国王妃様と、リュッヒ伯? とかいうベルネシア通の妻子も出席するそうだ。つまり、親ベルネシア派だから多少は楽だろうよ」

 戦友の慰めに、レーヴレヒトは再び溜息を吐いて我が身の不幸をぼやく。

「さっさと帰りたい」


 小一時間後、レーヴレヒトはぼやく暇すら持てなくなった。

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[一言] レヴ君頑張れw
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