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間隔が開いて申し訳ない。文章量も多め。重ね重ね申し訳ない。
レーヴレヒト・デア・レンデルバッハ=クライフは王妹大公令嬢の婿であり、クライフ伯家の養子であり、ゼーロウ男爵家の次男坊であり、陸軍中尉であり、特殊猟兵である。
涼しげな双眸が特徴的な美青年ながら、その実はベルネシア軍屈指の首狩り人だ。他人を野菜のように切り刻める病質者だ。クソ地獄でクソ任務を果たして生還するクソッタレのプロだ。
そんなレーヴレヒトが仮想敵国アルグシア連邦を訪ねていながら、ヴィルミーナのオマケとしてのんべんだらりと過ごすわけもなく。
自分が見聞きにしたものは全て詳細にノートへ書き記しているし、入国時に飛空艦から観測した地勢や方々への挨拶巡りで町並みなどの写景図を記録していた。それに、アルグシア連邦内の詳細な地図や地勢図の入手を図り、軍の基地や拠点、兵力配置などの情報も探っている。
自身の仕事をしているレーヴレヒトへ、ベッドの上に寝転ぶヴィルミーナが言った。
「奥さんが仕事で忙しくしているのに、夫は随分と楽しそうに“遊んで”ることで」
「酷いな」
テーブルでノートに本日分の記録を書きこんでいたレーヴレヒトは、手を止めて眉根を寄せた。如何に愛するヴィルミーナといえど、流石に自分の仕事を“遊び”と評されてはムッとする。
「あら。てっきりアルグシアの情報機関とじゃれ合ってるのかと思ったわ」
それでもヴィルミーナは毒舌を止めない。どこか苛立ちを滲ませながら。
その様子にレーヴレヒトは片眉を上げた。ヴィルミーナがレーヴレヒトに甘えることは珍しくもないが、“こういう甘え方”は久しくなかった。作業を中断して立ち上がり、ベッドに腰を下ろす。次いで、寝転がっているヴィルミーナの頭を優しく撫でた。
「どうした? 何か問題が起きた?」
「問題? 問題だらけよ」
ヴィルミーナは呻くように言った。
人間は誰もが自身の都合で動く。その行動を最善と信じている限り、何者にも憚ることはない。
あれやこれやと動いていたのは、ヴィルミーナだけではなかった。
イストリアもクレテアも聖冠連合もカロルレンもアルグシア諸派閥も暗躍している。ヒルデンもヴァンデリックもソープミュンデも、自分達のために知恵を巡らせ、足を動かし、汗を流していた。
イストリアはカロルレンにソープミュンデ密貿易の拡大を唆し、さらに金を毟り取ろうと画策していた。流石の強欲振りであろう。
聖冠連合はヒルデン経由の『東』空路貿易を地中海貿易に連結させるべく、クレテアとベルネシアへ商談を持ちかけていた。また、アルグシア東部閥にヴァンデリック経由の交易ルート確立を打診し、南部閥との離間を謀っている。
クレテアはクレテアで国境の近いアルグシア南部閥や西部閥に接触し、自国の影響を強めようと動いている。
カロルレンは少しでも有利な講和条件を引き出そうと死に物狂いだった。その中で、オラフ・ドランは聖王教会に渡りをつけ、教会を通じて食料や医薬品をカロルレンへ調達すべく奮闘していた。
戦争で利益を得ている者達、戦争が長引くほど実りが多くなる者達は、戦争継続を謀っていた。
たとえば、ソープミュンデは停戦講和の成立で密輸の戦争特需が終わることを望まなかった。
戦火で首都を破壊されたヴァンデリック侯国は戦争を継続させ、聖冠連合帝国から更なる援助を引き出そうと目論んでいた。
聖冠連合とアルグシアの軍需産業は戦争がもっと続いて欲しかった。
ベルネシアとクレテアとイストリアの経済界も景気刺激として東メーヴラント戦争を歓迎していた。
誰もが自身の行動を最善の選択と信じ、あるいは、最善へ進む選択と信じていた。
「まあ、それ自体は構わない。そういうてんでバラバラな意見を集めて妥協点を探り合うのが、今回の目的だしね」
レーヴレヒトに髪を撫でられながら、ヴィルミーナはため息混じりに言った。
「肝心のアルグシア連邦がそのことを理解してないのよ」
諸外国が互いの主張と目的を表に裏に披露し、先方と協調可能な部分と対立必須な部分などを探り合う中、ヴィルミーナは計画通りに事を進めた。イストリアとクレテアを抱き込み、聖冠連合と話をまとめ、カロルレンと説き伏せ、予備案移行の根回しの下書きを作り上げている。
ところが、肝心のアルグシア連邦が内輪揉めをし続け、一向にまとまらない。アルグシア諸派閥は互いに互いの足を引っ張り合い、我を押し通そうとするだけ。連邦政府はこうした動きをまとめられず、むしろ諸外国に干渉されまいと警戒する始末。
如何にヴィルミーナが口八丁手八丁の怪物であろうと、相手がまったく聞く耳を持たないのではどうにもならない。特使の限られた権限では、髪の毛を引っ付かんで無理やり話を聞かせる手法も取れない(不可能ではないが、アルグシアのためにそこまで骨を折ってやる気になれない)。
一応の議会制を取っているのだから、多数決で少数意見を圧殺してしまえば良い、と思われるかもしれない。
しかし、戦前日本やフランス第四共和政を見れば分かるように、多数決で強引に事を進めると、少数派が爆発するかもしれない。そもそも多数決は公平でも公正でもない。最大多数の同意という建前による、数的同調圧力の専制的決定手法にすぎない(だから人は多数派工作に勤しむわけだ)。
また、アルグシアは神聖レムス帝国崩壊や9年戦争というトラウマを抱えている。強引な決着を避けたいのだろう。ヴィルミーナもそうした事情は理解できる。ただし、理解できるからと言って、納得できるかと言えば……
「イストリアとクレテアの協力は得た。聖冠連合もこちらの提案に乗る。カロルレンも現王朝の存続と援助で講和に前向き。ここまで御膳立て“してやった”のよ? なのに、なのに」
ヴィルミーナはぷるぷると震え、
「あのバカ共ときたら、未だに戦争継続か停戦講和かで揉めてやがる……っ!」
ボスボスと憐れな枕を殴る。
「バカじゃないのバカじゃないのっ! 国際協調とかまるで頭にないのよっ! なんなのよっ! 私達の戦争の時、援助の判断を下した悪知恵を働かせなさいよっ!」
「他人の戦争と自分の戦争じゃ扱いが変わるよ」
レーヴレヒトはブーツを脱いでベッドに上がり、「おいで」とヴィルミーナを抱き寄せる。胸に顔を埋めたヴィルミーナの背中を優しく撫でながら、
「ヴィーナ。所詮、他国のことだ。君が必要以上に苦労することはないよ。ソルニオル事変の時のように国王陛下の勅命もないし、我が国の面子も関係ない。それに、この件のホストは聖冠連合とアルグシアだ」
少々意地悪く微笑んだ。
「君が勘定書きを取っては、帝国とアルグシアの面目に関わるんじゃないか?」
ヴィルミーナは目を瞬かせる。レーヴレヒトの言い分はすなわち『後のことは両国に押し付けてしまえ』だ。
たしかに、レーヴレヒトの言葉通り、ヴィルミーナがこの件を何が何でもまとめなければいけない道理は無い。話がまとまらないなら、『私でもどーにもなりませんでした、ごめーんね』で逃げてしまっても良いのだ。なんといっても、この戦争の主役は聖冠連合とアルグシアとカロルレンなのだから。
必要以上の責任を負う必要はない。荷台に乗り切らない貨物は捨ててしまえ。
無責任な気がしないでもないが、そもそも負うべき責任でもない。
ヴィルミーナは何となく気が楽になり、レーヴレヒトを抱きしめ返した。猫が甘えるように額を擦り付ける。
「さっきは意地悪言ってごめんね」
「構わないよ。“そういう甘え方”をされるのは俺だけの特権だ」
まさしく満点の回答。ヴィルミーナは口端を緩める。
「じゃ、このまま甘えさせてくれる?」
レーヴレヒトは返事代わりにヴィルミーナをこてんとベッドへ寝転がし、そのまま口づけした。
これもまた、満点の回答だった。
〇
鬱憤を晴らすかのように情熱的な夜を過ごした翌日。
その日、ヴィルミーナは連邦議事堂内の会議室で聖冠連合帝国外交官と会談する予定で、レーヴレヒトの勧め通り、“勘定書き”を聖冠連合帝国へ委ねるつもりだった。
当然ながら、聖冠連合帝国が“勘定書き”を受け取った場合、停戦講和を実現させるべく、頭に血が昇っているアルグシア連邦に“最後の一戦”を仕掛けさせるよう陰謀を巡らせるだろう。
既に停戦講和後の絵図を描いている聖冠連合帝国は、アルグシア単独でカロルレンを滅ぼすような事態を許容しないし、カロルレンに逆転勝ちをさせることも許さない。両国揃って消耗させる。それを可能とする手札と能力が、聖冠連合帝国にはあった。
アルグシアもカロルレンも大勢の命が失われるに違いない。が、ヴィルミーナの知ったことではない。むしろ、両国の衰弱と不安定化は好都合ですらあった。
ヴィルミーナがマルクと護衛や秘書達を伴って連邦議事堂正面玄関を潜り、予定の会議室へ向かっていく。正面玄関ロビーから会議室まで、ヴィルミーナの足で約5分。
そして――この時、連邦高等外務官シュタードラー子爵が連邦議事堂内を急いでいた。
ヴィルミーナの訪問以降、シュタードラーは寝食を忘れ、身を粉にして奮戦奮闘しており、この日、なんとか“状況”を整えることに成功していた。あとはヴィルミーナという劇薬を状況へ投入するだけだった。予定の約束は取りつけていなかったが、“そんなこと”に構っていられない。
とにかく、シュタードラーは階段を上がっていたヴィルミーナを捕まえることが出来た。
シュタードラー子爵は知らない。自分が今、まさにアルグシアの運命を左右したことを。ゆえに、彼はただ自分の果たすべき役割が叶うことに安堵した。
「ヴィルミーナ様、お待ちください。ああ、よかった」
「これはシュタードラー子爵様」
「急ぎのお話があります。お時間を頂けませんか?」
「これから聖冠連合の外交官と約束があるのですけれど」
「先方にはこちらから丁重にお詫びをさせて頂きます。なにとぞ」
難色を示すヴィルミーナへ、シュタードラー子爵はずいっと踏み込む。傍らに控えていた護衛達が双眸をすっと冷たくする。ヴィルミーナの護衛達は相手が他国高官であろうと無礼を働く者に容赦はしない。
ヴィルミーナは小さく手を振って護衛達の警戒を解き、フッと息を吐く。
「分かりました。シュタードラー様。御話を伺いましょう。エレナ。聖冠連合の外交官殿へ丁重にお詫び申し上げてきて」
「畏まりました」と秘書の一人が護衛の一人を伴って先方の許へ向かう。
「感謝します、ヴィルミーナ様」
シュタードラーは礼節に則って深く一礼した。
そんなこんなでヴィルミーナがシュタードラーに案内され、連邦議事堂の特別会議室に赴いてみれば――
東部閥首魁ブローレン王国国王。西部閥首領のハイデルン王国国王。南部閥ゴッドファーザーのヴァイクゼン王国国王。北部閥大親分のメイファーバー王国女王。それに連邦議長アウグスト2世。
ヴィルミーナは苦虫を口いっぱいに突っ込まれたような顔を浮かべる。一歩半後ろでマルクが『えぇ……』と困惑の呻き声を漏らしていた。
東部閥の首魁ブローレン国王はドイツ皇帝ヴィルヘルム一世のように豪勢な白髭の老人。顔立ちはクリストファー・ウォーケンを思わせる。
西部閥の首領ハイデルン国王はヴィルミーナと面識のあるフリーデリケ王妃の夫君で、筋骨たくましい偉丈夫。
南部閥の大頭目ヴァイクゼン国王はコワモテの筋肉質な壮年男性でピットブルみたいだ。国王というより突撃部隊の老下士官と言った方がしっくりくる。
北部閥の女親方メイファーバー国女王は、恰幅の良いふくよかで豪奢で豪華な初老女性だ。
この4人こそアルグシア連邦の最高権力者達だ。
事実、この4人の王達に比べたら、サンローラン国際会議で威厳に満ちていた連邦議長アウグスト2世も子会社の代表取締役程度に見えてくる。
日本で例えるなら、旧財閥系企業グループの代表がアウグスト2世。4人はグループ内中核企業のトップでしかも人事権や経営権を独立して保有するため、グループ代表から指図されない。扱いづらいにも程がある。
ちなみに、アルグシア連邦は先述4王国を筆頭格に大公国、公国、侯国、伯国、自治独立領に連邦直轄自由都市なんてのまである。まさに寄り合い所帯。神聖レムス帝国崩壊の混乱を一刻も早く解決しようと領邦独立権を認めたゆえの有様だ。なお、この件に関して『当時は最善を選んだつもりだったが、今は……』と偉い人達は苦い思いを抱いていたりする。
ヴィルミーナは特別会議室の卓にもう一つ席が用意されていることに気付き、渋面を濃くした。これはつまり、“そういうこと”だろう。
「皆様方は御自身の御立場と御稜威を御理解されておられます? この“悪戯”はあまりに気の毒ですよ」
ヴィルミーナの苦言に、アルグシアの王達は揃って悪党笑いを湛える。確信犯らしい。
……こいつら、外交をなんや思うとんねん。
そして、特別会議室の扉が再び開かれ、カロルレン王国密使が姿を見せた。
カロルレン王国密使コーゼル=カロルレン公爵は現カロルレン王ハインリヒ4世の従兄弟で、やや面長の中年男性で、緑を基調とした立派な礼装に身を包んでいる。
コーゼル=カロルレン公爵は室内の先客を一望し、絶句していた。顔から血の気が引き、みるみる蒼くなっていく。やはり何も知らずにつれてこられたようだ。
ヴィルミーナは思わず眉間を揉む。背後に控えたマルクが呟いた。
「気の毒に」
〇
ここで今一度、アルグシアの政治的情勢を振り返っておこう。
戦争継続を求める東部閥と停戦を求める西南北部閥。
数で言えば、言わずと後者が絶対有利なのだが、事はそう単純ではない。西南北部閥にも強硬論者、主戦論者、連邦主義者の過激派にタカ派。過激な民族主義者や国粋主義者を抱えていて、議会で多数決による停戦の強行採決を図れば、どんな面倒な事態が起きるか分からない。
日本でいうところの桜田門外の変や五・一五事件紛いの事態が起きるかもしれない。なんせ過激派というのは主義主張その他の種類を問わず、逆上したエテ公のように暴れるから始末に悪い。
ましてや戦況自体は優勢を保っていること、10万超の犠牲を払っていることも、過激派の鼻息を荒くしていた。たとえ、侵攻軍の兵站機構が破綻したまま回復できず、航空戦力の補充もままならない状況であったとしても、だ。
アルグシア連邦という国家は、神聖レムス帝国崩壊と9年戦争のトラウマを抱えており、国内の分裂分断だけは絶対に避けなければならなかった。ゆえに、国内情勢の不統一をなんとか軟着陸しようと足掻き、結果、情勢の混沌を収束出来なくなっている。自縄自縛だ。
事情で言えば、カロルレン王国だって似たようなものだ。
総力戦で国内経済はガッタガタ。食料や医薬品など物資不足で国民の困窮は限界。王国南西部と南部を占領されており、国内難民が生じている始末。軍はまだ第一軍集団と南部防衛軍という戦力を保有しているものの、その内実は将兵も装備も充足率が低く、戦力評価は褒められたものではない。
これだけの負担を国民に強いているのだ。占領地域の領土割譲は仕方ないにしても、このうえ賠償金負担を課したなら、間違いなく民の不満が爆発する。封建制の色濃いカロルレン王国の国民にとって、自分達の生活を守れない権力者など存在価値がない。
何より、対外戦争や外交の経験がほぼ皆無なカロルレン王国中央は、『負ける』ことで何が起きるか分からない、それが怖くて仕方ない。
まあ、カロルレンを滅ぼすことはメーヴラント諸国にとって確定事項。これは善悪ではない。必然性の問題だ。世界は正義ではなく、損得勘定と必要の有無で回る。
ヴィルミーナは気を取り直して、場のホストらしきアウグスト2世に問う。
「確認させていただきますが、この場はあくまで非公式と考えてよろしいですか?」
「当然だ」
虫歯の痛みを堪えるような顔でアウグスト2世は首肯し、続けた。
「先に断っておくが、我々とて求めるのは平和だ。この1年と少しで十分すぎるほど血が流れたからな」
然り然り、と頷く王達。
カロルレン密使のコーゼル=カロルレン公爵は反射的に血が沸騰しかけた。貴様らから戦争を吹っかけておいて……っ!
それでも、彼は拳を白くなるほど強く握りしめて耐える。ここで激発して売り言葉に買い言葉で戦争継続になっては目も当てられない。最低でも期限付き休戦を勝ち取らねば、祖国に明日は無く、自分達の未来も危うい。
コーゼル=カロルレン公爵は、自身が祖国の命運を握ってこの場にいることを強く理解していた。堪え難きを堪え、忍び難きを忍ばねばならないのだと。
「では、この場の全員が停戦講和を前提にしている、と見做しても構いませんか?」
さらりと告げられたヴィルミーナの問いに、コーゼル=カロルレン公爵は息を呑む。アウグスト2世は腕組みして瞑目し、西南北閥の王達が東部閥の王、ブローレンの白髭王に目線を向けた。
「はっきり言えば、儂は停戦講和など望んでおらぬ。後顧の憂いを断つべくカロルレン王国の命脈をここで断つべきと考えておる」
豪勢な口髭を弄りながら白髭王はカロルレン密使を嬲るように続けた。
「貴国が存続し続ける限り、アルグシア東部の安全保障に不安が残るゆえな」
「一方的な宣戦布告を寄こし、一方的に我が国の領土を侵犯したのは貴国ではないかっ!」
コーゼル=カロルレン公爵は決意をあっさり投げ出し、すぐさま声を荒げる。
「貴国が我ら連邦を相手に戦の準備をしていたことは複数筋から確認しておる。やられる前にやっただけよ」
しれっとうそぶく白髭王はヴィルミーナをじろりと睨みつけた。
「我らの判断はメーヴラント諸国の賛意を得ておる。そうだな、ベルネシア特使殿」
クソジジイ。こっちを弾除けにするなや。
ヴィルミーナは表情を隠すことなく不快そうに眉根を寄せつつ、首肯した。
「コーゼル卿には御不快を承知で申し上げますが、我々を非難するのは筋違いです。貴国はメーヴラント各国と同盟も軍事協定も結んでおられず、国交も無きに等しい。我々が貴国を味方する“理由がない”」
「いけしゃあしゃあと……っ!」
コーゼル=カロルレン公爵は心底憎々しくヴィルミーナを睨み据えつつも、大きく深呼吸する。こめかみで青筋が蠢いているが、努めて冷静さに告げた。
「……貴国らはこの戦を終わらせる意思があるから、我が国に密使の派遣を求めたのだろう。建設的な意見を求めたい」
「コーゼル卿の御意見には私も同感です」
ヴィルミーナは諸王へ目線を向け、煽るように言った。
「私も暇ではない。いつまでも他国で遊んでいる気はありません。いい加減、腰を定めて頂かないと困ります」
小娘の安い挑発だが、白髭王はムッとしたように眉間に深い皺を刻み、ピットブルみたいな南部閥のヴァイクゼン王も口元をへの字に曲げる。一方、西部閥ハイデルン王は冷笑を湛え、北部閥メイファーバー女王はふとましい肩を密やかに揺らす。
代表して、アウグスト2世は口を開く。
「……停戦講和の条件として、現占領地域の割譲。賠償金として連邦金貨で200万枚の一括支払い」
「200万枚の一括だとっ!?」
コーゼル=カロルレン公爵は目を剥いた。ヴィルミーナの背後でマルクも呻く。
連邦金貨で200万枚となると、現代日本円で約20兆円相当。国家経済が破綻状態のカロルレン王国に一括払いできる額ではない。
「賠償金に関しては200万枚相当の土地の提供でも可とする」とアウグスト2世。
驚愕するコーゼル=カロルレン公爵を余所に、ヴィルミーナは淡々と分析する。
あくまで土地が目的やろか。それとも、私らが賠償金の肩代わりすることを掴んどんのか。前者なら東部閥のごり押しやろな。後者ならアルグシア人にも”道理”を心得た人間がおるわ。
それにしても、20兆円かぁ。随分と吹っ掛けよる。この額の肩代わりは厳しいかもしれへん。絵図が狂うてまうわ。
「加えて、カロルレン軍の兵力制限及び、領土割譲後の新国境から2キロ以内を非武装地域とすること」
最後に、とアウグスト2世は苦虫を嚙み潰したような顔で告げた。
「現カロルレン国王の退位を要求する」
「ふざけるなっ!」
瞬間、額に青筋を浮かべたコーゼル=カロルレン公爵が怒声を張り上げた。
ヴィルミーナもこの要求には言葉を失っていた。背後でマルクが口をぽかんと開けている。
領土割譲と賠償金はまだ分かる。額は予想をはるかに上回るが、事前情報の枠から外れない。だが、軍備制限と現国王の退位は寝耳に水だった。通るわけのない要求を出す理由は2つ。
A:脅すように大きく吹っ掛けてから譲歩したように見せて本命の要求を開示。
B:殴り合いをするための挑発。
そして、白髭王の薄笑いと西南北の王達の表情を見るに、答えは……
私らが煽らんでも、こいつらもう一戦やる気満々やんけ。どういうことやこれ。
ヴィルミーナがそっと視線を壁際に控えるシュタードラー子爵へ向けると、シュタードラー子爵も顔面蒼白で硬直していた。どうやら、知らされていなかったらしい。今にも白目を剥いて卒倒しそうだった。
御国のために奔走してこの扱い。流石に同情するわ。
密やかに嘆息をこぼし、ヴィルミーナは同時に疑問を抱く。
つまり、アルグシアの内部統一がされたっちゅうことか? そんなネタ聞いとらんぞ。ひょっとして謀られたん? それとも、私が方々の連中と話をまとめとった間に何かあったか。で、それを私に一切知らせていないと。ふーん。ふぅーん……
バカにしとんのか。
ヴィルミーナは密やかに目を細めた。
人をこんなところまで引っ張り出しておいて、梯子外すような真似し腐りよって。
激昂してアウグスト2世や4王へ怒声を浴びせ続けているコーゼル=カロルレン公爵にも、ヴィルミーナは不快感を強める。
こいつもこいつで喚き散らしとる場合ちゃうやろ。これは事前交渉で講和会議の本通告ちゃうねんぞ。アルグシア連邦と条件交渉がお前の役目やろが。
ヴィルミーナは幾度目かとなる嘆息を吐いた。
なんかもう急速にどーでもよーなってきたわ。




