16:4
長めですが、分割するほどでもないので……御容赦ください
大陸共通暦1771年:晩春
大陸西方メーヴラント:アルグシア連邦カレンハイム侯国:首都ボーヘンヴュッセル
――――――――――
状況を整理してみよう。
ヴィルミーナのアルグシア連邦訪問に伴い、カロルレン王国密使が派遣された(アルグシアの要請もあったが)。
この状況に合わせ、関係諸国もアルグシアに人を送り込んでいた。聖冠連合帝国、イストリア連合王国、大クレテア王国の高官達だ。ヴィルミーナという要注意人物とベルネシア軍飛空艦が動かなければ、高官ではなく現場の人間で済んだかもしれない。
ともかく、こうしてアルグシア連邦“首都”ボーヘンヴュッセルには、各国の連絡外交員が集結していた。
彼らは積極的に会談し、会合を持ち、会議を開いた。
ヴィルミーナもベルネシア特使として、アルグシア連邦のお偉いさん方――連邦政府高官や連邦各領邦要人、カロルレン王国密使とその随行員、聖冠連合帝国使節団、イストリア連合王国使節団、クレテア王国使節団、それと聖王教会伝統派のお偉いさん。こうしたあちこちの何某と顔を合わせた。
卓上の戦い。舌鋒の剣戟。言葉の砲煙弾雨。
認識と意見のすり合わせを図り、譲歩や妥協の是非/可否を図り、説得や要請や取引や脅迫が繰り返され――
「疲れた……っ!」
連日の過密スケジュールに、ヴィルミーナはイライラが満タン。
ドレス姿のままカレンハイム侯国宮城の客室のベッドに飛び込み、じたばたじたばたと手足を振るう。中身ウン十歳のババアの感情表現方法として如何なものか。
ヴィルミーナはボスボスと枕をシバキ始める。
「どいつもこいつも協調性の欠片もないし、それどころか露骨に敵意とか反感とか向けてくる奴ばっかっ! なんなのよ、私が何したってのよっ!」
『どいつもこいつも』の実例を挙げよう。
――忌々しいベルネスの売女め。飛空艦なんぞで乗り込んで来よって。
ヴィルミーナを睨み据えながら毒づくこの男は、アルグシア連邦強硬派だ。
――銭ゲバのベルネス人め。今に見てろよ。
ヴィルミーナを凝視しながら呟くこの男はアルグシア連邦反ベルネシア派だ。
――相も変わらず小賢しい。
ヴィルミーナを遠めに窺いながら毒づくこの男は、大クレテア王国外務官僚。
――新婚なんだから大人しく子作りでもしてりゃあいいのに。
ヴィルミーナを横目にして鼻息をつくこの男は、聖冠連合帝国の外務官僚。
――出 た な 魔 女 め
ヴィルミーナを視界に捉えて嘆くこの男は、イストリア連合王国外務省参事官。
――侵略者共に与している輩が偉そうに。覚えておれ。
ヴィルミーナを盗み見ながら歯噛みするこの男は、カロルレン王国の密使。
――なーにあの胸。Eカップも無いじゃない。ハンッ!
ヴィルミーナ(Dカップ)を見てほくそ笑むこの女は、アルグシア連邦のとある公女様(Fカップ)。
とまあ、こんな調子でヴィルミーナは他国からも人気者だった。某小説投稿サイトのテンプレ系転生者達とは違った人気だけれども。
「ヴィーナは御役目を果たしてるだけなんだけどな」
レーヴレヒトが腰の装具ベルトを外しながら慰めると、ヴィルミーナは大きく大きく首肯した。
「そうっ! そうなのよ、レヴっ! 私は仕事をしているだけなのにっ! 一所懸命に働いてるだけなのにっ! むかつくむかつくむかつくっ!」
中身がウン十のババアであるがゆえに、ヴィルミーナはインターネットのコピペや批判的女性論で指摘されるような、感情や気分優先の非論理的心理構造の小娘共とは違う(というより、そんなザマでは一流企業の取締役に勝ち上がれない)。それでも、ただ共感と理解が欲しい時がある。あるのだ。確実にあるのだ。
ヴィルミーナはコテンと仰向けに転がり、レーヴレヒトへ向けて両腕を広げて抱擁を要求する。
「今すぐ甘えさせて。とにかく甘えさせて。砂糖と蜂蜜ダバダバな感じで甘えさせてっ!」
レーヴレヒトは上着を換えながら眉を下げる。
「これからマルク殿達と打ち合わせがあるんだ」
ヴィルミーナはレーヴレヒトへ枕を投げつけた。
そんなこんなで4日に渡って方々と話し合いを重ねた末、ヴィルミーナはカレンハイム侯宮城の一室を借り、特使使節団の皆と報告会を兼ねた会議を開く。
どこかから調達してきた長板――掲示板に、メーヴラントとアルグシアの概略地図、要人の似顔絵、あれやこれやのメモが貼られ、それぞれの関係性などが書き込まれている。たとえば、東部閥と南北西閥の間には剣が交差した『不仲マーク』とか。
各員の報告や意見開陳が行われた後、表情筋が巧みなうんざり顔をこさえるヴィルミーナが、特使使節団の面々に言った。
「どーにもならないわね」
ベルネシア使節団の面々が苦笑いをこぼす。
使節団の中心はヴィルミーナとレーヴレヒト、テレサとヘティとマルク、と20代前半の若者ばかりだが、同道した使節団員はベテラン外交官や王国府官僚ばかり。ま、当然の配慮だろう。
彼らもまた、この4日間、不統一なアルグシア連邦やそれぞれの思惑で動く諸勢力に振り回されていた。
「これは外堀から埋めていくしかないな」
ヴィルミーナは辟易顔で吐き捨てる。頬杖をついて掲示板を見つめながら続けた。
「まずイストリアとクレテアに根回しして共同歩調を図る。両国と連携したうえで、聖冠連合を巻き込んでカロルレンを説き伏せる。で、まとめた共通意見をアルグシアに突きつける」
誤解されがちだが、多数決とは決して『公正』ではない。“多い”は正義という真理に基づく専制決定手段に過ぎない。この場合、飛空艦コーニギン・ベルサリアを伴った多数派意見を飲ませるわけだ。
「イストリアとクレテアをどう抱き込みます?」と初老の王国府官僚。
「我々同様に利得でこの件に関わっている連中です。利得で抱き込みましょう」
ヴィルミーナは年長者に敬意を示しつつ、冷厳な目つきを湛える。
「何を謀るにせよ、本国の承認を受けて下さい。特使殿は全権委任ではありませんぞ」
外務官僚が慌てて釘を刺す。ヴィルミーナに好き放題やられては敵わない。一部の者達も外務官僚に同調し、ヴィルミーナに自制と自重を求める。強く求める。
彼らの言葉にヴィルミーナが機嫌を悪化させたところで、
「ヴィーナ。俺達にどんな悪さをさせたいんだ? 本国を慌てさせる前に教えてくれ」
レーヴレヒトが楽しそうに問う。
「……そうね。まず皆の是非を聞いてからにしましょうか」
ヴィルミーナはいくらか目つきを和ませ、皆にプランを聞かせた。
約20分後、ある者は大いに賛同し、ある者は苦笑いし、ある者は溜息を吐いて、ある者は顔を覆う。つまりはそういう内容だった。
「その計画で両国を抱き込めるなら……なるほど、聖冠連合とカロルレンも説き伏せられるかもしれませんな」
初老の王国府官僚は感心顔で言い、
「大至急、本国に連絡して是非を求めます。本国の判断無しではとても進められません」
外務官僚が悲嘆気味に言った。
かくして『後は本国の承認待ち』で話がまとまり、この日の会議は終わった。
ヴィルミーナがレーヴレヒトと共に客室へ帰ろうとしたところ、
「お疲れのところ申し訳ありません、ヴィーナ様。少しお時間を頂けないでしょうか」
テレサに呼び止められ、ヴィルミーナは首肯した。
「もちろんよ、テレサ」
ヴィルミーナは『今夜もレヴと子作り出来なそう』と思いながら、どこか強張った面持ちのテレサと共に彼女の客室に足を運ぶ。
客室に通されたヴィルミーナは備え付けの卓に着く。
テレサは手ずから御茶を用意し、ヴィルミーナの対面に着いた。そして、
「……本当にドラン殿をカロルレンの総支配人に据えるおつもりで?」
黒縁眼鏡の奥から真剣な眼差しをヴィルミーナへ向けた。
「不満?」
「彼が有能なのは認めます。ですが、彼はヴィーナ様の信頼に背いた。その事実は決して看過できません」
ヴィルミーナへ首肯を返し、テレサは胸元のブローチにそっと触れる。亡き友サマンサの形見。
「ドラン殿は我らのような“姉妹”ではありませんが、側近衆の一員。身内の中の身内です。要職に抜擢され、ヴィーナ様より多くの幸と権能を与えられた者が、ヴィーナ様を裏切るなど決して許せません。ヴィーナ様の御決断に物申すようで心苦しいですけれど、これは私だけの意見ではない、とご理解くださいませ」
つまり、共にアルグシアへ赴いたヘティだけでなく、本国の側近衆とも連絡を取って意見がまとめられているわけだ。しっかり根回しと段取りを整えていることを頼もしく思うべきか、怖いことしよると嘆くべきか。
ヴィルミーナは大きく深呼吸した後、まず柔らかく微笑み、
「ありがとう、テレサ。貴女の忠心に心から感謝するわ」
おもむろに語り始めた。
「ドラン君の処遇には理由があるの。ドラン君は私の助力と慈悲が欠かせないこと“は”理解したわ。でも、そこに生じる“本当の絶望”を真の意味で理解していない。私が約束を違えれば、敵に回ると啖呵を切ったのが良い証拠。私が想定しているような革命が起きたなら、そんな甘えたことは言っていられないというのに」
テレサは思わず眉をひそめる。
「カロルレンがそれほど悲惨なことになるとお考えで?」
「可能性だけで言えばね」
ヴィルミーナはフランス革命を想定していた。
フランス革命とは血塗れの無様な喜劇だ。
パリで起きたギロチン祭りなど、王党派の強かった地方で起きた殺戮に比べたら、ガキの遊びに過ぎない。
リヨンやトゥーロンなどでは、住民の大量虐殺に加えて街の物理的解体まで行われた。ヴァンデ地方では……動くものは人間だけでなく家畜まで殺戮し尽くし、建物は全て破壊して焼き払い、田畑には塩まで撒いた。
ここまでやっておいて、フランス革命政府は倒壊し、ナポレオン帝政を経て、一時的にとはいえブルボンに回帰するのだから、もはや嗤うしかない。
カロルレン北東部の構成条件――資源地帯や王家直轄領や少数民族の地であることを考えると、リヨンやヴァンデのような惨劇が起きる可能性は、充分にあり得る。
そんな土地に可愛い姉妹達を送り込む? ありえへん。有能な財閥幹部を送り込む? ありえへん。もちろん約束通り、ドラン君の愛する人々を救ったるわ。私は約束を破らんし、白獅子の名声や利得にもつながるよって。
しかし、誤解されちゃあ困る。私は『能う限り』と言ぅた。
所詮、白獅子は民間企業に過ぎへんし、私は一王族の“小金持ち”に過ぎん。北東部全ての人々を救うなん不可能や。力が及ばんことは出来へんし、叶えられへん。
破滅を迎えた時、ドラン君は救う者と救わない者の選択――神の真似事をすることになる。愛する人々を救えない罪悪感と無力感。愛する人々を見殺しにする絶望。そんな恐ろしい苦痛と苦悶と苦悩を味わうことになる。
私に背き、啖呵を切ってまで望んだ苦労や。気張ってもらうで、ドラン君。
ヴィルミーナは小さく息を吐く。悲嘆の色が浮かんでいた。
「もちろん私の悲観的な想像かもしれない。でもね、そんな想像が生じるような土地に、私の大事な姉妹や財閥幹部を送り込みたくない」
「そこで、ドラン殿ですか」とテレサもきまりの悪い面持ちを浮かべた。
「誤解しないでちょうだい、テレサ。そもそもカロルレン総支配人の地位を望んだのは彼よ。私は彼の望みを叶え、二度と背かないよう少々訓話を聞かせただけ」
どこか冷淡に言い、ヴィルミーナは母親染みた顔つきを浮かべた。
「恋愛と使命感の熱に浮かれた男子には何を言っても無駄よ。痛い目を見るまではね。いや、アリスに入れ込んでいた頃のエドワード達を思えば、痛い目を見てもどうだか」
「……あそこまでひどくはないと思いますが」
テレサは長々と息を吐き、ヴィルミーナへ一礼した。
「ヴィーナ様のお考えはよく分かりました。お話しいただけてありがとうございます」
「良いのよ。私こそ心配させて悪かったと思ってる」
おいで、とヴィルミーナは両腕を広げてテレサを招き寄せ、抱きしめる。
「ありがとう、テレサ。貴女の忠心といたわりに心から感謝するわ」
ヴィルミーナは嬉しそうに頬を赤らめるテレサをハグしながら思う。
帰国したら、側近衆全員と個別に話し合い必須やなぁ。まったく……頼もしくて可愛い娘らやわ。
本国から『是』という承認が届いたのは2日後だった。
〇
晩春の快い陽光。素朴ながら丹念に手入れされた庭園は、彩り鮮やかな花々と若葉で満ちている。
心地よい日差しと景色を味わい、ヴィルミーナはアルグシア製白磁のカップを口元に運んでハーブ茶を嗜む。後味爽やかな風味を堪能しつつ、思う。強く思う。
右を向けば、イストリア連合王国外務省参事官のチビでデブでハゲ。
左を見れば、大クレテア王国人。俳優ジェラール・ドパルデュー似の壮年男性。
絵面がむさくるしいわ。美少年とか美少女とかならよかったのに。溜息も出えへん。
三人はカレンハイム侯宮城中庭の丸テーブルに着いており、卓から少し離れた所に給仕役の御付き侍女メリーナが控えていた。中庭周辺を民間軍事会社の警護員達がピケットラインを組んでいる。物陰では連合王国のスパイとクレテア王国のスパイが展開していて、アルグシア間諜の接近を許さない。
「当初の計画からズレてきましたな。まあ、我が国の想定の範囲からはさほど漏れておりませんが」
尊大な物言いをする強面のクレテア人は、クレテア外務省高官オリビエ・ド・ラ・レジナエ。大きなベント型煙管を吹かしている。
「貴国はこの案件よりベルネシアのおこぼれに与った地中海利権に熱心なだけでは?」
そのレジナエに冷笑を浴びせるイストリア連合王国の外務省参事官バンカーハイド卿。
じゃれ合うおっさん達を余所に、ヴィルミーナは言った。
「両国はメーヴラントの将来をどうお考えで?」
「我が国は国王陛下のお考え通り、庭先の寸土を巡って国民と国富を濫費する気はありません。我が国は主軸を外洋に移します。東部の野蛮人共が共食いしたいなら、好きにさせればよろしい」
レジナエ卿は不敵に告げ、
「イストリアは北方ノーザンラントの国。メーヴラントの未来にとやかくいう権利も筋もありますまい」
バンカーハイド卿は薄く微笑む。
ヴィルミーナは食えないオヤジ達へ直球を放り込む。
「では、仮に我が国が貴卿ら以外のメーヴラント諸国を経済支配下に置いても差し支えないと仰る?」
「いかにベルネシアの経済力が強靭と言えど、それは少々傲慢な挑戦ですな」
「左様。如何に貴国が金満国家であろうと、本質は中堅国家に過ぎん。ましてや、クレテアとアルグシアに挟まれた地政学的劣勢を軽視してはいけませんぞ」
オヤジ達は冷笑しつつも、目は笑っていない。
当然だ。眼前の小娘は一切油断できない。クレテアは背骨を折られ、国内経済を食い荒らされた。イストリアも流通を始めたベルネシア工業規格と白獅子製高品質資材に、危機感を強めている。
「我が国は両国と友邦であり続けたいと思っていますよ。それこそ最大の国益を生みますからね」
ヴィルミーナはオヤジ達が話を聞く体制になったことを踏まえて言った。
「カロルレン滅亡後の世界を想定しましょう。長くても10年後には到来する世界です」
自身の推論であるカロルレンでの革命発生は口にしない。イストリアとクレテアに教えてやる義理はないし、教える『旨み』も無い。冷徹な怜悧さを静かに発揮し、ヴィルミーナは話を続けた。
「カロルレンの滅亡後、メーヴラントは我々の外洋領土保有国経済圏と、聖冠連合の東部経済圏に分かれます。この状況下でアルグシアは市場国として我々か聖冠連合の経済機構に参入するか、世界列強の地位を目指して我々に挑戦するか、選択を迫られます」
「前者であればありがたいことでしょうが、まあ、無理ですな」
レジナエ卿は大きな煙管を工場煙突のように吹かす。
「神聖レムスの後継を自称する限り、アルグシアは聖冠連合の下にはつけない。かといって、アルグス人が我々の“丁稚”になるはずもない」
「貿易船を泳がせ、沿岸海軍の小舟を浮かべる分には構わない。しかし、それ以上を望むとあれば、話は別だ。北洋へ挑むつもりなら容赦はしない」
バンカーハイドはイストリアの国家方針を淡白に告げ、ヴィルミーナをねめつける。
「同盟国たるベルネシアも同意見でしょう?」
ヴィルミーナは首肯し、どこか遠くを見るような目つきで告げた。
「当然です。イストリアにとってアルグシアの伸長は北洋権益の危機でしょうが、我が国は目と鼻の先の脅威だ。それに、アルグシアが我々へ挑む時、最初に狙われるのは我が国でしょうからね」
ヴィルミーナは強面オヤジとチビハゲデブのオヤジを順に見回す。
「そこで、ベルネシアは友邦たる両国に提案したい。アルグシア、カロルレンの意見を聞くに、現占領地域の割譲は飲ませられそうです。ただし賠償金問題がこじれそうだ。カロルレンにしてみれば、侵略されて土地を奪われた挙句、金まで要求されることは決して受け入れられないと」
「まあ、押し込み強盗に土産まで差し出すようなものですからな」
バンカーハイドが揉み上げを弄りながら口端を歪める。
「しかし、莫大な戦費負担を抱えるアルグシアは賠償金無しでは、占領地域を併合しても復興できますまい? 特に大量破壊魔導兵器を使用した土地の再建は時間も金も掛かる」
「カロルレンに賠償金を支払わせた方が段階的征服には効果的ですが、賠償金無しとしてアルグシアの体力消費を促したい。彼らが強くなるのは遅いほど良い」
ヴィルミーナは結婚指輪を愛おしげに撫でる。
「ただ、今回はカロルレンに賠償金を払わせましょう。そのうえで、賠償金を我々が肩代わりする」
「なんとっ!?」
「ほう?」
目を丸くするレジナエに対し、バンカーハイドは興味深そうに片眉を上げた。
王太子リチャードの訪問時、ヴィルミーナに驚かされた経験を持つバンカーハイドは、ヴィルミーナからどんな話を聞かされるのか楽しむ余裕があった。チビでハゲでデブでも歴戦のイストリア高官。胆が太い。
「もちろん、ただではありません。担保として、カロルレン東部地域の利権を押さえますし、代金を資源などで物納させても良い。開発融資にしても、現地開発の請負を自国進出企業に限ってしまえば、いくらでも取り戻せます。あるいは、征服後のアルグシアに売却することで元手を取り返すことも出来るでしょう」
ヴィルミーナの意見にレジナエは煙管を卓において『うーむ』と唸る。
「話は分かりますが、カロルレン征服が完遂された時の懸念は無視できませんな」
たしかに、とバンカーハイドも頷く。
「カロルレンが滅亡する際、済し崩しに債権が無効化する可能性が否定できない。それに、段階的征服の過程で生じる軍事行動次第では、現地利権をアルグシアに破壊されたり、実効支配されたりする可能性もある。そうなれば丸損だ」
国家も人間も借金を踏み倒したり、支払いを逃げたり、夜逃げしたりするような奴は信用されない。だから、現代地球の真っ当な国はひいひい言いながらも必ず金を払う(あるいは物納したり、利権提供で補う)。その信用がさらなる援助や投資や融資を引き出すからだ。
しかし、中近世や近代において借金の踏み倒しは国家間でも珍しくない。現代に入ってから返済した例もある(ナポレオンがこさえた借金を、ミッテラン大統領時代に入ってから返済されたとかなんとか)。
イストリアもクレテアも、カロルレンが完全に滅びようと、地方小国として生き延びようと、どうでも良い。ただ、貸した銭が返ってこないことだけは困る。
「それこそ、まさしくアルグシア側と交渉で解決すべきことでしょう。我々で話し合って解決する筋でもありません。ただ、現地に根を張っておくことは情報戦や国際政治工作の観点から、決してただ損することはない」
ヴィルミーナは唇の両端を吊り上げた。
「ここからが胆ですが……占領地域の割譲に合わせ、現地資産を含めた住民の移動を許可するよう求めたい」
「? どういうことです?」
レジナエが訝り、バンカーハイドも難しい顔で顎先をつまむ。
「国内難民を作ることでの不安定化工作ですかな?」
「それもあります。が」
ヴィルミーナは悪魔染みた顔つきで言った。
「彼らの余剰人口を傭兵として南小大陸の独立戦争に投入するためです。給与はイストリア本国軍将兵の3分の2。加えて、傭兵契約のため負傷退役時の補償も遺族見舞い金も無し。彼らの装備品供給と輸送は我が国、食料や医療品はクレテアが負う。これだけではイストリアが一方的に金銭的損失を被っているように思われるでしょうが、金穀はカロルレンから債務の支払いとして帰ってきます」
「「―――」」
絶句するオヤジ2人だが、ヴィルミーナの案は突飛でも何でもない。
第一次大戦後、アメリカは敗戦国ドイツに資金援助し、ドイツが資金援助金をイギリスとフランスへ賠償金として払い、イギリスとフランスがアメリカへ戦時債務を支払う、というスキームが構築した。これに加え、ドイツとイギリスとフランスに再建復興の資材をガンガン売りつけ、現地利権や市場を食い荒らした。見境なく金を食らう大豚のように。
また、敗戦国の兵士を第三国の戦争に傭兵として送り込む手法は、冷戦時代や現代地球で用いられている。5~70年代の第三世界紛争にナチス・ドイツの元将兵や反共義勇兵が数多く従事していた。ローデシア崩壊後、元ローデシア軍将兵が南アフリカ系傭兵組織で活躍したことも有名。
旧帝大で経済の学びを修め、新自由主義経済を“実地体験”したヴィルミーナが思いつく策として、ある意味で当然の帰結だった。
「カロルレンは国内余剰人口や不満分子を外に放出できますし、アルグシアもカロルレンの戦力を遠方に追いやり、消耗させることが出来る。我々三国と聖冠連合も利得を味わえる」
そう、割を食うのはカロルレン王国の民衆達だけだ。土地を奪われ、戦後重税も課されるだろう。挙句は血の輸出と棄民まで行われる。まさに艱難辛苦。
これが実現すれば、カロルレンで革命が起きる可能性が激高になるやろなぁ。
それで”ええ”。
きちんと把握できる状況で革命が起きるなら、備えも対処も出来る。ドラン君との約束も守り易いし、現地へ送り込んだ人材や資本の撤収も容易や。
ヴィルミーナは美しい微笑みを称え、2人のオヤジへ告げた。
「停戦講和に協力いただけますか?」
レジナエ卿が悪魔を見たような面持ちで慄然とする一方、バンカーハイド卿はぶるりと背中を震わせながらも口端を吊り上げた。
「本国に伺いを立てる必要がありますが……もう少しばかり詳しい話をお聞かせ願えますかな?」
「お茶を淹れ直しましょうか」
ヴィルミーナは和やかに首肯し、メリーナへ合図を送る。
この日、狐と狸と狢の悪企みは日が傾くまで続いた。




