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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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199/336

16:1

お待たせ申した。

大陸共通暦1771年:ベルネシア王国暦254年:仲春

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:クレーユベーレ市。

――――――――――

 仲春を迎えても、北洋沿岸地域はまだまだ肌寒い。真っ青な空を鱗雲が流れていく。


 ヴィルミーナは乗馬服に外套をまとい、黒馬にまたがってクレーユベーレ郊外を散策していた。

 馬の足元には愛犬ガブが従い、隣には同じく騎乗したニーナとテレサが並ぶ。周囲は完全武装した護衛達が一個小隊ほど控えており、後方には着替えやなんやらを積んだ小馬車も続く。


 ヴィルミーナは背の低い丘の上へ足を進め、クレーユベーレの街を一望する。

 クレーユベーレ市はかつての小港町から、新興港湾都市に生まれ変わっている最中だった。大型船の利用に対応すべく、港湾は拡張されて浚渫工事もガンガン進められていた。


 一方、街の背後に広がる湿原林は切り拓かれずにその姿を残している。

 これは、この時代の大陸西方で当たり前の、自然を蹂躙していくような開発手法が取られず、自然環境の保護維持に考慮した開発計画が採用されていたためだ。


 この辺りはヴィルミーナが『レーヴレヒトが散策できるよう湿原林は出来る限り傷つけたくない』という豪勢な惚気に起因するのだが……もちろん、公的には『現地住民と子々孫々のため、この土地の原風景を残しておきたい』としていた。


 この都市開発方針は異例だった。

 都市工学なんて概念すらあったかどうか分からない時代であるし、大陸西方に自然と共存という概念はない。キリスト教がそうであるように、聖王教の価値観において自然は屈服させるべき対象でしかなかった。


 というわけで、ニーナと白獅子各事業部は異例の開発方針に悩みつつも都市開発を進めていった。交通の動線と利便性を考慮しつつ、経路の集中と煩雑を避けるよう単純性を心掛けた。工場や施設の敷地内に樹木などを残すという不可解の極みだったが、作業中や休憩中に野生動物がちょろちょろと生活する様は『ほっこりする』と評判が悪くない。


「素晴らしいわ、ニーナ。貴女は私の面倒な要望を十二分に叶えている」

 クレーユベーレ開発事業の“総督”を担うニーナは、ヴィルミーナから手放しの称賛を受け、心底嬉しそうに表情を緩めた。テレサが羨ましそうな顔をする。

 側近衆達にとっては、ヴィルミーナから直に褒められることこそ、最高の栄誉だ。


 ヴィルミーナは足元で野草の花を突く愛犬ガブを一瞥しつつ、言った。

「そういえば、都市開発の拡大に伴い、公序良俗に問題が生じているようね。代官殿から相談されたわ」

 ニーナの表情が一変し、さっと青くなった。


 ちょっとばかり説明しよう。

 街や施設の開発が拡大し、王都や他地域からの“移民”が流入した結果、現地“先住民”との軋轢や衝突。他にも必然的に生じる飲食店や性風俗店の存在が何かとトラブルを生んでいた。


 前者はともかく、後者は割と笑えない状態にある。

 繰り返しになるが、ニーナと白獅子各事業部はヴィルミーナの難解な要望の下、現地行政や住民代表者を交えて幾度も議論を交わし、入念な開発計画を作り、周到な準備を整えて臨んでいた。現地と揉めないよう労働者向けの仮設住宅を作り、警備員を各所に据え、現地住民の懐柔と労働者の健康維持のために病院や診療所までこさえた。


 加えて、戦後不況対策の一環として、御上がクレーユベーレ開発をあれこれ優遇し、ちょっとした援助をして雇用拡大を推奨したことで、さらに労働者が集まった。


 こうして、港湾部の拡張と浚渫がばりばり進められ、内陸部の造成や整地、施設や住宅地の建設に都市水利の整備もがんがん行われている。地域の自然保護もばっちり。

 順調。順調。順調だった。


 が、ニーナも白獅子のお偉いさん達も御上も、一つ失念していた。

 労働者達の『欲』である。


 クレーユベーレ開発に投じられた労働者達の大多数は、給料を家族や生活のために費やしていた。が、若い労働者や独身労働者は稼いだ金で遊びたがった。

 平たく言えば、酒と博奕と女。飲む、打つ、買う。


 古来、軍隊や傭兵団の傍には酒保商人と娼婦が付き物だった。金のある傭兵団などは自前で専属娼婦を囲っていたほどだ(フランス外人部隊の創設時は専属売春宿を用意したら、応募が殺到したという逸話がある。もっぱらゴロツキばかりだったが)


 ニーナとゼネコン事業部と御上はこの点を見落としていた。

 どこから湧いたのか労働者用仮設住宅地の傍で娼婦達がうろつき始め、誰が許可したのか定かでない安普請の酒場が立ち、ゴロツキが仕切る賭場が生まれた。また、労働者達の金を狙ってロクデナシ共が徘徊し始める。

 ある意味で、これもまた需要と供給とビジネス・チャンスに適応した経済現象と言えよう。


 当然、クレーユベーレの現地住民から行政や白獅子へ猛烈な苦情が届く。ニーナは王立憲兵隊に取り締まりを陳情し、白獅子の民間軍事会社による警備や巡回を厚くすることで対処を図ったが、そんなもんで済むはずもなく。


 で、この情勢に困ったクレーユベーレ代官が視察にやってきたヴィルミーナに泣きついたわけだ。ニーナとしては面目を潰されたカタチだが、代官には代官の立場と面目がある。


 というわけで―――

 顔を青くしたまま、ニーナはヴィルミーナに詫びる。

「も、申し訳ありません。当局やデ・ズワルト・アイギスなどと協力して対処しているのですが……」


「別に叱責しているわけじゃないわ、ニーナ。事実を確認しただけ。その様子だとニーナも手を焼いているわけね」

 ヴィルミーナはくすくすと上品に微笑み、

「この手の問題は排除しようとしても出来ない。人間は食欲、睡眠欲、性欲から逃げられないし、余裕が出来たら遊びたくなるものだもの。特定の区画を歓楽街化した方が良い」

 言った。

「“商事”に相談してみなさい。場合によっては一任してしまっても良いわ。 “そういう分野”とは距離を置いた方が良いからね」


 白獅子の情報機関『北洋貿易商事』は元々裏社会の人間を集めて創設された組織であるから、当然、その方面の手練手管に通じている。今は民間諜報組織の色を強めているが、幹部達の多くは基本的に“ワル”だった。


「ただし、区画内の土地や建物の権利は全てこちらで押さえておくこと。将来的な生殺与奪を握っておくこと。それから、代官と御上に手を回してクレーユベーレに規制を設けて貰いなさい」


 テレサが察したように頷く。

「区画内以外での売春、博打を一切禁止してもらうわけですね。そうすれば、認可区画の価値が跳ね上がる」


 地獄の海外行脚・南米編で学んだことの一つ。規制は時に『商品』の価値を向上させる。

 たとえば、禁酒法は悪党共へ莫大な富を与えた(その悪党の一人がJFKの親父)。現代地球で言うと、麻薬や児童売買春などは厳しい規制と刑罰のおかげで『高額商品』として成立するわけだ。

 この場合、認可区域内の商業用地価格や賃貸料を高額に設定できるし、区域外の違法風俗が登場したら、官憲の手で堂々と叩き潰せる。

 御上との癒着万歳。


「早速、“商事”と相談のうえ、代官様と協議します」

「利権絡みになると裏社会の連中は鬱陶しいから、護衛をしっかりと付けるようにね」


 ヴィルミーナがニーナへ告げると、テレサが懐中時計で時間を確認し、言った。

「そろそろお時間です」

「楽しい時間は過ぎるのが早いわね」

 小さく鼻息をつき、ヴィルミーナは馬首を街へ向けた。


        〇


 大陸共通暦1771年の春は政治の季節だった。

 各国の外交官や使者が渡り鳥のように大陸西方中を飛び回り、彼らのもたらす情報や報告を基に、各国の官僚や政治家、権力者達があれやこれやと会議と会合と密談を交わす。


 そうした渡り鳥の中に、聖王教会伝統派の総本山法王庁が送り出した使者も含まれている。

 彼らは過去の宗教戦争以降、影響力を失っていた東メーヴラント圏を再び掌握しようと、とても鼻息を荒くしていた。


 のだが……

「現地教会が完全な独自派閥化していて、こっちのいう事を聞かねェと。まあ、予想されていたことだったか」

 今生聖下ゼフィルス8世は皺だらけの顔をさらに皺くちゃにして苦笑い。


「そう笑ってもいられねェよ。奴さんらは“昔のこと”をいまだに根に持ってるからな」

 法王庁ナンバー2の筆頭枢機卿ザカリオンがぼやくようにいうも、ゼフィルス8世は苦笑いを濃くするだけだ。

「そりゃ根に持つだろうさ。敬虔にして善良なる伝統派信徒を守る名目で軍隊を送り出しておいて、やったことは宗派問わずの大虐殺に大劫掠。俺が現地の連中だったら、同じように根に持つさ」


 地球史の宗教戦争が残酷無残の極致だったように、メーヴラントの宗教戦争も酸鼻極まるもので、『マクデブルクの惨劇』染みたものも起きていた。それも法王庁が音頭を取って派遣した聖伐軍が起こしている。そりゃ東メーヴラント人が法王庁を信用しないのも無理はない。


 だよなあ、とザカリオンは溜息を吐き、ブランデーがたらふく加えられた紅茶を口に運ぶ。ゼフィルス8世もぱかぱか煙草を吹かしている。

 この80に迫る老人達は巨大宗教組織聖王教会伝統派のトップの中のトップだというのに、いつまで経っても“ヤンチャ”さが抜けない。


「で、連中はなんて言ってんだい? “要望”があるんだろう?」

 全聖王教伝統派信徒の大頭目たる法王に問われたザカリオンは、床屋の親父に応じるような態度で答える。

「カロルレンの国家教区と枢機卿のポストを用意しろとさ。こっちの看板を掲げる代わりに実権は一つも譲らない気だな」


「妥当な要求だ。構わねェ」

 ゼフィルス8世も魚の親父みたいな口調で応じるが、顔つきは大権力者そのものだ。

「代わりに毎年、神学生を50人ほどこっちへ留学させるよう飲ませろ。それで半世紀後には先方もこっちに染まるさ」


「深慮遠謀だねえ」とザカリオンが口端を緩めた。

「急いては事を仕損じるってな」

 ゼフィルス8世は得意げに笑い、ブランデーが多すぎる紅茶を下品に啜る。

「肝心のドンパチの方はどうなんだ。カロルレンとアルグシアは拳骨を下げられそうか?」


「両方とも青色吐息で戦争なんかやめてェところだろう。だが、カロルレンは国土を占領されてるし、アルグシアも払った犠牲が多すぎる。迂闊に拳を下げちゃあ両国の民衆や貴族が黙ってねーだろうよ」

「だろうなあ……落としどころはあんのか?」

「そりゃ“金”だな。カロルレンもアルグシアも金が無くてひーひー言ってる。援助を条件すりゃあ首を縦に振るだろうよ。もちろん、かなりの金を出すことになるだろうが……」

「戦争終結を主導した名誉がありゃあ、後でいくらでも取り返せるか」


 ゼフィルス8世とザカリオンの言葉は悪辣なほど正しい。

 地球の宗教団体はキリスト教もイスラム教も仏教もその他宗教も、貧富を問わず信者から金を搔き集めてきたし、今現在も搔き集め続けている。

 彼らの“商売”はその威光と名声が強まれば強まるほど儲けが増える。カロルレンとアルグシアに巨額融資をしても、『聖王教会が戦争を止めた』という功績を挙げれば、各地の教会に置かれた献金皿からいくらでも回収できるのだ。

 2人の会話はもはや聖職者とは思えない。良くて政治家、悪くて経済ヤクザ。いやはや。


「問題は占領地だな。戦争自体はどう見てもアルグシアと聖冠連合の勝ちで、しかも聖冠連合は占領地の返還を打診してる。当然、アルグシアもちっとは返還してカロルレン側に譲歩する姿勢を見せてもらわにゃあ困るわけだが……」

「死傷10万越えの犠牲者がその妨げになるか。ままならないな」


 ゼフィルス8世は煙草をぷかぷかと煙突のように吹かし、盟友ザカリオンに問う。

「たしか、聖冠連合の太っちょがなんぞ絵図を描いてたな」

「ああ。再交渉前にアルグシアへもう一戦そそのかす気のようだ。クレテアと北洋の異端者達も同意してる」


 ザカリオンの回答に、ゼフィルス8世は煙草を灰皿に押し付け、にやりと笑う。老獪な悪魔のような笑みだった。

「良し。その一戦を契機にしよう。それでアルグシアに拳を下ろさせる。今からアルグシアの教会に手を回して厭戦気分を煽らせろ」

「また無茶を言うなあ」


 ノッてきたゼフィルス8世はザカリオンのぼやきを無視して丁々に続ける。

「それから、軍事情報をカロルレンに流す。アルグシアにゃあこの戦争に反対してる奴が山ほどいる。敬虔な信徒なら教会でいくらでも告解するだろうさ。全てが上手くころがりゃあ、東メーヴラントは俺達の手に収まり、聖剣十字の御稜威も高まる。勝負どころだぜ、こりゃあ」


「まるでサイコロ博奕をやるような言い草だな。まったく、とんだ不良法王だ」

 矍鑠と笑うゼフィルス8世に釣られ、ザカリオンも楽しげに笑う。


 と、ドアがノックされた。法王と筆頭枢機卿は慌てて居住まいを正し、灰皿を隠して酒同然の紅茶を飲み干す。お互いを素早くチェックしてOKマーク。

 どうぞ、と法王が丁寧に応じると、若い修道女が恭しく一礼した。

「聖下、間もなく祈祷のお時間です」


「ありがとう。すぐに向かいましょう」

 ゼフィルス8世は法王に相応しい気品溢れる物腰で応対した。

「それでは、私も御暇させていただきます。聖下、後ほどミサでお会いしましょう」

 ザカリオンも筆頭枢機卿として見事な礼儀作法を示し、法王執務室を辞した。


 もっとも……小煩い儀典祭礼長は2人から仄かに臭う煙草と酒の匂いを決して逃さない。

 聖王教会伝統派のトップ2人が年甲斐なく説教を食らうまで、あと30分。


        〇


 グウェンドリンが懐妊して以来、王太子エドワードの精勤振りは誰もが認めうるところだった。

 父性に目覚めた彼は自らが主となり、母子を根幹とする社会福祉事業を行うべく、いろいろと資料を集め、有識者から意見を聴き、さらには表裏を問わず市井を視察した。


 こうした地道な調査と実地状況の確認をした結果、エドワードは中産階級が育成されている『金満国家』ベルネシアでさえ、貧困層の子女が置かれた生活環境は目を背けたくなるほど過酷であることを知った。


「これでもマシになった方です」

 視察帰り、馬車の中で視察に同道していたデルフィネが言った。

「少なくとも軍関係の貧困遺族や孤児は大幅に救済されていますから」


「白獅子によって、か?」

 表情が晴れないエドワードに、デルフィネは首を横に振る。

「そこまでは驕りません。起点は確かに我が社でしたが、今は小街区やクレーユベーレを中心に相互扶助コミュニティが生まれつつありますから」


「つまり王国府に頼らず自分達で、ということだろう。見切りを付けられてしまうくらいなら、不甲斐ないと罵られる方がマシだ」

 エドワードは思わず慨嘆を吐いた。


 経済的に豊かな我が国でさえ、この状況だ。戦時下であるカロルレンではどれほどの女子供が悲惨な環境にあるのだろうか。先年の戦で10万超の死傷者を出し、国内情勢が乱れるアルグシアでは? 国土を戦禍に晒されたヴァンデリックでは? 聖冠連合のあの辣腕宰相はこの残酷な現実をどう対処しているのだろう。クレテアの青年王はどんな考えで国政を差配しているのか……


「無知で愚かな自分が嫌になる」

「そんなことを言っても慰めませんよ。グウェンに浮気を疑われては業腹ですから」

 嘆くエドワードへデルフィネは容赦なく言い放つ。


 貴賤を問わず、妻の妊娠中に浮気する亭主の逸話は事欠かない。

 デルフィネは美しい。齢20を過ぎた今、少女時代のグラビアアイドル染みた幼さは抜け、大人の女性特有の艶気に満ちている。それでいて、未婚で婚約者無し。

 かつて、王太子妃候補であったことを考えれば、グウェンドリンが妊娠中にエドワードの『愛人』を務める人間に相応しいだろう。

 もっとも、誇り高く自尊心が強いデルフィネは、自身が間女になることなど断固として許容しないだろうが。


「俺がこれまで、どれだけ自分のバカさ加減を思い知らされたと思ってるんだ。これ以上恥の上塗りをしてグウェンに愛想を尽かされたくないし、生まれてくる子供に顔向けできないような真似はしない」

 デルフィネの露骨な言い草に微苦笑を返し、エドワードはゆっくりと深呼吸した。

「豊かな本国でこの状況ならば、外洋領土ではどれほどの惨禍が生じているのか……南小大陸植民地では独立戦争の飛び火が及んでいるとも聞く。なんとか出来ないものか」


「乱麻を断つが如く解決する術があるなら、歴史上の賢人や名君達がとっくに解決していますし、ヴィーナ様が手掛けていますよ。でも、そうではありません」

 秀麗な顔に微かな憂いを湛え、デルフィネは続けた。

「私は白獅子で文化事業や慈善事業を担っていますが、この国やこの社会の子供達にどれほどの貢献が出来ているか……それでも、足を止め、手を引くよりマシです。今日、一人しか救えずとも、その一人が別の一人を救うかもしれない。そうやって分母を増やしていくしかありません」


「素晴らしい信条だと思う」

 エドワードは素直に幼馴染の令嬢を称え、ふ、と悪戯っぽく口端を緩めた。

「初等部時代の君からは想像もできないよ」


「素直に褒めやがれ、でございます」

 デルフィネは美しい顔を仰々しく歪めつつ、ふと思い出したように問う。

「そういえば、ユルゲンはどこか具合が悪いので? この間、夜会で見かけた時は随分と顔色が悪かったですよ」


 瞬間、エドワードは瞑目し、しばし、沈思黙考。そして、おもむろに口を開いた。

「……ユルゲンは去年、子供が生まれたことは知っているな?」

「ええ。旧知の間柄ゆえ出産祝いも贈りました」


 昨年、ユルゲン・ヴァン・ノーヴェンダイクは子供が生まれて親父になった。

 婚約してからこっちリザンヌ夫人に搾られまくってようやくの第一子。しかも希望通りの男子。妊娠期間中は子作りという名の過酷な労働から解放されていたし、息子も生まれたし、昨年末頃までユルゲンの様子は明るかった。

 が……昨年末にグウェンドリンの懐妊が発覚してから、再び顔色が悪い。油を搾り取られた蛙みたいな有様だ。


 エドワードは声を潜めていった。

「リザンヌ夫人はグウェンの出産に合わせ、第二子を産みたいそうだ」

 全く想像外の話に、さしものデルフィネも目を瞬かせる。

「……それは殿下の御子の側近もしくは婚約者にすることを見込んで、と? そのためこれまで以上にユルゲンを激しく”搾り取って”いるわけですか」


「皆まで言わせるな」

 エドワードの言葉は充分な回答だった。デルフィネは両腕を組んでウームと唸る。

「いやはや、リザンヌ夫人は正しく野心的な貴族婦人ですね。ヴィーナ様も方々から御子を願われてらっしゃいますし、御結婚された方々は大変ですこと」


「何を他人事のように。君は君で結婚をせっつかれているだろう。先にあった君の次兄殿もかなり心配していたぞ」

「ホーレンダイム家は御兄様達が守り伝えていきますから問題ありません。むしろ甥姪の数を考えれば、一門分裂を危惧すべきです。ですから、私は伸び伸びとやらせてもらいます」

 デルフィネはしれっと応じつつ、面倒な話を避けるために水の流れ先を変える。

「殿下は私よりも親友の将来を案じやがりなさいませ。マルクもカイも婚約者すらいないではありませんか。だらしない」


「カイは役目上、身軽な方が良いと言って聞かない。マルクの方は……宰相殿や御母堂からも、なにかと相談されているんだが……側近衆や白獅子内で良い仲になっている娘はいないのか?」


「いませんね」デルフィネは即答し「私達はアレが殿下達と共に“醜態”を晒しているのを覚えていますから。部下達の中にはアレを狙っている者もいますけれど、反応無しです。大方、アリスのことを忘れられないんでしょ」


 容赦のない物言いに、エドワードは自虐的な自省顔を作る。

「先頃、マルクの弟も結婚したしな。あいつも王国府に戻って官僚としてやっていくなら、嫁が必要なんだが」


 ベルネシアでは政官界=貴族界だ。縦横のつながりを築く社交が必要になるし、青年貴族の社交には婚約者や細君がいるべきだった。そういう意味で、王太子の便利屋/間諜として動く近侍のカイはともかく、将来の王国府高官候補のマルクにはさっさと身を固めて貰いたい。


「殿下か宰相が見繕って紹介すればいいでしょう?」

「宰相殿はその、自身が女性問題でいろいろあったからな……俺はいとこ殿が恋愛結婚したクチだから婚姻閥を作りにくい」


 これはヴィルミーナにも共有する問題だった。自身が恋愛結婚したクチなので、側近衆の結婚にあれこれ口出しし難い。部下の結婚相手を紹介するのは、正しく派閥領袖の仕事なのだけれども。


「ままなりませんね、世の中は」

「まったくだ」

 しみじみと呟くデルフィネに全面的合意をするエドワード。


 もっとも、2人の嘆く世の不条理は、東メーヴラントに荒れ狂う不条理と比べれば、ささやかに過ぎたが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 懲りないなこの不良じじい共(笑
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