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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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197/336

16:0a:共通暦1771年の悪意と強欲。

お待たせしました。説明回です。

 近代の列強間戦争は特徴がある。地球史18/19世紀を例にとろう。


 北方戦争が21年。ファルツ継承戦争が8年。スペイン継承戦争が12年。アン女王戦争が11年。オーストリア継承戦争が8年、七年戦争。フレンチ=インディアン戦争が8年。アメリカ独立戦争が8年。フランス革命戦争~ナポレオン戦争が22年。

 いずれも灼熱の交戦期間と冷却の非交戦期間を繰り返し、5年以上に及ぶ長期戦争だった。


 しかし、ウィーン体制崩壊後、列強間の戦争期間は短縮していく。

 クリミア戦争は3年。普墺戦争で1年未満。普仏戦争が2年。南北戦争で5年。帝国主義に基づく各植民地獲得戦争はまた違ってくるが、列強同士の直接戦争は基本的に短くなった。我が国の日清/日露戦争も期間としては短い。なお、破壊と殺戮の規模は大いに拡大した模様。


 この短縮傾向の理由は一概には言えない。

 技術的に短期決戦が可能になったからなのか。経済的に激増した戦費負担と人的損害に耐えかねたのか。ともかく、前述したように破壊と殺戮の規模を拡大させながらも、戦争期間自体は短くなった。


 そして、二度の壮絶な愚行を経て、列強間の直接交戦は一世紀近く絶えている。

 ま、21世紀前期の地球は紛争とテロ塗れで、全く平和ではないけれど。


 つまり、だ。

 近代前期の戦争は何かと長期化しがちで、戦争期間中に実質的な停戦状態や休戦状態に至ることも珍しくなかった。

 魔導技術文明世界における近代前期末に起きた、東メーヴラント戦争もこの例に漏れない。

 炎熱の戦いを経た次は、冷たい交渉の時間だ。


          〇


大陸共通暦1771年:ベルネシア王国暦254年:初春。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。

――――――――――

 冬の終わりを迎え、曇天が続きがちだった北洋沿岸地域にも青空が目立ち始めていた。路肩の残雪も日に日に小さくなっていく。陽光の伝える温もりが気分を明るくしてくれる。


 街の雰囲気も明るい。

 昨年末、ヴァンデリック侯国でカロルレン第二軍が降伏した頃、王太子妃グウェンドリンの懐妊が発覚し、新年祝賀が大いに盛り上がった。


 加えて、年明けに王国府が不況を脱したと声明を出したことで、ベルネシアは下から上まで明るい雰囲気に満ちている。


 局所的なところに目を向ければ、“白獅子”財閥と所縁深い地域や人々もまた、気分が明るかった。財閥総帥のヴィルミーナは結婚し、地域に大盤振る舞い。さらには、麾下組織の全社員に特別給付金を撒いていた。

 漁村から港湾都市に大化け中のクレーユベーレの空気は特に明るい。白獅子が今年から開発に並行し、順次事業移転を開始することを発表していた。その関係で、クレーユベーレに落ちる金は激増しており、既存の住民はその恩恵に与っている。


 これは、あくまで市井の話である。

 王国府自体は激務に追われ、戦時下のような有様だった。

 外務省が粛清からようやっと再起の道筋をつけたところへ、聖冠連合帝国から『カロルレンを一気に滅ぼせそうにないんで、予備案に切り替えます☆ ついてはまた皆で集まって話し合いたいな★』ときたもんだ。


 経済と安全保障の国家戦略を左右する大案件をぶっ込まれ、リハビリ中の外務省は阿鼻叫喚と相成った。

 彼らは当然、件の予備案の言い出しっぺも巻き込んだ。

 王妹大公家の若奥様ヴィルミーナである。


 で、そのヴィルミーナは……

「子作りする暇もありゃしない……」

 朝の爽やかな香りが残る大通り。王国府へ向かう馬車の中で苦々しく毒づいていた。


 昨年末からひたすらに会議、会議、会議&会議。会合、会談、会合、会談、会合、会談っ!!

国王カレル3世に宰相ペターゼン侯、王国府の外務筋に商工筋、内務省、それに軍。民間の連中もソルニオル経済特区のようなズルは許さん、とヴィルミーナへ会合と会談を要求する。身から出た錆と言えばそれまでだが。


 さらに言えば、王太子主導の国策事業の件もあった。

 なかなかまとまらなかったこの話は、グウェンドリンの懐妊発覚で父性を爆発させた王太子により、『母子支援を根幹とする社会福祉事業』と決定した。それ自体は素晴らしいことだと思う。でも、そういう社会制度に関わる案件は年単位事業なんだなぁ……


 身内に関しても、年明け頃に側近衆内の既婚者キーラの妊娠が判明し、人事回りの調整に追われている。

 とにかく忙しい。


 今日も今日とて、午前中は王国府で外務省高官と春に予定されている国際会議の打ち合わせ。昼は流通業界のお歴々と懇親昼食会(という名の会合)。午後は聖王教会伝統派の使節団と顔合わせ。夜は夜で夫のレーヴレヒトと共に高位貴族の夜会へ参加しなければならない。


「子作りする暇もありゃしない……」

 ヴィルミーナは再び毒づいた。


「繰り返さないで下さいよ」

 同行しているアストリードが微苦笑をこぼした。バツイチ女のアストリードは多忙なせいで野望の『イケメンを食いまくる』が実現できずにいる。


「グウェンが懐妊してから周りの圧が強いのよ」

 ヴィルミーナはしかめ面で鼻息をついた。


 母ユーフェリアの「早く孫を」、祖母マリア・ローザの「ヴィーナも早く曾孫を」という圧がヒッジョーに強くなっていた。王家親族衆も「はよ、子供はよ」と言ってくる。


「まあ、お仕えする私共も、ヴィーナ様に御後継者をお産み頂ければ、いろいろ安心できますけどね」


“白獅子”は獅子の女王ヴィルミーナを頂点とする家父長制ファシズム的体制であるから、将来的に形成されるであろう創業者一族の存在は重い。たとえ次代が怪物的な当代女王より優れている可能性が低いとしても。


「白獅子の後継者、か……気が早いような気もするけれど」とヴィルミーナ。

「この手の話は早くから考えておくに越したことはありませんよ。なんせ、子供は天からの授かり物。こればかりは計画通りにはいきません。様々な事態を想定しておきませんと」


 アストリードはふんすと鼻息を荒くして語った。

 古今東西、官民貴賤を問わず後継者問題は重要かつ厄介だ。後継者問題を機に衰退した例は少なくない。辣腕創業者の後をボンクラ二代目が潰したり、堅実な二代目に反発したアホ三代目が屋台骨を傾けたり。オスマン・トルコなんて後継者問題を解決しようと兄弟殺しを推奨/伝統化したら、血筋が萎れて後継者不足の憂き目を見た。皮肉的過ぎて笑うしかない。


「子作りする暇もないのに、後継者の話をしてもなあ……」

 ヴィルミーナはふ、と大きく息を吐く。

 そして、疎ましげにぼやいた。

「カロルレンの連中がさっさと停戦交渉に応じればいいのに。まったく、田舎者は意固地で困るわ」


 2年前、大飛竜の素材と『空飛ぶ魔狼』号を巡ってトラブルが生じた時は、カロルレンからさっさと手を引いて二度と関わらない。そう口にしていた張本人は今やカロルレンを食い散らかす機会を今か今かと待っている。まさに手のひら返し。


 アストリードはくすくすと喉を鳴らし、自身の見解を披露する。

「カロルレンは今、停戦に応じれば、被占領地を奪還できなくなると思っているのかもしれません」

「それって、言い換えれば、実力で奪還することを諦めていないってことでしょう? 国家経済が破綻して大炎上してるくせに、戦争継続が可能と思っている辺り、おこがましいったらないわ」


 カロルレン王国に微塵も好意を抱いておらず、何の義理もないヴィルミーナにとって、カロルレン王国の国家存続の努力や国土奪還への意地は、ただの悪足掻きにしか映らない。勇敢な兵士達の奮戦も、少年少女達の健気な自己犠牲も、民衆達の悲惨な戦災や困窮も、ヴィルミーナにとっては、一顧する価値もない。だから、こんな感想も出る。

 ――さっさと諦めてメーヴラント再編と我々の利益になってくれへんかなぁ。


「この冬の間に心が折れると思っていたけれど、思いの外しぶとい。連中はなんで挫けないのかしら」


 傾国亡国の途において、民衆や体制内部が現体制やその首脳部に見切りをつけることは珍しくない。それこそ地球史1960年以降のアフリカでは頻繁にクーデターが発生したし、穿った見方をすれば、我が国の幕末動乱も似たようなものだ。


 そして、民衆主導の反乱や一揆、蜂起、革命といった行為の大半はアニメやラノベが語るような、社会の刷新やより良き未来なんて物のためではなく、『現体制が続いたら、もう食っていけない』という切実な生活苦によって発生する。


 こうした事実を踏まえた時、戦争の劣勢。血の徴集。経済破綻。物資不足。そこに冬の寒さと飢えが加われば、大規模一揆や民衆蜂起の一つもあってしかるべきだ。妻子が痩せ細り病み衰えていく様を見て動かぬ男はいない。我が子が干からびるように死んでいく様を見て激発しない母親はいない。希望無き未来に耐えられる人間はいない。


 なのに、カロルレンからは民衆反乱や一揆の発生が聞こえてこなかった。

 よほど高レベルの情報統制をしとんのか、それとも……?


「詳細は不明ですけれど……常識的に考えれば、ソープミュンデとヒルデンから物資を調達した、ということでは?」

 アストリードの推測に、ヴィルミーナは納得しない。

「ヒルデンの方はともかく、ソープミュンデ経由の密輸量ではとても賄えないはずよ。我々が把握しているルダーティン&プロドームの輸送量を考えても間違いない」


 いったいどないな手品を使ぅとんのやら。まさか人肉を食ろぅて生き延びとるちゃうやろな……

 ヴィルミーナが怖い想像を巡らせていると、アストリードは話の向きを変えた。


「情勢で言えば、カロルレン以上にアルグシア連邦が大変なようです。議会の紛糾が全く収まらないようで。出先商館からも情勢不安の報告がひっきりなしに届いてます」

 でしょうね、とヴィルミーナは鼻息をつく。


 カロルレン王国侵攻に際し、アルグシア軍は強引にやり過ぎた。結果は10万越えの死傷者。翼竜騎兵部隊と飛空船隊の壊滅。侵攻軍兵站機構の壊滅。加えて、占領地のテロ祭り、反乱祭り。

 これでは、莫大な金と人と物を供出した北部閥や西部閥、南部閥が怒るのも無理はない。なんせ彼らは戦争反対派だったのだから。『ざけんな』と言いたくもなろう。


「帝国の方は?」

 問われたアストリードは淀みなく答える。

「侯都攻防戦の立て直しは終わったようですけれど、予備案移行を決定して以来、守勢を決め込んでいます。小競り合い以上の戦闘は起きていませんし、ソルニオル経済特区に流れこんだ金とヴァンデリック侯国の再建復興事業を牛耳っているためか、経済面も安定しています。隙がありません」


 ヴィルミーナは唇を撫でながら思案する。

 経済特区が思いの外、強力な効果を上げとんなあ。まあええ。帝国経済が好調になれば、東メーヴラント、ディビアラント、コルヴォラントと地中海、広範囲に渡って波及するやろ。コッチとしても悪い話やない。


 しかし……聖冠連合がポカしてへんなら、ヒルデン貿易も穴は空いとらんはず。ソープミュンデの密貿易量では無理で、クレテアはカロルレンへの直接流通路を持ってない。

 となると……北洋経由でイストリア辺りが直接物資を流しとる? 


 ベルネシア海軍からその手の情報は届いていないので推測の域は出ない。ただ、イストリアは南小大陸と大陸南方亜大陸で戦争を抱えているから、可能性としては十二分にあり得た。

気になるのは、イストリアは、契約主義という観点においてベルネシア並みに厳格なところがある。サンローラン協定違反を犯して政治的リスクを抱える真似をするだろうか?


 うーむ、分からん。

 ヴィルミーナは仰々しく不満顔を作った。表情筋さんの働きが光る。

「ともかく、カロルレンが折れてくれないことには、北東部資源地帯に手を出せない。あそこを押さえてしまえば、全てを上手く転がせるのに」


「陰謀でも講じますか?」

 冗談っぽく告げているが、アストリードの目はマジだ。側近衆は主の気質の影響を受けているのか、基本的に攻めっ気が強い。


「やれないこともないけれど、私達だけがそこまでの危険を冒すのも馬鹿らしいわ」

 アストリードのギラギラした気配を払うように手を振り、ヴィルミーナは冷ややかに言った。

「今は待つしかない」


「カロルレンが根を上げるのを、ですね」

「違うわ、アスト」

 ヴィルミーナは目を細める。紺碧色の瞳が鋭く冷たく輝く。

「カロルレンの命脈を断つ機会を待つのよ」

 その悪意と邪気に満ちた微笑を前にし、アストリードの背筋にゾクゾクとした快感が走った。


       〇


 少しばかり歴史の話をさせていただく。


 アルグシア連邦は神聖レムス帝国の後継国を自称している。歴史的文脈を紐解く限り、その主張は同じく神聖レムスの後継を名乗る聖冠連合帝国やカロルレン王国より、よほど正当性があった。


 聖冠連合帝国の帝室シューレスヴェルヒ家は神聖レムス帝国の選帝侯家であり、メーヴラント内での領土拡大に神聖レムスの後継国を大義名分としていた。

 ところが、ディビアラントへの東征を開始して以来、聖冠を象徴とした聖王教会の信仰と伝統文化、価値観を共有する諸邦連合帝国の形成を大義名分に据えている。現在ではもはや神聖レムスとは別物といっていい。


 では、カロルレン王国はどうか。

 こちらは王家が旧神聖レムス帝国皇帝の連枝である。血統的には正統性に不足がない。ただし、建国の経緯が酷い。落ち目の神聖レムス帝国に見切りをつけての分離独立/建国である。元神聖レムス帝国地域(アルグシア連邦)から見れば、裏切りに等しい行為だ。後継国を名乗ること自体が厚かましい。


 つまるところ、アルグシア連邦こそが正しく神聖レムス帝国の後継であり、大陸西方メーヴラント人アルグス民族の中心国なのだ。


 なのだが……これまた歴史的文脈を読み解く限り、アルグス人は常に内輪揉めをしてきた。

 地球における中欧史の如く同民族勢力同士が覇権をひたすら争ったように。その極致が血みどろの9年戦争であり、『アルグス人は同胞の血肉を貪り食らう蛮族』とクレテアやベルネシアから民族差別的軽蔑と嘲笑を買ったほどだった。


 長々と紙幅を割いて何が言いたいかというと、大陸共通暦1771年の初春において、アルグシア連邦は民族的伝統行為――『内輪揉め』を始めていた。


「どうしてこうなった」

 アルグシア連邦元首の評議会議長アウグスト2世は頭を抱えていた。


 頭を抱えているのは彼だけではない。連邦政府の主要高官は皆、同じく頭を抱えている。連邦軍総司令部の上層部に至ってはお通夜状態。日頃高血圧気味に威勢よく騒いでいた対外強硬派はすっかり呆けてしまっている。


 東メーヴラント戦争の“今後”を巡り、アルグシア連邦議会は荒れに荒れていた。

 元より開戦以降の不手際と損害の大きさに揉めていたところへ、聖冠連合帝国からカロルレン征服計画の予備案移行通達だ。この賛否をきっかけに連邦議会各派閥が猛烈に諍い始めた。あまりの酷さに聖冠連合が仕掛けた謀略を疑う声が出たほどだった。


 これほどまでに荒れた理由は、カロルレン侵攻が現段階でも『勝利』といえたことにある。

 そして、その勝利の結果が負債ばかりで意味も価値もないことがヒッジョーにマズかった。


 政治と経済において戦争の勝利は事のゴールではない。むしろ、そこからがスタートだ。政治的権益、経済的利権を獲得し、国に利益と利潤をもたらし、社会へ還元して民に届ける。そこまでやって初めてゴールである。


 つまり、これまで投資した金と物、流した血をどう評価するか、という話。

 元より此度の戦争に消極的だった派閥は予備案移行を大いに歓迎した。それどころか、予備案移行を連邦政府に迫るため、戦争継続の反対を強烈に主張し始めた。


 北部閥は『我々は充分に戦費と物資を提供した。もう出せない』と言い出し、

 南部閥は『対聖冠連合の人的資源をこれ以上失えない』と喚き散らし、

 西部閥は『これ以上の連邦体制の悪用は看過できない』と公式非難声明を出す始末。その非難の根っこはベルネシアとの貿易による好景気に水を差されたことへの不満だ。


 対して――

 侵攻軍の主力を担い、最も多くの負担を被った東部閥は、予備案を否定して征服完了まで戦争継続を望んだ。そうしなければ、犠牲と投資に見合った対価が得られない。

 意見としては分かる。問題は、彼らは彼らで方々に不満を持っていたことだ。

『各地域は泣き言ばかりで協力が足りない』と批判し、『こんなに犠牲が出たのは、連邦政府と軍が無能だからだ』と非難していた。


 カロルレン征服どころではない。今にも連邦で内ゲバを始まりそうな情勢だった。

 こんな状態では予備案移行に伴うカロルレンへの講和条件制定や、協定参加国内での利益分配の再交渉など望めない。


「最悪だ……」

 俳優サム・ワーシントン似の美中年、連邦高等外務官シュタードラー子爵もまた頭を抱えていた。


 カロルレンを征服しても、連邦が分裂、崩壊しては何の意味もない。聖冠連合帝国やベルネシアはここまで読んでサンローラン国際会議を開いたのだろうか? そんな詮無い猜疑心まで湧いてくる。


 もちろん、現状の非は戦争のやり方をしくじった自分達にある。だが、自身の非を認めて自省するより、誰かに責任を押し付けて喚き散らす方が、“楽しい”。


 付き合いの長い経済官僚のリュッヒ伯は、疲れ切った顔で言った。

「シュタードラー卿。我々は嵐の中、浸水している船みたいなものだ。対応にしくじれば、水底に沈んでしまうか、荒波でバラバラにされてしまう」


 リュッヒ伯はある種の絶望を滲ませた目で、

「状況としてはベルネシア戦役末期のクレテアより酷い。クレテアは経済的に破綻状態だったが、国内分裂の危険は抱えていなかった」

 大きな、とても大きな溜息を吐いた。


「東部閥や強硬派は現在の占領地を成果だと言っているが、その占領地を維持するための負担がどれほど大きいことか……私としては、相応の賠償金を得るか適正な条約を結べるなら、カロルレンに返してしまっても良いと思う」

「それほどに悪いのですか……」


「時間を掛ければ、これまで通りの内需中心の経済政策で立て直せるだろう。しかし、その時間がない。回復するより各派閥や民の不満が爆発する方が先だ。この侵攻で生じた損害と負担はそこまで酷いんだよ」

 リュッヒ伯は思い詰めた顔で告げた。

「それでも、私はこの連邦体制を維持すべきだと思う。神聖レムス崩壊や9年戦争で味わった塗炭の苦しみを繰り返すことだけは、なんとしても防がねば」


 シュタードラーは気付く。高等外務官として海千山千の外国人と舌戦論戦をしてきた彼だからこそ、気づいてしまう。

「リュッヒ伯。何をされるおつもりですか」


 問われたリュッヒ伯は、言った。まるで告解するように。

「……ベルネシアとクレテア、イストリアに資金協力、借款案を出すつもりだ。我々が外洋進出し、地域列強を脱して世界列強になる機会が遠のくが、連邦を守るにはそれしかない」


「……っ!?」シュタードラーは思わず息を飲む。


「売国奴と罵られ、失脚するだけで済めば御の字だな。下手をすると自称愛国者共に殺されるかもしれん。しかし、誰かが声に出して選択肢の存在を明らかにせねばならんのだ」

 唖然とするシュタードラーへ、リュッヒ伯は微笑んだ。

「我々は貴族だ。アルグスのため、貴き血に相応しい務めを果たさんとな」

 決意と覚悟を決めた、漢の微笑みだった。

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― 新着の感想 ―
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[気になる点] そう言えばこの世界では仏教やイスラム教のような聖王教会以外の宗教勢力ってまだ出てない? いや、出たら出たで地獄なんだろうけど…… [一言] まぁ国民の半分を女性が占めてるんだから女性支…
[良い点] 母に加えてばあちゃんにまで圧加えられたらそれ言い訳に仕事サボれん?w 職を奉じてる訳でもないし [気になる点] 経済破綻する勢いなのは現実としてあれど、ドランが金バラまいてある程度まだ回っ…
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