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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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閑話19b:東メーヴラント戦争・序幕の終わり

 聖冠連合帝国軍の若き将官カール大公はカロルレン王国南東部進出という戦略目標を果たせなかった。作戦中に生じた戦闘は全て勝利していたが、戦略目標を達成できない戦術的勝利に意義は薄い。


 よって、この時期のカール大公は少しばかり機嫌が悪かった。そう、軍務上のことが原因であり、愛妻や敬愛する義母と手紙のやり取りが滞っていたせいではない。きっと、多分。


 むろん、指揮官としての職責に一切の手抜かりはなかった。寝ぼけて命令を違えると言ったボンクラな真似はしないし、敵の動向を軽視したりしない。


「敵翼竜騎兵の移動を確認した?」

 カール大公は報告を受けて眉をひそめた。

「敵の翼竜騎兵は夏の大反攻で消耗し、まともに動けないと聞いているが……」


「数は多くありませんが、間違いありません。敵前哨拠点後方に数隻の飛空船も目撃されています」

 副官ラロッシュ大佐が淡白に告げる。

「前線後方にも歩兵一個大隊の移動が確認されました」


「……まさかとは思うが、アルグシア軍を叩いた大量破壊魔導兵器か?」

 カール大公が懸念を口にするも、ラロッシュ大佐は首を横に振った。

「複数筋から確認しました。カロルレンに大量破壊魔導兵器は残っていません」


「となると……侯都解囲か?」

 不審そうに訝るカール大公へ、ラロッシュ大佐も困惑気味に答える。

「そちらも不可能でしょう。夏の大反攻と閣下の攻撃で相当量の兵力と物資を失っています。解囲攻勢に出る余力があるとは考え難いかと」


「だが、実際に増強している。十中八九、我々に対する防備強化だろうが、飛空船の説明がつかない。連中は麦一袋、弾薬一箱でも多く調達したいはずだ。ヒルデンやソープミュンデに回さず前線に置いておく余裕などあるまい」

 カール大公の推察に首肯を返し、ラロッシュ大佐はもう一つの妥当な考えを告げた。

「では、第二軍への支援が目的では? 第二軍救援は不可能でも物資や兵員の補給で抵抗可能期間を延長できます」


「その意見も妥当だな。しかし、その場合にしても用意された戦力と移送能力が少なすぎる。侯都の第二軍はまだ3万ほど保持している。飛空船数隻の物資移送では焼け石に水だし、今更大隊を一つばかり送り込んでも意味が無かろう」

 これもまた、妥当な疑問だった。カール大公とラロッシュ大佐は互いに首を傾げた。カロルレン側の意図が見えてこない。


「全拠点に準警戒態勢を出しておけ。それと選抜偵察隊を編成、浸透偵察を実施しろ。とにかく探ってみようじゃないか」

「了解しました」


 カール大公は優れた軍略家である。

 優れているがゆえに、カロルレン軍側の軍事的意義の無い作戦行動を読み解けなかった。まあ、少数の貴族や富裕層の子弟を救援するための軍事行動を予測しろ、というのは軍事常識的にいって不可能だろう。


 ともかくカール大公はカロルレン側が用意した餌に興味を示した。

 あとは食いつくかどうかの問題だった。


          〇


 東メーヴラント戦争に二度目の冬が迫りつつある中、第二軍への空輸作戦が開始された。


 丑三つ時、寄せ集めの餌が狼達の鼻先へ放り込まれる。

 突如、前哨陣地へ行われた夜間砲撃と大隊規模の銃撃。カール大公麾下部隊は『救援部隊が攻勢に出たっ!?』と警戒態勢を強めた。もちろん、これは単なる陽動に過ぎない。


“餌”に食いついた帝国軍の頭上を、真っ黒に塗られた飛空船五隻がこそこそと駆け抜けていく。そのまま侯都包囲軍の頭上を飛び越え、侯都宮城内の離発着場や中庭などへ強引に進入。大急ぎで物資を下ろし、大慌てでリストの王族貴族富裕層の子弟を乗せ、”おまけ”として負傷兵達を積み込み、すぐさま離陸。


 押っ取り刀で始まった対空砲火の中、ケツをまくって逃げていく。帝国軍が翼竜騎兵の追跡部隊を送るも、これをカロルレン軍の翼竜騎兵が迎撃。


 結果、飛空船は全隻無事に帰還成功。翼竜騎兵と陽動の特務作戦大隊に若干の死傷者が出たものの、第一回空輸作戦はカロルレン側が驚くほどの大成功に終わる。


 この空輸作戦の成功は軍事的効果も意義も乏しかったが、第二軍将兵の士気を激烈に上昇させた。本国は自分達を見捨てていない。そう希望を抱いた第二軍将兵の抵抗は再び激烈なものとなる。

 これに侵攻軍総司令官ミュンツァー大将も侯都攻略軍団司令官ネタスコフ中将も、カロルレン王国領内に留まるカール大公も猛烈に憤慨した。


 彼らは現場指揮官達を猛烈に叱責した。

「たるんどるっ!! 綱紀粛正を徹底しろっ!!」


 特に激しく叱責された対空部隊や防空部隊(翼竜騎兵達)もまた激しく憤り、「カロルレンのクソ共め……もう一度現れたら必ずぶっ殺してやる」と呪詛を吐いた。


 一方で、帝国軍は困惑もしていた。侯都攻防戦は最終拠点の侯都宮城を巡る戦いになっている。今更小口の補給なんぞしても士気向上が望める程度、精々が死期の先延ばしに過ぎない。

 何のためにこんな危険な真似をしているのだろう?


 帝国側がカロルレン側の意図を把握できたのは、4度目の空輸作戦が実施され、その復路で飛空船1隻の撃墜に成功した時だった。


 高位貴族と富裕層出の将兵、それと重傷病兵が満載されていた。墜落時に大半が死亡していたが、帝国にとって幸運だったのは飛空船の航空士が生きていたことだ。彼は尋問されるとあっさりと吐いた。


 この作戦は、王国貴族と富裕層が自分達の子弟を脱出させるために実施している私的な作戦だと。物資搬入と傷病兵の移送はその私的行いを実施するための大義名分だと。


 この情報にミュンツァー大将もネタスコフ中将もある種の理解を抱く。彼らも家庭に戻れば一人の父親だった。愛する我が子を救うためなら何でもするだろう。たとえ世間を敵に回しても、軍歴を終えることになっても。

 だからといってカロルレン軍の行いを看過することは出来ない。

 戦争は非情だ。


 ネタスコフ中将は部隊配置を変え、飛空船の航路上に対空部隊を集中させ、砲兵部隊の一部を前進させて侯都宮城内の離発着場や中庭に砲撃できるようにした。


 この単純な対抗策はすぐさま威力を発揮した。

 5度目の空輸作戦で飛空船4隻のうち3隻が撃墜ないし大破。それでも、カロルレン側は残った1隻と翼竜騎兵に物資を積みこみ、6度目の空輸作戦に臨んだ。


 結論から言えば、6度目の空輸作戦は失敗に終わった。復路でカロルレン側勢力圏を目前に飛空船が撃墜されたのだ。


 ただし、カロルレン側は目と鼻の先に落ちた飛空船の救出を諦めなかった。

 この飛空船乗員の救出のため、特務作戦大隊が投入された。


 命令内容は簡単。

『如何なる犠牲を払ってでも、戦友達を救出せよ』

 運命の女神がにたりと笑う。


          〇


 占領した村落の村長屋敷で、カール大公は参謀達と共に迎撃計画を練っていた。


 カール大公は敵の救出部隊に対する偵察報告――『練度の低い寄せ集め部隊』という評価を疑うことはなかったが、“本命”がいるのでは、と考えていた。

 無理もない。

 カール大公は越境侵攻作戦でカロルレンの“手口”をたっぷり味わった。領兵団や民兵を、子供達すら肉盾として弾除けとして使い潰す所業を。

 また、この空輸作戦がカロルレン王国の貴顕や富裕層の子弟を救助するための作戦、という情報も得ていた。


 よって、カール大公はこの寄せ集め部隊が露払いか肉盾であり、本命の救出部隊があると考えた。


 ならば。

 寄せ集め共を敢えて墜落現場まで引き込む。そして、奴らが脱出を始めたところで襲い掛かり、本命とまとめて撃破する。

“お荷物”の負傷兵と役立たずの寄せ集め、負担を二つも抱えては本命の部隊もまともに戦えないだろうし、戦術的自由度も奪える。


「墜落現場はたしか丘陵森林地だったな?」

「はい。起伏の緩やかな丘に密度の薄い薪炭林が広がっています。付近に整備道路、河川はありません。ただ、林には林道一本が通っています」

 ラロッシュ大佐が地図を示しながら答えた。


 カール大公は首肯し、頭の中で具体的な作戦案を構築していく。

「となると、戦いの焦点はこの林道になるな。即応可能戦力は」


「担当戦区の第85銃兵連隊だけです。連隊砲兵は全て合わせて30門程度。騎兵は捜索軽騎兵二個中隊。寄せ集めの一個大隊相手ならお釣りが来ますが、“本命”相手にはちと不安が残りますな」

「第85連隊の両隣から打撃部隊を抽出できるか?」

「可能ですが、即応性は期待できません」

「本命の撃破に間に合えば良い」


 カール大公がラロッシュ大佐へ命じた直後、空襲警報が響いた。

 窓の外を窺うと、遠くの空でカロルレン軍の翼竜騎兵達が侯都へ向けて飛んでいく様が見えた。


「空輸作戦に投入された飛空船は今回の撃墜で全て喪失したと聞いていますが……」

「翼竜の背に乗せられる程度の物資でも届ける気だろう」

 カール大公はどこか称賛するように言った。騎士道精神を持つ彼は敵味方を問わず献身的勇気を発揮する者を讃える。


「そういえば、敵翼竜騎兵にかなりの凄腕が混じっているそうです。我が軍の翼竜騎兵達が殺気立ってましたよ」

「噂の”リボン”とかいう奴か。素性は分からないが、相当な腕前らしいな」

 カール大公は先の回覧を思い出す。


 空輸作戦に投入されたカロルレン翼竜騎兵は基本的に高練度だった(夏の大反攻に向けて猛訓練を受けているから当然だが)。その中に別格の撃墜王エースが混じっていた。


 手綱にリボン飾りを付けた奴で、滅法強い。でたらめに強い。空戦も対地攻撃も凄まじい腕前を発揮し、こいつが居ると居ないかでは自軍被害が文字通り大違いになる。

 姓名素性が不明なので、帝国軍は“リボン”と呼んで畏怖と憎悪を向けていた。


「空のことは空の連中に任せよう。我々は我々の敵に集中する」

 カール大公は地図を示し、軍人的冷徹さで参謀達へ告げた。

「奴らに今一度、我らの力を教育してやろうじゃないか」


        〇


 墜落現場で生存者を収容し、縦列で林道を撤収していく特務作戦大隊は絶好のカモだった。

 林道の両翼から帝国軍銃兵の数個中隊が一斉に襲い掛かる。色とりどりの軍服に身を包んだ帝国銃兵達の複層散兵線が樹木を盾に射撃(ファイア)&移動(ムーブ)を繰り返す。

 即応に不向きな縦隊行軍体勢、負傷者を抱えているという状況、練度も経験も足りない弱兵集団と不利が三つも重なり――特務作戦大隊はあっという間に士気崩壊を迎えた。


「やっぱり罠かよ」

 銃弾が飛び交う中、ラインハルトは心底忌々しげに吐き捨てた。


 特務作戦大隊が墜落現場へ向けて進撃を開始した際、前哨警戒線の帝国軍がやけにあっさりと後退した時点でかなり臭かった。前進を継続しても歓迎委員会の待ち伏せが無い時、確信めいたものがあった。何事もなく墜落現場に到着し、ラインハルトは完全に確信した。

 これは罠だ、と。


 もちろん、隻腕の大隊長へ上申した。これは罠で、墜落を生き延びた負傷兵達を担いで撤収を開始すれば、すぐさま敵が襲ってくると。翼竜騎兵の援護なり、友軍の支援なりを待って脱出すべきだとも。


 検討すらしてもらえなかった。大隊長は罠など承知だと鼻で笑いさえした。


 どうやら負傷兵の中にこれまた王族だか高位貴族の身内だかが居て、そいつの救命のためにも速やかに撤収しなければならないらしい。挙句、大隊長はラインハルトに後衛を命じた。

 ラインハルトは瞬間的に激昂しかけた。


 王族だから何だってんだ。そのくたばりかけた王族とやらは俺達数百人の命より値打ちがあるってのか。この国には王族なんて腐るほどいるだろうが。“予備”ならオルコフ女男爵領に居る連中だけでも釣りがくる。なんならルータ嬢を女王にでも担げば良い。バカバカしい。


 口に出せば不敬罪と抗命罪で即決銃殺刑になりかねない憤懣を抱えつつ、ラインハルトは自分の部隊へ戻った。

 そして、案の定この有様だ。


 クソが。いつもいつもクソ共アホ共バカ共のせいで面倒ばかりっ!

 ラインハルトは歩兵同様に小銃を抱え、兵士達に怒鳴る。良く通る音楽的な美声で。

「小便とクソを漏らして泣き喚きながら逃げたい奴は失せろっ! 俺の隊は武器を以って戦う奴以外は要らんっ!! 腰抜けでも能無しでも良いが、臆病者は失せろっ!!」


 その強烈な痛罵に中隊の恐慌が収まり、即席兵士達の顔に理性が戻る。

「平射砲は捨てろっ! 軽砲と負傷者だけ抱えて後退するっ!」

 ラインハルトは部下達に叫ぶ。

「第一小隊、第二小隊は合わせて俺が直率するっ! 両小隊は戦列を組めっ! 交互後退射撃準備っ! 第三小隊と中隊本部小隊は負傷者と弾薬の移送だっ! 急げっ!」


『了解しました、中隊長殿っ!!』

 促成少尉や下士官達が瞬時に動き始める。彼らは空輸作戦の陽動で幾度か敵との小競り合いを経験しており、その間に示されたラインハルトの能力と勇気に信頼を寄せていた。


「後退戦闘だっ! テメェらくたばりたくなければ、中隊長殿に従えっ!!」「急げバカ野郎っ! 死にてぇのかっ!!」「急げ急げ急げっ!!」

 兵士達の動きは御世辞にも早くないし、要領を得ていない。だが、臆病者は1人もいない。恐怖に顔を引きつらせ、歯を食いしばりながら戦闘と後退の準備を整えていく。


「第一小隊、準備完了っ!」「第二小隊準備完了っ!!」「第三小隊、本部小隊、後退を開始しましたっ!!」

 伝令達が怒鳴る最中も被弾して斃れる者がいるが、兵士達は逃げない。誰一人として。


 報告を受け、ラインハルトは兵士に混じって小銃を構え、叫ぶ。

「第一小隊、射てっ!」

 小隊単位の弾幕が林の一角を襲い、帝国兵達が怯む。ラインハルトは装弾作業をしながら指揮を執る。

「第一小隊は20歩後退っ!! 第二小隊、援護射撃用意っ!!」


 ラインハルト・ニーヴァリはガムテープとゴキブリに勝るとも劣らない頑強なしぶとさを発揮し始める。野戦将校に求められる最大の資質は軍事的才能ではなく、不屈のタフネスだ。

「第二小隊、撃てっ!」

 こんなところでくたばってたまるかっ!

 

        〇


「敵大隊は負傷兵を抱えながら林道沿いに後退中です。いくらか士気崩壊を起こして四散しましたが、後衛の混成中隊がしぶとく抵抗しています」


 報告を聞きつつ、カール大公はクリップボードに張り付けた地図を見下ろした。ラロッシュ大佐に告げる。

「寄せ集めにしては粘るな。督戦部隊のせいか? 第85連隊に圧力を強めさせろ。敵の本命は捕捉できたか?」

「現在捜索中です。未だ発見の報告はありません」


「妙だな。戦闘騒音の規模から戦況は把握できているはずだが……」

 綺麗に髭を剃った顎を撫でながら、カール大公はふと思いついたことを口にする。


「この敵大隊は例の部隊じゃないだろうな」

「例の部隊、とは?」

「報告書にあったろう。カロルレンには寄せ集めに見せかけた精鋭部隊がいる、と。 ひょっとしたら、この敵大隊はその部隊なんじゃないか?」


 ラロッシュ大佐は上官の推理に眉根を寄せて唸る。

「精鋭部隊をこんな軍事的意義の薄い作戦に投じますかね? 人道的には理解できますけど、精鋭部隊を投じるとしたら戦略的には悪手です」


「結局は人間がやることだ。理屈ですべてを説明できないさ。現に敵翼竜騎兵には恐るべき撃墜王が含まれている。軍事的意義の薄い作戦に、だ」

 確かに、とラロッシュ大佐はカール大公の意見に頷いた。敵の翼竜騎兵“リボン”はこんな作戦に費やすべき人材とは言えない。だが、戦争ではそういう非合理的事態が起きる。


「この部隊が件の精鋭ならば、おそらく我々が捜索している本命はいないだろう。その場合、我々は深読みしすぎて影を相手に怯えていたことになる」

 カール大公は男性的魅力の滴る微笑を湛え、

「両隣から抽出した打撃部隊の合流を予定より急がせろ。それから、捜索騎兵を分散展開。敵本命が居れば捕捉できる網となるし、居ないなら林道から出た敵の退路を遮断する」

 冷たく言い放つ。


「奴らをここで全滅させるぞ」


      〇


「中隊長っ! 壊滅した第一中隊の残余が合流を願い出ていますっ!!」「ニーヴァリ中尉ッ! 負傷兵達が置き去りにされていますっ!」「中尉殿っ! 弾薬の消耗が想定以上ですっ! このままでは持ちませんっ!」「中隊長っ! 本隊に置いて行かれていますっ!」「中尉ッ!」「ニーヴァリ隊長っ!」「中隊長殿っ!!」「中尉ッ!」


 青い顔をした伝令達が聞きたくない凶報と面倒事と厄介事を次から次へと持ち込んでくる。太陽が西へ沈みかけ、空が朱く焼けているが、戦闘の勢いは激しくなるばかりだった。


 特務作戦大隊の最後尾で敵の追撃を押さえていたラインハルトの中隊は、半ば本隊から置き去りにされていた。元より寄せ集め大隊の中の使い捨て用中隊だ。妥当な扱いである。


 しかし、ラインハルトは何一つ諦めていなかった。落伍者や置き捨てられた負傷者や武器弾薬を拾い上げながら、しぶとく粘り強く戦いながら脱出を継続している。


 中隊の指揮を執るラインハルトは、あまりに忙しく銃を撃つ暇すらない。

「戦う意思がある奴らは全て受け入れろっ! そのまま第一小隊と第二小隊の増員に回せっ! 動ける負傷兵と手透きの連中に遺棄された武器弾薬と馬を回収させろっ! 死体も漁れっ! とにかく使える物は全て拾わせろっ!」


 クソがクソがクソがクソがっ! なんでこんな寄せ集め部隊にガチで攻撃仕掛けてきてんだよっ! もっと気ぃ抜いて掛かれよっ! 真面目な敵とか最悪過ぎるだろうがっ!!


「第一小隊と第二小隊は交互後退戦闘を継続。第三小隊、先行して放棄された火砲を探せっ! 見つけ次第、射撃準備を整えろっ! 本部小隊は負傷兵の収容と回収した弾薬の分配だっ!」


「中隊長。クソ面倒です」

 返り血塗れの軍曹がやってきた。


「今更だっ! さっさと言えっ!」

 ラインハルトが血走った目を向けると、軍曹は吐き捨てるように言った。

「大隊本隊が壊滅しました」


「―――――――――――」

 ラインハルトも周囲の部下達も脳が情報を受け取ることを拒否した。が、軍曹は容赦なく繰り返す。

「我々を捨て駒にして先行していた大隊本隊は、林道を出た辺りで敵の待ち伏せに会い、全滅です。大隊長以下主要参謀将校は戦死。件の最優先救出対象者殿も死亡なさいました」


「っざけんなっ!」

 ラインハルトは軍帽を地面に叩きつけ、軍靴で踏みつけた。将校としても指揮官としてもあるまじき行為だったが、文句を言う者や反感を抱く者や失望する者は1人もいない。この場にいる誰もがラインハルトと同じ気持ちだった。なにより、ラインハルトはたった16歳でこの地獄の中で数百人の命を預かる重責を負っている。何者に彼の態度を非難する権利があるというのか。


 汚れた鈍金色の髪を掻き乱し、ラインハルトは秀麗な顔を悪鬼の如く歪めた。

「後退を中止っ! 林内に留まり、日が沈むまで防御戦闘に徹するっ! 弾薬を惜しむな、ありったけぶっ放せっ! 二個分隊ほど抽出して本隊の状況を偵察させろっ! 可能ならば魔導通信機を見つけ、息の有る魔導兵をしょっ引いてこいっ!」


「脱出しないので?」と曹長が問う。

「今、林の外へ出ても本隊の二の舞になる。夜闇に紛れて逃げる方がマシだ」

 ラインハルトは林道出口の方へ顔を向け、

「クソ野郎共が。面倒押し付けてくたばりやがってっ!!」

 戦死したという大隊長達を罵倒した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ラインハルト君の難関辛苦に乾杯(笑) ピンチになればなるほど輝くラインハルト君はこの戦争が終わったら幸せになって欲しいですね(無事に戦争が終わるとは言わない) [一言] 金髪の儒子、某転生…
[一言] ルータ嬢と結ばれて王家を簒奪すればいいんじゃないかな ? 秋の新番組 カロルレン英雄伝説 はっじまるよー! 『カロルレンの歴史がまた1ページ』
[良い点] ラインハルト君が主人公の様だ [気になる点] ラインハルト君が主人公? 転生令嬢さん頑張って [一言] ラインハルト君に幸あれ
感想一覧
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