閑話19a:東メーヴラント戦争、序幕の終わり
お待たせしました。文字量多めです。
大陸共通暦1770年:晩秋
大陸西方メーヴラント:カロルレン王国:南部国境付近
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ヴァンデリック侯都第二軍は侯都を迂回してカロルレン国境を突破したカール大公の軍団を止めるべく、兵站連絡線――侯都東の街道支線の遮断を企図した(15:10b参照)。
この攻勢は将兵の犠牲と物資の消耗を代価に成功。一時的に補給を断たれたカール大公は攻勢を中止して有利な地点まで後退を余儀なくされた。これにより、カロルレン王国南東部資源地帯の防御態勢を確立した。彼らの流血と犠牲が祖国を救い、ある意味では戦争の継続を決定したのだ。
だが、これは同時に第二軍の弱体化を意味し、彼らの“死期”を早めたに等しい。
祖国を救う代わりに抵抗力を弱めた結果、第二軍は追い立てられるように市街内へ後退を余儀なくされる。
ベルネシア王国の王妹大公令嬢結婚式が終わり、季節は中秋から晩秋に移った。日没後の気温は既に初冬と変わらない。東メーヴラント戦争は二度目の冬を迎えつつあった。
冬の気配に背中を押されるように、ヴァンデリック侯都市街戦は激しさを増す。濛々と街を覆う煤煙と爆煙の下、連日に渡って市街内の各所で血みどろの戦いが演じられている。
「ダメだ。視界が悪すぎる。敵の銃眼が見えない」
「怪しいところは構わず砲弾を撃ち込め。窓と露台はすべて破壊しろ。敵のこもる拠点は丸焼きにしてしまえ」
帝国軍は物量で強引に抵抗を破砕していく。それでも、カロルレン軍の必死の抵抗により、
「包帯所も野戦病院も満杯です。医薬品も足りません」
「足りないのは墓もだ」
帝国軍もまた多大な犠牲を払っていた。
攻勢重点から外れていた侯都西部では部隊単位ではなく、個人や少人数の死闘が繰り広げられていた。瓦礫の中で、廃墟の中で、小路で、屋根裏部屋で、地下室で、下水道で、狙撃手や装甲兵、戦闘工兵の決闘が無数に生じた。
煙に覆われた侯都上空は、聖冠連合帝国のものだった。
帝国軍旗を掲げた飛空船と翼竜騎兵が縦横無尽に飛び回り、爆弾や焼夷弾を投下し、銃砲弾を叩きつけ、魔導術を浴びせる。
この血で血を洗う市街戦における最も激しい戦いは、侯都中央広場にある聖王教会中央聖堂を巡って行われた。
二日間に渡る激戦により、中央聖堂はその主を17回変え、両軍の将兵が大勢死傷した。そうして、煤煙が覆う中、半ば崩れかけた聖堂鐘楼に聖冠連合帝国軍の軍旗がたなびく。勝利の歓声は上がらなかった。将兵はただただ生き残ったことを安堵している。
戦いはまだ終わらない。残る大拠点・侯都宮城を巡って市街戦は続く。
カロルレン第二軍は『見捨てられた軍団』である。
彼らは義務と責任を放棄しなかった。残存戦力と物資を可能な限り侯都宮城の最終防衛線まで下げ、約3万人のカロルレン将兵が最期の瞬間まで戦う覚悟を固める。
この第二軍の後退に合わせ、聖冠連合帝国の侵攻軍侯都攻略軍団は司令部を占領した中央聖堂に移した。危険の大きな選択だったが、熾烈な市街戦で疲れ切った将兵を鼓舞するため、司令部を前に出さざるを得なかったのだ。
ここで――話を侯都が最初に包囲された中秋頃まで戻す。
第二軍が包囲された戦況はカロルレン王国にも届いていた。カール大公の軍勢が国境を突破してきたことで、王国中央と軍が事実上、第二軍を見捨てたことも巷間に知られていた。その冷徹な判断は非難されつつも、受け入れられた。
西部に続き、ついに南部でも国土へ進入され始めた。第二軍の犠牲で侵略を少しでも遅らせることが出来るなら、というわけだ。
ただし、第二軍に親兄弟親戚友人恋人がいる者達の一部や、戦友愛や義務感の強い軍の一部は、第二軍将兵の死を座視していられなかった。
彼らは積極的に王国中央や軍に訴えかけた。
『第二軍の救出が不可能なことは認めます。それでも、“限られた者達”の侯都脱出は実現できるはず。わずかでも物資を届けることも』
誤解の無いよう言っておけば、戦訓を確保するためや“悲劇”を避けるため限られた人員を脱出させる例はある。
第二次大戦末期、ドイツ軍は東部戦線から高位勲章授受者を優先的に本国へ脱出させた(アカ共の報復で惨殺されかねないからだ)。日本軍も数々の玉砕全滅した戦場から戦訓確保のために参謀を脱出させていた(海上封鎖された沖縄からも脱出した者がいる)。
しかし、カロルレン王国中央や軍は彼らの動きを拒絶した。既に近衛騎士団が散々やらかしている。このうえ、貴顕や富裕層の子弟だけ脱出させれば、一般民衆はどう思う? 王国を見限って侵略者共に鞍替えしかねない。
ただ……王国中央や軍も指をくわえて第二軍を見殺しにすることに、思うところがあったらしい。王国中央や軍は一切の公的支援を拒否したが、現地将兵や民間が独自努力を払うことを止めはしなかった。
長々と書き連ねたが、いざ語らん。
彼らの物語を。
〇
「なんとかなりませんか、オルコフ女男爵。貴女しか頼れないのです」
「そうおっしゃられましても……」
ノエミ・オルコフ女男爵は屋敷の応接室で冷や汗を掻いていた。理由はアポ無しで突撃してきた客にある。
客――イレーナ・リーザ女男爵は国王ハインリヒ4世第一公認愛妾だった。
カロルレン王家は国祖から続く好色の一族であり、ハインリヒ4世は若かりし日に『姉妹丼』を楽しんだ。平たく言えば、イレーナ・リーザの姉は国王ハインリヒ4世の妻――王妃である。
イレーナ・リーザの爵位も御家とは関係なく、彼女個人に与えられたものである。領地も領民もいないが、その権力や発言力、影響力は大きい。
そんなイレーナ・リーザ女男爵がノエミの許に持ってきた話――第二軍救出作戦の支援要請は『出せる限りの金と人と物を用意しろ』という無理難題の極みだった。
挙句、閨房の人であり政治的動物であるイレーナ・リーザは如才なく、オルコフ男爵家に疎開中のハーガスコフ=カロルレン家も巻き込んでいた。
イレーナ・リーザの隣でハーガスコフ=カロルレン家のゴッドマザー・ガブリエラが暢気な顔をしつつも強烈な圧を放っている。
ノエミは内心で『クソ共が。クソ共が。クソ共がっ!』と激しく罵りつつ、
「イレーナ・リーザ様の御意見、ごもっともと思います。私も異邦の侵略者と戦う烈士達の援助、救援に否やはありません。しかしながら、私は僻地を預かる小領主に過ぎませんし、我が領は大災禍の被害から復興中です。過分な期待をされましても、お応えしかねます」
丁寧に建前を述べた。
ガブリエラがちらりとノエミを見据えた。オルコフ家の宗家筋ゴッドマザー、すなわちノエミにとって上部組織の女大親分が目線だけで『私の顔を潰すなよ』と警告する。
ノエミはちゃぶ台のように応接用テーブルをひっくり返したい衝動を覚える。疎開と称して人の家で遊び過ごしてるだけのカス共の親玉が偉そうにっ!!
と、ノエミに対峙する三人目の刺客、ルータ・ハーガスコフ=カロルレン嬢が予期せぬ救いの手を差し伸べた。
「イレーナ・リーザ様、大御婆様。そう一方的に迫ってもノエミ様も首を縦には振ってくださいませんわ。
ノエミ様は大災禍以降、御自身の所領に加え、事実上、王領マキラ大沼沢地とラランツェリン子爵家、ペンデルスキー男爵家の領地の面倒も見ているのです。それに、冒険者組合や素材関係の各産業ギルドも、今ではノエミ様を頼っていらっしゃいます。
その重責たるや如何ほどか。少しばかり手を緩めて差し上げては?」
ルータ嬢は中学三年生ほどの年頃だろうに、イレーナ・リーザやガブリエラを前にしても堂々と口上をのたまう。
彼女がここにいる理由は簡単。ゴッドマザーがルータに目を掛けているからだ。将来の奥向き差配役として。
イレーナ・リーザは内心で小娘が出しゃばるなと苛立ったが、柔和な面持ちを一切崩さない。旬の過ぎた熟女イレーナ・リーザが今なお第一公認愛妾の立場を保持している理由は、腰振りや姉の庇護ではなく自身の知性と演技力にある。
「たしかに、ルータ様の御指摘を鑑みねばなりませんね。昨年以来、オルコフ家の再建復興と成長が著しいので失念しておりました」
金を持ってんのは知ってんだよ、と迂遠に表現するイレーナ・リーザ。
この時期、カロルレン王国は総力戦で経済破綻状態だ。大領主や大商人達ですら帳簿相手に苦戦を強いられ、多くの貴族や富裕層が青色吐息になっている。
そんな情勢下、マキシュトクの再建や特別税制領の復興の中核を担い、冒険者組合や素材加工産業ギルドなど国内の関連産業とパイプも太い、というノエミ・オルコフ女男爵は本人が望まぬまま在野の有力者に化けてしまっている。
マキラ大沼沢地産のモンスター素材/天然素材がヒルデン貿易やソープミュンデ密貿易に用いられるようになってからは、その立場が強まる一方だった。
ノエミにとっては不本意な出世の元凶が、後世において白獅子の大番頭と呼ばれるオラフ・ドランだ。
才気煥発なこの小太り男はノエミへの好意と全くの善意から、大不況を余所にバンバンジャカジャカ稼いでいた。で、その金をオルコフ女男爵家から関係各位へ派手にバラまいていた。
その理由は、この国の情勢下で独り勝ち状態はヤバいから。利益を減らしてでも方々に恩と利を分配する方が良い。何より、特定地域や業種だけだとしても、金を回して経済を維持しないと枯死してしまう。
怪物ヴィルミーナが評価するだけあって、ドランの才覚は一商人というより実務的経済人だった。ただ、今回に限ってはドランの才覚が災難を呼び込んだ。構築した方々へのコネクションやパイプ、評判が悪い方向に作用してしまったわけだ。
「オルコフ女男爵様の御苦労はお察しして余りあります。しかしながら、私も手ぶらでは帰れません。忠勇なる第二軍将兵を、大事な人々を、心から憂う方々の期待を背負ってこの場に参じております。オルコフ女男爵。どうか彼らに希望をもたらしてくださいませ」
イレーナ・リーザは慇懃ながら拒否を許さぬ口調でぐいぐい迫る。蛇穴で活躍しているだけあって押しが強い。
オルコフ男爵家から漂う金と物の臭いを嗅ぎつけた連中は、イレーナ・リーザという大物をド田舎に送り込むほど、本気の本気でオルコフ男爵家から相応の援助を引っこ抜く気なのだ。
むろん、ノエミにしてみれば、迷惑千万の限り。
ただでさえ、大災禍の被害から再建復興中に戦争が起きて苦労しいしいなのだ。このうえ、貴重な人と金と物を毟られては、またぞろ再建復興計画を一からやり直し、という事態になりかねない。
本来は啓蒙主義者で守旧的な封建主義国家の貴族としては開明的なノエミだ。
大災禍のマキシュトク救援前なら、イレーナ・リーザの提案にすぐさま同意したかもしれない。しかし、あの地獄を経験し、王国中央や軍の対応を体験し、自領が大変な時にその場に居られなかったことを、ノエミは忘れていない。決して、忘れていない。
それに、オルコフ男爵家の資財は今や王国北東部地域の回転資金でもある。ドランがオルコフ家の信用を原資に各種事業を機構化したため、オルコフ家は機能として北東部の筆頭統括管理組織にして復興再建に特化した開発金融機関となっていた。文字通り、今やオルコフ家が王国北東部の心臓だった。ドランはやりすぎである。いや、愛の力は偉大というべきか。
この辺りの仕組みはもはやノエミの理解が及ばない。近代経済の仕組みは複雑すぎる。
イレーナ・リーザもガブリエラもまた、その辺を理解していない。良くも悪くも乳母日傘の御嬢様育ちで貴族暮らしをしてきた彼女達は、寝室の諸事や奥向きや社交界に関しては手練手管に通じていても、実体経済や実業の現場など想像もできない。
が、歳若く柔軟なルータは違った。
ルータはドランの許を出入りしながらあれこれと学び、ドランがオルコフ男爵家を核に据えて築き上げたシステムをおぼろげながらも理解した。
そして、慄いた。
ドランは、王家や諸侯がオルコフ家の実入りを妬んで諸利権や各種権限を奪おうとすれば、途端に周辺関係者が反発し、システムが機能しなくなるようにしてあった。
見方を変えれば、オルコフ家がコケれば、王国北東部全体の経済が、王国北東部から王国全体の経済が大出血するという恐るべき綱渡りの仕組みだった。
北東部経済はノエミとオルコフ家が安泰であるという前提で回っており、ノエミとオルコフ家の担保がオラフ・ドランだ。
つまるところ、ドランはノエミと自身を守るため、ノエミを“通じて”方々の人々を守るため、王国経済そのものを痛めつけられるシステムを構築したのである。いやはや。
ベルネシア(と白獅子)の進んだ経済/経営手法を知悉し、大災禍と戦争の混乱という間隙を利用したとはいえ、わずか二年足らずこれほどのシステムを作り上げる才覚と手腕。オラフ・ドランは紛れもなく才人だった。
なお、ルータが最も心胆を寒くした事実は別にあった。
こんな卓越した傑物を、ノエミ・オルコフは個人的魅力だけで従わせているという事実に恐れ慄いた。
これぞ女の本懐、その一つの極致だ。ノエミの偉大なる所業に羨望と嫉妬と畏敬の念を禁じ得ない女はいないだろう。ノエミ様ってすごい。
ルータは提案した。下手に拗れることを防ぐためにも。
「ノエミ様。専門家の意見を窺いましょう。彼の才人ならば、イレーナ・リーザ様の御要望とノエミ様の職責を兼ねた策を出せるはずです」
こうして呼び出された異国の平民オラフ・ドランは、イレーナ・リーザとガブリエラから侮りの眼差しを受けながら、ノエミからは縋るような目線を浴びながら、ルータからは期待するような目を向けられながら、諸事情を伺い、考えこみ――
言った。
「失礼ながら、イレーナ・リーザ女男爵様。貴女様をこちらへ御訪問させた方々はどこまで本気ですか?」
「……私が遊び半分でこの話を持ってきたとでも?」
流石にムッとしたイレーナ・リーザは、男受けする顔に微かな険を浮かべる。
「私は軍事の専門家ではないので、はっきりとした根拠はありませんが」
が、ドランは飄々と前置きしてから、本題に入る。
「陸路でヴァンデリック侯都へ行くことは不可能だと思います。第二軍はもちろん、この国の戦力は既に限界間近。聖冠連合の包囲を撃破して活路を開くことは無理でしょう」
外国人がさらりと祖国の非力を語ることに、イレーナ・リーザとガブリエラは瞬間的に苛立つが、同時に、外国人の客観的な指摘に残酷な現実を見せられた気分になる。
「ですので、空から行くしかないでしょう」
ドランは遠慮なく続ける。
「貴女様方が本気ならば、王国中央と軍を説得して飛空船と翼竜騎兵を確保してください。飛空船と翼竜騎兵を現地に投入するための金と物資は、投入される飛空船と翼竜騎兵の数に応じ、王国北東部全体で負担します」
「そちらが数を指定しなくて良いのかしら?」
イレーナ・リーザが探るように問えば、ドランは首を横に振った。
「失礼ながら、この国の状況は我々が数を指定できるような状況ではありません。王国の飛空船はそのほとんどがヒルデン貿易とソープミュンデ密輸、物資の各地分配に駆り出されています。また翼竜騎兵部隊は夏の戦いでかなりの損害を被っているとも耳にしました。北東部経済で負担不可能なほど数が揃うことはないでしょう」
淡々とカロルレンの苦しい懐事情を語るドランに、ノエミは舌を巻く。
ドランは表情を引き締めて続けた。
「私の母国ベルネシアの戦争を例にとれば、この作戦に投じる飛空船と翼竜騎兵は回を重ねるごとに犠牲が増します。成功可能と考えられるのは、最初だけかもしれません。脱出させる人員の順番も熟慮ください。また、時間も多くはありません。3日以内に用意可能船艇と騎兵の数を報せて下さい。こちらは一週間で物資を調達してみせます」
「3日、は時間が少なすぎます。王国中央と軍の説得だけで過ぎてしまうわ。実際に船と騎兵を用意するとなれば、もっと時間を――」
「時間が無いと申し上げました、イレーナ・リーザ様。聖冠連合は既に侯都を包囲し、戦いは侯都市街内に達していると聞きます。人と物を揃えても現地が全滅していては意味がありません。時間が全てなのです」
ドランは慇懃無礼と評して良い勢いでまくしたて、
「私がどこまで本気なのかと伺ったのは、貴女様方がこの話を実現するために、どこまでなりふり構わず動けるか、という意味です。貴族としての面目も面子もかなぐり捨てて、恥を晒して嘲笑を買うことになろうとも短時間で実行できるのか、そういう覚悟をお尋ねしました」
ベルネシア商人としての“怖さ”を発揮した。
気圧されたイレーナ・リーザは息を飲み、ゴッドマザー・ガブリエラはその無礼さに眉根を寄せた。傍らで見守るノエミはハラハラしつつも、“自分の男”の勇ましさにドギマギしている。ルータは目の前の“教材”から何一つ見逃すまいと瞬きすらしない。
ドランは再び問うた。
「貴女様方に出来ますか?」
〇
ドランに覚悟を問われた者達の中には、外聞を気にしてイモを引いた者達も少なくなかったが、なりふり構わず行動した者達も居た。特に一部の母親達が我が子のため熱烈に行動した。当然だろう。母親達は異国で鉛玉の餌食にするために我が子を産んだのではない。異邦の地でハラワタをまき散らして死なせるために愛情を注いできたのではない。
我が子を救える機会があるなら、面子などかなぐり捨てる覚悟が、彼女達にはあった。
こうした悲壮な努力をもってしても、搔き集められた飛空船はわずか5隻。それもベルネシア規格で言えば、中の下か下の上レベルのポンコツだ。
武装は自衛用も含めて全て外された。こんなポンコツ船ではどう足掻いても帝国軍の対空砲や翼竜騎兵と戦えない。
救出作戦に向けて翼竜騎兵部隊も用意された。志願者は部隊の三分の一にも満たない。大半は部隊が壊滅して行き場の無い者や、作戦中にヘマをやらかしたボンクラや、七つの大量破壊魔導兵器投下に関わった連中が無理やり押し込まれた。
そして、第二軍救援作戦の成功率を少しでも高めるべく、“餌”も用意された。
臨時編成の特務作戦大隊。名前こそ勇ましいが、中身は酷い。
正規軍人が宝石より貴重なこの時期であるから、大隊の人員はアルグシア軍の占領地や帝国の侵攻を受けて避難してきた戦災難民、戦時大不況で食い扶持稼ぎに必死な失業者などで構成されている。将校は例によって士官学生上がりの促成将校か予備役のロートル。下士官も負傷者上がりかロートルばかり。大隊長は大災禍の時に飛龍狩りに挑んで片腕を無くした装甲兵少佐。
まさに寄せ集め。
そして、我らの敬愛すべきラインハルト・ニーヴァリ少尉もこの寄せ集めに召集された。
なんせ彼は戦場で頭角を見せた歳若き俊才で、貴族でもなければ、コネの有る富裕層でもなく、有力派閥の紐付きでもない。ハーガスコフ=カロルレン伯家が囲ったように見えたが、実際は同期生の嫌がらせで後方に下げられたに過ぎない。オルコフ女男爵家やオラフ・ドランの庇護も届かない。
言い換えよう。権力者からすれば、使い捨てても文句の出ない手頃な人材だった。
「後方で遊んでろって話じゃなかったのかよ、クソッタレめ」
転属命令書を手に、ラインハルトは毒づいた。
それでも、軍人であるラインハルトは命令に従い、速やかに出征の支度を整える。家族の許に行く時間はないので、手紙を書く。引継ぎの書類を作り、世話になったノエミとドランはもちろん、ハーガスコフ=カロルレン家の人々にも挨拶へ赴く。
「貴様の武運長久を祈る。これは餞別じゃ」
ルータはラインハルトへ中尉の階級章と純粋な武勲を讃える(端的に言えば特典なしの)勲章を渡した。
目を瞬かせるラインハルトに、ルータはくすりと笑う。
「貴様には戦場で身内が世話になった。その礼じゃ。間違っても生前贈与の類ではないから邪推してくれるなよ」
「は、ありがとうございます、ルータ様」
ラインハルトはちっとも嬉しくなさそうに応じた。寄せ集めの餌部隊へ中尉として赴任する。つまりは周囲より多くのクソ面倒を押し付けられる口実が出来てしまった。小さな親切大きなお世話の有難迷惑だった。
「これは私からだ。貴官の幸運を祈ろう」
「こちらを上手く使ってください」
ノエミからは巨鬼猿の爪から削り出されたナイフを、ドランからは煙草や飴玉や蒸留酒を渡された。前者は実用的で、後者は様々な使い途がある。
「生きて帰って来いよ、ラインハルト殿」「御無事で」
人質のくせに遊び歩いているショレム・レズニークや、ヨナス少年も妹“達”と共に見送りにやってきた。
なんだか送別会染みてきたが、ラインハルトは皆へ美しい敬礼をし、軍馬にまたがって出征した。
……思っていたより名残惜しい。ここでの生活は嫌いじゃなかったんだな。
鬱陶しい暇人共の御守りは別にして、ノエミ・オルコフ女男爵やオラフ・ドランの手伝いでは多くのことを学べた。フリーダム過ぎる人質ショレム・レズニークやフリーダム過ぎる御嬢様ルータとの交流、ヨナス少年を始めとする孤児達と接することも楽しかった。
ま、ひと季節戦争から骨休めできただけマシか。
ラインハルトは軍帽を被り直し、士気を新たにして部隊集結所へ向かった。




