15:9
お待たせしました。
大陸共通暦1770年:中秋
大陸西方メーヴラント:ヴァンデリック侯国:ファロン山
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秋が深まる中、ファロン山攻防戦は佳境を迎えていた。
急峻で峻険な山岳地はその地形的制約からどうしても防御線に隙間が生じる。ゆえに、山岳戦とはその隙間を巡る戦いと言い換えても良い。攻める側は防御側の裏を掻くような難地形から突破を図り、守る側はその隙間を利用して待ち伏せや逆襲を図る。
地勢が非常に厳しく険しいファロン山地中央部の戦いに対し、カロルレン第二軍は自信を持っていた。地形を最大限活用して防御線を構築し、布陣困難な場所には大量の罠を仕掛けた。焼夷弾ロケットに対しても、液体焼夷剤が退避壕へ流れ込まないよう、塹壕内に“排水路”を組み込むことで被害の抑制を試みた。人員と武器弾薬も能う限り投入している。
第二軍のファロン山部隊はこの山地中央部で決戦に臨む。
一方、聖冠連合帝国軍は山岳地の戦いに慣れた聖冠連合帝国軍山岳猟兵を投入する。彼らは事前偵察によって慎重に突破ルートを図り、また同時に奇襲を計画した。
秋の霧雨に煙る暗い早朝、帝国軍は山岳地中央部を4時間に渡って砲撃した。砲弾には少なからず煙幕弾が含まれ、焼夷弾頭ロケット弾も用いられた。翼竜騎兵と飛空船による後方爆撃も1時間ほど行われ、最後に前線へ10分間の集中準備砲撃が実施された。
悪天候とこの五時間超の砲爆撃により、山岳地中央は砲煙と粉塵と雨霧に包まれる。その視界不良の中、聖冠連合帝国の山岳猟兵達が攻撃を開始した。
はっきり言おう。帝国の山岳猟兵はカロルレン第二軍の想像力を超えていた。
練度と経験が豊富な聖冠連合の山岳猟兵達は、手持ちの武器弾薬と登攀道具だけで超急斜面と凶悪な岩壁をガンガン突破していく。それも、第二軍が登攀/踏破不可能と見做していたルートを小隊、中隊単位ですいすいと進んでいった。
視界と大気中魔素の状態は最悪で、部隊間の連絡はほぼ不可能にもかかわらず、山岳猟兵達は構うことなく前進し、防御線の隙間から前線を抜けて後方へ浸透していく。
幾つかの部隊が罠や待ち伏せに掛かって撃破されていたが、全体の浸透突破はほとんど完璧に進行していた。
戦闘能力や隠密性はともかく、山岳登攀/踏破能力はベルネシア軍が誇る特殊猟兵並みだ。なるほど、正しく精鋭部隊である。
山岳猟兵の迅速な進撃により、ファロン山中央部の各防御拠点は寸断孤立し、第二軍総司令部は状況把握が出来なくなっていた。このため、効果的な増援派遣も阻止砲撃も出来なかった。
結果、山岳猟兵の攻撃開始から3時間半でファロン山地中央部は包囲、他拠点から寸断された。そして、孤立した各拠点が一つ一つ擦り潰されていく。
もはや戦闘というよりも作業だった。
ただし……その“作業”は容易くなかった。
「武器を捨てて出てこいっ!」
山岳猟兵の下士官が退避壕の奥へ呼びかけると、銃撃が返ってきた。
「しゃあない。発破を放り込め」
梱包爆薬が退避壕に放り込まれ、ドカン。退避壕が崩落し、奥に立てこもるカロルレン兵達は土砂と岩に押し潰された。
若い山岳猟兵が忌々しげに舌打ちする。
「クソ、面倒臭ェなぁ。カッペ共は降伏の仕方も知らねェのかよ」
包囲されたカロルレン兵達は絶望的な抵抗を続けた。対外戦争の経験が皆無に等しい彼らは、投降することを必要以上に恐れ、弾薬が尽きるまで戦い、弾薬が尽きると銃剣やスコップで突撃し、玉砕していく。
包囲された山地中央の部隊が磨り潰されていく中、第二軍ファロン山地の他部隊が連絡線の回復と解囲を図り、攻撃に出た。が、山岳猟兵達は奪取した拠点を使って逆に第二軍に出血を強要する始末。
こうして、攻撃開始から10日後。ファロン山地に聖冠連合帝国の旗が翻る。
ファロン山地には未だ第二軍の山地部隊が残っていたものの、制高地点が占領したことで聖冠連合帝国は侯都攻略の鍵を確保した。
山地中央が陥落した夜。ヴァンデリック侯都では、第二軍の将兵達がファロン山を眺めていた。山地のあちこちに見える光は帝国兵達の焚火か、それとも……
若い促成少尉が呟く。
「次は俺達の番だな」
〇
「フハハハハハハハハハッ!」
秋深まる朝方。王妹大公屋敷に魔王染みた哄笑が響く。
ヴィルミーナは勝利の笑い声を挙げながら下着姿で姿見鏡の前に立ち、仁王立ちしていた。
緻密な計算と計画に基づく食事、適切で適正な運動、金を惜しまぬ美容サロンの施術、怪しげな魔導系薬物と術式により、ヴィルミーナの腹回りと腰回りと尻回りは見事にシェイプアップされていた。今や腹部は絞られ、腰はきゅっとくびれ、お尻も見事なラインを描いている。
鏡に映るその容姿は、名匠の手掛けた女神像のように美しい。
まあ、足元では愛犬ガブがどこか呆れ顔でヴィルミーナを見上げていたけれども。
「結婚式までに間に合いましたね……」
げんなり顔の御付き侍女メリーナ。ヴィルミーナのダイエット作戦に付き合わされた彼女はただただ辟易としている。まあ? おかげで? 随分と痩せましたが? それはそれ、これはこれでございますとも。
そんなメリーナを余所に、ヴィルミーナは前世知識のうろ覚えでボディビルのポージングを始める。姿見を見つめながら、むふーっとナルシストっぽい笑みを浮かべた。
「いっそこの機会に全身ムキムキになるまで鍛えようかしら」
「やめてくださいまし」メリーナが嘆息をこぼす。「筋肉モリモリの御嬢様なんて見たくありません」
足元では愛犬ガブがどこか呆れ顔でヴィルミーナを見上げ続けていた。
苦笑いを湛えつつ、ヴィルミーナはポージングを止め、着替えを始めた。
着替えを終え、ガブとメリーナを伴って食堂に行く。と、母ユーフェリアと婚約者レーヴレヒトが卓上に置かれた新聞をネタに会話を弾ませていた。
「あら、楽しそう。何のお話?」
「先日、王国南部で催された自転車競技大会の記事だよ」
レーヴレヒトは新聞を突きながら言った。
王太子主催という名目の下で“白獅子”が催した障碍者競技大会は、ベルネシア国民を強く刺激した。
生活に余裕のある者達は娯楽を求める。生活に余裕が無い者も残酷な日々の鬱憤晴らしを求める。
こうして、ベルネシアでスポーツブームが生じた。陸上競技、マラソン、格闘技、蹴球(ルールの統一でかなり揉めた)、あれやこれや。もちろん、障碍者スポーツも盛んになっている。
このスポーツブームの中で予期せぬ例として、自転車の需要が激増していたことだろう。
※ ※ ※
ことの始まりは、ヴィルミーナがクェザリン郡のマッド共から寄贈された安全型自転車とロードレース型モドキを、『レクリエーション道具』として王妹大公屋敷や小街区オフィスに置いたことに起因する。
家人と社員達は安全型自転車やロードレース型モドキで遊び、その話を家族や友人にする。あるいは、自転車で遊ぶ様子を近所の連中が見ていて、その話を家族や友人にする。
で。家人と社員達は個人的に自転車を欲しがり、クェザリン郡のマッド達が請け負ったところ(ほぼ安請け合いだった)、即座に注文が殺到した。
問題点を挙げるなら、地球史に登場した自転車が産業革命の技術の精華――大量生産可能な工業製品にたいし、マッド共がこさえた自転車は職人芸の工芸品だったことだ。
平たく言えば、需要に対して供給が追っつかない。クェザリン製が手に入らないため、済し崩し的に他地域の工房でも製造されるようになってしまった。
結果、普及開始から三年と経たぬうちにスポーツブームに乗っかって、大会まで催された。どういうことなの(困惑)。
ただし、大陸共通暦1770年の自転車競技大会は、現代地球人の諸兄が思い描く『たくさんの自転車が一斉に走って競争する』スタイルではなく、工芸品染みた少数の改造自転車が鎬を削る自動車レース染みたものとなった。
※ ※ ※
さて、長々と脇道に逸れた話をしたが、話を戻そう。
レーヴレヒトが新聞を指差して言った。
「ヴィーナの友達が表彰台に上ったようだよ」
「なんですと?」
ヴィルミーナはレーヴレヒトの隣に座り、新聞を手に取る。
そこには挿絵と文章で、先の自動車競技大会の結果と勝者が記されていた。
『三位入賞。アリシア・ド・ワイクゼル』。それと『7位入賞。リア・ヴァン・トレーケレ』。
なにやってんの、聖女サマ。ヴィルミーナは眉を大きく下げた。
「リアが参加することは聞いてたけれど、アリスが参加していたのは知らなかったなぁ」
「ヴィーナ。自転車の出資者表記を見てごらんなさい」
意地悪っぽく微笑むユーフェリアに指摘され、ヴィルミーナは挿絵をよーく観察する。写実的なアリシアの自転車――ロードレース型モドキの絵には、スポンサーマークがあった。
ハイラム商会のものだった。
「アリスの奴、商売敵の金で走ってやがる……っ!」
ヴィルミーナは思わず苛立たしげに吐き捨てる。
なんだかんだ言って、ヴィルミーナはアリシアを身内と見做している。そのアリシアが反白獅子のハイラム商会の紐付きで大会に参加したことに、猛烈な不満と憤慨を覚えていた。
まあ、アリシアのことだから企業間の対立とか友情と金銭の相関関係とか、一切無視し、白獅子に先んじて話を持ってきたハイラムに乗っただけだろうけれども。
「御嬢様、言葉遣いが酷いですよ」
侍女長の御叱りを受け、ヴィルミーナは唇を尖らせつつも、それ以上の悪態を収める。
「ヴィーナが見たら目を剥いて怒るだろうなあ、と。ユーフェリア様と話してたんだ。予想通りだったな」
「そんな話題で盛り上がるな」
ヴィルミーナはレーヴレヒトを睨み、ついで、恨みがましく母も睨む。
「御母様も酷いです」
「ごめんごめん。でも、予想通りの反応でママは満足です」
悪戯を成功させた悪ガキに微笑むユーフェリア。アラフォーとは思えぬ可憐な美熟女。
悪びれない母に嘆息をこぼしつつ、ヴィルミーナは新聞のページをめくる。
十中八九確定だった新型飛空艦の建造計画にここへ来て『待った』が掛かったらしい。
それと、東メーヴラント戦争絡みで医薬品素材の市場がやや荒れ気味。
東メーヴラント戦争そのものはいよいよ南部戦線で聖冠連合帝国が侯都攻略に手を付けたとか。
ふむ。ヴィルミーナは給仕の淹れてくれた珈琲を口元へ運びながら、思考を巡らせる。
飛空艦絡みの情報は……聞いてへんなぁ。どういう事情の『待った』なんやろ。出社してから確認しとこか。
南部戦線で聖冠連合帝国がコケてくれたら、カロルレン征服計画は予備案の段階的征服に切り替わる。初期投資分が無駄になってまうけど、より有利な利権を確保できる。カロルレン北東部から素材資源を、ディビアラントから鉱物系資源を入手できるようになれば……
不意にヴィルミーナは目を細めた。肉食獣が獲物を定めるように。
カロルレンの経済は戦争でメタメタになっとる。段階的征服案の成立条件次第ではカロルレン経済へ大きく踏み込んでもええ。二次大戦後、アメ公が焼け野原の欧州と日本の富を食い散らかしたように、カロルレンの富を食い散らかす好機や。
あるいは――アルグシアを狙ってもええ。戦争で経済不安が広がっとるようやから、南海会社やミシシッピ会社モドキのバブルを仕掛ければ、食いつくやろ。弾けるタイミングを掌握すんのは難儀やけれど、上手くいったらクレテア以来の超大儲けやし、向こう数年は経済的にドンパチも出来んようになるわ。
この辺は南部戦線の展開次第やな。せいぜい気張り。あんたらの仕事の出来栄えによっちゃあ、目ん玉剥く事態が起きるで。ひひひひ。
レーヴレヒトは見事な悪人面の百面相を繰り返すヴィルミーナを優しく眺めながら、呟いた。
「本当に見ていて飽きないなあ……」
母ユーフェリアはしみじみと頷いた。
「ヴィーナの悪人面の百面相を見て、この感想と表情。ヴィーナは本当に良い婿を貰えるわねえ」
侍女長や御付き侍女メリーナは主の発言に同意の首肯をした。
〇
「有給とって自転車の大会に出るとかハマり過ぎでしょ」
「その価値があるのよ」
アストリードの揶揄に対し、リアは鼻で笑って返した。
チャリンコに激ハマりしているリアは、既に安全型自転車一台、ロードレース型モドキを三台所有している。
現状では工業製品化されていないから、いずれも完全なオーダーメイド品だ。
なお、リアはクェザリン郡の自転車工房にかなりの額を出資している。これにはデルフィネも苦笑い。
「それより、アリスがハイラムの金で出場した件、本当に知らなかったの?」
「当日、会場に行くまでアリスが出場することすら知らなかったよ」
パウラに問われたリアは困惑顔で返す。
「私だって仰天したわよ。あんな高性能な自転車を……アリスめぇ、羨ましいぃっ!」
妬ましいとも聞こえる呻き声を漏らしたリアに、パウラは呆れ顔を大きくした。
「アリスにはどういう事情でハイラムと関わったか聞いた?」
「そりゃ聞いたわよ。聞くでしょ、当然」
リアはカップを傾けてから続けた。
「ほら、アリスって教会で働いてるでしょ? それで、“大熊”ハイラムの孫だか曾孫だかの洗礼に立ち会ったんだって。そのつながりらしい」
「教会筋かぁ。盲点だなぁ。白獅子はその辺がちょっと弱いな」
顔をしかめるパウラへ、アストリードが鼻を鳴らす。
「だからって深く関われば、寄進と御布施の要求が嵐になって襲ってくる。敬して遠ざけるのが良い」
義両親のようにな、と闇深い追補があったが、パウラとリアは聞かなかったことにした。
〇
「確認したところ、新造飛空艦に待ったを掛けたのは王国府です」
「王国府? 軍ではなく?」
眼鏡をクイッと整えるテレサの報告を聞き、ヴィルミーナは怪訝そうに片眉を挙げた。
「軍は動いておりません。王国府経由です」と念を押すテレサ。
「そもそも飛空艦の新造計画を進めたのは王国府でしょ。なんで話をひっくり返す?」
「私の伝手で確認したところ、王国府の産業戦略部が嘴を突っ込んできたとか」
「奴らか」
ヴィルミーナは疎ましげに眉をひそめた。
王国府産業戦略部はその名の通り、国内外の産業戦略を扱う部署だ。産業戦略部は国内政策筋であり、自分達の頭越しに国王や宰相へ国家政策規模の話を持ち込むヴィルミーナを嫌う連中だった。
発端はゴブリン・ファイバーの権利問題。その後は白獅子の発展拡大に伴う業界再編や勢力拡大が、産業戦略部の産業育成や企業合併計画などをかなり“ワヤ”にしていた。
他にも、動力機関の権利問題、クレテア進出の事業振興協会やら、サンローラン協定のレーヌス大河利権絡み、完全に独断専行したソルニオル経済特区のディビアラント資源関係などなど、ヴィルミーナは産業戦略部の神経を逆撫でしてきた。
まあ、産業戦略部と揉めている組織は白獅子だけに限らない。
そもそもベルネシア王国は商業立国であり、国家方針として民間の自由競争を推奨、推進してきた。この御上の旗振りに従い、ベルネシア商人達は狡猾、獰猛に国内外で富を貪って御国を肥え太らせてきたのだ。
ところが、産業戦略部のやり口は統制経済の色が強い。
彼らに言わせれば、国内の自由競争で有力企業が潰し合うよりも、有力企業を合併統合して技術や資金、販売網などを結集、業界を整理した方が効率的かつ合理的、という訳だ。
そして、ベルネシア戦役で戦時体制に基づく産業統制をして以降、産業戦略部の力が増している。
で。困ったことに、ヴィルミーナは産業戦略部と軋轢があり、互いに反感を持ちながらも、ある部分で仲違いするわけにはいかない関係だった。
というのも、産業戦略部はヴィルミーナが企図した『協働商業経済圏構想におけるベルネシア規格の主流化』を熱烈に支持していたからだ。
商売の世界にありがちな、敵味方の白黒をつけがたい関係。その見本みたいなものだ。
ヴィルミーナは細い顎を撫でながら考えこむ。
前世の経験と知識から考えると、王国府の産業戦略部が飛空艦の新造計画に嘴を突っ込んできたということは、お決まりの企業合併と業界整理を目論んでいるに違いなかった。
新造飛空艦を口実に国内造船業界の整理を企むとして、ウチの造船会社を狙って来るのは間違いないわな。
白獅子の造船会社は規模こそ造船業界大手や老舗に及ばないにしろ、高速戦闘飛空艇グリルディⅢ型の改修や動力機関搭載試験船ユーフェリア号の開発で技術力を証明してきた。間違いなく狙われているだろう。白獅子から造船会社を分捕った実績を基に、白獅子の研究所を国の研究所と統廃合することまで計画するはず。
その方が統制経済的観点から効率的で合理的だから。
ざけんな。
ヴィルミーナは静かに憤慨する。
私の会社で私の研究所やぞ。私の社員達、私の職人達、私の研究者達や。全部私の物や。国だろうが役人だろうが、私の物を奪うなど断じて許さん。
そもそも、人がもうじき結婚するゆぅ時にクソ面倒な真似し腐り寄ってからに。許さん。許さん。絶対に許さん。
内心で猛烈に憤慨しつつも、ヴィルミーナの“反撃”は冷静だった。
「デルフィとリアに外交をしてもらう。奴らが余計な真似をしだす前に備える」
「政治家を通じて産業戦略部に圧力を掛けるので?」とテレサが問う。
「いえ。現段階ではそこまでやらない。こちらが反撃する用意を整えていると分からせれば、手を引く。連中は“優秀だから”バカな真似はしない」
御上を相手に決定的な対立をすると鬱陶しいことになる。
だから、こちらのメッセージ――『舐めた真似をするなら、いつでも相手になるぞ』と、牙を剥いてみせるだけで良い。
“優秀”な官僚はそれで手を引く。自身のキャリアを投げ捨ててまで組織の方針を遂行する役人などいない。なぜなら、役人は定期的に異動するから。面倒事は後任に押し付けるもの、というわけだ。
「それより、連中がどこを本体に合併統合を目論んでいるか知りたい」
「分かりました。そちらは私が調べてみます」とテレサが首肯した。
「必要なら他の子達の手も借りて。その旨を周知しておく」
テレサが退室し、総帥執務室に1人だけとなったヴィルミーナは大きく息を吐く。
これは王国府から私の結婚に対する御祝儀か? だとしたら、えらいユーモアが利いとるやんけ。
それとも……奴らも誰かに空気を入れられたクチか?
不意に脳裏に反白獅子派の筆頭連中がよぎった。
可能性はあるな。テレサの報告次第では……そろそろ一人くらい潰しとこか。
ヴィルミーナの紺碧色の瞳が凶悪に煌めく。
もう幾日で純白のドレスを着た花嫁となる身だというのに、この娘っ子は腹を空かせた怪物のように双眸をギラつかせている。
なんともはや。




