15:8
お待たせ候
大陸共通暦1770年:初秋
大陸西方メーヴラント:ヴァンデリック侯国:ファロン山
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聖冠連合帝国カロルレン侵攻軍ファロン山攻略軍団が放った焼夷ロケット弾の流星群がカロルレン軍陣地『高地596』へ降り注ぎ、弾頭の燃焼剤を飛散させて辺りを火の海にしていく。
高地の一角から莫大な黒煙が立ち昇り、空を黒く覆っていく様は、まるでファロン山が大噴火を起こしたようだ。
「大量破壊魔導兵器ほどではないが、これはこれで見応えがあるな」
黒煙に包まれるファロン山を双眼鏡で窺い、ニーゲンシュタイン中将が悪意をたっぷり込めて呟いた。
「あの黒煙の中にいるような運命は避けたいですな」と参謀長が溜息をこぼす。
参謀長の言う『避けたい運命』を送るカロルレン兵達は、退避壕や掩体壕の中で焼死と窒息死の恐怖にひたすら堪えていた。
魔導術士が居る部隊は退避壕や掩体壕の出入り口を魔導術の土壁で塞ぎ、酸素が欠乏する不安を抱きつつも焼夷剤が燃焼し尽くすまで耐える。魔導術士のいない部隊は掩体壕や退避壕をより深く掘って、少し長くでも耐えられるよう工夫していた。
それでも、少なくない掩体壕や退避壕がそのまま墓穴に、あるいは集団埋葬所に化けていく。
炎熱の奔流に呑まれ、生きたまま焼かれた者。有毒な高熱排気に巻かれたり酸欠に陥ったりして窒息死した者。塹壕の底や掩体壕の地面に骨まで黒焦げになった物体が転がっていく。退避壕の中では名状し難いほどの苦悶を浮かべ、喉や胸を掻き毟った亡骸が折り重なっている。
そうして『高地596』を炎熱と黒煙が覆い尽くしている間に、翼竜騎兵のようなもっさりとした軍装に身を包んだ帝国兵達が斜面を登っていく。
随分と垢抜けない格好だが、熱に強いモンスターの皮革と魔導術付与素材で作成された耐熱難燃装備だ。特に頭部をすっぽりと覆う兜は昆虫のように無機質な面構えで、なんとも不気味で恐ろしい。
一見動き難そうな格好をしていた帝国兵達は失笑を招くほどすいすいと斜面を登攀し、燃え盛る炎と立ち込める高熱煤煙の中を平然と進む。抵抗を受けぬまま最初の塹壕線に侵入した帝国兵達は空の銃座や射撃拠点、退避壕や掩体壕を探し出して爆薬や焼夷弾を投げ込み、カロルレン兵達を一網打尽。次々と突破口を啓開/確保していった。
焼夷剤の燃焼が収まると帝国銃兵達が突破口へ殺到し、高地596内へ流れ込む。
この日、聖冠連合帝国軍将兵が『挽肉高地』と呼んで恐れた高地596は、わずか5時間で制圧された。
たった一日で高地596が陥落したことで、カロルレン第二軍総司令部は高地603の放棄を決意し、夜陰に乗じてファロン山中央部へ後退させた。
陣地の固守より物資と兵力の保持を優先させたのだ。この判断は正しい。なんせ第二軍の補給と補充は泣けるほど絞られている。武器弾薬も物資も将兵も、手元にある分でやりくりするしかなかった。
結局のところ、紀元前から現代に至るまで、戦争とは“兵站”に尽きる。
聖冠連合帝国軍へ参じたベルネシア観戦武官や酒保業者に紛れ込んだ諜報員が、こうした情報を逐次本国へ届ける。その中には“御土産”も含まれていた。
〇
作業台の上に並べられた新式素材はいくらか損傷していた。どうやら修理に回された奴をちょろまかしてきたらしい。建前上は友軍の装備だろうに。狡猾というか姑息というか。
装備を検分している技術者や職人達は白獅子の研究所勤めの者達だった。御上はセカンドオピニオンを求め、確保した装備の検分を軍の外にも依頼し、白獅子にも御声が掛かっていた。もちろん、検分には軍の監視が付いて回るが。この場合は持ち込んだレーヴレヒトとその部下達だ。
「塩梅はどう?」
同席していたヘティが問う。ヘティは白獅子の技術系/資材管理系の総奉行だから、この手の仕事には当然出張ってくる。
「よく出来てるぅ」
服飾職人が讃嘆をこぼす。
「服もブーツも手袋もぉ、何らかの用剤で加工した翼竜の皮革と、断熱材に四角羊の毛を使っているようねェ。断熱効果がかなり高いみたぁい。外装皮革と表層側の羊毛は焦げていても、内装側まで一切熱を通していないぃわぁ」
WWEの筋肉ゴリラみたいな服飾職人がくねくねと身を捩りながら呟く。怖い。
「魔鉱合金のプレートは関節部に四肢末端部、脊髄沿いと両脇に両腿付け根か。なるほどなぁ。高くつく高魔導素材と付与魔導術は要所に絞ってやがんのかぃ。帝国野郎め。作り方を分かってんじゃねえかィ」
ミス・マープルみたいなお婆ちゃんの魔導具技師が感心するように唸った。品の良い見た目に反して口調が荒い。怖い。
「この兜も良くできてます。口の部分に色々詰めてある。これで有害大気を濾過してるのか。目元は……多分、モンスターの水晶体を切削剥離して加工したんだろうけど、凄いな。これほど薄く剥離できるのか……」
テイラー風の眼鏡青年が昆虫面兜を手にして色々な角度から覗き込む。
他の技師や職人達も手袋やブーツの中を覗いたり臭いを嗅いだり、表面を撫でたり摘まんだり……流石に舐めたりはしなかったが。
「帝国の魔導具屋は腕が良い。こら負けてられんわ」
お婆ちゃん技師を筆頭に技師達と職人達が不敵に笑う。どうもこの防護装備に刺激を受けたようだ。
検分が終わり、レーヴレヒトは部下に装備一式を持ち帰る支度をさせる。作業の間、ヘティやお婆ちゃん技師に報告書などの話を済ませた。
そして、レーヴレヒトは部下達を先に帰らせ、ヘティと共に小街区オフィスへ向かう。
白獅子の幹部用馬車に揺られながら、ヘティが向かい側へ座るレーヴレヒトへ問うた。
「レーヴレヒト様、あの装備をどう思います?」
専業の技術屋ではないにしろ、その方面の総奉行役を担うヘティは、技術者でも商人でもなく軍人の視点から出る意見を求めた。
レーヴレヒトは少し考えてから、
「職人達は指摘しませんでしたが、それなりに使い込まれた装備です。東メーヴラント戦争のために新開発されたものではないでしょう。最低でも二、三年前には支給されていたはず」
冷たい目で車窓の外を窺いながら続ける。
「つまり、聖冠連合帝国軍は炎熱と有害大気の発生下で作戦活動を見込んでいること。そうした状況を生む兵器、戦術を持っていることを意味する。焼夷弾頭ロケットが新兵器だとすると、別口で“何か”を持っている」
そして、その“何か”は東征で一度も使っておらず、ソルニオル関連の情報からは捕捉できなかった。
これだから大国は怖い。
いくつもの引き出しを抱えていて中々全容を見渡すことが出来ない。
レーヴレヒトはソルニオル事変の任務で見聞した聖冠連合帝国を思い出す。大陸西方メーヴラントだけでなくディビアラントや地中海、大陸南方、大陸中央域などの文化や民俗が混合した多文化国家。きっと自分達には想像もつかない思考や思案を持っている。そこからどんな兵器、戦術、戦略が生まれるのか。薄ら恐ろしい限りだ。
ふ、と小さく息を吐き、レーヴレヒトはヘティに話を振る。
「そうだ。ヘンリエッタ様。仕事でヴィーナに何かあったんですか?」
「と、おっしゃいますと?」
目を瞬かせて反問するヘティに、レーヴレヒトは説明する。
「数日前から急に俺の走り込みや鍛錬に付き合うようになりまして。何か心境の変化があったのかな、と」
「あ―――――……」
ヘティは返答に詰まる。思い当たる節があった。
※ ※ ※
あれは数日前。メルフィナが仮縫いした花嫁衣裳を持ち込んでヴィルミーナに試着させた時のこと。タイトなデザインの腰回りが……なんというか、その、かなりきわどかった。
「キツッ! キッツゥいッ! 寸法が間違ってない?」
しかめ面のヴィルミーナへ、メルフィナは容赦なく言った。
「私がヴィーナ様の花嫁衣裳で誤りを犯すなどあり得ません。ドレスが悪いのではなく、ヴィーナ様が太ったのでは?」
その時、ヘティは空気が軋む音を聞いた気がした。
「いや……いやいやいや、太ってない。太ってない。太ってないって。仕事服も私服も問題なく着られているんだから、そんなあり得ない。あーりえなーいっ!」
顔をひきつらせたヴィルミーナが断固として否定するも、
「寸法に余裕のある普段着と、体形に密着する花嫁衣裳を同様に考えられては困りますが……良いでしょう。手っ取り早く白黒つけましょうか」
メルフィナは巻き尺をジャッと音を立てて伸ばし、にやりと笑う。
「さ。腰回りを測りましょう」
結果は……ヴィルミーナが走り込みと鍛錬をするようになった。そういうことだ。
※ ※ ※
もちろん、ヘティはヴィルミーナの“友人”として婚約者のレーヴレヒトにこんな事情を開陳するわけにはいかない。女の仁義に反する。
ヘティはそつなく穏やかな面持ちを湛え、レーヴレヒトへ答えた。
「大きな問題はありません。ただ、王太子殿下主導事業の選定が中々決まらないので、気分転換に運動されているのかもしれないですね」
満点ではないが、誤答ではない回答。流石はヴィルミーナの薫陶を受けて育ち、側近衆の中でも独自の地位を築いた女である。隙が無い。
「なるほど」
レーヴレヒトはヘティの回答へ素直に首肯を返しつつ、『何か誤魔化されたな』と判断した。同時に、なぜ誤魔化されたのか、即座に思考を始める。
仕事絡みの件ならヴィルミーナは間違いなく自分へ相談するだろう。私的な問題に関しても、相談ではなく愚痴やぼやきというカタチで話をしてくるはずだ。ヴィルミーナがそういう“甘え”を示す程度の信頼を築いている。
つまり、俺“には”明かせない事情か。
なんだろう。もしも、浮気だったら度肝を抜かれるところだが。
レーヴレヒトは愛する女の秘密に面白味を見出し、小街区オフィスへ到着するまでの間、しばし推理に思考を集中させた。
なお、仮にどこかの馬の骨にヴィルミーナを寝取られていたなら、ヴィルミーナに悟られぬよう細心の注意を払いつつ、馬の骨を拉致して小鬼猿へ食わせる。そのうえでつつがなくヴィルミーナと結婚生活を送り、ヴィルミーナをこれまでと“変わらず”大事にする。
レーヴレヒトは病質性が強い。仮にヴィルミーナが浮気しても、そのことでヴィルミーナを咎めたり、別れたり、という選択肢はあり得ない。この場合のレーヴレヒトの思考回路は『浮気される自分が悪い』、そして、『俺の女に手を出す奴が悪い』の二点で完結する。ヴィルミーナに非は無く、手放すという選択は論外なのだ。ヤンデレかな?
ま、ヴィルミーナは浮気などしない。と完全に信頼信用している裏返しでもあるが。要するに、浮気を想像したのはレーヴレヒトなりの惚気だ。はー、あほらし。
楽しげな顔のレーヴレヒトに、ヘティは小首を傾げた。
〇
カロルレン王国北東部マキラ大沼沢地付近の特別税制領。その一つであるオルコフ男爵領の男爵屋敷は近頃、妙に騒がしい。
まずマキシュトク市と特別税制領の復興/再建、マキラ大沼沢地関連ビジネスのコンサルをしているオラフ・ドラン。と、彼の許に出入りする大勢。
次いで、戦争の激化で王国中央からオルコフ男爵家の宗家筋が疎開してきた。宗家筋の連中+使用人連中+警護部隊がまるっとオルコフ男爵家に居候している。その面々にはヒルデン独立自治領の人質ショレム・レズニークも混じっていた。
そんなオルコフ男爵領へ警護隊指揮官として放り込まれたラインハルト・ニーヴァリ砲兵少尉だったが、まあ、いろいろ呆れた。
カロルレン王国は昨年の大災禍と今年の戦争で諸々物資不足だ。にもかかわらずオルコフ男爵家の宗家筋は贅沢三昧。まあ、腹立たしいが、理解も出来る。やんごとない連中とはそういう生き物だから。
気に食わないのは連中の警護部隊だ。その将兵は宗家筋の係累縁者で固められていた。将校は宗家筋の子弟で、下士官兵は宗家筋の家人の子弟。要するにこの警護部隊は迂遠な『兵役逃れ』だった。腰抜け共め。
で、ベルネシア人のオラフ・ドランは男爵家の離れでコンサルタント業を営み、特別税制領のラランツェリン子爵家やペンデルスキー男爵家、冒険者組合を始めに各ギルドの関係者が常に出入りしている。人の出入りが複雑すぎて安全対策の面では最悪。
しかも、ヒルデン独立自治領の人質ショレム・レズニークはオルコフ男爵家の領兵団に混じって領内をふらふら出歩いてやがる。人質。人質だろ? 外国の人質だろ?
あまりにもあんまりな状態に頭痛を覚えるラインハルト。
そんなラインハルトへ、ノエミ・オルコフ女男爵は言った。
「宗家の連中は放っておけ。君はドランの警護をしてくれれば良い」
やれやれ。警護隊長から一護衛に格下げか。ラインハルトは溜息をこぼした。
が、実態は――
「ニーヴァリ少尉。そこの計算、出来てます?」
「……いえ、もう少し待ってください」
ラインハルトはドランに応じつつ、算盤に似た計算器を弄りながら溜息をこぼす。護衛どころか社員扱いだよ……。
それでも、ラインハルトは仕事に手抜きをしない。きっちり計算を終え、書類をドランに渡す。そのうえで、ちょっとした疑問を口にした。
「天然素材の採取量は増えているのに、モンスターの狩猟量はさほど増えてないんですね。むしろ、減少傾向にあるような」
ドランは書類を受け取りつつ、首肯した。
「天然素材物は大災禍の間、未採取でしたから。モンスターに関して言えば逆で、大災禍で大量に討伐されましたから、場合によってはモンスターの狩猟規制を見込まないといけない」
「つまり、モンスターを保護する、と? いっそ狩り尽くして開拓した方が良いのでは?」
「王国西部の平野地帯なら耕作地に開墾できますが、此処では無理です。土壌が耕作に不向きですから。マキラ大沼沢地はモンスターと天然資源を持続的に狩猟採取できるよう配慮しなければ、共倒れになります」
ラインハルトの疑問に答え、ドランは続けた。
「実のところ、ここ最近のモンスター素材はマキラ大沼沢地ではなくプロン造山帯の麓が中心です」
「そんな奥地まで入り込んでたんですか……」
呆れとも感心とも取れる顔つきのラインハルトに、ドランはやや疲れ顔の笑みを浮かべる。
「そうですね。ニーヴァリ少尉に馴染みある言い方をすれば、プロン造山帯の麓に橋頭堡を造り、マキシュトクから橋頭堡まで一直線の連絡線と兵站線を作った、といったところですかね。壊滅した各所の開拓村は無視して」
ラインハルトはその説明を聞き、ようやくこの離れが『司令部』で、ドランが『参謀長』なのだと認識した。なるほど、方々のお偉いさんが頻繁に顔を出すわけだ。
「それはまた……反発があったでしょう」
「当然です。しかし、まずは北東部経済が回る状態を作らないことには、難民救済や各地の復興再建など出来ません。個々人や各村々の問題は後回しにせざるを得ない。そして、後回しにせざるを得ない彼らの境遇改善に奔走しています」
ドランはどこか倦んだ面持ちで言った。
「目下の悩みは……外国人の私がこんなことを言うのもなんですが、戦争需要があるのに、価格統制をされているのが困りものですね。儲けが増えない」
東メーヴラント戦争によりマキラ大沼沢地の素材資源は需要が拡大していた。が、需要拡大に対して素材資源の価格は上昇していない。王国中央が戦時統制の一環として価格を抑え込んでいるからだ。これでは利益が伸びない。
当然ながら『安売りなんかしねーぞ』と保存のきく素材を貯めこむ者や、『そんな安値で売れるか。俺は俺のやり方すっぞ』と密売に手を染める者が急増している。その辺りを取り締まる官憲とのイタチごっこは白熱する一方だった。
「対策は無いので?」
「あるかもしれませんが、余裕がありません。なんせ戦争中ですから」
お手上げです、とドランはラインハルトへ両手を挙げた。
ラインハルトは少し考えこんでから、言った。
「……この戦争はいつまで“続けられ”ますか?」
ドランはラインハルトの真剣な眼差しに押し切られるように、答えた。正直に。
「軍事的には分かりません。専門外なので。ただし、経済的に言えば、近い将来、再建不可能な負債を抱え込むでしょう。一掴みの小麦を購入するために樽一杯の金穀が必要になるかもしれない。価格統制か物資統制を動員して制御を試みるでしょうが、とても制御など出来ない。貧困という名の地獄が出現します」
魔導技術文明世界は市民革命が未経験なため、ドランが『革命』という回答に行き着くことはない。
その悲劇的な、ある意味で喜劇的な未来を想像できないドランとラインハルトは、ただ嘆息を吐くだけだ。
と、ドアがノックもなく開かれた。
素人目にも高価な装いの14、5歳頃の美少女が、ふんぞり返るように仁王立ちしていた。背後には困り顔の子供達――オルコフ男爵家に出入りする孤児が数人ほど控えていた。
この美少女はハーガスコフ=カロルレン伯爵家の姫君ルータ・ハーガスコフ=カロルレン嬢だ。
ちょっと変わったところがあるルータ嬢は、宗家筋や家人の子女達よりオルコフ男爵家が保護する孤児達を愛でていた。
曰く『飼い慣らされて大人しい犬を扱うより、元気がある野犬を馴らす方が愉快じゃろ』
ひっでぇ言い草だが、ルータ嬢が男爵家に出入りする孤児達を庇護していることも事実だった。
たとえば、宗家筋の小僧が遊び半分にヨラの愛犬ナルーを召し上げようとした時、その“蛮行”を止めたのがルータ嬢だった。
曰く『貴様はオルコフ女男爵殿の領民から“奪う”つもりなのか? そのことが何を意味するか、理解しておるのか? 理解しておるなら、オルコフ女男爵殿に殺される覚悟があるのじゃろうな。理解しておらぬなら、その愚かさは貴族として生きる価値がないゆえ、今すぐ臍を噛んで死ね』
ひっでえ言い草だが、ともかくヨラは愛犬ナルーを手放さずに済んだ。
なお、ラインハルトが着任した際、初顔合わせのラインハルトへ、ルータ嬢は言い放った。
『初めて人を殺した時のことを語れ。それから、初陣でおしっこを漏らしたかどうかも』
さて、突如入室してきたルータ嬢は、
「ラインハルト。散歩に行く。わらわの供をせよ」
挨拶抜きでいきなり本題に入った。ドランには目もくれない。
微苦笑を浮かべるドランが挨拶した。
「こんにちは、ルータ様。今日も御麗しいですね」
「当たり前のことを言うな、ベルネシアのドラン。世辞ならば、もっと気を利かせい。そのような戯言ではノエミ殿の歓心を買えぬぞ」
物心ついた頃から美貌を褒められ、御世辞を言われ慣れているルータは、御世辞の内容に辛い。
「御諫言、ありがたく」とドランは苦笑いし、「ニーヴァリ少尉。ここはもういいですから、ルータ様に御同行してください」
「……了解です」
ラインハルトは苦い顔で腰を上げ、ルータ嬢と共に部屋を出ていく。
部屋を出ると、ルータ嬢は無言で顎を動かす。
ラインハルトはこぼれそうになった溜息を押し留め、左腕を腰に当ててルータ嬢に左腕を掴ませる。いわゆる御婦人のエスコート。
見目麗しい少年将校と御姫様が腕を組んで歩く様は実に映える。2人の後に続く孤児達がにやにやと楽しそうに笑った。
離れを出ていく子供達を窓から見送り、ドランはどこか悲しげに眉を下げる。
戦争が続けば、ラインハルトは再び戦場へ送られるだろう。子供達も少年兵や軍事補助員として徴集されるかもしれない。戦火がここまで及んだ時や絶望的貧困が生じた時、ルータや少女達がどんな目に遭うか……それに、愛するノエミのことが脳裏をよぎった。
ドランは考える。
どうすれば、この愛すべき人々を守れるか。自分には何が出来るか。
ドランは必死に考える。




