特別閑話3c:決着
ちょっと長めに候。
会戦3日目前夜。
ツァージェ会戦運命の3日目を迎えるに至り、両軍の首脳部はこの日が雌雄を決すると察していた。両軍共に軍の状態が4日目を迎えられないことを痛いほど理解していたからだ。
勝敗の鍵はカロルレン第一軍だった。
アルグシア軍の空中偵察では、カロルレン第一軍はツァージェから2日の距離にいた。しかし、油断はできない。もしも空中偵察が捕捉していない先行集団が居た場合、3日目の戦闘中に第一軍がツァージェに到着する可能性が高い。
第三軍と殴り合いの最中に第一軍が突っ込んで来たら、数の上で優位といえども敗北は免れない。いや、大軍が却って破滅的なパニックを招きかねなかった。
トロッケンフェルト大将はここで損耗した2個師団を下げ、第一軍が来る西へ配置した。彼個人としては第一軍が到着するまでに第三軍を撃滅し、全軍を以って第一軍を迎え撃つ腹だったが、軍の状態が冒険を許さない。ゆえに、保険を用意して第一軍の横入りを防がねばならなかった。
一方、カロルレン第三軍は既に“やるべきこと”を決めていた。他の選択肢などもはや考慮しなかった。カロルレン軍上層部の世代は封建制時代の気風が色濃い。啓蒙的貴族は若手ばかりで、軍の方針や意思決定に介在出来ない。
つまりはそういうことだ。
そして、会戦2日目に獅子奮迅の活躍をしたラインハルト・ニーヴァリ少尉は、第14旅団長から再び激賞された後、指揮下の混成中隊が増強中隊になった旨を伝えられる。
平射砲8門、騎兵砲6門、多銃身斉射砲2門、軽傷者を含む銃兵600名と魔導術士若干名。増強中隊という名目の大隊規模だった。
追加された将校達は同じく士官学校未修了の即席少尉達――平民出か毒にも薬にもならない木っ端貴族の倅や娘。あるいは名目上、少尉に野戦任官された下士官達だった。
余りにも露骨な編成と人員に、ラインハルトはぎりっと歯噛みした。
まあ、第三軍のお偉いさん達にしてみれば、当然の話だ。激戦の最中に大手柄を挙げた有能な人材が、王国中央や有力者の紐が無い少数民族の促成将校。惜しげもなく使い潰せる優秀な消耗品に見えたことだろう。むろん、これはラインハルトの許に放り込まれた将兵全てに言えることだが。
2日間に渡って戦線崩壊を防いだ御褒美が“これ”かよ。クソッタレめ。
ラインハルトの心の中でどす黒い感情が蠢く。
分かっていたことではある。
大災禍の際、王国中央と軍はカロルレン北東部マキラ大沼沢地と周辺地域を見捨てた。ラインハルトに言わせれば、少数民族ベースティアラント人の土地と入植してきたアルグス系の貧乏人を見殺しにしたに等しい。
”俺達”は見殺しにしても良いような存在だってのか。使い捨てにしても良い命だってのか。
ラインハルトは敵を見るような目で軍旗と共に掲げられているカロルレン王国旗を睨んだ。
クソ野郎。
〇
ツァージェ会戦3日目。太陽が地平線に頭を覗かせる寸前。青色の薄闇の中――
カロルレン第三軍右翼が先手を取って攻勢に出た。
たった15分の全力砲撃の後、右翼突出部から戦列歩兵の集団がアルグシア軍陣地へ突撃していく。暢気に速歩前進などしない。戦列を組んだまま全力疾走だった。
突撃の先陣を務めた銃兵大隊はアルグシア軍の緊急即応砲撃と銃兵の応戦で瞬く間に壊滅したが、彼らが犠牲となって稼いだ時間で、後続の戦列集団がアルグシア軍部隊へ襲い掛かり、敵味方が入り混じる。こうなっては砲撃など出来ない。
銃剣と銃床、刀剣類、そして、自らの拳を武器に早朝から凄惨な殺し合いが行われた。
第三軍は第一軍が到着するまで守りに徹する。そう考えていたトロッケンフェルト大将達は度肝を抜かれたが、聖冠連合帝国と戦い続けてきた経験が活き、動揺はしても混乱にまでは陥らない。
「これは守勢攻撃ではなく全力出撃だ。奴らは予備戦力も投入している」
トロッケンフェルト大将は小指を立てながら口髭を整えつつ、命令を発した。
「アゴラツェ村に展開している部隊へ攻撃命令を出せ。今、中央を抜けば敵本営まで遮るものは何もない」
アルグシア軍は右翼で第三軍の攻撃を受け止めつつ、中央の突出部からカロルレン第三軍の息の根を止めるべく攻勢に出た。
かくしてツァージェ会戦3日目は二つの攻防戦が生じる。
カロルレン第三軍は右翼から死に物狂いで突進を続け、敵を掻き分けるようにアルグシア軍本営を目指していく。それはさながら大坂の陣で敵中突破を図った真田勢を思わせる必死の突撃だった。
一方、アルグシア軍は戦線中央のアゴラツェ村から進出し、立ちふさがるカロルレン第三軍と血みどろの戦いを繰り広げた。両軍は一歩も引かず、ナポレオンとクトゥーゾフが戦ったボロジノ会戦のような血で血を洗う戦いとなった。
両軍が揃って敵本営を砕かんと攻撃し、自軍本営を必死に守る。息を止めての殴り合いみたいな状況。
となれば、肝はどちらが先に息切れするか。
カロルレン王立軍兵もアルグシア連邦兵も、誰も彼もが死に物狂いに戦った。
砲を放ち、銃を撃ち、銃剣で突き、剣で斬り、銃床で殴り、素手で相手の首を絞める。砲弾に吹き飛ばされ、銃弾に貫かれ、銃剣で抉られ、剣で裂かれ、銃床で砕かれ、素手で息の根を止められる。
カロルレン王国の片田舎ツァージェに死傷者の山が築かれ、血の川が流れていく。戦塵と砲煙と噴煙がもうもうと立ち昇り、夏の陽光を遮っていた。
この死闘の最中、ラインハルトは気づけば、カロルレン第三軍側の最前衛の一角を担っていた。増強されたとはいえ、たかだか一個中隊。とっくに剣林弾雨の前にすり潰されていてもおかしくなかったが……サイコロを弄ぶ性悪女神の高笑いが聞こえてきそうだ。
「あの突破口へ、もう一度突撃するぞっ!」
敵銃兵の群れを掻き分け、味方の死傷者を置き去りにして。前へ。ただ前へ。激しい抵抗に妨げられても、諦めることなく前へ向かって進み続ける。まるでシェイクスピアの『ヘンリー五世』が語るがごとく。
しかし、戦闘が激しければ、比例して弾薬の消耗も早まる。
最前線で悪戦苦闘している第14旅団混成増強中隊も例に漏れない。
頭上や傍らを弾丸が飛び交う中、下士官がラインハルトの許へ駆け込んでくる。
「中隊長っ! 砲も銃も残弾わずかっ! 後方から補給がきやがりませんっ!」
「銃弾と手榴弾は動ける負傷兵を使って、そこらに転がってる死体から掻き集めさせろっ! 砲弾はすぐ後ろの部隊から引っ張ってこいっ!!」
ラインハルトは眉目を釣り上げて怒鳴り飛ばす。
「すぐ後ろからって……ありゃ王族の部隊ですぜっ!?」
目を丸くした下士官へ、
「ンなこと気にしてる場合かっ!」
ラインハルトは腰に差した拳銃を抜いて下士官へ押し付けた。
「向こうがごちゃごちゃ抜かすなら、この“命令書”を使えっ!」
このガキはイカレてる。下士官は頭を振りながら、一個小隊ほど連れて隣の部隊へ向かった。“命令書”は使わずに済んだという。
〇
近代戦における正面戦闘。その勝敗を分ける要素はいくつかある。
が、結局は質か量、あるいはその両方を以って敵勢力を完全に上回ることだ。そして、質的に伍した状態ならば、勝敗を決する要因は量だ。
午後3時半過ぎ。
第三軍の振り下ろした拳はアルグシア軍本営まで3キロの地点まで迫っていた。
同時に、アルグシア軍の突き出した拳もまた、第三軍本営まで4キロのところに到達している。
両軍先鋒は既に弾薬がほぼ尽きていた。また将兵は早朝から続く激戦に疲れ果てていた。両軍の攻勢が息切れに達しかけている。
トロッケンフェルト大将は誰へともなく諮問した。
「敵第一軍は本日中にツァージェに到達しうるか?」
参謀達は首を横に振った。ヤンケ准将が代表して告げる。
「西に配した部隊から発見の報告はありません」
小指を立てて口髭を幾度か撫でた後、トロッケンフェルト大将は言った。
「では、西の守りに出した二個師団を大至急戻し、戦線中央に投入せよ」
トロッケンフェルト大将の命令は最優先で実施された。
午後四時までに損耗しているとはいえ、二個師団もの戦力が最前線へ投入される。カロルレン第三軍の中央部はこの二個師団の投入に耐えられなかった。
午後6時手前頃。
アルグシア軍先鋒が第三軍本営へ突入。勝敗は決した。
しかし、ツァージェ会戦は“まだ終わらない”。
第三軍中央部隊は打破され、本営は確かに陥落した。
だが、左翼部隊は未だ一定の戦力を残しており、主力としてアルグシア軍本営を目指していた右翼部隊もまだ健在。それどころか左右両翼部隊は本営陥落と同時にすぐさま代理指揮官を立て、動揺を抑え込むことに成功していた。この辺り、全てを賭して勝負に臨んだ覚悟が活きたようだ。
カロルレン第三軍残余は選択肢を突きつけられる。
降伏か、玉砕か、脱出か。
そして――
ツァージェ会戦、締めくくりの戦いが始まる。
〇
戦争において最も多くの犠牲が出るのは、互いに戦闘の最中ではない。勝敗が決定して戦場から後退、撤収、脱出する時が最も大勢の死傷者を生む。背中を晒して逃げる敗者が一方的に刈り取られるからだ。
ゆえに撤退の後衛部隊はあらゆる艱難辛苦を味わう。敵へ向かって進む先頭部隊は後に続く部隊の支援を受けられるが、後衛部隊はなんの支援もない。
ツァージェ会戦にて本営が潰され、撤退を余儀なくされた第三軍残余は、まず右翼と分断された左翼部隊が狙われた。彼らは第三軍主力たる右翼軍の脱出を支援するため、全周包囲されながらもひたすらに抵抗し続けた。
敵中深くまで進入してしまった第三軍主力たる右翼部隊は後衛部隊に全てを託し、撤退していく。
むろん、勝ち戦の勢いに乗ったアルグシア軍は猛烈な勢いで第三軍右翼部隊を追う。ここで第三軍主力を壊滅させなければ、“安心”できない。
この大津波のような追撃に立ちふさがったのは――
「中隊長っ! 2時方向より敵騎兵が接近中っ! 中隊規模っ!」
伝令の報告を聞き、混成増強中隊を率いるラインハルトは舌打ちして怒鳴った。
「砲を前に出せっ! 散弾の直射で叩き潰せっ!」
「散弾は売り切れですっ! 徹甲弾も残弾わずかっ!」と下士官が怒鳴り返す。
「なら榴弾だっ! 信管着発、直射用意っ!」
ラインハルトの命令に砲兵達が目を剥く。
「近すぎますっ! 味方が弾殻片に巻き込まれますよっ!?」
「騎兵に突っ込まれるよりマシだっ! 馬に踏み潰されたくなければ、さっさとやれっ!」
目を血走らせたラインハルトの殺意染みた迫力に屈し、砲兵達は半べそ掻きながら砲弾を装填していく。
「ああちきしょうっ! もう滅茶苦茶だっ!!」
「撃てっ!」
ラインハルトの号令の下、中隊の火砲が一斉に火を噴き、迫りくるアルグシア軍騎兵中隊を薙ぎ払う。至近距離で炸裂した榴弾の衝撃波と弾殻片が部下にも被害が出るが、ラインハルトには“そんなもの”に構う贅沢など得られない。
もっと賢く、もっと手際よく、もっと要領よくやることも出来ただろう。しかし、ラインハルトにはそのための知識も経験もない。彼は士官学校の教育を全て修了していない半人前の指揮官で、経験も足りない16歳の少年に過ぎないのだから。
突撃の先鋒を務めさせられたと思ったら、今度は撤退の殿だぁ? ふざけやがってっ! ふざけやがってっ! ふっざけやがって―――――っ!!!!!
ラインハルトの混成増強中隊は、アルグシア軍本営を目指して最も深く進入した部隊の一つだった。なのに、第三軍右翼部隊の最後衛として主力脱出のケツ持ちをやらされることになった。
血みどろの撤退戦の中、ラインハルトは投げ捨てられていた第三軍の軍旗を見つける。
ラインハルトは泥塗れの軍旗を左肩に担ぎ、怒鳴り叫ぶ。
「こんなところで死んでられるかっ! なんとしても生き延びるぞっ!」
戦場に置き去りとなった負傷兵達、部隊が壊乱して迷子になった生き残り達。彼らはラインハルトの担ぐ軍旗を目にすると、気合と根性を絞り出し、混成増強中隊に加わっていく。
また先行して撤退した部隊が置き去りにした武器弾薬、医薬品、馬匹や馬車などを搔き集め、少しでも火力を強化し、ハリネズミのように抵抗しながら後退していく。
ラインハルトは部隊指揮官としてただひたすらにやるべきことを成した。
負傷者を乗せた馬車が脱輪すれば、兵士達共に馬車を押した。疲れて座り込んだ兵士のケツを蹴って無理やり歩かせた。飯の代わりに神経刺激剤を齧り、兵士達が小休止で休んでいる間も、地元出身者から話を聞いて脱出ルートの選定を行った。
負け戦の中でなおも奮戦敢闘を続けるラインハルトに、運命の女神が投げたサイコロが良い目を出したのだろう。
会戦三日目の深夜。
アルグシア軍の追撃が不意に止んだ。そして、西南の方角――ツァージェ会戦が行われた辺りから戦闘騒音が聞こえてきた。
激戦に勝利して気が抜けていたアルグシア軍に、第一軍が大規模夜襲を仕掛けていた。
もっとも、そのことでラインハルトの苦労が無くなったわけではない。
敵の面倒が無くなると、今度は味方の面倒が生じた。脱出行の最中、ラインハルトは“落とし物”を拾った。
「あ? 王族?」
疲労困憊の極致で飛びそうな意識を薬物で支えていたラインハルトは、子供が見たらトラウマになりそうな顔で斥候に問い返す。
「は、はい。ニーヴァリ中隊長殿。脱出中、原隊からはぐれたそうで……」
「そのクソマヌケな王族は“どの程度の”王族だ?」
国祖からして色情魔だったカロルレン王家は一族一門衆が多い。ベースティアラントの特別税制領の貧乏領主達にしても一応は王族だった。
露骨な悪罵を吐き捨てるラインハルトへ、斥候はおずおずと言った。
「ハーガスコフ=カロルレン伯爵家の方で、アンドレイ・ハーガスコフ=カロルレン大佐です」
ラインハルトは心底嫌そうに顔をしかめた。
ハーガスコフ=カロルレン伯爵家はオルコフ女男爵家の宗家筋に当たる家だ。三代目国王がお手つきして以来、王国中央に食らいついている。
社会経験や組織の論理に理解が浅いラインハルトも、今後の展開に察しが付く。
この撤退脱出行における全ての手柄が、そのハーガスコフ=カロルレン大佐とかいうマヌケの物になるだろう。
王族大佐と少数民族の貧乏土豪出の促成少尉。どちらにスポットライトを当てるべきか言うまでも無かろう。
ラインハルトはどこか達観した面持ちで息を吐く。疲れ切った眼をして斥候へ言った。
「そのボンクラ大佐の許へ案内しろ」
〇
「最後の最後でやられたな」
トロッケンフェルト大将は小指を立てながら細巻を吹かし、紫煙と共に大仰な溜息を吐いた。
第三軍との死闘を制した後、一部の部隊に夜を徹して追撃させた。が、休息を取らせた大半の部隊は勝ち戦で完全に気が緩んでいた。激戦続きで武器弾薬も使い果たしていた。
そこへ第一軍が大規模夜襲を行った。
この夜襲は見事に、アルグシア軍にしてみれば遺憾なことに大成功に終わり、全周包囲されていた第三軍左翼部隊も脱出に成功する。第一軍は速やかに撤収。戦場から離脱していった。
「ほぼ無防備なところを襲われたにしては、兵員の損失はさほどありません」
兵站参謀が苦りきった顔で言った。
「しかし、馬匹と馬車の損害は甚大です。此度の会戦の消耗と合わせ、兵站部はいかなる軍事作戦も遂行困難と申し上げます」
「誠に遺憾ながら……この二週間で負った損害と消耗を鑑みると、夏季攻勢で得た占領地域の維持は困難と言わざるをえませんっ!」
参謀長のヤンケ准将が参謀達を代表して意見した。
「戦線縮小を上申しますっ!」
「……貴官らの意見は軍事的には全く正しい。だが、政治的には大間違いだ。その意見を容れたなら、私も貴官らも軍歴が終わるぞ」
トロッケンフェルト大将は再び大きな溜息を吐き、言った。
「カロルレンもかなりの損害を被ったはずだ。さらなる攻勢は出来まい。とりあえず今確保している地域で少し様子を見よう」
トロッケンフェルト大将の読みは正しかった。
カロルレン王国は『三連撃』と『大鉄槌』で力を使い果たし、動けなくなっていた。
後世、『ここで攻勢を継続できたならば、アルグシア軍を国境付近まで押し返すことが出来たのではないか?』という意見がしばしば出るし、架空戦記の類では実際に反攻作戦を継続する話もそれなりにある。
だが、現実には無理だった。人的損失、武器弾薬や物資の消耗、戦費負担。あらゆる面でカロルレン軍は限界を迎えていた。
とはいえ、この攻勢は無意味ではなかった。
なにせ、アルグシア軍はこの二週間で戦死4万弱、負傷7万強。翼竜騎兵3個旅団と4個飛空船隊が壊滅。馬匹と馬車の損耗も甚大。特に将校――貴族子弟の犠牲が深刻だった。
冬季攻勢に続いて夏季攻勢で被ったこの破格の大損害は、アルグシア本国を動揺させた。
元々カロルレン征服に消極的、あるいは反対だった北部閥と南部閥と西部閥が激怒。強硬派や東部閥も発言力を大きく落としてしまった。それどころか穏健派や戦争反対派からカロルレンとの講和、休戦などの意見まで出始め、議会が激しく紛糾するようになった。
結論から言って、1770年中にアルグシア軍が攻勢に出ることはなくなった。守りを固めて現状で確保している地域に引きこもってしまう。
アルグシア連邦議会議長アウグスト2世は頭を抱え、思わず唸った。
「どうしてこうなった」
一方のカロルレン王国も、夏季大反攻の『出費』にグロッキー状態だった。
第三軍は10日間の攻勢、3日間の会戦と撤退戦で、その戦力の6割半が死傷し、撤退戦の最中に重装備の多くを失った。
拠点群を捨てて合流した第一軍にしても、冬季攻勢の損失を加味すると、その戦力は決して多くない。
何より翼竜騎兵の損失が深刻だった。
『三連撃』作戦は軍事的には成功したが、カロルレン航空戦力を回復困難なレベルにまで消耗させた。以降、カロルレン軍は東メーヴラント戦争の残り期間、戦略的航空作戦を実施できなかった。
結局、カロルレン王立軍は大規模な再編成を行い、第一軍と第三軍を統合して第一軍集団とした。アルグシア軍の停滞に合わせ、ひたすら失われた将兵と物資の回復に勤しむ。
そして、カロルレン王国中央はヴァンデリック侯国に展開している第二軍へ、一層防備を強く固めるよう命じた。今、この状況で聖冠連合帝国に第二軍を抜かれたら、カロルレン王国に帝国軍の進撃を止める力はなかった。人手は徴収できても武器弾薬、特に重装備と航空戦力が決定的に足りない。
聖冠連合帝国はヒルデン経由でこうしたカロルレン王国の懐事情をうっすらと把握していた。ゆえに、ファロン山と侯都を攻略するために入念な準備を始めた。両拠点を攻略するだけでなく、攻略後の迅速な進撃のために。
東メーヴラント戦争はようやく序盤が終わったばかりだ。
〇
蛇足ながらラインハルト・ニーヴァリ砲兵少尉の物語を加えておこう。
ラインハルトの予想した通り、最後衛戦闘をしのぎ切って帰還したラインハルトの素晴らしい戦果は、撤退中に拾ったハーガスコフ=カロルレン大佐に掻っ攫われた。軍や王国中央としても『少数民族の貧乏土豪の小倅』を大々的に持ち上げる気はなかった。
もしも、ラインハルトが王族や名家筋だったなら、軍と王国中央は『救国の若き英雄』と担ぎ出し、国王の謁見もあったかもしれない。
結局、ラインハルトがそうした栄誉を預かることはなかった。が、ラインハルトが会戦で大いに活躍し、飛空船を撃墜した戦果は否定できないし、隠しようも無い。これを賞さないことも無理だった。
なので、ラインハルトは正式に武勲を表彰され、勲章を与えられた。
ただし、昇進は見送られた。なぜなら彼の同期には王侯貴顕がそれなりに居り、そうした者達を差し置いて少数民族の貧乏土豪出の少年を出世させられなかったのだ。
政治である。主にバカバカしい類の。
それどころか、ラインハルトの活躍に嫉妬した王子や王女、高位貴族子弟が実家の伝手を使い、彼を後方へ放り出した。
名目はハーガスコフ=カロルレン大佐救出の武功を湛え、オルコフ女男爵領に疎開中の王族警護部隊指揮官へ“栄転”。
理不尽と浮上に晒されたラインハルトは、同情的な戦友達へ合わせて不機嫌面を見せつつも、内心でほくそ笑んでいた。
冷や飯食わせたつもりだろうけどな、俺は元からこの国や王族のために死ぬ気なんてさらさら無いんだ。せいぜい後方で遊ばせてもらうさ。俺的には本当の意味で御褒美だ。バカ共め、ざまーみろ。
恩賞休暇で実家に帰って数日過ごした後、ラインハルトはオルコフ女男爵家に赴いた。
そして、出会った。
彼らと。




