特別閑話3b:ツァージェ会戦
午前9時半。会戦の開始。
アルグシア軍の三層散兵線が前進を始める。散兵線の運動に合わせ、アルグシア軍の直協砲兵と支援砲兵が砲弾をカロルレン軍へ浴びせる作業を進めた。鶴翼陣に展開した主力はまだ動かない。
対して、砲撃を浴びるカロルレン第三軍はまだ反撃しない。攻勢開始から10日。彼らは弾薬を消耗していたため、無駄打ちできなかった。
アルグシア軍散兵線は第三軍の馬蹄状配置に合わせ、中央、右翼、左翼へ半円状に接近していく。
600……500……400……300。小銃の有効射程に入るも、カロルレン第三軍は発砲しない。
アルグシア軍散兵線が足を止め、最初の射撃。
カロルレン第三軍は反応しない。
散兵線は一抹の不安と疑念を抱きながら前進を再開。誤射を防ぐため、アルグシア軍の砲撃が止む。
300……250……200。
直後、カロルレン第三軍が火を噴く。榴弾砲、平射砲、騎兵砲、臼砲、擲弾砲、多銃身斉射砲に小銃。ありったけの火力がアルグシア軍散兵線に叩きつけられた。
接近限界を悟ったアルグシア軍散兵線は、少しでも弾を避けられる起伏や砲撃孔、窪みを探して飛び込む。
アルグシア銃兵と第三軍前衛は互いに肉を削ぎ合う熾烈な射撃戦を繰り広げた。
そして、午後一時。
トロッケンフェルト大将は散兵を下げず鶴翼陣の全軍を前進させた。軽平射砲や騎兵砲を歩兵に帯同させ、直接砲撃でカロルレン第三軍の抵抗を削り落としていく。
むろん、カロルレン側も迫ってくる戦列集団に砲弾を浴びせ、削ぎ減らす。特に鶴翼中央部へ効力射を集中させ、鶴翼中央部前衛を徹底的に叩いた。
これにより、アルグシア軍主力は中央が足を止め、両翼が前進して第三軍を両側から挟み込む形になった。翼端から第三軍後方へ包囲も試みられたが、これはカロルレン支援砲兵の直射に阻まれた。
一見すると、これは挟撃になったようだった。
しかし、鶴翼中央部が抑えられているため、両翼の側面――この場合、馬蹄配置の中央から殴りかかれない。半包囲の片手落ちと言った塩梅だろう。
非常にユニークな戦況だった。
戦略的にはアルグシア軍がカロルレン第一軍と第三軍の間に入って内線運動戦を試みている。
が、局地的にはカロルレン第三軍がアルグシア軍の左右両翼の間で内線防御戦闘を実施しているのだ。
アルグシア軍は中央をより圧迫し、両翼からカロルレン軍の後背へ回り込めれば完全な包囲状態になる。ハンニバルがカンネーで行った二重包囲による殲滅戦が可能となるだろう。
一方、カロルレン第三軍はこのままアルグシア軍の中央と翼端の機動を押さえこみ、左右両翼の出血を強いることが出来れば、第一軍の到着まで持ちこたえられるかもしれない。
ともあれ、互いに真っ向から殴り合う熾烈な消耗戦が演じられる。数的有利なアルグシア軍優位の戦いだった。
時計の針が午後四時半を迎えた頃、戦闘の激しさはピークに達し――
アルグシア軍本営のトロッケンフェルト大佐の許へ、煤塗れの伝令騎兵が駆け込んできた。
「報告っ!! 敵右翼前衛の一角が崩れましたっ! 規模は約一個大隊、後退していきますっ!」
「動いたかっ!」
ヤンケ准将が喜色を湛え、トロッケンフェルト大将もにやりと笑う。
「突撃だ。可能な砲兵支援を惜しむな。この機に乗じて一気に切り崩せ」
〇
夏の強烈な西日が照り付けてくる午後四時半。
カロルレン第三軍の右翼前衛が一部、限界を迎えた。ほんの数分前まで勇猛果敢だった兵士達が、死の恐怖に怯える唯の人間となり、逃げだしていく。
その前衛一個大隊のすぐ背後に、第14銃兵旅団第8大隊第2直協砲兵中隊が控えていた(以後8/2直協砲兵中隊)。
75ミリ平射砲を総勢12門、3門ずつの4個小隊。うち、第3小隊長を務めているラインハルト・ニーヴァリ砲兵少尉は、なんとまだ16歳。戦争勃発に伴い、士官学校生のまま戦場に放り込まれ、野戦任官させられた即席少尉の一人だった。
純血のベースティアラント人らしい白肌に、鈍金色の髪、深緑色の瞳をしている。成長期の最中のためか、貧乏暮らしが長いせいか、背丈の割に体が細い。端麗な顔立ちとベースティアラント人らしい髪と瞳の色が合わさり、どこかミステリアスな雰囲気を醸している。
砲火で煮えた大気に晒され、全身汗塗れになっており、戦塵と砲煙で髪も顔も軍服も酷く汚れていたが、彼の美童っぷりは全く損なわれていない。
そんな麗しき16歳の半人前少尉ラインハルトは、昼前まで3門の砲と約30人の部下を指揮する小隊長だった。
少なくとも、昼時に砲撃しながら乾いた馬糞みたいな黒パンを齧った頃までは。
しかし、中隊長や他の先輩小隊長達が死傷した今、8/2直協砲兵中隊の最上位階級者として残存の平射砲7門と戦闘可能兵員約60名を指揮する立場になっていた。
どいつもこいつも早々にくたばりやがってっ! 士官学校を卒業してないガキに面倒押し付けるなっ! 死ぬなら責任を果たしてから死ねっ!
ラインハルトは内心で毒づきながら、自身の親みたいな歳の下士官達に命令を飛ばし、ひたすら砲撃を繰り返させていた。
そんな時、前衛の第8銃兵大隊が損害に耐えかね、裏崩れ同然に退き始めた。下がってくる連中の恐怖と怯懦に染まった面を見れば、計画的後退ではなく士気崩壊なのは間違いない。
ふざけるなっ!! 冗談じゃないぞっ!
ラインハルトは整った顔を限界まで凶悪に歪め、算を乱して後退してくる友軍を睨み据えた。ここで前衛が崩壊したら、敵はここへ殺到してくる。
「一番と二番、空砲を緊急装填。目標、直前の後退中”友軍”っ! 急げっ!」
「ニーヴァリ少尉っ!?」「空砲とはいえ、味方を撃つんですかっ!?」
とんでもない命令に目を丸くした砲兵達に、ラインハルトは吠えた。
「奴らが逃げ出したら、俺達が敵と面を突き合わせることになるっ! 白兵戦をしたくなければ、早くしろっ!」
この時代、既に砲兵は高度専門職だ。銃兵のようには戦えない。白兵戦なんてやったら、たちまち殺されてしまう。
砲兵達は顔色を変え、すぐさま一番、二番砲の砲口を交替する友軍へ向け、空砲を装填する。
「空砲、装填よしっ!」
「撃てっ!」
躊躇せず、ラインハルトは命令を発した。
その一撃が恐慌状態の銃兵達を押し留めた。空砲とはいえ、友軍砲兵が自分達に向けて砲撃したという事実に、パニックを忘れて呆然自失になっていた。
ラインハルトは腰の拳銃を抜き、体格の良い部下数名を連れ、唖然茫然慄然悄然としている銃兵達の前に立つ。
「俺はニーヴァリ砲兵少尉だっ! 逃げる臆病者は将校権限で即座に天国へ送ってやるっ! 天国へ逃げたい腰抜けは一歩前に出ろっ!」
拳銃の引き金に指を掛けた美少年が血走った眼で怒号を放つと、兵士達の顔に理性が戻ってきた。
「貴様らの指揮官はどこだっ!? 大隊長殿はどうされたっ!?」
「第8大隊第2中隊のカウフマン曹長でありますっ! 我が中隊は中隊長以下、全ての将校殿が戦死なされました。大隊長や他中隊とも連絡不能っ! もはや指揮統制不能状態ですっ!」
50絡みのカウフマン曹長が応答した。
「よろしい、これより第8大隊第2中隊は俺が預かるっ! 速やかに我が中隊陣地周辺に兵を配置し、防御戦態勢を整えろっ!」
ラインハルトは銃兵達を睨みながら吠える。軍紀上、彼に銃兵達を従わせる権限は一切なかった。が、そんな物クソくらえだった。
「良いか、今ここで退けば第三軍全体が切り崩されるっ! ここが戦闘の焦点だっ! 一歩も引くなっ! 家族と故郷を守りたければここで死ねっ!」
「はい、少尉殿っ!」曹長は敬礼し、銃兵達へ怒鳴る。「聞こえたな、テメェらっ! 急げっ!」
ラインハルトが軍紀違反と越権行為で1個銃兵中隊を勝手に指揮下に取り込み、急ごしらえの継戦態勢を整える。
と、激流に溺れる者達が藁を掴むように、第8大隊残余が次々とラインハルトの許へ集まってきた。なし崩し的に彼らも防御態勢に組み込んでいくしかない。
こうして満足な士官教育を受けていない16歳の半人前少尉と7門の砲と、一度は逃げ出した臆病者達が第三軍右翼の一穴を塞ぎ、崩壊を防いだ。
薄ら恐ろしいことに、指揮監督部隊の第14旅団本部も第三軍司令部もこの状況をまったく“把握していなかった”。崩壊しかけた第8大隊が持ち直して戦闘を継続している。そう信じていた。
激戦という情報が錯綜する大混乱の渦中だったし、人間は危機的状況こそ信じたい情報を信じる生き物だから、やむを得ない。
この後、ラインハルトは日が沈んで戦闘が切り上げられる午後7時過ぎまで、ひたすらに奔流の如く迫るアルグシア軍へ鉄と炸薬を浴びせ続け、その攻撃を撃退し続けた。
第14旅団本部と第三軍司令部が事態を知ったのは午後10時に迫った頃で、第14旅団と第三軍司令部の面々は思わず蒼白になったという。
急遽、第8大隊の許へすっ飛んできた第14旅団の旅団長は状況を確認、顔から血の気が引いた。
なんせ将校は16歳の即席少尉1人で、火砲は3門しか残っておらず、大隊戦力はわずか120名にも満たなかった。陣地周辺には敵味方の屍が累々と横たわり、流された夥しい血によって俄かにぬかるんでさえいる。
終日持ち堪えたことが奇跡と言えるような状況だった。16歳の即席少尉が会戦初日の危機を救ったのだ。
第14旅団長はラインハルトが辟易するほど激しく称賛し絶賛し、後で私物の蒸留酒を3本も届けさせた。
そして、どういうわけか将校団が壊滅した第8大隊は再編されず、代わりに夜を徹して補充と増強が行われた。
平射砲5門、軽臼砲3門、騎兵砲2門、多銃身斉射砲2門。軽傷者を含む銃兵400名。補充された将校は士官学校生の促成少尉達。第14旅団直下混成中隊と名付けられたこの部隊の指揮官は16歳の即席少尉ラインハルト・ニーヴァリ。
この寄せ集め、もとい混成中隊の指揮官となったラインハルトは月に向かって吐き捨てた。
「こんなのおかしいだろっ!? 普通は健常な部隊に移されるだろっ!? なんで寄せ集め部隊の指揮官にされてるんだっ!!」
運命の女神がサイコロを弄びながら高笑いしている。
〇
会戦二日目は夜明けと共に始まった。
払暁時の薄闇が残る中、アルグシア軍は全軍総攻撃を開始。午前8時まで集中的に砲撃を浴びせた後、怒涛の勢いで第三軍に襲い掛かっていく。
猛烈な攻勢により、第三軍は朝っぱらから大出血した。特に前日散々痛めつけられた右翼はたちまち肉を削ぎ落され、骨が露出する。
が、血塗れの骨は実に頑健で中々にへし折れない。第三軍右翼の破滅を防ぐその骨の先頭は、第14旅団直下混成中隊だった。
ラインハルトは自ら策を立てつつも経験豊富な下士官達へ助言を求め、自ら責任を負って決断していた。16歳特有の無意味な驕慢さも無暗な頑固さもそこにはない。敵の強力な猛攻に晒され、砲兵と銃兵合わせて500強の人命の責任を預かる身に、そんな“余裕”は持っていられない。
ラインハルトは必死に指揮を執り、鉄と炸薬を浴びながら死に物狂いで抵抗した。
時には平射砲を最前列へ押し出し、敵兵達の白目や汗粒が見えるような肉薄距離で散弾をぶっ放すという大陸軍顔負けの砲兵運用を行い、挙句には両手に拳銃を握り締めて銃兵達を鼓舞し、敵前逆襲の先頭に立ちさえした。
そうして獅子奮迅の戦い振りを発揮し、アルグシア軍の猛攻をしのぎ撥ね返すラインハルトの下に、余所の――打ち破られた部隊の生き残り達が次々と駆け込んでくる。
ラインハルトにしてみれば迷惑な話だったが、生き残り達から見れば、混成中隊は激流に耐え忍び抗う唯一の防波堤だった。人は少しでも助かる可能性がある場所へ集まる。
昼近くになった頃には、ラインハルトの部隊は総勢1000人弱まで増強されるという謎の事態を迎え、第三軍右翼突出部としてアルグシア軍の攻撃を阻む最前衛となっていた。
ツギハギのボロ雑巾みたいな部隊なのにやたら頑強なラインハルトの部隊に、アルグシア側は困惑を禁じ得ない。
「くそ。昨日の奴らか。ボロボロのくせに崩れない」
「あいつらは多分、寄せ集めの格好をした精鋭だ」
アルグシア軍の中でそんな誤解が生まれていた頃、ラインハルトは汗塗れの泥塗れの煤塗れの返り血塗れのデロンデロンのドロドロになりながら、勝手に増えた部隊を指揮し、一心不乱に戦い続けていた。
こんなところでくたばってたまるかっ! この国のために死んでやるほど、俺は良い扱いをされてないし、良い給料も貰ってないんだっ!!
ラインハルトはカロルレン王国における少数民族のベースティアラント人だ。現在に至るまで、悔しい思いや哀しいことや腹が立つことがたくさんあった。だからこの国に愛国心なんて持っていないし、国王や王家に忠誠心なんてない。軍人になったのも実家が貧乏だから食い扶持を稼ぐためだ。
それでも、ラインハルトはさっさと諦めて降伏したり、全てを投げ出して逃亡したり、想像すらしなかった。そんな無様な真似はラインハルトの誇りと矜持が許さなかった。
この世界の理不尽と不条理や戦争の恐怖と狂気に対し、ラインハルトは少年らしい向こう見ずな勇気と思春期特有の根拠なき自尊心で立ち向かっている。
「次の団体客が来るぞっ! 砲弾をたらふく御馳走してやれっ!!」
ラインハルトはやけっぱち気味に叫ぶ。
〇
会戦2日目。時計の針が昼飯時に差し掛かった頃。
戦場にアルグシア軍の“切り札”が姿を見せた。
トロッケンフェルト大将が自身の政治力を駆使し、ゴネる海軍から引っ張り出した三隻の戦闘飛空船だ。
数はたったの3隻、しかも性能がベルネシア軍高速戦闘飛空艇グリルディⅣ型の足元にも及ばない代物。戦場の決定打となるにはあまりにも微力な切り札だった。
が、既に対空部隊が壊滅していた第三軍にとって、この飛空船三隻は三頭の大怪獣に等しい。
カロルレン兵達は頭上を傲然と飛ぶアルグシア軍飛空船を見上げ、吐き捨てた。
「ちきしょうっ! こっちの飛びトカゲ共は何やってんだっ!」
3隻のアルグシア戦闘飛空船の航空支援の下、アルグシア中央軍が第三軍中央の前衛を突破。拠点となっていた2つの農村に突入した。
ザルジフとアゴラツェ。
この2つの村で建物の一つ一つを奪い合う激しい市街戦が始まる。燃え盛る住宅、吹き飛ぶ納屋。砲弾に掘り返される生け垣。作物の並ぶ畑に死体が転がり、血が染み込んでいく。
数時間に渡る激戦の末、ザルジフ村の戦いはアルグシア軍側の連係ミスにより失敗。撃退されてしまった。
しかし、アゴラツェ村の戦いは飛空船の支援が効果的に発揮され、アルグシア軍が占領に成功。第三軍中央を切り崩すための橋頭堡と化す。速やかに増援が送り込まれ、奪回を試みるカロルレン兵達を返り討ちにし続ける。
アルグシア軍戦争鯨達は中央の戦況を変えると、船首を第三軍右翼へ向けた。狙いは昨日から頑強に抵抗し、地上部隊の攻撃を阻害し続ける小癪な寄せ集め部隊だ。
「……飛空船共、もしかしてこっちに向かって来てるか?」
ラインハルトは双眼鏡で空を窺いながら、脇の下士官へ問う。
「もしかして、ではなく真っ直ぐ向かって来てます。狙いは俺達ですな」
下士官は容赦なく事実を告げた。
「たかが寄せ集め部隊を潰すために飛空船を寄こしやがってっ!」
ラインハルトは八つ当たりするように宙へ向けて罵倒し、下士官に命じた。
「午前中に砲架の損傷した平射砲が一門あったろう。急いで用意しろっ! それから魔導術士を搔き集めろっ! 生きているなら負傷してても構わんっ! 今すぐしょっ引いてこいっ!」
「? ? ? どうする気です?」
怪訝そうに眉をひそめる下士官へラインハルトは吐き捨てた。
「対空戦闘だっ!」
戦争が始まって以来、カロルレン軍はあらゆる無理と無茶と無謀を重ねていた。しかし、このツァージェ会戦においてラインハルトが行った博奕は、そんな無理無茶無謀のカロルレン軍の中でも指折りだった。あまりにもバカげているというベクトルで。
「急げっ! 時間が無いぞっ!」
ラインハルトは魔導術士と砲兵と工兵を怒鳴り飛ばす。
アルグシア軍戦闘飛空船は既に混成中隊を射程に収め、頭上から砲弾を浴びせていた。いずれ混成中隊の頭上にやってきて爆撃を開始するだろう。そうなれば、ひとたまりも無い。
魔導術士が土系魔導術で砲架というより土台を作り、身体強化魔導術を施された工兵達が平射砲を神輿のように担ぎ、急増の土台へ据える。75ミリ平射砲がほぼ垂直に起立した。現代地球ならスマホで写真に撮ってSNSに投稿したくなるようなバカバカしい有様。
「本気でやるんですか、ニーヴァリ少尉っ!?」
年かさの下士官がバカ息子を見るような目で戦闘騒音に負けじと怒鳴り飛ばす。
「どうなるか分かりませんぜっ!!」
下士官の言う通りだった。構造的に平射砲は高射砲の代わりにはならない。急増の土台と試験すらされていない垂直状態での射撃が、どんな事態を生じさせるか分からない。それでも。
そう、『それでも』だ。
「構わんっ! やるっ!」
ラインハルトは下士官が仰け反るほどの殺気をぶちまけて吠える。
戦争鯨共から一方的にクソを食わされるくらいなら、こちらからもクソを投げつけてやる。昨日から延々続く激戦と死闘で、ラインハルトはそんな無茶苦茶な気分に駆られていた。
「て、敵飛空船、間もなく頭上に入りますっ!!」
上空を監視していた兵士が悲鳴染みた声で報告を寄こし、
「徹甲弾、装填っ! 目視照準っ!」
のしかかるように頭上を飛んでいく飛空船を睨みながら、ラインハルトは怒鳴った。
「ぶっ殺せっ!」
砲兵の射手がヤケクソ気味に点火縄を引いた。
撃鉄が砲身内に詰められた魔晶炸薬を励起活性化させ、ほぼ垂直に立った平射砲が砲弾をぶっ放す。反動で急ごしらえの土台から跳ね飛び、砲兵達が悲鳴を上げて逃げ回る。
その騒々しい最中、ラインハルトは見た。
平射砲から放たれた徹甲弾が飛空弾の船底をぶち抜く様を。
その時、運命の女神が振るったサイコロがクリティカルを出す。アルグシア軍飛空船の腹を打ち抜いた徹甲弾は予備弾薬庫まで貫徹し――
特大爆発。
〇
船尾が吹き飛んで火達磨となった飛空船が、ばらばらと船体破片を撒きながら落ちていく。その壮絶な光景に誰もが目を奪われる。
アルグシア軍飛空船部隊は友軍艦船が沈められ、奮起――しなかった。これ以上損害は出せぬというように旋回して戦域から脱出し始める。飛空船を一隻撃墜され、残り二隻が逃げていく事態に、アルグシア軍地上部隊が少なからず動揺した。
その意識の隙と行動の停滞をカロルレン第三軍は見逃さない。騎兵中心の予備隊を右翼前面のアルグシア軍へ突入させる。
最高の瞬間を捉えた突撃は右翼前面のアルグシア軍を壊乱させ、右翼の戦線崩壊を生じさせた。
ここに至り、第三軍はもう一手決断した。右翼の逆襲攻勢へ切り替え、右翼からアルグシア軍を押し返していく。
トロッケンフェルト大将はここで野戦憲兵部隊を投入。算を乱して逃亡してくる部隊へ発砲を許可した。かなり手荒ではあったものの、理性を取り戻したアルグシア軍はカロルレン第三軍右翼の逆襲を受け止めることに成功。
日が沈んでも戦闘は続いた。ただし、この戦闘は翌日の戦闘再開を見越した部隊配置を巡る小競り合いだったが。
2日目の戦いが終わった時、両軍はL字状に対峙しており、アルグシア軍は第三軍中央に、カロルレン第三軍はアルグシア右翼に攻撃橋頭堡たる突出部を持っていた。
この時、両軍はひどく疲れ切っていた。この会戦に至るまでの10日に渡る攻勢。この2日間の全力戦闘。誰も彼もが疲れ切っていた。永遠の眠りについた死者を羨むほどに。
ツァージェ会戦は運命の3日目を迎える。
終戦記念日に合わせて特別閑話にドンパチ話を出したのに、肝心の当日に投稿できず、しかもbで終わらない失態振り。
もう少しお付き合いください。




