15:4
……皆さん、コロナへの警戒は当然として、食品の鮮度や賞味期限にも注意しましょう。
えらい目に遭いました。
大陸共通暦1770年:ベルネシア王国暦253年:初夏
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム
――――――――――
事は数日前、エンテルハースト宮殿で行われた王太子エドワードとの会合でのこと。
王太子主導の国策事業について話し合うため、ヴィルミーナは文化事業に強いデルフィネ、都市開発を担っているニーナ、技術畑に特化したヘティを伴っていた。
会議室に通されたヴィルミーナ達はさっそく王太子エドワードと話し合う。ちなみに、王太子妃グウェンドリンはいない。“立場”というものがある。
ヴィルミーナが会議の先鞭をつけた。
「国策事業と言ってもいろいろあります。国内インフラの開発と整備、産業育成と発展、あるいは医療体制や教育制度など行政上の改革など。それから、音楽や運動などの文化活動の推奨や奨励も含まれますし……これはお勧めしませんが、軍事活動も選択の内ですね」
「軍事はない」
エドワードは苦笑して首を横に振った。
「軍事に関して言えば、俺は父上の方針を踏襲する気だ。自前の戦争は出来る限り避けたい。もちろん、余所から殴られたなら全力で殴り返すがな」
「全面的に賛成です」ヴィルミーナは首肯し「能うならば、余所が殴ることを躊躇する強さが欲しいところですが、そこは軍に委ねた方が健全です」
「俺としては、本国だけでなく外洋領土にも利益が届くような事業が望ましい。イストリアが抱えている南小大陸の独立戦争は他人事じゃないからな。外洋領土にも飴を与えたい」
「ふむ……外洋領土ですか」
ヴィルミーナは顎先に右手の人差し指を添えながら、言った。
「流石に現段階で外洋領土の制度整備や改革は厳しい。外務省が立ち直るまでは様子見がよろしいかと。文化事業は下手をすると、現地人の伝統や文化の破壊を企図していると誤解されかねません」
「開発や産業育成はどうだ?」
「そちらは現地事情との兼ね合いがありますから、一息にはいきません。下準備だけで年単位になります」
「無難に国内から手を付けた方がよろしいのでは?」デルフィネが言った。「南部の戦災復興も完結しておりませんし、その辺りはどうでしょう?」
「たしかに再開発という点でも南部は手頃です」ニーナも同意して「先の戦役を口実にすれば、復興と国防の名目の下、ある程度無茶も通るかと」
「なるほど」
エドワードは少し考えてから、おもむろに口を開いた。
「実はな、イストリアに親善訪問した時、蒸気機関車というものを見た。人や物の移送に使う大型機械だ。ヴィーナ達もミューレ伯の御令嬢から聞いていると思うが」
「たしかにエリンから動力機関で動く陸上輸送機械の話は聞いていますが……実用化は難しいとも聞いていたような」
ニーナが小首を傾げ、
「ええ。私もエリンからそう聞いている。いろいろ問題が多くて実用化できないとか」
ヘティも頷いた。
皆のやり取りを黙って聞いていたヴィルミーナは、何とも言えないビミョーな面持ちを浮かべていた。
ここで鉄道が来ちゃったかぁ……
※ ※ ※
諸兄諸姉の皆様はヴィルミーナが産業革命の先進国イストリアにおいて、未だ鉄道が開発されていない事実を憂慮していたことを覚えておられるだろうか。
カスパーの“告発”以来、触れる機会を失していたが、この場で触れさせていただこう。
話はサンローラン国際会議に赴く前の頃まで遡る。
イストリア出先商館開発の総責任者として派遣され、実質的に白獅子のイストリア総支配人と化しているエリンは、婚約者と共に一時帰国した際、ヴィルミーナから鉄道について諮問されていた。
エリンは言った。
「蒸気機関車は確かに研究開発され、一部試験運用されています。ただ、モンスター被害が大きくて実用化が進まないみたいですね」
「モンスター?」
目をパチクリさせるヴィルミーナへ、エリンは説明を続ける。
「ええ。一部のモンスターが鉄道線内に入り込んだり、走行中の鉄道を敵と勘違いして襲ってきたり、線路が破壊されたり、と運用上の実務面やコスト面の問題が多いそうで」
「モンスターの駆除や線路沿いに防壁を立てることで対応できないの?」
「区間距離が短ければ可能でしょうが……都市間となると広大過ぎて駆除しきれませんし、冒険者産業や素材業者が根絶的な駆除に激しく抵抗しています。それに防壁は予算的にも困難のようで。さらに言えば、線路を切り出して盗む不届き者も出ています」
度々繰り返しているが、魔導技術文明世界では、モンスターは脅威であると同時に立派な生物資源だ。すっかり御無沙汰のゴブリン・ファイバーやオーク・ポリマーだって小鬼猿や猪頭鬼猿が継続的に狩猟できなければ作れない。
加えて、本来は鉄も充分に高価な資材だ。鉄が消耗品同然の安価な金属資材となったのは、あくまで産業革命でバカみたいに量産可能になって以降。産業革命中の現在、鉄はまだまだ良い額で取引される金属だった。そんな鉄が地面にぽんっと置いてあれば、不埒者が現れることもあろう。身体魔導術を用いれば、数十キロくらい担いでいけるし。
エリンから話を聞いたヴィルミーナは、早速鉄道事業について検討を始めた。
イストリアの有様はベルネシアや余所でも同じことが起きるゆうことやろ。
鉄道を普及させるには、日本の高速幹線道路みたく動物や人が入られへんよう防壁できっちり囲って、いざっちゅう時の戦闘車両を備えて、重武装の警備員を乗せなあかんか。うあー、これ運用コストが半端ないなぁ。
しかも、ここまでやっても、カロルレンを襲った大飛竜みたいなんには手も足も出ぇへんやろし……参ったな、これは。
ヴィルミーナは懊悩したが、もっと早く想像できていても良かった。
なぜこの世界が地球世界よりはるかに早く空へ挑んだのか。地球世界ではありえないような飛空船や戦闘飛空艇が飛び回っているのか。
それは、この魔導技術文明世界の陸と海にモンスターが溢れているからだ。人類が好き放題に自然を凌辱し、数多の動植物を絶滅させることが出来た地球世界とは違うからだ。
そして、地球史との差異は鉄道導入時の“抵抗”も地球と異なる。
地球史で鉄道導入に抵抗したのは、陸運の主流だった馬車業界や土地を取り上げられる地主達だった。しかし、魔導技術文明世界の場合、空運業界や彼らに飛空船を供給する造船業界だって黙ってはいまい。
その抵抗如何によっては、怖い事態が生じるかもしれない。
例を挙げよう。
皆さんは日本の教科書に載るような産業革命の原点たる偉人達が、実は悲惨な人生を送っていたことを御存じだろうか。
飛び杼を発明したジョン=ケイは織布ギルドに迫害され、訴訟費用で破産。貧困死した。
多軸紡績機を生み出したハーグリーヴスはラッダイト運動で工場を壊されるわ、ギルドに迫害されるわ、訴訟地獄に追い込まれるわ……。
水力紡績機を発明したアークライトは特許権を巡る訴訟地獄と脅迫三昧に苦しめられた挙句、大工場を焼失(多分、放火)。
力織機を開発したカートライトもラッダイト運動で工場を壊され、特許権も奪われ、政府の償金で隠棲を余儀なくされた。
偉大な発明を成しても、裕福で幸福な人生を送れるとは限らない。運命の女神はかくも性格が悪い。
ヴィルミーナの白獅子がこれまでこうした既得権益層の妨害を受けなかった理由は、自身が王族の御令嬢だったこと、既存の商会や工房を買収して組織を起こしたこと、軍を抱き込んだことだろう。王侯貴顕の特権と武を伴う権力は強い。
結局、ヴィルミーナは現時点で鉄道に手を出すことを辞めた。少なくとも白獅子主導で鉄道事業を起こそうとは考えなくなった。イストリアが鉄道普及に成功し、ベルネシアにも導入話が出たら上手いこと一枚噛めればいいや、程度にまで後退した。
この考えは、先の聖冠連合帝国派遣でヴィルミーナが“やらかし”たことで、より補強された。
ぶっちゃけた話、ヴィルミーナはこの一件で方々から反感と不満と妬み嫉み僻みを買っている。このうえ、鉄道の利権を先行して食い漁ろうものなら、冗談抜きで刺客を送り込まれかねない(近代鉄道事業はガチで戦争の理由になるほどの超巨大利権である)。
まあ、パッケージング・ビジネスで利用できる程度に噛めれば十分や。鉄道はあくまで一分野に過ぎへんし。様子見して他人様の尻馬に乗せてもらいましょ。
※ ※ ※
こうした諸々の背景事情を踏まえ、
「鉄道事業を本気で扱う気なら国内製鉄業界の全面的な協力が必要だし、運輸業界とその関係業界を説得しないといけない。他にも用地買収とかいろいろ面倒事が山積みだよ。鉄道に関してはイストリアの成否を見守ってからでも遅くないと思う」
ヴィルミーナがそれとなく提案の撤回へ話を持っていこうとするも、
「ですが、ヴィーナ様。我々の蒸気機関技術はイストリアに勝ります。今、鉄道事業に着手すれば、後々、我々が陸運の主流を牛耳れるのではありませんか?」
ニーナが野心的な意見を開陳し、
「ヴィーナ様、ユーフェリア号で培った蒸気機関技術を活かすまたとない機会です。挑戦しましょう」
ヘティが獰猛に食いつく。
「まずは技術検証。そのうえで準備組織を立ち上げて段階的に進めていくというのはどうだろう?」
エドワードも即座に具体的な対案を出してきた。地力が高いだけあってそつがない。
「いや、だから――」
ヴィルミーナがなおも慎重案を出そうとした矢先、デルフィネが不思議そうに口を挟む。
「よく分かりませんが、なぜそうも及び腰なのです?」
「……及び腰? 私が?」
「ええ。この間の飛空艦といい、この鉄道? とかいうもの件といい、ヴィーナ様にしては慎重に過ぎるというか及び腰というか……」
目を瞬かせるヴィルミーナに、デルフィネは続ける。
「はっきり言えば、“らしく”ありません。私の知るヴィルミーナという女は脅威を前にしたら、対抗手段と対抗策を用意して完膚なきまでに叩き潰す人間です」
「デルフィ、私をヤクザものか何かと思ってる?」
流石にヴィルミーナが嫌そうに顔をしかめるが、デルフィネは気にもしない。
「とにかくですね。何をそんなに慎重になっているんです?」
ニーナとヘティも、エドワードもじっとヴィルミーナを見つめる。
ヴィルミーナは皆から見つめられ、バツが悪そうに顔をしかめて大きく溜息を吐いた。
「……もしも鉄道を国策事業として扱うなら、殿下のご提案通り、まず技術検証。次に国営を前提とした準備組織の立ち上げ。準備が整ったら王国府内に管理運営組織を起こすべきね」
ヴィルミーナが問いに答えなかったことへデルフィネは眉間に皴を刻み、ニーナとヘティは小さな驚きを覚え、エドワードは怪訝そうに片眉を挙げる。
そうした反応を敢えて無視し、ヴィルミーナはグラスを口元へ運んで喉を潤す。
「私の予測だと、本格的に鉄道を商業利用可能になるまで5年、いえ10年の長期事業になると思うわ」
「それは……些か長すぎるな」
エドワードは少し考えてから皆を見回した。
「一旦、鉄道は脇に置こう。別案はないか? せっかくの会合だ。いろいろ検討してみようじゃないか」
ヴィルミーナは首肯しつつ、密やかに嘆息をこぼした。
そして、この日の夕刻。
小街区オフィスに戻ったヴィルミーナは、執務室で“侍従長”アレックスと二人きりで過ごしていた。
「会合でデルフィネ様とひと悶着あったそうですね」
アレックスがヴィルミーナの手許に白磁のカップを置く。快い珈琲の香りが鼻をくすぐった。
「ひと悶着というほどではないよ」
ヴィルミーナはカップを口に運び、口端を柔らかく緩めた。
「やっぱりアレックスが淹れる珈琲は美味しいわ」
「……ニーナとヘティが心配していましたよ」
アレックスは案ずるようにヴィルミーナを窺う。
「私でよろしければ、御相談に乗らせてください」
「そうね……」
カップを卓に置き、ヴィルミーナは善き乙女の厚意に応えるべく口を開いた。
「私自身が招いたことではあるけれど、白獅子は少し成長が早すぎた。生え抜きの直参が足りない。貴女達側近衆ほどに信用、信頼できる人材が不足している。たとえば、現状の白獅子でも飛空艦や鉄道を請け負えるわ。でも、その仕事の管理統制には不安が付きまとう。諸勢力を敵に回した結果がその様なんて、とても容認できない」
アレックスはヴィルミーナの持つ猜疑心の強さに言葉を失った。ヴィルミーナの側近衆に対する信用と信頼、愛情や友情が猜疑心の裏返しだったのかと思うと、胸が痛くなる。
「その、もう少し麾下の者達を信じても……」
悲しげな顔のアレックスに、
「早合点しないの。各事業代表や幹部達が全く忠誠心や道義心を持っていない、とは私も考えていないわ。でもね、」
ヴィルミーナはどこか寂しげに言った。
「たとえば、私が失脚して全ての権限と金を失った時、彼らは私を躊躇なく見限る。悪意からではなく、彼らが私に見出す“価値”が喪失したことでね」
前世、組織内の派閥対立で負け組に属し、出世コースから転げ落ちた時に味わった辛酸。ヴィルミーナは決して忘れていなかった。
〇
ヴィルミーナがささやかな懊悩を抱えていた頃と前後して、カロルレン王国に1人の少年がやってきた。
彼の名はショレム・レズニーク。貴族なんだか平民なんだかよくわからないド田舎の土豪の小倅である。
正直なところ、カロルレン王国もどう遇するべきか分からなかった。この辺が引きこもり国家の経験値不足だった。その点、ショレムの祖母を貴族でも平民でもなく、『客人』という待遇枠で卒なく扱っている聖冠連合帝国は流石に手馴れていた。
ともかく、カロルレン王国は祖国防衛戦争でクソ忙しい最中、この面倒な『人質』の扱いをどうしたものか悩んだ挙句、『適切に当たる』人材に押し付けた。
「なんで私に……っ! 中央でしっかりお預かりすべきでしょう」
ノエミ・オルコフ女男爵が真っ当な抗議をするも、
「卿は既に厄介な手合いを預かっておるではないか。もう一人増えたところで問題なかろう。それに、卿の領地は戦火より遠く安全である。最適ではないか」
王国中央の役人はしれっと抜かした。
この野郎、ぶった切ってやろうか。ノエミは半ば本気でそう思ったが、何とか堪える。
「我が領は復興の最中ですっ! 人質など預かる余裕は――」
「余人を預かるならば、畏れ多くも畏くも御上より補助費用が下賜される」
マキラと周辺地域の復興に、お金はいくらあっても困らない。提供された資金をこそっと流用してしまうのも、ドランの手際ならちょちょいのちょい。
「まあ、そういうことなら? 陛下の臣として? 微力を尽くすのも?」
ノエミはあっさり手のひらを返した。
さて。
オラフ・ドランは相変わらずオルコフ女男爵屋敷の離れに軟禁されていた。
が、戦争に関連してマキシュトクや周辺領の復興が促進され、マキラ大沼沢地で獲られるモンスター素材や天然素材の出荷量が増えると、その支援活動を担うドランの『オフィス』も手狭になってきた。
こうして、オルコフ家の離れが安普請ながら増築されていた。
で。
その離れにやってきたノエミから“事情”を聞かされ、ドランは困惑していた。
「ヒルデンからやってきた少年のことは分かりましたが……ノエミ。“あれ”はどういうことです?」
「謀られた」
ノエミは呻くように答え、窓の外を一瞥する。
御付きと共に王国中央から送られてきたショレム少年が、男爵家家人や孤児院の子供達と球蹴り遊びをしている。人懐っこい少年であっという間に溶け込んでいた。そして、そんなショレム達の様子を眺める、やけに豪華な格好の子供達とその御母堂らしきご婦人方。
オルコフ男爵家宗家筋の妻子達だ。ショレム少年の“おまけ”で王都から疎開してきたのである。
「謀られた、というのは?」
「ここだけの話よ」ノエミはドランの耳元に口を寄せ「いざという時、貴方の伝手を使ってベルネシアへ亡命させる気なのよ」
「……御冗談でしょう? 僕は王国府にもベルネシア貴顕にも伝手がありません。むしろ、王妹大公令嬢様の御不興を買っている立場です」
ドランが真っ当な見解を申すも、ノエミは疲れた嘆息をこぼすだけだった。
「実現できるかどうかじゃない。中央の連中は見たいものしか見ないし、聞きたいことしか聞かないわ。まったく。助成金をちょろまかして復興資金に回そうと思っていたのに、彼らの滞在費でむしろ赤字だよ」
率直なノエミにドランは微苦笑し、窓の外を一瞥した。球蹴り遊びに熱中する子供達。穏やかにお茶を楽しむ貴族子女達。戦争中とは思えぬ安穏な光景。
「まあ、来てしまったものは仕方ないですね。上手いことやりますよ」
こうしてドランの離れは事務所からさらに託児所兼私塾的一面も持つようになった。
そんなこんなの話をしているところで、ドアがノックされた。
「どうぞ」
ドランが柔らかい声で入室を許可する。
向こう傷を持つ少年が姿を見せた。ヨナスだ。
「オルコフ女男爵様。ドラン様、大事なお時間をお邪魔して申し訳ありません」
ヨナスは年不相応な折り目正しさで一礼しつつ、小脇に抱えていたファイルケースを差し出した。
「ラランツェリン子爵夫人様が大至急、目を通してほしいと」
「分かりました。ありがとう」
ドランは書類を受け取りつつ、油紙に包まれた飴を三粒ばかりヨナスに渡した。
「妹さん達にも分けてあげてください」
「ありがとうございます」ヨナスは一礼し、失礼します、と礼儀正しく退室していった。
ドランはファイルケースを開き、さっと流し読みして眉根を寄せる。
「ノエミ。新たな厄介事のようです」
「今度は何?」と辟易顔でノエミが問う。
「コラシェウ伯の先走りの件。不味い事態になったようです」
〇
カロルレン王国の領主貴族コラシェウ伯が独断でコラス川橋にこさえた応急陣地に対し、アルグシア連邦軍カロルレン侵攻軍総司令部は一個旅団による攻撃を決定したわけだが……戦意旺盛かつ積極果断な参謀長ヤンケ准将が選んだ部隊は、アルグシア連邦軍第4銃兵旅団。
冬の間に行われた拠点群攻略で大きな損害を被った部隊で再編成を終えたばかり。兵力はわずか3000名前後と連隊程度の規模しかない。しかし、未だ意気軒昂。闘志に不足無し。
そんな第4銃兵旅団とコラシェウ伯領兵団が戦えばどうなるか。
ゲームやアニメなら演出補正で善戦健闘するかもしれない。
しかし、第4銃兵旅団はコラス川橋の陣地に居たコラシェウ伯領兵団を瞬く間に蹴散らしてしまった。まさに鎧袖一触。それはもう見事な完勝だった。
どれくらい見事に勝ってしまったかといえば、第4銃兵旅団側の被害が負傷30名程度で死者が出なかったうえ、コラシェウ伯領兵団に橋の破壊を許さず、橋の奪取に成功したほどだった。
ここで、皆様に思い出していただきたい。カロルレン王国中央がコラシェウ伯の応援に、近衛騎士団を送り出していたことを。
そして、彼らはまたしても。またしても間に合わなかった。今回にしても、運が悪かった。
コラシェウ伯が領兵団を動員するため、コラス川橋近郊村落から事前に物資徴発してしまっていたのだ。
先にも述べたが、現地徴発と略奪は似ているようで違う。
略奪は単なる蛮行だが、現地徴発は後続部隊の分を残しておく、という計画性が求められる。ところが、しばしば無思慮な現地徴発が行われ、後続部隊が物資徴発を出来ずに動けなくなってしまう事態が生じた(後方の輜重段列が前線に届かないという事態にも発展する)。机上演習では起きないこうしたことが、実際の現場では起きる。
カロルレン王国近衛騎士団も、運悪くこうした事態に直面してしまった。コラシェウ伯の無思慮な徴発のせいで、近衛騎士団は橋へ辿り着く前に物資不足で動けなくなった。お馬さんは繊細なのだ。ガサツな人間と違って空腹では動けない。
それでも、近衛騎士団は手持ちの食糧を切り詰め、動かせるだけの頭数をとにかく橋へ送り込む、という選択肢も採れたはずだった。
が、近衛騎士団はそうしなかった。戦力の分散と逐次投入を避けたとも言えるし、気の乗らない任務のため消極的になったとも言える。
いずれにせよ、どんな事情も『近衛騎士団はコラス川橋の領兵団を助けられなかった』という厳然たる結果に勝るものではない。しかも『近衛騎士団は大災禍の時も現地を助けに行かなかった』という“前科”があった。悪意的に見られる素地を抱えている状態で、この結果はひっじょーに不味かった。
案の定、『近衛騎士団はコラス川橋のコラシェウ伯領兵団を見殺しにした』というとんでもない悪評が広まった。
当然ながら、各地の領主貴族が王国中央へ強烈な不信感と猜疑心を抱く。
国が我らを助ける気が無いなら、我らが国に忠を尽くす意味があるのか?
それだけではない。近衛騎士団という貴族子弟達が領兵団を見殺しにしたことで、民の貴族に対する強烈な反感と不信感、さらには嫌悪感が生じていた。
もはや近衛騎士団長に詰め腹を切らせて済む話ではない。
こうして、カロルレン王国は国家存続の難易度がさらに上昇し、正しく内憂外患に苦悶することとなった。
もう泣くに泣けず、笑うに笑えない。




