15:3
お待たせしました。長めです。
飛空艦と聞けば、天空に浮かぶ城を巡る大冒険活劇に出てくる飛行戦艦を思い浮かべるかもしれない。
申し訳ない。単なるデカい飛空船だ。極論すれば、気嚢にぶら下がった一等戦列艦みたいなものである。
で、その一等戦列艦はおおよそ三層砲甲板120門搭載で全長70メートル前後。『その姿、山の如し』と評されたフランス海軍一等戦列艦ロリアンが排水量5000トン級。
飛空艦の場合は海上艦ほど巨体ではないが、浮揚力を稼ぐため、気嚢が大きい。100メートル級もザラだ。
そして、戦列艦は総じて建造に莫大な木材を食い、その運用には膨大な物資を必要とする。
金満ベルネシアですら外洋巡航飛空艦は2隻しか持っていなかった。
一隻は要衝の大冥洋群島帯に常駐。
もう一隻は大陸南方領土と東南方領土を定期巡回。
この2隻が睨みを利かせ、外洋領土を敵から守り、身内の反乱を防いでいる。
その大冥洋群島帯に展開する巡航飛空艦『コーニンギン・ベルサリア』。ベルネシア250年余の歴史の中、唯一の女王の名を冠するこの船は、艦齢約30年の老嬢で補修や改装を繰り返されていた。
そのため、そろそろ限界なのでは? という意見が海軍内から出てきた。
海軍上層部はグリルⅢ型のように改修して使い続けようと考えていたのだが……
海軍内の飛空艦新造派と造船業界と資材業界が『新しいの造ろう! ねえ、造ろう! 造ろうよぉ!』と海軍と王国府に猛烈かつ熱烈なロビー活動と陳情要請の大攻勢を掛けた結果。
しょうがないにゃあ……とりあえず計画書と見積もり出すだけだよ? と相成った。
さて、ベルネシア軍の軍備は民間軍需企業が幅を利かせている。軍服から戦列艦まで軍工廠の生産品より民間企業の製品が圧倒的に多い。言い換えるなら、どんな分野にも民間資本が乗り込んでくる。機密の塊たる軍船だって例外ではない。
いうまでもなく、戦列艦、飛空艦の建造を受注すれば、それはもう大変な利益を得られる。つまり、戦列艦や飛空艦の建造は怖い怖い各種業界の利権抗争を招くのだ。
そうした事情を踏まえて、マリサのヴィルミーナにした発言――
「飛空艦、造りません?」
――を振り返ってみよう。
先述したように飛空艦『コーニギン・ベルサリア』の老朽化から新たな飛空艦の建艦話が立ち上がっていた。
この話はヴィルミーナも人伝てに聞いていたが、受注競争に参加する気は一切なかった。技術的に建造出来るか否か以前の問題によって。
明け透けに言えば、もう手いっぱいだった。
各事業部の通常業務に始まり、クレーユベーレ都市開発。新生ソルニオル領経済特区への進出とディビアラント産資源の調達ルートの整備。イストリアの複合商業施設。さらにはディビアラント産資源を基にした現代鉄鋼の開発、石油精製と副次品の研究開発……ソルニオル事変の関係で創設した民間軍事会社『デ・ズワルト・アイギス』の絡みもある。トドメはまだなーんにも決まっていない王太子主導国策事業。
そこへ飛空艦の建造?
無理。人手が足りない。
正確には、ヴィルミーナに代わって各大事業を管理し、統制し、指揮監督する側近衆が足りない。
白獅子という財閥はヴィルミーナの個人資産を基に既存の商会や工房を買収、吸収、合併、再編で作り上げられた組織である。悪し様に言えば、寄せ集め集団であり、0から起こして営々と育んできた根幹事業も無ければ、生え抜きの譜代社員もいない。
明智光秀のような造反を企てる者や、秀吉子飼い達のように豊家を見限って独立する者が、いつ何時現れてもおかしくなかった。各会社の株は基本的にヴィルミーナが押さえているものの、それとて造反防止に万全とは言えない。
であるからヴィルミーナは自身の名代、代理として側近衆を頻繁にあっちこっちへ出向かせている。側近衆は女王たるヴィルミーナの目であり、耳であり、手であるから。
しかし、デカい事業が増えてくるにつれ、その側近衆が足りなくなってきた。オラフ・ドラン青年の半ば出奔とエリンのイストリア派遣が酷く響いている。
この状況で国威と国防の代表格たる巡航飛空艦の建造に手を出す?
無理だ。白獅子の限界ではなく、組織統制上の限界によって。
それに、懸念は内だけでなく“外”にもあった。
飛空艦に手を出せば、今のところは仲良くやっている軍需企業や造船企業と、激しく揉める可能性が高い。
特に造船企業と諍いになることは不味かった。流通部門に酷く影響してしまう。
白獅子の流通部門は手広い。海運はイストリアから大冥洋群島帯に南小大陸、大陸南方から大陸東南方まで。新たに地中海圏にも手を伸ばす予定だ。これは大陸西方圏でも有数の流通組織と言える。
ただし、これら広大な海を行き交う貨物船や貨客船のほとんどが、造船業界の他社から購入されていた。白獅子の造船会社はあくまで保有船舶の整備、補修、修理、修繕、改装、改修、改造が主であり、自社船舶の設計製造は副次的だった。
動力機関搭載試験船ユーフェリア号にしても、実地運用こそ可能なれども、実用化の目途はまだ立っていない。まあ、技術研究と調査、実践によるノウハウ獲得と集積が目的だから構わないのだが。
こうした状況で造船業界の他社、たとえばローガンスタイン財閥“程度”ならともかく、飛空船建造を受注可能とする大会社を敵に回すのは、かなり厳しい。白獅子の造船会社を拡大拡充するにしても、それ自体が数年掛かりの大事業になってしまう。“箱”は力業でなんとかできても、熟練労働者と優秀な技師の調達は易くない。
無理。
この飛空艦建造話は受注する収益より、生じる面倒の方がずっとデカいから。
ヴィルミーナは怪物で、白獅子は強大な巨獣かもしれない。それでも無敵でも絶対強者でもない。むしろ、自身の強欲さとしがらみで自縄自縛に陥っている有様。
ゆえに――
「今、私達には余裕がないし、飛空艦は手に余る。せっかく提案してくれたけれど、この案は無理。却下よ、マリサ」
ヴィルミーナはマリサの意見を却下した。
が。
「では、王太子殿下の事業として飛空艦建造を請け負うのはどうでしょう?」
マリサはしぶとく食い下がる。
も、
「いや、それは不味いわ。そのやり口で受注を取ったら国内中から総スカン、いえ袋叩きにされてしまう」
アレックスが脇から諫めに入る。
「ただでさえ、ソルニオル経済特区の件で睨まれているのよ。裏口はダメ」
ヴィルミーナは全権特使の役回りを十二分に濫用し、押し付けられた新生ソルニオル領利権の一番美味しいところを食ってから、残りの不味いところと勘定書きを国と財界に押し付けた。この実にエゲツない所業はかなり評判が悪く、方々から『それはねーよ』『ふざけんな』『処すよ? 処すよ?』と非難轟々だった。
側近衆達から困りものを見るような目線を集めたヴィルミーナは、唇を尖らせてそっぽを向く。
……あれくらいなによ。“御駄賃”じゃない。どんだけ苦労したと思ってんのさ。
ぐちぐち言い訳をこぼすヴィルミーナを無視し、側近衆は話を進める。
「私も反対。クレーユベーレ開発が大事な時に人手と資材を取られちゃ適わない」
クレーユベーレ開発の総責任者となっているニーナが言った。
「私達は是非をヴィーナ様に委ねます」
デルフィネが旧派閥の面々を代表して告げる。
「ヴィーナ様。私は受けても良いと思います。飛空艦の設計開発、建造は様々な知見と貴重な経験を獲得する最高の機会ですから」
技術開発関係の総支配人に収まりつつあるヘティは、マリサに賛同。
「私は明言は控えたい。テレサは?」
金庫番ミシェルが問うと、テレサは小さく肩を竦めた。
「私はどちらでも。ただまあ、近頃は手を広げ過ぎている感はあるかな」
反対と賛成と中立の意見が揃う中、エステルが言った。
「一つ確認したい。新たに飛空艦が建造されるとして、件の『コーニギン・ベルサリア』はどうなるの?」
「そういえば、どうなるか聞いてないわ」ヴィルミーナは顎先を撫で「マリサ、何か聞いている?」
「いえ、聞いてないです。でも、新造が決定したら解体するか売却するのでは? いくら我が国でも飛空艦を三隻も抱えられ……」
喋りながら『あ』と呟き、マリサは悪いことを思いついた顔になった。
「分かりました。新飛空艦の建造は諦めます。なので、もしも『コーニギン・ベルサリア』が廃棄されることになったら、我が社が買い取って改装してから他国へ売却しましょう」
これには全員が目を瞬かせ、呆れ顔を浮かべる者、溜息を吐く者、苦笑いをこぼす者、眉間に皴を刻む者、と様々な反応を返した。
こめかみを押さえたヴィルミーナはマリサを見つめ、問う。
「仮にその案を採用するとして、売り込み先の当てはあるの?」
「ないです」
マリサは爽快なほどあっさり首を横に振り、明朗な笑みを湛えて言った。
「買い手はこれから探しますよ」
「あんたねえ……」
ニーナが大ウツケを見るような目を向けながら、滔々と言った。
「飛空艦の値段分かってる? たとえ払い下げでも金幣で億単位はいくでしょ。そんな物買い取って売れなかったらどうする気? あんたが辞職したって償いきれない大赤字になるのよ?」
その小馬鹿にした口調にマリサはイラっとした。
「だーから、そこを頑張って買い手を探すのがあたしらの仕事だろ。大商いにビビッてる奴ぁ黙ってろぃ」
「……あ? しっかり筋道立ててから提案しろって言ってんのよ。白獅子はあんたの玩具じゃないっ! 公私混同すんなっ!」
ニーナが眉目を釣り上げて吠える。
「マリサ、この件は諦めなって。ヴィーナ様も今は無理だって言ってるわけだし、また別の機会を待てば……」
テレサが横から口を挟む。
と、ニーナに怒鳴られて火が点いたマリサは、テレサにも噛みつく。
「メルフィナ様に交渉で負けたヘボぁすっこんでろっ!」
「誰がヘボだコラァッ!」
痛いところを突かれた武闘派眼鏡っ娘テレサ、瞬間沸騰。
たちまちマリサとニーナとテレサの罵詈雑言飛び交う口喧嘩が始まった。
「あんた達、ヴィーナ様の前よっ! やめなさいっ!」「ちょっと、落ち着いてっ!」
アレックスとヘティが慌てて喧嘩を治めに掛かるが、いったん火が点いた雌ライオン共はそう簡単に爪牙を収めたりしない。ぎゃーぎゃーわーわーと怒声が飛び交う。
「私達もあれこれ言い合うこともあるけれど、ヴィーナ様の閥には負けますね」
デルフィネはしみじみと呟き、ヴィルミーナへ顔を向けた。
「止めないんですか?」
「じゃれ合ってるだけよ。偶には良い」
ヴィルミーナは小さく肩を竦め、鼻息をつく。
「白獅子は大きくなったけれど、まだまだ無茶できないわね」
「いやいや、充分に無茶してますから」とデルフィネが苦笑い。
そこへ、リアが言った。
「ヴィーナ様。事業を考えれば、側近衆の増員を図っても良いのでは? もしくは現状の頭数で手が回るよう組織体制と事業内容を整理すべきです」
「後者は無理だなぁ。少なくとも今抱えている大物をある程度片付けないと」
「なら増員すべきです。下手な者を加えると、我々の結束に問題が生じますけれど」
「それも悩みどころだなぁ……」
ヴィルミーナはマリサ達の騒ぎを余所に、腕を組んで考え込む。
「専属秘書の子達はまだまだ実力も経験も足りないし、かといって、貴方達の秘書や各事業部から選出するのも、いろいろ揉めそうだし……外から引っ張ってくるにしても、あれこれ干渉を受けそう……」
「“卒業”した者達を呼び戻されては如何でしょう?」
デルフィネ閥のキーラ(名前が出るのは初だ)が言った。
「……ふむ。詳しく」
関心を示したヴィルミーナに、側近衆で希少な既婚者キーラは続けた。
「“卒業”してから三年です。実家に帰った者や結婚した者の中には、復帰したいと思っている者も居ると思います。私みたいに金銭問題を抱えた者なら特に」
白獅子側近衆旧デルフィネ閥のキーラは側近衆で数少ない既婚者だった。既婚ながら家に入らず側近衆に留まっているのは、ひとえにウルフィング家がキーラの稼ぎで支えられているからだ。
王国南部貴族ウルフィング男爵家は当主だった父が病で倒れて傾きかけたところに、先の戦争が起きてあっさり破産した。御国から戦災補償金は出たものの、失った資産額に比べたら微々たるものだった。
婿である夫は王立学園の先輩で男爵家三男坊、今は私学の講師をしている。善良な好男子ながら伝手もコネもなく、能力も稼ぎも平凡。夫としては良いのだが……男爵家婿当主としては明らかに力不足。
ぶっちゃけた話、“白獅子”側近衆であるキーラの方が夫よりはるかに稼いでいた。おかげで御家再興の道筋は見えてきたし、父が亡くなってから苦労し通しで体調を崩しがちな母を楽にさせてやれたし、妹達を王立学園に入れてやることが出来たし、この調子なら妹達が嫁に行く時も嫁入り道具と持参金に困ることもなかろう。
家に入ったらこの全てを失ってしまう。そもそも、こんな刺激的で楽しい毎日を捨てられない。
「あの子達とはやり取りがあるけれど、復帰を希望している子は今のところいないわよ?」
ヴィルミーナは“卒業”した者達や戦死した娘達の遺族と、今でも連絡を取り合っている。季節の挨拶や贈り物、折を見ての手紙、催し事で顔を合わせれば必ず旧交を温めていた。そうした交流の中で、今のところ彼女達から復帰を打診されたことはない。
しかし、キーラの見解は違った。
「こちらから誘ってみれば、また違うかもしれません。手紙や公の場では言えないこともありましょう」
「……声を掛けてみるか」
ヴィルミーナはキーラの案を受け入れ、未だぎゃーぎゃーと騒いでいる元ヴィルミーナ閥の面々へ言った。
「皆、同窓会をするわよ」
マリサ達はぴたりと騒ぎを辞め、互いに顔を見合わせ、マリサが代表して問う。
「何の話ですか?」
〇
夏の足音が近づいてきた晩春。
東メーヴラントのドンパチなど知らぬ、とでもいうように、ベルネシア王国王都オーステルガムのエンテルハースト宮殿では、春の諸侯御機嫌伺が催されていた。
粛清とソルニオル事変を踏まえての開催であるため、会場には何とも言えない緊張感が漂っている。
国王一家が姿を見せると、誰も彼もが真っ先に挨拶へ向かう。粛清が外務省関係者だけで済むとは限らないから、皆、必死だった。
粛清対象者の親戚、婚姻や派閥や職務上のつながりがある者達は、それこそ目の色を変えている。
彼らはヴィルミーナの許にも殺到し、挨拶もそこそこに王や宰相への口利きを懇願した。ヴィルミーナに限らず、王家や王家親族衆は山ほど懇願と哀願と嘆願を寄せられた。王と不仲で知られるユーフェリアやフランツにも声が掛かったし、王家関係者と伝手がある者達――侍女や近侍、側近衆に学生時代の知人友人にまで口利きを求めている。
この春の諸侯御機嫌伺は終始こんな調子だった。
加えて、ヴィルミーナは親族衆から『はよ結婚しろ』『はよ式を挙げろ』『はよ子供を作れ』と山ほど小言を聞かされていた。王太后からも『曾孫を抱くことだけが楽しみなの』と寂しげに言われ、思わず返答に窮したりもした。
そんな苦労しいしいの諸侯御機嫌伺が終わった翌日。
旧ヴィルミーナ閥と旧デルフィネ閥+アリシア(なんだかんだで身内と見られている)が王妹大公屋敷に招待された。幾人かは諸事情から参加を見合わせたが、それでもほぼ閥の全員が集まった。
そして――
「管理官が来たぞっ!」「管理官殿、御登場っ!」「管理官キターっ!」
皆が囃し立てる中、軍から戦時中『野戦衛生管理官』に任命されていたコレットが到着し、物凄く恥ずかしそうに顔を赤らめながらぶんぶんと手を振る。
「やめてよぉ恥ずかしいよぉ」
そんな照れまくりのコレットを、皆はさらに囃し立てる。
「管理官殿、ご出産おめでとうございますっ!」「三つ子の出産、おめでとうございますっ!」
そうコレットは昨年の暮れ、無事に子供を産んでいた。しかも三つ子。いきなり三児の母である。流石は意表を突く女コレット。
ちなみに、この時代の西方圏は多胎児を不吉とは見做さない(家督相続などでトラブルになりがちなので、そういう意味では忌避されるが)。
こんな調子で再会の宴は終始和やかに進んだ。ガブは初めて会う人々にも遠慮なく愛嬌を振りまき、ユーフェリアも娘の友人達を歓待した。レーヴレヒトは空気を読んで参席しなかったが、代わりにどうやって入手したのか、帝国産の上等なワインを数本差し入れていた。
話題は尽きない。学生時代の楽しい思い出話。戦時中の辛く哀しい記憶。戦後の近況。往時の『ビンタ事件』や『アリシアのやらかし』や『ニーナのジゴロ事件』も話題に挙がり、デルフィネが拗ね、アリシアが苦笑いし、ニーナが悶絶した。
楽しい時間だった。ヴィルミーナも終始機嫌が良かった。
そうした楽しい時間の中で、ヴィルミーナは“卒業”した娘達にそれとなく、側近衆への復帰を打診した。
・
・・
・・・
やがて楽しい宴が終わり、皆が帰宅していく。
最後に残っていたのは、アレックスとデルフィネとリア。言い換えれば、ヴィルミーナ閥とデルフィネ閥、その領袖とナンバー2。
「どうでした?」
酔い醒ましの冷たい御茶を舐めるように飲みながら、デルフィネが問う。
「私のところからはアストリードとパウラ。デルフィのところは無し。でも、リスベットが夫を推薦してきた」
ヴィルミーナはやや厳しい顔つきで応じた。
「増員出来ることはありがたいけれど……復帰の理由がね」
アストリードが応じた理由は結婚生活が上手くいっておらず、離婚を見据えていたからだ。側近衆への復帰は自立のためだ。
パウラは父の家業を手伝うために“卒業”したが、結婚した兄が次期当主として振舞い始めて疎まれがちだという。
リスベットは赤ん坊を抱えており復帰は難しい。が、夫を側近衆に推薦してきた。なんでも実家が外務省筋の貴族だったため、粛清の流れ弾を食らったらしい。
ヴィルミーナは小さく嘆息を吐いた。
「アストもパウラも大過なく幸せに過ごしていて欲しかったわ」
アレックスは小さく頷きつつ、デルフィネに問う。
「デルフィ様。私達はリスベットの夫君を存じ上げません。どのような方なのです?」
「王立学園卒の官僚です。期で言えば、レーヴレヒト様の兄君と同期だったかな」
確認を求めるようにデルフィネから目線を向けられ、リアが説明を始める。
「ライナス・ヴァン・ディフ殿。ディフ子爵家の次男坊です。王国西部で商工筋の役人を務めておられます。優秀な方でリスベットとの結婚に伴い、騎士爵家として独立予定でしたが……粛清の流れ弾を食らったようですから、その話は立ち消えでしょう」
「リスベットは離縁しない?」
アレックスの問いにリアは首肯を返した。
「リスベットも男爵家三女だし、何より子供も生まれたばかりだもの。こう言っては何だけれど、離縁したところでコブ付きの三女じゃ再婚先なんて、ね」
「夫君に一度会おう。使えるようなら迎え入れる。そうでなくとも、希望するなら仕事を斡旋する。私の姉妹の夫だもの。彼にはリスベットと子供を“必ず”幸せにしてもらうわ」
ヴィルミーナはどこか冷ややかに告げ、
「それからアストリードの件とパウラの件はしっかり裏取りして。姉妹達は信じるけれど、客観的な情報も欲しい。2人を受け入れてから旦那や実家と揉めても面倒だしね。事前に刺抜きできるならしておきましょう」
こくりと頷く3人に笑みを向けた。どこか安堵したように。
「でもまあ……皆が元気そうで良かったわ。本当に」
その言葉に3人も笑みを浮かべた。
〇
ヴィルミーナ達が楽しい時間を過ごしていた頃、2隻の飛空船がヒルデン独立自治領を訪れた。
一隻は北から。カロルレン王国の国旗を付けて。
もう一隻は南から。聖冠連合帝国の国旗を掲げて。
この日、ヨアキム・レズニークという大狸がヒルデン独立自治領の命運をチップに勝負を仕掛けた。
同じ頃、南部戦線では聖冠連合帝国軍とカロルレン軍の死闘が繰り広げられていた。
カロルレン兵は籠城戦の如く塹壕や拠点にこもり、頑強に抵抗した。このため、帝国軍は塹壕や拠点の一つ一つを大量の砲撃で、兵士達の肉弾で虱潰しにしなければならなかった。備蓄していた物資が坂道を転げ落ちるように消耗し、将兵の死傷率も笑えないほどだ。
『高地184』、『高地291』、いずれもひたすらに鉄と炸薬を叩きつけ、将兵の肉弾でようやっと制圧した。『高地184』の攻略に当たった第12歩兵師団などは各大隊が半数にまで溶けている。
そして、『高地184』も『高地291』も“序の口”だった。ファロン山の内側はそれこそ各高地が相互支援可能な蟻地獄だった。特に尾根伝いの進撃となるファロン山南側は完全に行き詰まり、側面が不安定なため、西側からの進攻も滞っていた。
この難戦苦闘振りが本国に届き、軍総司令部は侵攻軍の苦戦を『火力不足』と判断し、”とっておき”を送り込んだ。
ヴィルミーナが事業と組織運営にあれこれ頭を悩ませている頃、東メーヴラント戦争は少しずつ、だが、確実に情勢を変えつつあった。




