15:2
お待たせ候。
大陸共通暦1770年:春。
大陸西方メーヴラント:ヴァンデリック侯国:聖冠連合帝国軍駐留地域
―――――――
春も半ばを過ぎて雪解けの泥濘が乾ききり、聖冠連合帝国軍カロルレン侵攻軍は増強を完結し、戦支度を終えていた。後は『全軍、前へ』の号令だけだ。
聖冠連合帝国の侵攻軍総司令部では最後の会議が催されていた。
若き青年将官カール大公は煎り豆をぽりぽりと齧りながら、議論の推移を見守っている。
自身が提案し、侵攻軍司令部が本国に上申した迂回空挺強襲作戦は却下された。提案を聞いた宰相サージェスドルフは苦笑いして軍官僚へ、戦争だけでなく経済も考慮してくれ、と言ったらしい。
兵の犠牲を抑えるという点で充分に経済的だろう。根っこから騎士軍人のカール大公はそんなことを思う。ミュンツァー大将が語ったようにこの戦争は勝って当たり前で、勝ち方が問題となる。そして、良い勝ち方とは敵も味方も出来る限り死なないことだろう、と。
しかし、どうも本国の言う良い勝ち方とは、戦費を出来る限り抑えた勝利らしい。あるいは軍需産業を入り口に帝国経済が活性化する程度の出費で終える戦争、というべきか。
言い分は分かるが、金勘定しながら戦争する軍人などいるものか。
どこか憮然とした思いを抱きつつ、カール大公は煎り豆を口に放った。
「決定されたように侵攻軍は、ファロン山攻略軍団、侯都攻略軍団、総司令部直轄軍団の三つに分け、第一次攻勢としてファロン山、侯都、二ヶ所同時に開始する。ただし、主攻はあくまでファロン山であり、侯都は助攻に過ぎない。助攻にて侯都に圧迫を加え、敵戦力を拘束している間に、ファロン山を制圧する」
参謀長が大地図を示しながら各部隊指揮官や将校達へ作戦内容の説明を続けている。
西部戦線のアルグシア連邦は頑強な拠点の連なりを相手にさせられたが、南部戦線の聖冠連合帝国が相手にするのは、ヴァンデリック侯都とその緊要地ファロン山だけだ。
ヴァンデリック侯都はヴァンデリック侯国首都であり、カロルレンへ通じる大街道を有している。カロルレンへ進攻するためには絶対に押さえなくてはならない。
もちろん、大街道だけでは侵攻軍10万余の移動に足りない。
大軍の行軍列はどこまでも長くなる。行軍列の先頭が敵と接触して戦っている頃、行軍の殿はまだ駐屯地を出ていなかった、なんて話もあるほどだ。こうした行軍速度の問題による兵力の遊兵化を防ぐためや、補給事情の効率性などから分進合撃戦略が生まれた。
この分進合撃戦略の観点に立てば、必ずしも侯都攻略にこだわる必要はないように思える。
陸路で侯都の後背へ迂回。カロルレン第二軍を帝国得意の野戦に引きずり出すことも可能ではないか? 市街戦をして侯都を傷つけずに済むのでは?
政治的事情にも沿った意見だった。宗主国として、敵に押さえられた保護国首都を解放しないことはあり得ないが、そのために侯都を廃墟に変えることも不味かった。
しかし、ヴァンデリック侯国の道路事情がこの迂回と誘因の作戦を否定した。
9年戦争や神聖レムス崩壊の戦で国土を散々荒らされたヴァンデリックは、大街道以外の街道がほとんど整備されていない(整備できなかったとも言える)。歩兵部隊や騎兵部隊が進む分には問題ないものの、砲兵や補給部隊の移動には厳しく、兵站線として扱うには心許無い。
侯都を制圧し、大街道を確保せざるを得なかった。
とはいえ、容易いことではない。
侯都を見下ろす制高地点ファロン山が控えているからだ。
ファロン山と一言にいっても、ポコッと起伏が一つあるわけではない。
地理学的には『プロン造山帯の新山系ヒルデン山塊分地。小規模山地ファロン山』という。ファロン山の山頂を中心に大小の起伏――峰と鞍部が連なった約20キロ平米の山地だ。
ファロン山は歴史的に侯都開発の木材供給源のため、かなり伐採が進んでいた。もちろん、植林なんて概念が乏しい時代であるから、切り開かれたところは岩肌や地肌が剥き出しだったり、あるいは多種多様な雑草や野草が繁茂する深藪が広がっていたり。
このファロン山を攻める場合――
東側は侯都から攻撃を受けるため、進攻面に不適切。
南側と西側は緩斜面ながら歴史的な伐採で木々に乏しく、上から丸見え。
北側は崖と急峻な起伏の連なりで、地形的に部隊配備が困難で防御網に隙間があった。山岳猟兵なら突破可能だが、北側へ回り込むには最低でも西側の高地を抑えなければならない。
参謀長は各指揮官を見回し、言った。
「攻勢にあたり、先の研究結果に基づく新戦術の使用を許可する」
ディビアラントにおける東征やアルグシアとのザモツィア紛争といった自軍の経験と、先のベルネシア戦役、南小大陸独立戦争などの情報に基づき、帝国軍は一部の部隊を対象に新戦術を研究していた。
現状の聖冠連合帝国軍は将兵の練度不足や指揮官の独立性の乏しさなど問題が多く、ベルネシア外洋派遣軍が見せた分隊/小隊単位で連携運動し、浸透強襲戦術を実施することは困難だった。そのため、代替案として集散部隊運動を試みている。
つまり、敵火砲による被害を防ぐため、散兵で運動して敵の弱点を捕捉。そこへ隊を集合して戦列を叩きこんで崩す。仕上げはもちろん重装騎兵による突撃だ。
この一年、この集散運動戦術を訓練や東部反乱鎮圧で試みた結果、『弱体な敵相手の平野戦ならなんとかイケる』と判明した。言い換えるなら『強敵相手の難地形では無理ぽ』。
一方、東征で活躍している山岳猟兵部隊は、違った結論を出していた。
帝国軍山岳猟兵はベルネシア軍ほどではないが、小隊/中隊単位で独立展開が可能だった。これは狭隘な山岳地で大部隊の運用が厳しく、どうしても小部隊単位で動かざるを得ないからだ。しかも、彼らは東征において山岳や森林に潜むディビアラント兵を狩りだし、平野に控える重装騎兵の元まで追い立てることを主任務としていた。
山岳猟兵部隊はベルネシア戦役の研究報告書を見て『これ、俺達なら出来るんじゃない?』と考え、訓練と山岳地にこもる叛徒相手の小競り合いで実験を重ねていた。
その結果、ベルネシア軍ほどではないにしろ、浸透戦術を獲得し始めていた。
外洋各地の難地形に対応するべく発展したベルネシア外洋派遣軍と、ディビアラントの難地形に慣れた山岳猟兵。方針は違えども、運用思想的には似ていたのだ。
こうした帝国軍の内実を鑑みた場合、カロルレン王立軍の一種異常性が見えてくる。
数十年真っ当な戦争を経験していなかった軍隊が、ほんの数年前に起きたベルネシア戦役の戦訓を基に複層塹壕帯陣地を実現している。西部戦線では、浸透戦術モドキまでやり遂げてアルグシア軍に手痛い損害を与えていた。軍事学的常識から言って、信じられないことである。
もしも先の大災禍が無く、カロルレンが準備通りに戦争を仕掛けることが出来ていたらどうなっていただろう。メーヴラントの情勢は全く別物になっていたのではないか。
カール大公は詮無い想像を禁じ得なかった。
長い会議が終わり、後は軍団ごとに分かれて打ち合わせとなった。
作戦予備に回された騎兵部隊、特に重装騎兵の指揮官達が「山岳戦と市街戦じゃ当分、出番がないな」とぼやいている。
「ファロン山攻め、上手くいくと思います?」
副官のラロッシュ大佐に問われ、
「最終的な勝利は疑わないが」
周囲の目があるため、カール大公は慎重に前置きしてから、問いに答える。
「西部戦線でカロルレンが見せた粘り強さを考えると、ひと季節を準備に費やしたファロン山が容易く落ちるとは思えないな」
「閣下ならどう攻めます?」
問いを重ねるラロッシュ大佐。
「鍵は敵の対空陣地だ」カール大公は言った。「対空陣地さえ潰してしまえば、各高地頂上に空挺強襲を掛け、山麓からの攻撃と合わせて挟撃できる」
「ここでも空挺ですか。閣下は飛空船の運用に熱心ですね」
ラロッシュ大佐がどこかからかうように言うも、
「思うに、これからの時代の戦争は陸と空をもっと緊密に連携させなければならない。陸は陸、空は空、ではなく、陸と空が一個の戦力として戦う。つまりはこれまでと同じさ」
カール大公は真顔で答えた。
「空を制した側が主導権を握る」
〇
晩春の静かな払暁。
夜明けと共に帝国軍の砲兵部隊が合奏を始める。
重砲や長距離砲で全般支援を担う独立重砲部隊。各師団や各連隊に籍を置く直協砲兵部隊。彼らの奏でる大小さまざまな火砲が豪快な砲声を上げ、魔晶炸薬の青い砲撃光を輝かせた。
朝焼けの残る空を砲弾の大軍が駆け、幾重にも連なる風切り音が大地に降り注ぐ。
ファロン山西側にある『高地184』。その進攻開始線に控えていた第12歩兵師団の将兵は、頭上を飛び越えていく砲弾の群れを見送った。
直後、落雷のような轟音が幾つも重ねられ、『高地184』はまるで噴火したように炎と黒煙に包まれていく。砲撃を浴びた木々は枝葉を吹き飛ばされ、幹を折られ、次々と倒れていった。成人男性の腰まで届く雑草が繁茂していた斜面は砲弾に焼かれ、耕され、焦げた地肌を晒す。点在していた岩肌や大岩が砲弾を浴びて砕かれ、飛礫を周囲に撒き散らしていた。
ファロン山攻略軍団は2本の矢を構成して山地制圧を試みている。
1本目の矢は『高地184』を入り口に南翼尾根を通って『高地603』と『高地596』を落とし、ファロン山後背からヴァンデリック侯都の裏へ。
2本目の矢は『高地184』の隣にある『高地291』を足掛かりに、山地西側経由でファロン山中央を制圧。その後、山岳歩兵師団を以って山中の残敵を各個撃破。
三時間に及ぶ攻撃準備砲撃が終わり、1本目の矢の先陣を担う第12歩兵師団に命令が下った。
全隊、前へ。
第12歩兵師団の将兵は大隊ごとに攻撃開始線から前進を開始した。複層散兵隊形で前進していく様は、なんともとぼとぼと足取りが重い。当然だ。率先して虫の餌になりたい奴なんていない。
腰まで届く藪に満ちた高地西斜面を登っていく第122銃兵連隊の将兵は、不安と緊張に顔を固く強張らせている。敵の姿は全く見えないことも彼らの心を竦めさせていた。もうもうと粉塵が立ち昇る『高地184』頂上周辺から応射はなく、敵の動きも無い。
砲撃で激しく穿り返された南斜面を登る第123銃兵連隊もまた、不気味な静けさに不安を覚えていた。焦げた地肌を晒す高地中腹には塹壕やトーチカがはっきりと見えているが、そこに敵兵の姿が窺えない。
第123銃兵連隊の先頭を進む第123銃兵連隊第3大隊第7中隊の散兵線が、枝葉を全て落されて墓標のように立つ樹々の間を通り過ぎた。
その刹那。
兵士達が注視していたトーチカとは全く違う山中の斜面にいくつかの口が開き、多銃身斉射砲の制圧射撃が開始された。心理的不意打ちを食らった第7中隊の将兵がバタバタと薙ぎ倒されていく。
直後、塹壕やトーチカの底に伏せていたカロルレン兵達が身を起こし、歓迎会を始めた。兵士達の小銃と擲弾銃、トーチカ内の斉射砲や連射砲に小口径直射砲、そして、『高地184』の反斜面に展開したカロルレン軍臼砲部隊が、頂上越しに第123銃兵連隊に砲撃を浴びせる。南斜面の焼け焦げた大地が帝国兵の血肉に染められていく。
南斜面の戦闘騒音が届き、西斜面を登る第122銃兵連隊は一旦足を止め、身を屈めた。深藪に身を沈めた第122銃兵連隊は散兵線の両翼を伸ばし、敵の反撃を散らすことを試みる。
連隊の先頭を進む第122銃兵連隊第1大隊第2中隊はさらに慎重だった。
中隊長は3人の兵士へ斥候として先行するよう手振りで命じる。命じられた3人が心底嫌そうに顔を歪め、諦念を抱きながら藪を漕いで進んでいく。
3人の兵士がちょっとした起伏を越えて――
唐突に金属的な銃声が幾つか響き、3人が藪に倒れた。
第1大隊の全員がその様を見て、息を呑む。敵の姿は全く見えなかった。斜面が深藪に覆われているためか、発砲光も見えなかった。
南斜面の戦闘交響曲がやけに遠く聞こえる。頭上を流れる雲の影が草葉の海を舐めていく。
胃痛を覚える数分の待機後、第122銃兵連隊の連隊長が全隊に再度の前進を命じた。第2中隊長が部下達共に腰を上げ、数歩駆けだした瞬間、西斜面に銃弾と砲弾の嵐が吹き荒れた。
狙撃を受けた第2中隊長が脳漿をまき散らしながら倒れ、部下の半数が運命を共にした。銃弾に千切られる草葉と穿たれる兵士達。砲弾に抉られる大地と砕かれる兵士達。春の新芽や若葉が血に濡れる。大地に倒れた死傷者を爆煙と粉塵が覆っていく。
血みどろの歓迎会は2本目の矢、その最初の獲物たる『高地291』でも催されていた。
岩肌が広がる『高地291』の緩斜面は遮蔽物となる山岩や起伏が多い一方、その難地形が前進を妨げた。露払いの散兵線で押し上げていくことが出来ても、地形的制約により戦線突破の破城槌たる戦列を構成できない。当然ながら重装備も持ち込めない。文字通り、将兵の力と血を以って進むしかなかった。
戦いはまだ序幕を迎えたばかりだ。
〇
白獅子の放浪息子がカロルレン王国に留まっているためか、あるいは、戦争がもたらす経済的影響を懸案してか、ヴィルミーナは大災禍にアイギス猟団を派遣した時と同水準かそれ以上に情報を収集していた。
「医薬品と軍需品を中心に原料市場がじわじわと値上がりしています。それと、独立戦争の影響か、南小大陸から調達されていた資源が減少傾向にあります。どちらもすぐに市場へ影響が出ることはありませんが、注意が必要でしょう」
「原料調達の経費負担は今のところ許容内です」
“侍従長”アレックスと“金庫番”ミシェルの報告を聞き、ヴィルミーナは手元の資料に目を通す。
経済の事象は波に似ている。チリで起きた地震が太平洋の反対側にある日本の太平洋沿岸に大津波を招いたように。遠くの出来事が思わぬところにまで波及し、どんな事態が起きるか誰にも予想がつかない。
分かり易い例を挙げれば、中東情勢の変化が石油市場に与える影響だろうか。
アメ公がアフガンに続いてイラクに侵攻した時、誰もが石油市場への影響を予測した。しかし、アフガンとイラクの激戦によりAKの弾薬価格が跳ね上がる、なんて誰も想像もしていなかった。
AKは世界に一億丁以上普及しているため、その弾薬生産量も桁違いであり、今や旧共産圏だけでなく世界中で生産されている。ゆえにAKの弾薬価格が高騰するなんて事態は想像もされていなかった。
経済は何が起きるか分からない。
ヴィルミーナは資料の項目に目を通しているうちに、片眉を挙げた。
「モンスター素材や天然素材の市場価格も微妙に上がってきているわね」
「カロルレンは基本的に内需国でしたが、一部は周辺小国を経由して貿易していました。此度の戦争でその貿易量が市場に影響を与えたのでしょう」
アレックスの回答にヴィルミーナは唇を弄りながら考える。
ディビアラントで確認できた鉱物資源で、この魔導技術文明世界と地球世界の資源分布に類似性を見出していたが、未だにモンスター素材や天然素材に理解が及ばない。
何度報告書を読んでも、ゴブリンの皮がカーボンファイバーモドキになることが分からない。オークの骨粉が合成樹脂に加工できるのか、さっぱり理解できない。そこらの野草から抗生物質が作れるってなんやねん。
「それから、クレーユベーレ開発が進んだことで、同地に進出を希望する個人商会や工房がいくつか申請しています」
「あ、私からも良いですか?」
アレックスの報告に続いて、デルフィネが挙手した。ヴィルミーナが頷いて先を促す。
「教会から “寄進”を打診されました」
「寄進、ね」
ヴィルミーナは鼻息をついた。
ベルネシアは世俗主義とはいえ聖王教国。教会の影響力は無視できない。たとえヴィルミーナが典型的な日本人的宗教観――無宗派で超世俗主義であっても、だ。ゆえにヴィルミーナは必要経費として毎年教会に一定額を寄付しているし、あれこれと援助もしている(ただし、臨時の“お願い”には必ず“代価”を要求するが)。
「教会は何を御所望なの? 金? 物?」
「土地です」
デルフィネが小さく肩をすくめて言った。
「クレーユベーレに目を付けたようで」
戦後不況対策の一環として、御上は白獅子のクレーユベーレ開発に助成金や税制優待を出して雇用促進を推奨した。そういうことなら、と白獅子もクレーユベーレ開発を大いに推進させていた。
今やベルネシアの小港町クレーユベーレは、新興港湾都市に生まれ変わりつつある。
ニーナとゼネコン事業部はクレーユベーレの開発に、ヴィルミーナや地元の意見を基に幾度も議論を交わして入念な計画を作り、周到な準備を整えて臨んでいた。現地と揉めないよう労働者向けの仮設住宅を作り、警備員を各所に据え、現地住民の懐柔と労働者の健康維持のために野戦病院染みた診療所までこさえている。
そうした下準備の末、港湾部施設の拡張と拡充、浚渫がバリバリ進められていた。内陸部の造成と整地に治水。各種インフラの整備。各事業の移転準備や社員用の宅地開発も進行している。
もう数年すれば、クレーユベーレは王都オーステルガム近郊の大都市となるだろう。将来的には幕張のような副都心化するかもしれない(昔の幕張や京葉工業地帯の辺りは、ほんとに何もないとこだったんだゾ)。
この急激な発展振りに聖王教会が目を付けた。あからさまに言えば、彼らは大都市化が間違いないクレーユベーレの一等地に立派な教会施設を作りたくなったようだ(将来的にはクレーユベーレ教区という新たなポストも出来るだろう)。
ふーん、と鼻を鳴らして首肯し、ヴィルミーナはデルフィネに問う。
「その話はゴセック大主教経由?」
「いえ。ホーレンダイム家筋です。ゴセック大主教様ならヴィーナ様に直接仰るでしょう。多分、別派閥かと。教会内もいろいろありますから」
ベルネシア聖王教会とて一枚岩ではない。開明派の中には世俗派に反対する改革派などが存在する。ピューリタンのような分離派閥だってある(地球史のように世俗派に負けたこいつらの多くは外洋領土へ移っていた)。
「言い分は分かるけれど、都市計画は既に確定してるのよねー……」
ヴィルミーナは肘置きで頬杖を突き、クレーユベーレ開発の総責任者であるニーナへ水を向ける。
「ニーナ。どう思う?」
水を向けられたニーナは、そうですね、と小さく頷き、少し考えてから答えた。
「要求される場所と面積によりますけれど、街の箔付けには悪く無いでしょう。事業用地以外なら融通が利きますし、受け入れても良いと思います。もちろん建設費用までは出しませんし、建設は教会麾下ではなく我が社が請け負う、という条件付きですが」
ヴィルミーナはにやりと笑って首肯し、デルフィネに顔を向けた。
「デルフィ。教会と交渉できる?」
「お任せください」
デルフィネが胸を張って答えた。傍らにいるリアが早くもサポートする案を考え始める。
「よし。任せた。細かい条件はニーナと話し合って擦り合わせてね」
ヴィルミーナは側近衆達を見回し、問う。
「他に意見はあるかしら? 無いようなら王太子殿下主導の国策事業の件に進めるけれど」
マリサが手を挙げた。
そして、悪戯っ子のような顔で告げる。
「ヴィーナ様。飛空艦を造りませんか?」




