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説明回です。御容赦ください。
大陸共通暦1770年:春
大陸西方メーヴラント:ヒルデン独立自治領
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ド辺鄙でド辺境でド田舎なヒルデン独立自治領は、戦国時代の国人連合みたいに、有力土豪の合議制で運営されていた。最大勢力のレズニーク家にしても、神聖レムス帝国時代に帝国諸侯ヴァンデリック侯の陪臣だった時期があるだけ。ぶっちゃけ神聖レムスの直参貴族だった一家も無い。
諸兄諸姉が一番想像し易い例を挙げるなら、ヒルデンとは甲斐武田家が滅んで身の振り方に難儀している信濃国人衆みたいなもんだ。レズニーク家の立ち位置はさしずめ真田家と言ったところだろうか。
そんなメーヴラントの真田領ことヒルデン独立自治領はヒッジョーに苦しい事態にあった。
レズニーク家屋敷の屋敷で真田安房守昌幸相当の当主ヨアキム・レズニークは一族や国衆と話し合う前に、信之と信繁相当の倅2人と膝を突き合わせていた。
クマの毛皮ではなく鷲頭獅子の毛皮を羽織ったヨアキムは、テーブルの上に簡単な地図を広げながら、2人の倅達に言った。
「聖冠連合帝国がこの国の飛空船離発着場を接収し、領空を通りたいと言うてきた」
「それは……兄上。どういうこと?」
信繁相当の弟ショレムが首を傾げる。どうやら真田信繁と違い、聡明ではないらしい。いや、まだ14歳。これからに期待だ。
「帝国は飛空船でこの国を経由してカロルレンに攻め込もうという腹だ」
信之相当の兄パヴェル(18歳)が弟に説明した。年若いのにもう苦労人の気配がする。
「ほえー……そりゃあ凄い。デカい国はやることが剛毅だなー」
「笑っている場合か。これは帝国の軍勢がこの国に進駐してくるということだぞ。奴らは我らに賦役や物資などを要求してくるだろう。大変な負担になるぞ」
弟ショレムへ説くように語る兄パヴェル。
「知らんうちに帝国の属領にされてしまったからのう……まあ、服属条件はこれまでと何も変わらんが」
ヨアキムはぼやくようにいった。
自分達を蚊帳の外に置き、物のようにやり取りされたことに思うところが無いと言えば、嘘になる。
しかし、ヴァンデリックや聖冠連合帝国、カロルレンなど周辺国と交易(という名の援助)しなければ、日々を生きていくこともままならぬ土地である。他国の紐付きにならざるを得ない。この辺は真田家というより安東家の紐付きだった蝦夷蠣崎家に近い。
レズニーク家が最大勢力を維持しているのも、このヒルデン領で貴重な耕作可能地域を押さえていたからだ(それは同時に他の豪族や盗賊に狙われやすいことも意味する)。
「それでな」
ヨアキムは室内用の小型バケツストーブに薪の切れ端を放る。山国のヒルデンは春先のこの時期でも寒気が強い。
「つい先日のことだが、カロルレンからもこの国の飛空船離発着場を借りたいと言うてきた。この国を経由して東の連中から物資を調達する気じゃ。申し出を断われば、武を以ってこの地を制するとも言うておる」
「なんと!」パヴェルが仰天して目を丸くした。
「戦ですか!」
年相応に冒険心が強いショレムが目を輝かせる。戦争が風物詩の土地であるから、元気な男の子にとって戦争は憧れの冒険、男になる通過儀礼みたいなもんだ。
「軽々しく言うなっ!」パヴェルは軽々な発言をする弟を叱る。「カロルレンとて我が国に比べれば充分に強国だっ! 戦になれば、どのような事態が生じるか想像しろっ!」
「じゃあ、どうするの?」
厳しく叱られて不満げなショレムは、唇を尖らせて兄へ問う。
「それは……」パヴェルは目をそらし「父上がお決めになることだ」
息子達の注目を浴びたヨアキムは腕を組み、しかめ面で天井を見上げ、左右を見回し、床を見下ろして、火掻き棒でバケツストーブを突く。
「父上……?」
焦れたショレムが問う。パヴェルも今か今かと回答を待っている。
息子達の期待がこもった視線を浴び、ヨアキムは口を開く。
「分からん」
目を瞬かせる息子達へ、ヨアキムは言った。胸を張って堂々と威厳すら込めて。
「分からん」
「ち、父上~」「えぇ……」
慨嘆する兄とがっかり顔の弟。
倅達の露骨な失望を浴びつつも、ヨアキムは泰然と懐から煙草入れを取り出し、細巻をくわえて燃えさしを使って火を点す。
煙突のように紫煙を吹かし、おもむろに告げた。
「宗主国の帝国に従えば、カロルレンに攻め込まれよう。かといって、カロルレンに従えば、帝国に責を問われよう。我がレズニーク家はヒルデンの頭領を追われるに違いない」
ヨアキムはしたり顔で語るが、大したことは言っていない。事実、ほえーと感心する弟ショレムと違い、兄パヴェルは『何をいまさら』と言いたげな顔をしていた。
「よって、どうすればよいか、分からん」
自信満々に繰り返す父にしびれを切らしたのか、パヴェルがずいっと身を乗り出した。
「分からん、では困りますっ! ヒルデン頭領たる父上がお決めにならねばっ!」
「分かっておる。分かっておる」
嫡男と言っても、いまだ年若いパヴェルは頭領の負う責任の重圧を慮れない。それでも、息子に尻を叩かれることで、ヨアキムは頭領としての責任を再認識する。
「カロルレンは二国と戦っていて余裕がない。攻めてくるならば、目の色を変えてやってこよう。聖冠連合はクレテア以上の大国。動けば強いが、動くまでが鈍い。連中が来る頃にはカロルレンがこの地を押さえ、両国はこの地で戦を起こすであろう」
「では、カロルレンに……?」
パヴェルの問いかけに、ヨアキムはもうもうと細巻を吹かす。
「カロルレンを受け入れれば、帝国が攻め込んでこよう。その時もやはりここを舞台にした戦じゃ。我が国が荒らされる」
「なら戦しかないですねっ!」
「はしゃぐな、ショレムっ!」と弟を叱りつつ、パヴェルは父を見る。「カロルレンを受け入れても、戦。拒んでも戦。どうするのです?」
「うむ……」
ヨアキムは腕を組み、細巻をくわえて紫煙を吹かす。口元から立ち昇る煙を見上げ、左右を見回し、バケツストーブを見下ろし、最後に息子達を真っ直ぐ見つめて……言った。
「どうしよう」
がくっと肩を落とすパヴェルとショレム。
「「父上~~」」
息子達から失望と落胆の視線を浴び、ヨアキムはバツが悪そうに紫煙を吐き出し、短くなった細巻をバケツストーブに放り込む。おもむろに両手で懐をまさぐり、ぬっと息子達へ突き出す。両手にはそれぞれ紙縒りが一本ずつ握られていた。
「父上、まさか」
パヴェルが心底嫌そうに顔をしかめると、ヨアキムは自信満々に頷いて言った。
「赤が帝国。黒がカロルレンじゃ」
「ヒルデンの命運をクジなんぞで決めるおつもりかっ!!」
パヴェルが眉目を釣り上げて吠える一方、隣のショレムはどこか感動したような面持ちを湛えていた。
「ぅぉおお……父上、尖ってますねっ!」
「はしゃぐな馬鹿者っ!」
パヴェルは弟を叱り飛ばし、ぎろりと父を睨んだ。
「父上もふざけないで下さいっ! このヒルデンは山中のド田舎と言えど、一万を超す民が暮らしておるのですぞっ! 彼らの運命をクジなんぞで決めるとは何事ですかっ!」
長男から猛烈な剣幕で叱責されたヨアキムは嫌そうに顔をしかめ、渋々クジを引っ込めた。
「冗談の分からん奴だな」
「時と場合をお考え下さいっ!」
憎まれ口を叩く父にもっともな批判を返す長男坊。
「まあ、やりようはあると言えば、ある」とヨアキムは懲りずに言った。
「あるのですか?」と怪訝そうに次男坊が問う。
「西にフルツレーテンという小国がある。ベルネシアとクレテアに挟まれた国でな。彼の国は先のベルネシア戦役の時、どちらにも与せず国境を固めて完全な中立を宣言した。そうして戦に巻き込まれんかったそうじゃ」
ヨアキムが滔々と説明するも、パヴェルは胡散臭そうに顔をしかめる。
「そんなことをしては戦を避けられてもフルツレーテンの経済が持たんでしょう。その辺りはどうだったのですか」
「うん。案の定ボロボロになったそうじゃ」
さらっと答える父に、ダメじゃねーかと言いたげな顔でパヴェルは嘆息を吐いた。
「父上。ヒルデンは他国との交易で食っておるのです。経済がガタガタになってたちまち干上がりますぞ。餓死者が大勢出るでしょうし、限られた食を奪い合う地獄が生じます」
「……ダメか?」
「ダメです」
探るような顔で問うヨアキムに嫡男は被せ気味に即答した。
深々と溜息を吐く父子の2人に、ショレムが顎先を掻きながら言った。
「なら、両国へ開放すればよいのでは?」
怪訝そうに眉根を寄せた二人に、ショレムは続けた。
「どちらが来て駐留しても戦になるんでしょう? なら、両国揃って来てもらいましょうよ。双方それぞれに小部隊を送り込んでもらって、この地で互いの動向を監視させれば良い。カロルレンは非武装船で東と交易して、帝国はカロルレンの飛空船を臨検して武装が無いことを確認する。そんなところでどうです?」
「そんな都合の良い話、奴らが飲むとは思えんが……」
ウームと唸るパヴェルに、ショレムは説明を続ける。
「兄上が言ったではありませんか。この地は山中のド田舎ですよ。帝国もカロルレンもこんなところで戦争をするくらいなら、少しばかり妥協するんじゃないですか?」
「しかしなぁ……帝国がカロルレンを日干しにするなら東との交易を許さんだろ」
「その辺は説得次第じゃないかな。連中とてカロルレンを征服して自国に取り込みたいんでしょう? カロルレンの民が徒に餓死するより良いのでは?」
「それは、まあ、そうかもしれんが……」
息子達があーだこーだと議論する中、黙ってやり取りを聞いていたヨアキムがくわっと目を見開いた。
「決めた。儂は決めたぞ。倅達、儂は決めたっ!」
不安と期待を込めた眼差しで兄弟は父を見つめ、言葉を待つ。
「儂は決めたっ!!」
ヨアキムは吠えた。
「ショレムの案で行くぞっ! 帝国とカロルレンの戦なんぞに巻き込まれてたまるかっ! 殺し合いたければ勝手にやっとれっちゅうんじゃいっ!」
息子二人を交互に見つめ、意気軒昂に言葉を重ねる。
「急ぎ両国へ使者を送るぞ。こういうのは先手を取った方が有利じゃ。なんなら、両国に協議を持ち掛けてもええ。なんでもかんでも拳骨で決めるのは野蛮人じゃからなっ!」
楽しげに頷くショレム。不安げな面持ちのパヴェル。
2人の倅に向かってヨアキムは不敵に笑った。
「さぁ、倅達よ。これから忙しくなるぞぅ!」
〇
さて、ヒルデン独立自治領で大河ドラマモドキのやり取りが行われていた頃、東メーヴラントにあるもう一つの小国でも動きがあった。
舞台の名はソープミュンデ自治国(閑話14参照)。
カロルレン王国とアルグシア連邦に挟まれた北洋沿岸の小国だ。
国名の由来となったソープミュンデ汽水湖と湖岸地域からなる国で、この汽水湖が厄介な水棲モンスターの巣窟だったため、神聖レムス帝国崩壊時にアルグシアもカロルレンも併合しなかった。不良債権みたいな国である。
此度の戦争でもカロルレンとアルグシアはソープミュンデに見向きもしなかった。
カロルレンは戦線の拡大を望まなかったし、アルグシアも汽水湖を迂回する手間を考えると国境を接する地域からカロルレンへ攻め込む方が手っ取り早かった(カロルレン側が国境周辺に戦力を配置していたから無視するわけにもいかなかった)。
そんな両国の思惑を余所に、ソープミュンデはソープミュンデでちょっとしたアイデアを見出した。
「すっげーアイディーア思いついたゼ。物資を調達してーカロルレンとぉアルグシアにガン売りしたら……バリ儲かンじゃね?」
「お前、お前……ヤベェな。天才かよ。あったま良すぎじゃね?」
こんな会話が有ったか無かったか知らないが。
幸い、戦火は陸戦に限られており、北洋で両国の海軍が交戦していなかった。そもそもカロルレンもアルグシアも海軍は近海沿岸警備能力しかもっていなかったから、両国の沿岸地域まで攻め込む力も余裕もない。仮に海戦をして負けたら自国の沿岸地域が丸裸になってしまう。
というわけで、両国は消極的に艦隊保全策を取っているから、北洋上で両国の戦闘に巻き込まれる可能性は低い。
問題はどこで物資を調達するか、だ。金満ベルネシアか北洋の主を気取るイストリアが良いが、ベルネシアはアルグシア・聖冠連合帝国の支援をしているし、イストリアは局外中立を決めている。ソープミュンデのアイデアに加担したら不味い政治問題が生じるだろう。
しかし、ベルネシアはともかくイストリアはこの商売に乗ってくる確証があった。
あいつらは強欲で貪欲で欲の皮を限界まで突っ張らせた業突く張りだから。
もちろん、この死の商人モドキの振る舞いは大変な危険を伴う。両国から敵に通じたクソ野郎と見做される可能性が高い。飢えたカロルレンが乗り込んできて略奪するかもしれない。ブチギレたアルグシアがソープミュンデ指導層を討伐して占領してしまうかもしれない。
が、ソープミュンデの指導層はこのリスクを踏まえたうえで、得られるであろうリターンを選んだ。その心理は倍率に目をくらんで不人気の駄馬に金を突っ込む博奕打ちに似ていた。
こんな馬鹿な奴らいねーよと聡明な諸賢は思うかもしれない。ところが歴史を振り返れば、ソープミュンデが可愛いレベルの国や指導者が掃いて捨てるほど存在する。フランス第四共和政なんか始まりから終わりまで笑いどころ満載の有様だった。それに、ここ数年の地球世界の情勢を見れば国家指導層が賢人揃い、とはとても言えない。
まあ、言い訳染みた説明はともかくとして。
ソープミュンデは『戦火を避けて物資を調達するため』と称し、ベルネシアに船を送り出した。それは事実であり、嘘だった。
船には商人に化けた外交官が乗っていて、その外交官はイストリア大使館へ赴いた。
そして、イストリアは――ソープミュンデの読み通り、『他人の戦争』という最高のビジネスチャンスを黙って見過ごさなかった。
彼らは南小大陸で大ドンパチをやらかしている最中である。南方亜大陸征服事業も抱えており、イストリアは民間も国も金が欲しかった。とにかく金が欲しかった。欲しかったのだ。
強欲にして貪欲なる巨獣イストリアが蠢動を始める。
〇
時計の針をサンローラン国際会議まで遡らせていただく。
この時期、ヴィルミーナは財閥絡みの案件を全て側近衆達に任せていた。表看板は侯爵家令嬢デルフィネに預け、実務上のトップを“侍従長”アレックスに委ねている。
ヴィルミーナが外交官の真似事で“遊んで”いる間、反白獅子派の企業や組織、人物はここぞとばかりに蠢動した。留守宅に空き巣を試みるようなものだが、強敵を避けることは戦術の基礎であるし、主力の遠征中に敵本国を突くことは戦略の常だ。
経済界や政界は魑魅魍魎が渦巻き、海千山千の強者や狐狸貉が山ほどいて、中には危険を冒すことを恐れない剛の者や卑怯未練な手を仕掛ける黒幕気取りも少なくない。
そうした手合いは魔女の留守を狙って白獅子狩りに挑んだ。
やや短絡的かつ浅慮的ではあるが、商人という生き物は大なり小なり機会主義者だし、何より魔女の長期離脱が何よりも好機に見えたのだ。
彼らは人材の引き抜きや社外秘情報の漏洩などを持ち掛け、嫌がらせ染みた小細工から威力偵察染みた限定商戦や企業買収を仕掛けた。
如何に有能じゃろーと経験の浅い小娘どもなんぞ何するものぞ。大人の怖さを教えちゃるけんのぅ。がっはははっ!
誰それがそんな発言をしたとかなんとか。
まあ、その真偽はともかくとして――
デルフィネは組織トップとして実務能力こそ不足していた。が。そこは元王太子妃候補者。経営者や管理職としては二流でも、“政治屋”としての手腕は見事なもので、社交を中心に方々の関係者や有力者と面会し、“コソ泥”達の動きに釘を刺して回った。
白獅子総帥代行という肩書に相応しい頼もしさに、旧ヴィルミーナ閥の面々は『人が変わったみたい』と讃嘆を漏らし、旧デルフィネ閥の面々は『デルフィネ様恰好ヨス♡』と我がことのように喜んだ。
実務面の重圧と責任を担ったアレックスは手堅い仕事振りを見せた。既存事業を大過なく進め、新規案件をきちんと精査して取捨選択し、細々としたトラブルを一つ一つ片付けていく。
ヴィルミーナのような何をしでかすか分からない怖さはないが、アレックスの隙のない堅実な仕事振りは各事業部代表や幹部達から『アレクシス様も御立派になられた』『頼もしい限りだ』と称賛され、実家のリンデ家は方々から賞賛と共に『アレクシス様を嫁に』とか『ウチの倅を婿に』という声が一層強まり、どうしたもんかと悩まされた。
こうして有象無象の挑戦は白獅子の爪牙に蹴散らされた。
が、真の強敵達はまだ動きを見せていなかった。
特に反白獅子派/反ヴィルミーナの筆頭格達――“会合”重鎮のハイラム商会や“青鷲”ローガンスタイン財閥、ルダーティン&プロドーム社。コーヴレント侯爵はヴィルミーナの留守を注意深く見守っていた。
王国府高官であるコーヴレント侯爵は、政府中枢筋の機密情報を素早く入手できる。その立場を活かし、サンローラン国際会議でヴィルミーナがレーヌス大河国際協定の枠組みをまとめると、そのネタをローガンスタイン財閥に流した。
ローガンスタイン財閥は海運/造船部門で白獅子と熾烈な競争を繰り広げている。そのため、レーヌス大河国際協定で生まれる河川水運利権を狙ったのだ。
”青鷲”の二つ名にふさわしく、ローガンスタインは迅速にして怒涛の速攻に出た。
官界と政界、レーヌス大河沿岸諸地域に猛烈な根回しとロビー活動を繰り広げ、同じく利権参入を企てた諸勢力を蹴り飛ばし(ここで諸勢力を糾合して連合を組まず、まず独占を図るのがこの時代の大資本家だ)、白獅子の参入を牽制した。
この利権争奪戦の敗北はデルフィネやアレックス達を大いに消沈させた。ヴィーナ様なら……と思えば、自分達の実力不足と経験の浅さを思い知らされた気分だった。
前世記憶持ちのヴィルミーナがトップであるため、白獅子は勝ちに慣れ過ぎていた。この敗北は側近衆達へ利権以上に大きな教育効果をもたらした。
一方、このローガンスタインの勝利にベルネシア経済界は暗い愉悦を満たした。あの小賢しい娘っ子に一泡吹かせたいと思っている連中はそれなりに多かったのだ。
もっとも、彼らはソルニオル事変が本格的にスタートすると、目論見が甘かったことを思い知る。
外務省粛清に国内が揺れている間に、白獅子が国と結託してあれこれし始めたのだ。
クレテア南部の田舎村に用地を買い上げ、瞬く間に小規模な軍事基地――『ラ・モレン警備保障』を作り上げ、海軍から戦闘飛空艇グリルディⅢ型を三隻も購入し、改装して現地に派遣。他にも輸送飛空船や武装飛空商船を調達し、現地に送り込んだ。
これらの早業と政治的曲芸にベルネシア財界は度肝を抜かれた。
粛清の影響と動揺でまるで動けなかったコーヴレント侯爵は地団太を踏み、ローガンスタインはレーヌス大河の果実が存外小さかったことに臍を噛み、情勢を見守っていたハイラム商会は『あの魔女殿は居ないと居ないで何をしでかすか分からない』と嘆息をこぼした。
そして、ヴィルミーナが全権特使として再び白獅子を留守にする。
今度はサンローラン国際会議よりも長期だった。
ベルネシア経済界は二の轍を避けるべく様子見に徹した。ベルネシア政界は外務省の粛清の影響でそれどころではなかった。
結果――
ヴィルミーナは新生ソルニオル領経済特区で美味しいところを食い散らかしてから帰ってきた。しかも、不味いところをベルネシア本国と資本家に押しつけてきた。
これにはベルネシア財界が御立腹。公僕として出向したなら公僕として振舞えやっ! ずっこいぞコラァッ!!
そんな周囲の抗議をヴィルミーナは冷笑し、最終的には自身が握ったパイを友好取引先や優良なビジネス相手に切り分けて黙らせた。
もちろん、留守中に白獅子へ仕掛けてきた連中には欠片一粒としてパイを与えない。賢人の教えだ。『相手が望むだけ飴玉を与えても良い。だが、飴の瓶に手を突っ込んで来たら、そいつの手を切り落とせ』。
ベルネシア経済界を白獅子中心に見た場合、味方と敵と中立の3勢力化が進行していた。
この情勢に沿う形で、“青鷲”ローガンスタイン財閥が反白獅子派の旗頭になりつつあった。コーヴレント侯爵は外務省粛清の余波でそれどころではなかったし、ハイラム商会は徐々に非友好的中立へ舵を切り始めていた(あの魔女殿に関わるとろくなことが無い、と損切りを決意したのかもしれない)。
その中で、ルダーティン&プロドーム社はパッとしなかった。
社内でルダーティン閥と金象閥の対立が激化していたせいもある。ルダーティン&プロドーム社の会長エルンスト・プロドームがそうした社内対立を一切仲裁せず、技術者達を囲って“遊んで”いたことも、この問題を大きくしていた。
そして、会長エルンスト・プロドームの娘婿にして旧ルダーティン商会の御曹司ベン・ルダーティンは強烈な野心家だった。そもそもローガンスタインとコーヴレントの後押しで婚姻合併を受け入れたのも、会頭の父親から商会を奪うためだった。
野心家のベンは婚姻合併した頃から、ルダーティン&プロドーム社を完全に掌握することを企図し続けている。金象閥の幹部を追放し、ルダーティン閥――それも自身の子飼いで完全に抑えてしまおうとずっと狙っていた。
そのうえで、ローガンスタインとコーヴレントの寝首を掻いてやろうと思っている。
未だ二十代半ば過ぎであるベンは、イケイケの若者らしく傲慢で尊大で自信過剰で怖いもの知らずだった。
であるから、ベンはとあるパーティで知り合いのイストリア人貿易商から声を掛けられ、田舎訛りの強いアルグス人を紹介され、ろくでもない話を聞き――好機を見た。
様々な思惑が交錯する共通暦1770年の春は、晩春へ移りつつあった。
聖冠連合帝国軍とカロルレン第二軍がついに干戈を交える。




