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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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173/336

14:10+

大陸共通暦1770年:初春

大陸西方メーヴラント:聖冠連合帝国:帝都ヴィルド・ロナ

―――――――――――――

 伯母クリスティーナに交渉で小突き回されてから幾日後。ヴィルミーナは総領事館の一室で昼食を摂っていた。

 珍しく一人で。


 帝国を訪問して以来、朝飯はマルク達や領事館スタッフと打ち合わせを兼ねていたし、昼飯と晩飯は帝国お歴々との会食ばかりだった。サンローランの時と同様、観光する暇すらない。大陸西方屈指の文化都市ヴィルド・ロナに来ているというのに、仕事抜きでは通りを散策することすらできなかった。


 バカバカしい。やってられるか。

 というわけで、この日、ヴィルミーナは静かで自由で豊かで、なんというか救われる時間を楽しむことにした。


 卓上には、ディビアラント北西部料理が並んでいる。

 挽肉を春キャベツで包んだロールキャベツ入りグヤーシュ。淡水魚の香草焼きに、漬物野菜のサラダ。いずれにもパプリカがたっぷり使われており、鮮やかな赤色をしている。香りの良いディビアラント産小麦で作られたパンには、山羊のチーズが添えられていた。料理に舌鼓を打ちながら帝国産の赤白ワインをぱかぱか呷る。


 ひとしきり平らげた頃には、ヴィルミーナは満腹かつ軽く酔っていた。

 それでも、デザートに提供されたサワーチェリー&カッテージチーズの薄生地パイをぺろりと食べてしまった辺り、『甘い物は別腹』理論は正しいのだろう。


 大陸南方産の珈琲と共に昼食の余韻を楽しんでいるところへ、カイとマルクが入室してきた。

ヴィルミーナは2人を厭そうに睥睨する。

「今度はどういう面倒を持ってきたの?」


「俺らが用意した面倒じゃありませんよ」カイはぼやきつつ「バカ息子を捕らえました」

「どっち?」


「両方です。長男坊は海路でエスパーナに向かっているところをラ・モレン警備保障が臨検で発見。逮捕しました。今、飛空船で移送中です」

 カイは最近伸ばし始めた顎髭を弄りつつ、続ける。

「三男坊ですが、クリスティーナ様の秘密結社が捕らえました。連中が八つ裂きにする前に、何とか渡りをつけられましたよ。ま、既に半殺しですけど」


 ヴィルミーナは倦んだ面持ちで吐露した。

「この茶番劇もようやく終いか」

 が、マルクは首を横に振る。

「クリスティーナ様の恩赦、及びに当代女大公叙爵。カスパー殿の公爵叙爵と所領相続、特別経済区総督就任。これらの式典参加もあります。まだ当分は帰れません」


「あああああああ」

 ヴィルミーナは背もたれに体を預け、気だるげに呻き……ぎろり。悪魔も怖気づきそうな目つきでカイとマルクを見た。

 余りの凶悪さにカイとマルクは思わず後ずさる。

「当作戦の総決算だ。しっかり教訓を与えろ。我々はその気になれば、”なんでも”やる、とな」


「はい、全権特使閣下。現場に念を押して伝えます」

 背筋を伸ばして応じたカイはそそくさと逃げるように部屋を出ていく。


 残されたマルクは恨めしそうに親友の背中を見送った。今回の帝国派遣において、事実上、ヴィルミーナの筆頭秘書官と化しているマルクは、まだ脱出できない。

「別途に御要望されていたディビアラントの資源調査の中間報告書が出来上がりました」

 マルクはおずおずと小脇に抱えていた厚めのファイルをヴィルミーナに渡す。


「ようやくか。領事館の連中は仕事が遅いわね。この程度の量、白獅子(ウチ)側近衆(娘達)なら3日で提出してくるわよ」

 あの雌狼共は貴女仕込みの実務エリート達ですもん、とマルクは内心で毒を吐く。

 ぶつくさと文句を言いながら、ヴィルミーナはファイルを開き、報告書をぱらぱらと流し見する。

そして、ヴィルミーナの双眸がくわっと見開かれた。


 その突飛な反応にマルクは思わず2歩も後ずさった。

「な、なにか問題が?」


 ヴィルミーナは無言のままマルクをまじまじと見据え、言葉を吐きだす直前、右手で口元を覆い隠し、黙り込む。


「? ? ? ? ?」

 背中と両脇に冷や汗を滲ませたマルクが途惑う中、ヴィルミーナは報告書へ目線を落とす。


 そこには帝国内で流通するディビアラント産資源物――各地で採掘される鉱物資源、各地で採集される天然素材、各所で生産される諸々の文物などが列挙されていた。


 ヴィルミーナの注意を引いたのは、3つの資源物。

 翠色砒酸塩鉱(アンナベルガイト)、これはニッケル華だ。つまり高品質のニッケル鉱石が出る可能性が高い。

 次いで、クロム鉄鉱。これらのこの価値は言わずもがな。精製すれば、ステンレス鋼が作れるし、クロムとニッケルのメッキは産業利用の幅が広い。現代産業における高汎用性レアメタルだ。なんとしても欲しい。


 だが、何よりも、黒色油(ペトロリアム)の記述。

 つまり、石油。

 石油だ。


 ヴィルミーナの頭の中で脳内麻薬物質が津波のような勢いで分泌されていた。

 石油っ! 石油っ! せ、き、ゆっ!! 魔晶油の精製技術を応用すれば、原油も精製できるっ! ガソリンっ! 軽油っ! 灯油っ! いや、石油由来の化合物もごそっとイケるでっ!! 


 そっかぁ、ディビアラントが地球のバルカン半島と東欧に該当すると考えれば、ルーマニア油田に相当する露頭油田があってもおかしないわな。ん? 地球の地政学条件と資源配置がある程度一致するなら、北洋にも石油が……? 大陸南方の外洋領土にゃあ1,000トン単位の地下資源が眠ってる……?


 うふっ! うふふふ、ふひ、ひいひひひひっ!! 


 ひ? 


 ちょお待ち。


 脳内麻薬物質でチャポンチャボンの頭に強烈な苛立ちが沸き上がってきた。

 もっと早ぅこの資料用意しとれば、伯母様に小突き回された時に別の切り口が採れたやんけっ! 私が取締役やった頃なら倉庫で段ボール数える仕事に飛ばしとんぞボケ共っ! 


 興奮が苛立ちに変わったせいか、ヴィルミーナは急速に冷静さを取り戻す。


 伯母様の寄こした負担はこの際、問題にならへん。面倒なんは御上と余所の連中に押し付けて、白獅子(ウチ)で美味いところ食ってまぉ。

 後は、地理的条件か。やっぱり具合が良ぅあらへん。ベルネシアまで運ぶんは陸路も海路も面倒が多すぎる。それに、帝国に“蛇口”を押さえられたら終いや。

 北洋と南方での資源調査と採掘が回るまで、帝国経由でディビアラントの資源を上手い具合に安定供給させんとあかんな。なんぞ手はないものか。


 激しく百面相を繰り返すヴィルミーナを前に、マルクは思う。

 この人、本当は何か恐ろしいものに取り憑かれてるんじゃないか?


 ヴィルミーナはマルクへ告げた。

「先だってまとめた交渉の書類を持ってきて。それから、法務官を呼んでちょうだい」

 さぁて、クリスティーナ”ちゃん”に私のテーブルマナーを教育してあげよか。


        〇


 某所にて。

A:現当主と長男は確実に死んだことを世間に示す必要がある。

 だが、次男と三男は行方不明した方が良い。

 このまま歴史のカオスに消えて貰おう。

 後は適当に生存説を流しゃあクリスティーナ様御一家の悪評も和らぐだろ。


B:三男坊ともかく、次男坊は殺されたところを家族が見ているし、

 首無し死体も残ってる。流石に隠蔽は難しくないか?


A:その辺りは情報戦のやりようで補えるさ。

 次男坊の印章は奪取してある。

 適当な場所で印章を使って生存を疑わせれば、自然と生存説が流れる。

 家族が否定したところで、庇っているとしか思われん。

 ついでに墓も暴いて死体を処分しちまおう。


C:そっちはそれで進めるとして、当主と長男はどう“演出”する? 

 帝都宮殿前に生首を晒すか? 

 それとも、王都で暴れた殺人鬼の真似でもするか?


A:そうだな……お洒落にいこう。


BC:お洒落?


A:ああ。我が国と帝国の友好を祝うようにな。

 チューリップをたくさん用意しないと。足りない分は造花を作るか。


BC:? ? ?


        〇


 クリスティーナはソルニオルを激烈に憎悪していたが、同じくらいベルネシアも憎悪していた。本国が彼女の境遇を意図的に看過していたのだから、正当な感情だろう。

 ゆえに、クリスティーナは兄の罪悪感と謝罪意識、ベルネシアの”償い”に対し、許容や和解の意識など微塵も生じなかった。むしろ、憎悪と復讐心が一層鋭く尖った。


 詫びと償いをすれば、私が許して当然とでも思ってるんでしょうね。お生憎様。貴様らに許しを与えるかどうかは、貴様らが判断することではなく、私の”権利”だ。せいぜい毟り取らせてもらうわよ。貴様らが私の人生を踏みつけ、毟り続けたようにね。


 祖国を強く憎悪する一方で、クリスティーナはその加減を弁えていた。交渉の窓口としてヴィルミーナを寄こしたことを、カレル3世が想像している以上に重く受け止めていたからだ。 


 魑魅魍魎が蠢く政経の世界で、縦横無尽に暴れ回る麗しき怪物。

 あの子を送り込んできたのは、こちらを今後も救い続ける意味や価値があるか、検分するためだろう。そうはさせない。私はまだ奴らから何も奪っていない。

 

 であるからこそ、先もヴィルミーナを小突き回す程度の要求に抑えた。クリスティーナはヴィルミーナを決して甘く見ていない。


 そこへ、ヴィルミーナの新たな動きが報告された。

 ここ最近、活発にディビアラント系貴族や商人と接触しているという。帝国政府の外交や貿易関係にも渡りをつけているらしい。


 クリスティーナはヴィルミーナが接触した関係者の名前を確認し、

「……ディビアラントの資源関係に手を伸ばしている?」

 不可解そうに小首を傾げた。


 おかしい。


 あの聡明な姪なら聖冠連合帝国で資源調達する危険性と問題をちゃんと把握しているはずだし、ベルネシアとディビアラントの地理的関係性から貿易は旨くないことも理解しているだろう。

 なのに、ディビアラントの資源に手を付ける。リスクを承知で?


 そんなはずがない。


 ヴィルミーナなら、リスクに妥協して危うい商売などしない。何かしらの手札を切ってリスクを“踏み潰す”。

 どういうつもり?


 思案していると、ドアが吹き飛びそうな勢いで開けられた。

 部屋に飛び込んできたのは、真っ青な顔をしたエルフリーデとカスパーだった。

「御母様っ!」「母様っ!」


 2人の様子から、クリスティーナは全てを理解した。

 片が付いたのだ。

 別段特別な感慨も感情も湧かなかった。カタルシスは全く無かった。復讐心が満たされることも無かった。憎悪が拭われることも無かった。

 ただ、愛する娘と息子に抱擁された時、右目から涙が一滴だけ溢れた。



 帝都ヴィルド・ロナの帝都中央広場に、“それ”は飾られていた。


 大量のチューリップの真ん中に高価な大型ガラスケースが2枚建立している。そして、ガラスケースの中には、人間の全身剝皮がべろりと広げられていた。空っぽの眼窩や口腔から向こうの景色が覗く様は、生物的不快感と恐怖心を強く刺激する。


 誰もがおぞましいまでの凶行とそこに含まれる甚大な悪意に慄いていた。

 報告を受けて検分にやってきた帝国宰相サージェスドルフは、猟奇的に過ぎる光景を前にしても眉一つ動かさない。


「間違いなくルートヴィヒだな。そっちは嫡男のエーリッヒだ」


 よくもまあ、こんなえげつない真似を思いつく。ベルネシア人には倫理や道徳心といったものが欠如しているな。

 サージェスドルフはルートヴィヒ達の最期は、帝都宮殿前に死体を打ち捨てるとか、街頭に吊るし首にされるとか生首を晒すといったものだと思っていた。


 残虐な刑罰や残酷な見せしめ行為は、人類の創造性と邪悪さが十二分に発揮される伝統芸能と言って良い。その威圧と“教育”の実際効果はともかくとして、古今東西、多種多様な方法で行われてきた。魔導技術文明世界とて例外ではない。


 しかし、魔導技術文明世界においても、引っぺがした全身の生皮を花と共に飾り立てる、などという猟奇的行為の前例はなかった。


 ベルネシア国花のチューリップが敷き詰められていることで、誰がやったか丸分かりだ。

 サージェスドルフはガラスケースにピンクの塗料で描かれた“メッセージ”へ目を向けた。


『これにて幕引き、芸術の都に相応しい逸品を贈る。御笑納されたし』


 笑えるかクソッタレめ。

 サージェスドルフは忌々しそうに『芸術品』を一瞥し、踵を返す。

 あの小娘、ディビアラント系の貴族や商人にやたら積極的に誼を通じているらしいが、まさか、叛乱を起こさせようってんじゃなかろうな。

 確認せねばならない。早急に。


       〇


 聖冠連合帝国帝都ヴィルド・ロナ。

 壮麗な帝都の中枢たる帝都宮殿内にある儀礼場、古くは謁見の間と呼ばれた大会場に、帝国のお歴々と帝都に滞在する各国の領事や大使が居並ぶ。


 壇上に据えられた玉座には、聡明な“凡君”ゲオルグ2世帝が鎮座しており、その傍らには皇太子レオポルドが控え、檀下に帝国宰相サージェスドルフが立っていた。


 そして、この日の主役が入場する。


 青緑色と白のドレスをまとったソルニオル公爵夫人クリスティーナは、化生染みた美貌と妖異染みた威容をまとっていた。王族の血統に連なる者の気品。若さや装飾に依存しない成熟した艶美。艱難辛苦を耐え忍び、その末に勝ち残った者が纏う力強い風格。


 女王。


 誰もがクリスティーナの容姿と立ち居振る舞いから、その言葉を思い浮かべた。

 クリスティーナの背後に、子であるエルフリーデとカスパーが続く。三人の両脇には近衛騎士達が控えていたが、彼らのことなど誰も気にしない。皆、クリスティーナに目を奪われていた。


 さて、いよいよ式典が始まるわけだが、この式典は茶番だ。しかも笑えない類の。


 クリスティーナとその子供達が会場の中心でひざまずき、進行役のサージェスドルフが淡々と式典を進めていく。


 此度の『ソルニオル事変』はソルニオル公爵一統と海賊海岸の抗争によって発生したこと。その過程においてソルニオル公爵が帝国司法省を焼き討ちし、あまつさえ皇太子殿下御一家襲撃という暴挙へ及んだこと。


 また、帝国政府が“ソルニオルの不行跡”を公表したことで、公爵夫人クリスティーナはその名誉を取り戻すべく、道理的大義名分から自身の婚家に対して暴威を振るったこと。


 最後に――

「先日、帝都中央広場にて晒されたルートヴィヒ・ソルニオルとその子エーリッヒの殺害に関し、公爵夫人及び帝国政府が関与していないことを、皇帝陛下御前にて帝国宰相サージェスドルフが神に誓って宣言する」


 茶番の締めくくりに、皇帝ゲオルグ2世が口を開く。

「既に処されているが、改めて宣言する。不忠にして悪徳の家、ソルニオル公爵家は家名断絶とし、その家財と所領を没収。公爵夫人クリスティーナ及び公子カスパー。両者もその位階を没収し、貴族籍剥奪とする。公女エルフリーデは既にオーバー=シューレスヴェルヒ大公家に嫁いでいるため、責は問わぬ。が、生家の不始末は見過ごせん。一月の蟄居閉門を命じる」


 皇帝は厳か、というよりは台本を読み上げるように語った。ひざまずいていたクリスティーナ達は粛々と一礼する。


「然しども、異邦より我が帝国に嫁いできた姫君に対し、ソルニオル公爵家の度し難き非道を考慮すれば、情状酌量を以って余りある。また、彼の家は帝室連枝であり、朕の一門であった。この不面目と不実は正されねばならぬ」

 皇帝の台本朗読は続け、

「よって、クリスティーナ夫人とその子ら、“義によって”彼らへ与した者達。これら全員に朕の権限を以って恩赦を与え、処罰を免除する。また、クリスティーナ夫人にはその貴き血筋に相応しき当代女大公位を与える。カスパーは新たにレンデルバッハ=ソルニオル家公爵に叙し、旧ソルニオル公爵領領主に封じる。また、ソルニオル領内にて新たに開設する特別経済区の総督に任ずる。卿はもはや帝室一門ではないことを忘れず忠勤に励め」

 大きく深呼吸をする。


 サージェスドルフが段取りを進めようとした矢先、

「朕が其方らに恩赦を与えるはもはや無いと肝に銘じよ。“次”があらば、其方ら一族の首を落とし、北洋沿岸の故郷へ送りつけるぞ」

 皇帝はクリスティーナ達へ冷厳に告げ、会場末席に身を置いていたヴィルミーナ達――ベルネシア外交団を睨み据えた。

「帝国の安寧と我が臣民の平穏を脅かす者は何者であろうと容赦せぬ。それが悪霊の如き強敵であってもだ」


 台本にない皇帝のアドリブに皇太子や宰相、その他関係者達が驚愕したが、皇帝はさほど気にした様子を見せず、

「以上だ。後は任せる」

 玉座から立ち上がり、悠々と会場を辞していった。


 ヴィルミーナはその背中を見送りながら思う。

 そら自分のシマをこれだけ荒らされたら言いたいこともあらぁな。ともかくこれでソルニオル絡みはケリがついた。ようやっと本業に戻れるし、レヴにも会える。次男坊の件、ちゃんと話し合わな……


 ヴィルミーナがつらつらと考えているうちに散会となる。

 長居したくはないが、此度の件で世話になった連中へ挨拶回りしていく。ベルネシア本国の使者として送り込まれている以上、礼を失するわけにはいかない。


 そうして挨拶回りの中、ヴィルミーナは“捕まった”。

「ちょっと顔を貸してもらおうか」「ちょっと時間を割いて貰えるかしら、ヴィーナ」

 帝国宰相とクリスティーナに。

 2人は既に目つきが怖かった。


         〇


「何を企んでる」「何を企んでいるの?」

 宰相執務室へ案内されたヴィルミーナは、サージェスドルフとクリスティーナから異口同音の問いを投げつけられる。


 ヴィルミーナは小さく首肯し、言った。

「宰相閣下。此度の御骨折りベルネシアを代表して御礼申し上げます。伯母様。当代女大公叙爵並びカスパー殿の叙爵と就任、おめでとうございます。本国と国王陛下に代わり、お祝い申し上げます」

 サージェスドルフはあからさまな不機嫌顔を浮かべ、クリスティーナは深い青色の瞳を冷たくさせる。


「そんなことはどうでもいい」「分かっていて惚けるのはやめなさい」

 これまた2人から御叱りを受けた。が、ヴィルミーナは小さく微笑んで軽口を叩く。

「礼を尽くした返しとしては、御二人とも酷くありません?」

 2人の目が本格的に怖くなった。


 ヴィルミーナは小さく肩を竦め、居住まいを正して語り始める。

「まず御二方が御懸念されているようなことは企図していません。純然たる商売として、ディビアラントの諸兄方に御声を掛けさせて頂いた。ディビアラント産の資源物が現状、我が国の経済圏内で入手できないものが多かったゆえ」

 次いで、

「閣下。私がディビアラントに叛乱を教唆すると御想像でしたら、それは酷い誤解です。むしろ私の商いのためにも、東部領の安定、ディビアラント人の慰撫に一層努めて頂きたい」

 クリスティーナへ向けて微笑みを向けた。


「さて、伯母様。先の交渉で伯母様は我が国に“特別な御配慮”をしてくださいました。対ベルネシア特待契約条項第18条付帯第2項を御承知ですか?」

「……総督府とベルネシア資本は契約内容を保証し、相互に信義を以ってその契約内容の実現を確約する。これを違えた場合、付帯第3項の違約保証が適応される」


 この特待契約条項を結んでしまえば、どれだけきつくても取引を実現する必要がある。嵐が吹こうと戦争が起きようと、取引を実現させなければ、違約金やらなんやらを課されてしまう。


 今まさに東メーヴラントで戦争が起き、地中海情勢が不安定なことを考えれば、この条項はベルネシア側にこそ不利に働く。悪意的と言っても良い。


 しかし、条文においてはきちんと『相互』と書かれている。

 つまりは、白獅子が帝国と資源物調達契約した場合、クリスティーナ達がその取引のケツ持ちを行わなければならない。

 たとえば、戦争が激化し、帝国軍が鉄を大量に必要とした場合でも、先にヴィルミーナが押さえてしまっていたら、クリスティーナ達がその鉄を軍に接収されないよう動かなければならない。

 大変な負担となる。


 普通に考えれば、一商社が国家を危機に陥らせるほどの鉄量を調達することなど出来ない。ありえない。が、ヴィルミーナは仕手戦で一国の背骨をへし折った”前科”があった。

 出来ない、と誰も断言できない。


 ヴィルミーナの微笑みは魂を掴んだ悪魔を思わせた。

「伯母様。たとえ、この先帝国と我が国の関係が如何様になろうと、あるいは、帝国内で不幸な有事が起きようとも、我が社と結ぶ契約内容をレンデルバッハ=ソルニオルの名に懸けて、必ず実現していただく。そうですね?」


「……その解釈は些か暴論に過ぎるのではなくて?」

 クリスティーナは氷の女王よりも冷たい眼差しで姪を見据えた。が、


「帝国法に通じた法務官は、私の認識で間違っていないと言っていましたよ」

 ヴィルミーナは唇の両端をさらに大きく歪め、喉を鈴のように鳴らした。

「伯母様の“格別な御高配のおかげで”、とぉっても良い商いが出来そう」


「……それは何より。ところで契約条項に不備が発見された時は、見直しがあって当然よね?」

 クリスティーナの目つきがいよいよ吊り上がっていく。


 と、ヴィルミーナはクリスティーナの冷たい怒気をいなすように肩の力を抜き、

「……伯母様。私には伯母様の御気持ちを理解できます。これは賢しらな言葉を重ねているのではなく、本心からです。ですから、はっきりと言わせていただく」

 心から案じる面持ちを浮かべた。

「報復と復讐はドブネズミ共の命で区切りとなさいませ。これ以上は伯母様のためになりません」


「サンローランで語ったという以徳報怨とやらを実施しろとでも?」

 クリスティーナの双眸が深宇宙よりも闇深く染まる。いったいどれほどの憎悪と怨恨を心に抱えているのか、余人には想像もつかない。


 底無しの敵意が向けられるが、ヴィルミーナは動じることなく答えた。

「伯母様。現に貴女は私に足をすくわれたではありませんか。どれだけ冷静に冷徹に振舞っても、憎悪と怨恨という激情を抱えていては、ビジネスという怜悧な闘争では隙を生むのです」


 ヴィルミーナは紺碧色の瞳でクリスティーナを真っ直ぐ見据え、告げる。

「見逃すのは此度だけと知れ。次は無いぞ」

 親族の情を示したと思えば、敵を見るかのような圧倒的な威圧感が放たれる。


 脇で聞いていたサージェスドルフが思わず息を呑み、クリスティーナを窺う。

 最後通牒か。どうする?


 クリスティーナは瞑目してゆっくりと深呼吸した。

 沈黙黙考の数瞬。永劫に思える数秒の静寂の後、

「御忠告、肝に命じさせていただきます。全権特使閣下」

 頭を下げた。

帝国編はこれにて終わりです。今日は後程もう一本投稿します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >この人、本当は何か恐ろしいものに取り憑かれてるんじゃないか? 実際前世から後付で何か変なものをインストールしてるので大体合ってはいるという。 [一言] ヴィルミーナ母娘やクリスティーナ…
[良い点] 負けてから勝ちますか、さすがヴィルミーナ [一言] 舞台はカロルレン戦争へと移るのでしょうか、時系列的には春でしょうし、アルグシア戦線がどうなっているやら、カール大公の大迂回戦略がどうなっ…
[良い点] > ヴィルミーナは紺碧色の瞳でクリスティーナを真っ直ぐ見据え、告げる。 >「見逃すのは此度だけと知れ。次は無いぞ」 流石、主人公!めっちゃカッコいい!!!
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