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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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172/336

14:10

お待たせ候。

大陸共通暦1770年:初春。

大陸西方メーヴラント:聖冠連合帝国:帝都ヴィルド・ロナ。

―――――――――

 ヴィルミーナがカイに目配せすると、カイは持ち込んだトランクケースをヴィルミーナの手元に置き、皆に見せるように解錠してトランクケースを開く。

 中には厚めの黒いノートが収められていた。


 ソルニオルの閻魔帳。


 サージェスドルフは傲然と鼻息をつき、ヴィルミーナに問う。

「あえて問わせていただくが、本物かね?」


「これは忠良なる我が国の精兵達が血を流して得たもの。小細工を弄して彼らの献身を踏みにじることはあり得ない」

 ヴィルミーナはくだらんことを問うなと言いたげに応じ、トランクケースごとサージェスドルフの前へ差し出す。


「分かっていても問わねばならないこともあるのでね」

 まったく悪びれずサージェスドルフはトランクケースを閉じ、

「クリスティーナ様の恩赦。及びカスパーのレンデルバッハ=ソルニオル公爵位叙爵とソルニオル領の相続を確約しよう」

 クリスティーナを鋭く睥睨し、強烈な嫌味を吐いた。

「妹想いの良い兄君をお持ちですな。こうして尻拭いをして下さる」


 宰相サージェスドルフはこの手の負け犬染みた発言を好まない。が、クリスティーナとその秘密結社のやりようには、毒を吐かねば気が済まない。

 もっとも、クリスティーナは涼しい顔でセイウチの悪罵を聞き流していたが。


 険悪な雰囲気を察し、“大髭”ヴィリーが口を挟む。

「して、これからのソルニオル領は如何なりますかな。サンローランの話し合いとは随分と異なる情勢の御様子。きっちり話を詰めたい」


 パイをどう切り分けるか。あるいは、“誰が”切り分けるか。

 普通に考えれば、帝国宰相サージェスドルフか“実務”の大半を担ったベルネシアのヴィルミーナがナイフを握るところだが……


 クリスティーナがおもむろに口を開く。

「ベルネシア全権特使殿には御説明していなかったので、大まかに説かせていただく。カスパーのソルニオル領相続と公爵位叙爵に伴い、領内主要港湾地域を中心に、帝室直轄領経済特区を開く。カスパーはこの経済特区総督も担うわ」


 サージェスドルフからある程度は聞いていたが、ヴィルミーナは念を押すように確認した。

「それは特区の命綱を帝室が握ると判断してよろしいのですか?」


「然り。新生ソルニオル領が先達同様に帝国に害をなす存在へと堕落したならば、帝室は特区総督を解任し、別途に総督を赴任させる。さらに言えば、これは新生ソルニオル公家とカスパーの立場を守ることにもつながる」

 セイウチに一瞥された“大髭”は苦笑いを浮かべる。

「そう警戒せんでもカスパー殿を廃したり、後々本家を害したりするつもりなど無いのだがね」


 ふむ、とヴィルミーナは小さく頷き、悠然としている伯母へ紺碧色の瞳を向け、

「失礼を承知で言えば、カスパー殿は領主たるべき教育を受けておられない。経済特区総督職はもちろん公爵領経営も危うい。親政を行うまでに学ぶ期間が必要のはず」

 問う。

「公爵夫人様はカスパー殿の摂政を担うのですか? それとも、新生ソルニオルの女王となられるので?」


 余りにも露骨な問い。答えが分かり切ってもいることを考えれば、愚問と言っても良い。それでも、本人がどう明言するかは言質の問題として重要だった。


 皆の視線を浴びながら、クリスティーナはくすりと喉を鳴らし、

「そうね。私が演じる役はカスパーが実務を担うに足るまでの摂政役かしら。ソルニオル領と経済特区は公爵にして総督たるカスパーを頂点として営まれるべきだもの。母親が長々と出しゃばってはカスパーの面目が立ちません。しかし……」

 全員を見回して告げた。

「カスパーが重責を担うに足るまで、私がその責を担うことに何か問題が?」


 それは問いであって問いではない。女王による『容認しろ』という“命令”だ。

 そして、誰もが無言で受け入れた。ヴィルミーナも黙って一礼する。


 ただし、この肯定と是認は、ソルニオルというパイの切り分け役が正式に決定しただけで、パイの配分が決定したわけではない。

 むしろ、ここからが本番だった。


      〇


 クリスティーナは面々に新生ソルニオル領の運営方針、開発方針、財政計画などを語り、そのうえでパイの配分を提案していった。


 話を聞きながら、ヴィルミーナは内心で舌を巻く。

 ソルニオル一統を潰すことだけでなく、潰した後のことまで用意済みか。何年掛かりで仕込んどったんや、これ。


 旧体制を倒すことと、新体制を是認させることは全く別問題だ。

 クリスティーナは20年余に渡って”計画”を練り続けてきた。それはルートヴィヒとバカ息子共、ソルニオル一族へ復讐し、報復し、抹殺することだけではなかった。

 一統を根切りにすることで、ソルニオル領を強奪。その後の支配統治を円滑にすることも計画の内だった。

 そして、支配統治のための人材は、“自警団”として既に確保されている。


 復讐や報復に拘泥する人間は、その渇望を完遂しても未来を見ない。死ぬまで過去に囚われたままだ。しかし、クリスティーナは彼らを“新王朝”に組み込むことに成功していた。


 ――君達の手で新生ソルニオル公爵領を作ることで、奴らの痕跡を消し去れ。


 過去に囚われた者達に、未来を創るという新たな復讐を与えたのだ。

 彼らと同じ復讐者であるクリスティーナにしか出来ない手管だろう。



 昼食後の休憩時間。サージェスドルフは中庭に出た。煙草を吹かしながらぼやく。

「ドブネズミを駆除したら、魔狼がやってきた」


 隣で紫煙を燻らせていた“大髭”ヴィリーが苦笑いをこぼす。

「だが、狼ならまだ飼い慣らせる。向こうも首輪と手綱を差し出しておる。後はやりようだろう」


「そのやりようこそ問題だと思うがな」

 サージェスドルフは盛大に煙を吐き出した。往時を思い出しながら呟く。

「それにしても、あの儚げなお嬢さんが斯様な恐ろしい女傑になるとはなぁ……」


「どんな女も内に魔を秘めているというぞ。ソルニオルのバカ共がクリスティーナ様の魔を肥大化させたのだろうよ。奴らの亡びは自業自得ということだ」

“大髭”ヴィリーは細巻を吹かしつつ言った。

「しかし、ベルネシア王家は女傑揃いよな。たしかクリスティーナ様の妹御も逸話持ちだったはずだ」


「ああ。嫁ぎ先から出戻りする際に大立ち回りをしたと記憶している。当時は笑えない事態だった覚えがあるな」

 短くなった煙草を灰皿に押し付けて消火し、サージェスドルフは眉を大きく下げた。

「まったく、ベルネシア王家は娘達にどういう教育をしているんだか」

“大髭”ヴィリーは同意するように笑った。



 オヤジ達が煙草と与太話を楽しんでいる頃、ヴィルミーナはサロンでクリスティーナと向き合っていた。エルフリーデとドロテア前大公夫人、マルクとカイが少し距離を取って様子を窺っている。なお、カスパーは愛妾(予定)のユーリアに捕まり、庭園内をデート中。


「伯母様は何を目指していらっしゃるのです?」

 ヴィルミーナはクリスティーナに問うた。声色が酷く無機質だった。


 クリスティーナはゆっくりと腰を上げた。ヴィルミーナの背後に回り、その薄茶色の長髪を優しく指で梳き始める。


「ユーフェリアが幼かった頃、10日に一度は私が髪を編んであげていたの。私が編む時に限って、難しい編み込みを注文してきて難儀したわ」

「……きっと少しでも長く、伯母様と触れ合っていたかったのでしょう。母は甘えん坊ですから」


「かもしれないわね」

 控えめに柔らかく微笑み、クリスティーナは続ける。

「私はこの20年余の間、為すべきことのため、多くを調べ、多くを学び、多くを考えた。その過程でちょっとしたことに気付いたわ」

「察するにあまり愉快な発見ではなさそうですね」


 ヴィルミーナの軽口に応じず、クリスティーナはヴィルミーナの髪を梳き続ける。

「外洋進出時代を迎えて以来、大陸西方圏は富の偏在が顕著になっている。

 ベルネシアは金満国家と呼ばれるほど富を持ち、中産階級の育成まで進んだ。

 クレテアは国家財政が脆弱なせいか、貧富の二極化が明確になりつつある。

 アルグシアは地域の経済格差、所得格差の開きが深刻化している。

 聖冠連合帝国においても、帝国内の東西――メーヴラント領域とディビアラント領域、属州地域の格差が修正し難い。

 カロルレンの状況は詳しく知らないけれど、先に挙げた諸国より良いということは、まずありえない」


 クリスティーナは懐から飾り紐を取り出した。ヴィルミーナの髪をまとめてポニーテールを作り、尻尾の部分を三つ編みにしていく。

「これらが意味するところは?」


 口頭試問を課されたヴィルミーナは即答した。

「メーヴラント全体で民の不満が沸点に達しつつある」


「その通り」

 クリスティーナはヴィルミーナの髪を優しく撫で、

「貧しき者は富める者を妬み、嫉み、恨む。富みながらも体制の側に属せず権力を得られぬ者が不満を大きくさせていく。体制の中でも主流派に成れぬ者達が鬱屈として僻みを強める」

 新たな問いを課す。


「この状況が一線を越えたら、何が起きる?」

「……伯母様はメーヴラントがじきにひっくり返るとお考えですか」

 ヴィルミーナは明言を避けて答える。流石に他国で革命を危惧する会話はよろしくない。


 ベルネシア元第一王女と王妹大公令嬢以外の者達が目を瞬かせる。ひっくり返る、て何? と言いたげな顔つきを浮かべていた。


 そんな周囲を無視し、

「昨年の今頃、ソルニオル一統が壊滅するなど、誰も想像していなかったはずよ。それでも、こうしてソルニオルは壊乱している」

 クリスティーナは姪の髪を編み込みながら話を続ける。

「“今”しかないのよ。次代にメーヴラント人の皇太子殿下とディビアラント人の皇太子妃殿下が控え、融和志向の有能な宰相閣下が居られる今しか。この均衡の内に強固な基盤をこさえなければ、必ず起きるであろう嵐に呑まれてしまう。そんなことは絶対に”許さない”。絶対に」


 ヴィルミーナの髪を結い終えたクリスティーナは、隣の椅子を引き寄せて腰を下ろした。膝先が触れ合う中、深い青色の瞳が真っ直ぐに紺碧色の瞳を見据え、

「奪われたものを、得られるはずだったものを、失ったものの代償を、全て掴むまでこの国にはしっかり立っていてもらう」

 言った。

「ヴィーナ。私はまだ“始めたばかり”なのよ」


 その双眸と声色に潜む極限の冷たさ。太陽の光が届かない宇宙の深淵だって、もっと温もりがあることだろう。


 周囲の誰もが完全に気圧されている。ヴィルミーナすら息を呑んだ。なぜかドロテア前大公夫人だけ恍惚としていたが。


 ヴィルミーナは内心で大きく深く嘆く。

 この(ひと)。海外行脚から日本に帰ってきた時の私より酷いな。まあ、私も本社に復帰後はきっちりカタぁ取ったからな。よぉ分かるわ。でも……そればかりに囚われるのは余りに……


 姪の深い憂い顔を前にしたクリスティーナは、ふ、と息を吐いて威容をほぐす。

「そう心配しなくても良いのよ、ヴィーナ」

 手を伸ばし、ヴィルミーナの頬を優しく撫でながら少女のように無邪気に微笑む。


「意外に思うかもしれないけれど、私はこれでもこの国を好んでいるの。幾度殺しても飽き足らない奴輩も確かにいる。でも、敬うべき人々や愛すべき人々もたくさんいる。何より我が子達にとって、この国は故国であり故郷なのだから」


 ヴィルミーナも緊張を抜き、どこかシニカルに微笑む。

「母も嫁ぎ先を似たように語っていました。美しく素晴らしい土地だったと。いつも、そこに住む人間以外は、と付け加えておりましたが。やはり母と伯母様は御姉妹ですね」


 クリスティーナは目を瞬かせ、嬉しそうに微笑んだ。


      〇


 日が沈むまで細かな条件闘争とすり合わせが行われ、ドロテア前大公夫人から泊っていくよう勧められたが、ヴィルミーナは丁重に謝辞して領事館へ帰った。


 馬車の中で、ヴィルミーナは酷い疲れ顔でぐったりとしていた。

「姪っ子に対してあそこまで追い込みかけるか、普通。伯母様は鬼だ……鬼だああ!」

 マルクとカイは心底面倒臭そうな顔で、ヴィルミーナを完璧に無視した。


 ※   ※   ※

 話を会合の前日に遡らせていただく。


 ヴィルミーナは総領事館の幹部達とカイとマルクで、クリスティーナとの交渉方針を議論していた。正確には、ソルニオル利権をどうするか。


 ベルネシア商人気質の狡猾さと凶悪さを発揮したいところだ。

 しかし、ソルニオル領はベルネシア王家縁戚領、いや、“クリスティーナの領地”となる。外洋領土やクレテアでやったようなアコギな真似は絶対に出来ない。


 かといって、クリスティーナやカスパーが血統事情からベルネシアへ親近感的配慮や優遇をしてくれるだろう、などと考えるアホはこの場にいない。


 ひとしきりあーだこーだとやり合った後、ヴィルミーナは皆を見回して問う。

「この際だから、はっきり尋ねるけれど……ソルニオル領、言い換えれば、地中海拠点ね。これ、ベルネシアに必要?」


 全員が何とも言えないビミョーな面持ちを浮かべた。


 聖冠連合帝国ソルニオル領――地理的には地中海内のチェレストラ海沿岸地域。地理的に厄介だし、地域の情勢事情が面倒臭い。ぶっちゃけ、大冥洋をすいすい進める外洋領土の方がずっとマシだった。


 加えて、北洋沿岸国ベルネシアにとって、地中海は長らく戦略構想外の地域だった。先王が対クレテア外交政策として第二王女ユーフェリアをコルヴォラントのベルモンテ公国へ嫁がせるまで、ろくに関わってこなかった。ユーフェリアの結婚が失敗に終わって以降は、それこそ民間レベルの細々とした関わりしかない(だから、今回の不正規作戦でいろいろ苦労した)。


 なので、ソルニオル領の利権が必要かどうかと言われれば……

「我が国の経済戦略の観点から言えば、手に余ります。陸路からも海路からも途中に経由国を挟む関係で利得が薄いですし、かといって、大冥洋からガルムラントを迂回していくのも手間ですし……下手に利権を持っても維持費がかさむだけでしょう」

 総領事館商工担当官がぼやく。


「それに、今回の件への介入は帝国におけるベルネシア権威と威信の回復、クリスティーナ様御一家に対するこれまでの不誠実への償いを前提としている。あまり欲深なところを見せて御不興と御不快を買うことは、この前提にそぐわない」

 疲れ顔の総領事が呻くように言った。『それはそれ、これはこれ』という政治屋にありがちな理屈を出さない程度に立場が苦しいらしい。


「いっそ交換を持ちかけてはどうでしょう。ソルニオルの利権配分を譲渡する代わりに、カロルレン方面の利権を拡大してもらうとか」

 マルクの提案に次席領事が首を横に振る。

「我々が得るカロルレン利権はアルグシアが確保する地域だ。帝国側の利権譲渡を受け難い」


「俺としては何かしら欲を見せておいた方が良いと思います」

 細巻に火を点け、カイは紫煙を吐いた。香料入りなのか、仄かに甘い香りが広がる。

「あまり遠慮しすぎても、それはそれで要らぬ勘繰りを買うだけです。定石通り適度に吹っ掛けて、反対を食らったら渋々手を引く、という体を取った方が良い」


「確かにな」文化担当官が頷く「今回の作戦に掛かった経費と人員の補償分くらい稼いでも、道理に背くまい」


 業突く張りが雁首を揃えている中で妙な遠慮をしては疑念を買うだけ。

 これも事実だ。欲しいものは欲しいと素直に言っておく方が相手も安心する。


 ヴィルミーナは皆の意見を聞き、腕を組んで考え込む。

 つまりは、手を引けるなら引きたいけれど、苦労した分の利権は欲しい。という話やな。面倒くさぁ。


「なら、適当な不動産を確保しましょう。土地を獲得しておけば、進出する際の用地となるし、利用見込みが無ければ、売却してしまえば良い。あとはベルネシア資本が進出した場合の税率と優待の条件次第」


 どう? とヴィルミーナは皆を見回す。

 商工担当官は「ちょっと弱気に過ぎませんか?」と呻き、「それは土地面積と場所次第だろう」と総領事が許容姿勢を示した。総領事の許容に回りも同調して首肯する。


 ヴィルミーナはぱちんと柏手を一つ打ち、告げた。

「決まりね」


 ※   ※   ※

 こうして、ベルネシアはソルニオル領の利権獲得はほどほどで済ませる気だった。


 のだが……


 クリスティーナは端からベルネシアに利権交渉なんぞする気はなかったらしい。

 ヴィルミーナ達の”ほどほどな”利権要求を小石のように蹴り飛ばすと、“元第一王女として”本国に要求を提示してきた。それも猛烈に。


 経済特区の開発協力。領内整備協力。融資要請と進出誘致。人材の派遣要請……

 さながら『脛を齧り尽くし、骨の髄まで啜ってやる』と言わんばかりであり、『この20余年、お前らの仕打ちに我慢してきてやったんだから、当然だよな?』という獰猛な恫喝だった。


 まったく予期していなかった怒涛の大攻勢にマルクはてんで役に立たず、カイはヴィルミーナへ丸投げした。

 役立たずの野郎共に『アレックスを連れてきていれば』と内心で毒づきつつ、ヴィルミーナは後手からの打撃を試みた。小理屈と屁理屈と方便と嘘八百を並べて少しでも、クリスティーナの攻勢をいなそうと試みる。


 も、ウラヌス作戦で貧弱なルーマニア軍区を突いたソ連軍のように、クリスティーナはヴィルミーナの急所に打撃を加えた。

「分かりました、では、白獅子として検討しなさい」

 ヴィルミーナ個人を狙い撃ち。姪への容赦など欠片も無し。


 そして、その打撃はヴィルミーナに決断させた。

 ヴィルミーナは利己主義者であり、国家や政府への固執的不信感の持ち主である。御国のために自身の財閥を犠牲にするなど、絶対にありえない論理だった。


 頭脳を自分の財閥を救うため”だけ”にオーバーレブさせ、ババの行き先をベルネシア民間資本とクレテア民間資本に押し付ける案を捻り出す。


 ベルネシア民間資本とて、ヴィルミーナ同様、嫌厭する連中が多い。が、先に粛清された外務省筋と仲良しだった連中の肩を叩けばよろしい。否やとほざくならば、徹底的に追い込みをかけるだけだ。


 クレテアの方は王族令嬢が嫁ぐのだから、その筋から参加させる。先の戦役敗北以降、ベルネシアに蹂躙されたクレテア資本は、立て直しのために少しでも利権が欲しい状況だから、苦しくても挑戦するしかないだろう。というか、拒否などさせない。


 これらの概案を根幹として特区進出を推奨推進するプログラムを組む、と話をまとめた。隣で聞いていたマルクが小声で「なんという多方面責任転嫁」と呟き、ヴィルミーナに足を踏みつけられた。


 クリスティーナは提案をしばし思案した後、『それで勘弁してやる』と言いたげにヴィルミーナに頷いた。


 交渉の勝敗は、紛れもなくクリスティーナの勝利だった。



「見誤った」

 馬車に揺られながらヴィルミーナは呻く。

「交渉の前提を根本的に間違えていた。私達は利権交渉ではなく、“賠償請求”の軽減を目的とすべきだった」


「不正規作戦を実施した事で、償いは済ませたのでは?」とマルク。


「それは我々の言い分であって、伯母様の見解とは一致しない。その認識の差違がこの大火傷よ。酷い目に遭ったわ」

 ヴィルミーナは大きく息を吐き、カイヘ目線を向ける。

「こうなれば、御国の御稜威は確実にきっちりと回復させて終いとしましょう。ドブネズミ達をどう扱う?」


「まあ、“演出付き”で帝都宮殿前に晒すのが常套でしょう」

 カイがさらっと怖いことを言う。

 ヴィルミーナは髪を弄りながら言った。

「となると、当主と次男の首だけでは足りないか」


「いや、当主と長男の首だけ晒し、次男と三男は消息不明という体にした方が良いかと」

「ふむ。その意図は?」

「当主と先妻の子息を皆殺し、ではクリスティーナ様とカスパー様の悪評を招くかもしれない。次男三男は逃げ切ったと思わせる方が良いでしょう」

 王太子近侍として裏仕事を扱うカイは、滔々と謀を披露する。


「カイ。お前……人が悪くなったなぁ」

 マルクが褒めているんだか貶しているんだか分からない感嘆を上げた。

「賢くなったと言え」

 カイはニヒルな表情で応じる。も、イケメンとはいえ、三枚目の顔立ちだからあまり似合わない。


 2人のやり取りを余所に、ヴィルミーナは怜悧な面持ちで告げた。

「……秘密結社の手前もあるし、次男坊は家族の前で殺害している。明確でなくとも、死を匂わせる演出が欲しい。出来る?」


「その辺は任務部隊の本職に頼ります」と了承するカイ。「それと、秘密結社の人間と接触してみます」

「可能なの?」

「多彩な交流、多様な交際がこの仕事の肝なんで」と不敵に笑うカイ。「お任せあれ」

「学生時代は頭の悪いチャラ男だと思っていたけど、成長したわねぇ」

「全くですね。チャラチャラした遊び人が一端の諜報員だ。大人になったなぁ」

 ヴィルミーナとマルクがしげしげとカイを見つめ、失礼千万の感慨を呟く。


「お前ら、俺をなんだと思ってんだ」

 流石に憮然としたカイヘ、

「「チャラ男」」

 ヴィルミーナとマルクは声を揃えて言い、そして、三人は笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヴィルミーナの俺強ええ一辺倒だと、たぶん続きものとしてしんどいと思うので、キャラ立ちする他国のユニットになって良かったという読後感でした。 ただ後々、メディア展開を見た時に、章の終わりはクー…
[一言] クリスティーナが反社の首謀者となったらベルネシア王家の威信に傷がつく。 だからクリスティーナを免責するのはベルネシア王家が絶対にやらなければならないことで頼んだわけでもない勝手にやったこと。…
[気になる点] クリスティーナに同情すべきところはあるんですが嫌なキャラですねー そもそも帝室直属にするなら摂政じゃなくてカスパーが成長するまで然るべき人物の派遣でいいのでは? 閻魔帳の回収で内乱の免…
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