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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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169/336

14:8

遅くなりました。

 先にも記したように、帝室別荘“グリフォン・ガルテン”は高台に作られた小砦のような建物であり、難攻不落の地勢も手伝って守備側が大いに有利だ。


 また、バートイフェル市街には、皇太子行幸に際して治安部隊が増強されているから、別荘の異変が発覚すれば、たちまち救援部隊が駆けつける。


 襲撃側にしてみれば、救援部隊が駆け付けるまでが勝負だ。奇襲のアドバンテージが活きているうちに“目標”を仕留められるか、が肝。


 襲撃側は20人ちょい。ただし、“それなりに”腕が立つ連中が揃っていた。

 平民服の上に装具をまとい、覆面を被った襲撃者達は後装式単発銃と刀剣で武装している。中には戦闘魔導士もいた。


 襲撃者達は別荘衛門の詰め所を奇襲したが、ここで早々に計画が狂った。

 予定では衛門詰め所を無音殺害(サイレントキル)で速やかに制圧、派手な戦闘は別荘主館に突入してから、のはずだった。


 ところが、衛門の警備兵が偶然、闇の中を蠢く覆面姿の襲撃者達を発見。その怪しさ満点の奴輩を誰何することなく即座に発砲した。

 かくして、『グリフォン・ガルテン襲撃事件』の幕が上がる。



 皇太子一家の身辺警護に就くような近衛騎士は例外なく、白兵戦の達人であることに加え、魔導術の心得を持つ。ゲーム的表現をするならば、魔法騎士(ルーンナイト)だ。

 さらに言っておくと、身辺警護の中核をなす古参組は長く仕えている分、皇太子一家に強い個人的忠誠と篤い親愛の情を持っている。


 警護班長のクナップス大佐は皇太子レオポルドが幼少の頃から傅役を務めていた。彼にしてみれば、皇太子は息子、皇太子の子女は孫に等しい。であるから、政治的な裏事情があるにせよ、多忙な皇太子が親子水入らずの時間を過ごせる此度の下賜保養を、心から祝していた。

 他の近衛騎士達も大なり小なりクナップスと同じ気持ちを抱いて、この保養地行きに帯同していた。


 そこへ、この襲撃である。

 皇太子一家警護班は激怒していた。


 近衛騎士達は夜番の者以外、夜着姿だった。中には肌着に短パン姿で駆け付けた者も居る。それでも、剣と銃と予備弾薬と魔導触媒を忘れず、すぐに駆けつけてきた。


 クナップス大佐は夜番の者達に命じ、

「お前達は玄関ホールで賊を迎撃せい。他の者は40秒で戦支度を整えよっ! 副長、君のチームで殿下御一家を命に代えて御守りせよ。残りは私に続け」

 こめかみに青筋を浮かべながら言った。

「よいか、者共っ! 帝国近衛騎士(インペリアル・ガーズ)の名に懸けて、薄汚い下郎共を掃滅し、殿下御一家の御宸襟を安んじて奉るのだっ!」

『オオッ!』


 士気旺盛なのは近衛騎士ばかりではない。オーバー=シューレスヴェルヒ大公家の護衛達は皆、大公家の譜代だ。先代と共に戦場を駆けた歴戦のつわもの達である。現場を退いた後は大公家にて警護役を務めていた。カール大公から直々に『家族を頼む』と言われている彼らは、使命感に燃え、『得たり』と意気軒高だった。


 冷静だったのは、ヴァンデリック侯弟と宰相の護衛達だろうか。前者の護衛は冒険者上がりの手練れ達で『契約金分はきっちりやりますよ』と笑い、後者は保安庁身辺警護班で『見捨てて逃げたりしませんから』と冗談を飛ばす。


 皇太子一家を始めとする要人と非戦闘員を最も守りの堅い奥の間へ避難させた後、彼らは当然の如く迎撃戦を開始した。



 別荘衛門の警備兵達は義務を果たした。


 討ち死にした彼らの死体をまたぎ、襲撃者達は別荘敷地内に入る。

“グリフォン・ガルテン”の敷地は帝室別荘だけあって広い。衛門から主館正面玄関まで30メートルほどの芝庭が広がっていた。障害物が何もない30メートルの空間と言い換えても良い。主館を護る警備兵達が襲撃者達に鉛玉を浴びせるべく、屋上や各窓から小銃や拳銃を構えていた。


 襲撃者達の戦闘魔導士達が一計を案じる。大気中の水分を操作し、濃密な氷霧を撒いた。

 即席煙幕が正面芝庭を覆い、襲撃者達の突撃班が駆けていく。気配を察した警護兵達が発砲するが、もちろん早々当たらない。

 加えて、襲撃者側も援護射撃を行い、瀟洒な主館の外壁に弾痕を穿ち、窓ガラスや瓦を破砕する。


 そして、襲撃者達の突撃班がブナ材製の立派な正面扉に爆薬を仕掛け、吹き飛ばす。

 主館が大きく揺さぶられ、いよいよ戦いの舞台が主館内に移る。


 高魔力素材製甲冑を着込んだ警護班長が吠え、

「これより先には一歩も進ませるなっ! 皆殺しじゃあああああああっ!!」

 玄関ホール内で待機していた近衛騎士達が、雄叫びと共に逆襲へ打って出た。



 奥の間に避難した皇太子一家を始めとする要人達と非戦闘員達は、その反応を二分していた。

 素直に不安を浮かべているのは、若い侍女達や使用人達に、皇太子妃とその子供達。エルフリーデも怯えを滲ませながら実母と義母の傍に寄り添っている。“大髭ヴィリー”の孫娘ユーリアは当然のように公子カスパーに引っ付いていた。出来ておるのぅ。


 怖がっていない面々の反応は違いがある。

 帝室仕えの長い老侍従達は『いざという時』の覚悟を決めていた。皇太子レオポルドは血が沸騰しそうなほど怒り狂っている。次代の王としては凡庸でも、夫として父として善き男である彼は、妻子を害さんとする賊共に激昂していた。


 ドロテア前大公夫人は平然としている。暗殺の危機を経験している宰相サージェスドルフとその細君、“大髭ヴィリー”もまだまだ動じていない。

 クリスティーナに至っては、珈琲が飲みたい、などと呟いている。


 正面玄関の方から流れてくる激しい戦闘騒音を聞きつつ、ドロテア前大公夫人が呟く。

「これだけの要人を襲うにしては、ぬるいわね」


 ドロテアはまだ伯爵家の令嬢だった時分、家を抜け出して冒険者の真似事をしたり、男装して父の出征に潜り込んだりしたこともあるチョー御転婆娘だった。その昔取った杵柄のおかげで、戦闘騒音の具合から戦況が多少分かる。


「正面は陽動でしょう」クリスティーナはどこかつまらなそうに「本命が別途にあるはず」


「私に言わせれば、そもそもこの襲撃自体が愚行ですな」

“大髭ヴィリー”が鼻を鳴らす。

「こんな砦みたいな建物を襲うより、行き帰りの車列を襲う方が簡単だ」


「これを“仕掛けた奴”は事の成否など気にしておるまい」

 サージェスドルフは細君を安心させるようにその手を握りながら言った。

「しかし、まさか殿下御一家が御滞在を知りながら、このような軽挙妄動に出るとは」


 聡明な理知の人であるサージェスドルフは、ルートヴィヒを蛇蝎の如く忌み嫌い、憎んでさえいたが、長年の暗闘を繰り広げてきたことで、宿敵に一定の”信用”を抱いていた。

 ゆえに、今更こんな浅慮で短慮でバカバカしい凶行に走るなど、想像もしていなかった。


「いやいや、よくあることです。ネズミとて追い詰められれば、ネコに牙を剥く。意地を示す一つの在り方ですぞ」

 この手の事態に覚えがある“大髭ヴィリー”がしたり顔で言った。


「とはいえ、首謀者が陣頭に立っていない辺り、ネズミの勇の限界でしょうね」

 ドロテア前大公夫人が中々に辛辣な評を下し、クリスティーナが諧謔を口にした。


「ドロシー。ネズミに勇を求めること自体が無体ですよ。そも、ネズミがネコに襲い掛かるのは意地や勇気ゆえではなく、追い詰められて狂を発しただけのこと。これも同じでしょう」


 御両人に懸かっては男の意地も形無しだな。然り然り、手厳しいですなあ。おほほ、うふふ。

 図太い連中のやり取りに、他の面々が呆れ顔を浮かべる。


 そんな中、森の方から銃声が聞こえ始めた。主館からかなり距離があった。

「本命の連中が来たか。しかし、なぜあんなところで発砲を……モンスターにでも襲われたかな」

「バートイフェルはモンスターの駆除が厳格だ。危険なモンスターは居ないはず」

 大髭ヴィリーの疑問へ、レオポルドが回答する。


 その間にも、森の戦闘騒音が激しくなる。

 護衛達が急いでこそこそと話し合う。と、

「森はすぐ静かになりますよ。賊が何者であろうと、夜の森で“悪霊”に勝てる者など居りませんから」

 クリスティーナは口端を薄く歪める。

 その美しく酷薄な笑みを目にしたドロテア前大公夫人がうっとりとしていた。



 真夜中の森は、林冠に月明りが遮られ、漆黒の闇が広がっている。原生林という難地形に加え、初春のため、林床は枯れ藪と落ち枝葉に溢れていた。

 極めて夜間隠密行動の困難な環境だった。魔導術で視覚に夜間暗視を施しても迅速な移動などまず不可能。そもそも物音を出さずに歩くことさえ難しい。


 そんな環境の中、襲撃者達の本命――10人の荒事屋達が進んでいた。

 裏社会に身をやつした戦闘魔導士が3人。手練れの傭兵が4人。プロの殺し屋が2人に、騎士崩れが1人。一騎当千とは言えないが、全員が殺し慣れした一流どころだ。


 その一流どころの連中が次々と一方的に狩られていく。

“敵”の姿を見ることすら叶わずに。


 最初の一人は最後尾を進んでいた騎士崩れだった。硬皮革製の鎧と刀剣で武装したこの騎士崩れは手斧のようなもので頭蓋底と頸椎の継ぎ目を一瞬で両断され、即死した。おそらく自分が死んだことすら気づかずに。


 騎士崩れの死に気付いて足を止め、全員が思わず後方へ意識を向けた瞬間。闇の中から刃付けされた歩兵用スコップが飛んできて、先頭の魔導士の頭部に深々と突き刺さった。


 別の魔導士が悲鳴を上げる。なんせ身体強化魔導術で知覚野もギリギリまで強化していたし、夜間暗視も付与していた。なのに、敵の姿も臭いも衣擦れ音すら捕捉できない。


 まるで森の悪霊に襲われているような事態に、傭兵達が恐怖して勝手に発砲。

 この銃声をクリスティーナ達が耳にしたのだ。


 傭兵達の発砲を機に、“敵”は狩りを一気に加速させた。

 この戦闘が別荘に露見した以上さっさと済ませよう、というように、”敵”の銃を使い始める。


 深い闇の中だ。魔導術で夜間暗視や感覚強化を付与しても、そうそう命中弾は出ない。

 それでも、幾度かの打ち合いが交わされた後、敵の弾丸が傭兵2人と殺し屋1人を捉えた。

 殺し屋と傭兵の1人は即死し、もう一人の傭兵も銃弾に右頬を骨まで抉られる重傷を負って、戦闘不能。


 半数が失われた段階で、魔導士と傭兵と殺し屋が一人ずつ脱出(あるいは逃亡)を計り、物陰から飛び出した刹那、背中に弾丸を浴びた。三人は血肉を林床にまき散らしながら倒れ、虫の御馳走に化けた。


 まともに戦える人間が魔導士1人になった。顔を半ば吹き飛ばされた傭兵が自身の血で真っ赤になった両手を上げ、呂律の回らない舌で必死に投降を訴える。


 直後、数発の弾丸がその傭兵を穿ち、彼を苦痛から解放した。


 最後に残った魔導士は半ベソを掻きながら、しっちゃかめっちゃかに魔導術をぶっ放す。雷撃魔導術が夜闇を鋭く切り裂き、大気を裂く轟音が静寂を打ち払い、オゾン臭が森の中に漂っていく。


 いつの間にか背後に忍び寄っていた“敵”の一人が、歩兵用スコップの腹で魔導士の後頭部を軽快に引っ叩いて失神させる。


 狩りを終えた“敵”達は闇から姿を現し、弱々しい月光に身を晒す。

 黒緑色の夜戦装備を着込み、目元以外の全てを覆い隠した任務部隊136:ガルテン52の一個分隊は、周辺警戒を絶やさぬまま、生け捕りにした魔導士を縛り上げつつ、死体を調べて情報らしいものを探す(ついでに金目の物も奪う)。


「この程度の“雑魚”を10匹仕留めるのに5分越えか。練度が落ちてるな」

「退屈な監視任務ばっかりだったからな。腕も鈍るさ」


 任務部隊136:ガルテン52の一個分隊には特別任務を課されていた。

 特別任務『クリスティーナ元王女とその子女を秘密裏に警護せよ』。これは此度の作戦計画に際し、カレル3世が絶対条件として厳命していた。


 ルートヴィヒがクリスティーナと子供達を人質とすることを防ぐことは、報復作戦実施の上でも必要だったため、一個分隊が秘密裏に警護へ当たることとなった。


 というわけで、作戦開始以来、彼らは遠巻きも遠巻きにクリティーナ達を警護しており、この帝室別荘行きにも陰ながら同行していた。


 まあ、オーバー=シューレスヴェルヒ領は治安が良好で、カール大公屋敷の警備は万全で、傍付きの護衛達は優秀で、これまで彼らが動く機会は全くなかった。

 この帝室別荘行きにしても出る幕などなく、キャンプ遊び同然でこの森に潜んでいた。


 そんな事情から暢気に過ごしていたら、別荘の方からドンパチ騒ぎが聞こえてきて、森の中に10人ほどの招かねざる客が入ってきたわけだ。

 特殊猟兵達はようやく巡ってきた“機会”に、嬉々として襲撃者達を狩った。過酷な訓練の成果を発揮したいのは人の性である。


「で、どうする? 存在が露見したし、いっそ助力しに行くか?」

 暴れ足りないと言いたげな提案に、

「それは流石に不味いだろう」

 分隊長は微苦笑して首を横に振った。

「一時撤収だ。“あの程度”の手合いなら、万一にも近衛騎士達がやられることはないさ」


 特殊猟兵達がてきぱきと撤収準備を始めたところで、別荘の戦闘騒音が急速に減りつつあった。どうやら、いつまで経っても本命が裏から襲撃しないことで、正面からの襲撃組が失敗と判断。撤退を始めたようだ。そろそろ押っ取り刀で市街の治安部隊もやってくる頃合いだし、どのみち、潮時だろう。


 分隊長が思いついたように言った。

「敗走する賊を狩ろう。三人いけ。出来るだけ物を知ってそうな奴をもう一匹捕まえてこい。他は始末して良い」


   〇


 朝日に照らされる“グリフォン・ガルテン”の中庭に、軍隊毛布に包まれた忠勇の士が並んで寝かされていた。

 騎士は剣を抱いて。兵士は銃剣を抱いて。


 一方、踏み荒らされた芝庭には、始末された襲撃者の骸が乱雑に並べられている。保安庁の捜査官が遺骸を剥いて所持品や体つきなどの身体特徴を調べ、人相書きを作成していく。


「生け捕りにした者は市街地の駐屯所に連行します。取り調べはそこで」

「八つ裂きにしてでも全ての情報を吐かせろ」

 治安部隊の指揮官に対し、皇太子レオポルドは憤怒を込めて吐き捨てる。


 襲撃による要人の被害者は出ていない。しかし、保安庁警護隊の死傷15名。近衛騎士は死傷8名。命を落とした者の中には、幼い頃より傅役として仕えていたクナップス大佐も含まれていた。

 高純度魔導触媒を使って自爆を試みた敵魔導士を押さえ込むため、クナップス大佐はその身をもって爆発を防いだのだ。


 心から信頼していた傅役の死に、皇太子レオポルドは悲しみより怒りを覚えていた。

 よくも。よくも。よくもっ!!


 静かに猛り狂うレオポルドに、サージェスドルフが歩み寄る。

「殿下。御心痛、お察しします。ですが、ここは堪えて頂きたく」

「堪えろだとっ!? 帝国の次期皇帝たる俺とその家族が狙われ、挙句に傅役を殺されたんだぞっ!」


 剣呑に眉目を釣り上げる皇太子へ、サージェスドルフは叱られた忠犬のような表情を作りつつ、宥めるように告げた。

「殿下。十中八九、奴らの狙いは私とクリスティーナ様です。御分かりですか? クリスティーナ様とその子供達を直接狙ったのですよ。奴らは」


 その指摘の意味を、レオポルドはすぐに理解した。サンローラン国際会議で行った秘密会議が脳裏によぎる。ああ。カレル3世がこの件を知れば、即座にソルニオルを殺しにかかるだろう。

「だが、この襲撃事件の解決をベルネシアにくれてやるのか。それでは、我々の面目が」

 そこまで口にして、ようやくレオポルドもサージェスドルフの意図を理解する。

「奴らにルートヴィヒの首を獲らせることで、“貸し”を作れというのか?」


「はい、殿下。御賢察の通り」

「しかし……奴らがソルニオルの閻魔帳を手に入れる可能性があるぞ」

「秘密結社の件を手札に、クリスティーナ様の恩赦で取引しましょう」

 サージェスドルフの提案を数分ほど思案した後、レオポルドは頷いた。


「――良いだろう。だが、この貸しは高値で売りつけろ。それから、」

 レオポルドは両手を固く固く握りしめ、吐き捨てた。

「もううんざりだ。さっさと始末をつけろ」


 踵を返して家族の許へ向かうレオポルドの背中に一礼し、サージェスドルフは大きく息を吐く。

 まったく予定から狂いっぱなしだ。サンローランでの苦労はなんだったのやら。


「宰相閣下。ソルニオル公爵夫人が御呼びです」

 侍女が声を掛けてきた。

「至急、ご相談したいことがあると」

 次の面倒事がやってきたらしい。サージェスドルフは再び大きく息を吐いた。


     〇


『グリフォン・ガルテン襲撃事件』の報せがベルネシアに届いたその日のうちに、王家所有の御用飛空船と警護のグリルディⅣ型戦闘飛空艇3隻、さらにはレブルディⅢ型捜索哨戒飛空艇1隻からなる飛空船団が聖冠連合帝国へ向けて出発した。


 そして、御用飛空船に乗るベルネシア王国全権特使は、王妹大公令嬢ヴィルミーナだった。


「この件に関しては何が起きても今更驚かないつもりだったけれど」

 ヴィルミーナは御用飛空船の豪奢な食堂の一席で、ぼやいていた。

「こんな急に外国へ送り出されるとは思ってなかったわぁ……」


「それを言うならば、僕も大差ないよ」

 対面のマルク・デア・ペターゼンが外した眼鏡をハンカチで拭いながら応じる。

「粛清の後始末がまだ終わっていないから、信用できないというのもあるんだろうけれど、なんで僕? ヴィルミーナ様は分かりますよ。貴女は先の国際会議で外交官として動いたから、その延長線で特使を任されたのでしょう。でも、僕は?」


「多分、カロルレン出張を外交の一環と見做されたから、かしら」

「それなら僕よりドランさんの方が適任なんだけどなあ……」

 眼鏡をかけ直したマルクは韜晦気味に呟いた。


「あいつは今頃何をしているやら」

 放蕩息子を嘆く母親のようなしかめ面を作り、ヴィルミーナはカップを口に運ぶ。


 マルクは顔を右隣りの席に向けた。

「何か聞いてないか? 王太子近侍殿」

 水を向けられたカイ・デア・ロイテールは小さく肩を竦め、細巻に魔導術で火を点す。

「俺も帝国へ行けとしか言われてないよ」


 ヴィルミーナはカップを置き、皿に盛られたクッキーを手に取って口へ運ぶ。刻んだドライフルーツとクルミが混ぜられたクッキーはとても美味しい。

 クッキーを嚥下した後、ヴィルミーナは声を潜めて問う。

「あの報告書。内容は間違いないの?」


「ない」

 カイは即答した。

「帝国で暴れ回ってる自警団の頭目はクリスティーナ元王女殿下だ。御自身が認めていらっしゃる」


「政略結婚の憐れな被害者だと思っていたら、復讐鬼だったわけだ。女は怖いわねえ」

 ぼりぼりと二つめのクッキーを齧るヴィルミーナに、マルクとカイは互いを見合わせた。同世代で最も恐ろしい娘っ子がよぉ言うわと思ったが、口には出さない。彼らも大人になったのだ。


 なお、帝国側からもたらされたクリスティーナの“真実”を知ったカレル3世は唖然とした後、「少し一人になりたい」と言って三時間ほど私室にこもってしまった。どうやら、妹が帝国宰相すら手玉に取る復讐鬼になっていた事実に、大きな衝撃を受けたらしい。ですよね。


 同様の反応を起こしたのが、王太后マリア・ローザで「クリスティーナがそんな」と顔を覆って泣き出した。母親として忸怩たる思いに駆られたらしい。ですよね。

 ちなみに、クリスティーナの弟妹であるユーフェリアとフランツは報告を聞き、「やっぱり」と思った。


「この後始末は大変だよ」

 ヴィルミーナは再びクッキーを手に取り、口に運ぶ。

「カスパーのソルニオル領継承、クリスティーナ伯母様の処遇、新生ソルニオル領の利権に、我が国の御稜威の問題。まとまるかしら、これ」


「先方からはソルニオル公爵家の持つ機密情報の奪取を条件に、クリスティーナ元王女殿下へ恩赦を与えるそうだ」

 カイの追加情報に、マルクはそろそろと息を吐く。

「つまり、首狩り人達の成果次第か」


「首狩り人にはレヴがいるから、不味いことにはならないと思うけれど、相手も名うてのドブネズミだし、どうなるか読み切れないわね」

 ヴィルミーナはクッキーを齧りながら、他人事のように言った。

「それにしても、こんなややこしい事態になるとはね……こんなことなら、ドブネズミとその子ネズミ共だけ暗殺して終わらせるべきだったわ」


 さらっと怖いことを言うヴィルミーナに、マルクとカイは再び顔を見合わせた。

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― 新着の感想 ―
[一言] そもそもの前提として帝国司法省が放火された事で告発を無期限停止した事が先の約束の「ソルニオル公爵家をこちらの法にのっとって始末着けるんでこっちの面目潰すの許して」だったのが崩れてるのに、帝国…
[良い点] > ちなみに、クリスティーナの弟妹であるユーフェリアとフランツは報告を聞き、「やっぱり」と思った。 自分より下の妹弟以外には猫を被っていたんですねw
[気になる点] 本命襲撃チームの倒された描写が9人分しかないような……?(傭兵が1人足りない)
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