14:6+
聖冠連合帝国ソルニオル領と地中海に暴力が吹き荒れている頃、東メーヴラントでも暴力の嵐が生じていた。
〇
大陸共通暦1770年:新年明け頃の冬終わり。
大陸西方メーヴラント:カロルレン王国:西部国境周辺。
――――――
夜闇が薄くなり始めた頃、アルグシア連邦カロルレン侵攻軍の砲兵達が仕事を始めた。
直協砲兵が小中口径の砲を奏で、支援砲兵陣地でハルバッハ社製の15センチ榴弾砲の群れが雄叫びを上げる。
砲弾尾信管が吹く火花が群青色の空に光跡を幾筋も描く。砲弾の牽く甲高い風切り音が勢いを増し、雨あられとなってカロルレン軍城砦――アルグシア軍符丁『鷲鼻』へ降り注いだ。
アルグシア連邦のカロルレン侵攻軍参謀長ベッカー中将が描いた作戦は教科書通りだった。
カロルレン軍拠点群の中で防御が比較的甘い拠点を選び、地勢的やこの先の進軍経路などを加味したうえで、拠点群の南側へ攻勢を掛けた。もちろん、北側拠点からの妨害を防ぐため、側面防御と助攻を行っている。
攻勢正面となった拠点群南側、その最初の主目標はアルグシア側が『鷲鼻』と名付けた連郭式城砦だった。
この近世連郭式城砦『鷲鼻』はいわゆる平城で、塹壕と阻塞物で野戦築城された二つの堡塁、石造りの頑健な本城がある。カロルレン側は時間と資材の許す限り、堡塁と本城の強化を図った。
その頑強さをアルグシア人達は身を持って体験している。
「始まったか」
砲声を聞きながら『鷲鼻』攻めを担当する第35歩兵師団司令部で、師団長以下幕僚達が地図を見下ろす。
西堡塁は制圧し、二個大隊が本城を狙っている。南堡塁は一個連隊が瓦礫と化した兵舎や壕にこもった敵兵と死闘を続けていた。
敵兵に降伏を呼び掛けているが、ほとんど効果がない。
カロルレン王国兵は貴族達からアルグシアに占領されれば、家族諸共に奴隷へ落されると教えられ、そのプロパガンダを真に受けていた。これまで引きこもりだった彼らは『侵略者』に対して過剰なまでの恐怖を抱いており、その恐怖が戦意に転換されていたのだ。
――東端辺境のカッペ共め。無暗に士気を上げおってからに。
第35歩兵師団長は内心で毒づき、窓から『鷲鼻』へ目線を向けた。
既に瓦礫と化しつつあった『鷲鼻』の本城に爆炎の花が咲き乱れる。爆煙と粉塵の黒々とした入道雲が立ち昇り、代わりに土砂と瓦礫と人肉の雨が降り注ぐ。
近代火砲の榴弾は石造りの建物とて難なく打ち砕く。幕壁を破砕し、側防塔を崩壊させ、城館や兵舎を破壊し、阻塞物を吹き飛ばし、壕を押し潰す。
ある兵士の死を追って見よう。
その兵士は砲撃の衝撃と轟音と恐怖に精神的限界を迎え、退避壕を飛び出した。その瞬間に砲弾殻の破片を頭部に浴び、即死。頭の下顎から上部分を失くした彼は連絡壕に倒れた。
その後、彼の死体を高熱圧衝撃波が舐めた。彼の軍服や体毛を焼き吹き飛ばされ、全身の焼け爛れた全裸死体に変える(耐熱繊維が採用される前の軍服は砲撃で焼損し易かった)。
続いて、榴弾が彼の死体を直撃し、全身をバラバラに砕き、焼き払い、吹き飛ばした。辛うじて焼け残った一部の四肢や肉片も、崩落した塹壕壁の土砂に呑まれていった。
かくして、その兵士は死体すら発見できない有様となり、後々にこう記録される。
行方不明――推定戦死。
ひたすらに砲弾を吐き続ける砲兵陣地はその砲火の熱により、真夏のように暑い。砲弾と装薬を運搬し、装填/射撃する作業を繰り返す砲兵達は、汗みずくになっていた。時折、吹き込む寒風に晒された砲兵達の身体から汗の湯気が昇る。
西堡塁に展開するアルグシア兵達は、突撃待機壕の中で、“その時”を待っていた。
彼らの纏う色鮮やかな軍服やシャコー帽は、既に煤煙や泥、自身や戦友の血で酷く汚れている。銃握りしめて祈る者。黙々と銃剣を研ぐ者。家族や恋人の手紙や姿絵を大事そうに握り締める者。不思議なことに無駄口を叩く者はほとんどいない。
やがて完全に夜が明け、朝飯時を迎える頃。数時間に渡った砲撃が止む。
静寂。
アルグシア兵達は朝の青空を見上げた。小鳥が歌声を上げながら飛んでいく。
『鷲鼻』から逆襲砲撃が始まる気配はない。
と、軍楽隊が無責任なほど勇ましい曲を奏で始める。
将校達が軍刀を抜き、叫んだ。
「突撃ぃ―――――――――っ! 突撃せよぉ――――――――っ!」
待機壕から全将兵が飛び出し、廃墟同然の本城へ向けて駆けていく。
ある者は小銃を抱え、ある者は仲間と共に幕壁登攀用の梯子を担いで、ある者は火点制圧用に手榴弾を山ほど背負って、ある者は白兵戦を前提として腰に手斧を下げて。
主攻面の幕壁は集中射撃を浴び、半ば崩落していた。本城を囲う堀も瓦礫と土砂で凡そ埋まりかけている。
支援魔導兵達が魔導術でその埋まりかけた堀に突撃路を渡し、アルグシア兵が主攻面の幕壁に接近した。
そして、『鷲鼻』本城が炎を吐いた。
幕壁上から、銃眼から、瓦礫の影からカロルレン王国兵が小銃を撃ち、手榴弾や火炎瓶、果ては瓦礫を投げつける。
主攻面の幕壁付近はたちまち肉屋の俎板と化した。
アルグシア兵の身体が銃火で穿たれ、抉られ、貫かれる。アルグシア兵の肉体が砲火で裂かれ、千切られ、砕かれ、吹き飛ばされる。
それでも、戦友達の血肉を浴びながら、戦友達の骸を踏み越え、傷ついた戦友達を置き去りにして、アルグシア兵達は戦闘を継続する。幕壁に梯子を掛けて銃弾の飛び交う中を登っていく。
ちなみに、銃砲の時代に中世さながらの攻城戦を行った例は、アラモ砦や旅順攻囲などがある。いずれも攻め手が血浴する羽目になっていた。
戦闘の焦点となった崩落口は酸鼻極まる様相を呈している。
なにせ、カロルレン側は崩落口を殺傷領域と定め、不眠不休で配置し直された射撃壕に、ベルネシア戦役後のどさくさに紛れて持ち出し、コピー量産したハーモニカガン式連発擲弾砲や多銃身斉射砲を配備していた。
「撃てっ!!」
カロルレン軍将校の号令一下、連発砲と斉射砲が咆哮を上げた。
幕壁の崩落口に群がったアルグシア兵達を、連発砲と斉射砲の瞬間的大弾幕が襲う。
まさに一瞬だった。
一瞬で崩落口にいたアルグシア兵達が血肉をまき散らし、頭や手足やハラワタを吹き飛ばされながら瓦礫に倒れていく。煤煙と泥と瓦礫が混じった赤黒い血溜まりが崩落口に広がっていく。
猛烈な弾幕で崩落口の突破が挫かれる一方で、幕壁登攀組は小銃と軽砲、魔導術による援護を受けつつ、遮二無二梯子を上っていく。
梯子を上って幕壁上に侵入したアルグシア兵達を、カロルレン装甲歩兵――盾を構え、刀剣類や打撃武器を持った甲冑姿の騎士達が歓迎する。時代錯誤と笑うなかれ。身体強化魔導術と高魔導素材の頑健無比な甲冑の組み合わせは、近代にあってもその強さを衰えさせない。
騎士達は片っ端からアルグシア兵達を斬殺し、殴殺し、刺殺し、撲殺し、幕壁上から叩き落す。アルグシア歩兵達も近接射撃と銃剣格闘で応戦するが、白兵戦においてはやはり騎士に分があった。
ひときわ大柄な騎士が連接鉄球棍を振り回す。唸り声を上げるスパイク付き鉄球は、さながら砲弾の如き威力を発揮し、アルグシア兵の頭蓋を粉砕し、手足をもぎ、体をひしゃげさせ、幕壁の下へ叩き飛ばす。
一人で一個分隊を戮殺した大柄な騎士は高笑いを上げ、
「アルグシアの呑百姓共が図に乗りおってっ! 一人残らず屠ってくれるわっ!」
再び鉄球を振り下ろす。
と、豪快な金属衝突音が轟く。
「ぬっ!?」
鉄球を弾かれ、大柄な騎士が訝る。
そこにはヒーターシールドを掲げた甲冑姿の敵がいた。アルグシア装甲歩兵だった。
「のぼせ上った東端辺境の田舎騎士め。俺の手柄首にしてくれるっ!」
「ほざいたなっ! ひ弱なアルグシア人風情がっ! 死ねぃっ!!」
銃砲が戦場の主演を務める時代に、中世のような剣戟があちこちで繰り広げられる。
もちろん、歩兵同士による血みどろの白兵戦も演じられていた。
近代の銃兵と近世の騎士が混在するその光景は、魔導技術文明世界の近代を示す好例といえるかもしれない。
罵倒と怒号と悲鳴と苦悶と絶叫が数時間に渡って流れ続けた末、アルグシア軍が限界を迎えて後退する。撃退したカロルレン軍もボロボロだった。
本城攻防戦が行われている陰で、南堡塁ではなんとカロルレン軍が逆襲に出ていた。戦線をすり抜けた斬り込み隊が、アルグシアの前線指揮所を壊滅させる快挙を成している。
第35歩兵師団の師団長は舌打ちし、幕僚達に告げる。
「南堡塁の前線を下げて、戦線を整え直せ。それから、総司令部に空爆を要請だ。配備砲兵の効果低し。飛空船による大型爆弾の投下を望む、と伝えろ」
額に冷たい汗を滲ませつつ、師団長は口腔内で密やかに毒づく。
この戦争を楽勝だと言った奴を連れてこい。ぶっ飛ばしてやる。
〇
春が近づき、聖冠連合帝国カロルレン侵攻軍がいよいよ――動かない。
ソルニオル事変の治安出動と領海警備増強に伴い、物資がそちらに割かれたためだ。特に航空戦力たる飛空船と翼竜騎兵を領海警備に取られたことが痛い。主力のヴァンデリック侯国へ移動が始まっていたが、物資は予定の7割ほどしかなかった。
10万を超す軍勢を食わし、さらに敵の強力な防御拠点を相手にするためには、大量の物資を必要とする。予定の3割減は笑えない。
この日、ヴァンデリック侯国内の進駐地域にある侵攻軍総司令部で、会議が開かれていた。議題は物資不足が攻勢にどのような影響を与えるか。そのうえで、攻勢の作戦計画見直しと修正だ。
「例の治安出動は侵攻作戦に影響を与えないと聞いていたんだがな」
侵攻軍総司令官のマウリス・フォン・ミュンツァー大将が顎髭を弄りながら、ぼやく。
「治安出動よりも領海警備を強化したことで物資を食われたようです」
兵站総監も困り顔で応じる。
新年明けの冬終わりに起きた『ソルニオル公爵屋敷・飛空船突入事件』は、帝国をして慌てさせるもので、海軍による沿岸海域/空域警備が強化され、ソルニオル領に陸軍が治安出動していた。
もっとも、侵攻軍にとって『ソルニオル事変』など、どうでも良いことだった。
彼らの問題は『ソルニオル事変』に物資と支援戦力――飛空船と翼竜騎兵を食われたことだ。先のベルネシア戦役とカール大公が提出した『ベルネシア軍視察報告書』を鑑みれば、航空支援はいくらあっても困らない。
ミュンツァー大将は顎髭を弄りながら唸る。
40代終わりのミュンツァー大将は作戦家としてではなく、軍政家として出世を重ねてきた人物だった。
事実、彼の差配と手配により帝国軍の進駐地域は快適な冬ごもりが出来たし、保護下に置いたヴァンデリック侯国の避難民とも良好な関係を築いていた。いや、ヴァンデリック侯国人と関係が良好過ぎて、帝国の軍需商売人達が不満を言うほどだ。
進駐地域は帝国の酒保商人や娼婦が入り込めないほど、ヴァンデリック人に利権を独占されてしまっている。
「あるよー。酒に食べ物、新聞、娯楽もの。なんでもあるよー」「ヴァンデリック料理は美味いよー、兵隊さん達食べてってよー」「帝国の御兄さん、寄ってかなぁい。サービスするわよぉ」「帝国通貨、買うよー買うよー。今なら為替レートがお得だよー」「帝国のお兄ちゃん達、僕達の空き地返してよっ!」
とまあ、進駐地域はこんな調子で将兵と現地人が良好? な関係を築いている。
話を戻そう。
ミュンツァー大将は言った。
「物資が予定の七割では既存作戦計画は無理だ。物資の不足を兵士の犠牲で補うような事態は避けたい。この戦争は勝利が確定している。逆に言えば、勝ち方こそが重要だ。大出血による血塗れの勝利では、我々の軍歴が終わるぞ」
司令官の〆の言葉に、幹部達が顔を引き締めた。そして、活発に議論を始める。
「計画変更は仕方ないにしても、やはりファロン山は落とさねばなりません。あそこに観測所がある限りこちらが丸見えです」
「だが、ファロン山と侯都は直協砲兵陣地で相互支援が可能だ。ファロン山を攻めれば、侯都から横っ腹を砲撃される」
「助攻として攻めるには、侯都は骨がありすぎます。かなりの被害が出ますよ」
「後方の重砲も気になる。相当量の砲弾を備蓄しているはずだ」
「一冬かけて準備しているからな。物資の消耗はともかく将兵の犠牲は抑えたい。カロルレン本土侵攻に差し支えが出る」
ミュンツァー大将は黙っていたカール大公へ問う。
「カール大公。貴官の意見を伺おう」
水を向けられたカール大公は少し考えてから、
「戦略方針を根底から変えませんか?」
「というと?」
訝るミュンツァー大将と幕僚達へ言った。
「主力はこのまま敵第二軍を拘束し、抽出戦力を以って別方面から戦略的奇襲をかける」
カール大公はヴァンデリックの東にあるヒルデン自治領を指差す。
「飛空船を搔き集め、ヒルデン自治領を経由。カロルレン南東部へ空挺強襲してはどうでしょうか?」
全員の目が瞬く。
「それは……いや、実現できれば敵第二軍は丸ごと遊兵化するが」
ミュンツァー大将は口元を押さえて唸り、参謀長がカール大公を質す。
「仮に実現しても危険が多すぎる。我が軍の飛空船部隊では、敵第三軍に対応するほどの戦力は送り切れまい。送り込んだ部隊がすり潰されてしまうぞ」
「ベルネシアの例に倣い、民間船も全て搔き集めます。帝国が保有する飛空船を限界まで投じるのです。そうすれば、完全装備の数個師団は送れるはず」
カール大公は涼しい顔で参謀長に応じ、
「カロルレン南東部は鉱物資源地域です。ここを押さえれば、銃砲はおろか銃剣すら満足に増産できなくなる。カロルレンを国家規模で追い込めます」
再び大地図を指差して続けた。
「南東部奪回に投じられる兵力は第三軍ではなく、ここ第二軍からでしょう。カロルレンは西部戦線にも対応しなくてはなりません。大事な作戦予備を投じるより、遊兵化した第二軍に負担を課すはずです」
「空挺強襲は戦略的打撃であり、第二軍を穴倉から引きずり出す餌か。野戦なら我々の絶対的優位だな」
ミュンツァー大将はううむと声を出して唸った。
帝国には重装騎兵という決定的打撃戦力があった。
近世から銃砲が高性能化した現在に至ってなお、帝国フサリアは野戦において最強の突撃打撃力を誇る。莫大な訓練費用と維持費を必要とするが、その価値がある。
そして、帝国軍野戦ドクトリンはこのフサリアを如何に活かすか、に尽きた。
歩兵や砲兵はフサリアを敵軍へ突っ込ませるために活動する。ディビアラント西部の山岳地域を制する際も、敵を平野に引きずり落してフサリアで蹂躙したのだ。逆に言えば、帝国軍は協働作戦の練度が高く、山岳戦の経験も豊富だった。
「だが、第二軍を引きずり出せず、第三軍が出張ってきた場合、空挺部隊はかなりきわどいことになるぞ」
「その辺りの御判断は侵攻軍司令官の閣下と本国総司令部に委ねます」
カール大公はあっさりと判断の責任をミュンツァーに押し付けた。
鮮やかな責任回避にミュンツァーは思わず苦笑いをこぼす。なるほど、一指揮官であるカール大公の立場ならそう答えても罰は当たらない。
もちろん、帝国騎士の鑑たるカール大公はただ責任転嫁などしない。カール大公は言った。
「ただ、空挺強襲実施の際は発案者として小官が隊を率いたくあります」
ミュンツァー大将は少しばかり苦笑い気味に頷く。
「よろしい。貴官の言う戦略的奇襲を本国へ上申する。提案を却下された場合は、仕方ない。犠牲を覚悟でファロン山と侯都を叩く」
全員が了承の敬礼で応えた。
話が一区切りし、ミュンツァー大将は従卒に飲み物を配るように告げ、それぞれの喫煙も許可する。
会議室がたちまち紫煙に満たされる中、ベルネシアから輸入した珈琲を嗜みつつ、ミュンツァー大将は問うた。
「そういえば、アルグシア人の様子はどうだ? 連中は我々に先んじようとして随分と張り切っていただろう?」
ミュンツァー大将の問いに、情報幕僚長が答える。
「冬の間に始めた拠点群攻略は思うように進んでいないようです。敵将兵は士気旺盛で、頑強に抵抗しています。また、カロルレン軍が斉射砲や連発砲を多数装備していたことも確認されました。これらの弾幕射撃によって歩兵突撃を阻まれ、攻略に手間取っているようです」
「カール大公の報告にあったクレテアとベルネシアの兵器だな。なぜカロルレンが彼らの武器を持っている? まさかとは思うが、両国がカロルレンを支援しているのか?」
「正確には彼らの武器ではありません。ベルネシア戦役後のどさくさで横流しされた物や闇市場へ流れた物を入手し、量産したようです」
「つまりはクレテアとベルネシアの新式兵器を模倣し、量産配備できるだけの国力があるわけだ。侮れんな」
作戦家としてより軍政家としての手腕で出世してきたミュンツァー大将は、情報幕僚長の報告が持つ意味をしっかり把握していた。
「カール大公閣下。その斉射砲や連発砲とはそれほどのものなのですか?」
歩兵連隊の指揮官が問う。
「ベルネシアで斉射砲と連発砲を見聞したことを言うなら、この二つの兵器は射程こそ小銃と大差ないが、歩兵突撃を挫くには十分な弾幕密度を展開できる、ということだ。瞬間的に中隊から大隊規模の人員が殺傷されてしまう」
カール大公の答えに、歩兵を率いる者達が思わず唸る。
「出血を抑えなければならん以上、戦列の突撃は無謀だな」と師団長が呟く。
「この年になって既存戦術から脱却を図るのか。大変だ」と別の師団長が呻く。
この頃の聖冠連合帝国軍は、誰もが改革の時期を迎えているという実感を抱いていた。
係争地ザモツィアで繰り返された消耗は、帝国軍内でもかなり問題視されていたからだ。加えて、ベルネシア戦役でベルネシア軍がクレテア軍を破ったことで、その問題視は切実なものとなっていた。
今や誰もが、既存の戦列歩兵戦術、隊形運用の限界を感じていた。
が、その代替戦術はどうするかという答えを持っていなかった。
魔導通信器が妨害に弱い以上、大部隊で煩雑な指揮統制は難しい。戦列歩兵――隊形を根幹とした野戦決戦は、こうした指揮統制上の問題から大規模運動戦が不可能という実情によって行われる。まあ、一回の殴り合いで決着がつく方が話も早い。
しかし、ベルネシア人は違った。
野戦築城と火力を併用した防御、流動的運動による攻撃。大軍を投じ合う野戦でも、分隊小隊規模の射撃&運動で敵隊形を切り崩していく。
この時代の常識――野戦決戦志向と隊形戦術を否定するかのような戦闘教義を用いている。
これを帝国が採用しようとすれば、少なくとも10年20年を見据えた軍制と戦闘教義の改革を必要とするだろう。大国ゆえに軍の規模もデカい。変わること自体が多くの苦労を要する。
ともかく、会議に参加している指揮官達は、あれこれとアイデアを出し合った。
なんせ、彼らは下手をすると、半ば要塞化した侯都を攻略しなければならない。アルグシア人の二の舞を避けるためにも、新しい戦術、新しいやり方を考えなくてはならなかった。
「それにしても」
将校の一人が小首を傾げた。
「ベルネシア軍の誰がこんな戦術を考え出したんでしょうか。かなり先見性に富んだ作戦家でしょうに、全然名前を聞きません」
「先王の頃は普通に戦列歩兵をやっていた気がするが」と年配の佐官が応じる。
「いや、外洋領土の進出を始めた時には特殊猟兵の編成を始めていたはずだから、先王時代かその前からだろうな」
初老の将官が言った。
「まあ、その辺はまた今度でよかろう。今は目先の問題をどう解決するかだ」
ミュンツァー大将はファロン山とヴァンデリック侯都の攻略作戦の議論を促した。
帝国軍が東メーヴラント戦争を体験するのは、もう少し先だった。




