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地理表記の過ちを修正:内容に変化なし(21・3・13)
ソルニオル公弟エルヴィンをざっくり例えるならば、謀将宇喜多直家の弟宇喜多忠家だろうか。
兄貴と顔を合わせる時は殺されないよう鎖帷子を着ていたという逸話の男である。この話だけ聞くとイカレポンチな兄貴の下で苦労していたように感じるが、コイツはコイツで癇癪持ちだったらしく、衝動的に近習や家臣を切った逸話が残っている。
つまりは似た者兄弟だったわけだ。
公弟エルヴィンも似たようなもので、現当主ルートヴィヒほど酷くはないが、方々で悪辣な所業や非道な行いが確認されている。
何より公弟エルヴィンは深刻な秘密があった。
彼は男色家だった。受け専門の。
近代大陸西方は男性原理の社会であり、男色は絶対的禁忌だった。地球史においても近代欧米文化圏では男色を犯罪視していた(天才チューリングは男色を理由に自殺まで追い込まれた。アメリカではホモのFBI長官がホモを摘発するというブラックジョークみたいな時代があった)。
貴族男性が男色で摘発されようものなら、当人のみならず御家を傾けかねない問題だった。それゆえに実弟の性癖を知った時、ルートヴィヒは抹殺を検討した。
が、それでも公弟エルヴィンは命を保った。彼は兄ほどに優れてはいなかったが、怪物ルートヴィヒが殺さない方が得、と判断するほどに優秀だった。
当然、そのエルヴィンが持つ情報量は非常に重要なものが多い。
ベルネシアの任務部隊においても最重要目標の一人だった。
「よくまぁ攫ってこれたなぁ。大変だったろ?」
「ああ。大変だったぜ。クソミソな方向でな」
感心顔のレーヴレヒトに、特殊猟兵の戦友が盛大な苦笑いを浮かべる。
公弟エルヴィンは齢70間近だ。が、彼は“現役”だった。TF136:ガルテン52は重要標的の一人が定期的に妾宅(もちろん偽装だ)へ通っている情報を掴んだ。
よほど秘匿したかったのか(当然だが)、妾宅へ同行させる護衛も選りすぐりの少数だけ。
特殊猟兵達にしてみれば、鴨葱である。
というわけで、彼らは行動した。手早く護衛を抹殺し、妾宅の寝室に踏み込み――マッチョな兄ちゃんにケツを掘られてヨガる爺様、という強烈な光景を目の当たりにした。
「“ハメ”てる最中に襲うのはこれが初めてじゃないが」戦友は苦笑しながら「どうせ攫うなら裸の美女が良かったよ」
「違いない」とレーヴレヒトも釣られて苦笑いした。
「それで、あの爺様から情報は引き出せたのか?」
「ああ。専門家がね」
戦友の問いに、レーヴレヒトは顔をしかめた。
王国府の情報機関から送られてきた“専門家”は、知覚強化魔導術と白くなるまで焼いたニードルを使い、公弟エルヴィンが出し殻になるまで徹底的に情報を絞りとった。
魔導術で触感を強化し、焼けたニードルを爪の間から刺して末節骨を削るとか、下手すれば即座にショック死しかねない。専門家は公弟エルヴィンが死なないよう生命維持に気を配りつつ、両手足の指が使い物にならなくなるまで、この作業を繰り返した。
レーヴレヒトも他人を野菜のように切り刻める人間だから、拷問も別段、苦にすることなく実行できる。ただ、レーヴレヒトは拷問で食い扶持を稼ぐ人生は嫌だな、と思っている。
「今頃はソルニオルに“届いた”頃じゃないかな」
レーヴレヒトの予測は正しかった。
この“バカ話”をしている前日、ソルニオル領の港で公弟エルヴィンの全裸死体が発見されていた。
直接の死因は頭に撃ち込まれた一発の弾丸。しかし、死体は酷く損壊していた。
『ソルニオルを憎悪する連中がやったように見せかける必要がある』として、始末する前に公弟エルヴィンを徹底的に痛めつけたからだ。遺体の無残さは見聞した帝国捜査官達が思わず嘔吐したほどだ。
この一件は帝国内に激震を走らせた。
人品その他はともかくとして、ソルニオル公弟は聖冠連合帝国皇族だ。その皇族がこれほど無残な死に様を晒した例は、少なくとも聖冠連合帝国にはなかった。
これは単なる凶悪殺人事件では済まない。ソルニオル公弟を殺害した者は“怪物”ルートヴィヒの威信や権勢を全く恐れていない。加えて言えば、皇族を殺害して帝国が激昂することも全く怖がっていない。
いうなれば、この殺人犯は帝国を侮り、貶め、嘲り笑っている。
誰もが噂した。ソルニオルはいったいどんな野蛮人を怒らせたのだ、と。
そして、そのソルニオルは、特に当主ルートヴィヒは激昂していた。弟を殺されたからではない。自身を虚仮にされたからだ。
同時に、弟が持つ情報を全て奪われたことも理解していた。当然だ。拷問する際に情報を引き出すに決まっている。
ルートヴィヒは決意した。
今一度、ソルニオルの威容と畏怖を示さねばならない。それから早急に組織を立て直さなくては。この私が敗北者になるなどあってはならない。私はあくまで勝者としてこの人生を完成させるのだ。
〇
「何かしら仕掛けてくるとは思っていたが、まさかここまで乱暴な手に出てくるとはな」
帝国宰相サージェスドルフは帝国司法庁舎から立ち上る黒煙を見て呟いた。
未明に帝国司法省が放火され、その延焼は夜が明けて昼近くまで続いた。どうやら高度に配合された魔導性燃焼剤が使われたらしい。あまりの高熱に建築石材が割れ、金属資材が融解していたという。
司法省内に合った大量の資料や記録、行政書類などが失われた。これらを再建するまでに何年掛かるか分からない。
当然、ソルニオルの告発も無期限停止だ。その調査資料が焼失してしまったのだから。
流石のサージェスドルフもこの展開は予期していなかった。司直関係者や腐った皇族や大身貴族辺りを買収して告発を潰すとか、担当司法官を暗殺するとか、自分の首を狙うとか、そういう手で来ると思っていた。
そう思っていたところに、司法省の焼き討ちときた。完全に想像の範囲外だった。
この犯行がソルニオルによるもの、という証拠はない。
しかし、現状において司法が機能不全に陥ることで最大の受益者はソルニオルだ。犯罪は常に最大利益者が犯人と相場が決まっているし、何より、ここまでの無茶をやらかす輩はソルニオルくらいしかいない。
「ドブネズミめ」
サージェスドルフは憎々しげに吐き捨てた。
帝室尊崇や愛国心といったものが欠片でもあれば、帝国政府庁舎への放火、ひいては陛下の膝元でこのような凶事を行えるはずがない。つまりは、あのドブネズミは愛国心など微塵もなく、陛下の御宸襟を騒がすことを屁とも思っていないのだ。
愛国者であり帝室尊崇者であるサージェスドルフは、はらわたが煮えくり返っていた。
一方で、認めざるを得ない。無茶苦茶な手ではあるが、これは効いたと。
やはりあのドブネズミは侮れない。勝利を確信していたところに冷や水を浴びせられた気分だった。
「ここまでやられたら、こちらも相応にやるしかないな」
帝国宰相サージェスドルフはふんと鼻を鳴らす。
翌日。帝国政府はソルニオル公爵家の告発は全ての内容に対して無期限停止すると、公表した。
その“全ての内容”も公表した。
告発の中にはベルネシア王女クリスティーナへの加虐行為も含まれていた。これまで隠蔽されていた秘密を晒したのだ。
これはクリスティーナの不名誉を晒し、帝国の不実を認めるに等しい。
もちろん、粛清で機能不全状態だったベルネシア領事館も、これには壮絶な抗議を行う。ここまでは予定調和だ。
ただし……
この公表はサージェスドルフの予定と予測の範疇をしのぐ事態を招く。如何にずば抜けた頭脳を持とうとも、彼もまた神ならざる身である証左だった。
〇
大陸共通暦1770年。新年頭頃の冬の季節が終わり始めた頃、後世において『ソルニオル事件』または『ソルニオル事変』と呼ばれる一連の暴力がいよいよ本格化した。
ベルネシアの暗躍は一気に加速し、帝国内と地中海一帯で不正規戦と秘密作戦を展開する。
「ソルニオルを潰すだけでは足りない。カスパーの家督相続後を考慮して障害となるものは全て排除しろ。甥の未来に禍根を残してはならぬ。クリスティーナ達の明日に不安が残ってはならない。塵芥に至るまで徹底的に掃除しろ」
カレル3世はカスパーの告発とその後の情報収集、そして、彼自身が持つ後ろめたさから徹底的な報復を命じていた。
ベルネシアの首狩り人達は主君の要求通りに働いた。ソルニオル一統も”海賊海岸”も同じように下っ端から幹部まで容赦なく殺害していく。狙撃で、急襲で、爆薬を使った罠で、魔導術で。首狩り人達が訪れた後には殺された者だけが残される。
「帝国の犬共がぁっ!!」
ある意味でソルニオルより激昂したのは、“海賊海岸”だった。
この時代の大陸南方地中海沿岸地域はメンテシェ・ティルク帝国領ではあったが、同時に太守による独立自治国家でもあった。
“海賊海岸”を治める太守達は自領を荒らされて激憤していた。“海賊海岸”の海賊達は太守達にとっては、アガリをもたらす私掠船であり、沿岸防衛を担う民兵団だったし、沿岸の住人は大事な領民である。
平たく言えば、“海賊海岸”は無差別テロを受けていたに等しい。そりゃブチギレるわな。
コルヴォラントの勢力もこの抗争に乗じ、チェレストラ海や地中海の利権掌握に動いた。
だが、『ソルニオル事変』においては、やや浅慮だったと言わざるを得ない。
ベルネシアはこうしたコルヴォラント勢力の動きも『将来的な危険』と見做して攻撃し始める。
もちろん、ソルニオル側も『コルヴォラントの豚共をぶっ殺せ』と決断したし、“海賊海岸”も『横からしゃしゃり出てきやがって潰すぞテメェ』と殴りつけた。
この仁義なき地中海大抗争に対し、各国の海軍は『ゴロツキ共をぶっ潰せ』となり、かくして、地中海は混沌の支配する海と化した。
そして――
ソルニオルの縁戚が命を落とした。妻と10歳の娘を連れて外出したところを襲撃され、本人と護衛はもちろん妻も娘もまとめて殺害された。
本人と妻と孫は首を切り落とされ、メッセージが添えられていた。
『ルートヴィヒに与する者は皆こうなる。報復の刃を恐れよ』
この凶行は方々に困惑を生んだ。
帝国宰相サージェスドルフも妻子まで残忍に殺害するこの一件には不快感を抱き、独自ルートからベルネシアに苦情を入れた。
「縁戚者だから攻撃対象なのは分かるが、その妻と子供まで無惨に殺害する必要は無かろう。協定に基づいた自制を願いたい」
「あれはウチの仕事じゃない。酷い誤解だ」
苦情を言われたベルネシアの任務部隊は不満げに答え、
「子供の首まで斬り落とすとか。ケダモノかよ。きっと野蛮な海賊海岸の仕業だな」
ヴァンデリックの渡世人達はそう推論し、
「メッセージカード? こういう愚にもつかない演出はコルヴォラント人のやることだな。強欲な異教徒め、恥を知れ」
“海賊海岸”の海賊達はそう判断し、
「まさか。帝国内へ乗り込んで貴顕の女子供を殺すなんてしませんよ。そこまでやったら抗争じゃなくて戦争になっちまう。帝国内にいる反ソルニオル派の仕業ですよ。あいつら恨み骨髄ですもん」
コルヴォラント裏社会の現場要員は上役へそう報告し、
「いくらなんでも残酷過ぎる。子供の首を刎ねるなんて、イカレてる」
帝国内の反ソルニオル派があまりの所業に慄き、
「どこの誰の仕業だっ! 草の根分けても見つけ出して八つ裂きにしろっ!」
ソルニオルのルートヴィヒは激怒した。
かくして地中海とソルニオル領の大抗争は残酷さと残忍さの競争となっていく。風光明媚な地中海圏のあちこちに血塗れのオブジェクトが飾られる。惨たらしく八つ裂きされる男達。強姦された挙句に切り刻まれる女達。容赦なく殺害される子供達に老人達。
暴力の嵐が吹き荒れ、流される血と涙の量が急カーブを描いて激増していく。
この惨状に仰天した皇太子レオポルドはサージェスドルフの許へ怒鳴り込む。
「どうなっているんだっ!! ここまで残忍な暴力の応酬になるなんて聞いてないぞっ!」
皇太子レオポルドは凡人である。であるから、常識的な倫理観と普遍的な価値観と妥当な危機感を有しており、この惨状を非常に憂慮していた。
「父上も心を痛めている。何とかできんのか」
「陛下の御宸襟を騒がせ、臣として誠に不甲斐なく思っております」
サージェスドルフは珍しく殊勝な態度で謝罪し、
「どうやら、あのドブネズミは我々が想像する以上に恨みを買っていたようですな。引き金を引いた私が言うのもなんですが、この自警団崩れ共は完全に想定の範疇外です。保安庁も正体を把握できていません。いやはや。どれだけ策を積み重ね、計画を練り込んでも不測の事態という奴は生じるものですな」
一転して太々しく図々しく笑う。
その余裕面に皇太子レオポルドは内心で強く憤慨した。笑ってる場合か、このデブっ!
皇太子に睨みつけられても、サージェスドルフはぐふふと不敵に笑ったまま。
「しかし、この状況は見方によっては好都合。ソルニオルの情勢が今少し荒れたなら、軍を治安維持に投入しましょう」
「なに? 軍?」レオポルドは目を瞬かせ「カロルレン方面に影響が出ないか?」
「でます。が、最小限になるよう差配します。そして、この治安出動によって現ソルニオル当主に領の統治能力無しとして弾劾。ソルニオル公爵家のお家取り潰しを図りましょう」
「ソルニオルは確かに皇族の面汚しだ。しかし、御家断絶までとなると……ベルネシアとの密約に違えるのか?」
カスパーの家督相続を反故にするのか? と問う皇太子レオポルドにサージェスドルフは首を横に振る。
「いえ、その密約を違えると後々の信用に瑕疵が付きます。ですので、クリスティーナ元王女の復権を利用しましょう。帝国女大公に叙爵して現ソルニオル領を下賜、そのうえで公子カスパーへの所領相続を許し、新生ソルニオル公爵家としましょうか」
名籍は、とサージェスドルフは少し考えこんで言った。
「帝室家門レンデルバッハ=ソルニオル家、どうです?」
「……それで暴力を止められるか?」
レオポルドの反問にサージェスドルフは肩を竦め、
「そこまでは断じられません。情勢は混沌としておりますから。ま、ここは“注意深く情勢を見守る”という体でいきましょう」
悪党面でぐふふと笑った。
〇
「ソルニオルの連中は我々の想像以上に恨まれているようだ」
レヴェンヌ少将は人魚広場の会議室で地図を眺めながら言った。その横顔は鬱陶しいと言いたげに歪んでいる。特殊猟兵の頭目はこういう不確定要素を嫌っていた。
ヴィルミーナは壁に貼られた標的リストの中で、謎の自警団が殺害した者達を確認する。かなりエグい暴れ方をしているが、ソルニオルという組織の中核には手が及んでいない。
「パッと見た感じ、機を見て横入りしてきた復讐目的の自警団だ。しかし、諸勢力の本職相手に尻尾を掴ませていない辺り、素人ではない。紛れもなく手練れですね」
「それもまた不愉快な話です」
レヴェンヌ少将は小指と薬指の欠けた左手で、頬に走る古傷を撫でながら言った。
「現状の局外で動けそうな本職といえば、帝国の保安庁くらいですが、そうなると、帝国宰相が把握していないことの説明がつかない」
「あの」エステルが横から問う「帝国がソルニオル領へ軍の治安出動を検討しているとか。帝国軍が暗躍しているのでは?」
「戦争を抱えている状態で面倒を増やすバカが帝国軍に居るとは思えませんが……まあ、常識で計れないゆえにバカとも言える。無い話ではないな」
含羞なんだか、単なる皮肉なんだか。レヴェンヌ少将は顔の傷を撫でつつ続けた。
「帝国軍はカロルレンの南部戦線で春季攻勢が控えている。そちらの混乱を避けるためにも、ソルニオルへ出向くのは、春以降になるはず」
「少なくとも、水蓮作戦はそこで打ち切りですね。帝国軍が展開する中で首狩りは面倒が多すぎる」
ヴィルミーナの指摘に、レヴェンヌ少将は首肯して細巻を口に運ぶ。
「このゲームは春の終わりまで、ですな」
地中海と帝国内で吹き荒れる暴力。残忍さと残虐さがエスカレートしていく情勢。増加する一途の流血と犠牲。
それらを『ゲーム』と評するレヴェンヌと、その発言を平然と受け止めるヴィルミーナに、エステルは不快感を覚える。同時に、その発言に同意する自分もいた。
地図の上で駒を動かし、目標を選んで始末させる。盤遊戯と何も変わらない。
ゲームであるならば。
エステルは、言った。
「であれば、ここで一つ強烈な打撃が欲しいですね」
ヴィルミーナはエステルを一瞥してゆっくりと首肯し、レヴェンヌは冷笑を浮かべた。
「詳しく聞こうか」
〇
コルヴォラントの地政学的条件はイタリア半島に等しいが、『石を蹴る長靴』の形をしたイタリア半島と違い、コルヴォラントは地中海へ突っ込む大鴉みたいな形の半島である。
この大鴉の胸側――東側は地中海・チェレストラ海。
背中側――西側にはぽつぽつと島嶼が並ぶ。この島嶼群とコルヴォラント半島の間に広がる海を、地中海内海のエトナ海という。ちなみに、ヴィルミーナの父系ルーツに当たるベルモンテ公国はエトナ海に面した国だ。
さて、この時代、コルヴォラントは群雄割拠していた。
3つの王国。3つの公国。2つの共和国。エトナ海島嶼の各独立政府。聖王教の法王国。で、それぞれが血縁、地縁、歴史的恩讐、経済関係などで『昨日の敵は今日の友』の場当たり的な付き合いをしているため、まとまりがなく、飛び抜けた大勢力が存在しない。
このうち、チェレストラ海側はソルニオルと海上利権抗争を繰り広げ、コルヴォラント南端とエトナ海島嶼の国はこの機に乗じて海賊海岸をぶん殴っていた(歴史的に海賊被害が多く、上納金を強要されている地域なので、憎悪と怨恨の根が深い)。
言い換えよう。
現在のコルヴォラントはベルネシアが悪さするのに利用できる条件を、諸々揃えていた。
この時、任務部隊135:パサージュ108は、クレテア人船乗りを装ってモリア=フェデーラ公国の港湾都市にいた。コルヴォラントの各国は大なり小なり海運貿易をしているから、外国人が珍しくない。
レーヴレヒト達はクレテア籍の船でこの国に入り、積荷を売り、土産物を買ったり、地元料理と酒を楽しみ、娼婦と遊んだり、と一般的な貿易関係者らしく振舞う。
同時に、あれやこれやの悪さの支度を整えていく。
「小型飛空船があった。あれで良いだろ」「あのえらく豪華な船か。貴族の遊覧船か?」「何でもいいさ。チェレストラ海を越えてソルニオルまで行ければ問題ないよ」
それにしても、とレーヴレヒトは息を吐いた。
「ソルニオルに強烈な打撃を与えたい、という話は分かる。そろそろ一発キツいのを食らわせる頃合いだからな。それでも、この作戦は無茶苦茶だ。なんというか、レヴェンヌの親父さんらしくない」
「統合作戦だ。大方、横やり入れてきた連中がいるんだろ。いつものことさ」
伍長が鼻息をつき、にやりと笑った。
「それより、仕事前にもう一回、娼館に行こうぜ。この国にゃあ2度と来られないだろうからな。しっかり“味わって”おかねーと」
と、あっという間に雑談が広がる。
「また高い金出してブスを買うのか」「ブスじゃねーよっ!! 個性的なだけだよっ!」「だから、それを世間じゃブスって言うんだろ」「お前はブス専だ。いい加減認めろ」「ブス専じゃねーよっ! ちょっと個性的な娘が好きなだけだよっ!!」
馬鹿話を聞きながら、レーヴレヒトは思う。
この作戦はいろいろ面倒なことになると思うんだけどなぁ。
そうして数日後、モリア=フェデーラ公国の公王家が所有する小型飛空船が盗難に遭う。痕跡一つ残さぬプロの仕事だった。
捜査を開始して間もなく、郊外で飛空船に施されていた豪奢な装飾艤装や調度品などが発見された。どうやら賊は飛空船だけが目的で、目立つ物や不要な物を遺棄していったらしい。
公国官憲は小首を傾げた。金になるものを捨てていく賊など聞いたことがない。たとえ、不要であっても売却すればひと財産になっただろうに。
どういうことなのだろう?
彼らの疑問に答えるものは居なかったし、そんな疑問は誰も気にしなくなった。
帝国ソルニオル領の領都にあるソルニオル公爵本領屋敷に、可燃物を満載した小型飛空艇が突入するという前代未聞の事件が発生したからだ。
御意見募集は今月末で打ち切らせていただきます。
御協力ありがとうございました。集計結果等は後日活動報告に挙げますので、続報をお待ちください。




