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大陸共通暦1770年:冬:年始。
大陸西方メーヴラント:アルグシア連邦・カロルレン王国国境付近。
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カロルレン国境の背後には、呆れるほど重防御化された城塞都市、軍拠点、城塞が待ち構えていた。当然ながら、これらの拠点群には戦力が配備され、相互連絡体制を整えてある。また、国境周辺が東メーヴラントのだだ広い平野地帯という地勢情勢も無視できない。
これらの拠点を迂回進撃しようとすれば、各拠点戦力を逼塞させるために相応の包囲戦力が必要となる。かといって、一つ一つ潰していくとなると、攻略対象の拠点を向き合っている間、他の拠点からの攻撃に備えて側面にも兵力を割かないといけない。
ベルネシア軍が敷いた塹壕帯による線の防御が蜘蛛の巣のように敵軍を絡めとり、摩耗させることを目的としていたなら、カロルレン軍の巨大化した拠点を点在させた複数の点の防御は、敵軍の分散を強いることを目的としていた。
もちろん、この防御ドクトリンの仕上げは分散した敵軍の各個撃破につながっている。
拠点群の頑強さを偵察で把握したアルグシア軍が歩みを緩め、放棄した村落や集落に分散したところまでは、カロルレン王立軍総司令部の計画通り。
問題は各個撃破を実施する機動戦力の不足と、冬季という運動を著しく制限する環境。そこで、カロルレン軍はベルネシアの例に倣う。
特殊猟兵の代わりに戦闘魔導士を投入し、浸透遊撃戦を実施、敵戦力の漸減を図る。優先目標は敵高級将校、物資集積所、そして、攻城戦の要となる重砲部隊。
アルグシア軍が足並みを整え直すまでにどれだけ敵戦力を削げるか。
西部戦線の趨勢は、この緒戦の結果如何で大きく動く。
〇
アルグシア連邦軍カロルレン侵攻軍は約13万人。紛れもなく本気だった。
ただし、勝ち戦が半ば確定している戦とあって、将兵はどこか緊張感に欠けていた。各村落に分散した兵士達は、軍の尻に続いてやってきた酒保商人や娼婦達を相手にしつつ、暢気に進軍命令を待っている。
もっとも、カロルレン側の防御態勢を把握して以来、侵攻軍総司令部と先行部隊はその認識を改めていた。
寒気に満ちた真冬の夜。国境付近の村落に据えられた侵攻軍総司令部では、総司令官と参謀長が夕食後の作戦会議を行われていた。
13万将兵の指揮を執るフリッツ・フォン・トロッケンフェルト大将は長身の洒脱な老紳士だ。深藍色の美しい軍服の胸元にはたくさんの勲章の略綬が並び、髪と口ひげは奇麗に整えられて一部の隙も無い。小さなカップを持つ手は小指がぴんと立っている。
ベルネシアから輸入した珈琲を嗜みつつ、トロッケンフェルトはぼやくように言った。
「鎧袖一触の楽勝な戦と聞いていたが、大違いだな」
「拠点群がここまで強化される前に動けていれば、話通りだったかもしれません」
侵攻軍参謀長ベンカー中将は拗ねた顔で応じる。
「もはや事前の拠点群攻略案は役に立ちません。対要塞戦を前提とした修正が必要です」
神経質そうな初老の参謀長は万年筆を弄りながら続けた。
「我々に相対しているカロルレン第一軍の兵力は6万前後。各拠点に配備された兵力は平均旅団から連隊規模。大型拠点と城塞都市には重砲も確認されましたが、探索攻撃をしていないため、重火器の配備状況は不明です」
この時代、将兵の出血を以って敵陣の力を図ることは珍しくない。
しかし、トロッケンフェルトは現状での探索攻撃を否定していた。此度の侵攻は拠点群の制圧が目的ではない。カロルレンを征服することが目的であり、この拠点群を突破した後もカロルレン第三軍などを控えているから、悪戯に兵を損なうと面倒になってしまう。
「連邦政府は春までに拠点群を突破し、カロルレン首都を目指せと言っている。帝国の連中が本格的に動く前に、ということだな」
戦争はしばしば軍事的現実より政治的事情や経済的都合が優先される。此度のように政治色の強い戦争なら特に。
トロッケンフェルトはカップを置き、懐から銀製の煙草入れを取り出した。ベンカーにも勧める。
素直に細巻を受け取り、ベンカーは魔導術で細巻へ火を点けた。もちろん、上官であるトロッケンフェルトの細巻を先に。
美味そうに紫煙を吐きつつ、トロッケンフェルトは問う。
「参謀長。春までに抜けるか?」
「敵第一軍の主力を野戦に引きずり出せたなら、不可能ではありません。連中が亀のように拠点群にこもると判断したならば、拠点1つにつき、銃兵連隊1つから2つを潰す覚悟が要ります」
ベンカーは『総司令官のアンタがこの犠牲の責任を負えるなら』とも聞こえる回答を寄こした。参謀という職務は指揮官の求める策や情報を提供し、決断を委ねることだから、ベンカーの姿勢は正しい。
「敵も兵站の面から、春までに我が軍へ痛撃を与えたいと考えているはずです。我々と帝国の2正面で全力戦闘をしていては補給が追いつきませんから。雪解けを迎える前に動く機会を求めるかと」
紫煙を吐きつつ、ベンカーはどこか不満げに言った。
「空爆で拠点をある程度、弱体化できれば、話が早いのですが」
ベンカーの意見にトロッケンフェルトも首肯を返す。
しかし、この要望が実現される可能性は薄い。
アルグシア軍の軍用飛空船はベルネシアの戦闘飛空艇みたいな長射程砲を搭載していない。空爆を図ろうとすれば、どうしたって敵の対空網に飛び込まなくてはならなかった。
ところが、アルグシア海軍は『空爆がしたいなら、対空網を無力化しろ』と譲らない。これは翼竜騎兵部隊の指揮官達も同様で『火に飛び込む虫けらの真似は出来ない』と反発中。どちらも高価な兵器兵科だから、無理もない。アルグシアは隣の金満国家とは違うのだ。
「やはり手堅くいくしかないか」
トロッケンフェルトは小指を立ててカップを持ち、珈琲を嗜む。そして、細巻の先で拠点群を示した。
「まずは小さいところから潰そう。定石通り、弱いところからな」
「となると……」
ベンカーが眼を鋭くして獲物を選び始めたところで、伝令が入ってきた。
「前哨陣地112が攻撃を受け、現在応戦中。敵戦力は魔導士部隊による小勢にて、応援要請はありません」
報告を受け、トロッケンフェルトは紫煙を燻らせた。
「この寒い中、毎晩毎晩ご苦労なことだ」
侵攻軍が国境を越え、拠点群攻略のために足並みを整えるべく、各放棄集落や村落に分散して以降、カロルレン軍は小勢による夜襲遊撃を繰り返していた。
ベルネシア特殊猟兵がクレテア相手に行ったゲリラ戦を試みているらしい。当初、この目論見は成功していた。高価な“兵器”である魔導士を惜しまずに投じてきたことに虚を突かれ、アルグシア軍も相応の被害を出した。
が、アルグシアとてやられっぱなしではない。
魔導技術文明世界の軍事史は共通暦制定以前から、魔導術を中心に攻撃手段と防御対策のイタチごっこを延々と繰り返してきた。少数の魔導士を特殊部隊的に運用するという行為は、既に歴史の中で行われている。魔導士を使ってくると分かれば、対策はいくらでもあった。
それに、聖冠連合帝国と戦い続け、経験豊富なアルグシア軍は対応能力に不安がない。
現状では、既にカロルレン軍魔導士部隊による夜襲遊撃の効果は、現場部隊の睡眠妨害程度にまで落ちている。
にも関わらず、カロルレン軍は諦めることなく夜襲遊撃を繰り返していた。
「意気込みは買うが、戦略的にも戦術的にも無意味だろうに。それとも、何か考えがあると見るべきか」
トロッケンフェルトの疑問に、ベンカーは首を横に振る。
「サボタージュに魔導士の投入は些か豪勢に過ぎます。何らかの意図を含めての作戦活動だと思いますが……計りかねますな」
「ふむ。では、哨戒線をもう少し前に出して捜索追跡部隊を用意するか。暇を持て余している連中が多かろう」
「分かりました。すぐに手配します」
いや、とトロッケンフェルトは参謀長を制し、優雅に紫煙を燻らせた。
「君には拠点群攻略の糸を引くことを優先してもらう。ネズミ狩りは若手に任せよう。何事も経験させておかないとな」
〇
戦争はあらゆる残酷性を許容する。敵に対しても、味方に対しても。
カロルレン王立軍第一軍隷下の臨編部隊、独立遊撃魔導兵隊は連日の夜襲遊撃任務で心身共に擦り減っていた。
夜襲開始から一週間ほどは狙い通り、敵将校や物資集積所などを襲撃できたが、現在はアルグシア軍の哨戒線に阻まれ、成果は芳しくない。
それどころか、日に日に被害が増している。頻繁に帝国と戦ってきたアルグシア軍の対応能力は高い。練度はともかく経験の点において、アルグシアは長年引きこもっていたカロルレンに大きく優っていた。
それでも、カロルレン第一軍司令部は魔導士達に夜間攻撃を継続させていた。
もはやその効果はアルグシア軍に睡眠不足をもたらす程度になっていても。
哨戒線に配置されていたアルグシア連邦軍猟兵は、ベルネシア軍特殊猟兵と違い、散兵や襲撃偵察を主任務としている(というか、この時代の猟兵はそれが本来の在り方である)。
魔導士に夜間暗視の魔導術を付与された猟兵達はクソ寒い夜間歩哨に就く。もちろん、焚火に当たることなんて出来ない。軍隊毛布と焼いた煉瓦で寒さに耐える。
――東端辺境のカッペ共め。夜は大人しく寝てろっつの。
アルグシア猟兵達は憎々しげに思いながら、月光の照らす雪泥の原野をじっと監視し続ける。決して気は緩めない。
なんせ距離を詰められてしまうと、戦闘魔導術は現状の単発小銃よりもずっと怖い。
ベルネシア戦役の塹壕内戦闘では魔導術が猛威を振るい、ヴィルミーナ達も集団魔導術を駆使してクレテア兵達を撃破した。先の連続殺人鬼事件もパープリン1人に手を焼かされている。
であるから、アルグシアの歩哨達は気を緩めることなく夜闇を睨み、犬を連れた夜間パトロール隊が拠点周辺を巡回していた。
独立遊撃魔導兵隊の夜襲遊撃開始から13日目、この夜も夜襲が実施された。
この頃になると、独立遊撃魔導兵達はちょっとした小競り合いをして早々に撤退している。
アルグシア兵はこれを『カロルレン魔導士達の限界』と判断した。彼らの常識において、如何に日中休もうとも13日連続の夜襲など常軌を逸している。
――まるで消耗品扱いだぜ。流石に敵とはいえ憐れなもんだ。
このアルグシア兵達の同情は“誤解”だった。
カロルレン王立軍第一軍は夜襲遊撃の成果が望めなくなった時点で、第二の策へ切り替えていた。戦果が挙がらなくとも襲撃を続け、徐々に尻つぼみにさせていく。アルグシア側に魔導兵隊の限界を“誤認”させるために。
そして、二週間目の夜。
この夜も襲撃が行われたが、魔導士達は早々に撤退していった。
――やれやれ。今夜の定期便は終わりか。ぐっすり眠れそうだな。
アルグシア兵達が気を抜き、哨戒体制を緩めてから数時間後。払暁を迎える二時間ほど前。
遊撃魔導兵隊は“総力を挙げて”一拠点へ強襲を掛けた。泥傀儡のような高機動を発揮できる魔導術を駆使した急襲班が哨戒線の警備兵を撃破し、後続の本隊が大人数集合魔導術で前哨陣地を一撃で粉砕した。
豪快にブチ開けた穴からカロルレン軽騎兵一個連隊が流れ込み、アルグシア軍後方へ侵入。彼らは夜明けまで虎の如く暴れ回り、獅子の如く果敢に戦った。
この強襲で魔導兵隊は事実上、壊滅。カロルレン軽騎兵連隊も少なくない犠牲を払った。
しかし、奇襲を受けたアルグシア連邦軍第4銃兵師団は隷下銃兵連隊本部が壊乱し、連隊長以下幕僚が戦死。師団砲兵陣地が蹂躙され、物資集積所が略奪され尽くした。
しかも、後方へ浸透した軽騎兵一個大隊がそのままアルグシア連邦後方へ留まり、この日から後方襲撃を開始する。
奇襲は成功。西部戦線の緒戦はカロルレンが勝利を飾った。
まんまとしてやられた側のトロッケンフェルト大将だったが、感情的になることも無かった。代わりに、麾下の全部隊指揮官を集めて簡単な訓示を行った。
「諸君も理解しただろう。敵は本気で我々と戦っている。国家存亡を賭して命懸けで戦っている。我々も真剣に戦争をしようじゃないか」
〇
大クレテア王国地中海沿岸都市マーセイル。の郊外にある小村ラ・モレン。
昨年、サンローラン国際会議が終わってすぐのこと。この小村に領主と王都の役人と商人がやってきて、村外れの一画と未耕地を大枚で買収した。
こんな田舎になんじゃらほい。と村民達が怪訝に思っていると、買収後すぐにベルネシア飛空貨物船がやってきて、次々に建築資材と畜力式重機を運び込み、買い上げた未耕地を整地して敷地一帯を柵で囲った。出入り口には武装警備兵付き検問所が置かれた。
なんじゃあいったい、と警戒心を抱いた村民を余所に、整地した敷地内に簡易建築物がガンガン建てられていく。飛空船整備用の簡易ハンガー。管理施設。宿舎。倉庫。射撃訓練場。さらには、村民も利用可能な診療所と雑貨店まで。
出来たばかりの飛空船離発着場にクレテア製武装飛空商船が数隻ほどやってきて、最後に出入り口の門へ大きな看板を掲げた。
『ラ・モレン警備保障』
この警備会社は登記上、エスパーナ系資本がベルネシア振興事業協会を通じて起こした外資系現地会社。ということになっている。
ただし、そのエスパーナ系資本はエスパーナ帝国内に実在せず、ベルネシア振興事業協会に話を通したベルネシアの会社は、完全なペーパー会社だ。この会社の経営陣にしても、何かあった時に詰め腹を切らされる“雇われ”である。
御想像通り、この経済ヤクザ同然の仕込みは、ベルネシアの王都オーステルガムに潜む魔女の手管だ。国際会議でクレテア側に話をつけ、すぐさまこの拠点を作り出した。動きが早すぎてこわぁい。
ともかく、わずか一月半ほどで村の一画が完全に変貌を遂げ、ラ・モレン村の人々は化かされたような顔をしていた。
純朴な彼らは知らない。これら一連の作業をベルネシアの新興財閥“白獅子”が一手に担っていたことを知らない。警備会社の“社員”として送り込まれてきた者達が、ベルネシア軍の現役将兵だとは知らない。
何も知らないラ・モレン村の人々は大いに困惑したが、警備会社の連中は礼儀正しく村人と揉め事を起こさなかった。まあ、戦闘訓練の騒音で家畜が怯えることに苦情が出たけれど。
そのラ・モレン警備保障の配食堂兼集会場で、レーヴレヒトは本国の新聞に目を通していた。数日遅れのものだが、国情を知るには不都合はない。
「国の様子は?」
帝国製の小銃を分解整備していた仲間が尋ねてきた。レーヴレヒトは天気の様子でも告げるように答えた。
「事前に聞いてた通りだよ。動揺してるが、荒れてはいない」
ベルネシア王国に突如吹き荒れた粛清の嵐は、大きな影響をもたらしている。無理もない。なんせ逮捕者の中には公爵家や侯爵家といった有力高位貴族も含まれたし、王家親族衆からも身柄を確保された者が出た。
粛清対象者達は拘束され、現在は王国北部にあるウルガム離宮に収容、厳しい追及を受けている。
嵐の直撃を受けた貴族界の動揺は激しい。なんせ貴族という奴は縦横のつながりが広い。婚姻や官職、土地、利害、果ては王立学園の先輩後輩同期生とか趣味のサークルが同じとか、そんなつながりがある。ひょっとしたら自分も火の粉を被るかも、と戦々恐々の者が多い。
また、外務省を退職後に議会や民間へ転じた者も少なくないため、政治的、経済的な動揺も激しい。
ヴィルミーナの白獅子も例外ではない。麾下事業内には今回の粛清を受けた御家の子女や縁戚関係者もそこそこ居たからだ。
本国で吹き荒れた嵐は外洋領土にも波及しており、各地の統治府では次は自分達ではないかと不安に駆られているという。
しかし、ヴィルミーナが危惧していたほど、国民の間に動揺はなかった。むしろ国民の間には、王侯貴顕の特権を許さずきっちり裁く、という法治姿勢を評価している向きさえあった。
まあ、大多数の国民はこの政治動乱がどんな事態を招くのか、慎重に見極めているのが本音だろうけども。
「なんであれ、本国がヨレないことに越したことはない。これから作戦はより厳しくなる。本国が日和ったら目も当てられない」
仲間が銃の機関部を磨きながら言った。
特殊猟兵にとって最も恐れるべきは、敵ではなく愚かな味方だ。
高度な政治絡みの任務は薄らバカ共が何かと口を挟みたがり、アホ共があれこれと注文を付けて台無しにする。
アメリカのイーグル・クロー作戦やパナマ侵攻における空港襲撃、映画『ブラックフォーク・ダウン』の元ネタのモガディシオ急襲などが典型的な失敗例だ。
「その辺りはレヴェンヌの親父さんに任せておけば大丈夫だろう」とレーヴレヒト。
特殊猟兵戦隊の頭目レヴェンヌは軍内で方々から嫌われていたが、こうしたマヌケ共の介入を撥ね退けられるという点で、現場から絶大な支持を受けていた。
それにまあ、ヴィーナなら俺が危うい情勢に放り込まれることを防いでくれるはず、と思うのは惚気かな。
内心でそんなことを考えつつ、レーヴレヒトは新聞を畳み、次いで、マーセイルで発行されている新聞を手に取って目を通す。
こちらの紙面を占めている内容は地中海情勢に関してだった。
ベルネシアの暗躍によって火を点けられた地中海圏は、急速に荒れ始めていた。どうやら、ソルニオルと“海賊海岸”の抗争があちこちに飛び火したらしい。どさくさ紛れの海賊行為が増加しており、地中海流通の安全保障や保険のコストが急増し、海運業者や船主達が困っているらしい。
「順調、というには燃え方の勢いが良すぎるな」
これはヴィーナの読み以上の延焼振りだ。どうやら地中海は相当に火種が燻ぶっていたんだな。
「燃える分には構わないさ。後は帝国の動き次第だ」
仲間が小銃を組み立てながら鼻で笑う。
「それよりも娯楽所はいつ建てられるんだか。クレテア女を抱くのを楽しみにしてたってのに」
「じきに用意されるだろ」とレーヴレヒトは肩を竦めた。
軍隊の長期駐留は常に兵士の欲求不満という笑えない問題と直面する。これを無視すると、悪さするアホ共が激増する。
この警備会社にしても、施設内に娼婦を含めた娯楽所が用意される予定だった。クレテア側の監視の目と村民との関係もあるから、外へ女を買いに出ることは許されない。おそらくはマーセイル辺りから娼婦達を連れてくることになるだろう。
もっとも、レーヴレヒト本人はヴィルミーナ以外の女が欲しいとは思わない。病質傾向がある彼としては、『この世でたった一人の女』を手に入れた以上、もう他の女では欲求と衝動を満たすことは適わなかった。
そんな下世話な話をしていると、海軍の関係者がやってきた。
「本国から戦争鯨が届いたぜ」
レーヴレヒト達は手を止め、集会場の外へ出て、北の空を窺う。
鈍色の冬空に3つの大きな影が浮かんでいた。
ラ・モレン警備保障が“業務提携”したベルネシアの警備会社『デ・ズワルト・アイギス』が寄こした飛空船は、全てゴンドウクジラの怪物みたいなグリルディⅢ型改戦闘飛空艇で、気嚢には黒いチューリップの盾紋が描かれていた。
「旧型の改装船とはいえ、戦闘飛空艇かよ。本国は気前が良いなぁ」
「いやいや、民間の警備会社があんなの持ってたらマズくね? カバーが剥がれちまうぞ」
「私掠船で使われてるし、大丈夫だろ」
「まあ、あれで支援が得られるなら、頼もしいし、良いんじゃね?」
やいのやいのと語り合う周囲を余所に、レーヴレヒトは脳裏に婚約者を思い浮かべつつ、大きく眉を下げた。
ヴィーナ。これはやりすぎだよ……




