2:5a
文字量が激増したので前後に分けることにしました。
大陸共通暦1760年:ベルネシア王国暦243年:晩夏。
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国北部:王都オーステルガム。
―――――
「ど、どうぞ。レーヴレヒト様」
メルフィナの取り巻き娘が頬を上気させつつ、レーヴレヒトの手元へカップを置いた。
「ありがとうございます」
レーヴレヒトは丁寧に礼を言い、上品にカップを口元に運ぶ。
「美味しい。素晴らしい御手前ですね」
「恐縮です」
取り巻き娘はますます頬を赤くし、一礼して部屋を出ていく。ドアの向こうでは取り巻き娘達の弾んだ声が聞こえてきた。
美形だとは思っていたけれど、ここまで評価が高いとは……
ヴィルミーナは横目にレーヴレヒトを見る。
鋭い双眸が良く映える端正な顔立ちをした涼しげな美少年。それでいて、物腰は柔らかく丁寧。まあ、モテるわな。モテへん方がおかしい。せやけど……
「美形なら大勢いるのに、このモテっぷりはいったい……」
王立学園には美少年美青年がごろごろいる。
正統派イケメンの第一王子。クール系眼鏡イケメンの宰相令息。熱血体育会系イケメンの近衛軍団長令息。チャラ男系イケメンの北部沿岸侯次男坊。弟系カワイイ美少年の宮廷魔導術士総監末子。他にも探せば、いくらでも見つかるだろう。
逆説的に言えば、王立学園の女子達はイケメン慣れしているのに……なんでレヴ君がこんなに受けるん?
「それは“色っぽい”からですよ、ヴィーナ様」
メルフィナも微かに頬へ朱を差しつつ、ヴィルミーナに小声でささやく。
曰く、確かに王立学園には第一王子エドワードを筆頭に格好良い系から可愛い系まで美少年美青年が揃っている。そうした視点から評価する場合、レーヴレヒトは別段、飛び抜けて秀でているわけではない。しかし、レーヴレヒトには何かこう、オンナを駆り立てる色香があるという。
話を聞いたヴィルミーナは目が点になった。
13歳の小娘がオンナを駆り立てるってお前。ええぇ……なぁにそれぇ……(困惑)。
レーヴレヒトとは古い付き合いだが、そんな話は周囲の女性陣から聞いたことが無い。ユーフェリアも御付侍女メリーナもそんなこと言ったことが無い。他の侍女達もゼーロウ男爵家の侍女達もメルフィナ達のような有様を見せたことが無かった。
うーん。分からん。理解の及ばぬことは知らぬ、とあっさり思考を手放し、ヴィルミーナは本題へ切り込む。
「それで、今回の“返礼”についてなんだけれど」
「あ、うん。そうでしたね。そうでした」
気を取り直したメルフィナはちらちらとレーヴレヒトを窺う。
大丈夫だろうか。話に噛ませたのは失敗だったかもしれない。
「具体的にどういう方法を採るんです? 破壊工作ですか? それとも暗殺?」
レーヴレヒトがさらりと怖いことを言う。サイコパスめ。人をなんやと思うてんねん。
「そんな酷いことはしないわよ」
ヴィルミーナは言った。
「フルツレーテンの経済を荒らすだけよ」
近代初期の経済システム、金融システムは穴だらけだ。
そもそも、そうした問題に通暁している人間が少数であり、商業が法より慣例慣習を重視している。それに『騙される奴が悪い』『弱い奴が悪い』『勝てば何をしても許される』がまかり通るのが近代初期という時代である(地球史近代における欧州人のアメリカ、アフリカ、アジアでの振る舞いが証明している)。
現代地球の狡すっ辛い市場経済社会を生きたヴィルミーナにしてみれば、何でもアリのこの時代はむしろやりたい放題できて好都合だった。
金融業界の強欲サイコパス、発展途上国の人食いザメみたいな権力者、クソ鬱陶しい抗議団体にしち面倒臭い御上。こうした現代のピラニア崩れ共に比べたら、はるかに与しやすい。
留意すべき点があるとすれば、この時代は暴力や武力に訴えることに躊躇がない点だ。
やりすぎれば、殺し屋を送られるだろうし、下手をすれば、戦争を生じかねない。
まあ、そういう手に出てくるなら、こっちも相応のやり方を採るだけだが。
「フルツレーテンの経済は主にベルネシアとクレテアの裏口貿易による関税収入、そして、両国の為替取引を中心とした金融市場に支えられている。この金融市場を荒らして荒らしてフルツレーテンの経済をガッタガタにする」
話を聞いたレーヴレヒトが思わず呻く。
「いくらなんでも、それは……」
「そうですよ、ヴィーナ様。流石にやりすぎです」
メルフィナも半ば慄いていた。
「ヴィーナ様の策を実施すれば、フルツレーテンの全てが大混乱に陥ります。下手をしたら公国民が干上がってしまいますよ」
ヴィルミーナは真顔で言った。
「それの何が問題なの?」
資本主義自由市場経済のルールに慣れたヴィルミーナに言わせれば、不況に陥るのはその国の財政や経済政策が不味いからであり、外的要因で国内経済が荒れるにしても、それは対策の取れない指導層が無能というだけだ(バブル崩壊後の日本政府と日銀がまさにこれ)。
結果としてその国の国民が塗炭の苦しみを味わうことになろうと、こちらには何の非もない。
遠慮なくケツの毛の一本まで毟り取り、骨の髄までしゃぶりつくせば良いのだ。
もちろん、沸点の低いこの時代。政略戦や経済戦の敗北をドンパチで取り返そうとすることも、十分にありえる。戦争とは所詮、問題の一解決方法に過ぎないからだ。
が、戦争が生じたところで、ベルネシアとフルツレーテンの軍事力差は象と蟻ほどに違うから、怖くない。ベルネシアにも戦死者が出る? その時はフルツレーテンから賠償金を引っ張ってさらに搾り取れば良い。
フルツレーテンが対抗措置としてクレテアを引きずり込む可能性もあるが……それをやれば、クレテアの属領属国になり果て、独立権を失う。しかも、主戦場はフルツレーテンになることは間違いない。
これらの事実をフルツレーテンの指導者層が受け容れられるはずがない。
といった内容を、ヴィルミーナはさらりと告げる。
「本気だ。本気で言ってる」「えぇ……」
レーヴレヒトとメルフィナがドン引きしていた。
あっれー? なぁにこの反応。私が頭おかしいみたいやん。
不満顔のヴィルミーナへ、メルフィナが説得を試みる。
「フルツレーテンが崩れたら、我が国の南部周辺も無傷ではすみません。ヴィーナ様、なにとぞ御自重くださいませ」
「むぅ」
「別案にしましょう。ヴィーナ様ならもっと穏当で効果的な手法も思いつきますでしょう? 安易な方法を選ぶなどヴィーナ様らしくありませんとも」
「仕方ないなぁ……メルの顔を立てるよ」
ヴィルミーナは唇をへの字に曲げつつも、折れた。メルフィナがほっと安堵の息を吐く。
レーヴレヒトもゆっくりと息を吐いた。
「王国府へ話を持ち込む前で良かった……」
「あ、そだ。王国府と足並みを揃えるなら、王国府も利用できるってことじゃない」
人の悪い笑みを浮かべたヴィルミーナに、メルフィナとレーヴレヒトは新たな不安を覚えた。
「何をする気ですか?」
もう勘弁してと言いたげなメルフィナへ、ヴィルミーナは口端を吊り上げた。
「決まってるじゃない。お金儲けよ」
〇