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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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閑話16.国際会議、その後。

 国際会議が終わりを迎え、『サンローラン協定』が宣言された後、各国代表団はそれぞれの祖国へ向けて帰路に着いた。

 彼らの様子に目を向けてみよう。


       〇


 サンローラン共和国を後にしたアルグシア代表団の表情は、入国時と大差ない不機嫌面だった。


 彼らにしてみれば、単独でのカロルレン征服を邪魔された、という思いが少なからずあった。一方で、聖冠連合とベルネシアを気にせず、カロルレンへ集中できる状況はありがたい。


 ベルネシアとの交渉は、結局のところ、ベルネシア外務省の狡猾さにしてやられた気分が強い。というのも、かつて掠め取られたアルグシア東部地域を、ベルネシア領土と認定することを飲まされたからだ。この外交敗北は実に腹立たしい。


 しかしながら、レーヌス大河国際協定が仮とはいえ、枠組みが定まり、試験的な運用が決定したことはありがたい。なんせ、レーヌス大河利権を最も多く握る国は他ならぬアルグシアだから。


 ベルネシア人も東部地域の問題を解決できたためか、気前よくアルグシアに譲歩した。もっとも、新たに首を突っ込んできたクレテア人が利権配分で執拗に食い下がったが。


 このクレテアの執拗さを、アルグシアは『クレテアの懐具合は余程苦しい』と見做した。


 それは確かに事実だった。

 代々の負債に加えて、ベルネシア戦役の戦費赤字、戦時国債の大暴落から生じた過酷な不況、ベルネシアに食い荒らされた国内資本、とクレテア財政はかなり苦しい。


 が、アンリ16世の治めるクレテアは各国と経済的相互互恵関係の構築を試みていた。真の狙いは国家経済の立て直しだけでなく、経済的な結びつきを強めることで不可侵関係に近づけるというもので、相互不信渦巻く近代ではかなり困難な外交政策だった。


 ただし、ベルネシアとイストリアは事実関係として成立させている以上、不可能ではない。まあ、その背景は複雑だけれども。


 この辺りをアルグシア人が理解することは難しい。カロルレン程ではないにしろ、アルグシアも国際感覚に秀でていなかった。引きこもりほど酷くはないが、陽キャほど立ち回りも上手くない。やや陰キャ的一般人。現状のアルグシアはそんな塩梅だった。


 ともあれ。

 カロルレンの分割征服が上手く行けば、アルグシアも上京して大学デビューした学生程度には生まれ変わるだろう。

 事実上、メーヴラント北部をベルネシアと分かち合うことになるから、ベルネシアもイストリアも、アルグシアの北洋進出を考慮せざるを得ない。


 問題があるとすれば、アルグシア人自身がその事実を正しく理解しているかどうか怪しい点だろうか。


 彼らは知らない。北洋支配権を侵されたと見做した時、イストリアがどれほど横暴かつ身勝手で凶悪になるか。

 彼らは想像もしていない。外洋経済が生命線となっているベルネシアが、その商売を邪魔されると判断した時、どれほど悪辣で辛辣で冷酷になるか。


 いずれにせよ。それらが問題となるのは、まだ先の話。アルグシア人は目先の戦争に集中していた。

 アルグシアも、この戦争が坂の上に通じていることを、理解していた。


      〇


 アンリ16世の国内統治は民の優遇と貴族の締め付けを旨としていた。王家と民の関係をより密接にし、中間に居る貴族を弱体化させることで、絶対王制の強化を図っている。


 もっとも、絶対王制の強化は大きなリスクを伴う。民と王家の関係が強まるということは、問題が生じた時、民の恨みがダイレクトに王家へ向かうことだ。地球史で言えば、フランス革命やロシア革命の事態を招きかねない。


 スケベだけれど聡明なアンリ16世はそのことをちゃんと把握していた。把握していたうえで、『どーにもできん』と匙を投げていた。


 脊椎損傷状態のクレテア経済を立て直すためには、外国から金を引っ張り、貴族の溜め込んだ金を吐き出させ、その利権を没収して社会に還元するしかない。アホ共は民衆や外洋領土を増税して賄えとほざいているが、国内に増税すれば、大不況と合わさって一揆が避けられない。外洋領土を締め上げる? イストリアの後を追いたいのか?


 今後は本国を固め、外洋を主攻とする。

 アンリ16世の構想はベルネシアの追従に近いが、中堅国ベルネシアが列強の椅子に座っている事実は重い。


「強敵と寸土を巡って争うより、弱敵を蹴散らして広大な土地を得る方がよくよく儲かろう。儲からぬ土地なれば収奪するに留めればよい。それが国益に適う戦争というものだろう?」


 彼は戦争とは政治的手段であり、経済活動に過ぎない。戦場に出たことがないアンリ16世は戦争にロマンなど抱かない。しかし、太陽王を自称した祖父ほど能天気に戦争を扱う気はなかった。


 そもそも、先祖代々に加えて祖父の常識外れな濫費による負債を解消するため、父王が体を壊す程苦心したことを考えれば、軽々に扱えるわけがない。


 幸い、状況は明るい。

 目先で戦争市場が生まれるし、何よりも帝国がティロレ地方から手を引いた。これでコルヴォラント北部の利権を完全に掌握できる。これからは御荷物だった事実上の保護国タウリグニアも役に立つだろう。場合によっては南下してコルヴォラントを食い荒らしても良い。


 ベルネシア人が帝国と何やら揉めていて、狙いがソルニオル領と聞いてすぐにピンときた。あそこを統治しているクズ一族のことを知っていたし、ベルネシア王女が嫁いでいることを把握していたからだ。もちろん、その内情までは知らないが、仮に知っていたとしても、どうでも良いことだった。


 ソルニオルに利権を持てれば、地中海貿易の儲けは大きく膨らむ。カスパー公子に姪を嫁がせるくらいはする。もちろん、姪に何かあれば、武力制裁を惜しまない。自分の感情に正直なアンリ16世は、歳の近い姪っ子が酷い目に遭うことを、決して許容しないのだ。


 ともかく、状況は良好だった。

 東メーヴラントで戦争市場が誕生し、コルヴォラント北部を確保でき、地中海で大きく儲けられる好機を得た。しかも、長年滞っていたレーヌス大河国際貿易も話が大きく進んでいる。


「陛下。外へ進むと言いましたけれど、具体的にはどこを目指すのです?」

 王都ウェルサージュを目指す馬車の中で、マリー・ヨハンナが問う。


 車内にはアンリ16世とマリー・ヨハンナの2人しかいない。これはスケベなアンリ16世が馬車内でもイチャコラしたがるからだ。実際、往路では車内で“一戦”交えており、車外の護衛官や馬車の御者達が心の中で『勘弁してくれ』と嘆いていた。


「ふむ」

 アンリ16世は向かい側に座る幼妻に向かって、膝の上に乗れ、と言うようにぽんぽんと腿を叩く。もちろん、膝の上に乗せて“あれやこれや”をする気である。


 マリー・ヨハンナはぷいっとそっぽを向いた。今日のドレスはお気に入りなのだ。変な皴を作りたくないし、汗や精液で汚したくない。


 袖を振られたアンリ16世は微苦笑し、車窓外を眺めながら言った。

「まず大陸南方だ。現在持つ南方西部、大冥洋沿岸領土から内陸へ拡大する。そのうえで、大陸南方の地中海沿岸へ侵攻する。どちらも列強の手がついていないからな。やり易い。それが終わったら大陸東南方へ向かう」


「東南方? 東方貿易を試みるのですか?」

 小首を傾げるマリー・ヨハンナへ、アンリ16世は首肯を返した。

「西方や北方圏の列強とかち合わない場所というだけだ。伝え聞くに東方蛮族は厄介らしいが、ベルネシアやイストリアより厄介ということはあるまいよ」


「では、コルヴォラントにも手を伸ばさない、と」

「ああ。北部の一部を属国化できれば十分だとは思うが、地中海の権益次第では、教訓を与えてやる必要もあるかもな」


 アンリ16世は知らない。

 大陸東方には、大国クレテアと伍して戦うベルネシア人ですら手を焼く連中が居ることに。大陸南方という蛮地を征服することの厄介さを。日頃内輪揉めばかりしているコルヴォラント人が故郷防衛線に限っては、ベルネシア人以上にしぶといことを。


「そのためには、まずは国家経済の再建を果たさねばな。後の楽しみのための苦労だ。せいぜい頑張るさ」

 若さゆえに多くを知らないアンリ16世は、ハイティーンらしい無責任なまでの前向きさで明るい将来を見ていた。


     〇


 聖冠連合帝国は確とした手応えを感じている。

 不安があるとすれば、ソルニオル問題だが、今回は外交的問題に的を絞らせていただこう。


 最も懸念していたティロレ地方の件にしても、クレテア側は領有権を得る代わりに、最恵待遇を確約した。現地収益を失っても、ティロレを通じた陸運交易はむしろ好調になるだろう。交易収入自体は伸びるはずだ。


 何より重要なのは、クレテアとの融和が大きく前進したことにある。その点では、カスパーの妻に国王の姪を迎える事実は厄介ではあるが、悪くはない。上手く転がせば、不可侵条約すら締結できるかもしれない。


 そうなれば、帝国西部軍を対アルグシアに集中できる。あの鬱陶しい神聖レムス帝国の残骸を叩き潰し、アルグス人の統一国家を成せる。


 聖冠連合帝国の見ている夢。

 帝国版図を東メーヴラントからディビアラント全域まで広げ、かつて存在した東レムス帝国の再来。先の神聖レムス帝国を越える大帝国の復活だ。


 内のクズ共と外のクソ共によって滅んだ憐れで愚かな東レムス帝国。

 最初から最後まで一枚岩にまとまることが出来なかった無残な神聖レムス帝国。

 この無様な両帝国の復活に何の意味が有るのか、と思わないでもないが、聖冠連合帝国にとっては成し遂げたい夢だった。現代地球風に言えば、大アルグス主義的史観と言っても良い。


 もっとも、国の舵取りを担う帝国宰相サージェスドルフは、東レムス帝国の再来にも、神聖レムス帝国の復活にも、まったく興味はなかった。聖冠連合帝国が拡大と伸張を図れば、どうしたって過去の帝国と似たような版図を持たざるを得ないだけだ。


 ――誰も必要としないから滅んだ国を復活させることに、何の意味がある?


 サージェスドルフがあらゆるものを嘲り笑う態度を崩さないのは、愚かしい夢を見続ける祖国のため身を粉にして働く自身に、自虐的なものを抱えているからかもしれない。


 つまるところは、ダメ女に惚れたようなものだろう。バカでアホで業突く張りのダメ女に惚れて惚れて惚れ抜いて、見捨てることも出来ず必死になって尽くしている間抜けな男。傍から見れば、なんと愚かしいことか。本人が自覚的なことが余計に憐れな笑いを誘う。


 それでも、と馬車に乗ったサージェスドルフは復路を進みながら思う。

 バカでアホで業突く張りでも、尽くす価値があるだけマシだ。


      〇


 エンテルハースト宮殿に帰ったカレル3世は早速、宰相ペターゼンと話し合いの場を持っていた。


 カロルレン分割、東部地域の領土問題、レーヌス大河国際協定等々をいろいろ語り合った後、カレル3世は帝国宰相から受け取った書類をペターゼンへ渡した。

 その内容はソルニオルに与したバカ共の名簿、粛清対象者のリストである。


「むろん、裏取りはしますが……相当数に及びますね」

「要職に在り、責任の重い者は生死を問わず、公職追放、爵位剥奪、財産没収、国外追放、もちろん、名誉剥奪も行う。もちろん、クリスティーナの婚姻に関わった連中は全員、この対象にする。法的な問題は?」


 ベルネシアは法治国家だ。王と言えど、いや、王だからこそ法を尊ぶ必要がある。


「嫁いだといえど、クリスティーナ様は法的にベルネシア王族籍を失っておりませんから、外国人による王族への加害行為に従属した、と見做せます。また、ソルニオル側からの利益供与や誘導を汚職と外患誘致として処罰できます。ただ法の不遡及の原則がありますし、ソルニオルを看過することを先王陛下が黙認している、という問題がありますね」


 ペターゼンの回答を聞いたカレル3世は、ふん、と鼻を鳴らし即答した。

「なら、バカ親父も法的に追及する」


 これにはさしものペターゼンも息を呑む。王の責任追及ともなれば、粛清以上の大問題だ。

「―――それは、王家の御稜威が傷つきます」


「構わん。威信は回復できる」

 カレル3世は険しい顔つきのまま大きく息を吐き、

「俺だって親父のことは嫌っていた。それでも、即位して王の重責を実感してからは、親父なりに頑張っていたんだと思うようにしていた。だが、大間違いだった」

 心底、忌々しげに吐き捨てた。

「親父は控えめに言っても、大馬鹿野郎でクソ野郎だ。お袋を苦しめ、妹達を苦しめ、弟達を苦しめ、甥姪を苦しめた。その責任を取らせる。地獄の底に居ようと関係ない」


 ペターゼンは改めて、カレル3世がどれほどこの件に対して憤激しているかを理解し、これ以上の踏み込みを辞めた。どんな人間にも他者が触れてはいけない領域がある。


 密やかに深呼吸した後、ペターゼンは問う。

「粛清は年明けを予定していますが、構いませんか?」


「年内に始末出来ないのか?」

「裏取りの準備期間が足りません。このリストが完全に正しいと素直に信じられませんから。それに、“首狩り人”達の準備もあります」


「分かった。委細は任せる。荒事を採っても構わん」

 冷酷に言い放ち、カレル3世は虚空を睨みながら告げた。

「ドブネズミ共もドブネズミにたかる虫けら共も、叩き潰してやる」


      〇


 誰もが国際会議で得たもの、得られなかったものを斟酌し、これからのことを熟慮している中で、僕達のヴィルミーナが考えていることは全く違った。


 一月に渡る多忙な交渉事に神経を削られていたヴィルミーナは、帰国の途に着いた瞬間、愛情による“癒し”に飢え始めた。一カ月間の完全性的禁欲生活がヴィルミーナの欲求を性欲につなげ、自身の強欲さが高圧ニトロブーストを掛けたようだ。


 品の欠片も無い言い方をするなら……ヴィルミーナはヤリたくて仕方なかった。


 早く帰ってレヴに会いたい。早く帰ってレヴに抱きつきたい。早く帰ってレヴとキスしたい。早く帰ってレヴとセックスしたいっ! ラブラブで濃密なセックスを、レヴと、したいっ!!


 疲れすぎて脳味噌がピンクに染まってますね、これは。


 飛空船の船内でヴィルミーナはあれこれと考える。

 レヴと二人で美味しいもの食べて、美味しいお酒を飲んで、ムードたっぷりな時間を過ごしてから、じっくり愛を営もうか。


 それとも、帰宅したらそのままベッドへ直行して発情期の獣みたいに激しく貪り合おうか。


 あるいは、2人きりで3日くらい小旅行へ行っても良いかもしれない。その3日間、寝室から出ないかもしれないけども。


 まあ、何でもいい。さっさと帰ってレヴとイチャイチャしたいっ!!

 鼻息を荒くし、百面相を始めているヴィルミーナに年若い秘書達が困惑する中、御付き侍女メリーナは察する。

 御嬢様、さては頭の中を性欲でいっぱいにしていますね?


 この時期、メリーナには彼氏が居なかった。帰っても、独りだった。独りだったのだ。

 ……王妹大公様から侍女として御嬢様の身の回りを任されている身としては、不品行をお諫めするのも立派な務め。そう、これはお務め。断じて妬ましいから邪魔してやろう、とは思っていませんよ、御嬢様。

 帰っても独り身なメリーナは、密やかに悪い顔でほくそ笑む。


 で。


 ヴィルミーナが王妹大公屋敷の立派な正面玄関扉をくぐったところで、体が大きくなった愛犬ガブがぶんぶんと尻尾を振りながら疾駆してきた。


「ガブ、ただい゛まぁあああ!?」

 愛犬ガブの抱きつき、いや、体当たりを食らい、令嬢としてありえない悲鳴を上げてすっ転ぶヴィルミーナ。

 愛犬ガブは転倒したヴィルミーナに乗っかり、べろんべろんと顔を舐め回す。クゥンクゥンと甘えた声を上げ、今にも飛んでいきそうなほど尻尾を振り回している。


 愛犬からチョー全力の愛情表現を受けたヴィルミーナは、顔がガブの涎塗れで、着衣が乱れまくり。しまいには「ぅあああぁぁあ……」とゾンビみたいな声を漏らしていた。

「愛されてますねえ」とメリーナはにっこり。


「レヴとイチャイチャしようと思ってたのに……」

 ヴィルミーナはジトっとした目でガブを見据えるも、ガブは尻尾をぶんぶんと振り回し、ハッハッハッと早い息ではしゃいだままだ。


 そこへ、濡れタオルを持ってきた侍女が言った。

「お嬢様。レーヴレヒト様はしばらくお越しになっておりませんよ。今日も来られないと思います」


「――――あ?」

 怖い顔を向けるヴィルミーナに、侍女がビクッと固まった。


「え、と、御嬢様がサンローランへお発ちになった後、軍のお仕事が忙しくなったとかで」

 おずおずと語る侍女の説明を聞きつつ、ヴィルミーナは濡れタオルを受け取って顔を拭う。顔をさっぱりさせながら、レーヴレヒトの事情を理解した。


 そうか。報復作戦に動員されたのね。

 本国におる特殊猟兵は限られとるし、レヴが召集されるのはしゃあないか……ん? 待てよ? 作戦に動員されるっちゅうことは、しばらく会えへんやん。え? それじゃ、この持て余した欲求はどないせえと? どないせえというんやっ!!



 結局、この日、ヴィルミーナは1人で不貞寝した。

 御付き侍女メリーナはにっこり。

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