13:10
お待たせしました。
晩秋の終わり。
紅葉は大地に落ち、常緑樹の青葉もどこか寒々しい。滞在先屋敷の敷地内で見かける鳥や小動物も、今や冬の装いに衣替えしていた。好天の陽気と晩秋の寒気が混じり合い、とても過ごし易い昼下がりを迎えている。
国際会議も終わり間近の午後、ヴィルミーナは滞在先の貴族屋敷の厨房で腕を振るっていた。
ヴィルミーナは御付き侍女メリーナと共にカボチャを蒸かし、潰して濾してから、牛乳とクリームチーズと花蜜と混ぜてパイ生地で包み、オーブンで焼く。
焼き上がったパイをカートに乗せ、中庭へ運んでいく。
中庭では、国王夫妻が穏やかに御茶を嗜んでいた。
「良い香り」と王妃エリザベスが顔を綻ばせる。
「手遊びですから、お口に合うかは分かりませんよ」
「今更の心配だろう」とカレル3世は苦笑い。
2人がヴィルミーナの手料理を食するのは今に始まったことではない。
カレル3世もエリザベスも『王族令嬢が使用人のような真似を』と眉根を寄せた頃もあったが、相伴に与ってからは趣味の範疇として許容している。美味しいものは正義だ。
パイを切り分け、御茶を新たに淹れ直し、三人はアフタヌーンティーを楽しむ。
気楽な談笑をひとしきり交わした後、カレル3世は御茶を口にしてから呟いた。
「帝国宰相は大したものだな。実にタフだった」
「あのセイウチ、しぶとすぎます」
ヴィルミーナは毒づきながら、先の秘密会談のことを思い出す。
※ ※ ※
回答は如何に、と問われたサージェスドルフは熟慮の末に口を開く。
「条件次第で貴国の提案を受け入れよう」
交渉という名の戦が始まった瞬間だった。
サージェスドルフが条件設定を求めてきた内容は次のようになる。
甲)ソルニオル公爵家現当主とバカ息子共、一族衆の処分を“皇帝の御名で”行うことは拒否。あくまで帝国司法制度の下に実施することを要求。
付帯項目:い)
帝国司法制度による処分内容、またはその“結果”に対し、ベルネシア側が素直に従うことの是非。
乙)カスパーの政略婚に伴うソルニオル領の勢力条件。
たとえば、カスパーを傀儡とした場合、正妻を出すクレテアが主となるのか。裏事業を掌握するであろう愛妾を出すヴァンデリックが主となるのか。あるいは、帝国側が統治実務の担う人材を送り込んで良いのか。それとも、ベルネシア側が別途に人を送り込むのか。
丙)この案件とカロルレン分割征服案を別途問題として扱うことの要求。
条件設定の順番を見る限り、国と皇帝に対する忠義が厚い帝国宰相は、ヴィルミーナの弄した“小細工”を見抜いたようだった。
ベルネシアは端からソルニオル公爵とバカ息子達の抹殺だけで済ませる気はなかった。ソルニオル公爵家という“組織”の解体を企図している。
当主とバカ息子共だけでなく、一族と郎党の主要人物も全て殺害ないし無力化する。そのために、ヴィルミーナは皇帝権威を利用しようと考えた。
魔導技術文明世界の近代において、皇帝や王の権威は現代地球の比ではない。
法治体制にあってもなお、皇帝や王の勅命は全てに優先される。それに、他国内での作戦行動が持つリスクも、やはり現代地球の比ではなかった。
だから、法的処罰の履行に『皇帝の御名で』という条件を付けた。
皇帝勅命の処刑が反故にされたなら、
『20余年に渡る侮辱を受けてなお、ベルネシアは帝国と皇帝の約定を信じた。その信義と配慮を足蹴にするような真似をされては、もはや実力を以って雪辱を行う他なし』
と、大手を振ってソルニオル公爵家一統を“殺戮”できる。
だが、サージェスドルフはその条件を拒否した。
すなわち、皇帝権威を以ってしても、ソルニオルの抹殺、駆逐掃討は難しいということだ。
この反応をヴィルミーナは予想していた。ソルニオル公爵家はこの辣腕宰相でさえ始末出来ずにいる巨悪。そのしぶとさはゴキブリかダクトテープ並みだろう。
敵の脅威度を確信できただけでもこの小細工は成功と言えるし、それに、皇帝の勅命を得られないことも、悪くはない。
皇帝権威を以ってしても排除が難しいクズ共をベルネシアの手で始末し、あまつさえ、クズ共の生首をヴィルド・ロナに晒そうものなら、政治的打撃にすらなりえる。
多民族国家の帝国にとって、皇帝権威と帝国の威信に瑕疵が付くことは深刻な意味を持つ。
それに、ベルネシアの手が帝国中枢まで届くことを示せば、カスパーが家督相続後にくだらんことを考える連中に、『カスパーやクリスティーナ達を殺してソルニオルの利権を掌握しても、その権力を味わうほど長生きはできない』とメッセージを示せる。
このヴィルミーナの小細工に気付いた時、サージェスドルフは内心で憎々しげに毒づいた。
――小娘が。陛下をだしに使おうとしよって。
忠臣であるサージェスドルフにとって、帝国の不面目はともかく、皇帝の御名に傷がつくことは絶対に容認できない。
よって、ソルニオルの処分はあくまで帝国司法の責任の下に行わなければならなかった。
それならば、あのドブネズミ共が司直の手を逃れても、帝国司法関係者に詰め腹を切らせられる。
心中に苦いものを抱くサージェスドルフへ、ヴィルミーナは条件を再び提示する。
「皇帝の御名でなく、帝国司法の責任でも構わない。
こちらが求めるのは、現ソルニオル公爵と先妻夫人の子息達、一族郎党の主要な人物の首だ。他の一族郎党にかんしても財産没収の上で、国外追放を要求する。
薄汚い小鬼猿のボス猿共を始末しても代わりが出てきた、では意味がないのでね。もちろん、これらの処罰には恩赦を決して出さないことも公文書で確約してもらう」
狂猛な要求だが、『皇帝の御名』の条件が外されたことで、サージェスドルフの瞳に幾分安堵の色が滲む。余裕を取り戻したセイウチは魔女の提案へケチをつけた。
「一族郎党全ての一律的な重罰と追放はあまりにも形式的過ぎる。罪なき者まで裁くことは、文明人にあるまじき行いだ。よもや生まれたばかりの赤子まで野垂れ死にさせることが正義と考えてはおるまい?」
「その赤子が将来の復讐者に育ち、クリスティーナ様達を害することの方を問題視している。しかし、帝国が責任を持って事の対処に当たるというならば、そちらの求める量刑判断に委ねよう」
あくまで、ヴィルミーナは責任の所在を帝国側に押し付けることに拘った。帝国司直が事をしくじった場合、あるいは条件を反故にされた時、ベルネシアが行動を起こす大義名分とするために。
ヴィルミーナが保険を掛けていることを、サージェスドルフも承知していた。
そのうえで、ヴィルミーナが求める保険――帝国にとって爆弾同然の責任問題を背負わねばならないことも、理解していた。
だからこそ、この爆弾の威力を少しでも弱めるべく、あれやこれやと条件修正を要求し、執拗に抵抗を試みる。
「では、その量刑判断について、擦り合わせを願いたい。後になって不満を垂れられても困るからな」
「もちろんです」
ヴィルミーナは『受けて立ってやる』と聞こえる調子で応じた。
さながら、紙やすりで肉を削り合うような交渉戦が始まった。
酷い神経戦と化した交渉劇は、主演の2人はもちろん、脇役の面々も酷く精神を摩耗させられる。
皇太子レオポルドが堪えかねて「そんな細かいことまで話し合わなくても」と口出しし、
「失礼ながら皇太子殿下。口出しは無用に願います」
「殿下。すっこんでてください」
ヴィルミーナだけでなく身内のサージェスドルフにまで叱責される始末。
「その、皇太子殿下。黙って見守るのも、我々の仕事ですから、あの、気を落とさないでください」
カール大公の気遣いが心に痛い皇太子レオポルドだった。
2人はこの日で交渉にケリをつける気であり、日が暮れても『続きは日を改めて』とはせず、交渉戦を継続。
甲)の交渉にケリをつけた後、そのままカスパーの政略婚を巡る交渉戦へ移行。
レオポルドとカレル3世が揃って『まだ続けるの……?』と顔をくしゃりと歪めたことは内緒だ。
乙)の交渉――カスパーの政略婚の条件交渉は、甲)以上の激戦となった。
交渉はヴィルミーナと帝国宰相が主導権を握っていたが、当事者のカスパーも黙ってはいられなかったし、オブザーバーのエルフリーデも参戦した。
この政略結婚には様々な問題がある。カスパーがクレテアやヴァンデリックの傀儡にされる可能性がとても高かったし、場合によっては暗殺や排除の危険も大きかった。
ゆえに、条件交渉は先ほど以上に細かいものになり、それこそ砂粒一つを巡って争うような不毛な戦いと化した。
それでも、カスパーは口出しを止めなかった。なんせ放っておいたら、正妻のクレテア公爵令嬢と愛妾のヴァンデリック侯弟孫娘、2人の伽の順序や回数まで決められかねない調子だったのだから。流石にそんなことまで他人に決められたくない。
そして、エルフリーデはカスパー以上に激しく口を挟んできた。
エルフリーデにしてみれば、弟を利用されることの怒りもあっただろうし、自分達を散々利用した宰相やヴィルミーナに対する反感も働いただろう。姉として弟を守らなくては、という保護者意識による使命感や義務感も強く作用しているようだった。
このエルフリーデの奮闘振りはカール大公が『エルにこんな一面があったとは』と驚いたほどだ。
「一旦、休憩してなにか腹に入れないか?」
疲れ顔のカレル3世が提案した小休止(本音は明日への持越しだった)を挟みつつ、舌戦は継続される。
こうして、乙)にケリをつけた頃には、レオポルドとカレル3世は舟を漕ぎ始めていた。
が、ヴィルミーナとサージェスドルフはそのまま、丙)の交渉戦を開始。それこそ時計の針が日付をまたぐ頃まで鎬を削り合った。
ようやく交渉がまとまった時、ヴィルミーナもサージェスドルフも疲れ切っていた。
しかし、2人とも書類にまとめた交渉内容を読み込みつつ、ギラついた眼で睨み合う。
「まあ、今日のところはこんなものですかね」
「会議期間が終わる前に調整の場が必要だな」
2人が再戦を約したところへ、皇太子レオポルドがげっそりとした面持ちで言った。
「その調整の場とやらは、卿ら二人だけでやってくれ」
※ ※ ※
「満点とは言えませんが、対ソルニオルの行動条件は整いました。後は国内の掃除ですね。しばらくは対外的に身動きが取れなくなるでしょう。南小大陸、東メーヴラント、地中海。これらで暴風が吹き荒れる時期に外交能力の低下が何を招くか、流石に予想しきれません」
ヴィルミーナはどこか他人事のように告げた。
「立て直しが急務だな」
カレル3世は大きく息を吐き、ヴィルミーナを見据えた。
「ヴィーナ。お前抜きでも財閥は回っているのだろう? ならば、お前は王国府に入り、国政でその才を活かせ」
「嫌です」
ヴィルミーナは即答した。表情筋が絵に描いたような仏頂面を作る。
「国政なんて面倒臭い。私は私のやりたいように好き放題、暴れて遊んで大儲けしたいのです」
「真面目な顔でろくでもないことを抜かすな……」
「そんなことだから方々で黒い羊とか言われるのよ……」
国王夫妻が仲良く眉間を押さえた。
〇
ヴィルミーナと違い、帝国宰相のサージェスドルフは長い戦いをした翌日以降も、予定がぎっちり詰まっていて休めなかった。そもそも歳が歳であり、不摂生な体を持つ彼の場合、少々の睡眠程度では体力の自然回復など望めない。
なので、サージェスドルフは精力剤を口に放り、麦酒で流し込む。
「少しは健康に気を使え。そのうち、心臓が破裂するぞ」
皇太子レオポルドが幾ばくかの気遣いを込めた面持ちで告げた。
「斯様な優しい御言葉を皇太子殿下から賜り、光栄の極みですな」
ぐふふとセイウチのように笑うサージェスドルフ。憎まれ口を叩く顔は疲労が濃い。
「人の善意くらい素直に受け取れ」
相変わらずの毒舌に辟易しつつも、皇太子は続けた。
「しかし、卿は陛下の御名を使っても、ソルニオルを仕留めそこなうと思っていたのか」
「殿下。私はソルニオルの奴を犬のクソにも劣るクズだと思っていますし、その認識を変える気もないですが、奴を侮ったことは一度たりともありません」
サージェスドルフはこれまでもソルニオル潰しを図ってきた。
が、いずれも失敗ないし不発に終わっている。現ソルニオル公爵は少なくとも、犯罪組織のボスとしては破格の有能さを有していた。でなければ、サージェスドルフというずば抜けた頭脳と大権力を持つ男を向こうに回して生き延び続け、自らの権力を維持することなどできない。
「たとえ、皇帝陛下その人であろうと、あのクズを遵法手段で排除することは困難です」
「勅を以って弁明の機会を与えずに処してしまえばどうだ?」
皇太子レオポルドの案に、サージェスドルフは首を横に振る。
「汚れきっていても、帝室血縁の公爵です。斯様に乱暴な手段を用いれば、帝国全諸侯、特に東部諸侯の動揺を誘います。リスクが高すぎる。その絶対条件が奴の持つ根幹的な防御なのですよ」
サージェスドルフは口端を歪め、冷笑気味に言った。
「だからこそ、帝国の理が通じない暴威、ベルネシア人の刃が必要なのです。そして、彼らは必ずソルニオルを潰します。それが、クリスティーナ様一家を守ることにつながりますからね」
「全てが上手くいったとしても、カスパーがソルニオル公爵家を継いだ後の面倒はどう考える?」
皇太子レオポルドが将来の憂慮を問う。
「我らは神ならざる人の身。己の手が届かぬところの出来事を気にしても始まりません」
も、サージェスドルフは神父のような回答を返し、
「ともかく、今回の国際会議は概ね成功です。それぞれが欲しいものを及第点程度には手に入れた。勢力均衡が図れます。後は」
魔王も嫌がりそうな悪党面を浮かべた。
「予定通りにカロルレンが滅んでくれれば、万々歳ですな」
カロルレンの人間が聞いたら憤慨のあまり脳卒中を起こしかねない台詞に、皇太子レオポルドは思わず苦笑いした。
〇
国際会議の開催期間が終わりを迎え、盛大な閉会の宴が催された。
その大宴会の一角で――
「な、なんで」
カスパーが思わず呻く。
「流石にまだ婚約させるわけにはいかんが、顔合わせくらいはしておかんとな」
「まあ、家督相続が上手くいけば、すぐに嫁がせるよって楽しみになされ」
唖然とするカスパーに向き合うクレテア国王アンリ16世の言葉に、大髭ヴィリーが追従する。
ぐふふと笑う小デブ少年王と大髭ジジイの傍らには、それぞれ美しい少女が立っていた。
アンリ16世の隣には次姉の娘であるデルゴーニュ公爵令嬢ウージェニー。12歳。
大髭ヴィリーの隣には孫娘の侯弟家令嬢ユーリア18歳。
本国から“緊急輸送”されてきた少女達が礼儀正しくカーテシーを行う。
呆然としているカスパーの隣に立つエルフリーデが、小姑然とした目つきで2人の美少女を見据え、にっこりと(カール大公が見たら身を震わせそうな)笑みを浮かべた。
「とても素敵な御嬢様方ですね。アンリ16世陛下、ヴァンデリック侯弟閣下。愚弟と共に御令嬢方と歓談させていただいてもよろしいでしょうか」
「えっ!?」
カスパーは目を白黒させた。姉同伴で未来の嫁&愛妾と初顔合わせ。なんて罰ゲームだそれは。
「もちろんだとも」「御随意になされよ」
快諾する少年王と大髭ジジイ。明らかにこの状況を楽しんでいる。どうやら数日前の晩以来、この2人はカスパーを“愉悦”の対象としているらしい。
その様子を遠巻きに見ていた帝国宰相サージェスドルフは腕を組んで唸った。
「あの二人、楽しみ方を分かっているな」
もちろん帝国のセイウチも『愉悦部』である。
一方、ヴィルミーナはクレテア王妃マリー・ヨハンナに絡まれていた。
この日、ヴィルミーナは友禅の布地を用いた華やかな和ドレスを着ており、また東方産の装飾品をつけていたことで、注目を浴びていたからだろう。
マリー・ヨハンナは舐るような目つきでヴィルミーナのドレスを見据えた。
「……そのドレス。少しけばけばしいのではなくて?」
「ベルネシアが東方の文物を入手できることを示しておく必要がありましたので。まあ、今宵の私は歩く商材と言ったところです。けばけばしいくらいで丁度よろしいかと」
しれっと応じるヴィルミーナに、マリー・ヨハンナは『ぐぬぬ』と唸りそうな顔つきになった。
ヴィルミーナはにっこりと微笑み、マリー・ヨハンナへ二歩ほど詰め寄って囁きかける。
「よろしければ、布地か装飾品をお贈りしましょうか」
「え」
いいの? と告げそうになった口を慌てて扇子で隠すマリー・ヨハンナ。可愛い反応するやんけ、一児の母。
「陛下に御愛顧頂けたならば、贈る私も布地や品を手掛けた東方の職人も誉れを賜れます。して、如何します?」
あくまで、マリー・ヨハンナ本人から『欲しい』と言わせようとするヴィルミーナ。どうすんだ? どうすんだ? と目つきで煽る。
マリー・ヨハンナは『ぐぬぬ』と扇子の陰で唸り、最終的に十代らしい素直さを発揮した。
「……頂くわ」
「では、そのように」
ヴィルミーナは『毎度あり』というように恭しく頷いた。
大宴会はこんな調子で暢気な雰囲気に満ちていた。
一月に渡る熾烈な交渉や会議から、過酷な労働環境から、重すぎる職責から解放されることを、外交官や官僚達は大いに喜んでいた。侍従や侍女達も忙しい日々にようやくケリがつくことに胸を撫で下ろしていたし、気の休まる時がなかった警備関係者は安堵の息をこぼしていた。
もっとも、会議の終わりを一番に喜んでいたのは、サンローラン共和国の6家貴族だった。
彼らは会議開催以来、多くの負担に晒されており、
「早く帰ってよぉ。お願い、おねがぁい」「もう疲れたよぉ。終わってよぉ」「早く帰って、どうぞ」「もう耐えられない(お金が)」「もう耐えられない(僕の胃が)」「あばばっばっばばあ」
といった状態だったから、会議の終了を心から、心の底から、熱烈に喜んでいた。
そうして、宴の終わり。国際会議で議長を務めたルクレールがグラスを掲げ、最後の締めを告げた。
「メーヴラントに幸あらんこちょを」
最後の最後で噛むという冴えない挨拶の下、国際会議は幕を閉じた。
〇
国際会議終結後。
大陸西方メーヴラント諸国で『サンローラン協定』が発表され、聖冠連合帝国とアルグシア連邦が共同でカロルレン王国へ通告した。
その内容を簡潔に記すと――
『聖冠連合帝国とアルグシア連邦は神聖レムス帝国の正統後継国として、帝国後継国を僭称するカロルレン王国に旧領全域の速やかな返還を要求し、受諾以外の回答を戦争意志と見做す』
カロルレン側に交渉の余地すら与えない、開戦を前提とした最後通牒。事実上の宣戦布告だった。
後に到来する帝国主義時代ですら、ここまで驕慢な悪意に満ちたものはなかった。
まあ、通告が悪辣か否かは実際のところ、”些事”だ。
重要なことは大陸西方が本格的な炎熱の時代を迎えたことである。
大陸西方の風物詩が訪れる。
戦火の季節だ。




