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お待たせしました。
長くなったので、分割投稿します。
国際会議が始まってから10日ほど過ぎた頃。
大会議室で各国の王達が交渉劇を繰り広げる傍ら、各国の実務代表者達による実際的な交渉劇が行われていた。
聖冠連合帝国宰相サージェスドルフ。
クレテア大蔵大臣カルボーン。
アルグシア連邦議長首席補佐官ピッツハウゼン。
ベルネシア国王勅任特別補佐官ヴィルミーナ。
後世、巨大なセイウチと高利貸しと古狐と魔女が、卓の上でメーヴラントの地図を切り分けている風刺画が描かれた。存外に正鵠を射た表現と言えよう。
会議卓の上に広げられた大きな東メーヴラント地図を見下ろしながら、帝国宰相サージェスドルフが提案を口にする。
「大まかな分割線は地域線でどうだ? メーヴラント側はアルグシア、ベースティアラントとディビアラントの地域は帝国。ヴァンデリックとヒルデンは帝国保護国とする。細かなところは河川などの自然境界、もしくは現在の都市行政区画線で分ける」
提案を聞かされた連邦議長首席補佐官ピッツハウゼンは眉間に深い皴を刻んだ。古狐にたとえられたナリの老人だが、その双眸はぎらぎらと精力に溢れている。
「繰り返しになるが、帝国がヴァンデリック侯国を保護領化する気なら、東西分割ではとても足りない。北東部の権益も渡してもらう」
「欲張るのは勝手だが、北東部はベースティアラント人がかなりいるぞ。異民族の統治が出来るのか? 同じアルグス人同士でも意見統一に手間取っているのに」
「余計なお世話だっ!」
多民族国家の帝国宰相が告げると、外洋領土を持つベルネシア国王勅任特別補佐官は大きく頷き、外洋領土に加えて他地域に属国を持つクレテア大蔵大臣が薄く笑った。
三者の見透かしたような視線に、ピッツハウゼンは忌々しげに舌打ちした。
「ならば、東西分割案を辞めて南北分割案にします? まあ、それはそれで、揉めるでしょうけどね」
2人のやり取りを聞いていたカルボーンが横から口を挟む。身の無い意見は皮肉以外の何物でもない。案の定、ピッツハウゼンが苛立ったように青筋を浮かべる。
泰然と構える古狸と血気盛んな古狐。2匹のやり取りを煽る貉。私の役どころはなんやろ。油揚げを掻っ攫うタイミングを計るトンビとか?
ヴィルミーナは小さく息を吐き、
「我が国としては、北東部と沿岸部の利権を確約してくれないことには、アルグシアの案を支持できません。そちらが公文書で正式に認めるなら、我が国はアルグシア案を容認します。そのうえで」
大きな地図を示しながら新たな提案を挙げる。
「ルシーラ川の線で分割し、カロルレンの王都を両国の共同行政地域にされては?」
地球史欧州の大都市が基本的に大型河川――ライン川、エルベ川、ドナウ川、セーヌ川、ボー川、ヴィスナ川などに沿って存在するように、カロルレンの王都も大型河川のルシーラ川近郊にある。
「共同行政地域は流石に無理だろ」と渋面を浮かべるセイウチ。
「ルシーラ川の線では我々の獲得領域が減るではないか」と吐き捨てる古狐。
検討する素振りぐらい見せーや。
イラっとしつつも、ヴィルミーナは辛抱強く説明を続ける。
「王都を共同行政地域とするのは、カロルレン国産物を地域内で最恵待遇取引をするためです。そうすれば、領土の多寡はともかく域内貿易で両国に旨みが生じる。領土ではなく経済性で判断していただきたい」
「両国が貿易の成功に務める限り、ヴィルミーナ様の案は悪くないですな」
お前らの努力次第だよ、とカルボーンが試すように古狐とセイウチを見据えた。
「むむむ……」
ピッツハウゼンは皴だらけの顔を歪めながら考える。
ルシーラ川の線で分割すれば、地域線で分けるより土地の配分が減ってしまう。しかし、優遇税制などで域内貿易が盛んになれば、寸土に拘らずとも利益は出る。だが、それも結局は聖冠連合を信用するかどうか、という点に尽きる。
むろん、アルグシアと帝国は、アルグス人同士でドンパチする関係だから、信用もへったくれもない。
太い腕を組み、仰々しく溜息を吐いてサージェスドルフがピッツハウゼンへ水を向けた。
「ピッツハウゼン卿。ここらが落としどころではないか? 王都の実効支配権をこちらに譲るなら、北東部の領有を譲歩しても良い。交易の最恵待遇に関しては条約締結時にはっきりと明文化を約束する。どうだ?」
「……王都以南はルシーラ川の線で、以北は地域線で分割する。それと、帝国が王都の実効支配権とヴァンデリックを保護国化するんだ。南東部の資源配当比率を上げろ。それなら提案を呑む」
「分かった。ただし、北東部の資源利権と北洋沿岸部の港湾利権に関しては、ベルネシアの権利を認めることを条約公文書に載せろ」
帝国がベルネシアに持ち掛けた条件をアルグシアも容認することで面目を立てろ、という意味だ。
「上納金をきっちり払い、沿岸部を軍港化しないなら容認する」
あからさまなほど不満顔のピッツハウゼンが、深い青色の瞳をヴィルミーナへ向けた。
ヴィルミーナは小さく首肯し、
「カロルレンに軍港を置く気はありません。しかし、港湾利権を認めていただく以上、警備戦力の展開は許容いただきたい」
「どの程度の戦力だ。よもや要塞や沿岸砲台をこさえまいな?」
眼光を強めるピッツハウゼンへ小さく肩を竦めた。
「貴国が沿岸利権を強引に接収しようとしない限り、そんな物は必要ありません。大災禍のような災害や征服後の叛乱といった有事に備えた戦力です。せいぜいが大隊か増強大隊規模。多くとも連隊を越えることはありません」
「気にするだけ無駄ですよ、ピッツハウゼン卿。ベルネシア軍の展開能力なら、その気になれば、海上戦力と飛空船隊がすぐに駆けつけてくる。言っては何ですけど、貴国は海と空でベルネシアには勝てないでしょ?」
カルボーンが再び横合いから口を挟んだ。狂言回しを気取っているのかもしれない。
「我が国を馬鹿にする気か」
「事実を指摘してるだけです。ウチだって勝てませんでしたから」
ピッツハウゼンに睨まれても、へらへらと笑うカルボーン。が、目は一切笑っていない。
「ともかく、分割征服が成功した場合の大枠は決まった」
カルボーンはにやりと口端を歪める。
「では、分割征服が頓挫した場合についても話し合いますか」
「我が国と帝国で攻め込むんだぞ。敗北などありえない」
何を馬鹿なことを、と鼻で笑うピッツハウゼンへ、カルボーンは小さく肩を竦めた。
「そのありえないことが起きるのが戦というものでしょう? 恥を晒すようでなんですが、我々は20万将兵を投じた末、ベルネシアに敗北した。カロルレンで同じことが起きる可能性は否定できない」
「カロルレンはベルネシアとは違う。飛空船部隊や外洋派遣軍のような強力な戦力はなく、経済や物資を支援する同盟国もいない。それに我々と帝国による二正面戦争に奴らが対応できるわけがない」
ピッツハウゼンの強気な意見に、サージェスドルフも同意の首肯をした。
常識で考えれば、小国が独力で大国を倒すなどまずありえない。
人類史を参照するに、小国が大国に勝利した例は、大国側に不利な要素や重大な失態や失陥が多分にあり、小国側には援助国が存在した場合に限られる。
ましてや、カロルレンはベルネシアのような金満経済大国でもないし、同盟国もいない。しかも、春頃の災害と飛竜襲撃で笑えない有様。これで二正面戦争に勝てたら、カロルレンには神の加護があると言えよう。
それでも、近代の戦争は決戦主義が色濃いため、油断はできない。
あくまで地球史近代の例を取れば、野戦軍主力同士の戦闘と勝敗が決した後の追撃の成否、この2つの条件によって戦争の行方を決定できる。
仮定として、カロルレンがナポレオン並みの内線機動を実施し、決戦で聖冠連合帝国とアルグシア連邦の野戦軍主力を撃破してしまえば、奇跡的な逆転勝利となる。
それに、分割戦争に勝利したとしても、分割後の現地統治にしくじってテロ祭り、ゲリラ祭り、叛乱祭りになった場合、戦争よりも手間と金と人命を費やす羽目になる。
戦争は面倒で、征服統治はさらに面倒なのだ。
ヴィルミーナは悲観的可能性を口にした。
「最終的な勝利は確かに変わらないでしょう。しかし、両国の侵攻軍がカロルレンとの会戦を行い、決定的な敗北を喫したら? あるいは看過しえぬ大損害を被ったら? 計画は大きく狂いますし、修正を余儀なくされます」
カルボーンもヴィルミーナの危惧に同意して意見を加える。
「計画が大きく狂った場合、征服戦争を継続なさるのか。それとも、講和を図って戦争を中止なさるのか。この辺りをはっきりさせておかねば、迂闊に“出資”できません」
「この“出資”が失敗に終わっても弁済しろとは言いませんが、出資分はきっちり仕事をしてもらわねば困ります」
ヴィルミーナの念押しに「功利主義者共め」と悪態を吐くピッツハウゼン。
「しかし、出資者の要請だ。考えないわけにもいかない」
サージェスドルフは楽しげにヴィルミーナを見つめた。
「案が有るならお聞かせ願おう」
「仮に計画通りの一気呵成な分割征服案が頓挫したならば、段階的征服案を採用されては如何か?」
ヴィルミーナは間髪入れずに応じた。
「案の前提として、少なくとも一定の占領地を確保していただきたい。
そのうえで、その占領地の割譲を条件に一時休戦と講和を成立させる。
その後は割譲された地域の住民を慰撫懐柔し、残余地域に調略工作を開始。カロルレン王国内に不和を起こさせ、民心を王国中央から切り離す。
調略した勢力に内乱を起こさせたところで、再侵攻による完全征服。
一気呵成の征服に比べて時間も金も掛かりますが、確実にカロルレンを降せます。戦力回復や情勢変化に合わせ、再侵攻を早めても遅らせても良い。なんなら計画そのものを修正しても構いません。
保険としては悪く無いと思いますが、如何?」
地球史においてロシア・プロイセン・オーストリアによるポーランド分割の手口を披露しつつ、紺碧色の瞳でセイウチと古狐を見据えた。
と、横から狂言回し気取りが口を挟む。
「我が国がベルネシアに攻め込んだ時、似たようなことを考えましたが、上手くいきませんでしたよ?」
ヴィルミーナは鬱陶しげにカルボーンを横目にし、応じる。
「相手があることですから失敗する可能性は常に存在しますよ。しかし、此度に限って言うならば、両国が連携を保って戦う限り、失敗の目は極めて少ない。私の提案が実現する場合、両国のどちらかが、あるいは、両国が揃ってヘマをした場合です。その意味でも、段階的征服ならば、ヘマした分の帳尻合わせがし易いでしょう?」
「小娘のくせ、悪辣なことをよう考える」
ピッツハウゼンは薄気味悪そうにヴィルミーナを一睨みした。
元ネタは私やないけどな。ヴィルミーナが澄まし顔でいると、ピッツハウゼンは首肯した。
「……良いだろう。予備計画としてならば、受け入れよう」
「こちらも予備案としてなら認める」
帝国宰相サージェスドルフは顎の肉を揉みながら、ヴィルミーナを睥睨した。
「だが、その案で進めた場合、ベルネシアが儲けを得るのは先になるがよろしいか?」
「予備案が採択された時点で、両国には我が国との通商拡大ないし関税率の大幅見直しを飲んでもらいますよ。それで出資分は埋められるはずです」
ヴィルミーナは悪役面で口端を吊り上げた。
「予備案が採択される場合。それは両国がカロルレン相手にヘマをした時なのだから、“融資”の取り立ては当然の権利でしょう? それともまさか、本当にロハで援助が受けられるなどと甘いことを考えておられませんよね?」
悪徳高利貸しのような笑みを湛えるヴィルミーナに、サージェスドルフは一瞬、呆気にとられた後、贅肉を揺らして大笑いした。
「これは一本取られたな。ピッツハウゼン卿。ベルネシア資本に国内経済を荒らされたくなければ、上手くやらんといかんようだ」
「ぐ、む……承知した」と苦虫を嚙み潰したような顔のピッツハウゼン。
「大枠はこんなもんですかね」
カルボーンは椅子の背もたれに体を預け、ふさふさした髪を掻き上げる。
「後は諸々の細かいところを詰めて、“副題”の話し合いですな」
この国際会議の主題はカロルレン王国の切り分け。副題は会議参加国同士が抱える個々の問題の解決だ。
例えば、帝国とアルグシアが頻繁にドンパチをやらかすザモツィア地方の領有権問題とか、ベルネシア資本に食い荒らされているクレテア経済の条約条項見直し要求とか。
他にも、戦禍に巻きこまれることが避けられないヴァンデリック侯国なんかは、生き残りのために必死で方々に交渉を持ち掛けている。
一見、物見遊山気取りのイストリアも、持ち前の情報収集能力を発揮してあれこれと各国の動きなどを探り、今後の国家戦略に活かそうとしていた。
そして、ベルネシアは帝国に対し、クリスティーナ王女の件できっちり話し合う必要があった。
ある意味では、カロルレン分割などよりもずっと重大な案件である。
「まあ、今日のところは大枠合意で充分だろう。それにいざ“上役”に報告したら、やっぱりダメでした、というオチもないとは言い切れん」
サージェスドルフの意見に、全員が微苦笑した。




