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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代
15/336

2:4

大陸共通暦1760年:ベルネシア王国暦243年:盛夏。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国北部:王都オーステルガム。

―――――

 ヴィルミーナもレーヴレヒトも、ゼーロウ男爵家もベルネシア王国府も、皆、此度の襲撃が『ゴブリンファイバー』絡みの陰謀事件だと思っていた。


 ところが、その実情はもっと下世話でもっと愚劣でもっとしょーもなかった。

 捕らえられた賊を王立憲兵隊が尋問した結果(この時代の尋問とは、拷問も含まれる)、いくつかの名前が挙がり、その者達を捕えてこれまた尋問したところ……


「……嘘だろ?」

 捜査に当たっていた王立憲兵隊の将校(捜査官)は、集められた情報を整理して導き出した仮説に絶句した。

「嘘だろ?」

 もう一度、呻くように呟いた。


 ウソだと信じたい。この事件では五人も人死にが出ている。

 五人も死人が出たのだから、相応の動機と理由と事情があって欲しい。そう願ってしまうが、捜査官の願いは空しく、仮説はどうにも『当たり』くさかった。

 この仮説が真実だとしたら、関係者は怒り狂うだろうな……


 捜査官は思わず無言で目を覆う。

 裏取り捜査するのが今から恐ろしかった。


                    〇


 事件から数日後、王立憲兵隊は関係者を王立憲兵総監部へ招き、捜査報告を行なった。

 通常はこんな措置は取られない。しかし、王妹大公家と昵懇の貴族子弟が襲われたという事情から、こうした場が設けられたのだが……


「――は?」

 捜査官から一通りの説明が終わった後、ヴィルミーナは大公令嬢として、美少女として許されないレベルの憤懣顔を浮かべた。今日も今日とて顏芸が冴えている。


 レーヴレヒトはヴィルミーナを横目に一瞥し、『この世にこいつほど表情豊かな令嬢が他にいるのだろうか』と韜晦気味に思う。


 説明を聞き終え、ヴィルミーナの隣に座るユーフェリアは笑うべきか怒るべきか選び難く悩んでいた。

 同席していたゼーロウ男爵と嫡男アルブレヒトは怒りを通り越して呆れている。

 事情を説明した憲兵少佐もまた、苦い顔をしていた。


 事の真実は実に、実に馬鹿馬鹿しい話だった。

 大陸西方メーヴラントは、大クレテア王国と聖冠連合帝国という2大国を頭に、アルグシア連邦とベルネシア王国とカロルレン王国の3中堅国家が続く。それから、長き戦乱の末に生じた、いくつかの小国が存在していた(征服しても損益しか出ないような地域。あるいは、緩衝地帯として政治的に見逃された地域だ)。


 さて、ベルネシア王国の南西端。大クレテア王国との間に、楔のように食い込んだ小さな国があった。国土面積が日本で言うところの埼玉県の半分ほどしかないこの国は、フルツレーテン公国という。


 このフルツレーテン公国は重要な役どころを担っている。

 ベルネシアとクレテアは敵対関係のため、貿易していても互いに呆れるほど高額な関税をかけていた。が、両国の商人達はフルツレーテンを通じて迂回貿易を行なっていた。

 すなわち、両国は物品をフルツレーテンへ卸し、『フルツレーテンの品』として取引していた。

 そして、両国はこの裏口貿易を黙認している。だって、色々都合が良いし。

 両国の裏口貿易の市場となったフルツレーテン公国は、小国ながら非常に栄えていた。

 

 長い前置きをしたが、本題はこのフルツレーテン公国の公弟である。

 齢46になるこのフルツレーテン公弟。海外貿易を通じて地球で言うところの白人、黒人、黄色人種、北アフリカ系、中央アジア系、インド系、南米系等々の異人種異民族の美しい少女奴隷達を集め、日がな乱交荒淫に興じている。この時代の価値観でも『ドクズ』と評するしかない手合いだった。


 フルツレーテン公王室がこのドクズを粛清しない理由は、このドクズが母である公太后の寵愛を受けており、現公王がマザコンで母を哀しませたくないという極めて私的な理由で見逃しているのだった。

 で、このドクズはベルネシアへ表敬訪問した折、ヴィルミーナを見初めていたという。

 その時、ヴィルミーナの歳は6歳。フルツレーテン公弟40歳。

 どこに出しても恥ずかしい変態である。


「気持ち悪い……っ!」

 ヴィルミーナが心底忌々しげに唾棄した。

 妥当な感想である。一度会ったきりの40も年上の男に懸想されて喜ぶほど、ヴィルミーナは脳味噌が沸いてない。そもそも、前世において源氏物語を『世界最古のペドフィリア小説』とこき下ろし、古典教師を憤慨させた女だ。


「これ、本当なの?」

 ユーフェリアが念押しするように憲兵少佐へ尋ねた。

「フルツレーテンの公弟の悪癖は聞いたことがあるけれど、アレがヴィーナに懸想しているなんて話、初めて聞いたわ」


「はい、殿下。我々の捜査に落ち度が無い限りは、ただいまご説明したことが全てです」

 ベンハーに出演していた頃のチャールトン・ヘストンに似た憲兵少佐は重々しく頷いた。

「王国府外交部に確認したところ、フルツレーテン側から幾度か大公令嬢様へ縁談が持ち込まれておりました」


「私の耳に届かなかった理由は?」

「外務省が相手にしていなかったからです。フルツレーテン公からも『愚弟の戯言は聞き流してほしい』と連絡があったらしく。王国府の方も不快な話が殿下に届かぬよう配慮していたようです」

「珍しく気を使ったわけね」とユーフェリアは嫌悪感を込めて「その結果、私と娘の傍に脅威が迫っていたことが分からなかった、と。嗤えるわね」

 機嫌を劇的に悪化させたユーフェリアに男衆が顔を強張らせる。


 そんな中、

「しかし、分からないな。ヴィーナ様に岡惚れしている奴が、なんで俺を狙うんだ? ヴィーナ様の誘拐を企むならまだしも、なぜ俺?」

 レーヴレヒトが他人事のように小首を傾げる。


「は。どうも、件の公弟はもともと大公令嬢様と男爵御次男様の仲を邪推していたようで、御次男様の王都訪問を婚約申し込みか何かと勘ぐったそうです」

 憲兵少佐は嘆息混じりに言った。

「嫉妬も多分に含まれていますが、御次男様を害し、傷心の大公令嬢様をお慰めして歓心を買う。そういう計画だったとか」


 いわゆるマッチポンプ。単純で古典的な手法だが、効果があるからこそ古典と評されるほど長く“愛用”されている。とはいえ、40を半ば過ぎた男、しかも小国とはいえ王族の行動にしては稚拙で幼稚で分別が無さすぎる。


「面白い」と命を狙われた当人のゼーロウ弟が楽しそうに笑う。「こんな話、完全に想像の外だった。世の中は広いな」

 レーヴレヒトの父と兄が『こいつは本当に』と揃って目を覆う。


「面白くなんかない……っ!」

 ヴィルミーナが絞り出したように吐き捨て、

「気持ち悪い変態に見初められていた挙句、その変態に大事な友達を殺されかけたのよっ! 面白いことなんて何もないっ!」

 思わず腰を上げて怒鳴り飛ばした。40男が13の娘に本気で懸想しているという事実に、蕁麻疹が湧きそうなほど壮烈な不快感を覚えていた。あまつ、大事な友人を殺し、そこに付け込んでモノにしようというキ〇ガイ発想には怒髪衝天モノだった。


「ヴィーナ。落ち着きなさい」

 ユーフェリアが静かに告げた。

「でも、お母様っ!」

「ヴィーナ」とユーフェリアが少しばかり語気を強めた。


 ぐぎぎぎ、と令嬢にあるまじき唸り声をこぼしながら、ヴィルミーナが腰を下ろす。憤懣やるかたない、という見本みたいな顔つきだった。


「捜査官殿。王立憲兵隊の捜査を疑う訳ではないのですが」

 レーヴレヒトが前置きして尋ねる。

「この変態公弟がどこかのアホにそそのかされて動いた、という線はありませんか?」


「可能性は否定できません。しかし、我々に手繰ることが出来たのはここまでです。そして、大変心苦しいのですが、王国府は此度の一件を外交カードとして用いるようで、フルツレーテン公弟に公的な制裁を追求することはないかと」

「だろうな」とゼーロウ男爵が嘆息をこぼす。「公表してアホ公弟の処分を求めるより、隠蔽してフルツレーテンに貸しを作る方が利得になる」


「納得できないっ!」

ヴィルミーナは再び盛大に怒気を発する。

 今回の事件は重要な事実を明らかにしている。変態のドクズがこちらの動向を監視下に置いているということだ。でなければ、移動中のレーヴレヒトをピンポイントに襲うことなど出来ない。


 気に入らへん。不愉快や。猛烈に不愉快や。私の友達を狙ったことも我慢ならへんけど、私の傍に、お母様や家人の傍にドブネズミが潜んどって、様子を覗いとったちゅうんが耐え難いほどに我慢ならへんっ!


「私も許しがたいわ。けれど、貴方達の努力に免じて大っぴらに動くことはしない」

 ユーフェリアは憲兵少佐に告げ、続いて、ゼーロウ男爵家の面々へ言った。

「ゼーロウ卿。申し訳ないけれど耐え忍んでいただけるかしら」


「は。事は外交問題ですからな。やむを得ません。良いな、レーヴレヒト」

「元より気にしてません」

 父ゼーロウ男爵へ首肯しつつ、レーヴレヒトは薄く微笑む。

「これは純粋に好奇心からなのですが……合法な手段でささやかな意趣返しを図るのは構わないのですか?」


 ヴィルミーナとユーフェリアが『我が意を得たり』とにんまり笑い、ゼーロウ男爵とアルブレヒトが再び目を覆う。


 憲兵少佐は一瞬、絶句した後、小さく微笑んだ。

「合法なことならば、王立憲兵隊に掣肘することは出来ません。なにせ合法なのですから。ただ私見を申し上げるなら、王国府の顔を潰さない方がよろしいでしょうな」

 事を起こす時は王国府の了承を取り付けろ、というわけだ。


 ヴィルミーナは眉目を吊り上げ、気炎を吐いた。

「目にもの見せてくれる」

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