13:2
遅くなりました。
春の気配が完全に消え失せ、季節は夏を迎えていた。
プロン造山帯の水系もようやく落ち着きを取り戻した。もっとも、マキラ大沼沢地は春の水害の影響が色濃く、例年のような緑あふれる美しい湿地帯は見られない。雑草が繁茂する泥濘や長い冠水で腐り朽ちた草木があるだけだ。
この時期、ノエミ・オルコフ女男爵は極めて多忙だった。ラランツェリン子爵領とペンデルスキー男爵領へ頻繁に赴いて連絡と会議を行い、王国中央や各領、各団体と積極的に交渉を持っている。
多忙なノエミの傍に小太りの外国人が付き従っていた。
この人畜無害そうな顔の青年は腰の低い穏和な姿勢とは裏腹に、交渉事や会議などで剛腕ぶりを発揮し、『遠征軍団』の出資者と賛同者を搔き集め、彼らを通じて方々に根回しを行い、王国中央に民間主導のマキシュトク奪還作戦を飲ませた。
『オルコフ家のお抱え外国人』はオルコフ女男爵領の復興でも辣腕を振るっていた。
足りない金は長期返済計画を組んで領内商人や団体から引っ張り、公共事業として『遠征』のために街道整備と領内再建を行う。要路沿い以外の町村は全て後回し。
もちろん反対も反発も強かったが、ドランは容赦なく言い放った。
「今は一日でも早くマキシュトクの奪還を目指して、産業を蘇生させるしかありません。産業を蘇生させ、稼いだ金で立て直していくしかない。優先順位を付けて一つ一つやっていくしかないんです」
自転車操業すらままならないのだ。まずは自転車をこぎ出せる状況に持ち込むことを目指さなくてはならない。
壊滅状態のペンデルスキー男爵領などは、難民キャンプからの冒険者や難民を受け入れてようやっと復興活動が行える有様だった。
ラランツェリン子爵領は当主や一族一門の男子を数多く失っており、子爵家の男子は亡き当主ヴィルヘルムの嫡孫(5歳と3歳)しかいない状態だった。
やはり、というか、ドランは両家の顧問に就き、まとめて復興事業を預かることになった。
今やオルコフ家が特別税制領の筆頭格となり、ノエミは特別税制領の代表となり、ドランはその管理責任者となっている。
外国人とか平民とか若造とか、そういう事情から『なんだ、あの野郎』と不満を覚えている者は少なくなかった。
では、ドランの立場に代わりたい奴がいるか、というとそんな奴は誰1人としていなかった。反発や反対をする者達もドランに成り代わろうとはしなかった。なんせ苦労と責任ばかりの立場で、方々から恨まれる。代わりたいわけがない。
もちろん、評価する者達もいた。
ノエミの母であるオルコフ男爵夫人や、夫や息子達を亡くしたラランツェリン子爵婦人などは『一族の誰かに婿取りするか、愛人として傍に囲っておくべき』と考えていたし、冒険者組合は本気でドランの取り込みを計画していた。
それくらい、ドランは剛腕辣腕を振るい、誰よりも熱心に働いていた。
ある日のこと。
「なぜそこまで全力でやってくれるんだ?」
ノエミが不思議になって尋ねると、ドランはにやりと笑う。
「僕が将来、金貨のプールで泳ぐために、今回の仕事は成功させねばならないのです」
「……金貨のプール? なんだ、その悪趣味な夢は」
ドン引きのノエミに、ドランは怪訝そうに言った。
「え? 金貨のプールですよ? 泳ぎたいでしょう?」
「その、分かりますよね、と言いたげな顔をやめろ。あたしは金貨のプールなんて全然興味ないぞ」
『そんなバカな』と驚愕するドランに、ノエミは野武士のような高笑いを上げた。
どこか得体のしれない向きのあったドランに対し、ノエミは初めて『こいつは悪い奴じゃないな』と心から安心することが出来た。
この頭の悪いやり取り以降、ノエミとドランは親しくなっていった。少女漫画雑誌の編集者が見たなら『ボツ』と蹴り飛ばすような触れ合いを機に、2人は親密になっていく。
夏の盛りが過ぎた頃には、ノエミは滅多に着ないドレス姿をドランへ見せるようになっていた。あらあら、うふふふ。
さて、予定外に親しくなった二人だが、予定外は他にもあった。
“計画”である。
当初の予定では、マキシュトク奪還遠征は冬季。寒波の到来によって湿地が凍結する時期を選んでいた。しかし、難民の冒険者達や各種産業の想像を超える窮状が“計画”の前倒しを要求し、実現せざるを得なくなっていた。
このため、ドランとノエミは計画の修正に奔走していた。スポンサー様の御意向には逆らえないし、生活が懸かっているのだ。背に腹は代えられぬ。必要性は全てに優先される。
そして、ヴィルミーナが予測していた市民革命の可能性は、実のところ、カロルレン王国中央の一部でしっかり危惧されていた。
啓蒙主義の傾向にある者ほど、問題性を認識していた。
民は大災禍と大飛竜への対処に強い不満を抱いている。壊滅的被害を被った北東部などは御上へ敵意と反感を隠そうともしない。そんな彼らが国に頼らず、自らの力でマキシュトクを奪還し、復興再建させたなら、彼らはこう思わないだろうか。
王など要らない、貴族など要らない、現在の体制など必要しない、と。
もしも、彼らが乱を起こしたなら、それはこれまでのどんな叛乱よりも恐ろしいことになるに違いない。
この危惧はきちんと王国中央の高官達や重臣達、果ては王にも上申された。が、彼らは上申を聞き入れなかった。仮に北東部の連中が乱を起こしても、叩き潰せばいい。食う物もろくにない北東部の叛乱などたちどころに制圧できるだろう、と。
王国首脳部のあまりに暢気な姿勢に失望を抱いた者は少なくなかった。
一方で、なればこそ自分が気張って国を支えねば、と使命感を強くする者も、また少なくなかった。
愛国の至誠が報われるとは限らないのだが……
〇
聖冠連合帝国の大番頭、宰相サージェスドルフはセイウチみたいな肥満体のオヤジだ。そのうえ、口が悪い。皇帝その人を相手にしても毒舌や軽口を吐く。不敬罪に問われぬことが不思議なくらいだ。
事実、皇帝も皇妃も皇太子も彼の人となりを嫌悪していたが、同時にその有能さを強く理解していた。多民族多文化国家である聖冠連合帝国を切り盛りする宰相職は、無能者には勤まらない。
そんなサージェスドルフは御前会議で堂々と言い放つ。
「カロルレンなんてメーヴラントのド辺境は要らん。我々には地中海があり、外洋領土を得ずとも中央域や南方との交易で事足りる。北洋へ到達し、イストリアと事を構える? 論外だ。外洋領土獲得競争へ今更乗り出す? それには何年かかる? いくらかかる?」
悪罵に似た意見開陳に誰もが、皇帝や皇太子すら辟易顔を浮かべた。例外は前哨拠点から呼び戻されたカール大公くらいだろうか。一人微苦笑を湛えている。
夏を迎えた帝都ヴィルド・ロナはからりとした暑さに見舞われている。皇帝陛下御臨席のためか、大会議室の隅には冷却用に魔導術でこさえられた氷像が飾られ、部屋を程よく冷やしている。
それでも、人一倍体脂肪が多いサージェスドルフは頻繁に汗を拭っていたが。
サージェスドルフは氷の浮いたグラスを呷ってから、告げた。
「であるからこそ、我々はカロルレンを征服しなくてはならない」
は? 全員の目が点になった。皇帝も皇太子も『このデブ』は何を言ってるんだ? と言いたげな顔をしている。
「アルグシアがカロルレンを完全に征服した場合、その国土はクレテアに匹敵する。そして、単純にメーヴラント内の領土に限った場合、国土比率は我が帝国西部地域より広大となる。何より問題なのは、アルグシアがカロルレン、ヴァンデリックを征服した場合、国境から帝都まで最短で200キロ程度しかないことだ。領土的縦深が不足する」
「騎兵部隊なら最短で一週間の距離です」とカール大公。
法務大臣が唸りつつ、サージェスドルフへ問う。
「卿の見識が正しいとすれば、我が国のカロルレン侵攻はアルグシアとの開戦を誘発するのではないか?」
「ありえる」サージェスドルフは即答し「アルグシアは目の前のパイを奪われんと必死になるだろうからな」
「アルグシアの伸長を防ぐため、カロルレンでアルグシアと戦争するのか。滅茶苦茶だな」
皇太子がバカバカしいと言いたげに吐き捨てた。
「そうですかな? 我が国の国土を荒らさずに安全保障上の問題を片付ける。結構な話でしょう?」
サージェスドルフが煽るように毒を吐く。イラッとした皇太子が眉間に深い皴を刻んだ。
聖冠連合帝国皇太子レオポルドは七三分けに口ひげを生やした40絡みの伊達男だ。
皇太子レオポルドは凡庸な男だったが、身の程を弁えた男であり、有能な人材を感情的に排するようなボンクラでもなかった。
それは父親である皇帝ゲオルグ2世にも言えることで、『有能な奴に任せる』ことが出来る男だった(真のアホタレは仕事を任せることすらできない)。
「サージェスドルフ。西部方面の負担を軽減し、東部へ注力する。そのためにクレテアと婚姻同盟を結んだのだ。ここでカロルレンを征服しては結果として、再び負担を抱えることにならんか?」
「陛下の御指摘通り、カロルレンを征することで西部の負担は再び重くなりましょう。しかしですな、クレテアと婚姻同盟を結んだことは無駄にはなりません。アルグシアが我が国へ攻撃を企てた場合、クレテアを引きずり込めます」
「先のベルネシア戦役で我が国は兵を派遣していない。連中も動かないのではないか?」
「その辺りは我々事務屋のやりよう次第ですな。ティロレ絡みで話を付けられます」
婚姻同盟を結んでいても、聖冠連合帝国とクレテアはコルヴォラント北部ブングルド山脈のティロレ地方を巡って揉めていた。
聖冠連合はブングルド山脈を抜ける大山間街道の利権を確保したい。
クレテアはティロレを押さえて聖冠連合のコルヴォラント進出を防ぎたい。
ティロレの領有を諦める代わりに、大山間街道を通じた貿易条約を結ぶ。それでクレテアとの同盟関係を安全保障協定から軍事同盟へ発展させるのだ。
成功すれば、南メーヴラントを征する大勢力が生じる。
「あるいは」
サージェスドルフはにたりと笑う。まるで地獄の大公爵みたいに。
「カロルレンをメーヴラント諸国総掛かりで滅ぼす、という手もありますな」
再び全員の目が点になる。
このデブ、何言ってんだ?
〇
生命が暴力的に繁茂する夏の原生林。落葉樹も常緑樹も思う存分枝葉を広げ、地表には藪や低木が覆い繁る。林冠は南方の密林ほどの厚みはないものの、森の底を薄暗くするには十分だった。
森の中を進むレーヴレヒトは、濃緑色の山岳帽と野戦服を着こみ、目の粗い偽装布をほっかむりし、頭から首まで覆い包んでいる。胸に巻いた硬皮革製防護ベストは新型のパウチ付きで現代地球風に言えば、プレートキャリアに似ていた。腰の装具ベルトにはパウチと雑嚢等を下げ、背中に背嚢を担いでいる。手に抱えた銃にも偽装布が巻かれていた。
先ほどから降り始めた雨の影響もあって、レーヴレヒトは体も装具も銃も酷く汚れている。レーヴレヒトに続く分隊の面々も似たようなものだった。
個汚い格好で木々の間を無音で進む姿は、森に潜む死霊か悪鬼のようだ。
小一時間ほど森の中を進み、林道の路肩に停まっている馬車を発見した。人影は6つ。御者席に2つ。車輪傍に3つ。馬車の後方3メートル辺りに周辺警戒の1つ。
レーヴレヒトと分隊は退路に背嚢を集め置き、分散展開。藪の底を蛇のように匍匐前進していく。濡れた地面を這う間に泥塗れとなるが、今更気にしない。馬車の右翼へ半円状に展開、攻撃態勢を整える。
そして、鋭く硬い金属的な銃声が森の静寂を切り裂く。
レーヴレヒトは小銃機関部の右脇から伸びる槓桿を掴み、遊底を90度回転させて手前に引く。遊底が後退して薬室が開放された。魔晶炸薬の残渣煙が燻る中、パウチから取り出した紙薬莢弾を薬室に詰め、槓桿を掴んで遊底を押しこみ、薬室を閉鎖。
小銃を構えて発砲。
御者席に据えられた”人形”の頭部に穴が開き、中に詰められていた赤い塗料と籾殻が弾け飛んだ。
ここ数日、レーヴレヒトの分隊は試作小火器の野戦環境下評価試験を行っていた。
具体的には試作された撃針式小銃の評価試験だ。
ヴィルド・ロナ条約締結後、野獣のようにクレテアへ襲い掛かったベルネシア資本の中には軍需産業も含まれていた。彼らは多銃身斉射砲を開発した技術者などを拉致誘拐同然に引き抜き、研究資料を強奪した。そうして開発されたのが、この撃針式小銃だ。
地球では撃針式小銃が先で、多銃身斉射砲が後だった。
魔導技術文明世界で順序が逆転した理由は、財政難のクレテアに撃針式小銃を全将兵へ導入できなかった。限られた調達数で火力を発揮する――そのコンセプトの下、多銃身斉射砲は開発されて導入された。
ベルネシアはクレテア人達の設計した撃針式小銃を一個小隊分ほど製作し、こうして実地試験に投じていた。
レーヴレヒトは3発目を薬室に詰め、遊底を戻そうとしたが、機関部にゴミが入ったらしく遊底が言うことを利かない。身体強化魔導術が利いている状態で強引に遊底を押し込もうとしたら、槓桿が折れた。
レーヴレヒトは密やかに舌打ちする。
「ヤワ過ぎる。これじゃガキの玩具だ」
こんな調子で試作小銃の試験が完了し、汚れ切った4個分隊の面々が軍演習場の管理施設前に集まった。
レーヴレヒトのように銃を破損させた者が4名。泥やゴミなどが機関部内に入り、発砲不良を経験した者16名。遊底の駆動不良を経験した者、全員。
「次弾発砲までの速度は爆栓式よりずっと早い」「作りが複雑すぎて汚れに弱い」「ヤワ過ぎる。もっと頑丈に作って欲しい」「なんか爆栓式より反動が強くて扱いにくい」「いい加減、紙薬莢式に代わる弾薬作ってくれ」「この銃で戦場に行けって言うなら、除隊届を出すぜ」
つまり――機関部は諸々改善改良しないと駄目、新式銃を導入するなら弾薬も新しくしてくれ、と。ダメですね、これは。
というわけで、ベルネシアの新型小銃開発はつまずいていた。
評価試験を終えた幾日かの後。
夏の深夜。レーヴレヒトはヴィルミーナと睦み合いを終え、ヴィルミーナの薄茶色の髪を優しく撫でながら寝物語に評価試験のことを語る。
情交後の気怠い陶酔感と甘い疲労感、髪を優しく梳かれる快さ。寝落ち寸前のヴィルミーナは半ば無意識に告げる。
「真鍮か鉄で薬莢を作れば良い……あ、気密性が強くなって腔内圧力と初速が高まるから、弾頭口径は今より小さくしないと駄目。弾頭に被筒処理も要る。そうすれば」
「そうすれば?」
ヴィルミーナは答えない。すうすうと穏やかな寝息を立てていた。
レーヴレヒトは微苦笑し、ヴィルミーナの頭にキスして『お休み』と告げる。夜闇越しに天井を見つめながら考えた。
以前、ヴィルミーナは兵器開発のネタも持っていると告げた(9:1参照)。同時に、諸々の資源やより高度な技術、技師や学者も必要だと。
しかし、転炉の実用化以降、ベルネシアの冶金技術は日進月歩で発展しており、鉄の生産量は飛躍的に増加していた。工作機械や部品の精度、品質、性能は白獅子製の物が図抜けている。技術者はクレテアから手に入った。
レーヴレヒトは寝息を立てるヴィルミーナの髪を撫でながら、思う。
新兵器。造れるんじゃないか?
〇
ヴィルミーナ自身は全く覚えがないが、レーヴレヒトへ兵器開発のネタ出しをしたらしい。
いつそんなことしたんやろか……ま、ええわ。ウチで作るわけでもないし。
と思っていたら……
「ヴィルミーナ様。ウチの銃器製造部門、買いませんか?」
付き合いのある軍需企業のお偉いさんが、野菜でも売るようなノリで事業売却を持ち掛けてきた。
このお偉いさんの会社は銃器製造事業を手掛ける軍需企業だが、金持ちの例に漏れず、他にも事業を手掛けていて、近年はもっぱら“副業”の方が儲かるらしい。まして、今は軍縮傾向が強い戦後不況真っ最中。採算の取れない銃器製造事業は悩みの種だろう。
とはいえ、軍需事業の利権もしがらみもデカい。実際に手放すとなれば、ただ事ではない。
「実は引退して社を息子へ相続させようと思いましてね」
お偉いさんは禿頭を撫で上げながら、仏頂面を浮かべた。
「それで、ですな。息子の奴が不採算事業の銃器製造部門を閉めたいと抜かしよるんですわ。アレは御国への貢献と軍とのコネのために必要だと言っておるんですが、息子の奴は大陸南方で鉱山事業をやりたいようで、銃器製造事業を切り捨てて身軽にしたいんだそうです」
あー、資源ビジネスか。金も掛かるけれど、当たればデカい。転炉の実用化で製鉄の効率と生産量が増加しとるし、鉱石の需要もガンガン増えていくやろうしな。私も早く資源ビジネスに手を付けたいわ……
ヴィルミーナは密やかに鼻息をつき、やや渋い顔で言った。
「お話は分かりました。しかし、そういうお話は兵器開発事業を手掛けていらっしゃる同業他社にお声をかけては?」
「いや、失礼ながら真っ先に声を掛けました。でも、断られたんですわ」
お偉いさんは再び禿頭を撫でながらぼやく。
「断られた? なぜです?」
「国防絡みですんで、ここだけに」
訝るヴィルミーナへ前置きしたうえで、お偉いさんは答えた。
「軍は新型小銃の開発に手を付けております。従来の発射機構と全く違い、しかも弾薬まで新開発するそうで。となると、銃の製造ラインは全て更新せにゃならんでしょう」
「なるほど。今、御社の銃器製造部門を買い取ってしまうと、ラインの更新費用が跳ね上がりますね」
創作物ではちゃかぽこ量産される新兵器だが、実際には踏まえる段階は多い。新兵器の量産に必要な工作機械の導入。原料や人手のマネジメント。労働者の練度問題。品質だって最初から万全とは限らない(初回生産ロットは問題が多いことは通り相場だ)。諸々を更新する初期投資額はバカにならない。
「ええ。それで買い手がつかず、いっそ売らずに閉めてしまおうかと思ったんですが、今度は軍から待ったがかかりましてな。新型銃の開発が完了するまでは国防の観点から製造部門を維持して欲しいと」
「あー……まあ、そう来るでしょうね。国有化の申し出はなさったのかしら?」
「戦後不況と軍の立て直しで金がないと断られました」
苦々しい面持ちで吐き捨てるお偉いさん。
気持ちは分かる。御上はいつだって手前勝手な戯言をほざきよんねん。国会答弁のネタ帳でも書いてろボケ、と言いたくなることが何度あったことか……。
でも。
「お話は分かりました。しかし、流石に私の一存で即決はしかねます。軍とも相談したいし、社内で検討したい。いかがです?」
「構いません。少なくとも秋までは待ちましょう」
「ありがとうございます」とヴィルミーナは一礼して話を終えた。
――でも、この話は“無い”。
ただでさえ武力(PMC)を持とうとしとんねん。武器弾薬の自弁能力まで揃えたら絶対に不味いやろ。その辺の首輪を御上に持たしてやらにゃあ何されるか分からんわ。
……いっそ、そこまでやるか。東インド会社みたいに国政まで牛耳る第二の政府化まで突っ走るのも面白いかもしれへん。
アホらし。命がいくつあっても足りひんわ。
ヴィルミーナは話を断ることに決断した。後はこの“面倒”をどうするか。嫌がらせに反白獅子派の連中へ押し付けても良いが、軍需利権に噛ませるのは鬱陶しい。
さて、どうしたものやら。




