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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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144/336

13:1a

分量が半端になったので、分割してあげます。続きは一時間後です。

 地球史において、近世のベルギーで開発された精製炉は、非常に品質の良い鉄を作り出すことが可能だった。

 が、近世ベルギーで扱っていた鉱石の質が良くなかったため、近世ベルギー産の鉄はあまり目立った評価が残されていない。

 代わりに、ベルギー式精製炉を採用したスウェーデンが、良質なダンネモラ鉱石を用いて高品質なオアグラウンド鉄を生み出した。世に名高いスウェーデン鉄鋼である。


 このように、技術的に正解であっても原料の質が劣ると、高品質な鉄は作れない。冶金技術はまこと『沼』である。


 ちなみに、日本のたたら製鉄やインドのウーツ鋼など、アジアは製鉄史上の異端児が多いらしい。

 製鉄史を読み解く限り、近代産業期を迎える前は東洋の冶金技術の方が高かったようだ。これは欧州各地が鉱物資源地帯ではないことも影響しているだろう。


 ともかく、前世の学生時代にこういう『産業における原料調達の重要性』を学習していたヴィルミーナは、『鉄』へ手を出す際に貿易事業を通じて世界各地の『鉄』や耐熱煉瓦を収集、基礎研究を行わせていた。

 莫大な金の掛かる『鉄』事業は冒険的挑戦など出来ない。中身がババアなヴィルミーナは大胆に挑む時と慎重に臨む時の違いを弁えていた。


 この地味かつ金の掛かる準備のおかげで、白獅子製転炉は大陸西方産の鉄鉱石に適した耐火材を用い、品質の良い鉄鋼を製造可能だった。

 これらの技術情報とノウハウは白獅子の優越性を確保するため、極めて厳重に秘匿しており、技術を公開する気が一切なかった。

『転炉を用いた製鉄所が欲しければ、白獅子に御連絡下さい』


 で――――――


大陸共通暦1769年:ベルネシア王国暦252年:初夏。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。

――――――――

「カロルレンの鉄を?」

 アレックスの報せが届いたその日の午後。

「はい、ヴィーナ様。この騒動を利用し、現地の冶金技術を調査していただけませんか?」

 ヘティは物怖じせずに『陰謀』を提案する。


 先述したように、一口に『鉄』と言っても、原料と製錬過程により品質が大きく異なる。ベルネシア産鉄鋼は動力機関に堪えうる耐熱性と耐圧性を持つに至ったが、ケツに卵の殻を引っ付けたヒヨコ状態。その品質は発展の余地が大きい。


 ゆえに、各国の製鉄技術を搔き集め、品質の発展向上に活かしたい。今回の騒動は国交の乏しいカロルレン王国の冶金技術を獲得する好機。というのが、『鉄』を始めとする資材や素材を担うヘティの考えだった。

 斯様な攻撃的アイデアが出てくるあたり、ヘティもヴィルミーナに調練された雌ライオンの一匹ということだろう。


 産業スパイ的行為をしたい、という要請に対し、ヴィルミーナは即答を避けた。

 たしかに技術は何であれ欲しい。しかし、カロルレンは遠い。何かあっても救出できない。しかも、マルクは宰相令息だ。万が一にも害が及んだら、宰相を敵に回してしまう。それはマズい。


「まずはカロルレンからの人員引き上げを最優先。そのうえで、“商事”を通じて情報収集を行うことを許します。それで良い?」

 ヴィルミーナは理知的に告げた。


「んー……わかりました」

 ヘティはちょっぴり不満そうながらも首肯した。


 反応が気になったヴィルミーナはヘティに問う。

「ひょっとして、『鉄』絡みで問題があるの?」


「問題というほどではありませんが……現状の品質ではいろいろ不足かと」

 ヘティ――ヘンリエッタ・ド・モーラン。

 垂れ気味な双眸の穏和そうな顔立ちをしたこの乙女は、『鉄』を始めとする鋼材や資材の扱いを担うようになってから、技術開発研究所や小街区内の技師や職工、学者などと関わりを深めていた。

 そのため、彼らが目指す構想を実現するには、現状の『鉄』の品質では足りないことをよく知っていて、何かしら解決策は無いものかと頭を捻っていたのだ。

 ヘティさんは『鉄』の沼にハマっているようです。


 ヴィルミーナは少し考え、前世記憶を引っ張り出す。

「素人考えだけれど」予防線を張り「鉄の品質を向上させるには、大雑把に言って三つの方法がある、と私は考える」

「三つですか?」


「ええ。一つは鉄そのものの品質を高める。つまり、鉄に含まれている不純物をもっと除去すること。転炉の性能向上に加えて、精錬をより発展させること。おそらく転炉による精錬だけでは不足だと思う。難しいとは思うけれど、二次的な製錬も要るでしょうね」

「二次精錬」ヘティは目を瞬かせる。

 ただし、この二次製錬技術が発展していく時期は地球史1950年以降、この世界の現状では実現が難しいと思う。


 ヴィルミーナは続けた。

「もう一つは魔鉱合金や青銅のように添加物を加えて合金鋼にすることね。これは添加物の種類や比率の研究が求められるから、別種の苦労と問題が生じるわね」

「合金鋼……」ヘティは考え込む。

 まあ、現状は合金鋼に用いるレアメタルやレアアースの採掘地が見つかってないけども。クロムやニッケル、モリブデン……君達はどこに居るの?


「最後に焼き入れや焼き戻し、メッキ加工のような技術的方法ね。このアプローチを模索しても良いと思う」

 立派な椅子の背もたれに体を預け、ヴィルミーナは言った。


「鉄そのものの品質向上は課題だけれど、鉄以外の素材を利用することも忘れないで。たとえば、切削型工作機械なら、刃の部分を金剛鋼やモンスターの爪牙、骨に頼っても良い」

 乱暴に言えば、この世界には地球に無かったモンスター素材という生物由来の資源がある。鉄で不足する部分はそうしたもので補えばいい。


「分かりました。今のお話を研究所の者達に話してみます」

 ヘティは幾分機嫌を直したらしい。表情が和やかになった。

「ですが、可能ならば“商事”を動かすだけでなく、アレックス達にも調査をさせて下さい。商事とは違ったアプローチが出来るはずですから」


 素直に退かず食いついてくるあたり、これまでの“教育”がちゃんと活かされているようだ。

 ヴィルミーナはくすりと苦笑いし、

「アレックスに相談してみるわ」

 もっとも、と続ける。

「アレックスのことだから、もう2人の首根っこを引っ掴んで帰り支度してるかもね」


「ですね。ありえます」

 ふふっとヘティも苦笑した。


       〇


 ベルネシア本国でヴィルミーナとヘティが苦笑した翌日――

「この2人による御迷惑はお詫びしますが、当社には貴国の復興再建事業に加わる権利も義務もありません。これ以上の御協力はできません」


 朝っぱらから難民キャンプまで赴いたアレックスは、『復興再建委員会』の掘立小屋へ乗り込んでいた。

 当の元凶である2人――オラフ・ドランとマルク・デア・ペターゼンは、アレックスから『一言でも口を開いたら、ただじゃおかない』と釘を刺されていたため、掘立小屋の隅で黙っている。

 ドランの方は『暇潰しがえらい騒ぎになってしまったなあ』と困り顔。マルクの方は『やらかしてしまった』と頭を抱えていた。


「今更協力できませんなんて通るかぃっ!」

「そうじゃぁっ! 地獄の底まで付き合ってもらうぞぃっ!!」

 難民キャンプの――マキシュトクの顔役達は一歩も引かない。小娘なら怒鳴り散らして怯ませてしまえば、と目論んだらしく、もはや屁理屈ですらなく大声を張るだけだ。必死なんです。本当に。


 しかし、アレックスはまったく怯まない。二本足の戦車みたいなヴィルミーナの“侍従長”を務め、側近衆のナンバー2として雌ライオン共を取り仕切り、企業財閥のナンバー2として狐と狸とムジナを向こうに回しているのだ。大声を張られたくらい、屁でもない。


 威嚇が通じないと判断した顔役の一人が手管を変えて挑む。沈鬱な面持ちで頭を深々と垂れた。

「お嬢さん。俺達ゃあ、本当に困ってるんだよ。無理難題を言っているのは分かる。それでもこうして縋り付くしかねェんだ。俺達に手を差し伸べちゃあくれないか」


 情に訴える手段に切り替えたが、アレックスはこんなありきたりな手に引っ掛からない。

「この2人は本国からも貴国からも何の権限も許可も与えられていませんので、皆様の要請に応じることはできません。我が社も認められません。仮にこのまま彼らが貴国で活動した際、貴国の政府や当局と問題が生じた場合、皆様が2人を守ってくださるのですか?」


「それは――」

 顔役達は何も言えない。彼らは封建的序列社会の最弱者――難民なのだ。


「皆様の置かれた苦境はよくわかります。ですが、現実的な問題として、我々には皆様の問題にかかわることはできません」

 アレックスは子犬を蹴り飛ばすような容赦の無さで宣言した。


 ヴィルミーナの側近衆の中でも善性と情に篤いアレックスだが、それでも、ここで仏心を出すことの不味さは充分に理解している。


 カロルレン王国は友好国ではない。それどころか、潜入工作員にヴィルミーナと白獅子を探らせていたのだ。敵性国家の可能性すらある。そんなところに宰相令息と側近衆のドランを置いておけるわけがない。最先端技術の塊たる試験船ユーフェリア号だって、早く帰還させなければ大問題になる。


 本気で脱出することだけを考えれば、夜逃げ同然に逃げ出せば良いだけの話だが、そうせずこうして説得を試みている辺り、アレックスは充分に御人好しなのだ。


 アレックスは幾分、態度を軟化させて言った。

「我々は外国の部外者です。皆様の街、皆様の故郷は皆様が結束して復興、再建をなさるのが筋でしょう。過酷な災害を結束して生き抜いた皆様ならば、我々に頼る必要などないはずです」


 理屈ではアレックスの言が正しい。

 しかし、アレックスは知らない。


 地獄と化していたマキシュトクで人々を奮い立たせていた指導者――代官代理タチアナ・ネルコフが居らず、ノエミ女男爵もいないことを。また、彼らは封建制の色濃い社会で生きている者達であり、顔役達はあくまでそれぞれの集団のまとめ役に過ぎず、指導者ではないし、指導者にもなれない。そうした事情を知らなかった。


 それだけに、外国人で縁故やしがらみのないドランやマルクを必要としている。

 皆がまとまる神輿として。


 本来なら、マキラ大沼沢地は王家直轄領なので、新たな代官が赴任してまとめ上げるのが筋だった。

 しかし、王国中央は大災禍と大飛竜襲撃の後始末に忙殺され、それどころではなかった。あまりのデスマーチ振りに行政能力がパンクしていたのだ。


 そのため、安全な難民キャンプに放り込んで以降、新たな代官を派遣して今後の対策に当たらせる、といった措置が後手後手に回っていた。そこには『雑民共は後回しで良い』という貴族主義の傲慢さも含まれていたが。


 そうした事情を知らないアレックスの正論は、顔役達を酷く傷つけた。

 だが、正論だけに顔役達はただ酷い失望を抱くだけに留めた。彼らは忸怩たる思いを込め、爪が深く食い込むほど固く拳を握りしめる。無理もない。彼らにしてみれば、希望という餌をチラつかせておいて取り上げられたに等しい。


 顔役達の反応に、アレックスも酷い罪悪感を覚えた。お前らの軽率な行いのせいだぞ、とドランとマルクを睨みつける。経験値の薄いマルクは大きく項垂れ、面の皮が厚いドランも流石に良心が咎めたらしい面持ちを浮かべていた。


 そして、両陣営は互いに苦い思いを抱いて別れ――


「マキラの復興再建委員会というのは、ここか?」

 騎乗服姿のノエミ・オルコフ女男爵が掘っ立て小屋の軒先に現れた。さながら、サイコガンを持つ男みたいなタイミングで現れたノエミに、顔役達が沸き立つ。


 ノエミ様っ! オルコフ女男爵様っ! 神は我らを見捨てていなかったっ!!


「な、なんだっ!?」

 予期せぬ大歓迎にノエミは思わず仰け反る。

 騒動に巻き込まれる人が追加されました。


       〇


 ノエミ・オルコフ女男爵は領地に戻って以降、領内の復興再建に奔走し、「うちだけで復興再建なんて無理」と頭を抱えていた。


 なんせ領内の被害は甚大で、各町村集落から多種多様な支援要請と援助要求が山のように届いており、ひっきりなしに陳情が持ち込まれる。大飛竜の素材絡みはまだ現金化されておらず、金が足りない。モノも足りない。人も足りない。どうにもならないっ!


 女蛮族(アマゾネス)の戦士みたいなナリのノエミは、勇猛果敢で啓蒙主義的で貴族らしい矜持を持った人物であるが……ナリ通りに頭を使うのは苦手だった。母や家族や家人や諸々とも相談したが、あっちを立てればそっちが立たず、といった塩梅で差配に四苦八苦している。


 すっかり困り果てたノエミの許に、マキラの人々が移った難民キャンプに『復興再建委員会』が立ち上げられたという話が届いた。それも、王国中央と軍を手玉に取ったドラン殿が音頭取りをしているという。

 ノエミは藁にも縋る思いで難民キャンプへ赴いた。何でも良いから知恵を借りたい。復興再建の取っ掛かりになる希望が欲しい。


 で。


 同性のノエミですら溜息をこぼしてしまった、美しい男装の麗人がじろりとノエミを見据えてくる。

「私はベルネシア王国子爵リンデ家の娘アレクシスと申します。“白獅子”財閥総帥の名代として、この2人を連れ戻しに来ました」


 カーテシーではなく目礼してきたリンデ嬢へ、ノエミは困惑しつつも目礼を返す。

「え、と、カロルレン王国オルコフ男爵家当主、ノエミ・オルコフ女男爵だ。そちらの御二方には直近で世話になった」


「そうでしたか。この2人が御迷惑をお掛けしていなければ幸いです、閣下」

「して、リンデ嬢。これは、いったい……」

「お恥ずかしい限りなのですが」


 リンデ嬢は苦虫を大量に噛み潰した顔で、かくかくしかじかと説明した。

 その説明を聞き終え、ノエミは思わず苦笑いし、掘立小屋の端で大人しくしている野郎2人へ目を向ける。

「深慮遠謀な御二方が斯様な振る舞いをされるとは」

 考えてみれば、2人は自分と同世代の若造だ。なんだか急に親近感が湧く。


「私共は本国へ速やかな帰国を命じられており、貴国の復興再建に関わることはできないのです。大変申し訳なく存じますが」

「いや、外国の方に無理難題を申しているのはこちら。やむなき仕儀でしょう」

 ノエミは頭を下げるリンデ嬢に告げ、顔役達に向き直る。


「皆も聞け。共に血を流して艱難辛苦を生き抜いた者として、また、同じく再建復興に奔走する者として、皆の要望と熱意はよく分かる。しかし、マキラは王家直轄領。その土地へ王の許しもなく外国の方を請じ入れることはできない。場合によっては捕縛されかねないからだ」


 顔役達はがっくりと項垂れてしまう。が、ノエミは言葉を続ける。

「皆の熱意、あたしにも思うところがある。中央へ強く訴え出てみよう」

「ノエミ様が我らの代表を務めていただくことはできませぬか?」と顔役の一人。


「それは難しい。繰り返すが、マキラは王家直轄領だ。あたしが代表になると、まあ、あれこれと問題がある」

 外国人の前で王国の内輪事情を明かすわけにいかず、ノエミは言葉を濁し、強引に話をまとめた。

「ともかく、これ以上は彼らに無茶を言うな」


 古今東西世界が違っても、農民や開拓民、貧民に求められる資質は一つ。『仕方ない』と達観すること。顔役達は気分を変えるべく、一旦、掘立小屋を辞した。


 リンデ嬢達、ノエミとその護衛や侍従達だけが掘っ立て小屋に残る。後味の悪い雰囲気が漂う中、一同は空いた会議卓に着く。


「彼らも必死なんだ。気を悪くしないでもらえれば、ありがたい」

「お気遣い、まことにありがたく」

 リンデ嬢がノエミに再び頭を下げ、横目で野郎2人を睨む。


 まあまあ、とノエミはリンデ嬢をなだめ、思案顔で告げた。

「しかし、参ったな。実はあたしも貴方達に領の再建を相談したかったんだが……」


 リンデ嬢は少し考えこんだ後、横目でドランとマルクを窺い、

「……私はこれから本国へ連絡を付けて、ロー女士爵と移動の段取りをつけてきます。ドラン殿、マルク。オルコフ女男爵様へ粗相のないように」

 一礼して掘立小屋を出ていった。


「あれは、“そういうこと”ですかね?」「場を収めて貰った“礼”といったところでしょうね」

 ドランはマルクとひそひそと話し合い、ついで、ノエミに言った。

「オルコフ女男爵様。御相談に乗らせていただけますか?」


 ドランとマルクがこの時浮かべた表情を地球風に例えるなら――大手商社の営業マンそのものだった。


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