13:0:振り回し、振り回される王国暦252年。
大陸共通暦1769年:ベルネシア王国暦252年:初夏。
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。
――――――――――
“白獅子”の動力機関搭載試験ユーフェリア号が出港していく。
港では見送りに集まった人々が帽子や手を振っている。
竣工完了以来、オーステルガム湾では白獅子製の動力機関搭載試験船ユーフェリア号が試験航行していた。
ユーフェリア号は今やすっかり港の名物船になっていて、港湾公園や港には新技術の塊を一目見ようと見物客が群がっている。商魂たくましい連中が出店や屋台を並べ、歩き売りも現れていた。
その様子を港湾部の某所から眺めていたイストリア人達が、仰々しいほど大きな慨嘆をこぼす。
「もう沿岸航行に出られるのか……」
「本国の奴より凄い……凄くない?」
「あんなの絶対おかしいよ……」
この不景気面なイストリア人達は、在ベルネシア・イストリア大使館の職員達だ。
着任期間の浅い文官が言った。
「白獅子の資料見せて貰えるか?」
「どうぞ」
文官は受け取った資料をめくり、白獅子の組織図を確認する。
※ ※ ※
ヴィルミーナを頂点とする持ち株会社(現状は財閥の各事業を統括管理する商社状態)の下に主要事業が並んでいる。
い:財閥全体の財布として機能する銀行/金融業。
作中にはあまり出てこないが、紛れもなく白獅子の心臓。
その関係で最もヴィルミーナの管理監督が厳しい組織。
ろ:外洋貿易や国内流通に従事する海運物流部門。
自活能力のために船舶と馬車の製造/整備の会社も持っている。
今回の試験船はこの部門の造船会社が関わっていた。たらふく稼いでる部門。
は:ゼネコン事業。
一番大きな事業としては、クレーユベーレ開発に邁進中。
建築からインフラ整備まで何でもござれ。ここも稼ぎが良い。
に:研究開発事業。
現在、最も作中で暴れている部門。
ここの成果物が財閥内各種事業へ供与される。
完全な不採算事業だが、そんなものは最初から期待していない。
ほ:各種製造事業。
研究開発部門と密接なのもこの部門。
研究開発部門の成果物を商品として展開している一方で、繊維工場などもある。
子会社も多く、一部はメルフィナなど財閥外と提携している。
へ:福祉事業。
教育事業もここに含まれる。
もっぱらデルフィネとその旧派閥メンバーが運営している状態。
採算性はかなり低いが、人材確保と社会的影響の価値が高いため、
ここも採算度外視。
と:資源事業と通信事業とメディア事業。
現在準備中です。続報をお待ちください。
麾下特別事業。
A:“白獅子”警備会社。
B:北洋貿易商事。
C:『鉄』絡み。他社との合資会社なので白獅子の事業とは言えない。
D:アイギス猟団。警備会社の出向人員で固められている。
他いくつかあり。
業務提携企業。
いっぱい。
※ ※ ※
「改めて見ると……なんだこれは……たまげるなぁ。こんな大組織を二十歳そこそこの娘っ子が立ち上げて、つつがなく経営しているとか無茶苦茶だ。どこの御伽噺だ」
文官の呆れ顔に回りが笑う。
「組織作りは10代のうちから始めていたらしいぞ」
「そりゃバンカーハイドのオヤジも魔女とか報告書に書いちゃうわな」
「魔女なんて可愛いもんじゃない気がするけどな……」
まるで愚痴るように語り合うお歴々。
「これも見てみろ。たまげるぞ」
文化広報官(実態は諜報員)が書類を差し出し、回し読みさせる。
その内容は“白獅子”製造事業方面の報告書だった。
動力機械の開発の成功に合わせ、ヴィルミーナは『鉄』の高品質化、計測器の高精度化、工作機械の開発生産を進めている。
より高品質な工業用鋼鉄――合金鋼の開発や焼き入れなどの加工処理技術の研究を推進している。
他社よりも一ミリでも高精度で高品質な工作機械――旋盤、ボール、中ぐり、フライスなどの切削加工機械、研削盤に研磨機などの研削加工機械。各種製造機器の生産、ネジクギボルトなどの部品も量産を図っていた。
加えて、マザーマシンの絶え間ない精度向上と性能発展も行われる。
同時に、魔導学者が中心となって魔導具の機械化も研究開発している。
地球史では蒸気機関の発明は電気を原動力とした機械の開発にもつながっていった。
しかし、この世界には連綿と続いてきた魔導技術がある。電気機械にこだわる必要はない。電気の代わりに魔晶でも魔石でも魔素でも使えば良いのだ。
聡明な読者諸兄諸姉なら、ヴィルミーナの企みが分かるだろう。
ヴィルミーナは産業の工場制機械化工業への移行に合わせ、その機械化部分を押さえてしまうつもりだ。
競合組織が出現しなければ、狙い通り、動力機関の分野は白獅子の独占状態になる。それだけではなく、高精度工作機器や精密機器と注文開発製造のシェアも握ることが出来るだろう。
「薄ら恐ろしいな。産業革命を起こしながら、国内産業の首根っこを押さえるつもりか」
呻く文官へ、商工畑の分析官が首を振る。
「それだけじゃすまない。もしも協働商業経済圏と規格共通化が実現すれば、我が国やクレテアの首根っこも押さえられる。何が恐ろしいかと言えば、この戦略は受け手側にも旨味も大きいことだよ。白獅子に与すれば、高精度工作機器や精密機器を容易く導入できるし、製造現場の品質と効率が向上する。敵に回さない限り、不利益が生じない。そして、一度手を握り合ってしまえば、そう簡単に縁切りできなくなる」
分析官の長広舌を聞いた面々は盛大に慨嘆し、口々に語り合う。
「本国がどう捉えるかな。手を組むべきと考えるか、脅威と見做すのか」
「競合する業界の連中はもちろん後者だろう。俺個人としては手を組むべきと考えるが」
「だな。エリザベス様が嫁がれる前とは違う。今のベルネシアとやり合えば、こっちもバカにならない被害を負うぞ」
「しかし、叩くなら今だ」武官が言った。「先の戦役の被害から立て直し中の今なら、なんとかなる」
「短絡的過ぎる。ベルネシア本国を叩けば、南小大陸のベルネシア領土が我々の敵に回るし、大冥洋群島帯の航路を遮断される。両方を押さえるとなると、南方亜大陸に展開している戦力を引き抜かざるを得ない。国家戦略が根っこからひっくり返っちまうよ」
イストリアは大陸南方の亜大陸地域を制しているが、その亜大陸地域北部では現地勢力が未だ粘り強く抵抗を続けていた。亜大陸の完全征服はイストリアが半世紀以上費やしている大事業で、ここを軽んじることはあり得ない。
「そうは言うが、ベルネシアの過度な伸長は好ましくない。頭を押さえておくべきだろう?」
「まあ、それは確かにな……」
何か好き勝手に言ってるが、大国が自分の都合で他国へ干渉することは常だ。
たとえば、アメリカは建国以来一貫して中南米へ干渉し続けている。モンロー主義の最盛期でも、その姿勢は変わらなかった。
大国イストリアにしてみれば、ベルネシアは外洋政策上の『舎弟』であり、大陸西方への橋頭堡だ。万が一にも有害な存在になられては困る。
大陸西方北部諸国が脅威化すれば、北洋支配権の崩壊、ひいては外洋へのシーレーンが遮断されかねない。北洋はイストリアの絶対不可侵領域であり、ここを脅かされることは決して許容できない。
ゆえに、イストリアはベルネシアを重要な同盟国としつつも、常に警戒もしていた。
「味方にするにせよ、敵に回すにせよ、あのお嬢様の傍に人を置きたいな。突飛なことをする前に把握しておきたい」
「側近衆はどうだ? 婚約者のいない“年増”の御令嬢方だろう? 見た目の良い若いのを送りこんで誑し込めないか?」
「余所が同じことをしなかったと思うか? そういうことだ」
「まあ、何か手を考えよう。鈴をつけておくべきなのは事実だ」
イストリア人達は湾外へ出ていくユーフェリア号を見送る。
白い動力機関搭載試験船は青白い煙を吐きながら、波を裂くように進んでいく。
〇
真っ白な試験船ユーフェリア号は波を裂くように進んでいく。
衝角船のように船首上部より船首下部が突き出していることで、バウに似た消波効果を生んでいるようだ。ちなみに、これは衝角ではなく、海棲モンスター除けだったり。
マストに掲げられたベルネシア国旗と白獅子の紋章旗が、パタパタとはためいている。
「機関、駆動、共に順調です。排気も問題ありません」
「よろしい。このまま巡航速度を維持する」
「はい、提督」
部下の返事を聞き、クライフ伯爵家前当主にして海軍退役大将オットー・ヴァン・クライフは小さく微苦笑した。今の自分はいち雇われ船長に過ぎないのだが、船員達は皆、オットーを提督と呼ぶ。
まあ、無理もないかもしれない。オットーの佇まいは海軍将官そのものだから。
ユーフェリア号は順調に沿岸航海を続けているが、機関室では技師や機関員達が油塗れの煤塗れの汗塗れで活動していた。
先述したように(閑話15参照)、ユーフェリア号は船体設計から蒸気タービン機関、スクリュー駆動、全てにおいて無理無茶無謀の塊であるから、技師や船員達は気を休める暇がない。
なお、往路でも復路でも、アルグシア連邦には寄港しない。船倉区画には救出隊用の物資以外に、石炭と整備(修理)用部品や資材、応急措置用の加工機器がたらふく搭載してある。
テレビ番組『はじめてのおつかい』が万全な安全保護対策を施しているように、ユーフェリア号の『おつかい』にも十分な対策がされている。なんせこの航海に合わせて、グリルディⅣ型とレブルディⅢ型のハンター・キラーペアに三等戦列艦一隻が訓練名目で派遣されている。
海軍としても、風と潮に影響されず航行できる船舶の可能性に期待していた。特に、飛空船隊は動力機関の搭載を待望している。水上船舶以上に風の影響を受ける飛空船にとって、動力機関による自由な航行は非常に魅力的だった。
「んー。快調快調。潮風が気持ちいい」
船首甲板上で心良さそうに背筋を伸ばす乙女は、男装の麗人アレクシス・ド・リンデ子爵令嬢だ。
Q:白獅子のナンバー2にして、ヴィルミーナの“侍従長”であるアレックスが、なぜユーフェリア号に乗っているの?
A:エドワード王太子夫妻と第一王女クラリーナがイストリア連合王国へ出発する前日。催された壮行会で、アレックス曰く『ほんとにヤバかった』ということがあったそうな。
今にも闇落ちしそうなアレックスに、男装の発端であるヴィルミーナも心が痛んだようで、『少しの間、王都や仕事から離れさせよう』ということになり、此度のユーフェリア号によるカロルレン行きの白獅子代表者となった。
まあ、やることは簡単だ。
カロルレンまで行って、損傷した空飛ぶ魔狼号を牽引して帰ってくるだけ。
道中の面倒臭いことも、大抵はオットーが引き受けてくれる。気楽で退屈な船旅である。
もっとも、アレックスはヴィルミーナの薫陶が最も著しい大幹部。
海を眺めていることにすぐ飽きてしまい、気づけば、船員達と共にあれこれ作業したり、機関部や駆動系の問題点などをリストアップしたり、さらには航海上の気になる点や不具合など諸々を書き出したり、対策を検討したりし始めた。
これにはオットー達も、アレックス付きの秘書やリンデ家の侍女、護衛達も苦笑い。
付け加えると、アレックスの護衛達は全員が女性で、この仕事に率先して志願した者達だった(宝塚ファンの女性を想像するとよろしい)。
そんなこんなの航海は、順調だった。
技師や船員達が首を傾げるほど機関も駆動系も素直だった。時折、過熱や不完全燃焼を起こしたり、復水器に不調が生じたりしたが、航海に影響を与えるほどではなかった。
アルグシア海軍が遠巻きに様子を窺っていたものの、ハンター・キラーと三等戦列艦が控えているため、近づく素振りも見せなかった。
困難な船旅を予測し、準備をしっかり整えていただけに、彼らはどこか拍子抜けしていた。
だから……運命の女神が彼らの期待に応えることにした。
〇
そろそろ試験船ユーフェリア号がカロルレンへ到着する頃。
ヴィルミーナはレーヴレヒトと待ち合わせて昼食を摂っていた。
港湾部に出来たコルヴォラント料理の富裕層向けレストラン。
2人のテーブルに並ぶ料理は、春野菜とチーズのサラダ。食用花のつぼみの酢漬けとハムの盛り合わせ。キノコのクリームソースパスタ。そして、白身魚のオーブン焼き。
魔導技術文明世界は地球世界と似たような飯は多い。まあ、食材と調理技術が似通っている以上、こさえられる食い物もさほど変わらないのだろう。
母ユーフェリアがコルヴォラントへ嫁いだ関係で、王妹大公家では時折コルヴォラント料理(主にベルモンテ公国料理)などが提供されているから、ヴィルミーナには見慣れたものだった。
レーヴレヒトはパスタをフォークで巻き取って口に運ぶ。
「美味い」
「そうね。当たりの店だったみたい」
ヴィルミーナもにっこりと微笑んで、つぼみの酢漬けをぱくりと食べる。
食事を進めていると、レーヴレヒトが不意に言った。
「試験船は順調に到着したかな?」
「定期連絡では順調にいきすぎて逆に怖いくらいだって」
「それはまた苦笑いを誘う報告だなあ」
フラグを立てる、とも言うけど……これは言っても伝わらんわな。
「何事も無ければ、殿下達の出立後くらいに帰ってくる手筈だけれど……無理して動かしてるような代物だからね。それに、天候次第でも遅れるかな」
「そっか。無事に帰ってこられると良いな」
レーヴレヒトは水を口に運び、少し考えてから続けた。
「これは純粋に興味から聞くんだけれど、あの蒸気船が外洋航行できるようになるまで、どれくらいかかるんだ?」
「私の見立てでは性能と技術の発展向上、運用のノウハウ蓄積とインフラ整備、諸々合わせて10年かそこらは掛かるだろうね」
「10年か。先は長いな」
「まあ、その間に他のことも進めるから、どうなるかはまだ何とも言えないわ」
「他のこと?」
小首を傾げるレーヴレヒトへ、ヴィルミーナはにやりと口端を吊り上げた。
「いろいろやりたいことがあるの」
「悪い顔してるなあ」
レーヴレヒトは楽しげに笑った。
食後の珈琲を迎え、週末の予定について話し合っているところへ、ニーナが姿を見せた。
「ヴィーナ様、レーヴレヒト様。御歓談中、お邪魔して申し訳ありません」
硬い表情と声色から、ヴィルミーナは何かあったのだと察し、最悪のケース――試験船が沈んでアレックスとオットーと船員達が犠牲になった――を脳裏に浮かべつつ、問う。
「何があったの?」
「先ほどアレックスから、無事にカロルレンへ到着したとの連絡がありました」
ニーナの回答に、ヴィルミーナは内心で安堵しつつ、新たな疑問を抱く。
最悪のケースは避けられたか。じゃあなんや? 何が起きたん?
「そのアレックスが言うには、」
ニーナが強張った面持ちで告げた。
「ドラン殿とマルク殿が現地で残留要請を受けており、ひと悶着起きています」
「は?」
ヴィルミーナは目を丸くし、なぜかレーヴレヒトと顔を見合わせ、次いで、ニーナの目をまじまじと見る。ニーナが『間違いないです』と言うように首肯を返してきた。
ヴィルミーナは大きな溜息を吐いた。
「何があったの?」
「アレックスが事実確認をしている最中なのですが」
前置きしてから、ニーナは説明を始める。
「どうも、あの2人が“やらかした”ようです」
〇
話を晩春まで戻そう。
大飛竜と魔狼号の交渉を終えた後、ドランとマルクは暇だった。
現代日本の出張なら仕事が早めに終わったら、予定より早く帰ることが出来るし、その辺を観光とか出来る。
しかし、この時代の移動はとても時間が掛かるし、そう簡単にアシを得られない。
それに、TPO的に観光なんて許される状況でもなかった。
というわけで、ドランとマルクは暇だった。
義援団は帰還船が待機中の港町へ向け、救出隊の残余飛空船によってピストン輸送されていく(情勢的に、大集団の陸路移動は無理だった)。ただし、ドランとマルクは魔狼号と行動を共にするため、魔狼号の応急修理が済み、安全に浮揚可能になるまで待つしかない。
暇だった。とにかく暇だった。
魔狼号の修理作業を手伝おうとしたが、『お偉いさんに怪我でもされちゃ困る』『素人はすっこんでてくれ』と言われ、
「あっちで遊んでな。悪さするんじゃないよ」
仕舞いには、アイリスから子供扱いされてしまう始末。
とはいえ、本当に暇なので、ドランとマルクは難民キャンプ内をプラプラと歩き回り、『自分達ならどうやってこの人達の生活を再建させるか』といったシミュレーションを始めた。
単なる暇潰しだったが『どうせやるなら本格的に』ということで聞き取り調査などを始め、マキシュトクやマキラ大沼沢地、開拓村や狩猟拠点、大沼沢地の産業や交通状況や流通事情、生活などいろいろと情報を集め、ガチンコで再建計画を作り始めた。
繰り返すが、暇潰しである。
が、この暇潰しが難民キャンプ内に留まっていたマキシュトクの顔役などの耳にも入り、『ちょっと話を聞いてみよう』となったことで、風向きが変わった。
現地のお歴々が”暇潰し”に加わったことで、ガチのマキシュトク復興再建の計画委員会が結成されてしまったのだ。
魔狼号の応急修理が行われている仮設作業所の傍に、掘立小屋が建てられて『復興再建計画委員会』という看板まで建つ有様だった。
事態を知ったアイリスは呆れ顔を浮かべる。
「遊んでろといったのに、事業を起こす奴があるかい。応急修理も終わったし、もうここを発つんだよ? 大丈夫なんだろうね?」
「大丈夫です。後のことは委員会の人達に任せますよ」
「僕らは所詮、部外者ですしね。問題ないでしょう」
ドランとマルクは『ははは~』と笑った。
そして、魔狼号の応急修理が完結し、ようやっと沿岸部の港町へ曳航可能になった。
『僕達は行きますので、後は皆さんに任せます。頑張ってくださいね』
『短い間だったけど、良い仕事が出来たよ。またいつか会おう』
という感動的な別れ――はなかった。
「待てぇいっ!! 今抜けるなんて認められっかぃっ! 手ェ付けたんならきっちりやっていけぇいっ!」
「男なら手掛けた仕事に責任もたんかいっ! 絶対に逃がさんぞっ!!」
「私達を見捨てる気なのっ!!」
脱出後も難民キャンプに残っていた顔役達は、マキシュトクへ完全に根を下ろしていた者達だった。親類や係累などを頼って余所の街でやり直し、など考えていない。
それは顔役達だけではない。キャンプに残っている全ての者達も同じこと。
彼らは余所でやり直しなど考えていない。あるいは、その伝手もない。ゆえに、彼らはマキシュトク奪還と復興再建に全てを賭している。
また、ドランとマルクに抜けられては困る事情もあった。
「あんた達に今抜けられたら、この話を誰がまとめンだっ!? お願いだから残ってくれ!!」
そう、本来のまとめ役である代官代理タチアナ・ネルコフが居ないのだ。彼女は報告のために王都へ出向いている最中だった。そして、彼らは知らないが、先に記したように(12:10b参照)、彼女はもう戻ってこられない。
ドランとマルクは優秀で有能である以上に、マキシュトクの利害関係から完全に切り離されているため、調整役/まとめ役に最適だったという事情もある。
彼らはマジでガチでドランとマルクを必要としていた。
もちろん、彼らとて自分達の言い草が身勝手で無茶苦茶なのは百も承知だった。ただし、実際問題として、彼らの窮状はドラン達の実感以上に切羽詰まっていた。何よりも、復興再建という前向きな目標を得られた矢先に、その音頭取りが居なくなっては困るのだ。
だから、こうして大声を張って勢いで乗り切ろうとしている。
必死なんです、この人達も。
「これは予想外」「……どうしよう」
顔を蒼くした二人に、アイリスは呆れ気味にぼやく。
「言わんこっちゃない」
試験船ユーフェリア号からカロルレンに降り立ったアレックスは、港町で待機していたアイギス猟団のブロイケレン猟団長から事情を聴き、呆気に取られる。
「あの2人は何を考えているのよ……」
「御二方曰く、暇潰しをしていただけ、らしいです」
何とも言えない面持ちでブロイケレン猟団長は言った。
アレックスは麗しい顔を盛大にしかめ、頭痛を堪えるように眉間を揉む。休暇がてらの船旅がえらいことになってしまった……。
最新技術の塊である動力機関搭載試験船をいつまでも外国に置いておくのはマズい。速やかに事態を収拾してあの2人を連れ帰らないと。
「ともかく、ヴィーナ様に報告する。そのうえで2人を連れ帰る。申し訳ないけれどアイギス猟団の半数は試験船の警備のために残ってください。人員の選抜は任せます」
「分かりました」ブロイケレン猟団長は渋い顔で「急いだ方が良いかもしれません」
「何かあるの?」
これ以上は勘弁して、と言いたげなアレックスへ、ブロイケレン猟団長は無情に告げる。
「向こうを出る時、現地の連中が御二方に女を宛がうといった話を漏れ聞きました。急がないと囲い込まれますよ」
アレックスは目を覆った。




