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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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138/336

12:10a

長くなったので分割投稿しました。続きは一時間後に。

大陸共通暦1769年:ベルネシア王国暦252年:晩春。

大陸西方メーヴラント:カロルレン王国。

――――――――――――――――

 ベルネシアから特急便でカロルレンへ送られてきた交渉人は2人。

 中背にちょっぴり腹が出た人の良さそうな二十代半ばの青年。オラフ・ドラン。

 クール系眼鏡イケメンの二十歳そこそこの青年。マルク・デア・ペターゼン。


 小僧2人を寄こしてどういうつもりだ、とカロルレン側の交渉担当者達は怪訝そうに眉根を寄せた。

 後に『白獅子の大番頭』と評されるオラフ・ドランは、訝る交渉担当者達へ柔らかく微笑みかけた。

「では、始めましょうか」


      〇


 話を数日前に戻そう。

 テレサがヴィルミーナの許を訪ねた翌日早朝。


 ヴィルミーナはまずペターゼン侯屋敷を訪問し、マルクを叩き起こすと共にペターゼン侯爵夫人へ、マルクのカロルレン出張派遣を申し入れた。


 マルクは、神輿扱いとはいえ、海外へ赴き外国政府と交渉するという機会を提示され 胸を躍らせた。なんせ王国府の同期にそんな大任を請け負った者はまだ居ない。


 昂奮するマルクとは真逆に、マルクの母――侯爵夫人は嫡男の非友好国派遣に不安を抱いた。そんな夫人をヴィルミーナとマルクが二人掛かりで説得し、なんとか合意を取り付ける。


 ヴィルミーナは夫人の合意書を持ち、マルクを引き連れ、即座に王国府へ突入。宰相ペターゼン侯の許へ直行した。

 宰相ペターゼン侯に令息マルクのカロルレン出張派遣を申し入れ、マルク自身の希望を聞かせ、夫人の合意書を渡す。


 ペターゼン侯は少し考えた後、マルクの出張派遣に合意。ただし、ベルネシアを代表するような交渉は一切認めない旨を強く通告。あくまで白獅子の責任範囲で行うことを厳命。


 そうして、何も知らずに小街区オフィスへ出社していたドラン青年を拉致し、海軍総司令部へ赴いた。

 ドランとマルクは海軍の“好意”でグリルディⅣ型高速戦闘飛空艇の訓練船に乗せられ、カロルレン沖まで急行。海上で救出隊のフリゲート船へ移乗してカロルレン入りし、救出隊飛空船に乗り換え、問題の舞台である難民キャンプへ向かっていた。


 あまりにあんまりな弾丸特急振りと強引かつ乱暴な扱いに、

「ヴィルミーナ様の無茶振りは今に始まったことではありませんが、今回は酷すぎる。事前準備も出来ないまま外国政府と交渉とか、ありえない。相手の事情もこの国の法律も不文律も把握してない。どう交渉しろというのか」

 温厚なドラン青年も不満を隠さない。


 交渉とは舌先を使った戦闘である。戦闘である以上、その準備が勝敗を大きく左右する。出たとこ勝負など愚か者がやることだ。


「まあまあ。ぼやいても状況は変わりません。やれるだけやりましょう」

 部下であり友人であるマルク・デア・ペターゼンが苦笑いと共に眼鏡の位置を修正した。キャリアアップが確定しているから、貨物同然の扱いにも不満を見せない。


 ともかく、2人はカロルレンに到着するまでの道中、物凄い勢いで諸々の報告書と書類を読み込み、魔導通信器で本国と現地と密なやり取りを重ねた。場合によっては傍受や妨害覚悟で、通話具の先に当事者のアイリスさえ呼び出した。


 そうした情報収集と分析を急ピッチで行い、ドランはカロルレン側の意図を把握する。

 大飛竜素材の横取りを狙ったことは、単なる王国上層部の権威主義的傲慢さや強欲さ由来ではない。純粋に金が必要なのだ。

 大水害から始まった一連の大災害の被害は甚大の一語に尽きる。水害と大災禍を受けたマキラ大沼沢地周辺。大飛竜の襲撃を被った王国西部諸地域。軍の損耗。諸々の経費と物資消耗。これらの復興と再建、補償のため、とにかく金が要る。

 特に、国が完全に見捨て、挙句、外国人に助けられたマキラの人々に対する補償は重要だった。ここを軽んじれば、マキラ一帯は反体制派の温床に化ける。


 もちろん、これら復興再建費用は莫大だ。大飛竜一頭の素材利益では到底追いつかない。しかし、補填という意味では絶対に欠かせない。カロルレンは意地でも竜を手に入れようとするだろう。


 ドランもマルクもカロルレンが大飛竜素材を求める理由は理解できる。同じ立場なら、やはり竜を確保すべく動いただろう。

 だが、カロルレンのやり口はいただけない。まったく同意できない。


「僕なら提供を打診して交渉しますね。もちろん、先方の顔を立てる形で。とにかく強引に接収を図ることは無いです。論外だ」

 マルクは鼻で笑い、冷徹に告げる。

「そこまで頭が回らないほど追い詰められているのか、あるいは、想像力が無いのか。どちらだと思います?」


「おそらくは両方です。単純に金が必要で切羽詰まっていて、私掠船ということで見下してるんです。相手が他国船籍で、船長が準貴族ということを全く考慮せずにね。だから、マルク殿が言ったような穏当な手法を取らなかった。その必要を認めなかったんでしょう」

 ドランは腹を撫でながら言った。

「不愉快ではありますが、竜の素材利益はカロルレンに譲りましょう。この件に関して向こうは妥協しません。切羽詰まってますからね。下手に拘って噛みつかれてもつまらない」


「魔狼号側が飲みますかね?」 

「飲ませるしかありません。代わりに、船の引き渡しは絶対に拒絶しますし、撤回させます。これをしくじれば、我々はロー船長に北洋へ沈められかねません。いや、ヴィルミーナ様に、かな?」


「確かに」マルクはくすくすと笑い「それにしても……大破したとはいえ、軍用船をポンコツ船と交換しろとはね。正気とは思えない。一昔前なら今頃、沿岸部を示威砲撃してますよ」


「これまでの引きこもりボッチ政策が上手くいっていた反動でしょうね。対外交流経験が乏しいから、節度と尺度を弁えてない」

 ドランは口端を緩めて、手元の名簿を突く。

「世間知らずの田舎者に僕達のマナーを教えてあげましょう」


      〇


「白獅子のオフィスで顔は見たことがあったけれど……ありゃあ酷いね」

 アイリスは大破した『空飛ぶ魔狼』の士官食堂で珈琲を飲みながら呟く。

「酷い、ですか? 若いながら随分と有能なように思いましたが……」

 珈琲の相伴に与っていたノエミ・オルコフ女男爵が小首を傾げた。


 士官食堂には他にも客がいる。

 代官代理タチアナ・ネルコフと青年官僚ラファエル・ナバル、マキシュトク聖堂の司祭やカロルレン冒険者組合の代表者。彼らはノエミに同意の首肯をした。


 彼らはつい先ほどまで、ベルネシア本国から特急派遣されてきた交渉人達と話し合いの場を持っていた。

 中背にちょっぴりの腹が出ていて、人畜無害そうな顔つきをしたオラフ・ドランを見た時、彼らは『こんな若造で大丈夫か?』と訝った。

 同じ若造でも、同道していたクール系眼鏡イケメンでベルネシア王国宰相の令息マルク・デア・ペターゼンの方がよほど頼もしく見えた。


 オラフ・ドランはメモを取りながら話を聞き、ひと通りの聞き取りと確認を済ませると、彼らに言った。

『皆さん、一緒に御国へ一泡吹かせませんか?』

 ファウストへ契約を持ち掛ける悪魔(メフィストフェレス)のような顔で。


 その後のやり取りで、ノエミ達は自分達の人物評が間違っていたことを理解した。

 一方、やり取りを思い返し、アイリスはどこか嫌そうに眉を下げる。

「ありゃあ、笑顔で握手しながら骨の髄まで引っこ抜く輩さね。借金取りで一番怖い奴だよ」


「はあ……」

 ノエミはいまいち分からない。領主として手練手管な商人達や狡すっからい貴族達、油断ならない領民顔役達と接することは多いが、オラフ・ドランにそこまで悪辣さを感じなかった。むしろ、やり取りを思い返せば、好感を覚えていた。


 士官食堂の外は賑やか、というか騒がしい。応急修理作業が行われている。それと、カロルレンの役人が『竜を寄こせ、船を寄こせ』と言ってきて以来、各銃砲座や観測所には武装した乗組員が詰めている。


 カロルレン王立軍は難民キャンプを半包囲するように展開しているが、今のところ、キャンプ内に踏み込む様子は見えない。


 ちなみに、件の巻角大飛竜は難民キャンプ内の冒険者達が奇麗に解体して素材化済みだった。今はカロルレン冒険者組合に保管を委託している。その組合は断固たる体制で厳重に管理しており、『交渉の結果が出るまでは渡せない』として、中央と軍からの引き渡し要求を突っぱねていた。


 大災禍。見捨てられたマキシュトク。大飛竜。

 この3つの件でカロルレン冒険者組合は国と軍へ強烈な不信感と敵意を抱いていた。

 それは、カロルレン冒険者組合に限らない。


 国に見捨てられたマキシュトクの人間は皆、国と軍へ不信と敵意、ある者は憎悪と怨恨さえ抱いている。


 マキシュトク聖堂の顛末を聞いたカロルレンの聖王教会は犠牲者達のために祈りつつも、多くの聖職者と無垢な魂が失われたことに憤りを隠さない。


 大きな被害を負ったマキラ大沼沢地周辺の特別税制領も同じことだ。それに、現場で奔走した役人達や騎士達もまた、中央へ対する憤懣を抱えていた。


 この士官食堂に集まっているカロルレン側の関係者は、言い換えれば、今回の一連の事態に対し、王国中央と軍のやり方に不満と憤慨と不信を抱いている人々の代表だった。


「しかし……ロー船長、本当に良かったのですか? 我々としてはありがたい話ですが、」

 タチアナ・ネルコフがおずおずと切り出す。

「竜の所有権を“完全に手放して”」


「そりゃあ、惜しくないかと聞かれりゃあ、惜しいさね。でも、この派遣自体の報酬は貰ってるし、死傷者の見舞金もこの船の修理費用も契約の補償条項に含まれてる。あたしらに損はない」

 アイリスは背もたれに体を預けて鼻息をつく。


 西方巻角大飛竜の所有権を手放せ、とドランに言われた時は『ざけんな』とも思った。船を大破させられ、かなりの死傷者を出しているのだから、当然だ。

 ただし、そうした反発心はさほど大きくなかった。


 アイリスと魔狼号の船員達は御国公認の空賊で、これまで残酷なことや冷酷なこと、非道なこともしてきた。悪し様に言えば、彼らは強盗殺人者なのだ。

 一方で、大災禍の被災地やマキシュトクの惨状に、アイリスや魔狼号の船員達をして義侠心を強く刺激されていた。それに、苦労と死線を共にしたため、仲間意識も抱いていた。

 加えて、アイリス自身が語ったように、この救出隊派遣の報酬と補償自体は白獅子持ちだ。竜を手放しても、アイリスは損しない。


 であるから、カロルレン側が礼儀と誠意を見せてアイリス達の顔を立ててくれたなら、竜を譲っても良かった。


 そうしたアイリスと魔狼号側の気持ちを、カロルレン王国中央は助走付きで踏みつけた。挙句、追い打ちを加えるように『ボロ舟をくれてやるから魔狼号を寄こせ』とほざいた。


「あのボケ共に一泡吹かせられるなら、竜なんて惜しくもなんともないさ。いや、やっぱりちょっとは惜しいかな」

 アイリスは小さく笑い、隻眼を鋭く尖らせた。

「でもまあ、今回みたいなことはこれっきりにしてもらいたいもんだね」


 もしも時と場合と状況が違えば、相手がイストリアの一等戦列艦だろうと、ベルネシア海軍の戦闘飛空艦だろうと、アイリスと魔狼号は迷わず戦闘を選んだ。これほど露骨な侮辱を受けて黙っていたら、私掠船稼業は商売にならない。


 アイリスの怒りを理解できるカロルレン側の面々はバツが悪そうに黙った。


「ベルネシアは随分と開放的なのですね」雰囲気を変えようと、ラファエルがことさら明るく言った。「国相手の交渉に平民を送り込んでくるとは。カロルレンではありえません」


「ベルネシアは平民登用が多いし、そもそも貴族籍の相続制度がね。あたしだって生まれは貴族だけど、兄貴の家督相続で平民になって、この間の戦争で準貴族に叙されたクチだよ」

 アイリスは珈琲でのどを潤して、話を続ける。

「それにまあ、あの兄さんは平民と言っても、ヴィルミーナ様ンとこの大幹部だ。下手な貴族よりずっと“格上”だよ」


「噂に聞くベルネシア王妹大公令嬢様ですか」

 ラファエル・ナバルが興味深そうに呟く。


 カロルレン王国の中央では、ベルネシアとアルグシアの関係改善は王妹大公令嬢ヴィルミーナの働きが大きいと分析していた。

 それは確かに一定の真実ではある。ただ、ベルネシアとアルグシアの関係改善、その最大の理由は先の戦争以降の経済交流にある。アルグシア側の態度が軟化するほどに、金満ベルネシアと貿易する利得が大きいのだ。


「ロー船長は王妹大公令嬢様と知己があるのですか?」とノエミ。

「なんだかんだで10年近く付き合いがあるね。良くしてもらってるよ」


 実際は良くして貰っている、どころの話ではない。他の私掠船船長からすれば、メイン・スポンサー持ちの私掠船船長は珍しくないが、アイリスほど厚遇されている私掠船などまずいない。

「まあ……良い人だよ」

 アイリスは一言でまとめた。


 実際のヴィルミーナは好評だけの人物ではない。経済界や実業界、官界や政界(どちらも貴族界に通じる)には反ヴィルミーナ派の人間がそれなりに居る。市井においても、ヴィルミーナから恩恵を受けた者が大勢いる一方、その財閥勃興の陰で職を失って路頭に迷ったり、首を括ったりした人間も少なくない。それに、裏社会筋とのつながりもある。

 良くも悪くも、表裏に力を持った人間。それがヴィルミーナという王族令嬢だ。


 アイリスは船窓の外へ目を向けた。

 難民キャンプと外周に展開するカロルレン王立軍の間に、豪勢な天幕が建っていた。カロルレン側が交渉の場として用意したものだ。


 もう交渉が始まっているだろう。

 あるいは、オラフ・ドランがカロルレンの交渉人へ一泡吹かせてやっているところか。


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