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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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137/336

12:9b

長めですが、お付き合いのほどを。

 巻角大飛竜は小癪な運動を繰り返す戦争鯨に苛立ちつつも、面白みを抱き始めていた。

 狩りに勝る喜び無し。

 獲物が手強ければ手強いほど仕留めた時の充足感も大きい。


 翼腕を大きく広げ、戦争鯨の後ろ上方に遷移しつつ、巻角大飛竜は戦術を模索する。

 生体器官に備蓄されている炎塊の燃料はあと1発分。小分けすれば3発はいけるが、ここは確実に仕留められるサイズでいきたい。となると、ある程度傷つけ、弱らせてから仕留めるが吉か。


 巻角大飛竜は人間が拳を握ったり開いたりするように、後脚の爪先を大きく動かす。

 長大な翼腕を大きく羽ばたかせ、高度を上げてから緩降下増速し、戦争鯨へ襲い掛かる。衝突直前に翼腕の迎え角を増し、後脚を前に出して爪を広げた。


 さながら大鷲が地上の獲物を襲うように、巻角大飛竜は戦争鯨へ後脚の大きな爪を突き立てた。が、思いの他あっさりと切り裂いてしまい、手ごたえを得られないまま離脱する。


 ? ? ? ?


 気嚢を損傷した戦争鯨は高度を下げていくが、血の一滴も噴出しないし、内部に居るであろう小動物も落ちない。

 巻角大飛竜は高度を取りつつ、戦争鯨に並行して飛び、金色の瞳でじっとその様子を窺う。


 ゴンドウクジラの怪物みたいな体――気嚢部分の下部に引っ付いている、コバンザメのようなところで、小動物達が慌ただしく蠢いていることに気付いた。


 なーるほど。あの大きな部分は擬態で、本体はあの小さな部分か。


 あの擬態部分が邪魔で上方からは攻撃し難い。水平側方から仕掛けよう。

 アプローチを修正、巻角大飛竜は体を傾けて戦争鯨の高度に合わせていく。




『お頭っ!! 気嚢第2区画、損傷大っ!! 高度が下がりますっ!!』

「修復急げっ! なんとしても高度を維持しろっ!!」

『傷口がデカすぎて無理ですっ!! 応急措置で防ぎきれませんっ!!』


 応急対策班の悲鳴に、アイリスは地団太を踏み、瞬間的なアイデアを口にする。

「気嚢内で予備の阻塞気球を広げろっ!! それで多少はマシになるはずだっ!」

『下手すっと、裂創部が気球に押し広げられっちまいますっ!』

「他に手がないっ!! 良いからやれっ!!」


 そこへ、左舷観測座から報告が届く。

『左舷観測よりブリッジッ! 竜が急速接近中っ! 距離1800、同高度ッ!』


「船体を狙ってきたか。気嚢を攻撃しても血が流れないんで、殺せないと判断したんでしょう。賢いですな」

 冷汗塗れの副長が、皮肉をたっぷり込めた笑みを湛える。


「頭の出来でトカゲに負けてたまるかぃ」

 美貌を引きつらせながら、アイリスが不敵に口端を歪め、

「左舷砲奇数番、閃光弾用意っ! 偶数番は榴弾だっ! 他の野郎共は煙幕弾を準備っ! 阻塞気球も展開に備えろっ!」

 伝声管に告げた後、前方の大きな雲塊を睨みつけて操舵手へ告げる。

「閃光弾発射後、雲の中へ飛び込めっ!」




 巻角大飛竜が襲撃体勢を取り、気嚢の下腹に引っ付いた船体へ突撃する直前。

 轟音と共に生じた鮮烈な閃光が、巻角大飛竜の視界を白く塗り潰す。反射的に姿勢を乱した巻角大飛竜は、榴弾を浴びてさらに体勢を崩した。

 空間把握能力が混乱した巻角大飛竜は、戦争鯨の船体に頭を激しく痛打し、高度を落とす。


 痛覚と落下感覚を基に、巻角大飛竜は翼腕を広げ、気流を捕まえてホバリングへ移った。瞬きを繰り返し、頭を激しく振って知覚と認識力の再起動を図る。


 巻角大飛竜は怒りと憤りを抱えつつ高度を上げて戦争鯨を探す。

 ? いない?


 周囲は雲塊がごろごろ転がっている低層圏。見通しは良くない。しかも、その雲塊の群れの中に白煙が(もや)のように広がっていて、燃臭が嗅覚を刺激する。

 視界と嗅覚が塞がれて獲物を発見できず、巻角大飛竜は強く苛立つ。


 隠れたか。なら……燻り出そう。

 

 巻角大飛竜は生体器官に残された燃料を小分けし、炎塊を放つ準備を整えた。日頃使っている着発ではなく、あらかじめ緩燃焼させた状態で放つ。いわば時限信管だ。普段使わない理由は燃焼させた状態で放出するため、口腔内に痛みをもたらすから。巻角大飛竜も痛いのは嫌い。

 それでも、戦争鯨を仕留めたいという狩猟欲求が痛みへの忌避感を上回った。

 巻角大飛竜は炎塊を放つ。


 空に大輪の花が咲いた。爆炎の真っ赤な花が。




 雲の中へ逃げ込んでいた魔狼号はヨレている。

 竜の衝突が予想以上の損害をもたらしたためだ。戦車並みに頑丈な十数トンの質量が高速で激突したのだから当然だろう。


 竜が激突した左舷5番砲付近は砲と担当要員が壊滅。高速飛散した船体破片で死傷者を被っている。気嚢との接合部分がいくつか剥落しており、高荷重運動をしようものなら、船体後部が滑落しかねない。


「クソクソクソッ!! あのトカゲ野郎っ! あたしの船をよくもっ!」

 報告を受けたアイリスは歯噛みして唸っていた。


 と、右舷約1200の距離で爆炎の花が咲き、その衝撃波に船体が悲鳴を上げながら大きく傾げた。アイリスは隻眼を丸くした後、歯噛みして唸る。

 ――燻り出しに来やがった。ンなことまで出来るのかよっ!


「トカゲの分際で味な真似しやがってぇっ!!」

 大きく揺さぶられる中、アイリスは隻眼を一層鋭くしつつ、伝声管に告げた。

「阻塞気球を放出しろっ!!」




 雲の陰に覗いた影を、巻角大飛竜は見逃さなかった。

 最後の炎塊を惜しまず放出。

 再び爆炎の花が咲き、影を雲共々吹き飛ばす。巻角大飛竜は火達磨になって落ちていく影をじっと見つめながら、体を捻るように傾けて旋回運動を始めた。



 再びの爆発衝撃波に揺さぶられながら、

「引っ掛かることは引っ掛かりましたな」

「トカゲと知恵勝負すること自体、業腹さね」

 アイリスは副長の意見へ悪態を返しつつ、固唾を飲んで状況の推移を見守る。


 巻角大飛竜が開放甲板から放り出した阻塞気球を攻撃したことは間違いない。重要なのは竜がこれで去っていくかどうか。

 駆逐艦に追い回されている潜水艦のように、空飛ぶ魔狼号は雲の中に留まり、アイリス達は息を潜めて白い闇の中で待機する。


 乗組員達は能う限り静かに、破損した気嚢や船体の応急措置を行い、開放甲板上では次の阻塞気球を用意していく。


 接合部分が幾つか剥落し、ミシミシと恐ろしげな音色を奏で続ける船倉内では、誰もが恐怖と不安と怯懦に凍りついていた。耐えかねて騒ぎ出す者もいたが、即座に周囲から押さえ込まれる。


 小さなヨラはナルーを抱きしめて恐怖を堪える。ソフィアも兄ヨナスにしがみつき、声を押し殺して泣いていた。巨鬼猿に殺されかけても動じなかったヨナスも顔を真っ青にしている。


 不意に、冒険者の妻が抱えていた赤ん坊が泣き出す。夫と共に脱出するため最終便まで残っていたことが仇になった形だ。周りが恐慌状態に駆られて殺気立つ。

 周囲の圧力を受け、冒険者の夫婦が慄きながら赤ん坊の口を無理やり塞ぐ。それでも、赤ん坊は母親の腕の中で暴れ続ける。


 その時、子犬のナルーがヨラの腕から抜け出してその赤ん坊の許に駆けていく。

 ナルーが赤ん坊の頬を幾度か舐めると、赤ん坊は落ち着きを取り戻したように穏やかになった。夫婦は神の奇跡を見たような顔でナルーを見つめる。

 ナルーは踵を返し、悠然とヨラの元へ戻った。雄の背中だった。


 その様子を見守っていた者達が胸元で聖剣十字の印を切った。他の者達も我を失っていたことを強く恥じる。一部の者が小さく潜めた声で周囲を励まし始めた。


 こうして半刻の間、魔狼号内の全ての者が不安と恐怖と心因性胃痛に耐えた末、アイリスは行動を命じた。各観測員が目を皿のように剥き、各砲座銃座も戦闘準備を整え、浅く速い呼吸を繰り返す。

 寝室から逃げる間男みたいな慎重さで、傷ついた魔狼号が雲の中から出ていく。


 増速しながら魔狼号が雲中から出切った直後。

 待ち構えていた巻角大飛竜が襲撃態勢で突っ込んでくる。


 ――読まれたっ! トカゲ如きに、こっちの手を読まれたっ!!

 余りの悔しさに、アイリスは頭に血が上り過ぎてくらくらしてきた。

「こ、の、クソットカゲめぇっ!!」


 巻角大飛竜が船首を直撃する。

 破壊音が轟き、開放甲板上に居た者達が衝撃に薙ぎ倒され、船体内では運の悪い乗組員が押し潰された。


 と、ここで巻角大飛竜に誤算が生じる。

 魔狼号が増速していた関係から相対速度が予想以上に速く、巻角飛竜は想定以上に深く飛び込んでしまった。


 巻角大飛竜は船首を砕き、慣性の法則のまま開放甲板を砕きつつ船体にめり込んだ。

 下半身が船体内に埋まってしまい、上半身が開放甲板上で準備されていた阻塞気球の気嚢や索具に絡めとられる。


 同時に、これは十数トンの質量が魔狼号に飛び乗ったことを意味する。

 積載重量の大幅な過多に、魔狼号は大俯角で急降下を開始。開放甲板上で足掻き暴れる大飛竜さえ落下の風圧と荷重で動きが鈍る始末。


 衝撃で砕けたブリッジの船窓から猛烈な風が吹き込んでくる中、

「浮揚機関最大っ!! 持ち上げろっ!!」

 手すりに摑まりながらアイリスが伝声管へ怒鳴る。も、返ってきたのは機関士の泣き声だった。

『無理ですっ! 支えきれませんっ!!』


 ゴンドウクジラの怪物みたいな飛空船が隕石のような勢いで落下してゆく。あまりの速度と空気抵抗と荷重に右舷メインマストがへし折れ、船尾操舵翼もめきめきと軋んでいる。傷ついていた左舷破孔部の亀裂が拡大し、船体後部が今にも気嚢から剥がれ落しそうだった。


 それでも、挑戦的運命論者であるアイリスは生き意地悪く、死の回避を諦めなかった。

 墜落が避けられないなら、不時着を狙うしかない。

 瞬間、アイリスの脳裏に賭博的アイデアが浮かぶ。

 ――船を不時着させつつ、巻角大飛竜を船と地面で圧殺する。失敗すれば、まとめて墜落死するが、それがどうした。このままではどうせ死ぬだけだ。


 大傾斜したブリッジ内を這い進み、

「どけっ!!」

 アイリスは操舵手を蹴り退けて操舵席へ潜り込む。ブリッジの割れたガラスの先、開放甲板上でもがき暴れる巻角大飛竜を睨みながら、憤怒と憎悪のこもった声で告げた。

「勝負だ、クソトカゲッ!」


 巻角大飛竜はその巨体に落下の猛烈な風圧と荷重を受け、思ったように身動きが取れない。身体に絡みついた阻塞気球の気嚢と索具が邪魔をして船体から抜け出せない。船体内に入り込んでしまった後脚をばたつかせるも、踏ん張りを利かずに出られない。炎塊を放って吹き飛ばそうにも、生体器官内は空ッ欠だった。


 周囲の景色が吹き飛ぶように流れていき、大地がぐんぐんと近づいてくる。さしもの巻角大飛竜も危機感と恐怖感に駆られ、一層必死に激しく暴れもがくが、ダメ。船体から逃げられない。


 巻角大飛竜が壮絶な竜叫を発した直後、魔狼号が船首から大地へ到達する。

 高度1000メートル以上からの運動エネルギーと魔狼号の全質量が巻角大飛竜へ襲い掛かった。


 轟雷のような衝撃音と巻角大飛竜の絶叫が、マキラ大沼沢地の外れに響き渡る。


        〇


 太陽が西へ沈みきり、橙色の残照がわずかに夜空を照らしている。

 マキシュトクから脱出してきた難民を収容しているキャンプでは、沈鬱な雰囲気が漂っていた。

 未だ帰らぬ『空飛ぶ魔狼号』には、難民達を支えてきた代官代理タチアナ・ネルコフやノエミ・オルコフ女男爵達、最後までマキシュトクに踏みとどまった勇者達とその家族が乗っていた。


 しかし、何時間経っても『空飛ぶ魔狼号』は帰ってこない。

 手透きの者達が夜色に染まっている東の空を焦がれるように見つめ、あるいは、強く祈っている。

 キャンプに駐留しているベルネシア義援団の面々も、心配そうに東の空を見つめていた。


 ベルネシア人にとって、『空飛ぶ魔狼号』はクレテア軍の大突進を止めた殊勲船であり、アイリス・ヴァン・ローは英雄だった。魔狼号とアイリスに故郷や家族を救われたと思っている者達だって存在する。

 アイギス猟団にとっては、『空飛ぶ魔狼号』はある意味で同僚でもある。白獅子とアイリスの関係はそれほどに近しい。


 であるからこそ、救出隊に『空飛ぶ魔狼号』が加わっていると聞いた時、ベルネシア人達の士気は上がったし、改造されたグリルディⅢ型で現れた時は頼もしさに胸が躍った。


 だが、その殊勲船とアイリスが帰ってこない。ベルネシア人達は心配と憂慮を抱いて東の空を見つめている。


 残照が夜闇に溶けていく中、誰ともなく焚火を使って離発着場に誘導灯を作り始めた。義援団も難民達も作業に加わる。

 集合調理場から夕餉の匂いが漂い始めた時、誰かが言った。

「……おい、あれ。飛空船じゃないか?」


 さざ波のように広がる伝言。難民キャンプの誰もが離発着場周辺に集まり、東の空を見つめる。夜闇と星海に紛れて見え難いが――

「船だ」「船が飛んでるぞっ!」「こっちに向かってるっ!!」「遠くからでも見えるように、焚火を強くしろっ!」「急げっ!!」

 人々が離発着場の誘導灯に薪や炭を追加して火を強くする。


 そうこうしている間に、接近する飛空船の姿が輪郭を強め、やがてはっきりと見えるようになった。

「ヒデェ……まるで幽霊船だ」

 誰かの呟き声が全てを表現していた。


『空飛ぶ魔狼号』は船首部分が全壊しており、船体のあちこちが壊れ、船体内が覗いていた。右舷メインマストが大きく垂れ下がっていて、左舷メインマストは半分しかない。

 風を受ける度に大きくふらつき、ばらばらと船体片を地面へ撒いていた。浮揚機関が損傷しているのか、高度は100メートルも無いだろう。両舷から阻塞気球をつないでやっとこさ浮いているようだ。


 焚火の照らす離発着場へ侵入した『空飛ぶ魔狼号』は、頭からずっこけるように着陸する。

 そして、皆が度肝を抜かれた。

 全壊した開放甲板上に鎮座する大きな影。焚火に照らされるそれは――


 血塗れの西方巻角大飛竜だった。


 大きく開いた口からダラリと垂れ下がる舌。太い首と大きな右翼腕が大きく折れ曲がり、胸部はひしゃげ、数本の肋骨が麟殻を貫いて露出している。大きく剥き開かれた金色の瞳に、生命の光は見られない。

 巻角大飛竜は、死んでいた。


       〇


 夜半。王妹大公屋敷にテレサが訪問する。

 応接室に通されたテレサは遅くの訪問を詫びつつも、緊急の報せをヴィルミーナへ語って聞かせた。


「……魔狼号が竜を仕留めた? え?」

 話を聞いたヴィルミーナは眉根を寄せる。足元では同道してきた子犬のガブがウトウトと舟を漕いでいた。

「大飛竜を倒すような装備は持ってなかったでしょう。どうやったの?」


 問われたテレサが眉を大きく下げて、答える。

「竜と一緒に落ちたそうです」

「ん?」ヴィルミーナは目を瞬かせた後、首を大きく傾げ「んんん?」

「竜と一緒に落ちたそうです。地面に」

 テレサがもう一度繰り返す。


 ヴィルミーナは目を閉じて少し考えこみ、小さく頷いて告げる。

「ごめん。全然分からないわ」


「私も分かりません。詳細は報告書を待ちましょう」

 テレサは黒縁眼鏡の位置を修正し、報告を続ける。

「魔狼号は大飛竜討伐の代償に大破状態です。船員にも多数の死傷者が出ておりますが、幹部要員に被害は出ていません」


「そう……大破と人員の犠牲は残念だけれど、ロー女士爵や幹部要員は無事なのね。良かった」

 ヴィルミーナは本心から安堵の息をこぼす。

 グリルディⅢ型改の修理費用と人員の補償。いろいろ出費が重なるが、アイリスや幹部要員が無事なら、魔狼号は再建できる。それに、友人が無事だったことは素直に喜ばしい。

「大飛竜を討伐したなら、船と人員の補償費を賄ってもお釣りが出るわね」


「実はそのことで問題が生じております」

 姿勢を正し、テレサはおずおずと告げた。

「カロルレン側が大飛竜の引き渡しを要求しておりまして。それと、魔狼号の接収を通達してきました」


「―――は?」

 瞬間、ヴィルミーナの表情筋が『猛烈な不機嫌顔』を表現する。匠の技であろう。


“予想通り”、ヴィルミーナの機嫌が激烈に悪化したため、テレサはやや委縮気味に説明を始める。

「大飛竜はカロルレン王立軍が先に討伐を試みたため、優先権があるとか」


「それは、彼らが討伐に成功したらの話でしょう? モンスター関連の法律や規約なんて、我が国とそう変わらないと思うけれど……カロルレンは違うの?」

「ヴィーナ様の御指摘通りです。カロルレン冒険者組合は大飛竜の素材所有権に異論を呈していません。王国政府と軍が勝手に言っているだけです。法的根拠があるのかどうか、現在、確認中です」


「根拠が有ろうと無かろうとごり押しする気でしょうね」

 ヴィルミーナは露骨な侮蔑を湛えて吐き捨てる。

「まぁ良い。カロルレン王国政府と軍が意地汚いことに驚きはない。それより、魔狼号の接収とは何?」


 首肯しつつ、テレサは説明を続けた。

「正確に言いますと、カロルレン王国の飛空船技術では、魔狼号の修理は出来かねるため、代替船を出すからグリルディⅢ型改を引き取りたい旨を通達してきました。しかし、向こうの提供する飛空船が低品質な中型船ですので、事実上の接収です。ロー女士爵は拒絶していますが、向こうが強権を行使する可能性が高いかと」


「舐めた真似をしてくれるわね」

『空飛ぶ魔狼号』は独立した民間船舶だが、今回は白獅子財閥が契約し、ヴィルミーナが依頼主としてカロルレン王国へ派遣している。

 カロルレン王国は間接的にヴィルミーナへも喧嘩を売ったに等しい。この辺は書類を見れば確認できるのになー。なんでそういうことするかなー。


 ヴィルミーナは眠ってしまった子犬のガブを抱き上げて膝に乗せ、

「魔狼号は絶対に引き渡さない。人員と資材を追加で移送しましょう。向こうが直せないならこちらで直すだけよ。最悪、浮揚さえできれば、牽引して連れ帰れる」

 その背中を優しく撫でながら言った。

「丁度良いわ。ユーフェリア号を出しましょう。長距離航行テストを兼ねて派遣します」


「それは……よろしいのですか? 他国に技術が露見しますよ。それに、まだ長距離航行に対応できるかどうか」

 テレサの懸念はもっともだった。しかし、ヴィルミーナの意思は変わらない。


「それを含めても、よ。内外に我々の技術力をアピールする良い機会になる。失敗に終わって物笑いの種になるかもしれないけれどね」

 くすりと小さく笑い、ヴィルミーナは紺碧色の瞳を冷たく煌めかせた。

「先行して交渉人も派遣しておきたいな」


「今、動けるのは私とマリサ、後はデルフィネ様ですね」

「流石にホーレンダイム侯爵家の令嬢を非友好国には送れないわ。マリサと貴女は国内案件を任せておきたい」

 ふむ、と少し考えてからヴィルミーナは言った。

「ドラン君はどうかしら? たしか、今はそれほど大きな案件を抱えていなかったと思うけれど」


「能力的にはお釣りが来ます。ただ、出身成分が引っ掛かるかもしれません」

 オラフ・ドランは優秀だが、平民出だ。そこがネックになる可能性がある。


「マルクを同行させたらどうかしら。看板は宰相令息が交渉代表で、実務はドラン君に任せる」

「デルフィネ様と同じ問題があります。非友好国に宰相令息を出せないのでは?」

「性差別的な二重基準だけれど、実際問題、男女では扱いが変わるわ」


 ヴィルミーナの回答にテレサは小さく頷き、別方向の指摘も口にする。

「問題はもう一つあります。宰相閣下の御裁可を得られるかどうか」


「その問題もあるか。まぁ、その辺はペターゼン侯に直接相談しましょう」

 ヴィルミーナは大きく息を吐いた。

「カロルレンという国にはもううんざり。魔狼号の件が片付いたら完全に手を引くわ。あの国に大飢饉が発生しようと内戦が起きようと関わらないわよ」


「賛成です」

 テレサは心から頷く。

 水害から大災禍、大飛竜と今回の対応に至る一連の動きから、カロルレン王国は信義に値しないと判断していた。敬愛する主が自分と同見解であることに満足する。


「さっさと片付けて縁切りしましょう、ヴィーナ様」

「ええ。まったくだわ」

 二人は微苦笑をこぼして同意した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 滾る! 脳内映像班が喚起されてイイ仕事していますよ [気になる点] 難民が出国したい問題でそうね、拉致だと騒ぎ立てられるから難しい…
[一言]  竜に襲われている時に騒いでるやつは殴ってもいいと思う。
[一言] アイリスの姉御が主人公すぎる……!
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