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ミクロ的努力と奮闘がマクロ的不幸と災難を招くことがある。その時、その場の最善が巡り巡って最悪を呼び込むこともある。
カロルレン王立軍による大災禍鎮圧作戦は特別税制領の解放に成功し、モンスターを押し返した。大飛竜討伐作戦は討伐こそ失敗したが、撃退に成功した。
すなわち、各地に進出したモンスターがマキラ大沼沢地へ戻ってきたことを意味する。西方巻角大飛竜が引き返してきたことも、モンスター達の大沼沢地帰還を促進した。
つまり――マキシュトクは再びモンスターの大群に襲われたのだ。
マキシュトク救出作戦はその最終日こそが最悪の日となった。
「左舷より虫が8匹っ!」「右舷第2砲座に死傷3名っ!」「気嚢右舷後方に取りつかれましたっ!」
「手透きの奴を第2砲座へ回せっ!! 装甲兵は船外戦闘っ! ぶっ殺して来いっ!!」
隻眼の美人船長アイリス・ヴァン・ローは整った顔を引きつらせながら、ひたすら命令を飛ばし続けていた。
市街上空で輪形陣を組み、待機飛行中の飛空船隊は飛行種モンスターの襲撃に晒されていた。防空戦闘と対地支援攻撃のため、あらゆる搭載銃砲が火を吐き続けている。
船隊の仲間から悲鳴が届く。
『ローッ! このまま低空に居たらやられちまうっ!! 高度を上げようっ!!』
「馬鹿野郎っ!! 高度を上げたら地上の援護が出来なくなンだろうがっ! お前ら、逃げんじゃないよっ! 腰抜けはあたしが沈めてやるッ!!」
アイリスは魔導通信器に吠え、白髪の副長に怒鳴る。
「状況報告っ!」
「現在、『亜麻色の髪の乙女号』が収容作業中。完了まであと約20分。次が本船の番です」
懐中時計で時間を確認しながら副長が答える。
市街内では私掠船『亜麻色の髪の乙女号』が住民の収容作業に従事していた。作業完了時の離陸を援護するため、船体は退避高度へ逃げるわけにはいかない。
「乙女号に10分で完結させるよう言えっ!!」
アイリスは歯噛みして唸る。
「なんてところだっ!! 下の連中はこんなのを生き延びてたってのかぃっ!?」
ハーネスに命綱を括りつけた装甲兵達が船外戦闘に臨む。ワイヤーアクションさながら気嚢側面を駆け、気嚢に取り付いた蜂型モンスターを攻撃する。無茶苦茶だが、こうでもしないと気嚢を食い破られてしまう。
装甲兵頭が手斧で蜂型モンスターの頭をかち割り、別の個体を銃で撃ち落とす。
「周囲に目を配れっ! 餌は俺達の方だぞっ!!」
「りょうか」
言うが早いか、部下の一人が中型種の人面妖鳥に攫われていく。千切られたロープが虚しくたなびいていた。
「ちきしょう……っ! 人面妖鳥まで出てきやがったっ!」
人面妖鳥は複数種存在する。その中でも大陸西方の品種は、一次大戦の複葉機並みにデカい中型モンスターだった。
げらげらと老婆の嘲笑みたいな鳴き声を上げながら、人面妖鳥達は昆虫種モンスターに混じって飛空船の周りを飛び回る。
「キャニスター、装填良しっ!」
「放てっ!」
搭載されている駐退復座器付後装砲がひっきりなしに散弾を放ち、接近してくる飛行種を薙ぎ払う。
また、鹵獲品をコピー生産した多銃身斉射砲は近接防御火器として火力を発揮していた。ハーモニカ弾倉式の擲弾連発銃もひたすら擲弾を発射している。対人用火器でも羽や翼を損傷させて墜落させれば十分だった。
空飛ぶ鯨達は救出作業が完了するまでの間、ありったけの鉄と炸薬をばらまき、飛行種モンスター達に抗い続ける。
地上でも激戦が繰り広げられている。
救出の最終日、既に多くの人員が飛空船に収容されて空に逃れているため、地上には本当に限られた人員しか残っていない。
城壁での防衛戦はとっくに放棄され、モンスターの離発着場侵入を防ぐため、あえて周辺区画に放火が行われていた。そうでもしない限り、対処のしようがないのだ。
大半のモンスター達は煙に巻かれることを厭って近づいて来ないが、一部は煙おろか火すら恐れず、離発着場に集結している“餌”を求め、平然と進撃してくる。
『亜麻色の髪の乙女号』が離陸し、入れ替わりにゴンドウクジラの怪物みたいな『空飛ぶ魔狼号』が離発着場に降りてくる。いよいよ最後便だ。
『空飛ぶ魔狼号』は搭載銃砲を激しくぶっ放しながら離発着場へ着陸した。船尾ハッチが開き、タラップが下ろされる。
「急げっ! モンスターに食われたくねェ奴ぁ、さっさと乗れっ!」
真っ赤なコートを着た女が開放甲板上から怒鳴り、“防衛隊”と難民達がタラップを駆け上っていく。
その中には、ヨナス達の姿もあった。
ヨナスは小さなヨナを背負って走る。ヨナスの腰のベルトを掴んだソフィアがナルーを抱えて駆けていく。
「手荷物以外は諦めろっ! 走れっ!」
タチアナ・ネルコフが大声で叫び、難民達や防衛隊残余の乗船を急がせる。
「ハラルド兄貴っ! バリケードを乗り越えられるぞっ!」
亡きヴィルヘルムの甥にしてハラルドのいとこが槍を担いで怒声を張った。
ハラルドが振り返ると、死んだ冒険者達の戦鎚や槍を手にした猪頭鬼猿達が、バリケードを乗り越えて離発着場へ侵入しつつあった。
直後、船体砲座の舷側砲が火を噴き、猪頭鬼猿達をバリケードごと吹き飛ばす。他の砲座や銃座も火を噴くが、いずれも濁流に小石を投げ込むようなものだった。ケダモノ達が目を爛々とギラつかせ、次々に煤煙の闇からバリケードを突破してきた。
防ぎきれない。
しかし、まだ100人近く乗船を待っている。
「もういいっ! 離陸しろっ!」
タラップの傍で人員の乗船を監督していたノエミが抜刀して叫ぶ。
「これ以上は無理だっ! あたしらを置いていけっ!」
100人のために飛空船一隻とそこに乗りこんだ大勢を犠牲にはできない。理屈だ。小のために大は犠牲に出来ない。
アイリスは船長として、その忌々しい事実を受け入れざるを得ない。
だが、アイリスはそうした腹立たしい現実へ素直に迎合するほど、出来た人間ではなかった。
咄嗟に街並みを見回し、アイリスは代官所を指差して、がなり飛ばす。
「あの建物へ退避しろっ! 屋上から回収するっ!!」
「!! わかったっ! 皆、聞いたなっ! 代官所へ向かうぞっ!!」
踵を返し、ノエミはハラルド達防衛隊の残余を引き連れて代官所へ向かって駆けていく。
「緊急離陸っ!!」
アイリスは伝声管に向かって吠える。
「代官所の屋上で残りの連中をホバリング回収するぞっ!! ヘマしやがったら、モンスターの餌にしてやるからなっ!!」
操舵手が『ンな無茶なッ!!』と悲鳴を上げた。
船尾ハッチから地上へ擲弾と銃弾を雨霰のように浴びせつつ、『空飛ぶ魔狼号』は宙へ浮かび上がっていく。
「高度に注意っ! 魔導器を使って帆に圧掛けろっ!」
グリルディⅢ型改は風系魔導術理を施した魔導器を使い、自力で帆に風を与えることが出来る(魔晶石をドカ食いするから、常時運用は不可能だが)。
胸ヒレのような両舷メインマストが風を受け、戦争鯨が代官所へ向かって進む。
代官所では既に血みどろの死闘が行われている。
ハラルドとそのいとこが前線指揮官として防御戦に奮闘している間に、ノエミが屋上へ登る指揮統率を執っていた。
親父から貰った剣を振るい、ハラルドは小鬼猿を袈裟切りにし、返す刀で猪頭鬼猿の片足を斬り飛ばす。いとこが手負いの猪頭鬼猿の頭を槍で貫いた。
その傍らでは、冒険者の一人が小鬼猿達に引きずり倒され、雑多な骨器で滅多打ちにされていた。猪頭鬼猿のフィジカルに屈して撲殺される者も少なくない。
廊下や階段が人間と獣の血に染まり、肉で飾られ、骸が転がる。
『空飛ぶ魔狼号』が屋上に船体を擦るようにホバリングし、冒険者や騎士達が屋根を駆けてハッチへ飛び移っていく。先に乗船していた者達が飛び込む彼らを受け止め、拾い上げる。
ハッチの縁に立ったタチアナ・ネルコフがノエミへ叫ぶ。
「オルコフ閣下っ! お早くッ!!」
「あたしはまだ――」
「先に乗ってくださいっ!!」「急いでっ!! あんたが乗ってくれないと、俺達が乗れませんっ!」「早くッ!!」
ハラルド達がノエミに怒鳴り散らして乗船を促す。
ノエミは苦しげに舌打ちし、「すぐに来いよっ!」と怒鳴って『空飛ぶ魔狼号』へ飛び移る。
残りはハラルド達を含めて十数人。
その時、防御砲火に頭を撃ち飛ばされた人面妖鳥が魔狼号船体の横っ腹に激突した。一次大戦の複葉機並みの図体に衝突され、飛空船が大きく揺さぶられて代官所屋上から流される。
ハラルド達が取り残された。そして、そこへ飛行種モンスターや屋上へ登った陸上種モンスター達が殺到する。
「ハラルドォオオオッ!!!!」
ノエミが反射的に剣を抜いて代官所へ飛び降りようとし、周囲に取り押さえられる。
「放せっ! ハラルド達がっ!!」
暴れるノエミを周りが必死に押さえ込み、
「閣下っ! 止めてくださいっ!!」「もう、手遅れですっ!!」「暫時っ! 暫時っ!!」
しばしの悲鳴と怒号と絶叫が続き、やがて剣劇の音色が絶えた。全てが終わったのだ。
魔狼号の装甲兵頭が伝声管に告げる。感情を押さえ込んだ低い声で。
「全生存者の回収終了。離脱してください」
『空飛ぶ魔狼号』は急上昇し、輪形陣を組んでいた船隊と合流。マキシュトクから離れていく。
廃墟の街に獣達の叫び声や鳴き声が響いていた。まるで凱歌のように。
船隊は私掠船2隻が先頭を行き、大型飛空船2隻が縦列で続き、最後尾に魔狼号が飛ぶ。
飛行種モンスターも早々やってこない高度2000を空飛び鯨達は悠然と進んでいく。船内にギリギリまで積み込んだ人間の重さで、これ以上は高度を上げられない。
真っ青な空に羊の群れみたいな高層雲が散らばっていた。船体の周囲には大きな積雲が氷塊のように幾つも幾つも漂っている。積雲の隙間から水浸しになっているマキラ大沼沢地が覗く。
ソフィアは舷窓から初めて目にする空の光景にはしゃいでいて、小さなヨラにも見るように勧めるが、ヨラはヨナスにしがみついたまま動かない。子犬のナルーはつぶらな瞳で雄大な空をじっと見つめていた。
船長室に招かれたタチアナ・ネルコフとノエミは、アイリスと握手を交わす。
勢揃いした女傑達の表情は浮かない。
タチアナ・ネルコフは疲労困憊と言った有様だったし、ノエミは眼前で戦友のハラルド達を失ったショックから憔悴しきっていた。アイリスにしても、船員の死傷と救出作業の苦労に疲れている。
アイリスは2人に着席を促した。キャビネットから蒸留酒と銀製グラスを取り出し、指2本分を注ぐ。
3人は何も言わずにグラスをカチンと合わせ、揃って一気に飲み干した。
強い酒精が喉を焼き、胃を熱くする。3人は再び揃って息を吐く。悲嘆のような息を。
最初に口を開いたのは、タチアナ・ネルコフだった。
「此度の件では貴国に感謝の言葉もありません」
「気にすることもありません。我が国にも事情はありますから」
互いの鶏冠具合が分からないので、自然と二人の口調は丁寧になる。
「しかしまあ、斯様な過酷な状況下で、よくぞあれほどの人々を守り通したものだ。素直に讃嘆を禁じ得ません」
「皆、死に物狂いでしたから……それでも街の人口の半数以上を失いました」
タチアナ・ネルコフは俯いて大きく嘆息をこぼし、ノエミはただ悄然としている。
アイリスは2人のグラスに再び酒を注ぐ。
「他国人の私が言うのもなんですが、今は何も考えず体を休めた方が良い。まだまだ苦労は続くでしょうからね」
「……です、ね」とタチアナ・ネルコフは疲れた顔で同意する。
そう。何も終わっていない。
移送先の難民キャンプでも山のような仕事が待っている。事態が収まれば収まったで、マキシュトクへの帰還と再建がある。完全に壊滅したマキラ大沼沢地の各開拓村や狩猟拠点などの調査や再建、此度の件で働き手を失った寡婦や親を亡くした孤児達の対策……王国中央はどこまで手を尽くしてくれるのか……
ノエミにしても、領主にも関わらず、この危機に自領を守らなかったことで領民の反発が予想されていた。
ノエミの行動は王国貴族としては正しい。しかし、領主としては落第だった。危機にあって領地と領民を守らず救わぬ領主など、只の搾取者に過ぎないのだから。
重苦しい雰囲気に居心地の悪さを覚えたアイリスが、自身のグラスにも酒を注ぎ、口へ運んだ刹那。
落雷のような轟音が轟き、船体が激しく揺れた。
「なんだっ!?」「今のは!?」
タチアナ・ネルコフとノエミが目を丸くしている間に、アイリスは船長室を飛び出してブリッジに駆け込む。
先行していた大型飛空船が火達磨になっており、真っ二つに折れながら雲の間へ沈んでいく。
「何があったっ!?」と怒鳴り飛ばすアイリス。
「分かりませんっ! いきなりのことで――」
副長も驚愕に目を剥きながら応じたところへ、伝声管から悲鳴がつんざいた。
『ブリッジッ!! りゅ、竜だっ! 9時方向上空に竜が現れたっ!』
〇
自身より大きな飛行物体、それも複数を目にした時、西方巻角大飛竜は接触を避けるべきと判断した。
先日の昆虫染みた小動物達との交戦で体中が傷だらけだったし、脇腹の傷は思いのほか深い。野生生物の本能として、自身より大きな存在に対しては慎重にならざるを得ない。
しかし、飛空船の浮揚機関が発している魔力反応と、船倉にたらふく収容された人間の臭いが、傷を癒すための栄養を欲していた巻角大飛竜に攻撃を決断させた。
巻角大飛竜は高度を取り、雲を遮蔽物にして“群れ”の上方へ展開。大型の“一匹”に狙いをつけ、急降下襲撃による炎塊攻撃を実施した。
結果は御覧の通り、一撃で大型飛空船を轟沈。
燃え盛る大型飛空船は真っ二つにへし折れ、開口部から破片と人間をまき散らしながら大地へと真っ逆さまに落ちていく。
巻角大飛竜は怪訝そうに獲物の死に様を見つめていた。
? ? ?
アレは生物ではないのか? 腹の中から小動物が吐き出されているようだが、ひょっとしてアレは小動物の巣か何かなのか? アレ自体は生物ではない?
飛空船を知らない巻角大飛竜は困惑を禁じ得ない。
が、飛空船から防御砲火が打ち出されるに至り、つい先頃に痛い目を見たばかりの巻角大飛竜は即断する。
なんであれ、殺してしまえば危険はない。
〇
「馬鹿ッ! 撃つなっ! 死にたいのかっ!」
アイリスは魔導通信器の通話具を握り締めて怒鳴り飛ばした直後、竜が放つ炎塊が『亜麻色の髪の乙女号』を直撃し、爆散させた。
「言わんこっちゃないっ!」
アイリスは伝声管へ向かって怒鳴った。
「総員、合戦用意っ!! 積んでおいた玩具を用意しろっ!!」
「竜とやり合うんですかっ!?」
操舵手が悲鳴を上げた。他のブリッジ要員も顔を真っ青にしていて、アイリスの正気を疑う様な眼差しを向けていた。副長だけが苦笑いを浮かべている。
「向こうがやる気なんだっ!! やるしかないだろうがっ!! さっさと戦闘機動へ移れっ!! 雲を利用しろよっ!!」
アイリスはブリッジ要員へ怒号を浴びせ、残存飛空船へ通信を送る。
「あたしが竜を引き付けるっ! その間に逃げろっ!!」
難民を収容している船倉内は恐慌状態だった。船窓から爆沈していく大型飛空船が見えたし、『亜麻色の髪の乙女号』がバラバラに吹き飛んで大地にばらまかれていく様も見た。これで怯えない方がどうかしている。
地獄のマキシュトクを生き抜いた“防衛隊”の戦士達ですら、怯えていた。空の戦いでは彼らの戦技も経験も活かせない。何も出来ないという事実が、恐怖を強く刺激する。
利発なヨナスでさえ、怯えるソフィアとヨラを抱きかかえることしかできなかった。子犬のナルーはそんな三人の傍に侍り、舷窓へ向けて唸っている。この小さな子犬だけが船倉内で闘志を失っていない。
そこへ、魔狼号の乗組員達がやってきて、叫ぶ。
「何人か手を貸してくれっ!!」
その言葉に“防衛隊”の戦士が立ち上がった。何かやることがあれば、心に湧いた恐怖から逃げられる。
ヨナスも立ち上がったが、
「ガキは大人しくしてろっ! 俺らに任せとけっ!」
ベルネシア人は歳幼いヨナスの参加を認めなかった。子供は守るもの。ベルネシア人船乗りの良識はヨナスの協力を受け入れない。
乗組員達が忙しなく走り回り、”玩具”を用意していく。
対大飛竜用に用意された玩具とは、特大の閃光弾と煙幕弾。それに、ダミー用の阻塞気球だ。現行銃砲で竜を倒せない以上、目潰し目晦まし、囮などで対応するしかない。要は竜から逃げられれば良いのだ。
『右第一砲、閃光弾装填っ! 何時でもよしっ!!』『左舷、煙幕弾準備良しっ!』『阻塞気球はもう少し待ってくださいっ!』『竜は本船の7時上方っ! 距離1300ッ!!』
伝声管から次から次へと届く報告。
「竜の位置を見失うんじゃないよっ!!」
アイリスは赤いクラッシュ帽を船長席へ放り、伝声管に吠えつつ操舵手へ怒鳴る。
「11時方向のデカい積雲を目指せっ!」
「雲の底に逃げた方が良いのでは?」と副長。
「腹の中に山ほど“荷物”を抱えてる。高度を失えば取り戻すのに時間が掛かる。足の速さでは勝てないんだ。高度まで失くしたら手に負えない」
一飛空船としての『空飛ぶ魔狼号』グリルディⅢ型改は高い速度と機動性、十分な戦闘能力を有しているが、巻角大飛竜に比べれば、どれも鼻で笑うレベルでしかなかった。
アイリスは頬を伝う冷や汗を拭った直後、伝声管から悲鳴が届く。
『ブリッジッ!! 竜が急速接近っ!! 攻撃来ますっ!!』
「馬鹿野郎っ!! 詳細に報告しろっ!」
ブリッジからは竜の姿を見ることは出来ない。伝声管から告げられる情報を頼りに、頭の中で位置関係を把握するしかない。今この場では想像力と思考力だけが武器だ。
『7時上方より急速接近中!! 距離800いや、700っ! 凄い速さですっ!!』
アイリスは即断する。
「50ごとに距離の読み込みを続けろっ! 操舵っ! 距離400で取り舵いっぱいっ!! 副長っ! 取り舵に合わせて魔導器に圧掛けろっ!! 急旋回するぞっ!」
「了解。右舷メインマスト、魔導器に圧掛け用意っ!!」と副長が伝声管に命じる。
『600っ! 550っ! 500っ! 450っ! 400っ!!』
「取り舵いっぱいっ!! 圧掛け最大っ!!」
アイリスの怒号と共に、『空飛ぶ魔狼号』が左急旋回を開始。急激な機動がもたらす荷重と遠心力によって傾いだ船体がみしみしと悲鳴を奏でる。
船倉内は、突然の大傾斜で転がされる難民達の阿鼻叫喚。
直後。魔狼号が直進していた場合の進路上を炎塊が駆け抜けていき、地上で豪勢な爆発が生じた。




