12:4b
大陸共通暦1769年:ベルネシア王国暦252年:春。
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム
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『アイギス猟団』がオルコフ女男爵領へ到着してから幾日かの後――
ヴィルミーナを乗せた馬車が王都内を進んでいく。
ちょっとした異常気象で暖かい日が続いていたが、この日は曇天の雨模様で、人々に例年の春らしい肌寒さを思い出させていた。
雨の降り注ぐ街並みを眺めながら、ヴィルミーナはあれこれと考える。
カロルレン王国へ派遣した猟団のこと……ではなく、晩春に行われる動力機関搭載試験船の進水式のことだ。
母ユーフェリアを招待して試験船に命名し、ベルネシア産白ワインのボトルを船体にぶつけて割る。造船所からの船台進水だから、事故に気を付けないと。
そんなことをつらつらと考えているうちに、馬車が小街区オフィスへ到着する。
護衛が差した傘の下に入りながら降車し、ヴィルミーナは正面玄関ホールから出社した。
ホールに入ると、“侍従長”アレックス付の若い、というより少女のような秘書がヴィルミーナを出迎えた。
「おはようございます、ヴィルミーナ様」
「おはよう」
ヴィルミーナが挨拶を返すが早いか、秘書が告げた。
「カロルレン義援団の緊急報告が届いております。御足労ですが、執務室ではなく会議室へお願いします」
「朝から不味い話を聞かされるわけね」
ヴィルミーナはぼやきつつ、会議室へ向かう。
会議室には先に出社していた側近衆達が既に席へ着いている。“侍従長”アレックスが手ずから珈琲を淹れ、皆へ配っていた。
「おはようございます、ヴィーナ様」
「皆、おはよう」
ヴィルミーナは皆に挨拶を返し、コートを脱いでから会議テーブルに着いた。
「カロルレン絡みで不味い話を聞かされるそうね。何があったの?」
「先ほど、『商事』から緊急報告が届きました」
ニーナが静かにヴィルミーナへ告げた。
「カロルレンに派遣されていた義援団と連絡が途絶しました」
「それで、アイギス猟団は?」
「未確認です。現地でも混乱が酷く、また窓口がないため確認が取れません」
凶報を聞かされたヴィルミーナは、表情を変えることなくアレックスが淹れた珈琲を口へ運ぶ。熱い珈琲の芳香と味をゆっくりと嗜み、半分ほど飲んだ後、カップを置いて告げた。
「まず分かっていることだけでも説明して」
アレックスが首肯し、マリサに目配せした。
マリサが会議室にある黒板にカロルレンの大地図を二枚掲げた。一枚はカロルレン王国の全体地図。もう一枚はマキラ大沼沢地のある北東部地図。いずれも測量した物ではないから縮尺も地理的正確性も怪しい。この時代の地図は最高機密に属するものだから当然だった。
「説明をさせていただきます」
「お願い」
ヴィルミーナは無情動に告げた。
〇
打ちつける波の如く繰り返し襲ってくる怪物の群れ。群れ。群れ。群れ。群れ。
ベルネシア義援団の冒険者達は村落の急造陣地に立てこもり、怪物達へ向かって抵抗を続けていた。
弩弓の斉射、猟銃の弾幕、擲弾や火炎瓶の投擲。果ては石や煉瓦まで。とにかく叩きつけられるものは何でも叩き付ける。それでもなお突っ込んでくる怪物達を、やっつけで作られた堀とバリケードの陰から槍で突き、剣や手斧で斬り、戦棍や戦鎚で殴り飛ばす。
「弾幕薄いぞ、何やってんだっ!!」
ブロイケレンは怒鳴り飛ばして猟団を指揮していた。
「弾をケチんなっ! 出し惜しみしてくたばったら元も子もないんだっ!! ありったけ叩き付けろっ!」
ベルネシア義援団はオルコフ女男爵領の封鎖線傍のミョルン村でマキラ大沼沢地入りを待っていた。そこへ、マキラ大沼沢地からモンスターの方から訪問してきた。それも大群で。
Q:何が起きたのですか?
A:お答えしましょう。
カロルレンの王立軍と冒険者組合は誤認しました。大災禍のモンスター達は全てマキシュトクに収斂していると。
たしかにモンスターの大軍勢はマキシュトクに集中していました。
しかし、彼らは軍隊ではありません。指揮系統などなく、補給も兵站もない。“餌”が立てこもった城塞都市を落とせないなら、飢え死にする前に他所へ行く。
彼らは軍隊ではありませんから、都市攻略に拘泥しなかったのです。
こうして、大災禍のモンスター達は一部を除いてマキシュトクを離れ、分散して近隣諸地域――ラランツェリン子爵領、ペンデルスキー男爵領、オルコフ女男爵領へ向けて進攻した。
オルコフ女男爵領へ向かったモンスター達は封鎖線に展開する領民兵団を蹴散らし、封鎖線後背の村々へ襲い掛かった。守りの薄い村々がモンスターに食い潰されるか、逃散していく中、ベルネシア義援団がいたミョルン村は籠城戦を試みた。
「今から逃げたっていずれ追っつかれる。なら、ここでモンスターの先頭集団をぶっ殺した方が良いな」「だな。それから逃げた方が確実だ」「堀とバリケードで阻止線を作ろう」「魔導術士と資材が足りねェな。どうする?」
元軍人の冒険者がにやりと笑う。
「資材なら、そこらの家があるだろ」
ベルネシア人にとって、ミョルン村は他国の他人の村だ。躊躇がない。
こうして、義援団の冒険者達は籠城戦のためにミョルン村を占拠した。ヤッパと猟銃で村人達を脅して村長屋敷や穀物蔵へ押し込み、家屋や小屋を破壊してバリケードを作り、油とツボなどを接収して火炎瓶を作って、モンスターの襲来に備えた。
で、今に至る。
義援団の冒険者達は各猟団ごとに担当地域を決めてひたすら戦う。指揮序列もないのだから統合一元統括指揮なんて出来ない。個人参加の連中は各猟団へ割り振られていた。
戦闘そのものは熾烈極まる。津波の如く押し寄せてくる怪物の群れに対し、義援団の数的劣勢は明らかだった。しかし、そこは直近で戦争も経験しているベルネシア人である。数的劣勢くらいで腰が引けたりしない。
「クレテア軍を相手にするよりマシだな。砲弾が飛んでこねェ」
「俺はクレテアの相手をする方が良い。小鬼猿の皮を剥ぐより、連中の装備品を奪う方が金になる」
「俺が死んでも漁るなよ?」
「漁らないよ。お前は小鬼猿より金を持ってないからな」
元軍人達が冗談を飛ばしながら対モンスター用猟銃をぶっ放す。
「小鬼猿に猪頭鬼猿、蛙鬼猿、雑魚ばっかじゃねーかっ! こんなんいくらにもならねぇっ! もっと金になる獲物が来いよっ!!」
「テメェがろくでもねェこと言うから、鶏冠尾蛇が出てきたじゃねーかっ! ふざけんなっ!」
「ははは~」
生粋の冒険者達もバカ騒ぎをしながら刀剣を振るう。
その様子を避難所から窺っていた村民は「なんて野蛮人共だ」と呆れていた。
なお、義援団の非戦闘員(医療関係者など)も「イカレてる」と呆れていた。
ともかく、ベルネシア義援団は大騒ぎしながらモンスターの群れをひたすら殺し続けた。
そうして、オルコフ女男爵領を襲ったモンスターの群れが領内へ進攻を続けていき、戦闘の焦点がミョルン村からずっと後方へ移った。
義援団とミョルン村は生き残った。
あるいは周囲と連絡不能の孤立状態になった。
ブロイケレンは猟団の人的被害が負傷者だけで済んだことを神に感謝し、同時に直面した大問題に頭を抱えた。
「これからどうすれば良いんだ?」
答えを教えてくれる者は居なかった。
〇
黒板に掲げた地図を使いながら、マリサが説明していた。
「義援団の連絡が絶えたのは、ここカロルレン王国北東部、大陸北方ベースティアラントのマキラ大沼沢地に接するオルコフ女男爵領の小村です」
「大災禍が起きているのは大沼沢地内だったはずでは?」
ヴィルミーナの指摘に、マリサは眉を大きく下げた。
「どうも、封じ込めに失敗したようです。軍の動員が遅かったのでしょう。モンスターの群れはマキラ大沼沢地から、オルコフ女男爵領を始めとする近隣諸領へ向け進撃。同地で大沼沢地入りを待っていた義援団も襲撃を受けた模様です」
Dカップの胸を押さえるように腕を組み、ヴィルミーナは天井を見上げ、次いで、会議卓を見下ろし、疑問を口にした。
「大災禍が始まって半月以上経ってるわ。なんで軍が封じ込めをしてない?」
「詳細は分かりませんが、王国中央に軍の出動を渋る動きが強かったようです。戦役時のクレテアのように財政に問題があるのかもしれません」
「それはないと思う」
金庫番のミシェルが言った。手元にある書類を万年筆で示しながら続ける。
「“商事”が持ってきた情報が真実とするなら、カロルレン王国の財政状況は余裕があるほどではないにしろ、窮状にあるとも言えない。国内経済もやや停滞気味だけれど、安定している。物資と金銭面の理由から軍の展開に不安はないはず」
ミシェルの指摘にヴィルミーナはますます怪訝そうに眉根を寄せた。
「金と物はあるのに、なんで軍が動かなかったの?」
誰も答えられない。
金銭と物資に不安がないのに、軍が民を守るために動かないという理由を想像できなかった。
彼女達の祖国、王制法治国家ベルネシアの軍隊は四つのために戦う。
王。国。国益。それに、国民。
しかし、カロルレン王立軍は王と国と国益のために戦う。封建主義が色濃いため、国民意識の醸成が進んでいないのだ。
この点を側近衆の乙女達は想像できない。列強の経済大国でベルネシア貴族として育った故の持たざる視点だった。
ヴィルミーナもまた、カロルレン王国が戦争計画の温存を優先して、自国民の保護と能動的大災害の対処を後回しにするなど、想像の埒外だった。
どこか投げやり気味な溜息を吐いてから、ヴィルミーナは残っていた珈琲を飲む。
側近衆は黙ってヴィルミーナの方針と指示を待つ。そわそわと落ち着かないのは、デルフィネなどまだ付き合いが長くない者達だ。
空になったカップを置き、ヴィルミーナは口を開く。
「まず猟団の救出。これが最優先。次に義援団の救出。これは可能なら、だ。国が後押しした以上、義援団の救出は国にやらせる。問題は救出方法だ。考えがある者は?」
率先して、テレサが口を開いた。
「一にも二にも義援団の状況確認。及び連絡の確保ですね。これが成し得ませんと、我々に出来ることはありません。また、連絡の確保に成功した場合にしても、カロルレン側の合意がなければ、救出の人材を送り込めません。強行すれば不法入国として問題になります。国に動いてもらう他ありません」
「我々が猟団を救うためには、連絡の確保と外交的な同意が必要、か」
ヴィルミーナは考え込む。よりによって自分に敵対的な王国府外務省に助けを求めなければならんとは。こら私が直接出向いて頭を下げへんと駄目やわ。
「連絡を確保した場合、彼ら自身に脱出を求めることも可能かと」
マリサが立ち上がって地図を示す。
「彼らはここ北東部に居ます。ですが、何らかの移動手段を確保させ、西か南の緩衝国へ脱出させるのです。南ならば聖冠連合経由で帰国させられますし、西ならばアルグシアを通じて帰国させましょう。どちらも窓口はありますから交渉可能です」
「理屈としては分かるけれど、彼らの位置から緩衝国まで数百キロは離れてる。実際には不可能では?」
デルフィネの指摘に側近衆の多くが頷く。確かに、マリサの提案は机上の空論にしか聞こえない。
しかし、マリサは不敵な笑みで応えた。
「ベルネシアの人間ではカロルレンへ入ることは難しい。でも、カロルレンと取引のある緩衝国の人間なら入国は難しくない。現地の人間を通じて猟団を支援すれば不可能ではないよ」
「それは必要経費が青天井になる。経理を担う者として同意しかねる」
ミシェルが反対を訴える。
「待って、ミシェル」ヴィルミーナは下唇を人差し指で撫でながら「マリサ。カロルレンへ人を送り込むことは可能なのね?」
「はい。金は掛かりますが、“商事”の報告書からも明らかです」
マリサの明瞭な回答に、ヴィルミーナは首肯し、
「私は王国府へ義援団の救援要請を出す。そのうえで、国がカロルレンへ話を付けた場合、北洋沿岸に脱出させる。国が拒否ないし、カロルレンへ話をつけられない場合、緩衝国へ脱出させる。金は掛かるけれど、人材の喪失に比べたら安い」
鋭い眼差しで皆を見回し、
「全員に念を押しておく。私が求めるパッケージング・ビジネスを進めていけば、こうした問題や事態が幾度も生じるだろう。その際の絶対条件として、現地の社員及びその家族の救出を最優先とし、そのために経費と物資の許す限り努力を払え」
告げた。
「猟団を救い出すぞ。必ずだ」
〇
ヴィルミーナは二本足の主力戦車みたいな女であるから、その日の昼下がりには王国府外務省に約束を取り付け、王国府へ参じていた。
その王国府の外務省はヴィルミーナに反感を持つ者が多い。
対アルグシアに関しては、国王カレル3世の決定が元だったから不満も飲み込んでいたが、アルグシアがヴィルミーナを外交窓口に見出してしまい、対アルグシア外交政策は大きく方針の修正を余儀なくされた(親アルグシア派はヴィルミーナに感謝している)。
対イストリアに関して言えば、自分達の頭越しに協働商業経済圏やら南小大陸案件やら勝手をやられ『王族の令嬢風情が出しゃばりすぎだ』と御立腹。
対クレテアにしても、ヴィルミーナを始めとするベルネシア経済界の経済侵略で散々苦労させられていた。クレテア外交筋から猛烈な苦情と痛烈な非難があり、王国府外務省はその尻拭いに奔走させられている。
つまるところ、王国府外務省は皆、ヴィルミーナに直接的間接的に面倒と厄介を押し付けられ、さらに面目を潰されている。これで好意的になれる方がおかしい。
であるから、ヴィルミーナが王国府外務省へ陳情にやってきた時、誰もが眉をひそめ、訝り、何か裏があるのではと勘繰った。一部の者に至っては『適当にあしらってさっさと追い返せ』とすら言った。
ヴィルミーナも外務省から嫌われ、疎まれていることは承知していた。イストリア関係ではやり過ぎたという自覚もある。もっとも、アルグシアとクレテアに関しては筋違いだと思っているが。
とはいえ、だ。
そうした方々に影響力を持つヴィルミーナがちゃんとアポイントメントを取り、自ら足を運び、言葉丁寧に頭を下げて陳情するということの『意味』を、外務省は理解していた(理解していない連中は出世できないだろう)。
これを無下にするということは、ヴィルミーナに対して敵対宣言をするようなものであり、今後ヴィルミーナと白獅子の協力は一切得られないことを意味する。さらに言えば、ヴィルミーナが今後どんな報復をしてくるか分からない。
であるから、応接室へ通されたヴィルミーナへ出された紅茶はイストリアから輸入した王室御用達品であり、茶菓子もベルネシア王家御愛顧品だった。さらに言えば、応対に出た担当者も参事官だった。
「つまり、義援団の救出について、ヴィルミーナ様と白獅子の行動を認可せよ、と」
「もちろん、御国の御許しを得たうえで行います。当社の人材が現地に赴いておりますから、これを救出するのは、白獅子の、ひいては私の責任ですので」
ヴィルミーナは一度言葉を切り、紅茶でのどを潤してから続けた。
「王国府にお願いしたいのは、カロルレン王国から合意を取り付けていただくこと。わが社独自に救出活動を行うことの認可。この二点です」
「前者に関しては既に行動しております。ただ何分、カロルレンとの国交は非常に細く、交渉に苦慮しております。後者に関してですが、海軍に邦人の救出部隊派遣を打診しており、一民間企業の独自行動を容認することは出来ません」
参事官の回答に、ヴィルミーナは片眉を上げた。
「それは、救出活動は海軍主導、ということでよろしいですか?」
「ええ。そうなります。今まさに、カロルレンとの邦人救出の合意を取りつけ、海軍の活動条件を整えるべく活動中です。もちろん、義援団の置かれた状況を想像するに早急な合意成立を目指し、全力で努力しております。王妹大公令嬢様の社員に対する御心配は理解しますが、我らを信じてどうかご自重のほどをお願いします」
参事官の口上を簡潔にまとめるなら『この話は外務省と海軍でケリをつけるから、余計な事すんな。大人しくしてろ』である。少し穿った見方でもあるが、ヴィルミーナが干渉出来ないよう梯子を外したとも言えよう。
それでも、参事官の態度は礼節に適ったものであり、ヴィルミーナに対して非礼はない。内心で『小娘がしゃしゃり出てくるな』と思っていても、態度や表情、言葉遣いへおくびにも出さない。それぐらいの腹芸が出来なくては外交官なんて務まらないし、出世も出来ない。
何より、ヴィルミーナに突かれる言質や隙を取らせない。やり手である。
もっとも、彼らは失念していた。
ヴィルミーナが軍と太いパイプ持つことを。今やそのパイプは陸軍に限らないことを。
「話は変わりますが……これは単純に疑問なので伺うのですけれど」
ヴィルミーナは前置きをしてから参事官へ尋ねた。
「カロルレン王国とは、いったいどういう国なのです? モンスターによる大災害が生じたのに軍を投入せずに放置していたようですけれど、彼の国ではこういうことが普通なのですか?」
「いや、その御質問は我々も抱えているものでして」
参事官は口ひげを撫でつつ、本当に困り顔で答えた。
「ここ数十年、カロルレン王国は良くも悪くも目立たない地味な国でした。周辺国と揉めず、内で問題を抱えているわけでもない。大きく繁栄しているわけでもなければ、窮乏で切羽詰まっているわけでもない。なんというか、メーヴラントの端っこで慎ましくしていました。これは言い換えれば、内政を無難にこなし、外政で上手く舵を切っている証拠です」
「優等生な国なんですね」
「ええ。とても内向的な優等生。それが我が国のカロルレンに対する評価です。いえ、でした」
ヴィルミーナに首肯しつつ、
「しかし、此度の大災禍への対応を見るに、カロルレンは国家指導層がまともに機能しているとは思えません。我が国が把握していない何かしらの深刻な問題があるのでしょう。もしかしたら、此度の大災禍を機に反乱なりなんなりが生じるかもしれませんな」
参事官は溜息を吐いて口端を力なく緩めた。
「我が外務省としても、この見込み違いには自省を禁じ得ません。かような国に義援団を送ってしまったことは痛悔の極みです」
なるほど。
ヴィルミーナは理解する。
自分のことを嫌ぅてるだけで梯子を外したわけやない。義援団救出で面目を取り戻したいんや。外務省は合意成立さえ達成できれば、細かいことは言うてこんな。
「お話、とてもよく分かりました。皆様の御尽力に感謝し、交渉の成功をお祈ります。お忙しい中、時間を割いていただきありがとうございました」
ヴィルミーナはにっこりと微笑み、腰を上げて参事官と握手をした。参事官の手は酷く冷たかった。もっとも、ヴィルミーナの手も、また冷たかった。
王国府を出たヴィルミーナは、供についてきたヘティに命じる。
「海軍総司令部へ連絡をお願い。クライフ海軍少将と面会の約束をとりつけて」
「かしこまりました。すぐに」
ヘティが自身の部下達へ指示を飛ばし、魔導通信器を用意させている間、ヴィルミーナは雨雲の広がる空を見上げた。
動く時期は外務省次第か。御上に下駄を預けなあかんのは癪やけど、しゃーない。勝手に動いて外交問題とか流石になぁ……
それにしても、まさかこれほど大ごとになるとは。大災禍を甘くみとった。大失敗やわ。
密やかに息を吐くと、仄かに白く煙った。
や、カロルレンという国の分析が足りへんかった。事前調査は今後の課題やな。”商事”も頑張ってくれとぅけど、まだまだ足りへん。それと、通信事業も早いとこ手を付けた方がええなぁ。連絡と情報の速度を上げへんとあかんわ。
反省と教訓を考えていると、ヘティが戻ってきた。
「ヴィーナ様。クライフ海軍少将閣下と約束を取り付けました。本日中にお会いできるそうです」
「よかった。なら、このまま海軍総司令部へ向かおう」
馬車が王国府正面玄関に配車されてきた。ヴィルミーナは護衛の差した傘に入りながら、馬車へ乗車した。続いてヘティも乗車する。
ヴィルミーナは上着のポケットから懐中時計を取り出して時間を確認した。いい時間だった。海軍総司令部を訪ねたら、帰りは晩飯時になってしまうかも。
「ヘティ。夕食を一緒に摂りましょう。食べたい物を考えておいて」
「ヴィーナ様と御一緒なら何でも喜んで食べますよ」
ヘティが心から嬉しそうに微笑んだ。ヴィルミーナも釣られて微笑む。
ホントに側近衆の娘らは可愛いわぁ。
せやからこそ、今回の救出作戦は絶対に成功させなあかん。
この先に似たような事態が起きた時、側近衆も巻き込まれるかもしれない。その際、可愛い姉妹達が最後まで希望を持てるよう、ヴィルミーナと白獅子が絶対に見捨てないという前例が要る。具体性があればあるほど、希望は光を強く放つ。
そのためにも、まずは海軍に”提案”を飲んでもらわなくてはならない。
どれだけ”パイ”を切り分けるべきか、ヴィルミーナは計算し始めた。




