表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

130/336

12:4a

大陸共通暦1769年:春

――――――――――

 プロン造山帯からマキラ大沼沢地に降り立った大型飛竜は、西方巻角大飛竜(ヴェスト・グレーター)という種だった。

 青灰色の巨躯に幅広な翼腕と強靭な後脚、長大な尾を持つ。頭部にはぐるりと巻いて前方へ向かう角が生えている。その全長全幅全重はB17重爆撃機並みだ。


 巻角大飛竜はさほど頻繁な食事を必要としない。が、一度の食事量は自身の体重より多くの肉を食らう。小型生物で飢えを満たそうとした場合、それこそ町一つを食い尽くしかねない程だった。


 巻角大飛竜はマキラ大沼沢地を回遊し、飢えを満たしつつ、人界の生活を楽しんでいた。

 大きな沼で水浴びしたり、孤立した村落や拠点を壊滅させたり、小鬼猿や猪頭鬼猿の群れを全滅させたり、鶏冠尾蛇や泥魚竜といった中型種を狩ったり、鷲頭獅子と喧嘩したり。


 この日も、巻角大飛竜は悠々と空の散歩を楽しんでいた。

 地図で言えば、マキシュトクから逸れて特別税制領へ向かっていた。なぜかと言われれば、『気が向いたから』としか言いようがなかった。ぶらり散歩に小難しい理由などない。


 そのぶらり散歩の最中、巻角大飛竜は泥濘の街道を進む小さな生き物の群れを見つけた。

 巻角大飛竜はこの小さな生き物の群れに特別な関心を抱かなかった。別段空腹でもなかったし、仮に空腹でも数十匹程度の人馬ではオヤツにしかならない。


 それでも、狩猟生物としての本能か、絶対的強者としての傲慢な好奇心か、巻角大飛竜は高度を大きく下げて群れへ近づいてみた。

 さながら猫が目にしたビー玉を突くような気軽さで。


 群れの頭上をフライパスしようとした瞬間。竜の脇腹に魔導術が叩き込まれた。

 カナブンが衝突した程度のことだったが、問題は魔導術を使われたことだった。


 この時代の人間は知らないことだが、大飛竜のような一部の大型種モンスターは、体構造的に魔素を利用できる。大飛竜の場合、魔素利用によって重力に屈することなく地上を闊歩し、空を飛ぶことを可能としている。魔導工学的に言えば、常時バフ状態といったところか。


 このため、巻角大飛竜は街道上の群れを『脅威を有する群体生物』と認識した。如何に小さくとも魔素を使う術を有する以上は油断しない。


 脅威に遭遇した生物は基本的に二通りの反応しかしない。

 排除か脱出。


 絶対的強者である巻角大飛竜は迷わず前者を選ぶ。

 巻角大飛竜はゲームのボスキャラのような『一定条件を満たすまで必殺技を放たない』という配慮を持たない。むしろ、脅威の迅速かつ確実な排除のため、最初から強烈無比な攻撃をぶちかます。


 一旦、高度を取った後、巻角大飛竜は優美に捻り宙返りを打ち、翼を畳んで街道へ向けて急降下(ダイブ)を開始。襲撃高度に達した直後、翼腕を広げて空気抵抗を増加。速度を押さえ込む。同時に、生体器官に蓄積させた燃料を逆流させ、超高純度魔導触媒である牙を媒介に、巻角大飛竜は“それ”を街道上の群れへ叩き付ける。


 そして、翼腕角度を調整し、位置エネルギーを運動エネルギーに転換させて脱出速度を稼ぎ、巻角大飛竜は緩上昇しながら街道を離れる。


 街道上に真っ赤な大輪の花が咲いた。


 励起反応状態になった燃料の塊が、大地へ衝突した衝撃――運動エネルギーと圧力を起爆剤に高速爆轟反応を起こし、周囲の大気と魔素を取り込みながら大爆発したのだ。


 その凄まじい熱量をまともに浴びた人馬は一瞬で炭化し、粉砕された。

 効力範囲ギリギリにいた者達は悲惨の極致だった。熱圧衝撃波に体が焼け、鼓膜と肺が裂け、各種臓器が圧潰し、各種骨が破砕した。

 頸椎が折れて心臓が圧潰していれば即死出来たし、呼吸器系が熱損していればしばしの苦しみの後に窒息死できただろう。だが、そうでない者は多臓器不全による生命活動の終わりが訪れるまで、表現困難な苦痛に発狂するしかなかった。


 巻き上げられた大量の土砂や人馬の残骸が風切り音を牽きながら降り注ぎ、大地の水分が蒸発して生じた真っ白な闇の中、人馬の苦悶と悲鳴と絶叫が絶え間なく奏でられる。


 峻烈な衝撃波が巻角大飛竜の元に届き、巨体を揺らす。巻角大飛竜は身を捻って翼腕の角度を調整。気流に乗ってホバリングを行いながら、街道の様子を窺って爆撃損害評価を行う。


 街道に居た『脅威を有する群体生物』は壊乱状態にある。わずかな生き残りが水を浴びた蟻のように逃げまどっていた。攻撃成功。脅威は排除された。


 満足げに鼻息をつき、巻角大飛竜は悠然と身を翻して大沼沢地へ引き返していく。

 巻角大飛竜は想像もしていなかった。自身のしたことの意味を。


            〇


 小さなヨラと子犬のナルーとお友達のソフィアは、マキシュトクの聖堂へ収容された。


 タチアナ・ネルコフと現地聖王教会が話し合い、「子供達だけでも確実に守らねば」ということで、最も頑丈なマキシュトク聖堂の大礼拝堂へ子供達を保護したのだ。

 ソフィアの兄も年齢的に保護して貰えたのだが、「僕にも出来ることがある」とヨラの父親と共に“防衛隊”へ参加した。

 ヨラの祖母は病人や負傷者達と共に臨時病院へ送られ、ヨラの母を含む婦人部隊の介護を受けている。


 家族から引き離されてヨラは不安でいっぱいだったが、ナルーとソフィアが居たから泣かずに済んだ。それに、教会の司祭様や助祭様が経典に基づく色々な“お話”をしてくれたし、修道女や修道士達と一緒に神様へお祈りした。


 すると、モンスターの大群が襲ってきてから間もなく、女男爵様が手勢を引き連れて補給物資を持ってきた。

 そして、街の遠くで落雷みたいな轟音が響き、山のように大きな雲が昇った。その轟音に驚いたモンスター達が一旦退いて行き、防衛戦に一息つくことが出来た。


 小さなヨラは助祭様へ尋ねた。

 皆でお祈りしたから、神様が助けてくれたの?

 助祭様はなぜか物凄く困った顔を浮かべ、何も答えずにヨラの頭を優しく撫でた。


 傷だらけの鎧を着こんだ若い女男爵様が聖堂にやってきて、小さなヨラを始めとするたくさんの子供達を見て、驚いていた。女男爵様は子供達に声を掛けて回り、ヨラとナルーとソフィアを順番に撫でてくれた。感激したソフィアは『私も女男爵様みたいになりたい』と言った。


 ヨラはもうじき家に帰れると思った。

 神様が助けてくれたし、女男爵様が助けに来てくれた。怖いモンスターもやっつけてくれるに違いない。家族皆で家に帰って祖母のグラーシュを食べられる。両親はソフィアとその兄のことを気に入っているし、一緒に村へ行けるかもしれない。そしたら、ずっと一緒に居られる。

 早く家に帰れると良いなあ。

 ヨラは祭壇に掲げられた聖剣十字の像を見上げた。


 小さなヨラが聖剣十字の像を見上げていた時、代官所ではタチアナ・ネルコフとノエミが話し合っていた。ヴィルヘルムの三男坊と甥、代官所や冒険者組合の幹部も同席していた。


「まさか……俺達じゃなく親父達が死ぬなんて……」

 ヴィルヘルムの三男坊ハラルドが悄然とした面持ちで呻く。


 魔導通信器で届いた報せを聞き、皆沈痛な面持ちを浮かべていた。いよいよ大飛竜が現れたのだから無理もない。それに、引き返したヴィルヘルム達が全滅したことも一層気を重くさせた。


「何と言って良いか……すまねェ。言葉が見つからないよ」

 ノエミは半ベソ顔で三男坊と甥の二人を労わる。


「痛み入る」ハラルドは大きく頷き、悲痛な面持ちの甥の肩に手を置き「だが、悲しむのは後でも出来る。今はどう生き延びるかだ。代官代理殿。この町はどれくらいもつんだ?」


「無礼を承知で申し上げますが、皆さんの持ち込んだ物資の量では焼け石に水です。一日一食でも10日と持ちますまい。殺したモンスターの死骸を回収して食せば、もう少し持つかもしれません」

 タチアナの冷厳な回答に、ノエミは眉間を押さえた。


「持久はままならず敵は雲霞の如し。防備は頼りなく疫病流行の恐れあり。増援はいつになるか分からねど、いずれは竜がやってくる。なんだか楽しくなってきましたな」

 自虐的に微笑んだハラルドが懐から細巻の包みを取り出し、ノエミとタチアナに勧める。二人は細巻を受け取り、魔導術で火を点した。室内に紫煙が広がっていく。


「……軍に飛空船を出してもらおう。あれなら物資の搬入と避難民の救出が出来る」

 ノエミの提案にタチアナは渋い顔を浮かべた。

「これまで散々救援要請を無視してたんですよ? 飛空船なんて高価な玩具を回しますかね?」


「怒鳴りつけてでも引っ張り出すさ。それに」ノエミは紫煙を吐きつつ「竜を倒すにはこの街にいる冒険者達が必要だ。彼らを失えば、軍だけで竜退治をする羽目になる」


「冒険者組合としては、志願者は多くないだろうと言っておきます。徴用してもまともに働きませんよ」

 冒険者組合の幹部が恨み事をぶちまける。そりゃそうだ。この地域には国内冒険者の大半が居たのだ。水害の発生時点でしっかりした支援があれば、冒険者達だけで大災禍をある程度抑えられたはずだ。散々犠牲が出た今になって動き出し、挙句、困難極まる大飛竜の討伐に参加しろだと? 冗談は寝て言え。


「それに関しちゃあ、あたしは何も言えない。その権利もない。まあ、先のことは後回しだ」

 ノエミはどこか皮肉っぽく口端を歪める。

「まずは生き抜いてからだろう?」


     〇


「ラランツェリン子爵が死んだっ!?」

 報告を受けた国務大臣は卒倒しそうになった。


「大飛竜の襲撃を受け、同行していた御嫡男の他、御親族の多くも共に亡くなっております」

 秘書官は大臣が白目を剥きかけていても無視して報告を続ける。

「ラランツェリン子爵家の生き残りは自領に残られた女衆と御嫡男の御家族。それと、マキシュトクへ参じた御三男と甥御様だけになります。

 このため、ラランツェリン子爵家は自領防衛以外の如何なる協力も拒否する、と通知してきました。

 また、ペンデルスキー男爵も国軍の派遣がない場合、これ以上の協力はしない旨を訴えています。

 最後に、オルコフ女男爵家は当主不在のため、先代男爵夫人からマキシュトク救援をこれ以上遅らせる場合、領主権に基づいて軍への協力を拒否すると」


 次々と聞かされる報告に、国務大臣は完全に白目を剥いた。


 箸にも棒にも掛からぬ田舎貴族とはいえ、ラランツェリン子爵家は王族の端くれであり、しかも当主と嫡男を始めに一族男子の過半数が死亡した事実は、王国中央に衝撃を与えた。


 そして、大飛竜がラランツェリン子爵を襲撃した場所――特別税制領に近いことが発覚すると、王国中央は大混乱になった。なにせ大飛竜がマキラ大沼沢地の外へ出る可能性、すなわち、大飛竜が疾駆長征して他地域へ向かう可能性が生じたのだ。


 この瞬間、大災禍はマキラ大沼沢地というド田舎の危機から、王国全体の危機に変わった。


 北東部に近い領地を持つ王家親族衆や閨閥や地主貴族が、一斉に訴える。

 マキラ大沼沢地へ軍を派遣しろ。竜を倒せ。我らが被害を受ける前に竜を殺せ。


 この辺の動きはクレテアのスノワブージュ爆撃に対する反応に似ているが、クレテア貴顕が自分達の領地を守るため軍事へ干渉したのに対し、カロルレン貴顕は問題の直接解決を要求した。それにしても、マキラを救えと言わないのがなんともはや。


 国王ハインリヒ4世と王国首脳部は、こうした王家親戚衆と閨閥と地主貴族達の強烈な圧力に押し切られ、大飛竜の討伐へ軍を投じることを決断せざるを得なかった。


 一つ確かなのは、事ここに至り、王国首脳部が秘匿に拘った戦争計画は破綻したことだ。


 しかし、カロルレン王立軍上層部は諦めが悪かった。

『戦争計画は破綻した。それは認めよう。だが、これまで蓄えた力を空飛びトカゲなんぞに蕩尽してなるものか。軍の力を維持しつつ、竜を撃滅し、計画を新たにせんっ!』


 こうして軍は竜退治の計画を練り始める。が、問題だらけだった。

 先述したように(12:3)、竜は現行銃砲では殺せない。高位魔導装備を用いた戦士達の肉弾戦術が有効なのだ。


 しかし、そうした高位魔導装備を持つ冒険者達の多くが、マキシュトクに逼塞させられている。国内各地に居る冒険者達を搔き集めるにしても、竜退治にはマキシュトクの冒険者達が不可欠だった。

 そして、マキシュトクの冒険者を救援する以上、現地の窮乏したマキシュトク住民と難民のための物資と、現地へ展開する軍のための物資、とにかく大量の物資を用意して現地へ運び込む必要があった。


 先のベルネシア戦争でも記したが、近代において兵站は軽視されており、現地徴発に依存する傾向が強い。馬車の移送能力と食品保存技術の限界から、食料を現地徴発せざるを得なかったからだ。


 ところが、今回は救援作戦であるから、現地で徴発など出来ない(助けに行った先で略奪とか許されざるよ)。そもそもマキラ大沼沢地には徴発可能な村落や町がない。近隣諸領で調達するにしても、その近隣諸領も税制優遇を図らねばならないような貧しい土地だ。


 さらに言えば、現地の地形状態は大水害で壊滅的被害を受けている。街道は深い泥濘に化け、橋という橋が失われている。馬車輸送にとって悪夢的環境だ。


 つまり、こういうことだ。

A)大飛竜がマキラ大沼沢地から余所へ移るまでに、

B)大量の物資と馬車を用意して、

C)泥濘の街道を進み、氾濫した川に架橋してマキシュトクへ向かい、

D)現地の冒険者を救援して竜討伐に徴用し、

E)大飛竜を確実に討伐し、大災禍を終わらせる。


 当然、これを実行すれば、これまで秘匿してきた軍事力が露見する。挙句、戦争のために準備してきた大量の物資が消費され、軍の各種能力まで暴露してしまう。


 軍は頭を抱えた。

 ――クソが。何か良い手は、良い手は無いのか?


 そこへおりしもマキシュトクへ到達したオルコフ女男爵から、魔導通信が届く。

『飛空船で物資を空輸しろっ!! 良いなっ!? あたしらが死んだら、ぶっ殺しに行くぞっ!』


 王立軍はベルネシア戦役の情報を手に入れて研究し、飛空船を増やしていた。もちろん、ベルネシアの飛空船ほど性能も数もたいしたことはない。それでも対地攻撃能力と輸送能力はそれなりにあったし、何よりも空路なら現地の凄まじい泥濘の影響を受けない。それに、これは航空戦力の検証と訓練にもってこいではないかっ!


 ――これだっ!


 マキシュトクを空から救う。

 飛空船で物資を輸送し、翼竜騎兵でマキシュトクに押し寄せているモンスターを蹴散らす。大飛竜が現れたら速やかに撤退する。陸上部隊では逃げられないが、飛空船や翼竜ならやりようがある。

 何よりも、陸上部隊を投入するより費用と手間を省けるのでは?


 そうして、空からマキシュトクを解囲した後、現地の冒険者達を動員して大飛竜を狩る。今のマキシュトクには国内冒険者の大部分が逼迫しているから、連中を解放さえすれば、軍を消耗せずに竜を狩れるはずだっ!


 ――おお……いける。いけるんじゃないかこれはっ! いけるだろこれはっ!!


 二次大戦の枢軸国みたいなダダ甘の見通しの気もするが、軍上層部は難解な方程式の解法を見つけたような充足感を覚えつつ、このアイデアを具体的な作戦計画に落とし込む。

 マキシュトク救援と大飛竜退治の計画が練られ、準備が急ピッチで進められていく。


 さて、恐慌状態の王国中央、混乱状態の王国首脳部、超多忙状態の軍上層部。こういう指揮系統が混沌としている時は、予期せぬ事態が生じる。


 たとえば、マキラ大沼沢地へ出征途中のボンボン軍団こと近衛騎士団はまさに二転三転する命令を受けていた。


 軍事的には何の役にも立たない連中であり、王家親戚衆や閨閥や貴族の子弟といっても、大半が家督相続権を持たない次男坊以下だったから、少々死んだところで問題はない。が、飛竜に襲われて全滅するかもしれない、となれば話は別だった。能力的に使い物にならず、全滅されると政治的に面倒。クソ忙しい時にこんな扱い難い部隊は邪魔なだけだ。


 そんなお荷物な彼らは荷物同然の雑な扱いを受けた。

 帰還命令を受けて引き返してみれば、道中に待機命令を受けた。

 命令通りに待機していれば、今度はマキラ大沼沢地へ向かう軍へ参加しろという。

 マキラ大沼沢地へ向かう道中にラランツェリン子爵領で『ウチは協力しない』と物資提供はおろか宿すら得られない。

 どういうことなのかと中央に問えば『なんで帰還しないんだ』と怒られる。もう訳が分からない。


 頭にきた近衛騎士団は『バカにしやがって、俺達ぁ帰るぞっ!』と全ての命令を無視して帰還してしまう。

 貴族子弟で編成された近衛騎士団がマキラ大沼沢地へ行かずに王都へ帰っていく姿は、多くの民衆の目に触れた。

 ――奴ら、マキラを助けずに帰りやがった。


        〇


 カロルレン王国は大飛竜の討伐作戦を始めてもなお、義援団の現地入りを認めなかった。

 義援団の犠牲を防ぐためではなく、軍の航空戦力とその作戦能力をベルネシア人に見せたくなかったからだ。


 しかし、先に記したように、この時のカロルレン王国は中央が酷く混乱していた。

 この結果、大飛竜討伐のために国内冒険者を徴収する手続きに不備が生じ、ベルネシア義援団は救援物資共々マキシュトク送りになってしまった。


 閑暇に倦んでいたベルネシア人達は、嬉々として救援物資と共にカロルレン軍の飛空輸送船へ乗り込み、空輸作戦最前線拠点となったオルコフ女男爵領へ向かった。


「見た目は普通だが、作りが雑だな。応力補強の梁が少ない。これじゃちょっとした乱流でも分解しちまう。高度を取れないぞ」

「低空用なんじゃないですか? 中型船ですし」


 元海軍飛空船乗り達がそんな会話をしていたが、彼らの乗っている飛空船はカロルレンにおける『大型』飛空輸送船だった。外洋領土を持たず北洋空運もないカロルレンにとって、飛空船の運用は国内に限られているため、ベルネシアの飛空船みたいな性能を有していない。


「ようやく出番だ」「ひひひ。稼ぐぜーチョー稼ぐぜー」「ひゃっはーっ!」

 若い冒険者達は船倉で鼻息を荒くしながら装備を整えている。


「竜狩りには関わらねェって聞いてたのに」「参ったな」「勘弁してくれよ」

 ベテラン冒険者達はぶつぶつと文句を垂れながらも準備に余念がない。


 各猟団代表者達はもう一度協議を持つ。今度はカロルレン冒険者組合の幹部も一緒だ。

「我々としては皆さんを竜狩りに参加させるつもりはありません。皆さんが犠牲になることを恐れていますし、何より竜の素材を外国人に分けたくないので」

 カロルレン冒険者組合の中年女性幹部がにやりと微笑む。これには猟団の御頭達も苦笑い。


「それと、幾度も説明しましたが、現地は深刻な物資不足であり、街は難民などにより収容限界を超えているとのこと。よって、皆さんの現地入りは我が国の冒険者達が現地へ行った後、となります。御了承ください」


 カロルレンの冒険者達が狩り残した獲物を漁れ、と言われているに等しい。

 猟団代表者達はムッとしたが、舌打ちや溜息で済ませた。なんせここは外国で他人様の縄張りだ。ゴネたところで譲歩が引き出せるとは限らない。それに、竜狩りの最前線に行くよりはマシだった。


「まあ、軍がようやく行動を起こしましたから、案外、私達も皆さんも出番がないかもしれませんよ」

 そう語る中年女性幹部は、自身の言葉を全く信じてない顔つきだった。


 出番がないに越したことは無いんだが。

『アイギス猟団』の団長ブロイケレンは内心でぼやく。人員を無事に連れ帰れ、とヴィルミーナから厳命されているのだ。竜狩りなんか関わりたくもない。


 ブロイケレンは猟団長就任を受けたことをたっぷり後悔していた。


      〇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ