12:0:獣。竜。人間。本当に怖いのは?
自然の話をしよう。
地球史において、近代産業文明社会の到来以前から、しばしば異常気象というものが発生した。大雨洪水に旱魃、地震、活火山噴火。近世には地球規模で小氷河期が到来した。
そして、こうしたマクロな自然災害は時に人間社会へ深刻な影響をもたらした。
風吹けば桶屋が儲かるという故事のように。
地球18世紀。アイスランドのラキ火山大噴火によって欧州に極端な異常気象が襲った。この異常気象は数年に渡って尾を引き、欧州全体に貧困と飢餓が蔓延。フランス革命の主要要因につながる。
『アイスランドで火山が噴火したら、フランスで革命が起きた』。字面だけ見たら意味が分からない。
また、地球史1970年にインドのベンガル湾を襲った巨大サイクロンは、同沿海地域の大半を破壊しつくし、1万弱の沖合漁船を破壊して壊滅させた。全体の死者は推定約30~50万人。
問題はこの災害の対応を巡って現地で大政争が勃発。ついにはバングラデシュ独立戦争、第三次印パ戦争を招いた。
『サイクロンが来たら、バングラデシュが独立した』。字面だけ見て何が起きたのか分からない。
魔導技術文明世界においても、もちろん自然災害はある。
大雨洪水。地震。旱魃。大雪。火山噴火……
有名どころでは15世紀に大陸西方コルヴォラントで起きた大地震だろうか。大陸西方ではまず地震が起きないため、災害そのものの被害より、人々のパニックによる人災が酷かった。
当然ながら、自然災害は人間社会ならず生態系にも影響を与える。
コルヴォラントで起きた大地震はモンスター達も刺激した。山林地帯に近かった村落がパニックを起こしたモンスターの大襲来を受けて壊滅し、いくつかの田舎都市が手酷い損害を被っている。
モンスター禍は人間自身が引き起こすこともある。
山林原野の開拓を試みたり、大規模猟団が大量狩猟を実施したりした結果、モンスター禍を招いた事例が辟易するほど存在する。
さて、大陸共通暦1769年。
この年、大陸西方の春はちょっとした異常気象だった。
例年よりも気温上昇率が高く、平均して3、4度ほど暖かった。これにより高山地帯の積雪や碓氷が例年以上に多く融解し、高山の河川付近に大きな氾濫を招く。
最も被害が大きかった土地は、大陸北方ベースティアラントの間に伸びるプロン造山帯とプロン山系河川が広がるマキラ大沼沢地。
大陸西方メーヴラントにあるカロルレン王国の領土である。
〇
大陸西方メーヴラントに接する大陸北方ベースティアラントは、標高5、6000メートル級の峻険な高山が連なるプロン造山帯とその山々から無数の河川が流れ、大小様々な湖沼が点在して、泥だらけの沼沢地が海岸近くまで広がっている。しかも、どこもかしこもモンスターの巣窟だった。
ベースティアラントとは古代北方語で『獣達の土地』を意味し、その由来は『こんなところに住むのは獣だけ』。実に厭味ったらしい。
このベースティアラント・プロン造山帯の西南側――メーヴラント側に広がるマキラ大沼沢地はカロルレン王国の領土だった。
神聖レムス帝国から分離独立後、カロルレンはこの地域を開発して穀倉地帯にしようと試みたが、失敗に終わった。
春の雪解け時期を迎えれば水害に悩まされ、地面を掘れば生臭い水が湧き出て、ろくに家屋も立てられない。
苦労して干拓地を作っても、作物がろくに育たない(後世で判明するが、この地域の地質水質は穀物や野菜の栽培に酷く不向きだったらしい)。
さらに言えば、苦労して作った入植地は頻繁にモンスターの襲撃を受け、開拓団がいくつも犠牲になった。
結局、カロルレンはこの地域の開発を諦めた。現在に至るまで、この地域にはモンスター狩猟と天然素材採取の冒険者産業しかない(逆に言えば、大陸西方でも指折りの冒険者産業地域だ)。
まあ、この厳しい土地のおかげで大陸北方方面からの侵略は一度もなかったが。
翻って大陸共通暦1769年である。
先述したように、この年の春はちょっとした異常気象で例年より暖かく、プロン造山帯の積雪と碓氷が例年より多く融解した。プロン山系河川はどこも大増水して氾濫、その下流地域は記録的な水害に見舞われた。マキラ大沼沢地も例外ではない。
点在する各湖沼が増水で一体化し、原野がまるっと冠水ないし水没。まるで海のような有様になっている。
数少ない開拓村や冒険者達が集う狩猟拠点が水没してしまった。
被害村落や拠点の住民達は、無事な開拓村や狩猟拠点を目指して避難するしかないが、他所の村や拠点も避難者を受け入れる余裕などなかった。
なんせ、この辺りは農業に不向きな土地だから、余剰食糧を持つところはどこにも存在しない(一部避難者がパートタイムの山賊群盗を始め、血みどろの事態も生じた)。
こうして、避難者達はマキラ大沼沢地域にある唯一の都市マキシュトクを目指すのだが……
そのマキシュトク自身も周辺地域や道路(ほぼ未整備)が冠水したり、水没したり、橋が流されたり、と苦境にあった。
さらには、マキラ大沼沢地一帯の開拓村や狩猟拠点から避難民が押し寄せ、街の収容キャパシティを超えていた。カロルレン王国内きってのド田舎マキラ大沼沢地にあるような街だから、マキシュトクの規模も小さい。人口だって平時で3万人に届くかどうか。
食料自給率なんて聞くのもバカバカしい。マキシュトクは平時から食料調達を余所へ依存しきっていた。
しかし、道路が冠水して泥濘と化し、橋が流された状況では陸路から食料が届かず、空路からでは供給が追い付かない。
そして……
賢明な諸兄諸姉は既に気付いているだろうが、しっかり触れておこう。
自然災害は人間だけが影響を受けるわけではない。オーストラリアの山火事で数千数万の野生動物が命を落としているように、自然災害は全ての生命を等しく苦しめる。
マキラ大沼沢地に生息する全ての生命――動物もモンスターもこの予期せぬ大水害に喘いでいた。彼らは水害を逃れようとプロン山系へ、あるいは――人界を目指した。
この人界を目指したモンスターの大規模移動を、魔導技術文明世界においてこう呼称する。
大災禍。
〇
大陸共通暦1769年:ベルネシア王国暦252年:春。
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。
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この春のちょっとした異常気象は、大陸西方各地に大小さまざまな被害と影響をもたらしていた。
ベルネシア王国では国内を通る河川が増水し、一部地域で氾濫。水害が発生した。干拓地域の排水機構がいくつか臨界に達して一部地域で冠水。これらの地域は農耕地域だったため、今年の収穫量に影響する可能性があった。
なお、白獅子の移転先予定地クレーユベーレも多少の被害を受けている。
そういえば、地球でも近代頃にはちょこちょこ強烈な自然災害と飢饉に襲われてたっけ。すっかり失念しとったわ。各地に見舞金と物資を送っとこ。
春の午後。ヴィルミーナは小街区オフィスの会議の最中にそんなことを考えていた。
「この際です。クレーユベーレのインフラ整備を大きく進めてしまいませんか?」
ニーナがヴィルミーナに提案した。
「でも、方々で資材需要が高まってるわ。調達費用がかさむかもしれない。とりあえずは仮補修に留めて、資材価格が落ち着いてから手掛けたらどう?」
テレサが別案を提出。
「資材供給と流通に力を入れては? 短期的に大きな収益を上げられると思いますが」
ヘティはさらに別方向の意見を提出。
「私としては動力機関搭載の試験船に遅れが出なければ、御随意に」
マリサは不敵に微笑む。
“侍従長”アレックスとドラン青年は別案が無いようで沈黙している。
ヴィルミーナは側近衆の意見を聞いた後、各事業の代表者や重役に彼女達の提案を実現可能か諮問した。
代表者や重役の回答によると―ー
クレーユベーレの大規模インフラ整備には供給が追い付かないので、ニーナの案は難しいとのこと。
テレサ案は仮補修だと天候次第で再び被害を招く可能性があり、手を付ける以上はきっちりやるべきと指摘された。
ヘティの案には他社と競合して利益率が下がる見込みがあるそうだ。
マリサに関しては……まあ、うん。
各員の意見を一通り聞き終え、ヴィルミーナは少し考えてから、口を開いた。
「クレーユベーレのインフラ整備に注力します。ただし、資材供給に無理がないように計画を調整して。それから、今回の被害を参考に今後の災害を想定して対策を組み込むこと。詳細は担当者達に任せます。他に意見は?」
こうして会議が終わったところで、“侍従長”アレックスがヴィルミーナに耳打ちしてきた。
「ヴィーナ様。アルグシア側から非公式の接触がありました」
非公式の接触、ね。またぞろ面倒な話っぽいなあ。
「場所を移しましょう。執務室へ来て」
執務室へ移ったヴィルミーナは鼻息をつく。
「あの連中、私が親アルグシア派か何かと勘違いしてない? スパイ容疑を掛けられて死刑台送りとか冗談じゃないわよ」
ありえない話ではなかった。容疑が掛かるだけで十分だ。尋問にハンマーを使うのはボルシェビキの専売特許じゃない。
権力を敵に回せば、如何なる保障も存在しない。弁護士を呼ぶ権利も、裁判を受ける権利も、刑務所に入れられる権利すらも与えられない。
「今回に限ってはさほど剣呑な話ではありません」
アレックスはヴィルミーナの警戒心と猜疑心に微苦笑しつつ、続けた。
「アルグシア連邦構成国のいくつかから出先商館の誘致が来てます」
「商館の誘致?」
「ハイデルン王国に置いた出先商館が結構な利益を上げていますから。その関係でしょう」
白獅子はベルネシア王国府の許可の下、国境に接するアルグシア連邦ハイデルン王国に出先商館を置き、そこを拠点にアルグシア連邦産物とベルネシア産物の取引が行われ、市場開放させたクレテアやイストリアの物産も扱われている。各外洋領土の産物も、だ。
商館の収益から一部がハイデルン王国を通じ、アルグシア連邦政府へ納金されるが、もちろんハイデルン王国の懐にも収まっている。
しかも、この出先商館での取引のためにアルグシア連邦中から人や物が流れ込み、ハイデルン王国に金を落としていた。
つまり、ハイデルン王国は出先商館を設置しただけでガンガン金を稼いでいる。当然、他のアルグシア連邦構成国は面白くない。
沿岸側の構成国が『ウチの港を使って出先商館を置いてよ』とか、『ウチに商館を置いてくれれば、いろいろオマケするよ』とか言いだしたらしい。
この背景には、アルグシアの対外貿易能力の低さがある。
ベルネシアと聖冠連合は敵であるからこれまで密輸以上の貿易はできず、ベルネシア海軍に邪魔されて北洋貿易もろくにできない。
カロルレン王国とも非友好関係のために大口の通商が出来ず、クレテアやその他地域は間に緩衝地帯がある関係で、貿易には関税という首輪がつき、そもそも取引量が限られる。
要するに、近世の東アジア地域みたいなもんだ。経済を内需でまとめてしまい、対外貿易を小口でしかやらない。
そんな状況のところへ、ベルネシア王国の代表として白獅子の商館が置かれ、規制付きながらも外貨と各種産物が流れ込んできたし、外国へ大口輸出が可能になった。
この変化が良くも悪くもアルグシアを揺さぶっている。
歴史的経緯からベルネシアを領土泥棒と嫌い、警戒している人間はごまんといた。
一方で、過去の遺恨や信念よりまずは生活を、という主張も強い。特に経済的に弱い構成国などは。
付け加えておくと、出先商館周辺はアルグシアとベルネシアの諜報戦が繰り広げられてもいる。出先商館なんて格好の舞台だからね。妥当だね。
「戦争ばっかして外交努力を払わないからよ。嫌いな相手と握手してナンボでしょうに」
ヴィルミーナは大袈裟に嘆息をこぼし、
「ともあれ王国府へ話を持っていってみましょう。そのうえで増やすなら余所に回そう」
「余所に、ですか?」
訝るアレックスへ言った。
「アルグシア貿易を白獅子で独占すると、鬱陶しい連中に讒言されかねない。もちろん、話を持っていくのはウチと仲良しのところにするけれど」
あるいは、このカードを使って鬱陶しい連中に掣肘を加えても良いかも。
先に婚姻合併したルダーティン商会と金象社――合併してルダーティン&プロドーム社になった――あたりを突く。対等合併なんて絶対にありえない。銀行であれ、一般企業であれ、絶対に不平等が生じる。
上手いことやれば、不満派を引き込んで経営権を握れるな。ルダーティン&プロドームを吸収合併することもできるかもしれへん。
や、流石にそこまでは欲張りすぎやし、見通しが甘いわな。
「“敵”がいる以上、慎重にやらないとね」
「かしこまりました。王国府には私が面談の約束を取り付けておきます」
アレックスは恭しく一礼し、思い出したように言った。
「そういえば、アルグシアの件で思い出しましたが、カロルレンの大災禍は長引きそうですよ。緩衝国を通じてアルグシアでも物資の買い付けが行われているとか」
「ふぅん」
ヴィルミーナは少し考えてから、アレックスに告げた。
「出先商館にその辺りの情報を集めるように言っておいて。無理のない範囲でね」
「何か気にかかることが?」
「経験上、金と物の動きに大きな変化がある時は注意を払うことにしてるのよ」
はぐらかすような回答に小首を傾げつつ、アレックスはヴィルミーナの指示を了解し、執務室を出ていく。同時に、ヴィルミーナが言ったことを自分なりに考えてみることにした。
”侍従長”アレックスは今でもヴィルミーナから多くを学んでいる。
〇
「あら、あらあら」
いつもよりオクターヴを高く弾ませながら、ヴィルミーナは屈みこんで子犬の頭を撫でる。
もこもこした黒い子犬は甘えた声を上げ、心地良さそうに目を細めた。尻尾をぶんぶん振っている。生後半月ほどだろうか。ヌイグルミみたいで可愛い。とても可愛い。
ヴィルミーナが帰宅してほどなく、レーヴレヒトが子犬を連れて王妹大公家にやってきたのだ。
「どうしたの? この子」
レーヴレヒトは若干困り顔で言った。
「クライフ家に挨拶へ行ったら貰ってくれって……官舎暮らしで動物を飼えない、と断ったんだけれど、押し切られちゃってね。申し訳ないが、ヴィーナのところで飼えるかい?」
「私は別に構わないわよ。でも、飼えるかどうかはお母様の御意向次第ね」
というわけで母ユーフェリアの許へ子犬を連れて行くと、
「まあ、まあまあ」
母ユーフェリアもいつもよりオクターヴを高く弾ませて子犬を抱きかかえる。レーヴレヒトから事情を聴くと、ユーフェリアは快諾した。
「そういうことなら構わないわよ。名前はもう決まってるの?」
「いえ、特には。良ければユーフェリア様とヴィーナで決めてください」
「お母様が決めて良いですよ」
レーヴレヒトが勧め、ヴィルミーナが命名権を母へ譲る。
「そう? じゃあ……」
ユーフェリアは子犬の顔を見つめ、小さく首肯した。
「ガブにしましょ」
「聖天使由来ですか?」
ヴィルミーナが尋ねると、ユーフェリアは悪戯っぽく微笑む。
「ううん。私が昔乗ってた馬の名前」
「え? お母様、馬をお持ちだったのですか?」
「違う違う。乗馬を習った時に乗った馬がガブだったのよ。年寄りだったけど穏やかで乗り易かったわ。私が嫁ぐ少し前に亡くなっちゃったけどね」
ユーフェリアは黒い子犬の鼻先をくすぐりながら微笑む。
「クライフ家が飼っていた犬の子なら、シェーファー・ワーグかしら?」
「ええ。そう聞いてます」とレーヴレヒトは首肯した。
「シェーファー・ワーグ?」
聞き慣れない単語に小首を傾げるヴィルミーナに、レーヴレヒトが教える。
「魔狼と猟犬種を掛け合わせた人工品種だよ。成長するとヴィーナくらいになるな」
「でかっ!」
ヴィルミーナは母の指先を舐める黒い子犬を見つめた。こんなヌイグルミみたいなんが、160センチ以上になるんか……命ってスゲー……
ユーフェリアが床に下ろすと、子犬のガブはトコトコと部屋をうろちょろした後、テーブルの端に “粗相”した。
ヴィルミーナは眉を大きく下げ、呟く。
「とりあえずは早急にトイレを躾る必要があるわね」
〇
ヨラは子犬のナルーを抱きかかえて懸命に歩く。
小さなヨラの膝近くまで冠水した道路は、まるで田んぼのようにぬかるんでおり、歩くのもままならない。水害に呑まれた開拓村を捨て、村の皆でマキシュトクを目指していた。
祖母が作ってくれたワンピースもスモックも、母がくれたスカーフも襟巻もびしょびしょに濡れ、泥塗れで強張っていた。子犬のナルーも白い毛が泥で茶色く染まっている。
父も母も祖母も村の皆もヨラと同じようにびしょびしょに濡れ、泥塗れだった。
誰も一言も口を開かない。老若男女問わず口を堅く結び、元より多くはない家財を持てるだけ持ち、必死に歩く。男達や馬が急ごしらえのソリを使って荷物を牽く。泥濘が酷すぎて馬車では動けない。いっそ舟を出した方が速かったかもしれない。
大いなる失望と落胆と喪失感を抱えながら、疲労と空腹に耐えながら、ヨラも村民達も春の冷たい泥を掻きわけて進む。
当初、ヨラの開拓村は脱出せずに御上の救助を待とうという話だった。しかし、三日が過ぎても救援どころか飛空船や翼竜騎兵の上空観測すら現れない状況に、村長が決断した。
――冬明けで食料の備蓄も少ない。水がいつ引くかも分からない。助けも来そうにない。このままでは持たない。村を捨ててマキシュトクへ脱出するしかない。
そして、ヨラ達は今、マキシュトクを目指して泥道をひたすら歩いていた。
日が傾き始め、100人にも満たない開拓村の面々は冠水していない小さな丘を見つけ、そこに登った。村付き冒険者と猟師が濡れた流木を拾ってきて、魔導具を使って火を点す。
春の水辺の夜は身を刺すように冷え込むため、少々の焚火は慰めにしかならない。まして、泥水の中を歩き続けたせいで骨の芯まで冷えていた。皆で身を寄せ合って疲れ切った体を休める。家族と子犬のナルーの温もりがヨラを温める。
女衆が持ち出した鍋窯で野菜や干し肉の切れ端を入れた麦粥を作る。御世辞にも美味い食い物ではないが、皆、無言で急いで食べた。腹が減っていたし、何より温かったからだ。
食事の後、神に祈りを捧げる村人達を見て、ヨラは思う。
神様はどうして私達にこんな意地悪をするのかな……
小さなヨラは誤解していた。
神様の“本当”の意地悪は翌日から始まった。
魔狼達が現れ、一行へ付きまとい始めた。脱落者が出るのを待っているのだ。魔狼は獰猛で時に中型モンスターすら襲うが、決して無暗に噛みつくだけの愚かな獣ではない。天性のハンターである魔狼は効率の良い狩りの仕方を知っている。
猟師や冒険者が弓や鉄砲で何度も追い払うが、魔狼達は常に見える距離を保ってついてくる。そして、ついに歩き疲れて集団から遅れた者を襲い始める。
魔狼は知っている。適度に襲撃して獲物を駆り立て、より疲労を強要できることを。
小さなヨラは怖くて怖くて泣くこともできない。抱きかかえたナルーも吠えることすらできず震えていた。
村人達が一人、また一人と減っていく。絶望のすすり泣きと憤怒の苦悶をこぼしながら、それでも彼らはマキシュトクを目指す。もうそこにしか希望が無いのだ。
ヨラ達の苦難はまだ始まったばかり。
いや、あるいはまだ始まってもいない。




