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更新が不定期気味で申し訳ありません。
大陸共通暦1768年:ベルネシア王国暦251年:冬。
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。
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キネ憲兵大尉は特捜から外されたが、為すべきことを為すべく捜査を続けていた。
魔導学院から引っ張った情報と、海竜大通りで採取した証拠や聞き取り情報などから、キネには犯人に到達できる確信があった。長年の経験から魔導学院から得たリストの中に、犯人がいるという直感もあった。
問題は時間が足りない。ローラー作戦開始までに犯人を特定しきれない。リストに残っている名前が多すぎる。絞り込むための情報――検索条件が必要だった。
この場合、検索条件は海竜大通りの騒ぎで犯人が残した遺留物などだが、特捜から外されたキネには捜査資料を得ることが難しい。今や暫定戦犯として執行猶予状態だから、特捜本部に入ることもできない。
もっとも、ここで諦める奴は捜査官になどならない。キネは必死に手を尽くしてリストの絞り込みを図った。
そんなキネにマリア・ハーベイ憲兵中尉が協力を申し出た。
「キャリアを棒に振るかもしれないぞ」
「殺人課は望んだ配属先じゃありませんからね。飛ばされても困りません」
キネの忠告に、ハーベイは自嘲的に笑い、表情を引き締めて言った。
「犯人はスラムが封鎖されている状態で港湾部の教会に死体を置いたんです。ローラー作戦をやったからといって犯人を捕まえられるとは限りません。やれることはやっておくべきです」
憲兵施設内の使われていない倉庫で、2人はこっそり独自捜査を始める。
ハーベイが観察眼と記憶力を生かして複写した捜査資料や証拠品のスケッチなどを使い、キネはこれまでの事件を精査していく。
何か見落としはないか。何か新たな発見はないか。気づいてないことは?
床に並べた大量のスケッチ。事件現場。被害者。遺留品。スタロドープの変形魔導術式。古典魔導術の儀式。シモンの泥傀儡。海竜大通りの騒ぎ。死体で築かれた赤い木。
キネはふと思い出したように、ハーベイへ問う。
「海竜大通りの騒ぎで捕縛された貴族令嬢達、覚えてるか?」
「犯人の足取りを捜索していたっていう二人ですか。近頃の貴族はどういう教育してるんでしょうねえ」
ハーベイはぼやきながら首肯した。
悪魔崇拝事件が起きて以来、名探偵気取りは掃いて捨てるほどいた。しかし、その中でこの二人の貴族令嬢はガチだった。肩書も厄介だった。義足の令嬢は大公令嬢の財閥で重役を担っており、もう一人の準男爵令嬢はなんと『ワーヴルベークの聖女』様だ。
なんでも聖女様が第二の被害者カルナ・ベフォン司祭と友人だったらしい。
「あの二人は犯人が被害者の行動や生活習慣を事前に調べていた可能性を言及してました。調査成果は芳しくなかったようですけど」
その辺りは憲兵隊も調べた。もっとも、被害者が接触した人々ではなく、被害者の行動を監視し易い場所を捜索する、というのは盲点だったが。
盲点。盲点か。なるほど。当たり前すぎて気付かないということもある。
そうだ。そもそも根本的な疑問があった。
キネは自問するように呟く。
「犯人はどこで被害者を見定めた? 一人は魔導装具士。一人は尼僧。一人は魔導学院生。三人に共通項はない。住所も大分違うし、行動圏も重ならない。だが、どこかで犯人が獲物と見定めた」
ハーベイは何を今更と言いたげに眉をひそめつつ、キネの疑問に応じた。
「偶然選んだということは無いと思います。三人目の被害者を待ち伏せした手口を考えると、かなり入念に調べてますから。まあ、だから例の貴族令嬢達も被害者の行動の中に犯人の影があると踏んだんでしょうね」
ハーベイの指摘に、キネは脳味噌を回転させる。
魔導装具士。尼僧。魔導学院生。共通項は……魔導術に長けていること。魔導適性が高いこと。魔導装具を扱うこと……
キネは捜査資料と床に並べた資料を俯瞰的に見つめながら、思考の回転数を上げる。
配達馬車……シモンの泥傀儡……特殊な材料を用いる液状粉粒体……。
「……魔導具か」
「へ、卸業者?」
目を瞬かせるハーベイを余所に、キネは告げた。
「最初の被害者が取引していた素材業者を調べる。魔導学院生がバイトしていた魔導具店の出入り業者も、尼僧が利用していた魔導具店の業者もだ。おそらく、そこにリストと一致する名前がある」
くそっ! とキネは眉間を押さえて毒づく。自分の愚かさに嫌気が差した。
「なんでこんな簡単なことを見落としてたんだ。もっと広い視野に立っていれば気づけたはずだった」
「仕方ないですよ。実際に被害者同士のつながりはなかったんですから」
ハーベイは眉を下げつつも、毅然として告げた。
「私達が今すべきなのは、犯人を挙げることだけですよ」
キネは拳を固く握りしめて深呼吸を繰り返し、大きく頷いた。
「……だな。確認を急ごう」
〇
キネがサイコロのクリティカルを出した頃、アリシアとマリサもサイコロの出目に恵まれていた。
白獅子の主要事業にはゼネコン事業があり、その事業内には資材の製造販売も含まれる。当然、そうした資材商品の研究開発も行われているわけで―――
「例の黒い泥。分析したわよ」
ヘティがアリシアとマリサにファイルを渡す。
「ありがと」「流石はヘティ。仕事が早い」
アリシアとマリサは早速、ファイルを開いて分析内容を読み込んでいく。
そんな2人を眺めつつ、ヘティはどこか呆れ顔を湛えた。
「アリスの事情は聴いてるけれど、マリサは完全に楽しんでるわよね」
「いやいや、アリスが無茶しないようにって大事な仕事をしてるだけだぞ」
ヘティの指摘は図星だったが、マリサはまったく悪びれることなく応じた。
「あのネバネバはスライムの体液だったんだ」とアリシア。
「多分、汚物処理用のスライムでしょうね。あれはどこでも手に入るから」
そこら中にモンスターが生息する魔導技術文明世界では、早い段階でモンスターの家畜化が試みられた。食用の草食系烏竜などが良い例だろう。スライムもまたそうした家畜化されたモンスターだった。品種改良の末、人糞などの汚物を処理するスライムが“開発”されている。俗にいう『スライム式トイレ』。
余談ながら、ヴィルミーナがこの事実を知った時の衝撃は凄まじかった。
もう少し付け加えておくと、このトイレ用スライムは一定周期に達すると買い取り業者に引き取られ、新しい個体と交換される。放っておくと育ちすぎて糞便槽からスライムが溢れるからだ。で、回収されたスライムは処分され、素材として出荷される。
「含まれていた砂はオーステルガム湾のものか。具体的な場所は特定できなかったの?」
「オーステルガム湾の全地域の砂をサンプル化してないから無理よ」
マリサの問いに、ヘティは首を横に振る。
王都オーステルガムが望む大湾は場所によって砂質が違う。
たとえば、河口付近と港湾外れの地域では砂質が全く別物だった。なぜそんな物のサンプルを取っているかというと、コンクリートを作る際の品質調査だ。セメントに加える砂の品質で強度や仕上がり具合が変わるかもしれないから、地道に調査する必要があった(これは現代地球でも行われている)。
「ただ面白いものが検出されてるわよ。二枚目を見てみて」
ヘティに促され、マリサとアリシアはファイルのページをめくった。
「魔素添加剤を含む木質繊維? それに、分離溶剤?」
「本当に極わずかだったけれど泥の中に含まれてた。技師の推論だと、廃船解体所の砂を使ったんじゃないかって」
オーステルガムは海運貿易国であり、世界有数の船舶保有国である。年間当たりの造船数は当然多い。一方で、経年劣化や酷使による劣化/損傷などで廃船となる船舶も多い。
それらの廃船はトン単位いくらの価格で解体業者に売り飛ばされ、釘一本残さず金属部分が剥ぎ取られ、木材を一つ一つ分解していく。外洋商船用船体に用いられる木材は基本的に品質が良く、脱臭処理や形状矯正などを施して再加工可能な状態にすれば、いくらでも売れる。最悪、薪にしたって良い。
王都オーステルガム港湾部には、そうした廃船解体所がいくつかあった。
ヘティは続けた。
「港湾部スラムにも廃船解体所がある。それと、スラムの外になるけど、解体所から出る廃材を引き取って魔導素材を製造してる業者とかもあるわね」
ティン! とマリサの頭の中で感嘆符が生じた。
配達業者の馬車。ありゃ偽装じゃないか? 本当は廃材の引き取り業者か、魔導素材業者なんじゃないか? 各被害者と接点が生じないか?
「アリス。尼さんが利用してた魔導具店とか魔導装具店とか知らないか?」
問われたアリシアは目を瞬かせ、次いで考え込む。
「たしか、コーツマンさんの魔導具工房。うん。そうだ。カルナちゃんはコーツマンさんのお孫さんの洗礼式に立ち会って以来、ずっとあそこを贔屓にしてた」
マリサはぐっと手を握って言った。
「その魔導具工房へ行くぞ。犯人はそこに出入りしてる素材業者か配達業者だ」
「ほんとっ!?」アリシアは目を丸くし「行こうっ! すぐ行こうっ!」
「ちょーっと待ったっ!」
ヘティが今すぐ飛び出していきそうな2人を慌てて呼び止める。
「あんた達、その工房で業者が分かったらどうする気なの? まさかそのまま犯人と思しき人間のところへ乗り込む気じゃないでしょうねっ!?」
アリシアとマリサがさっと目をそらす。図星だった。
「あんた達……ヴィーナ様に怒られたばかりでしょうに……」
大きく頭を振り、ヘティはぎろりと2人を睨み据えた。
「いつでも憲兵隊に通報できるように魔導通信器を持って行って。それから、護衛の兵隊も連れていくこと。もしも、2人だけで行ったら、ヴィーナ様に上申して向こう一年は便所掃除させるからね」
ヘティの目はマジだった。
アリシアとマリサは首を縦に振るしかなかった。
用意された白獅子の護衛達は、濃灰色の防寒作業つなぎと帽子に、白い皮革製プレートキャリアをつけ、黒い筒型マフラーで目元まで覆っている。得物は軍用小銃や刀剣類。
彼らの肩書は白獅子隷下の警備会社社員だが、どう見てもPMCの契約兵だ。で、護衛達の半分が女性だった。
その女性オペレーターの出どころは、性別が理由で出世や希望兵科が叶わず不満を抱えていた女性将兵や、より安定した仕事を望む女性冒険者だった。
「やけに物々しいけど……これはいったい……」
「ヘティ嬢から、御二人が騒ぎを起こしても取り押さえられるように、と」
怪訝そうなアリシアへ、護衛頭が無機質に言った。
「信用ねーなー」と笑うマリサ。
かくして、アリシアとマリサ、その護衛半分隊8名が二頭牽き馬車2台に分乗し、コーツマン氏の魔導具工房へ向かう。
〇
キネ憲兵大尉は片眉を上げて訝る。
昼下がりにコーツマン氏の魔導具工房を訪ねたら、店の前に二台の馬車が停まっており、完全武装の警備員が周辺警戒していた。
なんだこりゃ。
キネはコートの襟元に差した拳大の憲兵バッジを示しながら、警備員の一人に問う。
「憲兵大尉のキネだ。これは何事だ?」
「我々は白獅子の要人警護班です」
顔を筒形マフラーで覆った女性警備員が答えた。声色からするとまだ若いようだが、よく鍛えられている。キネに対して隙が無い。
キネは一層訝った。
白獅子……? ひょっとしてあの貴族令嬢達はまだ犯人を追ってるのか? それでここに辿り着いた? どうやって!?
「中に入れてもらうぞ」
女性警備員は素直にキネに道を譲る。
店内に足を踏み入れたキネが目にしたのは、レジ・カウンターで仙人みたいな爺様と二人の麗しい乙女。乙女の一人は豹の足みたいな義足を晒している。それから、筒形マフラーで顔を隠した護衛二人がじろりとキネを窺う。
爺様と乙女達はカウンターに何やら台帳みたいなものを広げていた。
「憲兵大尉のキネだ。君たちに聞きたいことがある……っ!」
声に苛立ちが滲んでいた。キネが苛立っても無理はない。捜査官生命を懸けた仕事をしている時に、素人がちょろちょろ動き回っていれば当然だろう。
だが、当の乙女二人は好都合とばかりに口端を吊り上げた。
「ちょうど良かった。私達も憲兵隊の方と話がしたいところでしたの」
マリサは普段滅多に見せない可憐で愛らしい笑顔を浮かべた。マリサの営業用スマイルを目にしたアリシアが『この可愛い娘は誰?』と言いたげに目を丸くしていた。
もっとも、年季の入ったベテラン捜査官キネは笑顔程度で転んだりしないが。
「探偵ごっこのつもりなら――」
「私達はちょっとした幸運で犯人に至る情報を掴んだかもしれません。是非、憲兵隊に捜査協力させていただきたいの」
「―――話を聞きましょう」
笑顔を湛えるマリサとは対照的に、キネの顔は苦虫をなん十匹も噛み潰したようだった。
不承不承ながら了解したキネへ、マリサとアリシアは自己紹介した後、事情やその他情報を説明する。
海竜大通りの騒ぎで回収した黒泥を分析した結果、辿り着いた可能性について。
キネはマリサが重要証拠の一部を勝手に持ち帰ったことに憤慨した。が、話を聞いていくにつれ、そんな感情は明後日へ飛び去り、説明を聞き終えた頃には、マリサとアリシアが別のアプローチから同じ回答に辿り着いたことに、歯噛みしていた。
マリサ達の発見は憲兵隊が為すべきことだったからだ。スラムへのローラー作戦にリソースを割かねば、憲兵隊が掴めたはずで、キネの捜査方針の裏付けとなっていただろう。
「それで、この工房に出入りしている業者に、君等の推論と一致する業者は居たのか?」
キネの問いにアリシアが頷いて、
「居ました」
カウンター上に広げられたコーツマン魔導具工房の取引先業者の名簿を示す。
「ヨブ・ラコルデール。港湾部スラム“外”で魔導素材の個人業者をしています」
「スラムの人間じゃないのか」
眉間に皴を刻むキネ。連絡先住所を見るに、ヨブ・ラコルデールはスラムから少し離れた集合住宅地域――青鴎通りに住んでいる。
「ですが、スラムと無関係とは言えませんよ」
マリサは自身の持ち込んだ街区地図を見るようキネへ促し、
「このラコルデール氏が取り扱っている魔導素材は廃船解体で回収されるもので、その出どころはここです」
不動産業者が使うような詳細に町割りが記された街区地図に赤鉛筆を走らせる。
港湾部スラム内にある廃船解体場。傍には廃材加工や処理の工場と倉庫区画もあった。
「詳細は登記簿などを確認しないと何とも言えませんけれど、おそらくラコルデール氏はここと取引しているはずです。場合によっては、貸倉庫の一つも持っているかもしれない」
「……たしかにその可能性はあるな」
キネは顎を撫でながら、工房の主であるコーツマン翁へ問いかけた。
「ラコルデールはどんな男ですか? 風貌と人柄は?」
「歳は30半ば過ぎくらいかな。あんたと同じくらいの背格好で顔の顎回りに髭を生やしとるよ。口数は少ないが、無礼なことはしないし、仕事はしっかりしてる」
コーツマン翁の回答を受け、キネは手帳を取り出して挟んであったリストを広げて確認する。
ヨブ・ラコルデール……リストにその名前はあった。
ただし、コーツマン翁の言う年齢が一致しない。リストではラコルデールの年齢は少なくとも50は届く。歳の頃を考えるなら、この店に来ていたのはヨブ・ラコルデールの息子か?
「ラコルデールとの取引は長いのか?」
「この5年くらいだね。元々は港湾部傍だけで商売してたらしいんだが、販路拡大とかであっちこち売込みしてるって言ってたね。やっこさんの品は再生品だが、物はしっかりしてたんで取引するようになったよ」
コーツマン翁は不安そうな顔で問い返す。
「まさか、ラコルデールが例の悪魔崇拝事件の犯人なのかい?」
「いや。確認してるだけだ。ラコルデールが犯人てわけじゃない。早とちりしないでくれ」
キネはコーツマン翁に釘を刺しつつ、考え込む。
この店に来ていたのはヨブ・ラコルデール本人ではない。が、成り済ましにしろ、息子にしろ、少なくともラコルデール本人と接点がある。そして、身元を隠している以上、販路拡大とやらは実利を兼ねた獲物探しだろう。
本日中に第一被害者と第三被害者の方でも確認し、ラコルデールの名前が出れば、確定だ。明日の朝一にラコルデールの住居へ踏みこむ。
上手くいけば、ローラー作戦を行わずに済み、不要な犠牲を防ぐことができる。
「ありがとう旦那さん。助かったよ」
キネはコーツマン翁に礼を言い、マリサとアリシアに『ついてこい』と目配せした。
二人は首肯をキネへ返し、荷物をまとめてキネと同じくコーツマン翁に礼を言ってキネと共に店外へ出る。
「どうです? 役に立ちました?」とマリサが期待を込めて尋ねた。
「急いで裏取りする。君等はこのまま家へ帰れ。素人がこれ以上危険な真似はするな。予防拘置するぞ」
が、マリサの期待をけ飛ばすように、キネは冷淡に言い放った。
「ちょっと待ってっ! このままラコルデールの家に踏み込まないんですかっ!?」
アリシアが食って掛かるも、キネは顔を険しくしてアリシアを睨み返す。
「現状は犯人像と条件が整っただけだ。本人を直撃するのは、第一容疑者とする裏付けを取ってからだ。良いな? ラコルデールに接触したら貴族令嬢だろうと捜査妨害で檻にぶち込むぞ。これは脅しじゃない。警告だ」
アリシアが憤慨して頬を膨らませて顔を真っ赤に染める。マリサもキネの威圧的な物言いに顔をしかめた。が、マリサとしてはキネの言い分も理解できる。現状はラコルデールは犯人である条件に一致しただけだ(もっとも、ここまで一致している時点でかなりクロに近いが)。
ただし、勝気なマリサは簡単に退いたりしない。
「もちろん、捜査の邪魔はしません。ですが、捜査協力をする機会をいただけませんか?」
「捜査協力?」怪訝そうに眉をひそめるキネ。
「憲兵隊はスラムの一斉捜索に随分と人手を割いているそうではないですか。ラコルデール氏の自宅を訪ねる時、もしもに供えて人手が必要なのではありませんか? 当社の警備員は軍に準じた練度を有しています。お役に立てると思いますよ」
マリサが営業用スマイルを湛えた。
対するキネは渋面を浮かべた。
特捜から外されたキネには、この捜査に人手を投じる権限がない。ローラー作戦に主眼を置いている特捜はラコルデールの自宅捜索を後回しにするだろう。
民間人を凶悪犯確保に協力させるリスクと規則違反のデメリット、犯人を取り逃がす可能性を勘案し、キネは決断する。
「……明日の朝5時、青鴎通り一丁目の交差点だ。遅れても待たない」
「感謝します」
マリサがにっこりと微笑む。
アリシアは固く手を握りしめ、盛大に鼻息をついた。意気軒昂、士気旺盛。犯人をぶん殴る準備はできている。




