11:5
大陸共通暦1768年:ベルネシア王国暦251年:冬。
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。
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片翼を黄色く塗った翼竜騎兵の群れが夕闇の王都上空を飛んでいた。憲兵隊の要請で緊急出撃した翼竜騎兵達は三騎編隊に分かれ、それぞれ担当地域の上空支援を行っている。
「ヘール3・1よりアクチュアル。“豚”は海竜大通りを港湾部へ向けて北上中」
ラルス・ヴァン・ハルト騎兵少尉は鞍の後部に積載した魔導通信具で、眼下の状況を本部へ報告し続ける。
魔導灯や油灯の灯りが幾重幾層に連なる街並みの中、海竜大通りを一頭牽き馬車が猛烈な勢いで駆けていた。その後に牙や馬車や人の群れが続く。キラキラと鋭い青光が煌めき、風切り音に交じって金属的な発砲音が聞こえてくる。
『ひっどいな。どいつもこいつも流れ弾お構いなしに撃ってやがる』
魔導通信器の受信具から右僚騎のリーンのぼやきが聞こえ、
『同士討ちが始まってるな。なんとかしないと大勢死ぬぞ』
続けて左僚騎のパウルが指摘する。
「ヘール3・1よりアクチュアル。海竜大通りが完全に大混乱状態です。死傷者多数発生の模様。指揮統制の回復と救援の派遣を急いでください」
ラルスは報告を送り、通信を切ってから呟く。
「まさかとは思うが……あそこに居ないよな、アリス」
〇
王都のど真ん中で巡邏憲兵が拳銃を、武装憲兵が小銃を撃つ。
流れ弾が路面や建物の壁に当たって火花を放ち、窓ガラスを砕き貫いて建物内に飛び込む。発射される弾薬量と確率論の相関性から、無関係の民衆やその他に当たることもあった。
もちろん、通りを爆走する一頭立て馬車にも命中しているが、その足を止めるには至らなかった。
Q:人質が取られているというのに、容赦なく発砲しているのはなぜ?
A:その事実を誰も知らないから。
シャルロット・マジメルと魔導具店のアラサー男が拉致されたことを誰も知らない。一頭立て馬車を駆る犯人が、憲兵三人を殺害して逃げているということだけだ。
現代地球のように全ての憲兵達が通信機を持っているわけではないし、情報管制システムは不備だらけ。現状、彼らが知っていることは、血塗れの馬車が連続殺人事件の容疑者ということ。特に重要な情報は、その血が憲兵のものということ。
仲間を殺された事実しか知らない憲兵達は、殺気立って犯人の馬車を追跡し、発砲する。
「あのクソ野郎っ! 絶対に逃がすなっ!」「馬だっ! 馬を狙えっ!」「馬を殺して足を止めろっ!」「北へ向かってるぞっ! 先回りしろっ!」
怒声を上げる憲兵と自警団。
夕暮時の闇が混乱に拍車をかける。
視認性が落ちる夕闇の中、前方から弾丸が飛んでくれば、逃走中の馬車から攻撃されたと誤解しても無理はない。
「撃たれたっ!? くそがっ!」「撃ち返せっ!!」「くたばりやがれっ!」
無思慮な発砲が誤解を招き、憲兵と自警団が入り乱れて弾丸を浴びせ合う事態に。
戦争の記憶が未だ色鮮やかな彼らは、撃たれたら撃ち返す。何もせず撃たれて死ぬよりマシだからだ。
同士討ちに気付き、「撃つなっ! 撃つなっ!」と叫ぶ者達も大勢いたが、燃え盛った炎を消すことは難しい。
犯人の駆る幌馬車も酷い。馬は薬物か魔導術で身体強化され、狂奔していた。怒涛の勢いで駆け続ける幌馬車は進路上に居る通行人を容赦もなく撥ね、蹴り飛ばし、踏み潰す。暴走自動車ならぬ暴走馬車だ。
夕暮れの王都はまさに大混乱だった。
銃声と発砲光が連なる光景に、マリサは怯えていた。片足と友人達を失った時の恐怖と絶望が甦り、身も心も竦ませている。
それでも、アリシアと共に犯人が駆る幌馬車を必死に追いかけていた。
「マリちゃんっ! もっと急いでっ!!」
アリシアに発破を掛けられ、マリサは青い顔を引きつらせて怒鳴り返す。
「わ、分かってるっ!」
マリサの戦争後遺症は、隻足になったことや友を失ったこと、生存罪悪感だけではない。
予備士官課程を採っていたにもかかわらず、遭遇戦の時に何の役にも立てなかったこと。
それがずっと心のしこりになっていた。あの時、自分がもっと早く敵を見つけられていたら。負傷せずに戦えていたら。その痛悔をずっと抱えていた。
連続殺人鬼を捕らえることが出来たら、痛悔を多少は和らげられるかもしれない。この心の澱を拭い去れるかもしれない。
だから、マリサは身体強化魔導術を施して必死に走る。ロングスカートのスリットを太腿の付け根近くまで裂き広げ、チーターの足みたいな特注義足で地面を蹴り、アリシアと共にひた走る。
アリシアも必死に駆けていた。
その行動動機は単純明快。大事な友達を惨たらしく殺した悪い奴をとっ捕まえてボッコボコにする。法の裁きを受けさせて凶行の報いを味合わせる。友の無念を晴らす。これらだけだ。
流れ弾に頭を撃ち抜かれるかも、マリサが撃たれるかも、とは考えない。想像もしない。
“その時はその時”。
死が身近な外洋領土で生まれ育ったアリシアは、根っからの行動的運命論者だ。最善を尽くせば良い方向に進む。そう信じている。だから、銃弾が飛び交おうと、爆炎の花が通りに咲こうと、まったく怯まない。
幌馬車が交差点に差し掛かった時、6頭立て大型馬車がぬぅっと交差点へ侵入した。進路を塞がれた幌馬車が足を鈍らせる。
マリサは右腰から大型の回転拳銃を抜いた。地球規格で言うところの強装弾を扱うだけあって大変に厳めしい。身体強化した細腕で武骨な拳銃を軽々と構え、弾倉の半分を速射する。
が、全力疾走して息が切れている状態でまともに狙えるわけがない(レーヴレヒトが知ったら「なってない」と叱責するだろう)。加えて、強装弾の大きな反動が狙いを狂わせる。
硬質な銃声が連続し、重く大きな拳銃弾が馬車の右後輪を破砕した。
幌馬車が大きく傾き、横転する。
「やったっ! 流石はマリちゃん、百発百中っ!!」
アリシアが喝采を上げる。
馬を狙ったことは黙っていよう、とマリサは思った。
幌馬車を追いかけて走り続けた二人は、湯気をまとうほど汗を掻いていた。息を整えつつ、横転した馬車へそろそろと近づいていく。
そこへ憲兵達も駆けつけてきた。
「一般人を下がらせろっ!」「全員、下がれっ!」「馬車を包囲しろっ!」
武装憲兵達が小銃を構えながら、横転した馬車を半円状に半包囲し、ゆっくりと距離を詰めていく。
と。
マリサとアリシアは横転した幌馬車の中から、強大な魔力反応を感じとった。
「ヤバいっ! 皆、隠れろっ!」「皆、離れてっ! 早くッ!」
二人の悲鳴じみた警告に、武装憲兵達はハッとして即座に退避、あるいはその場に伏せた。
直後。
横転した馬車の幌が吹き飛び、真っ青な熱光線が放たれる。
「アリスッ!!」
とっさにマリサがアリシアの背中に左手を置き、魔力ラインを形成。
「んむ―――――――――――――――――――――――――ッ!!」
アリシアはその人間離れした魔導適性と魔力を全力ブッパ。熱光線に対抗すべく巨大な氷壁を構築した。
熱光線が氷壁を直撃した途端、豪快な融解蒸発音と真っ白な水蒸気――湯気が一瞬で通りを満たす。伸ばした手の先も見えないほどの濃密な湯気。火傷しそうなほどの熱気。海竜大通り全体がサウナに化けたようだ。
しかし、これは幸運だった。
下手すれば水蒸気爆発で街区ごと吹き飛んでいたかもしれない。防壁を作るなら氷壁ではなく、大地を用いた土壁にすべきだったのだ。上手くいったから良いようなものの、一歩間違えば大惨事だった(まあ、通りの現状は既に大惨事だが)。
まあ、ともかく。ひときわ強烈な轟音と爆発的に広がる白い湯気と熱気は、激憤していた憲兵隊と自警団を唖然とさせ、結果として鎮静化に成功した。
困ったのは上空監視していたラルス達翼竜騎兵だ。
「ヘール3・1よりアクチュアル。海竜大通りにて大量の水蒸気が発生。地上の状態を視認できず。繰り返す。状況不明。状況不明」
地上と空が混乱する中、アリシアは顔を汗だらけにしながら、真っ白な闇に包まれた通りを睨む。
同じく汗塗れのマリサはアリシアの背中に左手を置いたまま問う。
「アリス。見えるか?」
「全然。でも、分かる。まだ居る」アリシアは前方を睨みながら「もう一回どーんって打つ?」
「だめだ。巻き添えが出る」
そこへ、突発的な大熱量によって膨張した大気が寒気に冷まされ、通りに風が吹き込む。真っ白な湯気が薄絹のように裂けた。
アリシアが鋭い声を飛ばす。
「居たっ! マリちゃん、あそこっ! 建物の壁っ!!」
「!? なんだ、ありゃあっ!?」
マリサの目に映ったのは、建物の壁をよじ登る奇怪な怪物だった。
図体は馬車並みに大きい。満腹の蛭みたいにぶよぶよと膨れた胴体から、蜘蛛みたいに4対の足が伸び、その爪先は人間の手みたいに五指が生えていた。壁にべたりと手を貼り付けて登る様はヤモリのようだ。
容姿の要素を気色悪さに全振りしたような怪物へ、
「野郎、逃がすかぁ!!」
マリサは反射的に拳銃弾をぶち込む。
が、怪物は硬質ゴムの塊にみたいに弾丸を受け止め、平然と登り続ける。
「! あれは―――」
マリサは弾切れを起こした大口径拳銃を放り捨てながら、怒鳴った。
「アリスッ! 氷系魔導術だっ! 建物を壊さないように撃てっ!」
「難しいこと言わないでっ!」
アリシアは怒鳴り返しながら、壁を登っていく怪物へ氷刃をぶっ放す。ギロチンの刃みたいな氷刃が怪物の後部三分の一を叩き切る(そのまま建物の壁に深々と突き刺さった。アリシアに加減なんてできない)。切り落とされた胴体一部が通りに落下した。
怪物は身を捩るように、残った手足を動かして建物の屋上へ這いあがっていく。
そこへ、マリサがヴィルミーナから授かった小型拳銃を左腰から抜き、怪物を撃った。
5発のうち、4発は先ほどと同じく体表面を貫通しない。が、最後の1発は氷刃を浴びて凍てついた部位に着弾。体内に浸徹する。
が、怪物はそのまま建物の屋上へ登り切り、マリサとアリシアを置き去りにして逃げ去った。
「クソ。逃がしたか」
マリサは忌々しげに毒づきながら小型拳銃をホルスターに戻し、放り捨てた大型拳銃を拾い上げる。
「マリちゃん。あの気色悪いの何? 新種のモンスター?」
額の汗を袖口で拭いつつ、アリシアが問う。マリサは首を横に振る。
「モンスターじゃない。確証はないけど、多分、あれはシモンの泥傀儡だ」
「? しもんのどろ……? ? ?」
「後で説明してやるよ。今は“置き土産”の確認が先だ。犯人につながる手がかりがあるかも」
マリサは手早く大型拳銃の輪胴弾倉を外し、装弾済みの弾倉と交換。拳銃を構えながらアリシアが切り落とした怪物の胴体一部へ近づいていく。
「うわ、何これ。ねばねばしてるけど……なんか臭くてヘドロっぽい」
アリシアが大きな頭陀袋みたいな黒い塊を見下ろす。人間くらい余裕で入れそうだ。黒い塊は形状を維持できなくなったのか、でろでろと融解し出した。
そして、塊の中から人間らしき形状が露出し始め、げぼっ! と黒い泥を吐き出す。
マリサは目を剥いて吃驚を上げた。
「嘘だろ、中に人間が入ってたのかよっ!?」
「犯人っ!? マリちゃん、こいつ犯人っ!? 殴って良いっ!?」
咄嗟に拳骨を振り上げるアリシア。反射的とはいえ、それで良いのか聖女様。
「バカ、違うっ! こいつはあの化け物に捕まってたんだっ!」
マリサは慌ててアリシアを制し、黒泥塗れの人物へ駆け寄った。
「おい、大丈夫かっ!?」
〇
『ヘール5・1よりクルー・アクチュアル。“豚”を港湾部西外縁区にてロスト。繰り返す。港湾部スラムにてロスト。上空からは姿を確認できない』
『アクチュアル、了解。全ヘール・ケッテは港湾部西外縁区へ集結。上空捜索を開始せよ。担当割り当ては――』
王都上空で翼竜騎兵達が慌ただしく飛び交う中――
そいつはまんまと隠れ家に辿り着く。
足の生えた蛭のような怪物のケツ穴(実際には違うがそう見える)から、にゅるりと這い出たそいつは、右腿を押さえてメソメソと泣き出した。マリサが放った小口径拳銃弾が命中していたのだ。しかも威力が弱い小口径弾だから体内に残っている。痛くて痛くて涙が止まらない。
そいつは傷口を押さえながら膝をついてうずくまった。地面に額を押し当てて身悶えし、めそめそ泣き、喚き、足をバタバタさせ、左手でべしべしと地面を叩く。
その背後では蛭のような怪物がでろでろと融解を始めていた。
拉致誘拐は大騒ぎになり、馬車を失い、負傷もした。痛くて痛く涙が止まらない。しかし、目的自体は成功した事実を思い出し、そいつは涙と鼻水を拭って、黒泥の中から露出した人間の前に立ち―――目を瞬かせる。
「ぉおおえぇえええ、な、んなん、だよぉおおお」
黒泥の中で嘔吐する人間は、魔導具店店長の弟のアラサー男だった。
「aqswdfrghjuikolp!!!!!!!!!」
そいつは表記不能な絶叫を挙げ、
「ひぃっ!? なんなんだよなんなんだよおお!? きゃぁああああっ!?」
混乱と困惑と恐怖に怯えるアラサー男を、怒り任せに殺害した。
〇
「何度聞かれてもぉ、分からんもんは分からんって言うかあ。マジ、一瞬のことだったからぁ全然分かんねーしぃ、捕まった後は意識飛んでてさっぱりだしぃ。ほんと、あーしの方が教えてほしーって話だしぃ」
シャルロット・マジメルは九死に一生を得ても平常運転だった。殺気立った憲兵達に半ば脅迫じみた事情聴取をされても万事が万事この調子であり、
「てかぁ、早く着替えとぉ、なんか温かいモノほしーんスけどぉ。憲兵さん達、ゆーかい被害者に対する思いやり? 優しさ? そーいうのが足りなくないっすかぁ?」
頼もしいほどに図太かった。
憲兵隊はシャルロットほど肝が太くなかった。
王都の真ん中で市街戦騒ぎが起こり、知らなかったとはいえ、人質が居る状態で犯人を銃撃。挙句、人質一名をまんまと連れ去られて逃亡を許した。これ以上ない大失態である。
で。
大会議室に召集された幹部達は会議そっちのけで罵詈雑言を浴びせあった。
「犯罪捜査部がもっときっちり仕事をしてりゃあ、こんなことは起きなかったんだっ!」
「街中で鉄砲撃ちまくったのはてめーら警備部だろうがっ! 責任転嫁すんなっ!」
「お前らが頭のイカレた変態もろくに捕まえられねえからだろっ!」
「頭がイカレてんのはてめーらだっ! 死傷者はほとんどがてめーらの発砲だぞっ!」
こんな調子で夜通し罵り合った結果、憲兵隊上層部は海竜大通りの担当責任者を処分し、警備部幹部の更迭、警備部長の譴責で済ませ、死傷者の法的後始末は法務部と監査部に押し付けた。それから、特捜体制を決定。悪魔崇拝事件は憲兵隊の威信を賭した最優先事案となった。
ああ、そうだ。責任を取らされた人間がもう一人いた。
「―――捜査から外されるんですか」
キネ憲兵大尉の握り固めた拳が白くなっていた。
カールスネーゲ憲兵大佐はどこか疲れた顔で大きく息を吐いた。
「海竜大通りの騒ぎは流石に君の責とは言わん。しかしな、上層部は君の捜査指揮能力不足が犯人逮捕に遅れ、先の事件を招いたと見なしている」
「はっきり言ってください。警備部の処分と釣り合わせるための尻尾切りでしょう」
「まあ、有体もなく言えば、その通りだ。貴官はこの事件がひと段落すれば地方勤務になる」
カールスネーゲは再び大きく息を吐いた。
「そして、私も田舎署長になる。クソッタレめ」
キネはしばし瞑目後、ゆっくりと深呼吸してから言った。
「私の進退はどうでも良い。捜査がやっと軌道に乗ったんです。ここで特捜を組んで仕切り直しをすれば、第四、第五の事件を許しますよ」
「犯人に目星はついているのか」
「今回の件でかなり絞り込めました」
キネはカールスネーゲへ説明する。
犯人は宅配業者に化けて行動し、シモンの泥傀儡と呼ばれるマイナーな魔導戦技を駆使して誘拐を行っていたこと。
スタロドープと古代魔導術、シモンの泥傀儡。これらの条件を満たす魔導術士は国内に数えるほどしかいないこと。
また、今回の事件で採取された『黒泥』の分析が済めば、犯人の拠点が絞り込めること。
何よりも、今回の事件は狙っていた女性を捕らえられなかったこと(ただし、魔導具店の関係者が依然誘拐されている)。
「課長。今回の事件は我々にとって失態ですが、犯人にとっても失敗です。マジメル嬢の周辺を調べれば、必ず容疑者が浮上します」
「だが、その提案を実現させる時間がない」
カールスネーゲは憂鬱そうに続ける。
「特捜には君の捜査を引き継がせるよう働きかける。しかし、連中はもっと直接的な方法で決着をつける気だ」
「というと?」
訝るキネにカールスネーゲは反問した。
「今、警備部が港湾部スラムを封鎖しているのは知っているな?」
「ええ。武装憲兵を総動員して、犯人をスラムから出さないと息巻いてますね」
「特捜はスラムで警備部主導のローラー作戦を行う気だ。いわゆる『地下室から屋根裏まで』だな。力業だが、犯人をスラムに封じ込められているなら成功するかもしれん」
「それで解決するなら構いませんが……他に意図がありそうですな」
「ああ。その通り。スラムに潜んでる反体制派や不良外国人なんかを一掃する気だ。むしろそっちが本命だろう」
キネの指摘に、カールスネーゲは不貞腐れ気味に鼻を鳴らす。
こういうやり口は現代地球の民主主義先進国では難しいが、非民主国では珍しくない。犯罪捜査を利用し、市井に潜む不穏分子の摘発を行うのだ。ベルネシアも民主主義国ではないから、大義名分があれば、御上の無茶が通る。
カールスネーゲは少し考えこんでから、言った。
「貴官は捜査を外されるが、左遷が確定しているから具体的な業務は与えられない。その時間を活かして未解決担当事件を調べなおし、その最中にたまたま本件の犯人を逮捕する機会もあるかもしれんな」
キネは片眉を上げる。カールスネーゲとはこれまで円満な関係にあったとは言えない。横車を押してくれる理由が分からなかった。
訝しげなキネの面持ちに心情を読み、カールスネーゲは目線を外し、
「貴官に手柄を上げさせて左遷を撤回させようとか、あれこれ小賢しいことを考えていないわけではないが……」
どこか恥じるように言った。
「この犯人を捕まえたい。単純にな。私が捜査一課長としてこの事件を終わらせたい」
それは王立憲兵隊員なら誰しもが抱く正義への忠誠心だった。
キネは姿勢を正し、一礼してから部屋を出ていく。
残された時間は少ない。
海竜大通りの大騒ぎから二日後。
スラムの外、計画拡張区にある小教会前に”赤い木”が置かれていた。
その赤い木は人間で出来ていた。
胴体を土台に氷の幹が伸び、手足の枝が生え、引きずり出された臓器が木の実のようにぶら下がっている。氷の幹へ巻き付いた腸を辿って盆栽の頂点に向ければ、耳鼻目を繰りぬかれた頭部が飾られる。その頭部も抉り開けられた鼻腔に性器が突っ込まれている。
木の材料は魔導具店店長の弟のアラサー男だった。
そして、死体の口にはメッセージカードが挟まれていた。
『走狗が何匹群れ集まろうと、我が歩みを妨げるに能わず』




