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続きです。
三枚目系イケメンなカイ・デア・ロイテールは、表向きは王太子近侍となっているが、その実情は王太子直属の怪しげな便利屋だった。
エドワードの傍であれやこれやの雑用をしていたかと思えば、王国府や議会をうろちょろしていたりするし、数日単位で姿を消して市井を歩いていたりする。
現代的に言えば、一種の工作員のような存在だろうか。
そんな便利屋カイは連続殺人事件で第二の犠牲者が出た時、新聞を読んで仰天した。
王立学生時代にアリシアへ入れ込んでいた彼は、アリシアが教会の奉仕活動で親しくしていた若い尼僧を覚えていた。アリシアが傍にいるにもかかわらず『そそる尼さんだな。一発ヤリたい』と思ったことも覚えていた。
アリシアと親しくしていた王太子夫妻――エドワードとグウェンドリンも、犠牲になった尼僧のことを知っていたから、事件を知った時は大いに驚いた。
過去に“いろいろあった”ものの、アリシアとの友情を捨て去っていない三人は、残忍な事件で友達を亡くしたアリシアを慮り、力になってやりたいと考えた。
悪魔崇拝な事件ということなら魔導術絡みであろう。魔導術と言えば、あいつだ。
エドワードの命をもってカイが宮廷魔導総局に赴くと、驚愕の事実が判明する。
「は? ギイが退職していた?」
報告を受けたエドワードは眼を瞬かせ、グウェンドリンも驚いた。
「何があったの?」
「それが……」
カイはエドワードとグウェンドリンに説明した。マテルリッツ家が緘口令を敷いて隠蔽していた末子ギイの不始末と、行方不明である事実を。
「なんてことだ」
話を聞き終える頃には、エドワードは苦い思いに駆られていた。
ギイもカイもマルクもユルゲンもチビの頃から共にいた友だ。
エドワードと彼らは、将来の王とその側近として、辛く苦しい養育を受けた仲間だ。同じ女を愛し、一緒にヘマをやらかし、共に戦場を駆け、同じ女に失恋した仲間だ。
血のつながった家族より長く過ごしてきた本当の友達だ。
なのに、ギイがここまで狂い、転落するまで気づかなかった。挙句、失踪したことさえ知らなかった。これで苦いものを覚えなかったら、自分自身に失望していただろう。
顔を蒼くして黙り込んでしまったエドワードを横目にしつつ、グウェンドリンが問う。
「緘口令を敷いていたとはいえ、これまで噂一つ届かなかったのはなぜ?」
「段階を踏んで処理していたからです。長期出張した体裁をとってから内々に退職処理したんです。ほとんどの職員は今でもギイが長期出張中だと思っています」
「そこまで……」
グウェンドリンは息を呑んだ。
貴族が用いる“始末”の手管は時に呆れるほど迂遠だったり外連味が利いていたりするが、ギイの扱いはまさにその“始末”を思わせるものだった。
「今すぐギイを見つけ出せ。我々の手で確保しろ」
エドワードが険しい顔でカイへ告げた。
「ギイのためでもあるが、放置してはアリシアや家族も危うい」
「アリスとその家族にはマテルリッツ家の者が既に張り込んでいます。いつ現れても彼らの網にかかるでしょう。むしろ、その方が手っ取り早いくらいです」
「このことをアリスは?」とグウェンドリン。
「報せていません」
首を横に振り、カイは小さく嘆息を吐いた。
「アリス自身がそれどころではありませんから」
「「?」」エドワードとグウェンドリンが揃って小首を傾げた。
「白獅子に出向中のマルクから連絡がありました。アリスは殺された尼僧カルナ・ベフォンの仇討ちをするつもりのようです。ヴィルミーナ様の許に協力と援助を求めに来たそうです」
「「――」」エドワードとグウェンドリンは揃って絶句した。
先に立ち直ったのはグウェンドリンだった。
「それで、ヴィーナはなんて?」
「アリスの頼みは断りました。ですが、『放っておくと何をするかわからないから、首輪をつけた』とのことです。妥当でしょう。アリスはやめろと言われて引くタマではありませんから」
エドワードとグウェンドリンは夫婦揃って眉間を押さえた。
アリシアはぽややんとしているが、かなりの頑固者だし、気が強い。そうでなければ、軍旗を担いで逆襲突撃なんてしない。
「いかがなさいますか?」
カイに問われ、エドワードは少し考えてから、答えた。
「ギイの捜索を優先してくれ。何か起きてからでは遅い。何よりあいつは俺の、俺達の友人だ。多少手荒でも構わん。確保して俺の許へ連れてこい」
「殿下?」
訝るカイに、エドワードは告げる。
「あいつと話をしたい。そのうえで修道院に放り込むか、療養させるか考えたい。それから、ヴィーナとマルクにはギイの件を伝えておいてくれ」
「御意のままに」
カイは恭しく頷いた。
〇
時計の針を少し戻そう。これは、カイがエドワード達へ報告する前のことだ。
「ヴィーナ様は手伝ってくれると信じてたのにぃ」
ビール片手にぼやくアリシア。
アポなしで小街区オフィスに乗り込み、ヴィルミーナに直談判した結果―――
『手伝える訳あるか。事件の社会的影響を考えなさい。下手に動いて憲兵隊の捜査を邪魔なんてしたら、留置場へぶち込まれることだってあり得るわ。自重しなさいっ!』
説教されてしまった。
それでも、友愛と恩義に報いて仇討をせねば道理が通らぬ、と昭和の極道映画みたいなことを言い募ると―――
『そこまで故人のことを想うなら、なおのこと本職の邪魔になるような真似は弁えろっ!』
叱責されてしまった。
で、小街区オフィスから追い出されたアリシアは、近くの大衆酒場で愚痴をこぼしていた。
「頼ってきた友達に説教浴びせて追い返すとか酷い……」
「頼ってくる内容が『殺人鬼を探すの手伝って』はねーよ」
アリシアの愚痴に付き合っているマリサは、シードルを舐めながら言った。
「それに、この件は憲兵隊がガチで気合入れてっから本当に逮捕されるぞ。ヴィーナ様はアリスのこと心配してんだよ」
「そうならそうと言ってくれないとわかんないっ!」と頬を膨らませるアリシア。
「そこは言葉の奥にある心遣いをだな……いや、もういい」
マリサは言いかけてやめた。アリシアに他人の心情を慮るとか、ない。絶望的なまでに他人に対して無頓着だから。
「だいたいやり方が不味い」
そう告げて酒杯を傾けたのは、白獅子の金庫番ミシェルだ。相変わらず超然としている。
「ヴィーナ様にお願い事をするなら、もっと理詰めにやらないとダメ」
「理詰めって?」とアリシアが食いつく。
「雑に言えば、憲兵隊とは違うやり方で、犯人を追跡できる案や当てがあることを示さないと駄目だと思う」
「まあ、そんなところだろーな。で、どーなのアリス? 案や当てはあるの?」
ミシェルの見解に乗ってマリサが問うと、アリシアはごぶりとビールを呷って言った。
「それも含めて手伝ってもらうつもりだったの」
「考え無しかぃっ!」マリサはげらげらと笑う。
「アリスは昔からノープラン。もっと頭を使うべき」
ミシェルが容赦なく言い放つ。
むー、とアリスが下唇を突き出して不貞腐れ顔を浮かべた。反比例するようにマリサは楽しげに笑う。
「でもまあ、実際問題として正体不明の殺人鬼なんてどーやって探すよ?」
「こういう場合、被害者の人間関係や交際関係を調べても期待できない。物証や目撃証言を辿っていくしかないと思う」
マリサの疑問にミシェルが言った。
「憲兵隊の捜査資料が手に入れば、社の情報組織を通じて探れるかも」
「ヴィーナ様がそれを言わなかったのは、憲兵隊に手を回すことも、情報組織も動かす気もないんだろ」
「なんでよーっ! 出来ることがあるなら手伝ってよーっ!」
「それをやれば、危ない橋を渡ることになるからだっつの。それに、憲兵隊に手を回すのも、情報組織を動かすのもタダじゃねーんだぞ。アリスがその費用を工面するっていうなら、まあ、私がヴィーナ様に頼んでも良いけど、どーするよ?」
喚くアリシアを諭すマリサ。
「お金なんてないよぅ」
アリシアは卓に突っ伏す。
「うう……お金より大事なことってあるはずでしょー助けてよー」
「アリス自身が事件に巻き込まれてるなら、そりゃあ私らもヴィーナ様も助けるさ。でも、憲兵隊に逮捕される危険を冒して殺人鬼を捕まえるってのは、要求の難易度高すぎだよ」
「金庫番としても費用面の問題を解決してくれないことには、横車は押せない」
マリサとミシェルに拒絶され、アリシアはベソを掻き始める。
「ぅえぇええ……カルナちゃんごめんよぅ貧乏で仇討できないよぅ……」
「泣くなよ」
マリサはバツが悪そうに髪を掻き上げ、言った。
「一人で勝手に動かないって約束するなら、出来る範囲で手伝ってもいい」
「……へぁ?」
涙に濡れた目をパチクリさせるアリシア。
「マリサ。それは不味い」
「いやいや、ヴィーナ様だってアリスが大人しくするとは思ってねーって。それなら目の届く範囲で動く方が安心できるさ」
苦言を呈するミシェルに、マリサはしたり顔で切り返す。
ミシェルは内心で『こいつ、探偵ごっこしたいだけだな』と思ったが、マリサの言い分にも一理あった。少し考えてから鼻息をつく。
「ヴィーナ様には報告する。マリサからも報告するように」
「分かってるって」
「マリちゃんありがとうっ!」
アリシアはぱあっと顔を明るくし、隣のマリサに抱き着いた。
「マリちゃん言うな」
苦笑いを浮かべるマリサ。
で――現在。
「新聞を読んだ時点でアリスが首を突っ込むことは予想したけど、まさか私を頼ってくるとは思わなかったわ……」
王都内にある某高級レストランの個室で、ヴィルミーナは蒸留酒の氷割を舐めた。年季の入った良い酒だった。もっとも、ヴィルミーナの好みはもう少し若い酒だが。
「しかも、仇討するってこと以外の面倒を全部私に丸投げする気だったのよ。図太さもあそこまで行くと清々しいわ」
「アリスに悪気はないのよ」
お忍びで出向いてきたグウェンドリンが、我が子が校長室へ呼び出された母親みたいな顔で言った。
「それで、アリスに首輪をつけたということだけれど」
「マリサに任せた。誤解を恐れずに言うなら、アリスも義足のマリサを連れて無茶な真似はしないでしょう。まあ……マリサはマリサで問題がないわけではないけれど」
元々マリサは側近衆内でも武闘派で鳴らしていた。片足を失ってしばらくはかなりメゲていたが、競技大会以降は以前の快活な武断気質が回復している。
ヴィルミーナはツマミのチーズを齧りつつ、言った。
「こっちもカイから聞いてるわ。ギイの件、どうなの?」
紺碧色の瞳にじろりとねめつけられ、
「私も裏取りをしたわ。間違いなかった」
グウェンドリンは端正な顔を俯かせる。
「ギイは狂を発した。そうとしか言えない」
「やれやれ。厄介事って、どうして徒党を組んでやってくるのかしら」
ヴィルミーナはしみじみと呟き、続ける。
「これは悲観的な想像だとは思うけど……連続殺人事件の犯人がギイってことはないでしょうね?」
「まさかっ!」
グウェンドリンが悲鳴じみた吃驚を上げ、慌てて口元を押さえた。声音を抑えて反論する。
「いくらなんでも、それは飛躍した想像よ。被害者達とギイには何の接点もないわ」
「連続殺人鬼は不特定多数を狙うものだわ。手段が目的であって標的は二の次なんだから。それに、よ。この事件はギイが狂を発し、失踪してから起きてる。悪魔崇拝的というのもギイの豊富な魔導知識が妄念や妄想と混じった結果だったら?」
ヴィルミーナの言い分は推測どころか言い掛かりの範疇を出ないものだった。
ただし状況がよろしくない。もっともらしく聞こえてしまう。
そして、聡明なグウェンドリンは理解する。
ヴィルミーナの“想像”は誰もが納得のいく話でもあると。
現状、ギイの有罪無罪は不明だが、ギイが犯人として捜査線上に浮かぶことは十二分にあり得る。下手をしたら最有力容疑者として見做されるだろう。そんなギイをエドワードが保護したとなれば……王太子が連続殺人鬼を庇ったように見えてしまう。
不味い。それは不味い。
グウェンドリンは顔を両手で覆い、慨嘆をこぼした。
「なんてこと……最悪だわ」
ヴィルミーナはどこか倦んだ顔で呟く。
「どうかな。もっと酷くなるかもしれないわよ」
誤解を与えないよう記しておきますが、当章はサスペンス--犯人捜索の経緯がメインであり、ミステリ物のように読者によるトリック暴きや犯人特定考察の機会はありません。ご了承ください。




