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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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10:8

大陸共通暦1768年:ベルネシア王国暦251年:初夏。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。

――――――――――――――

 この親善訪問の間に、イストリア王太子リチャードと王妹大公令嬢ヴィルミーナがサシで会談の場を持つことはなかった。

 小街区案内や各種茶会などで接点はあったが、それだけだ。少なくとも、記録上は確認されていない。


 まあ、ヴィルミーナは新興財閥を持つ大資本家とはいえ、王族の一人にすぎないから、不思議はないけれども。後の歴史を考慮すれば、歴史家達はいささか腑に落ちないのだった。


 親善訪問の最終日前夜。エンテルハースト宮殿で送別会が催されている。

 先ほど、エドワード王太子とグウェンドリン王太子妃夫妻のイストリア返礼訪問と、第一王女クラリーナのイストリア留学が発表された。彼らのイストリア行きには使節団も同行し、白獅子も参加が通達されている。


 ベルネシア国王一家とその親族、イストリア王太子夫妻+公認愛妾が談笑していた。話題の中心はもちろん、イストリア返礼訪問と留学のことだ。リチャードとメアリー、モーリス男爵夫人に王妃エリザベスがイストリアの魅力について熱く語っている。


 その様子を、ヴィルミーナの側近衆がテーブル席の一角から眺めていた。

 ちなみに、アレックスはこの場にいない。先ほど、イストリア大使御令嬢に連れ去られ、年若い御令嬢達に囲まれている。モッテモテだ。


 グラスを傾け、ヘティは白ワインをもにゅもにゅと味わう。

「王女殿下がアレックスの同行を強く希望してるそうよ」


「いくら殿下の御希望でもそれは飲めないでしょ。アレックスはうちのナンバー2で、ヴィーナ様不在時の代行だよ? イストリアに長期派遣とかありえないよ」

 マリサが生ハムを齧りながら指摘する。この日、マリサはスリット入りのスレンダードレスを着て、装飾的な特注義足を晒していた。


 シャンパンを傾けていたテレサが、小首を傾げる。

「じゃあ、誰がイストリアに行く? 序列で言えば……ニーナ?」


「ニーナはないよ」マリサが首を横に振り「あいつがヴィーナ様の傍から離れるわけねェ。それにクレーユベーレの件で名代だし、ないよ」

 そのニーナもこの場にいない。顔見知りの青年貴族の相手をしている。鬱陶しそうな顔で。


 エリンが少し考え込んで、言った。

「デルフィネ様達も外には出せないわよね。マリサも義足のことがあるから外れるとして、私とテレサとヘティ、あとはミシェル?」


「私もないと思うよ。金庫番だもん」とミシェル。

 名代として外へ赴くことがほぼないため、派手な活躍の場はないが、ミシェルは学生時代から金庫番として会計と監査を担っている。

 どこか超然とした雰囲気のある娘で、ヴィルミーナ曰く「あれほど金に興味がない人間も珍しい」。金貨のプールで泳ぎたいドランとは嗜好が真逆の人間である。


 ミシェルは淡々と続ける。

「ヘティは『鉄』を扱ってるから、多分ない。ドラン殿は切れ者だけど、外様で平民だし、ないと思う」


「じゃ、あたしかあんたじゃん」

 エリンはテレサを見た。

「……この間、メルフィナ様にこてんぱんにされたばかりだから、多分ない」

 テレサは眼鏡を外し、ハンカチでレンズを拭いながらぼやく。


 最終的に自身が候補として残ったことに嘆息をこぼし、エリンは椅子の背もたれに身体を預けた。

「イストリアかぁ……女性軽視がキツいって話だよね。面倒臭そう」


「心配しないで良いよ。弟君はしっかり私が面倒見てあげるから」「そうそう。後顧の憂いなく行ってくれていーぞ」

 ヘティとマリサがにやにやと笑う。


 エリンは即座に眉目を吊り上げる。

「弟に近づいたら、そのケツ焼いてやっからな」

 ははは~と笑う面々。


「あら。デルフィ様、今日はモッテモテじゃん」

 眼鏡を掛け直したテレサが会場の別方向へ眼を向けて呟く。


 視線の先ではデルフィネが若い青年貴族達に囲まれていた。グラビアアイドル染みた美貌と先の競技大会で示した歌姫振りが話題になっているから、芸能人的人気を強めているせいだろう。


「助けに行かなくていいの?」

 テレサが隣のテーブルで駄弁っているデルフィネ閥の面々へ水を向けると、リアが小さく肩を竦める。

「大丈夫大丈夫。フィーにとって鶏の群れと変わらないよ」


「鶏て」くすくすと笑うエリン。「しっかし、アレだね。アリスの出入りが無くなるだけでこんなに平穏になるとはね。ちょっと退屈なくらいだわ」


 王太子エドワードの引きが無くなり、アリシアはこうしたパーティに呼ばれる機会が激減していた。元々が準男爵令嬢に過ぎないから、当然と言えば当然だが。

 一時期は宮廷雀達がこぞってアリシアの悪口陰口を語り合う場が見られたものだ。


「そのうちまた姿を見せると思うな。アレはこのまま退場するタイプじゃないもん」

 エステルの見解にデルフィネの側近衆達がうんうんと頷く。


「と。可愛い眼鏡ちゃんが来るぞぃ」とマリサが口端を吊り上げる。

 可愛い眼鏡ちゃんことマルクがやってきた。

 側近衆達の中で密かに付けられたあだ名が『可愛い眼鏡ちゃん』。マルクが知ったら憤慨待った無しであろう。


「レーヴレヒト殿はここにいないのか?」

「レヴ様なら、あそこ」

 リアが指差した方向にマルクが目線を向ける。


 レーヴレヒトは軍のお偉いさん達と何やら話し込んでいた。

「どういう状況なんだ、あれ」

「レヴ様はヴィルミーナ様のお婿さんでしょ? 将来的なコネが欲しい人達が多いのよ」

「むう。良い機会だから交流を深めようと思ったんだけどな。あれじゃ難しそうだ」


 残念そうに鼻息をつくマルクへ、

「ねえ、マルク殿。ちょっといい?」

 ヘティが脇から声を掛けた。

「? なんだ?」

「大丈夫なの、アレ」


 側近衆達の視線の先には、ユルゲンとリザンヌの新婚夫妻が居た。

 ツヤツヤテカテカのゴージャスなリザンヌに対し、ユルゲンはなんだかやつれて見える。それもそのはず、正式に結婚して以来、リザンヌによる子作りが一層激しくなっていたからだ。ユルゲンは日々搾られまくっている。そのうち腎虚を起こすかもしれない。


「出し殻みたいになってる」「あのマッチョが萎びるとか、どんだけ」「流石はリザンヌ様。パネェわぁ」「ユルゲンは良い御縁に恵まれたわね~」「ははは~」

 女性特有のエグい盛り上がりに、マルクは内心で嘆く。この雌狼共め。ああ……アリスの純真さが懐かしい……


「そだ。マルク。仲良しが二人足りないじゃない」とマリサ。

「そう言えば、見かけてないね」

 エリンが周りを見回しながら呟く。会場内にカイとギイの二人が見えない。


「カイは実家だよ。兄夫婦に二人目が出来たとかでお祝いに行ってる」

「へえ。なんか意外」と何気に容赦のないヘティ。

「酷いな。カイはあれで家族思いなんだぞ」


「で、ギイ殿は?」

「ギイは……どうなんだろ。最近、連絡が取れないんだよな。多分、宮廷魔導術士の仕事が忙しいんだろう」

 マルクは小首を傾げながら言った。


 と、会場の中心が空けられ、ダンス曲が奏でられ始めた。イストリア大使御令嬢がアレックスを連れて踊りに行こうとするも、他の御令嬢方も名乗りを上げて争奪戦が始まる。


 国王夫妻と両国王太子夫妻もダンスへ向かう。なお、ヴィルミーナは第二王子アルトゥール(12歳)を伴って踊るようだ。


「あら。ヴィーナ様ったら浮気だわ」「私らも踊りに行くか」「パートナーはどーする?」「その辺の小僧を捕まえればいい」「それじゃひと狩りしますか」

 まるで猟に赴く雌狼の群れである。


 マルクが危機を察してその場を離れようとした矢先、マリサとテレサに両肩を掴まれた。気づけば、リアやエステル達もマルクを囲んでいた。

「マールクくーん。どーこいーくのー?」

「マールクくーん。おーどりまーしょー」

 ひえっ、とマルクの口から変な声が漏れた。


      〇


 真っ青な初夏の昼下がり。

 親善訪問の全日程を終え、イストリア艦隊がオーステルガムの港を出立した。


 旗艦トリスタン4世の上甲板から王太子リチャードは少しずつ小さくなっていくオーステルガムの街並みを眺める。

 面白かった旅であり、興味深い旅であり、学ぶところの多い旅であった。実妹との再会。好ましい甥姪達との楽しい交流。小街区や競技大会の驚き。それに、協働商業経済圏構想と南小大陸の分割自治独立案。クレテアの接触と提案。いやはや。盛りだくさんの旅だった。


「名残惜しいですねえ、御前様」

「まったくだ」

 寄り添ってきた妻を抱き寄せ、王太子リチャードは口端を大きく吊り上げた。


 イストリア・ベルネシア・クレテアの三列強は、しばらくの間、南小大陸と協働経済圏構想へ関心を注ぐことになるだろう。その間に他の列強達――ロージナ帝国、アルグシア連邦、聖冠連合帝国、エスパーナ帝国、彼らはどう動くか。大陸南方や東方の大国達は何を考え、何を企むか。


「これから面白くなりそうだ」

 リチャードはムッハハと野武士のように高々と笑った。


        〇


 イストリア王太子御一行が出立した翌日。

 ヴィルミーナは母ユーフェリアと共に、王太子妃から贈られたティーセットを眺めていた。


 イストリアに出先商館こさえて美容エステを入店させると報告したところ、御褒美に貰ったのだった。手付金のようなものだろうか。いずれにせよ、失敗の許されない事業になったのは間違いなかった。溜息しか出ないよぅ。


 なお、白磁器需要は一向に衰えていない。むしろ需要は中産階級にも広がっている。

 その熱意は凄く、白磁器の輸出側である大陸東方に『西方風ティーセット作ってよ』と依頼するほどだ。

 東方人達は訝りつつも『まあ、お得意様の要望だし』と試しにこさえたところ、ちょっと引くほど高値で売れたことで本格的に『西方風ティーセット』を製造輸出し始めていた。


 従来の観賞用白磁器に加え、この東方製ティーセットは西方から北方にかけての人気商品だった。事情を知った時のヴィルミーナは『アヘン戦争になりそう』と思った。


「これがイストリアで作られた白磁器なの? 確かに白いけど、なんか東方製の物と質感とか色味とか違うような」

 ユーフェリアは自身が収集した白磁器と見比べ、小首を傾げていた。


 東方製ティーカップとイストリア製ティーカップは確かに同じ白磁器と見做すには、質感と色味が違う。東方製ティーカップの質感はガラス的硬質感があって色味が冷たい。イストリア製ティーカップは陶器的で色味に透光感があった。


 ヴィルミーナはイストリア製ティーセットの正体をなんとなく見抜いていた。

 これ、ボーンチャイナやろ。


 前世の取引先にこういう物が大好きな人物がいたので、話を合わせる関係で大まかな知識を仕入れていた。

 顔を合わせる度、何時間も自慢とウンチクを聞かされて難儀させられたもんやけど、こうして役立つ機会に巡り合うんやから、分からないもんやね。


 ヴィルミーナはイストリア製ティーカップを見つめ、思う。

 でも、ウェッジウッドとかナルミのボーンチャイナに比べると、なんや違うな。使われとぅ素材の違いかしら。それとも魔素が含まれてるから、とか? んー……わからん。


「お母様はアルグシア製の白磁器を持ってらっしゃいましたよね? それとも比べてみては?」

「あれ、物は良いのに図柄が可愛くないのよねー……野蛮なアルグシア人らしいけど」


 さらりとアルグシア人をディスりつつ、ユーフェリアは侍女に指示を出して、アルグシア製ティーセットを持ってこさせる。


 ぶっちゃけマイセンやな、これ。

 ヴィルミーナはアルグシア製ティーセットを観察しながら思う。

 軟質白磁器、だっけ? うろ覚えやからよーわからんけど。でもまあ、現代地球のマイセンに比べると、装飾技法がまだ甘いな。保護政策で競争原理に揉まれてへんからやろか。


「同じ白磁でも違いがあるものね」

 ユーフェリアはしげしげとティーセットを眺めながら、讃嘆を漏らす。

「色味はこのイストリア製が一番好みかなぁ。質感はこっちの東方製の方が良いけれど。この柔らかな色味が良いわね。アルグシア製はねえ……作りは良いのよ。でも、図柄が可愛くない……」


 ちなみに、不興を買っているアルグシア製ティーカップの図柄はグリフォンだ。しかも、かなりリアル寄り。これはこれで凄いが、確かに可愛くはない。


「では、お母様。このイストリア製ティーセットは差し上げますよ」

 娘の提案に、母は思わず目を丸くした。身内相手とはいえ、他国王太子妃からの下賜品をぽんと譲ることは本来、あり得ない。

「え。ヴィーナが下賜されたのだから、ヴィーナが大事に使うべきよ」


「私はお母様から頂いたものを愛用してますし、棚に飾っておくだけなら、お母様に使っていただく方が良いかな、と」

「……良いの? 貰っちゃうわよ? 本当に貰っちゃうからね?」

「どうぞどうぞ」

「ありがと、ヴィーナ」

 ユーフェリアが嬉しそうに破顔した。お母様はかわええなぁ。これでアラフォーかぁ……


「アルグシアでもイストリアでも白磁器が作れるなら、この国でも作れないかしら?」

 おおっとぉ、お母様。陶磁器作りも中々な『沼』ですぞ。ヴィルミーナは眉を下げた。

「こればかりは土次第ですから何とも言えないですね」


 土という奴はどこも同じに見えても、地質学的には成分が細かく異なる。そして、陶磁器作りには、その成分の違いが重要だった。

 地球史を例に挙げると、秀吉の朝鮮戦役で拉致って来た陶工達は、製陶に適した土探しに何年も掛かっている。


 ボーンチャイナならワンチャンあるかもしれへんけど、細かい配合比とかまでは知らんしなあ。迂闊なこといって大散財しても困るし……そもそも貿易で東方製白磁器を輸入販売してるしなあ。国内生産が実現されて価格暴落が起きても困っちゃうし……様子見で済ますか。


 と、引け腰のヴィルミーナとは逆に、ユーフェリアは前向きだった。

「ママ、ちょっと窯元に融資してみようかなあ。どう思う?」

 ええ? お母様。ちょっと本気やん。『沼』やで? お母様、それは『沼』なんやで?


「当たれば大きいと思います。でも、外れることも覚悟してください。融資の上限を決めて、ダメならスパッと諦める。その前提を踏まえておくなら、まあ、試しても良いかも」

「ん。分かった。細かいことはクライフと相談してみるわ」


 それなら安心やな。ヴィルミーナは小さく安堵の息をついた。

「もしも成功したら、是非とも私に使わせてくださいね」

「もちろんよ。ママ頑張るわっ!」

 成功されたら成功されたで、いろいろ困っちゃうけど……まあ、ええか。ヴィルミーナは士気旺盛な母に優しい笑みを向けた。


 ヴィルミーナは知らない。

 このユーフェリアの白磁器作りが思わぬ方向へ転がることを、まだ知らない。

 陰険で性悪な運命の女神がサイコロを投げている限り、いつだって不測の事態は生じる。



 もっとも、それはこの世界全てにおいて同じことが言えるが。

迷走の第10章はここまで。

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魔物素材…魔物素材が呼んでいる! マイセンやウェッジウッド、ビレロイ&ボッホなんて銘品いくらでも見慣れてる立場からすると 洗練されてなさが凄いんだろうなぁ グリフォンの絵柄とか質実剛健で頭硬そうななお…
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